Interlocal Journal はドイツ・エアランゲン在住のジャーナリスト・高松平藏が主宰するウエブサイトです。


社交ダンス、日本では恥ずかしい?

日本は競技、ドイツは社交様式

2014年12月16日


執筆
高松平藏ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)



娘と一緒に舞踏会に行ってきた。いわゆる社交ダンスをしてきた。これを機に社交ダンスの位置付けが日独どう違うか考えてみた。

■社交ダンスは恥ずかしい?
社交ダンスの短期コースに次女が通った。そして先日、いっしょに舞踏会に行った(=写真)。大げさにいえば娘の社交ダンス・デビューであり、父親の私は娘と踊らねばならない。

この機会にと、映画『Shall we ダンス?』(1996年)を見た。役所広司さん演じる『満たされているはずだが、元気がない』サラリーマンがひょんなことからダンス教室に通うことになり、『生』をとりもどすというコメディだ。

この映画、かれこれ20年ほど前のものだが、日本の会社では社交ダンスをしていることが知られることは恥ずかしく、ひた隠しにする様子が描かれるのが面白い。

■市長夫妻も華麗にダンス
ところが、ドイツを見ていると、社交ダンスはまさに『社交』の様式。
政党や商工会議所など様々な組織やグループで舞踏会がある。この手の会場に何度か取材でも訪問しているが、市長夫妻や政治家夫妻が優雅に踊っていたりする。

次女と行った舞踏会はダンス・スクールが開催するものだが、会場は普段は会議や見本市などもできる4,000平方メートルのホールで、子供とその両親で満員御礼。娘の同級生もかなりいる。ダンス・スクールはこんな舞踏会を年3回開催しており、社交ダンスが現代でも教養として位置付けられているといえそうだ。

こんな社交様式としての実際を目の当たりにして思ったのは、日本の近代化のために鹿鳴館を作ったのは、ある意味いい目のつけどころだということだ。ただやはり、様式だから参加者は訓練の機会がどこかでないと成り立たない。当時の鹿鳴館も西欧人からは嘲笑されていたというが、まあそりゃそうだろうなと思う。
結婚式でも新郎新婦がパーティで皆の前で『お披露目ダンス』をする。
だから結婚前にあわててダンス・スクールに行く人も少なくない。

■競技人口は世界一というアンバランス
ひるがえって、今日でも社交ダンスは『西洋のもの』であるのかもしれない。
今回娘と踊るために、家人とともに1日だけの『親のためのダンスコース』に行ったが、約30組60人の中でアジア系は私一人。舞踏会でもアジア系やアフリカ系の人はほとんどいない。私が住むエアランゲン市は外国人比率14%を超える。町を歩けば、アジア系の私も違和感はないが、社交ダンスとなると今日でも欧州系の人たちが主流の文化なんだろう。

日本に目を転じると、もちろん愛好家はいる。ただ、Wikipedia『社交ダンス』のページによると<2014年現在の日本の競技人口は約160万人で競技人口だけは世界一>(2014年12月15日閲覧)だという。数字のソースは未確認だが、もし事実だとすれば社交とか教養というよりも、競技に恐ろしく傾いているのが日本の『社交ダンス』ということになる。

そういえば『Shall we ダンス?』でも競技がストーリーの大きなカギになっていた。鹿鳴館時代から130年ほどたっているが、『社交』のためのダンスになるのは難しいようだ。『競技』としてやらなければ、まだまだ恥ずかしいのかな?(了)