療養記(40) 


 

2006年7月5日水曜日
 今日は不調で夕方まで横になっていた。昨夜は少し遅くまで仕事をしていた。寝る時になってもまだエネルギーが残っているような気がしていて寝るのが惜しく感じられたが、早く切り上げるべきだった。起き上がる気力がなく横になると、当然、長く寝てしまった。疲れはとれるが目が覚めても身体の調子は変わらない。『あいだ』(木村敏)『回想の人びと』(鶴見俊輔)を読む。

 入院中は岡田先生は毎日回診にこられたし、看護師さんにもいろいろと身体のこと病気のことをたずねることができたが、今は一月に一回しかチャンスがない。しかもごく短時間の診察である。これはいたしかたないことではある。退院前に心臓カテーテルを使っての検査を受けたが、その日は僕の他に4人検査する人があった。緊急のオペの他に月曜、水曜、金曜とこれだけの検査があり、もちろん岡田先生だけが医師ではなく、循環器内科の医師は他に二人おられるが、検査を受けた患者が退院後外来(岡田先生は火曜日と木曜日)にくるとすれば毎回相当な数の患者が先生の診察を受けることになるわけである。僕よりもっと重い方に譲ろうと思うので、質問攻めにして先生を止めようとは思わない。

 しかしそれにしても今自分の身体の中で何が起こっているか知りたいと思う。だからこそあれこれたずねてみたいと思うのだが、他方で、身体のことは自分にしかわからないのではないかとも思ってしまう。それを他者がはっきりとわかるほどの表現力が僕にあればといつも思う。

 オーストラリアから本が届く。オーストラリアは心当たりがなかったが、過日アメリカのamazonで古書と注文したことを思い出した。当然、アメリカから送られてくるものと思っていた。まだ後二週間くらいは手に入らないと思っていたが、早くきたので仕事の段取りを少し変更しなければならない。

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