療養記(36)


 

2006年7月2日日曜日
 身体が別のものになってしまったように思うことがある。閉塞していた冠状動脈の一個所が開通しただけなのに。入院する前の日に鍼治療を受けた。僕の教え子でもある鍼灸師に「僕がサイボーグであること、内緒にしておいてね」と話したことを思い出したが、今はステントを入れているから、その時の言葉は予言だったといえないこともない。呼吸に意識が向いてしまう。どの向きなら呼吸が楽だろうか、と考える。横に向くと苦しくなるのでその姿勢を避けるが、寝てしまうと制御できない。朝はしばらく呼吸に意識が向いていないことに気がつく。

 父から電話。無理してるんじゃないか、と心配してくれる。暑いから学校に行く時には気をつけろ、とか。

 息子に頼まれていた本やコンピュータの周辺機を送った。『アドラーを読む』をついでに入れておいたのだが。

 僕の専門は哲学で、紀元前五世紀のギリシアの哲学者であるプラトンが書いたものを読んできた。教育熱心な父親が、どうすれば子どもを優秀な子どもに育てることができるか、とソクラテスに助言を求める話がある。今なら哲学者にたずねにいくことはないだろう。また、今なら母親のほうが教育に熱心で母親が学校や塾、予備校の情報を集めたりするのだろうが、この時代は父親が熱心である。とはいえ、過日奈良では父親が子どもの勉強を見て、子どもは親から成績のことで叱られることを恐れていた。医師の親は子どもに医師になってほしい、と願い、政治家の親は子どもに政治家になってほしい、と思う。

 ところが思うようにならないのは昔も今も変わらない。たしかに知識を伝えることはできるだろうが、人の「よさ」(それをプラトンは「徳」<アレテー>という言葉で呼んでいる)は教えられないのではないか、というのが、ギリシア人をとらえた疑問であり、この問をめぐって議論がなされてきた。立派な(多分にこの言葉には皮肉がこめられているように思う)政治家の子どもが親の徳を受け継かず凡庸であるという現実に困惑するということがあったのだろう。この問題はアドラー心理学の研究をするようになってからも僕の関心事である。大きく変わったのは、僕自身が育児に関わることになったからである。

 その関わり方が適切なものだったかどうかはわからない。どう関わろうと、子どもたちは自分で自分の人生を選んでいるように見える。子どもにこんなふうになってほしいと願い、そのために働きかけることを僕はしてこなかったので、親が子どもの勉強を見るとか、成績がよくなければそのことで叱責するというようなことを聞くと驚いてしまう。 

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