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Importance of a World Forum of the Faith Communities (in Japanese)

宗教ワールド・フォーラムの重要性

Importance of a World Forum of the Faith Communities

宗教指導者世界会議(WCRL)

  〈2000年ニューヨーク、02年バンコク、ミレニアム・ピース・サミット〉

2001102224日、運営評議会初会合〉

経緯(関連冊子WCRL発行)

宗教及び非宗教団体の多くの指導者たちは、世界の危機的諸問題を宗教的伝統の観点から取り組む組織を設立する必要を、ここ数年にわたって認めてきたところです。仏教、キリスト教、ヒンズー教、ユダヤ教、イスラム教その他各地固有の宗教の指導者たちが一堂に会することにより、すべての偉大な宗教の礎となっている共同体的叡智、普遍的モラル、精神的原理に基づいて、人類は思考し始めることが可能となります。

ここ二、三十年の間、宗派を超えた対話や交流が高まり、そのための組織の設立はもはや理想という段階ではなく、いまや実現の時と言えましょう。国連の誕生までに我々は二つの世界戦争を経験しました。この二、三十年の間で、宗教を巻き込んだ数多くの紛争が生じ、宗教団体の指導者たちの世界会議の必要性が明らかとなっています。 

 こうした世界会議創設は、20008月の国連における宗教指導者たちのミレニアム・ワールド・ピース・サミットを開催した目的の一つでもありました。国連と緊密な連携の下に活動する宗教指導者たちの組織をつくる目的は、世界の危機的諸問題の解決に当たる人類の精神的拠り所を設けることにあります。宗教指導者たちが政治の世界に与える影響については国連のアナン事務総長も大いに認め評価しています。宗教の指導的役割と協力がなければ世界平和はありえないという認識はますます深まり、国を問わず、政治団体のほとんどに浸透しつつあります。

2001911日の悲劇により、宗教面で再調整する危険に世界は直面することとなったので、新たな緊急性が生じています。世界的に社会の多様性が大きくなるにつれて、差異に対する不寛容もまた大きくなっているのです。

 

. 宗教の世界組織?

マーカス・ブレイーブルックMarcus Braybrooke師による歴史的考察

1996320日オックスフォードでの超宗派国際中央会議提出の文書。

世界中の軍隊よりも強いものがあります。それは概念がすでに実現するに至っており、宗教連合または宗教世界会議というもので、今では目新しいものではありません。振り返ってみて、これまでの運動がこうした夢を持った人たちの望みを叶えることができなかったのはなぜかと問うことで、もしかしたら、いまこそ危機を克服する絶好の機会とすることができるかもしれません。

 

 

世界宗派会議(World Congress of Faiths WCF)

新世界秩序への願望は、世界宗派会議を設立したフランシス・ヤングハズバンドFrancis Younghusband卿の戦時中の著作に蘇っているテーマでもあります。彼は、新世界秩序には宗教的基盤が欠かせないと主張したのです。彼は議長書簡でルドルフ・オットーRudolf Ottoの努力に触れていますが、オットーは「聖なるものの思念」という著作で有名で、国際連盟と同格の宗教連盟の創設に努力した人です。別の書簡ではノーマン・ベントウイッチNorman Bentwich教授の「インターナショナリズムにおける宗教的基盤」について触れていますが、同教授はこの著書で宗教連盟の構想を詳細に説明しています。その後の会合でも同教授はこの構想の歴史の長いことを語っており、ライプニッツやルソーも同趣旨の提言を行っています。その後、194344日地チチェスター司教ベル博士が上院で全く独自の提言を行っていますが、それは国際交流において保全されるべき普遍的理念に関わる絶対的法の制定、国際組織と世界の現存宗教の代表者とをつなぐ組織についてのものです。同司教は、その後WCFの役員会に彼の提言を提出するように要請されています。1943413日付け書簡で、彼は国際連盟が宗教関連の支援組織を欠いているとし、すべての宗教の代表者の組織と公式に認められるものの設立が可能かどうかというのが彼の構想であると述べています。WCF 役員会は非公式委員会を設立し、この構想について検討し、結果を報告するようにベル博士に委嘱しております。同委員会には元国際連盟事務総長パースPerth卿、サムエルSamuelインド高等弁務官パームスティエルナPalmstierna男爵、駐英エジプト大使モーエン・アルアラブMo’een Al-Arabなどが入っています。数度の会議を経て、世界平和三宗教宣言を発するようWCFに要請しました。プロテスタント教、カトリック教、ユダヤ教の権威ある指導者たち140名を超える署名を得て、194310月に三宗教米国宣言が発表されました。

