010「子どもの音感受の世界」その4・・・語りかけ歌いかけの大切さ

2017/06/15 17:34 に 淀川裕美 が投稿   [ 2017/06/15 17:37 に更新しました ]

新しい保育所保育指針では、乳児期における受容的・応答的な関わりが重視されています。例えば、第2章「保育の内容」、乳児保育に関わるねらい及び内容の、「イ 身近な人と気持が通じ合う」の項目には、「受容的・応答的な関わりの下で、何かを伝えようとする意欲や身近な大人との信頼関係を育て、人と関わる力の基盤を培う」と明記され、「体の動きや表情、発声等により、保育士等と気持を通わせようとする」(ねらいの②)と、ノンバーバルな(非言語的)コミュニケーションの重要性が挙げられています。

 

語りかけや歌いかけは、発語や喃語等への応答を通じて、言葉の理解や発語の意欲の育ちにつながります(内容の④)。音声のイントネーションや微細な表情の感受が、言葉の理解や発語の意欲、そして感情の理解と表現につながっていくのですね。今回は、乳児期の「語りかけ・歌いかけ」の大切さについて、乳児の声の感受(母親あるいは保育者との音声相互作用)の先行研究を中心にお話ししたいと思います。

 

(1)マザリーズ

母親と赤ちゃんの間にあらわれる特徴的な音声表現はマザリーズ(育児語)と呼ばれ、母親と乳児間の重要なコミュニケーションを担っています。それは、乳児の注意を引きつけ、乳児は母親のマザリーズを聞いてその周波数曲線に同調しようとする傾向をもつ一方、母親もまた、乳児の反応によって音声の音響的特徴を調整する(Masataka:1992、庭野:2005)ということが明らかになっています。

また、母親と乳児との音声的なやりとりには、文化的な差異がほとんど見られず、驚くほど互いに似通っているそうです(Trehub: 2003)。そのやりとりは、音程の幅が広く,反復型のリズムを持ち,音楽的であるとともに、はっきりとした感情と指示的な(知識を与える)内容を持っているようです。母親と乳児は誰から教わるでもなく、こうしたやり取りを介して愛情を交換しており、母親の、まるで歌っているような抑揚のある音楽的な声は、幼児の関心を惹きつけるのです。

このマザリーズがあらわれるのは,母親乳児間だけではありません。父親や祖父母といった養育者に加え、乳児との接触未経験学生の子どものあやし行動の中でも出現する(中川・松村:2006)ことが明らかとなっています。さらに、恋人同士の会話や「ペット言葉」、入院患者や高齢者に向けた話し方にも同様の特徴がある(アン・カープ:2008)と言われていますが、皆さん、具体的な場面を連想できましたでしょうか?

 

(2)乳児の音声選好性

当然のことながら、乳児は、大人向けの発話よりもマザリーズを好みます(Fernald:1985)。睡眠中の赤ちゃんに大人向けの発話とマザリーズとを聞かせた時の前頭部の脳血流を測定したところ、マザリーズの方が、脳血流が増えることも明らかになっています(Saito,et al:2007)。

母親以外の養育者も、乳児との会話にマザリーズを用いていますが、乳児が最も好むのは、母親の声です。生後3日目の赤ちゃんは、母親と他人の声を聞き分けたり(DeCasper,A.J.et al:1980)、胎内で聞いた子守唄を出生後に聞かせると、機嫌がよくなったりする(Polverini-Rey:1992)ことも報告されています。出生時には、母親の声・母語・妊娠第3三半期(妊娠後期)に聞いた物語やメロディーといった音声を認識し、男性よりも女性の声を選好することなども明らかにされてきました。乳児が母親の声を最も好むのは、子宮内の胎児に、それが最も届きやすいからですね。

 

(3)胎児期の聴覚の発達

胎児は、在胎18週には大きな音には心拍数を増加させ、在胎29週には聴覚刺激に常に反応するようになります。在胎38週になると、自分の母親の声を聞くと心拍数が増える一方、知らない女性の声に対しては減少するそうです(Kisilevsky,et al:2003)

人の聴覚器は、在胎4週頃に、外耳に関しては耳介結節の形成が始まります。中耳の鼓膜は出生時には成人の大きさに達しており、聴覚求心路も出生までに髄鞘化が完成している(常石:2008)とのこと。すなわち、胎児は出生以前にも子宮のなかで、すでに音を聞いているのですね。

胎児の音環境としては、母親の内臓の音、空気中を伝わる外界の音(他者の声を含む)、母親の声などがあります。内臓の音については、生後8日までの乳児を対象に、機嫌が良くないタイミングに心臓の鼓動や腸の蠕動音を聞かせたところ、90%の乳児の機嫌が穏やかになったそうです(Rosner & Doherty:1979)。

