療養記(28) 


 

2006年6月23日金曜日
 今日は講義。たくさんの質問。「恋についての講義をもっとして下さい」しますとも。でも、今月は週に二度講義をしていたが、来週からは週に一度ずつで三回でおしまい。とても話し切れない。今日は朝の講義だった。朝は電車が混んでいてすわれないなどなかなか辛いが、昼からの講義になると暑くてかなわない。仕事に復帰といっても、会社などに勤めているわけではないから、週に一度、二度講義するだけでといいうのではとうてい復帰とはいえないないのかもしれないが、いいことばかりではなく、いうまでもないことだが、僕の仕事を自営業というならば、仕事をしなければ収入が途絶えてしまうわけである。

 近所においしいことで評判だったケーキ屋さんがあった。おそらく20年以上前からあった店だと思うが、ある日、閉店のお知らせが店の前に掲示してあって驚いたことがある。店のご主人はそんなに高齢の方ではなかったように記憶しているのだが、今になって思えば、突然の病に倒れられたのではないか。病も死も突然やってくる。病には前兆があるかもしれないが、それが死に至る病であることにある日突然気づくことになる。そして自分が死ぬ時は一人であることを知る。そのことは悲しくもあり、寂しいことである。日野原重明さんの『命をみつめて』(岩波現代文庫)を読んでいたら、このことに触れて、死を前にして「この方と一緒であるということを信じることができれば、決して私たちはそこで挫折しないでしょう」(p.48)と書いてある。この方は、神であったり仏である。「もし、信じている神や仏と一緒になっている、という強い信仰があれば耐えられます」(ibid.)。でも、信仰がなければ、どうなるのだろう。入院している時にある人に「臨死体験しましたか?」とたずねられ驚いたことがあるのだが、世にいわれているような経験はしなかった。心筋梗塞で倒れた水上勉は一種の臨死体験をしたと書いているが、なにしろ僕の場合は、意識ははっきりしていたのである。ただし、今、僕は、小泉義之が「死の瞬間はない。死は境界ではない。生の終わりは瞬間でも境界でもない」といっていることに深く同意する(『病いの哲学』ちくま新書、p.218)。意識は鮮明であったが、僕に起こったのは、死が生の側に浸透すること、「生への死の分散」(ibid.)だった。死に触れてしまったといっていいかもしれない(ついでながら、小泉のいう「死への生の分散」とはどういう意味なのか、よく考えてみたい)。