本宣言は、

道徳的律法により世界秩序を統治すること、

人権を守ること、

被抑圧者、弱者および有色人種(原文)の人権を守ること、

少数民族の人権を守ること、

正義のもとに平和を維持する国際組織を組織すること、

国際的経済協力を推進すること、

各国内の正しい社会秩序を達成することをここに宣言する。

英国では、本宣言はキリスト教およびユダヤ教会議の支持を得ました。チチェスター司教委員会はWCFに対して本宣言および声明を世界の宗教指導者たちに伝え、彼らの支援を得るよう要請しました。この要請はロンドンの各国大使館、公使館、教区牧師を通じて伝えられました。1946年半ばまでに1050部の冊子が送られておりますが、欧州の一部の国では検閲により若干返送されています。これに対する反響については、原宣言の署名者の一人、米国ユダヤ教神学校のロイス・フィンケルスタインLois Finkelstein博士にWCFから伝えることにしています。1946 年冊子27号にはメッカのモスクのシェイク、イラクやシリアのイスラム教指導者たちなどの支援者が紹介されていて、興味深いものがあります。トラバンコールのデワンDewanやアウンドAundhのラジャーまでが支援を約束してくれております。サドハラン・ブラーモ・サマ-ヤSadharan Brahmo Samajは宣言文前文を記事に掲載しました。スウェーデン大司教は、スウェーデン全キリスト教委員会と協議ののち、全面的に賛同しております。当初の運動に関しては、キリスト教指導者の支援はほとんど得ておりません。共産圏は、宗教的な原則に関する公式の承認に関しては国連に伝えておりません。宣言を紹介する目的から1946年ロンドンでの第一回総会に国連代表者を招待したのですが、出席者は非常に少なかったのです。WCFは全力を尽くしたのですが、宗教指導者たちのこの面での運動の展開は不成功に終りました。

     WCFヒーザー・マコネルHeather McConnellと世界宗教議会議(World Parliament of Religions)副会長R.C ローパーRoper1953年における会談記録がWCF文書記録に残っています。この議会は1952 2月にニューヨークのプレスビテリアン・レイバー・テンプルにおいて創設されたものです。設立の目的は、国連とともに戦争と戦争の原因を無くし、世界人類の繁栄を期する恒久的な組織を設けることにありました。この組織の特質については次のように冊子に述べられています。

.この運動は個人の運動である。

. 各国政府および諸宗教の協力のもとに行う平和運動という歴史的にも特異な運動である。各国政府のみでは戦争や戦争の原因を廃絶することはできないし、分裂し,競うあう宗教にもそれはできない。しかし、両者が国連や恒久的宗教議会を通じて協力すれば、戦争や戦争の原因を除去することが可能となる。

.本運動の目的は、連帯に基づいて世界の宗教の倫理的精神的勢力を糾合することにある。

.こうした組織や世界宗教同盟に関しては、その後の参考資料がWCF文書記録に残っているが、いずれのも運動も継続的な影響をあたえることがなかったようだ(2)。

理解の殿堂 (Temple of Understanding)

「理解の殿堂」は当初の数年、世界の指導者たちのサミットと並ぶ精神のサミットを何回か開催しました。1970 年ジュネーブで第二回目のサミットが開かれましたが、そのときのテーマが「世界平和への実践的方策」で、異なる宗教を理解し尊重し、個人的であれ社会的であれ、人類の諸問題を解決するためにはあらゆる方策に訴えるという目的を掲げて常設の世界宗教会議を創立することを決意したのです。この決議からは直接何も生まれなかったのですが、「理解の殿堂」は国際部長、ルイス・ドーランLuis Dolan牧師の精力的な活動や各方面への交流により、宗教的な影響を国連の活動に与え続けてきたのです(3)。1995年「理解の殿堂」は宗教・宗派団体会議とともに国連50周年記念めざしニューヨークで活動を開始しております。

