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小樽駅


小樽


   北大の仲良し親子


2016年8月24日(水)

ネルソン・マンデラの言葉
Appearances matter ― and remember to smile.



2016年6月1日(水)

ブッダの言葉

すべてのものは一瞬一瞬、刻一刻と壊れて、
少しずつ消滅してゆく。
だから、君はほんの一瞬も無駄にすることなく、
ダラダラすることなく、精進するように。

これがまもなく死にゆく私が、君に先生として残す、
最期の遺言となるだろう。

―長部経典『大般涅槃経』

★日々精進すること。




2016年4月26日(火)

札幌のキャンパスの桜が咲き始めました。

テレビによると、円山公園の桜は今週末に満開になるそうです。
見に行こうかな~札幌での初花見!

3月に5割くらい戻った味覚が、4月現在9割くらい戻りました。
まだ何を食べても少し苦味が残りますが、やっと「おいしい」と感じることができて、ホットしています。
少しずつではありますが、崩れた生活リズムを整えて、普通の生活ができるように、意識して頑張っています。
私にももうすぐ春が来るでしょうね。




2016年4月12日(火)

新学期の授業スタート!
新しい学生達との出会い、久しぶりにたくさん笑いました。
明日はまたどんな出会いが待っているのかな~楽しみです。

新しいところで新しい出発をする人はみんな修行の身、
今日大学でフレッシュな顔ぶれを見ながら一日修行の言葉が頭から離れませんでした。
「修業」ではなんか足りない~「修行」のほうがいいですね。
生活、仕事、研究等、あらゆることは「修行」~終りのないこと。
私も学生と共に修行を続けます。

昨日札幌に雪が降りました。
4月なのに~と、思いましたが、
今日中国の実家のほうにも雪が降ったそうです。
驚くことなんかないですね。
札幌の桜の花びらが舞い降りる景色が待ち遠しいです。





2016年3月29日(火)

3月14日から3月27日まで一時帰国しました。
Facebook, LINE, Gmailが使えなくて、インターネットの世界から離れた生活をしましたが、
落ち着いて、穏やかな時間を母と一緒に楽しむことができました。

帰るたびに故郷は新しい姿で私を迎えてくれます。
今回の驚きは、「高鉄(gao1 tie3)」。
新しい高鉄駅ができて、国内の大都市へのアクセスがとても便利になりました。


数年後に帰る時は、今建設中の新しい空港を利用することになるでしょうね。
古い空港のほうが実家から近いですが・・・。

母が待っている家は、私の心の終着駅。
これからも親子の時間を増やしていきます。





2016年3月11日

あの日から5年ですね。
5年前のあの日、湯島天神にいました。
今日、2016年3月11日、新しい人生の始まりを感じる大きな出来事がありました。
やっと呼吸ができて、味覚も戻りました。
前に進みます。

   2016年湯島天神の梅

以下は、古い文章ですが、2012年に書いたものです。


今を知る


東北視察感想文を、「今を知る」、「今を生きる」、「今を輝く」の3部に分けて簡単にまとめます。

2012年6月8日から6月10日まで3日間宮城県の石巻市、南三陸町、亘理町、山元町、福島県の南相馬市、川俣町を巡ってきました。

まず見て、感じて、「今を知る」ことからすべてが始まる気がしました。中国人留学生の一人として、3日間の重みのある充実した視察を通して被災地の今を目に焼き付くことができました。「百閒は一見に如かず」の意味を噛みしめる3日間でした。

未だに目の前に延々と広がる凄まじい光景を見て言葉を失った時もあれば、実際に被災された方々から生々しい話を聞いて思わず涙をこぼしてしまった時もあれば、復興の道のりは険しくても着実に前に一歩進もうとする前向きな意志を感じ取った時はなぜか私までポジティブな気持ちになり胸が膨らみました。

なぜ私が日本で留学している間にこんな未曾有の事故に巻き込まれてしまったのか、ずっと嘆くばかりでした。マスコミ等で吸収した情報や思い込みだけで、ただただ嫌とか、ただただ怖いとか、そんな思いばかりしてきました。しかし、今ここ日本で生活・勉学しているからこそ、地震・津波の被害、原発の問題、放射能・放射線に関する恐怖等々と真剣に向き合い、考え、どうすべきか悩み、またはどう乗り越えていくか模索するアクションが必要だし、ありのままの現状を理解し、正しく恐れることの大切さも改めて考える、そんな未曾有の経験と知恵も増えました。そうなんです。胸が痛む経験をもすべて受け入れてこそ、本当の留学になると私は思うのです。

