「道」2020年度版

2020年の弘前大学柔道部

弘前大学柔道部監督 髙橋 俊哉

特異な年であった2020年の記録として、以下弘前大学柔道部の活動状況を記す。

1月15日 日本国内で初めて感染確認

2月7日 後期授業終了

恒例の自衛隊体育学校合宿中止のため春休み中は本学道場で稽古継続

2月28日 大学より学外における活動(大会参加・合宿練習等)の自粛要請。

3月19日 春休み(〜3月26日)

3月23日 青森県で初の感染者

3月27日 稽古再開

3月28日 大学より課外活動禁止、課外活動施設利用禁止の通達

前期開始は5月11日に変更、授業はすべてメディア経由に

以後、稽古が再開するまでの3ヶ月間はネット経由のミーティングと自主トレのみ。新入生とも直に顔を合わせることはなかった。

---活動停止期間3月28日〜7月5日(100日間)---

4月3日 本学卒業の研修医の新型コロナウイルス感染判明

4月4日 全日本学生柔道優勝大会の延期決定

4月12日 全日本柔道連盟でクラスター

6月1日 大学より課外活動再開手順が示される

6月3日 全日本柔道連盟が練習再開の指針を発表

6月19日 青森県が第2段階に移行

7月6日 稽古再開

7月10日 青森県が第3段階に移行

7月28日 全日本柔道連盟段階的練習試合指針 V2を発表

8月10日 青森県段階4に

8月12日 全日本学生柔道体重別選手権大会中止決定

全日本学生柔道体重別団体優勝大会中止決定

10月1日 後期開始、対面授業再開

10月15日 弘前市にクラスター発生、本学関係者に感染者

10月16日 課外活動停止、授業はメディア授業に以降

---活動停止期間24日間---

10月20日 東北学連主催の代替大会は開催しないこととなる

11月9日 課外活動再開、対面授業再開

12月13日 全日本柔道選手権青森県予選(本年度唯一の試合)

1月4日 課外活動停止、メディア授業に移行、自主トレとネット経由で技の研究

---活動停止期間15日間---

1月19日 課外活動再開

1月29日 ネット配信で自他共栄部のボランティア活動を全世界に配信

2月4日 現在、活動はできているものの、新型コロナの感染状況は予断を許さない状態。活動範囲も県内に限定。追い出しコンパもメディア経由で行う予定。

いまこそ、精力善用・自他共栄の柔道精神が試されるとき。

4年 山根 哲平

「ちょっ、部活行ってくるわ」。このセリフが私の口癖であるということを、学科の友人に指摘され大学3年生の頃に知りました。。そんなわけないだろと思っていましたが、ふとした時にこのフレーズを口にしていることに自分でも気づき。ほんとに口癖になっていることを実感し、すこし恥ずかしくなりました。しかしそれくらい、私の大学生活は柔道を中心に回っていたのだと改めて思います。

大学入学前の私は、大学生活に対する期待も大きい反面、不安の方が勝っていました。高校の友人のほとんどが社会人として働いている中で、私自身、まだ学生であることをコンプレックスにも感じおり、また、大学は奨学金を借りてまで行くような場所なのか、留年したらどうしようという気持ちが常にありました。しかし、監督、先輩、同級生、後輩と出会い、その不安は軽くなっていったように思います。どんなに辛いことや悲しいことがあっても、全て笑い話に変えてくれる弘前大学柔道部は私にとって大切な存在で、いつも前向きな気持ちにしてくれました。特に監督には、全てにおいて未熟で、不器用な私を見限ることなく様々な方法で指導していただき、本当に感謝しています。周りの人に何と言われようと、弘前大学柔道部で過ごしてきた日々が、大学に来てよかったと思える大きな要因であり、私自身を大きく成長させてくれたと、4年経った今確信しています。