宗教・平和世界会議(World Conference of Religions for Peace WCRP)

ここで宗教・平和会議のもともとの理念を想起してみるのも意義あることでしょう。ホーマー・ジャックHomer Jack博士は創設者たちの夢を紹介しています。ちなみに、シュリ・RRディウェーカーShri R. R. Diwakerはこう言っております。「今日、必要とされているのは・・全世界の宗教の統一組織といったものによって平和への努力を集中することである」。ジャック博士は独特の率直さで、WCRPが当初の高い理念の実践に失敗したのはなぜかと言う理由の分析を行っております。彼はこう語っています。「WCRP創立の理念は、平和の推進・維持活動に世界中のすべての宗教を関与させたいとするもので、きわめて高い理念でした・・二、三成功した事実はありますが、最初の二十年間は期待したほどのことはありませんでした・・WCRPは組織としては依然として地味な組織です」。WCRPが創立当初の理念の実践が叶えられなかった理由について示唆しています。

   まずWCRP役員の代表権、特に大事な総会の代表権が問題だったのです。WCRPの創立時、活動家はそれぞれの宗教団体の公式代表としてではなく個人として活動していたということです。戦争と平和という議論の分かれる問題について、彼らは個人としてのほうがより自由に活動できたのです。組織の財務諸表には現れていませんが、現在でもWCRPでは代表権についての論議がなされております。しかしながら、代表権論議は組織として前進する気概を阻害します。WCRP活動を阻害する第二の要因は、現指導者たちが組織の歴史についての知識に乏しい点です。第三の要因は、恐らく優先順位の変化でしょう。皮肉なことに平和の全体的定義が組織としての力点と緊要性を弱めたかもしれません。平和というのは戦争がないということではなく、貧困から人種差別までの多くの戦争の原因が根絶されて始めて達成されるのが平和というものなのです。WCRPがこうした戦争の根源の一つ一つに取り組んだとしても、全体論的性格がそれらを拡散してしまいます。WCRPがアパルトヘイトからジオニズムまでのすべてに関心を寄せることになると、「戦争に対する戦争」を見失い、あらゆる観点から戦争に反対する必要性を見失わせる結果となります。最後の第四の要因は、純粋な効率ゆえにあらゆる組織が求めるまさにプロフェショナリズムです。WCRPの将来にとって最も危険なのは、宗教が平和問題を避け、実践よりも学究に力点を置くことでしょう。(4)

世界宗派会議(World Council of Faiths)

国連には十年ごとに世界的宗教組織に関する同じような提案がなされております。1986年、バスの近くのアマーダウンAmmerdownで国際宗教団体の代表者会議が開かれました。そこで「世界宗派会議」創立の要請がなされたのです。その構想というのは、宗教の自由のための国際協会、宗教世界会議、理解の殿堂、平和を目指す宗教世界会議などの主要な国際宗教団体を統合させるというものでした。40年前、信仰と秩序、生命と仕事、国際宣教師会議などの合併で教会世界会議ができたのと同じです。各組織がそれぞれ異なった主張を持っていて、それらの主張が互いに補完しあうという認識でした。各組織の事務局が世界中に散在していましたから、世界の統一的な事務局の創設が望まれました。統一した組織ができれば、財政的競合も避けられ、宗教指導者たちが国際会議に頻繁に出席する必要もなくなります。世界的にひとつの組織ができると宗教団体が他の国際組織との協議がしやすくなり、宗教団体間の協議と活動の協調がしやすくなります。アマーダウン第一回会議後も議論されたのですが、この提案に対する熱意は高まっていません。1990年代初頭には世界宗教会議の構想が再び現れました。WON仏教徒やWCRP元総長ジョン・テーラー博士が提案を行い、1993年の世界宗教会議の講演でキリスト教・ユダヤ教国際会議議長シグモンド・スターンバーグSigmund Sternberg卿がその提案を取り上げています。宗教の相互理解協調年、1993年には数箇所で同じ提案が行われております。

