生還記(26) 


 

2006年5月17日水曜日
 今日は、午前に内蔵のエコー。前夜からの絶食飲が厳しかった。検査そのものは経験のある方も多いかと思うが、息を吸え、吐け、お腹を膨らませよ、そこで止めよ、の連続で、それだけが少し苦しい。検査技師さんも同じようにしながら検査したら、「はい、楽にして」というタイミングがより的確にわかるかもしれない。この検査に関連してなのか、月曜の検査の一環なのか朝(5時半)に久しぶりの採血。肝臓の数値が下がっていればいいのに。前にも書いたが、こちらにきてから「くすぶっている」くらいに改善しているようであるが。安静にしていることが多いのでいい結果が出れば、と思う。今、飲んでいる薬のうちパナルジンがまれに服用があることを知って気になったということもある。検査には車椅子で検査室まで行く。長く待つことになるだろうと思って、須賀敦子のエッセイを持っていったのは正解だった。
 部屋に帰ってきたのが11時前。ようやく遅い昼食。すぐに昼食になることがわかっていたが、バナナ以外は空腹だったので食べてしまい、昼食の時、後悔することになった。12時にきた昼食は当然のことながらあまり食べられなかった。
 昼から入浴を許可された。家庭にあるのと同じ浴室がある。曜日によって男女が違い、おそらく勝手には入れないのだろう。次は金曜日に入れる。シャワーを飛び越していきなりお風呂に入っていいといわれ、少し困惑した。中西さんはシャワーの初回は近くで見張っているといってられたのに、お風呂なのに大丈夫なのだろうか、と思った。今日の担当者は「気分が悪くなったら、このボタンを押してください」といって帰ってしまった。待ってもらっていると思ったらそれはそれであせることになるかもしれないから、それでいいわけだが、「一月ぶりなので緊張する」というような間接的ないい方は通用しなかった。帰ってから、薬を塗ってもらったが、背中だけでいいといってしまった。後は、自分で何とか、といったものの入浴自体も、入浴後、薬を塗ることもひどくエネルギーが要って、疲れてしまった。今日は階段二往復は無理だろう。髪の毛を洗ったり、久しぶりなので気持ちがよかったので(8年ぶりの感覚かもしれない)少し時間をかけすぎたのかもしれない。こんなことも退院前にリハーサルしておく必要がある。
 この病室はナースステーションに近い場所にある。後一週間もいれば(いないけど)看護師さんの声も判別できるようになるかもしれない。特徴のある人なら今でもわかる。今日はあまり話せてないと思い(退院したらこれからは昼間は一人なので、こんなふうになるのだろう、看護師さんたちと話せるのは今はありがたい)、耳をすませば杉山看護師の声がした。誰もこられなければこちらから出かけるしかない。ドアを開けたら、杉山さんが見つけてくれださった。金曜から月曜まで休みをとるので、僕が退院する日はいない、という。退院は嬉しいけれど、親しくなった人たちと別れるのは辛い。
 カタリナ女子高校の先生から電話があったことを昨夜遅くきてくれた妻から聞いた。どんなふうでも僕が望む形で復帰を、ということだったようで嬉しい。通勤だけがネックなのでコンピュータを使った遠隔での講義の可能性を探ったりもしているが、非常勤講師なのでそこまでしてもらえるかわからないし、そもそも身分の保障もない。療養が先で仕事のことは考えまいとずっと思ってきたが、時々拭き出すかのように仕事のことが気になっていたのでカタリナからの電話は嬉しい。明治東洋医学院のほうも早く手を打たないと、迷惑をかけてしまっている。いずれの学校も通勤がネックである。
 6時過ぎに岡田医師が部屋にこられた。胸に聴診器をあてた後、ソファにすわって、「要は…」と話し始められた長い対話の一部を書くと次のようである。
「疲れたら休む、ということですね。元の生活には戻れないが、アンダーグラウンドの仕事ではないんだから大抵のことはできる〔夜中に電話で呼び出されて出かけていくというようなね、と笑われる〕」
「これだけのことをいついつまでに必ずやりとげる、そういうのはやめなさい。高校生が何日も徹夜して何かをやりとげ、エンドルフィンが出て達成感があるというような、そんなことも」
「講演とか講義は?」
「それはデスクワークでしょう(註:デスクワークは完全OKとは前からいわれていた)」
「通勤や遠方への出張は?」
「電車に乗ったら心臓に負荷はかかるでしょう。しかし、できないわけではない。ただし、仕事は制限しなければならない。しかし、こういうことはロジカルには決められない。〔どの仕事は引き受け、あるいは引き受けないかは〕自分でしか決められない。本は書くといいです。あれは後に残りますし、達成感もあります。強いメンタルストレスがかかると、閉塞することはありうる。しかし、これは誰も予想できない。締切のある仕事があって、その時、親戚に不幸があって、風邪でも引くと…まあしかし、あなたはそうやってすわってるけど、心臓が悪かったらそもそもすわれないですよ。キーボードを打てるわけもない。(ここからは先週のムンテラの時も聞いたことでもあるが、ジリ貧で悪くなってICUから出られないケースについて話される)あなたの心臓は強いし、今、血も流れているのだから(50%閉塞の個所を二ヶ所残していることには言及されなかった)、まあ、あまり悲観することないですよ」
「心筋梗塞の人は退院後自宅療養するのですか?」
「それは期間を決めてもいいかもしれません。帰られてから、外を歩いてみてごらんなさい。太陽が眩しく、身体が重く感じられます。でも、二、三日したらきっと退屈してくるでしょう。それが復帰できる印です」 

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