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 いきなり神学論で恐縮だが、早々と死を語ろうと言う訳ではない。聖書(新約聖書)に3位一体なる言葉がある。父と子そして、精霊である。父とは遺伝子であり、子とは肉体であろう。では精霊とは一体何モノであろうか?
 
 古来日本での人の死とは、心拍の停止、呼吸の停止、瞳孔反射の喪失を持って死の判定3兄弟とした。死の成立の完成である。
1999年日本に於いて脳死判定が初適応されてはいるが、今尚、脳死を「個体死」とする旨を法律に明記していない。
当然であろう。脳死とは言え、出産も可能だし、風邪にも罹る。黴菌などの侵入に対しては拒絶を示し、自己の生命の安全を図ろうとする。この防御システムには脳のメカニズムは介在しない。燃料さえ供給すれば人間機械として生命の維持は可能である。
 
 では自己の根幹とも言うべきアイデンティティをなす定義とはなにか?心臓と脳だけであろうか?
人類が絶滅から逃れ得た理由の一つに、自然淘汰に順応した人類の進化の履歴が遺伝子として記憶されているからであろう。
 60万年の時間の流れのなかで、キメラ(半人間動物)の誕生は神話の世界でのみ存在した。現代の唯物医学においても移植の困難さの原因はここにある。精霊は個を守ろうとしたのではないか。自己を守るべく個体の死を犠牲にしているのである。
そして人類もまた自己を維持したのである。この自己なるモノを維持するシステムの機能が備わっているからこそ、人類は絶滅から逃れ得たのである。
 
 話を元に戻そう。父とは遺伝子であり、子とは肉体であり心臓であろう。で、あるならば精霊とは身体の生命の安全を守り、個体の寿命を決定するプログラムをなされた免疫機能機関ではなかろうか。
癌を考えるうえで、この精霊の存在は大変重要な役割を果たすキーワードとなるのである。