1993年以降

1993年以降、シカゴ会議提案は行われておりまして、世界宗教会議(Council for a Parliament of the World’s Religions)がシカゴで設立されました。シカゴ首都圏での運動のほかに、同会議はジム・ケネディJim Kennedy博士を議長として国際的プランも持っていますが、このプランは世界各地で定期的に宗教会議を開催するというものです(同プランは1893年にも提案されていた)。第一回会議は1999年南アフリカで開催される予定でした。1997年に宗教指導者総会が招集されました。世界宗教会議理事会は世界倫理宣言を推進していますが、この宣言は1993年会議で発せられたものです。

1995 年、ロンドン近郊のウインザー・カースルで第一回平和会議が開かれました。会議を進行したのはシカゴ会議の元議長ダニエル・ゴメス・イバネスDaniel Gomez-Ibanez博士で、同博士は現在、平和会議初代議長です。平和会議の精神は単純な理念です。すなわち、宗教や信仰の世界で世界的に著名で尊敬されていて、数世紀にわたる誤解、分断、暴力を一掃することを目指し協力しようという25名が一堂に会し、平和のために助け合うフォーラムです。手始めとして、マハ・ゴサナンダMaha Ghosanandaの要請に応える形で、平和会議は地雷禁止の要請の支援を行っています。次の会議は、サミュエル・ルイス・ガルシアSamuel Ruiz Garcia司教の招待に応えて、199611月メキシコで開催される予定です。

最近、サンフランシスコでの国連憲章調印50周年に当たって、スウイングSwing司教が宗教連合(United Religions Organisation URI)を提唱しています。その目的は、世界の宗教が一堂に会する恒久的施設を設け、そこで日々の祈り、対話、活動を通して、地上のすべての生命のために精神的・倫理的方策を尽くそうというものです。このほかにも提言を行っている団体には、インターフェース・インターナショナルInterfaith Internationalを初め特殊な問題に主眼を置くアライアンス・オヴ・リリジョン・フォー・コンサベーションAlliance of Religions for Conservationなどが挙げられます。1994年にイタリーで第6回総会を開いたWCRPのような現存団体としてはこのほかに、宗教世界同盟が本年8月にインドで国際会議を開催する予定ですし、宗教自由国際教会も本年8月に韓国で第29回総会を開催します。

成功の見込み

宗教連合のような新たな提言は本当に必要で、成功の見込みのあるものでしょうか。私はこの構想に心を寄せるものですが、これまでの試みが実を結ばなかったのは何故かを問わずにはいられません。先人の過ち繰り返さないことは可能ですし、恐らく今回こそ絶好の機会でありましょう。こう考えるにはいくつかの根拠があるのです。

.宗教的過激主義が現在、重要な政治課題の一つとみられており、宗教者だけの関心事ではないこと。

.共産主義の崩壊により、国連が宗教的影響に今までになく自由に言及できること。国連の諸組織で働く人々も今日世界が当面する重大問題には精神的・倫理的面のあることを認識していること。

.超宗派団体の運動が外見的には新たな様相を帯びていること。1993年のシカゴ会議は今日の重要な問題に取り組む体制となったこと。当初の宗派を超えた運動は、無知と偏見の打破、宗教相互の対応姿勢の再考に向けられなくてはならなかったこと。