しかし、胎児は羊水に囲まれているので、外界の音をそのまま聞いているわけではありません。胎児に届く音はかなりくぐもった感じになり、日本音響学会によれば、胎内に挿入されたマイクに録音された音は、外で聞くオリジナルな音よりも周波数成分が低くなり、音の強さと高さの変化が主体となるとのことです。そして、約300Hz以下の低音が届きやすく、2000Hzを超えるような高音はほとんど伝わらないとのことなので、250500Hzの範囲内にある女性のよそ行きのやや高い声やマザリーズ(呉:2009)は、胎児に比較的届きやすいと考えてよさそうです。加えて、マザリーズには抑揚が大きいという特徴があるので、音の強さと高さの変化が主体となる胎内環境に、音声の情報が伝わりやすいと考えられるでしょう。


(4)母親と乳児間の音声相互作用

母親と乳児との音声関係に着目した志村(1987)は、母親のマザリーズと乳児の音声行動には、ピッチ等の点に関連が見られることを明らかにし、相互作用として、母親のマザリーズは乳児にとっての重要な音響環境であると述べています。そして、母親音声の平均基本周波数(f0)の値は、どの月齢においても300400Hzであり、それが、乳児が最も多く示す音声の平均f0と一致しているという調査結果も示されています(志村:19851987、庭野:2005)。

また、庭野(2005)は、母親が乳児に語りかける観察実験により、母親音声の音響的特徴が乳児の月齢に応じて変化し、母親音声の音響的特徴に対する乳児の音声反応率は月齢変化を示すことを見出しています。さらに、母親が乳児の反応によって音声の音響的特徴を調整することや、母親音声の音響的特徴によって乳児の反応率が異なることから、「乳児もまた、母親音声に対して選択的に反応して能動的に発声していることが示唆され、母子相互に調整を図りながら音声を発している」 と述べています。


コミュニケーション能力を発達させ、豊かな語彙を獲得して行くには、周囲からの適切な働きかけが不可欠です。そしてこの時、音声を介したコミュニケーションが、適切な働きかけの重要なツールとなっています。Sternら(1982)は、母親が乳児に対して語りかける場面に応じ、音調曲線を選択的に使い分けるのは、異なる音声には異なるコミュニケーション情報が含まれることを乳児に気づかせるためであると述べています。こうして母親や保育者と関わるなかで、私たちは赤ちゃんの頃から、声の表情から感情を読み取るとともに、自分の感情を音声に表現することを学習しているのです。

 (執筆:吉永早苗, 2017年6月12日)


【 引用文献】

庭野賀津子『親乳児間における音声相互作用の発達的研究-音響分析による測定から-』風間書房 2005.

Masataka,N. Motherese in a signed Language Infant Behavior and Development Vol.15  1992  pp.453-460

Trehub,S.E. The developmental origins of musicality  Nature Neuroscience Vol.6-7 2003  pp.669-673

中川愛・松村京子 乳児との接触未経験学生のあやし行動-音声・行動分析学的研究- 発達心理学研究 第17巻第2号 2006 pp.138-147.

アン・カープ梶山あゆみ訳 『「声」の秘密』 草思社 2008  pp.100-105.

Felnald,A.  Four-month-old infants prefer to listen to motherese  Infant Behavior and Development Vol.8  1985  pp.181-195

Saito,Y.,Aoyama,S.,Kondo,T.,et al  Frontal cerebral blood flow change associated with infant-directed speech  Archives of Disease in Childhood Fetal and Neonatal Edition Vol.92 2007 pp.113-116

DeCasper,A.J.,Fifer,W.P.  Of human bonding Newborns prefer their

mother’s voice  Science Vol.208  1980  pp.1174-1176

Polverini-Rey,R. Intrauterine musical learning: The soothing effect on newborns of a lullaby learned prenatally  Dissertation Abstracts  International  53-10A-3481  1992.呉の引用による(呉東進 『未熟児の音楽療法-エヴィデンスに基づいた発達促進のためのアプローチ』2009 p.5.)。

Kisilevsky,B.S., Hains,S.M.J., Lee,K.Xie,X.,Huang,H., Ye,H.H., Zhang, K.,& Wang,Z. Effects of experience on fetal voice recognition  Psychological Science  Vol.14  2003  pp.220-221

常石秀市 感覚器の成長・発達  バイオメカニズム学会誌 第32巻第2  2008  pp.69-73

Rosner,B.S.& Doherty,N.E.  The response of neonates to intra–uterine sounds  Developmental Medicine and Child Neurology  Vol.21 1979 pp.723-729

日本音響学会『音のなんでも小辞典』講談社 2002 pp.85-86.

呉東進『赤ちゃんは何を聞いているの?-音楽と聴覚からみた乳幼児の発達』北大路書房 2009 p.23.

志村洋子 母子相互作用における音環境としてのマザリーズと乳児の音声行動の関連-2ヶ月児の声の音響分析をとおして- 音声言語医学 第28巻 1987 pp.162-169.

志村洋子 音楽教育の原点としての母子相互作用-満2ヶ月児の声の分析を通して- 音楽教育学第14  1985 pp.40-55.

Stern,D.N. The Interpersonal World of the Infant: A View from Psychoanalysis and Developmental Psychology Basic Books 1985.