そういった中で、大学最後の1年が不完全燃焼に終わってしまったことは悔しく思います。今まで練習で培ってきたことを発揮し、主将としてチームを支え、監督を胴上げすることを目標にしていた分、損失感も少なくありませんでした。しかし、どんな経験も絶対無駄にはならないと、この4年間の柔道の稽古が教えてくれました。ですので腐らずに、土俵は変わりますが社会人として明るく楽しんで、この経験を糧に頑張っていきたいと思います。

柔道を続けさせてくれた両親、指導していただいた監督、一緒に練習を重ねてきたチームメイト、練習や活動を支えてくれたマネージャー、OB、OGの方々等、沢山の人に支えられ、大好きな柔道を納得いくまで続けることが出来ました。その分、今度は私自身が、周りの人の挑戦や目標を支えることができる人になりたいと思っています。それが私にとっての「世に補益する」ということであると強く感じます。これからも感謝の気持ちを忘れず物事に真摯に取り組んでいきたいです。

最後になりますが、弘前大学柔道部の関係者の方々に心より感謝致します。今後の柔道部の活躍を心から願っています。4年間、ありがとうございました。

4年 伊藤 寛純

柔道(中略)修行は 攻撃防禦の練習に由って身體精神を鍛練修養し 斯道の神髄を體得する事である さうして是に由って己を完成し世を補益するが柔道修行の究竟の目的である 柔道の精神は「精力善用」「自他共栄」の基本理念にある。自分は大学4年間を含め、およそ17年間柔道を続けてきた。始めたきっかけは定かではないが、おそらく先に始めた兄の影響からだろう。それからの13年間は、柔道修行の目的に関わらず、ひたすらに自身の鍛錬に費やした。弘前大学柔道部への入部はその延長線だったとも思う。弘前大学柔道部での4年間はその柔道修行を考える機会となった。

自分が大学で一番影響を受けたのは同じ柔道修行に励む監督や先輩方であった。ある日、「何のために筋トレをするんだ」と聞かれ、「試合で勝つため」と答えた。じゃあその筋肉はいつ身に付いて、他の選手との差はいつ埋まるんだと返された時、答える事ができなかった。それは自分がその場よがりの柔道をしていたからだと思う。全力でやった上で結果を期待する考え方もあるだろう。しかし、誰よりも強くそれでも邁進する先輩、ひたむきに稽古に励み自身の限界を更新していった先輩。そして選手とともにその道を進み、指導する監督方はもっと先の目的を考え、結果はその通過点で得てきたものなのだろうと考える。それから自分にとってこの4年間の柔道修行は、これからの人生における身體精神の鍛錬と自身の理を持って世を補益するためのものになったと考える。

柔道は柔術の派生からその文字を作り、柔の道とかく。自分の柔の道は文字通りの柔くもなく、険しい道であったと思う。自分はこの技なら一本を取れる、小さいながら大きな相手を簡単に投げるといった技術は持ち合わせていない。しかし自分の柔道は、特に大学4年間の積み重ねた稽古からの自信と弘前大学柔道部としての誇りから成り、これは確かな根本としてこれからの社会での支えとなるだろう。

卒業に当たって、今までご指導いただいた高橋監督をはじめ青森県の指導者の方々、稽古で胸を貸していただいた弘前大学柔道部OBの方々、これからを担う弘前大学柔道部員達、そして支えてくださった家族のおかげで現在の自分があります。本当にありがとうございました。

4年間を振り返って

4年 本間 達也

僕の人生はいつも目標としていること、叶えたいことにあと一歩届かない、そういう人生だった。弘前大学に来たのも、センター試験の点数が良くなくて、行きたかった大学をあきらめてのことだった。高校時代に何度か弘前大学に稽古しに来たことがあって、柔道部があることは知ったけど、高校3年生の夏にインターハイに行くことができなくて、大学で柔道をするつもりはなかった。だけど、なんとなく行った大勧誘会で柔道部の先輩に誘われて、あれよあれよと入部することになった。柔道部に入ってからの日々はつらいことが多くて、国立大学なのに先輩はみんな強いし、朝も放課後も練習あるし、1年生の時はやめたいと何度も思った。それでも、せっかく大学で柔道をやると決めたからには何かしらの結果を残したくて、試合で勝つために努力を続けた。努力の甲斐あって、2年生の東北大会の個人戦で準優勝することができた。準決勝で戦ったのは、高校時代にまったく勝てなかった相手で、その選手に勝てたときに、大学で柔道を続けて本当に良かったと思った。3年生の時は、団体戦で優勝できず、個人戦もまた準優勝止まりで、4年生、最後の年に良い結果を残したいと意気込んでいた矢先にコロナですべての試合がなくなった。最初はなんで今年なんだとか色々考えたけど、考えたところでどうにもならなかった。それでも、大学最後の年に試合がなくなっちゃうのも、僕の人生確かにこんな感じだよなと思ったし、いつかそれでよかったと思える日が来るのかもしれない。