.宗教相互の理解と協調、宗教的過激主義と敵意の重要性をますます多くの宗教指導者たちが認識していること。

新たな組織が必要かどうか、WCRPのような現存組織の発展を求めるべきかどうか、それとも、超宗派運動に携わるすべての人々が一堂に会して話し合える方法を考えるべきかどうかは私としては分かりません。組織新設の難しいところは、他団体が果たしえなかった問題をいかに解決するかにあります。それには宗教指導者たちの名前だけではなく、彼らの指導力と努力が必要ですし、私に言わせれば、政治や経済の指導者たちの積極的な支援と参加が必要です。単なる宗教的組織ではありません。現存組織に基づいて新組織を設ける場合の問題点は、柔軟性の大きな、全員を対等の同志とする精神を持った組織とすることです。超宗派団体の協調性の難しさは、強い影響を与える権威を組織として持てるかどうかにあります。インターナショナル・インターフェース・センターInternational Interfaith Centreは超宗派運動に関する情報組織としては便利なところですが、これには超宗派運動に関して発言する権限がありません。英国では、災害時には、各救助組織が一体となって「災害委員会」に参加し、共同アピールを公表します。サーバ・ダーマ・サメラーナ(Sarva Dhama Sammelana)を勧める組織があったように、それぞれ異なる組織が特定の目的のために協力することができます。超宗派運動への取り組み方は様々あるということは、バンガローレ会議の準備での経験が示しています。また、各組織がそれぞれ独自の憲章を持っているかもしれません。運動を提言する人たちが誰か他の人の支配に喜んで従うかどうかは疑問です。ある団体の創設者というのは、多数の信奉者を従えたカリスマ的人物であることがしばしばです。そこに宗教連合への試みが当面しなくてはならない問題点があるように思われます。

問題点

とかくこうした組織には官僚的で「西洋的」にもなる可能性があります。当然、中心が多数存在する、つまり各大陸ごとに中央事務局が存在することになるわけですが、西洋が統御する形になるとは思えません。こうした組織の会議を政治的に利用しようとする人間が出てくる恐れがあります。一部の地域では、世界宗教会議(WCF)が世界の宗教を一つの宗教にしようと企てているのだという疑いが持たれてもいます。重大な問題は、世界宗教会議の指導部は誰によって構成するのかということです。

宗教指導者たちに関する小事典を送られてきたことがありますが、その序文に「指導者の資格のある人物で、自分のことを宗教的指導者と思っていた者は一人もいなかった」と書かれていました。真に宗教的人物の資質としては謙遜が挙げられなければならないでしょう。宗教によっては、指導者ははっきりと指名されている場合があって、最も顕著な例は、ローマカトリック教のローマ法王と枢機卿です。他の宗教、例えばヒンズー教のような場合はこのような仕組みになっていません。宗教的指導力というのは個人の就いている役職によって定まるものなのか、個人の精神的権威によって定まるものか、それともたまたま両者を兼ね備えた場合によって定まるものなのでしょうか。超宗派団体の重要な会議を予定する際に大問題となるのが、誰を招集するかということです。通常、参加者が自説を述べるのは明らかですが、そうした発言が他の宗教社会の成員に認められ、共有され得るでしょうか。統一した一つの宗教というものは私には考えられません。そもそも、どんな社会が宗教的なのでしょうか。これはシカゴ会議での問題でもあって、同会議では新たな宗教運動の台頭によってオーソドックス・チャーチは会議を退く原因となりました。主要宗教が認めない分裂少数派が存在するのです。例えば、イスラム教徒はアーマディヤAhmadiyya運動の主張をイスラム教的とは認めません。これらは複雑な例のごく一部に過ぎないのです。とは言え、宗教の主張を知らしめるとなれば、有効な組織が問題となるのです。個人的な権威と叡智を備えていて、人が耳を傾けるような精神的指導者からなる小規模な組織を構想している人たちがいます。一方、多数の宗教人を代弁するという理由から権威を有する大規模の代議組織を目指している人たちもいます。環境とか虐待といった特定の問題を重視する団体もありますが、私はこれらを超宗派組織というよりも多宗教組織と呼びたいと思っています。宗教は時には予定の大義に仕えるものではないかとの思いもします。しかしながら、全体論的組織はまとまりにくいというホーマー・ジャック(Homer Jack)の警告は忘れてはならないものでしょう。現在提唱されている運動案が多様であるのは、世界が当面している重大な危機を克服するためには宗教人が協力し合って貢献する必要があるという認識が高まりつつある証拠です。今日国連参加の多数の人々は、人口抑制、環境、世界的貧困などの問題にも精神的・倫理的面のあることを認識しております。これらの問題に取り組むにはより広い見識と決意とが必要で、解決には生活様式を大きく変えることにもなりましょう。宗教的指導者たちは詳細な解決策を提示できないかもしれませんが、有効な政治的行動を求める国際的な良心を喚起するには貢献できるでしょう。

