療養記(20) 


 

ストレスについて 

 メンタル・ストレスが一番よくない、と主治医にいわれている。ストレスなしに生きられるわけもないが、可能な限り、回避し、軽減できれば、と思っている。深海魚には目を持たないものがあるが、太陽の光が海底まで届かないので視力を必要としないからだ、と聞いたことがある。ストレスを回避するというのではなく、それを以下に上手につきあうかを考えたほうがいいのだろう。

 血圧計で計っていて気づいたのだが、外を歩いてきて帰ってもそれほど血圧が上がるわけではない。それなのに、ちょっとしたことでイライラしたり、電話をかけた後などは簡単に血圧が上がってしまう。

 以前の日記(2003年 5月25日)にこんなことが書いてあった。

「父が心臓カテーテルの手術を受けた時のことだが、早朝から僕が病院に行った。手術後かなりハイテンションでしゃべり続けた。その時気づいたのだが、話の内容によって血圧がすっと上がるのである。何の話をしたら血圧が上がるか観察した。先の話をすると上がった。自分が死んでからどうなるかというような話である。だからそういう話にならないように気をつけたが、悲観的な父はすぐ話をそういう方向に持っていくのでそのたびにはらはらしなければならなかた

 父と話している時にモニターを見ていたわけである。ついでながら、父は狭心症で今回の僕と同じ手術を受けている。検査入院もたびたびしている。ただ父の場合は心筋梗塞ではなかったので、ステントを留置するということをした後でも、僕のようなリハビリのプログラムがあるわけではなく、短期間で退院できた。早く異変に気づいていれば、一月の入院は要らなかったのだろう。

 その日僕は父と十数時間一緒にいた。いろんな話をする中で僕は父との関係が前とは変わったことを知った。父が「お前のやってるカウンセリングというのを受けたい」といい出したのは退院後のことだった。僕がカウンセリングするなんてとんでもないといいたくもあったが、父との関係が前とは変わったことを知った。その手術は決して楽なものではなかったはずなのに、父は「管が身体の中を通るのは、気持ち悪いものだ」とはいうけれど、不満は一言ももらさなかった。しかも苦しかったであろうに、僕のことを気遣ってくれた。

 この日の日記の最後には、「僕があんな状況で他の人のことを考えられるだろうか、と思った」と僕は書いているのだが、なかなか人のことまで考える余裕はなかったように思う。岡田先生が心筋梗塞という診断をし、心臓カテーテルによる手術の話をされた時、僕も父と同じことをすることになったのだ、と思い、終わってからは父はこんなことに耐えたのか、ともっと力になるべきだった、自分のことでないので、軽く見ていたのである(この稿続く)。
 

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