療養記(14) 


 

2006年6月10日土曜日
 昨夜は今日締め切りの原稿を書いていたら少し遅くなってしまった。朝、読み直し、少し手を入れて送った。その後、ヴァイツゼッカーの研究会に出るために、家を出る間際までテキストを読んだ。僕はヴァイツゼッカーについては何も知らなかったのだが、ヴァイツゼッカーの翻訳もあるのか、と先日『偶然性の精神病理』(木村敏、岩波現代文庫)を書棚から出して見ていたのだが、まだ誰もいない部屋で待っていたら、まさにヴァイツゼッカーを訳している(『ゲシュタルトクライス』みすず書房)まさにその木村敏先生がこられたので本当に驚いてしまった。初めて見る僕が部屋に一人ですわっていたので、部屋をまちがったのではないか、と思われたようである。休憩が二回あったが、1時から5時までドイツ語のテキストに取り組んだ。木村先生がしばしばコメントをされる。的確なコメントなので難解なテキストの意味が明瞭になってくる。

 丸橋君が会の最初に僕のことを木村先生に紹介してくれた。「本人は哲学が専門だといっていますが、アルフレッド・アドラーの研究をしています」「ほお」「私はアドラーのことは知りません」(「やめてくださいよ、エンレベルガーの『無意識の発見』を監訳されているではありませんか」とはいえなかった)。丸橋君は「訳書もあります」とよけいなことまでつけくわえる。「ではドイツ語をお読みになりますな」「はい、それはもう」緊張してしまった。休憩の時に僕のことについて丸橋君が「いろいろあったんだよね」と他の参加者にいってくれたが、病気のことは話さなかった。丸橋君が何度も、大丈夫か、と気遣って声をかけてくれたのは嬉しかった。

 今日で退院して三週間経った。退院して回顧すれば、入院していた期間は短く感じられるが、入院している間は長く感じられた。生涯でこれほど密度の濃い日々はなかったと思っていたし、実際その通りだった。

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