以上から到達する私見:平和と正義の推進に関して宗教はどの程度有効なのでしょうか。宗教人は紛争の和解に努めることができなくてはならないというのが超宗派運動が一貫して抱いてきた願いであります。しかし、これは実際には非常に困難なことだと分かったのです。敵意に捉われると外部の声に耳を傾けなくなります。宗教の違いが紛争の原因となることもありますし、同じ宗教の人たちに宗教を同じくするものだと認めてもらいたいことが原因の場合もあります。これが、なぜ外部からの超宗派団体の呼びかけや超宗派団体の派遣が有用かの理由です。所によっては、異なる伝統を持った宗教人が和解のためにすでに活動しているかもしれないのですが、逆に自分自身の社会の他の人々から拒絶されているかもしれません。このような場合、外部の者が提供できる主な役割は、和解のために活動している人々を忘れさせないようにすることかもしれません。宗教人は、世論の形成を助けることで政治的決定に影響を与えることができます。政治家は他に借りをつくることを嫌がりますが、世論の要請が強ければ行動につながります。このことは各国政府が環境問題にますます明らかな関心を深めつつあることにもみてとれます。しかし、心配なのは、時として、国際会議の目的が実際の行動をいかにして回避するかにあるかのようであったり、会議の代表が帰国すると会議の決定事項の実行を渋ることに腐心しているらしいことです。こうした現実から、宗教界からの不断の圧力とそのための有効な手段が必要とされるのです。しかし、ここに、宗教が政治家に影響を与えるというよりも宗教が政治家の目的に利用される危険があるのです。宗教的対立が宗教の影響力を弱めることがしばしばあります。宗派の異なる様々な人々が一緒に集まり、特定の問題に関する専門家をも交えて世界の当面する複雑な人道的・倫理的問題をいろいろ論じる必要があるのです。貧困の除去には人口抑制が必要かもしれませんが、人口抑制の方法については容易に一致できなくても、貧困を終らせることにおいては容易に一致できます。各宗派の人たちが重大な問題について一緒に議論するとになれば、いろいろな作業が伴います。宗教的、哲学的、歴史的、文化的背景の理解が欠かせませんし、これらによって異なる宗派への取り組み方、議題に関する専門知識への取り組み方が決まります。

 宗教連合については「世界の宗教により国際的な一つの組織をつくる主な目的は、宗教、人種、民族の名の下に暴力を排除することである」と言われております。こうした主要な目標を掲げた組織がなすべき仕事はいろいろと沢山あります。新しい組織はどんなものでも、他の多くの関連組織と緊密に連携して活動するなら、長期的な目的も達成できるとしつつ、明確な目標は持って欲しいのです。宗教が暴力を明確に否認しないかぎり、新しい世界秩序の構築への宗教の貢献は無視されることでしょう。今日、多くの人たちにとって宗教は「憧れ(あこがれ)」よりも脅威であり、宗教を分裂や敵意の一因とする一般の見方は信仰の妨げとなるものです。宗教連合が、宗教の叡智をゆがめ腐敗させているものを駆除し、宗教を浄化することができれば、偉大な精神的伝統による英知を現世に活かす道を切り開くことができるでしょう。

1943415日ネーション匿名記事より。同じ考えはヴィクトル・ユーゴ「犯罪史Histoire d’une Crime」にもみられる(1851年執筆、1877年出版題10章第5節。

拙著」全解説、引例は「A Wider Vision; A History of the World Congress of Faiths

1996 One-world Publications 

拙著1992SCM Press “Pilgrimage of Hope”VII章。

ホーマー・ジャックWCRPA History 1993396403ページ

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3. 諸宗教連

A United Faith Communities Organisation

(UFCO)

ルシエン・コゼーンスLucien Cosijns

歴史的進展

二十世紀は現代世界史における激動の時代であり、特に西欧諸国では生活様式にもさまざまの変化をもたらしている。この世紀には政治、金融、貿易などの分野で少なくとも十を数える国際的機構が創設され、その末期にはEUが生まれた世紀として記憶されるのであって、対立の精神から協調の精神へと進み、「対話」という言葉が公の生活のあらゆる分野で最も広く用いられるに至った(「Global Changes in the Faith Communities諸宗教における世界的変貌」ワールド・フォーラムの提言者ウェブサイト参照)。

