検査入院(6) 


 

2006年11月9日木曜日
 夜、12時過ぎにようやく寝たようだ。それなのに1時半頃に目が覚めた。田口看護師が巡回。少し話を聞いてくださった。ありがたい。「3時は巡回にこなくていい? 起こしたくないし」。戸を開ける音で目が覚めたわけではなかったのだが。そういって帰られたが、ほどなく心電図の発信機が外れているので直しにこられた。前回入院時は止まらず、テープを貼るなどして貼り替えるたびに看護師さんたちの手を煩わせたのだが、今回は問題がなく、テープを使う必要もなかった。アトピーはかなり改善したわけである。
 7時に松岡看護師の声で目が覚める。検査のことを会う人ごとにたずねてくださるのだが、あまり望ましい結果ではなかったというと一様に顔が曇った。
 朝、歯を磨いていたら岡田医師の回診。「もう普通に歩いていいです」といわれた。今朝はややかばっているが、よく歩けるようになった。病棟の体重計に乗ったら43キロしかなかった。浴衣を着ていたから実際にはもっと軽いはずだ。
 今朝も天気がいい。今回の部屋は前よりも少し見晴らしがいい。昨日、検査室まで運ばれる時、第2病棟から第1病棟をつなぐ廊下の頭上にある窓から雲ひとつない青空が見えた。空高く飛んで行く飛行機が日の光を受けて輝いていた。その機影は仰向けに寝ていた僕しか見えず、ベッドを押す看護師さんたちには見えなくて残念だった。検査なので眼鏡を外していたのに、はっきりと見えたことを後々不思議に思った。
 午前中、点滴。4月から働き始めた神田看護師がこられる。「上手になりましたから」といわれるけど、彼女でなくても点滴の針は太いので痛く感じる。昨日検査の際に穿刺した左手首にカットバンが貼ってある。取ってもらったのだが、まだ傷口が痛むので新しいのに換えてもらった。
 午前はそれだけ。昼食後入院費を払いに行く。あれだけの検査をしたのだからと思うけれど、高くつくものだ。
 3時から栄養指導。退院後勉強したので僕にとっては格別に新しい情報はなかったともいえるが口頭で説明してもらえるとたしかによくわかる。一日1800キロカロリーの食事指導をという指示が出ているということでご飯を一日に600g食べていいといわれた。
 その後点滴。これで終わり。その前に点滴が終わったらすぐに帰れるように荷物をまとめた。最初にこの部屋にきた時のような閑散とした部屋になった。中西看護師が点滴にこられる。点滴の間にどうやら僕は少し眠ってしまったようだ。気がついたらもう薬は落ちていなかった。日は沈み、部屋は暗くなりかけていた。
 たった三日なのに情が移るというか、先生や看護師さんたちによくしていただき、詰所で挨拶に行った時にはたまらなく寂しい気持ちになった。
 岡田医師の診断では、このまま放置していたら確実にそんな遠くはない日に僕は死ぬわけである。手を拱いて死を待つにはまだ僕は若い。
 父に検査結果について報告するために電話した。入院したことを知らせてなかった。心配させることになるから本当は電話することをためらったのだがいずれわかるわけである。父は僕が検査結果について話す前に「よくなかったのか」といった。きっと僕は緊張して話し出したのだろう。父の身体の具合についてももちろんたずねたが、それよりも父は僕のことを心配してくれる。僕がよくないことをいうと心做しか力が漲り、若い時の父の声に戻る。しかし心配をかけて親を元気にさせるというのもどうかと思う。
 入院のことを何も知らなかった息子から久しぶりに電話があった。検査結果のことを話すと少し動揺した様子だった。この半年摂生してきたことなどをあげて一生懸命頑張ってきたではないか、と気遣ってくれた。学校のことなど20分ほど話しこんだ。頑張っている様子。息子の行く末を見届けたい、と強く思った。 

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