Interlocal Journal はドイツ・エアランゲン在住のジャーナリスト・高松平藏が主宰するウエブサイトです。


いつ増えた?ドイツの町の公園

スポーツ振興という視点

2015年11月9日


執筆
高松平藏ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)



私が住んでいるエアランゲン市は人口10万人。日本の地方にざらにある規模の町だが公園がけっこう多い。その理由はドイツのスポーツ振興策と関係があるようだ。

■多いなあ、公園
子供が小さかったころ、公園へよく連れて行った。友人家族が遊びにきても、公園へ行った。子供たちを遊ばせて、親はベンチでおしゃべり、実に重宝した。そんな公園が自宅のすぐ近くに2つあり、少し足を伸ばすと選択肢はさらに増えた。だから、この町は公園がけっこう多いという印象を持っていた。さらに市の周辺に森や自然保護区もある。森といっても、日本のように山ではなく、平地なので市民がリラックスし、ジョギングやウォーキングを楽しめる空間だ。

ちなみに、ここで述べている公園とはドイツ語から直訳すれば『遊び場』。英語のplaygroundで、日本では児童公園に相当するだろうか。市のリストによると、120を越える。で、公園が多いのは往年のスポーツ振興が大きな理由になっているようだ。

左の地図はエアランゲン市のホームページに掲載された
公園・ボール遊びができる場所が示された地図(2015年
11月6日閲覧)。右の地図は同市の境界線が描かれた地
図。市内に公園が充満(?)しているのがわかる

■ハコモノの季節
1950年代後半、ドイツオリンピック協会とドイツスポーツ連盟らが西ドイツ国民の健康状態を懸念。さらに野外でのレクリエーションの場、公園、スポーツ施設の不足を指摘した。戦後の西ドイツは記録や勝利を追求するスポーツ観が強かったが、それに対してオリンピック協会は『第二の道』、すなわち一部の競技者だけでなく、広範な人口層のレクレーションや遊び、スポーツの需要に対応すべきとした。この実現に『ゴールデンプラン』という計画をたて、協会会長のゲオルク・フォン・オペルは連邦政府や州、基礎自治体で資金調達のために吠えた、らしい。

かくして1960~70年代、グラウンド、室内・屋外プール、そして公園が大変な勢いで作られていったようだ。まさにハコモノの季節である。面白いのは、これらは一応国のプロジェクトではあるが、オリンピック協会が主となって、スポーツ連盟はじめ各都市の都市計画分野などが一緒になって実行したことだ。
森の中にもこんな場所がある。

■『遊びとしてのスポーツ』の範囲
スポーツという言葉の語源はラテン語にあり、『何物かを運び去る』といった意味がある。転じて不安や憂いを運び去ることで、『遊び』『気晴らし』と説明されるわけだが、『第二の道』では、この部分を強調されたかたちだ。そして、公園もまた<不安や憂いを運び去る>ための場所であり、スポーツのカテゴリーのなかに位置づけられているわけだ。『遊びとしてのスポーツ』の範囲はまことに広い。

ひるがえって、エアランゲン市に長く住んでいる人から、70年代ごろ、急に公園が増えた、ということを聞いたことがある。なるほど、ちょうどゴールデンプランとも時期的に重なっているのがわかる。ドイツの基準からいうと、同市は基本的に立派な『都市』だ。森や自然保護地区、そして公園は、生活の質を高める都市インフラだが、スポーツ振興という視点から高められたのが興味深い。(了)