療養記(2) 


 

2006年5月22日月曜日
 朝、僕がようやく起きた7時は娘がもう学校に出かける時間だった。昨日の夜もレンドルミンを飲むか、飲むまいか、迷って結局寝るのが遅くなってしまった。それでも7時間も途中目覚めることなく寝たのだから睡眠は十分足りていると思うのに、皆が出かけてしまってから横になったら寝てしまった。

 ここは何一つ音がしない。病院では常に心電図モニターの送信機を胸につけていて、看護師さんたちも部屋にきて血圧や脈拍などを計ったりしてもらっていたのに、退院した今は自分で自分の不調を感知しなければならない。病院では使わなかった携帯電話を近くにおいている。今日は気持ちが散漫としていて何にも手をつけられず、ぼんやりして昼からは時の経つのが遅く感じられる。

 何か仕事をしようにもあまりに散らかっていて、どうにもならない。必要なものを病院に持ってきてもらうために、また東京にいる息子に今は使っていないThinkPadを送るために、書斎のあちらこちらを動かしたからである。一度、開けたら収拾がつかなくなることを僕は知っていた押し入れが開けられた。recovery softが見つからない、と机の隅々まで探した形跡がある。日頃の僕の整理が十分ではなくて、しかたなかったことだが、見られたくない書類(手紙とかノート)なども引き出しから出して机の上においてあって、困惑してしまった。

 昼前に散歩。南郷の池まで足を伸ばしてみた。ここにもうすぐ蓮が群生する去年撮った写真。修理に出していたがiPod miniが戻ってきた。息子のものである。息子は僕のnanoを東京に持っていってしまった。ともあれ、歩きながら音楽を聴けるのは嬉しい。心電図モニターの送信機がminiくらいの重さだったように思う。体重を量る時、中西さんに手で持っていてもらったことを思い出した。数百グラムでも浴衣の紐に挟んでいる分違ってくるだろうと思ったのである。



 昼食は自分で作った。絹莢を茹でて卵でとじてみた。だしは塩分を控えたものを使った。夕食の時にとっておいた鱧を3切れ。後ご飯(165g)。これはきちんと計る。入院していた時と違って、運動量が増えているので、お腹が減る。6時という夕食の時間に慣れてしまったのかもしれない。一日1600キロカロリーを目標にしているが、カロリー計算をしているわけではないので、本当のところはこれでいいのかよくわからない。

 生命保険会社に電話した。今から詳しい説明に行く、といわれ、そんな力はまだないので、と断った。障害者手帳と、今回の手術の補助を申請するために必要な書類(診断書など)を近く病院に取りに行くので、保険の方にも診断書がいると思って電話をしてみた。おそらくいくらか支払いがあるだろうが、嬉しいわけではない。手術、検査については市から補助が出るという前提で1割しか払っていないが、認められなければ追加で払わないといけないことになるかもしれない。ずっと個室にいたので差額のベッド代も高くついた。妻は、大丈夫、貯金がたくさんあるから、といってくれたが、昨日、散髪に行こうとして僕が目下収入がないことに気がついて愕然としてしまった。 

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