南三陸ホテル観洋の女将さんの言葉がずっと耳に残っています。「南三陸の漁業は中国の研修生に頼ってきたところがあります。状況が安定してまた戻ってきてくれるといいですね」と。ゆっくりではありますが、一歩一歩前に進んでいる被災地の今を知っていればきっと戻ってくると思います。せめて私はそう信じています。

被災地の今を知ることで、今を生きる悩みがやっと始まろうとしています。


今を生きる


最近周りの人から「福島の人たちが普通に生活しているから、東京にいる私たちも大丈夫だろう」という話をよく耳にします。果たして本当に普通に生活しているでしょうか?!

福島のある被災者の「覚悟を決めてこの地で生きているから…」の言葉が胸に響きました。その覚悟には、貴い命までかけているとのメッセージが含まれていると感じました。

覚悟を決めて生きることが普通に生きるように映ってしまったり捉われたりするのが残念なことであると思う一方で、悩みや葛藤を抱えながらも気丈に生活していこうという決心、すなわち覚悟があっての普通の生き方が、もはや被災者にとっては目前の最善の生き方になっているとの印象も受けました。そうような矛盾した両面を考える時間でした。

苦しみながらも覚悟を決めて今を生きているすべての被災者の方々に尊敬の意を表すとともに、今をどう生きていくべきか私ももっと真剣に悩み続けます。


今を輝く


今回の視察のひとつの収穫は、「女性パワー」を感じ取ったことです。

南三陸で出会った学習支援に力を注いでいる小楠さんも、山元町の福祉施設工房地球村の田口代表も、福島県の児童養護施設の子どもの健康を考える会の澤田代表も、川俣町の仮設校舎でお話しをしてくださった校長先生もキラキラ輝く女性でした。それほど余裕がない現状に置かれていても強く生きている姿勢に感動しました。

また、社会福祉関係者から出てきた共通した言葉は、被災地の子どもの心のケアが必要であるとのことでした。その心のケアの一番いい「薬」はお母さんの存在であると。お母さんパワーでしょうか。確かに私もただ母がそばにいてくれるだけで心が強くなりますね。

女性として、今を輝きたい、その輝きが自分だけではなく、誰かの希望の光になれることを願いつつ、現状を乗り越えようとポジティブな気持ちになれたのが、私にとってのうれしい収穫です。




積丹



洞爺湖



   中島公園の桜




2016年9月17日(土)


人有悲合,

月有阴晴缺,

此事古全。

但愿人久,

千里共娟。

--苏轼



2016年8月24日(水)

子曰:“学而时习之不亦说乎有朋自远方来不亦乐乎人不知而不愠不亦君子乎!”




2016年6月24日(金)

今年の3月に一時帰国したときに初めて見た中国の音楽番組《中国好歌曲》。
3月に準決勝まで見たので、その後の決勝の結果が気になっていましたが・・・・・・
今日、検索してみたら、決勝の動画がありました。
うれしいですね。

YouTube



10年没听中国的歌了。
其实,不仅是中国的歌曲,好久好久没有唱歌了。
忘记了音乐的生活。
哇,我真的好久忘记了什么是《活着》。
生活不应该是这么枯燥的。
要有音乐,要有滋润。
生活,让我忘记了精彩。
我要找回平平凡凡的生活。




2016年5月10日(火)

私の実家は中国の延吉(Yan2 ji2)にあります。
(中国吉林省延辺朝鮮族自治州延吉市)

