生還記(20) 


 

2006年5月11日木曜日
 今日は朝から調子がいいようだ。夜、よく眠れなかったのは昨日あまり運動していないことと関係があるかもしれない。vitalが終わってから、3階の通路まで行って、途中まで行って引き返してきた。
 ここから昨日のことを書く。この日は朝、6.2度まで体温は下がったが(朝、氷枕が破れたのではないかと思うほど、汗をかいた)、一日、病室の外を歩くのは自粛。リハビリの10ステージ挑戦(階段昇降二往復)は延期になってしまった。昨日の夜、中西さんが明日は私がくるといってられたのに違う人がvital、清拭にこられたので気にしていたら(遅くまで引き留めてしまったから疲れて休まれたのではないか、と心配になった)様子を見にこられたので安心した。「急に今日はリーダーをすることになったから」と。昼食前、洗髪。予定していたシャワーは昨日、熱を出したので延期になった。
 夜、妻が帰ったのと入れ違いに、岡田先生が回診にこられた。8時をまわっていた。もう今日はこられないのか、と思っていた。後で看護師さんに聞いたら、オペの後だったらしく、ひどく疲れられていた。
「リハビリも最終ステージに近づいていますし、心電図も安定していますから大丈夫なのですが、さて、これは明日、説明しますが、大体ショックを受けられるのです」
「それは血管が閉塞している写真を見るからということですか?」
「いえそうではなくて、煙草を吸うというような危険因子がないのに…」
「なぜ私だけが〔心筋梗塞になったのか〕という、先生がいってられた「被害者意識」のことでしょうか」
「そうです」
「でもそれならきっと僕は大丈夫です」
「デスクワークはできますよ」
「それはよかったです」
「問題は、〔オペで処置できなかった〕残っているところをどうするかということです」
「僕としてはずっと自宅療養になっても、仕事を全部辞めることになっても、本が書けるのであれば…本が書けなかったら僕は生きている意味がないわけで」
 そういうと岡田先生は、「まあ」と苦笑しながら「そんな生きるか死ぬかというような問題ではないから」といわれる。手放しで楽観できる状況ではないし、退院することが無罪放免ではないことはよく承知しているが、この言葉で少し安堵した。今日、説明を受ける。続きはその時に聞くことになるだろう。
 帰りかけようとする先生に、『アドラーを読む』のゲラを見せたら、またソファに腰を下ろして読み始められる。
「人間は死ぬと決まっているのに、その死を前にどう生きるべきかというような話です」
 ひとしきりあれこれ議論をした後、
「まああまり根を積めんように」
と笑って部屋を出ていかれた。
 準夜勤の金井さんがvitalを9時頃計りにこられる。さらにその後、ノックがあった。「今、終わったばかり」と中西さんが入ってこられた。今日の様子をたずねにこられたのである。今し方の岡田先生との話を伝えたら、喜んでくださった。