うっかり人生が


 

 ある日、講演の前に立ち寄った駅の中にある本屋に寄って、『豪雨の前兆』(関川夏央、文春文庫)を手に入れた。「須賀敦子の、意志的なあの靴音」というエッセイがあったからである。関谷は、僕がよく話す須賀敦子がパリの寮で同室になったドイツ人、カティアの言葉を取り上げていた。
 カティアは、エディット・シュタインという哲学者の本を一心不乱に読んだ。シュタインはフッサールの助手を務めたりしたが、やがてナチスのユダヤ人迫害が始まると同胞の救済を祈るために、修道女として生きる決心をした。迫害が修道院にも及びそうになったので、オランダの修道院に身を隠したが、ついには秘密警察にとらわれ、アウシュビッツのガス室で死んだ。ユダヤ人でありながらキリスト教を選んだが、ユダヤの血を受けているがために死ななければならなかったのである。そのシュタインの著作が後に刊行され、須賀の同室のカティアは、シュタインの「気の遠くなりそうにぶあつい哲学書を、本に首をつっこむようにして、読みふけっていた」(『ヴェネツィアの宿』文春文庫、p.213)。当時、須賀よりも十二、三歳年上で四十歳近く、戦後すぐ勤めた公立中学校を辞めて大学に入り直していた。
 カティアはこんなことを須賀に語った。
「しばらくパリに滞在して、宗教とか、哲学とか、自分がそんなことにどうかかわるべきかを知りたい。いまここでゆっくり考えておかないと、うっかり人生がすぎてしまうようでこわくなったのよ」(p.209)
 関川はこのカティアの言葉について、次のようにいっている。
「私にはこれはまるで須賀敦子自身の口から発せられた言葉のように思えるのである。彼女は見かけよりも、あるいは本から読みとられる印象よりもずっと強情な人だった。友情をもとめながらも孤独を怖れない人だった。しかしそれ以上に「うっかり人生がすぎてしまう」ことを自らに許さない人だった」(「須賀敦子の、意志的なあの靴音」『豪雨の前兆』p.124)。
 僕は初めてこの話を読んだ時、「うっかり人生がすぎてしまうようで」という言葉が強い印象に残った。当時、僕は演習や講読のために毎日ギリシア語の辞書を引いていた頃のような勤勉さをすっかりなくしてしまっていることを気にかけていた。それでいて、しないといけない仕事が山積していたので、時間がない、と常々思っていた。そんな時この話を読んだので、僕はこの言葉に共感したのである。
 うかうかと人生を費やすことなど決してなかった須賀は「アスフォデロの白い花が咲く忘却の野」をひとり足速に歩み去った。 

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須賀 敦子

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