約10年前のかなり古い映像ですが、延吉市を紹介する映像です。
  ↓

YouTube



延吉市政府のHPからも同じ映像が見られます。
  ↓





2015年7月13日

白日依山尽,黄河入海流。

千里目,更上一楼。

—王之《登雀楼》

 
「翻訳ができません」と、学部の時、諦めたことがあります。
確かに、唐詩の訳は難しいです。
今でも、いきなり言われると言葉を考えないと、すぐ翻訳ができません。
 
千里目,更上一
この句は代々詠まれている名句です。
理想を求める最高の境地を表す句として知られています。

今朝の読書は、久しぶりに唐詩を手に取ってみました。
 




2015年5月28日

中国語で「授人以鱼,不如授之以渔」ということばがあります。
「人に魚を与えるより、魚の釣り方を教えたほうがいい」ということを言っています。
道家のことばです。

中国の師範大学で学んだ時の授業ノートに書いてあるメモ:
学生に知識を教えるより、知識を習得する方法を教えたほうがいい
・・・・・・
授人以鱼,不如授之以渔」のことですね。




2015年3月5日

今日は旧暦の15日、満月になる日です。

唐詩に月がよく登場しますが、
私の一番お気に入りは、宋詞に出てくる月です。
苏轼(Su shi)の宋詞に出てくる一節です。

人有悲

月有阴晴

此事古

但愿人

千里共

(意訳:
人には悲しみと喜び、別れと出会いがある
月には曇りと晴れ、満ちと欠けがある
昔も今も完璧なんてあり得ないこと
ただ人々がいつまでも健康で
遠く離れていても、同じ月を眺め、繋がっていくことを願う)

中秋の満月の詞なので、今の季節ではないですが、
やっぱり月と言えば最初にこの詞が出てきます。

日本語古文の授業で学んだ百人一首の歌にも月がよく登場していたと覚えています。
昔の人は月に思いを馳せるのが好きだったようですね。

今夜は空を見上げます。
きれいな月様が見えるといいですね。




2015年2月7日

何かに困ったとき、まっさきに読む本があります。
『論語』。
何十回読み返しても毎回新しい発見があります。

仁を尊ぶ中国の古典がもともと好きで、よく読みますが、
その中で特に『論語』が好きです。
何千年前に書いた内容が今でも通じる聖賢の知恵が輝く『論語』は、人としてどう生きていくべきかについて素朴に答えてくれます。

「肚のつくり方」から「頭の働かせ方」、さらに「行動のタイミング」まで教えてくれると、何年か前に読んだ北尾さんに本に書いてありました。
(北尾吉孝『中国古典からもらった不思議な力』,三笠書房)
その通りだと思います。

『論語』の日本語訳本も読んでみます。



モエレ沼公園



   円山公園の梅


2016년10월 15일

KBS드라마 《구르미 그린 달빛》중에서

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딸바보인 엄마 눈에는 드라마 주인공이 항상 나로 보인단다. 그래서 나는 가끔 송혜교였다가 가끔은 김유정이였다가... 드라마 주인공으로 산다. 
오늘도 달빛이 참 아름답구나!
무엇이 되든 나는 좋다. 엄마가 좋다면! 엄마 행복은 내 행복♡

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엄마 병간호 하러 서울 갔다가 우연히 만난 드라마 <구르미 그린 달빛>

엄마가 좋다니 나도 좋구나~~엄마 건강은 내 행복♡



2016년9월 17일 

추석秋夕)이 지났지만 가을에 어울리는 노래

화제의 드라마《 구르미 그린 달빛》

달빛이 참 아름답구나!

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2016 9 1

가을의 기도

 

가을에는

기도하게 하소서……

낙엽들이 지는 때를 기다려 내게 주신

겸허한 모국어로 나를 채우소서

 

가을에는

사랑하게 하소서……

오직 한 사람을 택하게 하소서

가장 아름다운 열매를 위하여 이 비옥한

시간을 가꾸게 하소서

 

---김현승의 시




2016년7월18일

모든 것에는 때가 있다.
하늘 아래서 일어나는 모든 일에는 다 정해진 때가 있다.

태어날 때가 있고 죽을 때가 있으며
심을 때가 있고 심은 것을 뽑을 때가 있다.
죽일 때가 있고 살릴 때가 있으며
부술 때가 있고 세울 때가 있으며 
울 때가 있고 웃을 때가 있다.

슬퍼할 때가 있고 춤출 때가 있다.
돌을 던져 버릴 때가 있고 돌을 모을 때가 있으며
껴안을 때가 있고 포옹을 멀리할 때가 있다.

얻을 때가 있고 일을 때가 있으며
지킬 때가 있고 버릴 때가 있으며
찢을 때가 있고 꿰맬 때가 있다.

