Interlocal Journal はドイツ・エアランゲン在住のジャーナリスト・高松平藏が主宰するウエブサイトです。


ドイツ地方都市がパリのテロ追悼集会をする理由

エアランゲン市、悲しみと連帯を表明

2015年11月18日


執筆
高松平藏ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)



ドイツ南部のエアランゲン市(バイエルン州)でパリで起きた同時多発テロ事件への追悼行進と集会が昨夜行われた。いくつかの写真を掲載するとともに所感を記しておきたい。

■私はムスリム、しかし・・・
追悼と連帯を掲げた行進・集会は11月17日18時半から、市内にあるドイツ・フランス研究所と市が行った。参加者は1,000人を越える。町の人口は約10万人だから1%ぐらいの人が集まったかたちだ。市役所から行進し、市街の広場で集会が行われた。

参加者にはフランス国籍の人も多いが、容姿からいえば中東系と思われる人も多かった。中には『私はイラク人、私はムスリム 私はテロに反対!』と書かれたプラカードを持った人もいた(=上写真)。他の町でもこういった人はいるかもしれないが、継続的にこの町で取材・観察をしている私からいえば、エアランゲン市らしいと思った。

■エアランゲンらしいと思った理由
というのも、ドイツでは外国系市民との社会的統合を図ろうという動きがあるが、同市も数多くの取り組みを行っているからだ。
とりわけ副市長のエリザベート・プロイス博士は政治家として、この分野のリーダーシップをとり、難民問題でも積極的に発言している。また同市には外国人市民が選挙で選ばれる『外国人・統合会議』は40年以上前からある。これは市議会とは違うが、補助的な政治的意味がある。

今年、年明けのシャルリー・エブド襲撃テロ事件の時も、同様の集会が行われたが、キリスト教、イスラム教の共同グループは犠牲者に哀悼の意を示しつつ『襲撃は自由に対する卑劣な攻撃であり、今こそ町の生活において、デモクラシーの価値と公開性、人間性を強調しなければならない』と声明を発表。同時に市長と2人の副市長も共同で『当市では宗教の相互理解と信頼はすでに多く達成しており、交流と対話を今後も続ける。また一方でムスリム排除の運動には民主的手段で対抗しなければならない』と宣言している。

■なぜ地方都市が追悼の行進・集会をするのか?
少し視点を変えて、10万人の地方の都市で、なぜこういう集会が行われるのだろうか考えてみたい。まずは同市はかつて、フランスから宗教難民を迎えた歴史があり、フランスとそもそも馴染みが深い。

さらに欧州は基本的にヒト、モノの移動がかなりある。そういう環境にあっては、世界のなかで、社会のなかで、自分たちが何者なのか、どういう立場にあるのかを明示する必要性が高い。

したがって、町でも常に『固有の歴史』や、自由・平等・博愛などの『欧州で共有されている理念』、そして社会的統合などの『今日の課題』が編みあげられていく。それが広場という公共空間で集会参加者によって公開され、参加者がまた共有し、地元メディアがさらに拡大するかたちだ。ちなみにドイツの外国人市民は6.8%。エアランゲン市は15%と国内でも比率が高い。(了)
市役所から市街メインストリートを行進

広場で集会。くしくもこの広場は17世紀のフランス
からの宗教難民のことを冠した名前がついている。

『連帯』という言葉がトリコロールカラーで描かれている。

シリア、クルドの出身者も参加。出身地を明かし、テロ反対を表明

市内の「ドイツ-フランス研究所」のドアの前。
少しわかりづらいがエッフェル塔のミニチュア
黒い布がかけられている。哀悼の意を記す記帳
もここで行われた。