生還記(10) 


 

2006年5月1日月曜日
 10時前にレンドルミンを飲んで、ベッドを倒して、加賀乙彦の『雲の都』を手にした。ところが薬はすぐに効き始め、1ページも読まないうちに寝てしまったようだ。まだ夜半に目が覚める。でも今夜は一度だけだった。目が覚めても不安感はない。ちょうど入院の前日、学校に行く時に田中美知太郎の「死すべきもの」というエッセイを思い出した。今、手元にないので正確な引用はできないが、ヘラクレイトスの言葉を引きながら、夜、動悸がするので目が覚めた時に、自分が死の近くまでいたことを知るというようなことが書いてあったこと、このエッセイを高校生の時に宗教の教科書で読んだことなどを思い出していた。そのことをふと今思い出した。入院に先立っていつ頃からだろう、何かの病気で徐々に死ぬのではなくて心臓を患って一気に死ぬかもしれない、とたしかに思ったことがあった。
 病棟が変わると看護師さんが全て変わるので、また振り出しに戻ったような気がしないわけではない。朝、尿量のチェックにきた看護師さんは名前を間違う。返事しないで無視しようと思ったが、そのうち気づかれるだろう。
 名前といえば、点滴の交換の際にフルネームで確認を取った看護師は一人だけだった。個室であるという安心感もあるのだろうし、僕もいちいち確認を取られるのも実際には煩わしいと思ったかもしれないのだが、基本は守らないと事故に繋がる。僕の経験では、受付からまわってきたカルテが姓はたしかに同じだが別人のもので、最初しばらく気がつかなかったことがある。
 尿量が少ないことを指摘されたが、別の看護師さんに、きっと昨日部屋を変わった際、昨日の分がカウントされてないのではないか、といったところ、同意見だった。看護師としては尿が少ないと指摘することに何も問題は感じてないと思うのだが、僕はなぜ少ないのだろう、と考えこんでしまう。そして今のような精神状態では大抵悪い方に考えてしまうのである。
 こんなことがあった。ある夜、突然点滴のアラームが鳴った。何か異常があるとこんなふうになるのは知っていたが、昼間と違って深夜に響くアラームの音は怖い。ナースコールを押したら深夜勤の看護師さんがすぐにこられたが、この人が口数が少ない人で、「あ、気泡ですね」と一言いい残して、再設定して出ていかれた。言葉の意味はもちろん十分わかるのだが、もう少し言葉を尽くしてなぜアラームが鳴ったかを説明してほしかった。
 細かいことだが、朝、部屋にきた看護師さんは「かゆみもおさまってきたようですし」という。記録にそのように書いてあったのだろうが、どうしてこの人は本人が目の前にいるのに、「かゆみはどうですか」と質問しないのだろう、と思った。記録に頼るにしても、前日の記録であって、今朝はどうなっているかわからないであろうに。
 さて、朝、岡田先生の回診。経過は順調とのこと。うまくいけば今日第7ステージ、明日、第8ステージに進むことになった。「そこで」と先生はいわれる。「一体、今回、何が起こったのか、退院に向けてこれからどうするのか、心臓カテーテル検査のことなどについて、来週の月曜日に説明しましょう」。これからのことは不安だが、先生の口から「退院」という言葉が聞けて嬉しい。
 今日も本に目を止められる。今日はKazuo Ishiguroの小説を手にして、「ほお〜すごいなあ」といわれる。「こんな時しか読めないので、小説を読んでいます」「たしかにそのとおりだなあ…Macがやはりお好きですか?」今度は僕のコンピュータに目を向けられる。「はい、それはもう」「エッジですな」(Air H" )「電波が届きにくいです」「建物の構造もあるし、ほら、この窓に貼ってあるシールド。これは危険防止のために貼ってあるんだが、これがどうやら電波を遮断しているようだ」。上機嫌で部屋を出ていかれたように見えた。北原さんが岡田先生はかなりコンピュータについて詳しい、といっていたのを思い出した。
 今日から水分制限が解除になった。
 昼食時になってやっと心電図の機械を押して部屋にこられる。7ステージに進めるか、まず心電図、脈拍、血圧を測定し、その後、今日は100メートル歩いた。その後、もう一度心電図、脈拍、血圧を測定し医師が判断するのである。
 初めて病室の外に出た。たくさんの患者さん、家族、医師、看護師らがいることに驚く。床にスタート、10メートル、20メートルというふうにテープが貼ってある。どれもほとんど剥がれそうになっていて、目を凝らさないと見えない。それほど「年季のはいった」(この日の担当だった中西主任はいわれた)テープで、もう一体これまで何人の人がこの廊下をリハビリのために歩いたのだろう、と思った。このテープを目印にして、廊下を突き当たりまで25メートルを二往復して部屋に戻る。血圧は上が歩く前は110だったのが130に、脈拍は72だったのが80になった。入院以前は平静時でもいつも血圧は140/90、脈拍は90あったことを思うと信じがたい思いである。 息切れはしなかったが、大きな仕事を終えた後のような気がした。

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