生還記(11) 


 

2006年5月2日火曜日
 昨夜は一度左足がかゆくなって、目が覚めてしまった。ふと気がつくとベッドサイドにこの病棟での僕の担当看護師である中西さんが立ってられて驚いた。彼女は準夜勤だったから寝ついてからそんなにまだ時間が経ってなかったということだろう。時計は見なかった。「柵をしておきましょうか」とたずねられたということは、輾転反側していたのだろう。「はい」と答えた後、眠れたようだ。次は5時半に採血のために起こされた。入院した日の夜などは3時間ごとに採血をしていたから、別になんということもないのだが、一言二言話をした後、僕はまた寝てしまい、次に目が覚めたら、8時だった。病院では8時が朝食の時間である。ゲリラ的な痒みに襲われたものの、8時まで眠ったのは初めてのことである。
 昨日、この病棟の主任の看護師さんがリハビリの担当をしてくださったのだが、その際、今日は清拭の予定が9時と聞いていたのにこられないのはどうしてかたずねたら、「申し訳ありませんねえ(この方は謝ってばかりなのでこちらが恐縮してしまう)どうしても治療の都合などがあって」「僕は一日三回薬を塗ることになっていて、朝こられた看護師さんは9時と21時に薬を塗りにくるといってられました。清拭にも薬を塗りにもこられないようでは僕としては非常に困るのですが」この話をしたのが11時半頃。清拭に主任さんが2時頃にこられた。病院では主張的でないとsurviveできない。今日は9時半に清拭にきます、といっていた看護師さんが、9時36分に「すいません、もう少し後になってしまいますがいいでしょうか」と断ってこられた。もちろん、待ちますとも。
 夕方、岡田医師がこられる。「OK」と指でサイン。7ステージクリアである。
 そして、今朝、8ステージに挑戦。結果待ちである。これでOKが出れば明日から一日に三回は病室の外に出て歩ける。今日は200メートル歩いた。今日も再び外に出られたのはうれしかった。
 神田さんというのが今朝から何度もこられている看護師さんの名前なのだが、清拭の時などに少し話をすることができた。「今朝、寝過ごして遅刻しそうになりました」「近くに住んでるのですか?」「ええ、寮です」「これをたずねると歳をたずねることになるのですが何年目?」「何年目も何も新卒なんです」「おや、それではひょっとしたら久保田君と同期?」「そうなんです」(救急病棟でのことを話す)「私も先輩に叱られてばかりです。久保田君は名簿が私の次で、卒業式の時、隣だったのですが、泣くんですよ。そんな泣かんときって。こっちで働いてから、一度コンビで会っただけなんです」神田さんを見ていて、入院前に一度だけ教えた聖カタリナ女子高校の看護学生たちのことを思い出した。今日はリハビリが大変だったが、今朝は8時まで寝てたからかもう昼という感じである。
 息子からメール。嬉しい。ゼミの課題に追われているらしい。政治学の基礎文献をひたすら読んで要約・感想を書くという課題が出ている。非常に厳しい先生なので力は確実につきそうだが、課題の量が半端でないとのこと。

 午後から皮膚科の寺澤先生に診てもらう。これまで二回は往診だったが、今日は車椅子で診察室まで行った。先生は、僕を見て、「降りてこられるようになったのね」と喜んでくださった。ワセリンにアンテベート軟膏をまぜたものを身体に塗っているが、今のがなくなったらアンテべーとの比率が減ったものを使うことになり、回数も日に二回でいいことになった。
 診察室には今の病棟から前にいた部屋がある病棟にある。そこに行くにはJRと国道をまたいだ長い通路を渡っていく。久しぶりに外の景色を見たような気がした。山の新緑がきれいだった。ちょうど入院した頃は、桜が満開だったのだが、僕は身動きが取れず生死の境を彷徨っていたから見ることができなかった。退院してもまだまだ通院や、検査入院をしなければならない。来年は今年病室から見ることができなかったこの街の桜を見ることができますように。
 夕方、岡田先生の回診。第8ステージをクリアした。初めて病室の外を一人で歩いた。まだ怖い気がする。50メートル歩いただけ。200メートルを日に3回という課題はまだむずかしく思える。昨日、今日と歩いてみたら、いろいろなものが一気に目に飛び込んできた。岡田先生や看護師さんたちがコンピュータに向かっている姿。この病院は電子カルテを使っている。紙の記録紙を使わなくなったわけではない。こちらの病棟にくる時に、久保田君があまりにたくさんの記録紙を抱えて車椅子を押そうとするものだから、「僕がもってあげよう」と僕の膝に置いた。僕は視覚タイプではないので、あまり映像を覚えられないのだが、狭い部屋にずっといたからか、しばらくぶりで本を読んだ時に活字を貪るという感じだったのと同じで、目に映るものが何もかも新鮮に思えた。看護師さんが多いことは前からも知っていたが、通常、一人ずつしか部屋に入ってこられないので、一度にたくさんの人を見て驚いた。ナースステーションで看護師さんの隣で食事をしているおじいさん、おばあさんの姿も印象的だった。病室にいると昼も夜もわからないということになるので、昼間はナースステーションで過ごすという。その際、駐車券を鋏みで切るという仕事を手伝われる人もある。
 こうして少しずつ世界を再構築していっている。
 診療費の請求書が届いた。手術代は決して安いというわけではないのだが、命を救ってもらったと思えば安価である、と思った。申請すれば収入にもよるが、市から補助が出ると聞いている。