生還記(9) 


 

2006年4月30日日曜日
 今日は日曜日なので、平穏な日になるだろうと思っていたら突然一般病棟に移るようにいわれた。この数日、もう移ってもいいかなと思っていたから、了承したのだが、せめて午前中にでもいっておいてくれたら、と思わないわけにいかなかった。というのも、今日は妹夫婦が、遅れて妻が見舞いにきてくれたのに、病室を移動する時間は誰もいなくて、僕は荷物を整理して鞄に入れたり、心臓のリハビリ中なのにこんなのいいのだろうかと思いながらも、看護師さんもこないので少しずつ用意していたら、今年看護師一年目の久保田君が、転室はどうやってするんだろうといういささか緊張気味の表情でやってきた。
 彼は、昨日、今日と二日続けて僕の担当だった。
「二日〔担当が〕続くことってあまりないですよね」
「僕は新人なので、状態の落ち着いている人しか担当させてもらえないのです」
 なるほどそういうわけか。最初、無愛想だと思っていたが、なぜ看護師になったか、看護学校時代クラスには男性は三人しかいなかったこと、今でもナースコールを受けるのが怖い、採血は苦手であるというようなことをぽつりぽつりと話してくれた。
「僕は患者さんと話すのが一番好きです」
 そんなふうには見えなかったな、と思いながら、清拭をしながら話をしていたら、先輩看護師の声が聞こえてきた。「久保田く〜ん」
「は、はい」
「久保田君、もう処置は終わったの?」
「はい! 後501号室だけです」
「終わってないじゃない!!」
 部屋に戻ってきた久保田君は、ばつの悪そうな顔で僕を見て「聞こえてました?」と苦笑する。「うん、頑張ってね」。新人看護師は大変。
 今度の部屋はこれまでとは別の棟にある。さぞかし眺望のいい部屋に移れるかと期待していたら、ほとんど何も見えない。まだ外に出ていけない僕には辛い。部屋が空いたら眺めのいい部屋に移してほしい、といっておく。病棟は新しく設備も整っていて、ホテルのシングルの部屋のように見えないこともない。
 今日は妹たちがきてくれた。遅れてやってきた妻を交え、4人で話す。25年前、母が入院していた頃、昨日、きてくれた父とこの4人が主たる介護要員だった。24時間態勢でシフトを君で僕たちは母のそばにいた。思えば長いつきあいになる。
 息子とのメールのやりとり。
「生活については全面的に変えないとね。仕事もこれからどうなるかわからない。でも、これは当面考えないでおくよ。今は身体を治すのが第一だから」
 こんなふうに書いたら、すぐに返事がきた。
「そう、今は体のことだけを考えといたらいいんだよ」
 昨日、僕の担当の北原さんが消灯前に再びこられた。看護師という仕事について、今後の生き方、さらには趣味の話まで、いろいろ。退院してもお友達になってくださいね、と今度会ったらいおうと思ったのに、そのチャンスもなく、僕は病棟を変わることになり、担当看護師も変わってしまった。入院して以来30人くらいの看護師さんと話をする機会があった。ICUで二晩一緒だった上田看護師は「明日も深夜ですから、その時会えますね」といってくださったのだが、その前に救急病棟に移ってしまった。「岸見さんの話はおもしろいからもっとこよう」といっていた看護師さんとも再び話す機会がなかった。
 妹が持ってきてくれた音楽を聴いている。もうそろそろ寝なくては。明るい読書灯があってうれしい。本を読みながらいつのまにか眠れるのは幸せ。
 心電図の電極を三ヶ所つけているが、アトピーがひどくてつかないことがあった。一般病棟に移ってきた時、どう止めたらいいかたずねられた。このことについて詳しく知っている人は前の病棟では誰ですか、と問われた時、深夜動悸が止まらず(不整脈が出ていたわけではない)怖くてたまらなかった時、いつまでもベッドサイドにいて、話を聞いてくれた古野看護師の名前をあげた。