침묵할 때가 있고 말할 때가 있으며
사랑할 때가 있고 미워할 때가 있으며
싸울 때가 있고 화해할 때가 있다.

---솔로몬



2016년7월17일 

생활이 그대를 속일지라고 슬퍼하거나 노여워 말라.
슬픔의 날을 참고 견디면 머지않아 기쁨의 날이 찾아오고야 말리니.

현재는 언제나 슬프고 괴로운 것. 마음은 언제나 미래에 사는 것.
지나치는 슬픔엔 끝장이 있게 마련인 것.

모든 것은 순식간에 지나가고 
그리고 또 지나간 것은 항상 그리워지는 법이니라.

---A.S. 푸시킨



2016년6월10일

내가 그의 이름을 불러 주기 전에는

그는 다만

하나의 몸짓에 지나지 않았다

 

내가 그의 이름을 불러 주었을 때

그는 나에게로 와서

꽃이 되었다

 

내가 그의 이름을 불러 준 것처럼

나의 이 빛깔과 향기에 알맞는

누가 나의 이름을 불러다오

그에게로 가서 나도

그의 꽃이 되고 싶다

 

우리들은 모두

무엇이 되고 싶다

너는 나에게 나는 너에게

잊혀지지 않는 하나의 눈짓이 되고 싶다

 

---김춘수의 시




2016년6월9일

흔들리지 않고 피는 꽃이 어디 있으랴

이 세상 그 어떤 아름다운 꽃들도

다 흔들리면서 피었나니

흔들리면서 줄기를 곧게 세웠나니

흔들리지 않고 가는 사랑이 어디 있으랴


젖지 않고 피는 꽃이 어디 있으랴

이 세상 그 어떤 빛나는 꽃들도

다 젖으며 젖으며 피었나니

바람과 비에 젖으며 꽃잎 따뜻하게 피웠나니

젖지 않고 가는 삶이 어디 있으랴


---도종환의 시 흔들리며 피는 꽃




2016년6월1일

춤 추라, 아무도 바라보고 있지 않은것처럼.

사랑하라, 한번도 상처받지 않은것처럼.

노래하라, 아무도 듣고있지 않은것처럼.

일하라, 돈이 필요하지 않은것처럼.

살라, 오늘이 마지막 날인것처럼.

알프레드D수자

사랑하라 한번도 상처받지 않은것처럼


★살자, 늘 오늘이 시작인것처럼!




2016년5월10일

윤동주의 서시

죽는 날까지 하늘을 우러러
한 점 부끄럼이 없기를,
잎새에 이는 바람에도 
나는 괴로워했다.
별을 노래하는 마음으로 
모든 죽어가는 것을 사랑해야지
그리고 나한테 주어진 길을 
걸어가야겠다.

오늘 밤에도 별이 바람에 스치운다.



2015年7月26日

집은 그리운 마음의 종착역이다.
피곤한 몸을 끌고 집으로 향할 때 포근한 잠자리를 그리며 발걸음을 재우피고 슬픔에 빠져 세상의 모든 것이 귀찮을 때 고요함을 찾아 집으로 발길을 돌리고 좌절을 당하여 용기를 잃고 쓰러질 때 상처를 아물 피난처를 찾아 집을 그리고 성공의 희열에 벅찰  때에는 자그만한 행복이나마 함께 나누고 싶은 간절한 마음에 한걸음에 집에 가 닿지 못하는 것이 한스럽다. 이렇듯 집은 한사람의 희노애락을 묵묵히 받아들일 수 있는 따스한 보금자리이며 풍랑속에서도 한 몸을 포근히 껴안아주는 믿음직한 피난처이다. 

・・・
・・・
・・・

가끔은 가방 하나 달랑 메고 세상 어딘가에 훌쩍 떠나고싶은 생각이 든다. 그러나 추울 때면, 피곤할 때면, 울적할 때면, 웃고 싶을 때면 자연히 집에서 웃는 얼굴로 맞아 줄 어머니 얼굴이 떠오른다. 비로소 유혹이 가득한 바깥세상을 그렇게 그렸던 내 마음이 집으로 향한 긴 순환이었음을 알게 된다.
어머니 계시는 집은 영원히 그리운 내 마음의 종착역이다.

1998년 11월23일 일기의 일부분
2015年7月26日 블로그