未来に意識をフォーカスする


 

 ヴァイツゼッカーの読書会の休憩中(5時間の講読の間、2回休憩があった)、血糖値の話が出たものだから、心筋梗塞で入院していたことを話すと木村先生は多いに驚かれた。「狭心症ではなくて?」「いえ、完全に閉塞しました」。そういうと先生は「心筋梗塞は二度目が怖いのです」といわれる。この時、先生の友人で現象学的精神病理学の権威ヴォルフガング・ブランケンブルクがマールブルクからハイデルベルクへ向かう列車の中で心停止を起して急死したことが念頭にあるのだろうか、と思った。先生はブランケンブルクの住むマールブルクへ訪問する予定だったが、その日を待ち切れず学会のためにハイデルベルクに滞在する木村先生に会うべく一人で列車に乗り込んだ。その時、いつも付き添っているウーテ夫人はその時は一緒ではなかった。ちょうど一ヶ月前にも同じような発作があってその時は軽い脳梗塞も併発し、ハンブルク大学のICUに入院していたが、症状が軽くなると主治医の反対を押し切って退院した。

「その後は何かに憑かれたように、毎日大量のコーヒーを飲みながら仕事に没頭していて、まるで死が近いのを予感していたかのようだったという」(木村敏「ブランケンブルクの死を悼む」『関係としての自己』みすず書房、p.209)

 僕は神秘主義者ではないので、人が未来を予言できるかということについては何もいえない。しかし、来るべきことに意識を向け、すべてをそこへと向けて、緊張と集中を高めていくという生き方はたしかにあるように思う。

 28歳で多発性硬化症に罹患したジャクリーヌ・デュ・プレは、9歳の時に姉に予言している。
「ママにはこれ内緒だよ。私、大人になったら…、歩くことも動くこともできなくなるの」(ヒラリー・デュ・プレ、ピアス・デュ・プレ『風のジャクリーヌ』p.83)

 回復を望めないと考えられていたこの病気になった後にある日デュ・プレは両腕が使えることに気がついた。この状態が続くとは思わなかっただろう。長い間チェロに触れてはいなかったが、演奏を録音した。そうさざるを得なかったといえるかもしれない。この奇跡的な回復は4日続いた(岸見一郎『アドラーを読む』pp.145-5)。 

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