療養記(42) 


 

2006年7月7日金曜日
 鼻の閉塞、呼吸が苦しいことについて薬局でたずねてみた。結局薬も何も買わなかったのに(多くの薬は僕には危険)、30分近く、どうしたら教えてもらった。要はおなかを冷やさないということなのだが、思えばこの頃冷たい水ばかり飲んできた。納得できる説明だった。今度、また散歩の時に寄ろう。人見知りをする僕なのにずいぶん変わったものだ。息ができないとすわっていることもできないので、よくなればと思う。

 中井久夫が友人の医師のことを書いていた。その医師は、ある日浜坂にある勤務先の病院を出たところで、心筋梗塞で倒れた。赴任二日目、激務が続いた後だった。彼は以前勤めていた病院にまるで鳥の帰巣本能のように自分で運転して行きたい、といった。無謀を戒められ、「よしわかった。ではモニターをつなげ」と、自分で心電図を見ながら若い医師に指図して自己治療しようとした。

「そして、ある瞬間、波形をみて「あ、これは駄目だ」といい「遺言を書き取れ。妻へ……子へ……」と述べ終わって瞑目した—」(『家族の深淵』p.251)

 神戸から浜坂にきていたおばあさんが心筋梗塞で倒れた時は神戸市の衛生局長に直談判してヘリコプターを呼ばせたのに、自分の時は決してヘリコプターを呼ばずに死んでいった。

 自分で自分のことがわかるというのは、怖いことである。しかし、思うに、このように自分の病気については知ることができるかもしれないが、対象化できず、現在形でしか知りえないこの<私>についてはどうやって知ることができるのだろう。

2006年7月8日土曜日
 ヴァイツゼッカーの読書会。長時間、ドイツ語のテキストと取り組むので疲れないはずはないが、縁があって参加できるようになって嬉しい。休憩時間に病気の話題になったので、心筋梗塞で入院していた、というと、木村敏先生が「誰がですか?」と驚かれた。因果関係があるわけではないが、病気になってそのことがきっかけで読書会になったのは本当なので、人との出会いは不思議だと思う。 

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