療養記(35) 


 

2006年7月1日土曜日
 昼間たくさん歩いたから眠れるだろうと思ったのにだめだった。今の生活では次の日補えるのならよしとしよう。レンドルミンが原因だったか特定できていないが、呼吸は楽になってきた。でも救急病棟にいた時に感じていた呼吸が楽にできるという感覚を取り戻せない。心臓には問題がないようなので不問に付された感があるが、言葉をつくして症状を表現できなかった。コンピュータのトラブルなら問題のありそうなプログラムを外していって原因を特定できるところだが、薬を飲むのを一つずつ止めることはリスクが大きすぎる。

『がんから始まる』(岸本葉子、文春文庫)。40歳でがんに罹患。生きることは日々の営みであり、がんになったからといって生まれ変わるわけではなく、それ以前と以後との自分を貫く、ぶれない確かな線がある、という著者の姿勢には気負いがなく好感が持てる。文庫版では再発後のことを記した第3部がある。細やかなユーモアのある病院での記録は、がんの闘病記であることを忘れさせる。

 手術のために入院することになった時に仕事を断るところが僕には共感できた。会社勤めではない僕と似たような境遇なので、迷惑をかけることは必至である。しかも、「後」のことも考えないといけない。「あー、この人って、もう終わってるんだ」と思われ、以後の仕事がこなくなっても困る、というのはよくわかる。僕は6月に出版された本の校正を入院中にしたが、そのことを知らせなかった。入院した時はすでに初校は返していたが、2校はまだだった。入院した時点で知らせて、出版が遅れることがあっては困る、と思った。あっさりと仕事を打ち切られたこともあった、と岸本は書いている。「決定権は向こうにあるから否やもないが、こういうタイミングで言うかな? そういうお付き合いだったと思うほかはない」。「会社勤めだったら、ここまでじたばたすることはなく、誰かが代わりにやってくれるのかもしれないが、そのぶん、ポストを失うといった焦燥があるのだろうか」。本人が病名を伏せて連絡するとこんなことは起こるだろう。僕の場合は、現に入院してしまったから連絡を受けた人は「なんとかしてください」というようなことはいえなかっただろう。迷惑をかけてしまったことはいうまでもない。もちろん、「『ほんまの病名、言うたろうか!』とすごみたくなったようなケースばかりではなく、こちらはいかような態勢でもとれるから、望むとおりにといわれたというケースもあったことを岸本は書いている。

 岸本は告知された時、父親に話したものか迷う。高齢の父親は数カ月前に心臓ペースメーカ植え込みの手術を受けている。手術後の父親との会話。岸本はいう。
「がんは、再発したら終わり、みたいに言われるけれど、それを言えば、脳梗塞だって心筋梗塞だって、二度目の発作は致死する危険が高いしね」
 岸本の母親は心筋梗塞の二度目の発作で亡くなっている。僕の母も脳梗塞の二度目の発作が命取りだった。
「しかも、脳梗塞や心筋梗塞は、突然で、有無を言わせない、みたいなところがあるけど」
 これを受けて父親が、岸本が続けようとしたことを先にいった。
「それからすると、がんはまあ、いろいろな計画が立つぶん、人間的ではあるね」
「それを聞いたとき、私は、
(あ、この人は、全部わかっている)
 と悟った。告知からずっと、私が何に立ち向かっているかを」 

がんから始まるがんから始まる
岸本 葉子

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