生還記(6) 


 

2006年4月25日火曜日
 急性心筋梗塞で19日に入院して、今日で7日目。ようやく昨日、本を読むことを許された。おかげで今日は昨日のような目覚ましい進展がなくて静かで穏やかな日だったが、本を二冊も読むことができて嬉しかった。もっとも、エネルギーがあまりないので、長く集中的に読めないし、内容的にも面倒なものはまだ受け付けないようだ。
 しかし、二冊も読んでしまったので、エマニュエル・レヴィナスの『全体と無限』という本を次に読もうとテーブルの上に置いた。これは入院することになった前日に旭屋書店で購入したものである。
 4時半頃、突然、主治医の岡田隆先生が回診。先生はいつもノックなしにふいに入ってこられる。昨日からようやくベッドから降りてソファにすわれるようになり、外を眺めることが多くなった。そのソファに岡田先生はカルテを片手にすわられる。先生は目ざとくレヴィナスの本を見つけられた。「おや、ちょっと拝見」。レヴィナスが思いがけず、先生と僕とを結びつけたようで、僕の今回の病気のこともさることながら、明日からの韓国への学会出張での発表のことや、韓国、中国でのPTCA(経皮的冠動脈形成術)がどれくらい進んでいるかなどについて長い時間話すことになった。

2006年4月26日水曜日
 昨日はこれだけ書いたら疲れてしまった。負荷がかかってくるのがわかる。一冊ノートが用意してあり、そこに書きつけていたが、僕にとってはキーボードの方がはるかに楽である。
 今し方、点滴が外れた。最初の頃は四種類くらいあった。とうとう最後まで残っていた薬が必要ではなくなったのである。寝ている時も点滴の針を刺したところをかばっていたので、24日に導尿の管を抜いたのに続き、入院8日目にして解放された気がする。とはいえ、胸にはモニターの電極が三ヶ所ついていて、送信機を常に持ち運ばなければならない。今、リハビリの第5ステージなので、ベッドが降りて少し離れたところにある椅子まですわり、一回につき10分、一日に三回しかすわることしか許されていない。次のステージ挑戦は28日であることを看護師さんに教えてもらった。おそらくはあさっての午前中に、まず横になった状態で血圧、脈拍、心電図を計り、その後、部屋を歩いて二往復。その後、再び、血圧、心電図を計り、その結果を主治医が診て問題がなければ次のステージに進むのである。
 午後、皮膚科の寺澤先生の診察。薬は功を奏している。腰から下がよくない。そこは一日三回塗るように、といわれた。清拭の後と、寝る前にどの看護師さんも背中は塗ってくださるのだが、他のところはなかなか頼みにくい。身をかがめたり手を伸ばしたりして薬を塗るのには負荷がかかり、塗り終わるとたいそうな仕事をした後のように感じる。
 モニターの電極が、肌が硬化しているためかうまくつかず、テープが剥がれてしまう(通常はテープは必要ではない)。22日、古野看護師はずいぶんと熱心に剥がれない工夫をしてくださった。この日を境に剥がれることは少なくなった。肌の状態がよくなったからだと思う。痒みなどもほとんどなくなり、夜も穏やかに過ごせるようになった。アモバンをやめてレンドルミンに変えたのもよかった。今回のアトピーは1998年の夏以来のものなので、今回の入院をきっかけに完治したら、と思う。

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