療養記(4) 


 

2006年5月25日木曜日
 昨日病院でもらってきた診断書を見た。原傷病名は心筋梗塞。「平成18年4月19日、朝、突然に胸痛発現。心電図で前胸部誘導V1-5のST上昇あり。冠動脈造影で左前下行枝#6:100%閉塞あり」。総合所見として「重症冠動脈病変であり、冠血行再建を要す」とあり、活動能力の程度として「家庭内での普通の日常生活活動には支障がないが、それ以上の活動では心不全症状もしくは狭心症症状が起こるもの(4級相当)」に○がしてあるが、更生医療意見書の中の治療効果見込みの欄には、「社会復帰可能」、身体障害者診断書・意見書には、将来再認定の欄は「要」となっていたしかし狭窄がなお#1, 6にあるのが今後の課題である。

 心筋梗塞は一般的にはあまり再発の可能性について知られていないのかもしれないが、カテーテルを使って一度処置をすれば、それですべて解決というわけにはいかない。ステントを留置するのは再閉塞することを防ぐためなのですが、それでもかなりの確率で処置した個所が再閉塞するようである。そこで最近は再閉塞を防ぐために薬剤溶出性ステントも使われている。たしかに再閉塞率は減るが、この薬に副作用があるという問題もある。僕の場合は、まだ狭くなっているところが二ヶ所もあるので、これも今後どうなるかわからない。再閉塞の問題を回避するためにバイパス手術が考えられる。手術による致死率は2〜3%と聞いている。

 心筋梗塞で入院していたというと、たしかに驚かれるが、親しくしている人でなければ、生活習慣病といわれ、結局は本人の責任であると思われるように考えてしまう。僕自身は強いストレスと不規則な生活、食習慣が原因であることはよくわかっているのだが、「おいしいものばかり食べて贅沢してたのではないか」と知人からいわれた時は愉快ではなかった。贅沢などしていないからである。僕が入院していた病院では、水曜あるいは木曜日に院長回診があって、入院したその日に院長と二言、三言言葉を交わした。生活習慣病なので生活のありようを変えたら必ずよくなるから、といわれたことは励ましになったことは付記したい。

 絵門さんが書いてられたのだが(『がんと一緒にゆっくりと』)、「告知」が心筋梗塞の場合問題になりえない。緊急性がきわめて高く、手術後の闘病はあっても、発作が起きてからオペまでに考える余地すらないので、告知されたとしたら事実をどう受け止めるか、また告知されていないとすれば、自分はひょっとしたら心筋梗塞などではないか、と悩む余裕すらない。しかし、予後がよければ一月足らずで退院でき、社会復帰も可能である。ただ、心臓という臓器のトラブルが先に書いたように、いつなんどき再発するのではないかという不安はつきまとうように思う。

 今日は静かに過ごしている。近所の本屋へ。心臓外科医の南淵氏の本や、よしもとばななの小説などを買う。前の家の書斎から持ってきた『いのちを生きる』(重兼芳子、中央公論社)『泥の花』(水上勉、河出書房新社)を再読。水上氏は心筋梗塞で倒れた時の書いている。前に読んだはずだがあまりほとんど憶えてなかった。夜、なかなか寝つけなかった。そのこともあって、朝食時に起きられず、目が覚めたら9時になっていた。身体は回復してきているのに、仕事はまだ手につかない。僕の部屋の片づけにはなお時間がかかる。椅子にすわって少しずつというのではどれだけかかることか。

 退院すれば、仕事のことも考えないわけにいかないので、ストレスがかからないわけにはいかない。ひどくイライラすることもある(こういうのは身体によくないのだが)。やる気は待っていてもでないだろう。入院前から依頼されている仕事の続きに着手し、入院中に引き受けた雑誌原稿を書き、出版できることを考えて書きためた原稿を読み直すというようなところから、始めてみようかと考えている。来月には出版される本は危うく遺書になるところだった。まだ僕には残された仕事があったということだろう。これからは仕事を選んでいくことを余儀なくされるが、与えられた余生で世に貢献できる仕事をしていきたい。 

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