療養記(26)


 

2006年6月21日水曜日
 レンドルミンを離脱して2日目。寝つきが悪い。朝、7時には起きて食事はとるのだが、それからまた眠くなってしまう。寝つきが悪いのは、昼間(朝か)寝てしまうからである。病院ではベッドから離れることが少なく、ことに最初の頃は歩けても部屋の中だけという制限があって身動きが取れず、本を読むか、日記を書いていたが、昼の間に寝てしまうことはほとんどなかった。

 一つ考えつくのはこうだ。退院してからはなんだかんだといっても、しなければならないことがある。原稿の締切であったり、明日までにこのページまでドイツ語のテキストを読まないといけない。自発的に何かをする時には問題がないのに、たとえ意識的にはそうは思わなくても、何かをすることを他者から強いられる時は、その強制から逃れるために眠くなるようなのである。だからといって実際には逃げられず、いよいよ自分を追い込んでしまうだけなのだが。

 学生から質問に多いのは、意志が弱いというものである。例えば、「何をするにも決心がゆるくて、最終的には、何もせずに終わります。どうしたらいいいんですか?」という質問である。実際には、「終わります」というより「終わらせる」だろう。その意味で、何もしないでおこうという決心はゆるくない。自分でしないでおこうという決心をしているからなのであって、もしも本当にあることをやりとげないといけないのなら、必ずやりとげられるはずなのに、一瞬であっても、今はしなくていいという判断をすれば、しないことを選んでしまうのである。

 もちろん、こんなことを自分としては認めたくはないので、やろうと思っていたのに眠くなってしまった、というほうが、責任の所在はややあいまいになってしまうだろう。「もしも〜眠くさえならなかったら」と思いたい。これは神経症的論理である。

 どうしたら自然な眠りが訪れるか。どんな本を読んでもこんなことが書いてある。夜になると副交感神経が優位になり、血圧も下がってくるから、眠る前は、静かな音楽を軽めの本を読んでいたら眠くなるものだ。僕はいつまでも眠たくならないので、本を読んでしまう。小説などではなく、昼間読んでいた本の続きを読む。すると、頭が忙しくなって眠るどころではない。

 眠たくなるのと同様に、眠たくならない、あるいは眠れないということにもわけ(目的)がある。実際には仕事が進んでなくても、あるいは、期待する成果が上がらなくても、寝ないで頑張ったと思いたいし、あるいは、多少、結果に不備があったとしても、寝ないで頑張ったと思いたいのである。 

トップに戻る