カトリック教は、先ず40年代に聖書のより科学的解釈に基づくこととし、次いで62~65年の第二回バチカン会議の結果、祈祷の言葉もラテン語から各国語へ変え、他の宗教や文化の尊重を宣言するなど大きな変貌を遂げている。この間、西欧の人々は何百年も変わらず示してきた教会の権威に対する信望を変化させ、人間の行動の基となる個々人の良識や知識を受け入れるようになり、結果として旧来の教訓や戒律からは次第に遠ざかり、ドグマも信じなくなったのである。こうした革命的変革は、他のキリスト教やキリスト教以外の宗教にも影響をもたらしている。

過去、数百年の間で、宗教を抹殺する目的を持った基本的に無神論である共産主義やナチズムが何百万人という犠牲者を出している。さらに、協調と対話の時代ではなく、対立の時代にあって、世界は、二度の世界戦争とあらゆる紛争を経験し、八千万人の犠牲者をもたらしたのである。

現在の世界的状況

二十一世紀の現在にあっても、貧富の格差拡大、世界人口の20%にのぼる貧困層、いかに否定的副作用があろうと後戻りできないグローバル化への道、何百万人というキャンプにいる難民や地域紛争から逃れてきた難民、貧しい国から富める国への世界的な移民などの問題に我々は直面している。世界の政治や経済や産業のリーダーたちは、何か手を打つべきだとは認識しているのである。しかしながら、彼らの大半は不本意ながら米国の対テロ戦争政策に追随していて、テロリズムの根本にある原因の除去に注意を喚起している、特にアナン国連事務総長などによる一貫した主張に耳をかそうとしていない。

世界の宗教団体および宗派間対話運動の活動計画

今日、なお世界が直面している暴力的傾向や増大する難民等の原因となっている社会経済的構造上の諸問題を解決しなくてはならない。宗教団体は、非政府組織(NGO )と協力しながら、この緊急にして不可欠な役割を果たすべく、世界の政治的指導者たちに対話を促進させ、対テロ戦争を世界的協調へと転換させることができるものである。

近年、宗教間対話運動 [Interfaith Dialogue Movement (IDM)]への関心と参加が世界各国で盛んとなり、この運動は今では世界的運動となっている。

諸宗教のワールド・フォーラムを創設する時は熟している。政治、貿易、金融におけるグロバリゼーションに伴い、このプロジェクトは最重要課題となるべきであり、国際連合機構(国連)をまたとない協力者として諸宗教連合機構(宗教連)を創設することは、二十一世紀の歴史的な出来事となり得るものである。2006年には、世界228カ国中、192カ国がそれぞれのアイデンテティを保ちながら国連に加盟している。同じことが世界の宗教団体にとって実現できないことはないのである。

諸宗教連(UFCO):ニューヨークにおける世界平和ミレニアム・サミット後の2001年に創設された宗教指導者世界会議、2002年の世界平和宗教会議(WCRP)によって創設された宗教指導者欧州会議、2003年のイスラエル・エリア宗教交流協会後援による世界宗教指導者評議会などが近年、創設、開催されている。これら三団体は加盟者に世界の主要宗教に属する重要な宗教人を擁していることを誇るもので、世界の宗教団体の結束力としての諸宗教連合機構に向かう踏み台となるべきものである。

次の段階では、これら三団体から一定の宗教指導者グループを選出し、これに他の人道・信仰グループからの人材をも加え、宗教連の初代の正式代表を結成することになろう。

*   *   *   *

:諸宗教には世界の宗教団体、その他の伝承・人道・信仰等の関係団体が含まれている。

英文からの翻訳は東京の浮島勝朗先生。

 

Lucien Cosijns, Binnensteenweg 240/A26, 2530 Boechout, Belgium

T. +32 3 4556880   lfc.cosijns@gmail.com

www.interfaithdialoguebasics.info

 

Heading Symbols

Buddhism, Baha'i, Indigenous Traditions, Christianity, Hinduism, Islam,

Jainism, Judaism, Shintoism, Zoroastrianism, Taoism, Sikhism.

 

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