療養記(30) 


 

2006年6月24日土曜日
 夕方からまた身体から受ける感じが違ってきた。ちゃんと息ができているかもわからない。自分が体験していることなのにそれを適切に表現する言葉が見つからない。

 水上勉は70歳で心筋梗塞になった。救急車の到着が遅れ、受け入れてくれる病院がすぐに見つからず、渋滞に巻き込まれ、結果、心臓の3分の2が壊死した。三日意識を失っている。検査の際にディスプレイに写し出された画像(「亀が腹の肉で必死に息をつかうけしき」)を見て、「すみませんが、そこにうつっているのは僕の心臓ですか」とたずねたら、機械を動かしいている女性は不機嫌そうに、「説明してもおわかりにならないでしょうに」といった眼もとで「はあ」といっただけで相手にしてもらえなかったという。こんな話は読むだけでつらい気持ちになる。

 水上は、京都では鴨川まで歩いて5分のとこに住んでいた。出雲路橋まで歩いて帰ると、1万歩になると書いてあった。僕ももっと歩かないといけない。昨日から、突然、体重が50キロを切れた。成果は上がっているようだが。

 退院してからよく図書館に行くようになった。蔵書が多いとは決していえない図書館であるが、個人ではとても持てない蔵書数であることは疑いない。それなのに、借りて読んでみたいと思う本がほとんど見当たらない気がする。今は、小説を少しも読めない。

 僕の新しい本を読んだという人がまだ一人もいなくて不安。

2006年6月25日日曜日
 今朝は体調がよくなくて、朝食後、横になっていたら、また寝てしまった。娘は今日は出かける用事がないようで、家にいた。娘の昼食を買うために行った。もう夕方なのに、頭がぼんやりして仕事にならない。

 家に放火し家族を死に至らしめた少年が「「何もかもが自縄自縛(の状態)になり、嫌になった」といっているという。そんなふうになるのがいけないのではない。自縄自縛にならなかった人はいるのだろうか。いるのだろうな。きっとこれまでの人生では<他>縄だったのだろうから、<自>縄になったのは成長といえるのかもしれない。しかし、本当は縄をかけることも縛られることも必要ではなかったのである。厳密にいうと、自縄自縛に「なった」わけではない。自縄自縛に<する>ことで、課題に直面することを回避することしか思い当たらなかったのだろう。

「強いられない勉強」に、保育園の年長組の頃から毎日6時間横について勉強を教えていた親のことを書いた。本当のところがわからない、と最後に書いたのは、子どもが親のそのような働きかけにNOといわなかったのであれば、親に勉強を見てもらうことは子どもの決心だといえるからである。

 親にNOというのであれば、適切な方法でNOといってほしい。その仕方を教えたい。前回の聖カタリナ高校の講義でも、門限が早すぎて困っているという生徒の質問に答えた。親の不興を買うことがあってもやむをえない。それが最善だとは思わないが、したいこと、してほしくないことをきちんと言葉で主張したい。たとえ、親が言葉を使うことのもでるで

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