療養記(10) 


 

2006年6月3日土曜日
 退院して二週間経った。まだ世間の流れに乗り切れてないので、高校へ講義に出かける以外の時間は、ゆったりと流れている。見た目には元気なので何でもできそうなものだが、依然、できないことがある。退院はしたが、治癒したのではなく、緩解であったことは忘れてはいけない、と自分を戒めている。

 今夜は娘の友達が2人泊まりにきている。ダイニングに娘たちが出てくると僕の居場所がないのだが、若い人たちの笑い声を聞くのはいい。

 生命保険会社に出す診断書ができたという連絡があった。月曜、カタリナで講義した後、病院に立ち寄ろうと思う。

2006年6月4日日曜日

 娘と友人2人は遅い時間まで話していたようで、なかなかいつものように寝つけなかったが、本を読んでいたらそのうち寝てしまった。朝、何種類かの携帯のアラームがなった。相変わらず、突然の音に弱い。ICUのモニターやアラームの音は気になったが、常時聞こえているとそれなりに慣れる。昼間に鳴る点滴のアラームは平気だが、夜中の静寂の中に突如鳴り始めるアラームは怖い。中井久夫は「突変入力」という言葉を使っている。

2006年6月5日月曜日
 今日はカタリナ女子高校で講義してきた。1時からだったので朝はゆっくりできたのだが、皆がでかけた7時半すぎに眠くなってきて、8時半から2時間寝てしまった。アラームをかけて寝るのは最近ではあまりなかったかもしれない。今日は頑張って、先週の質問の積み残しと今日の分の質問に答えることができた。

 去年までは講師控室は看護専攻科の職員室の中にあったのだが、職員室が別棟の校舎にある職員室に移ったので、講義の前後に先生方と話すことがなくなって残念に思っている。以前はクラスの生徒の様子をたずねられたり、生徒のことで相談を受けるということもあったのだが。今週からカタリナの二年生は病院実習に行っているので先生方も病院に行ってられるようだ。

 帰り、生命保険会社に提出する診断書を受け取るために病院に行ってきた。帰りに入院していた病棟の詰所に行った。まず師長さんに挨拶をした。いつも同じ場所にすわって仕事をされている。「こんにちは」といって頭を下げた。すると、何も聞かずにすぐに僕の担当看護師だった中西さんを呼んでくださった。少し話をした。退院してから初めて会うので、驚かれたようだ。仕事の邪魔をしてはいけないと思って、すぐに詰所を後にした。時々、入院していたことが夢の中の出来事だったように思うことがあるが、あの闘病の日々のことを知っている人が僕以外にいることを知るとやはり現実だったと思わないわけにいかない。