この4年間を思い返してみると、柔道のせいで大学の友達が減ったり、柔道のせいで彼女の誕生日に会いに行けなかったり、柔道のせいでと思うことはいくつかあるけど、それ以上に柔道のおかげで素晴らしい監督に出会えて、柔道のおかげで大切な仲間に出会えて、柔道を続けたおかげでと思うことのほうが多くて、あの時、先輩に誘われて柔道を続けると決めた自分を誇りに思う。

3年 白川虎太

私の今年1年間を振り返ってみると、コロナウイルスの影響を大いにありましたが変化の年であったと思う。なぜ、こう思ったかというと例年通りに全体での練習が出来ず、自主練習という形での練習が多かったこと、試合が無くなったこと、体重を大幅にへらしとことなど今までとは違ったことが起きたためである。

一つ目・二つ目の変化はコロナウイルスの影響によるものである。個人練習が多くなったことにより、自分で体力を落とさないための練習を考えて行動することが求められた。また、試合がなくなってしまったことにより、目標を失いモチベーションを落としてしまった。私は自分に甘く、追い込むことが苦手である。それに加え、モチベーションが下がってしまった状況であったため、最初は自主練習を一人で行えず、何もしない時間を過ごしてしまった。しかし、柔道部内でのミーティングで他の部員の活動やSNSや様々なメディアで見ることが出来る柔道を行っている人たちの自主練習の様子から、自分でも出来ることをやらないといけないという気持ちになり、なんとか自主練習を行うことになった。こうして自主練習を行うようになったことにより、自分に不足していることはなにかそれに必要なトレーニングは何か考え行動する力を少しは身につけることが出来たのではないかと思う。

三つ目の変化は目標を失い、何か新しい目標がほしいと思っていたときになんとなく痩せてみようかなと思ったことがきっかけである。はじめは少しだけ痩せればいいかなという気持ちでやっていたがやっているうちに楽しくなり自分でもびっくりするほど痩せてしまった。こうして痩せることが出来たのも自主練習により自分に甘いという弱点を少しは改善できたおかげかなと思う。

このようにコロナウイルスによって制限された生活の中、少しでも自分を高めていこうと変化する姿勢はラスト1年も維持していき、最高の年にしていきたいと思う。

今年度を振り返って

3年 藤本 智朗

今年度は新型コロナウイルスの影響もあり、柔道部として活動する時間が非常に少なかっ た様に感じる。予定されていた試合も延期となり、本年度で実施された試合は全日本柔道 選手権予選のみであった。目標がはっきりとしない中で、部員一同やりきれない思いで一 年を過ごしたことかと思う。そこで私は日々小さな目標を立てて、それを達成することで モチベーションを保っていた。例えば柔道はできない代わりに、今日はウエイトトレーニ ングで◯kgあげる、今日は朝ラントレを行うなど本当に小さな目標である。しかし塵も積 もれば山となるとはまさにこのことで年間を通して考えるとウエイトトレーニングで扱う 重量は大幅にアップし、体つきも視覚的にわかるくらい変化することができた。また柔道 とは全く関係ない話にはなるが、自粛期間になり割と時間に余裕ができたおかげで、学科 の友人と学生ならではのイベントを行うことができたりと充実することができた。 自粛期間が明け柔道の稽古が再開されると、久しぶりに持つ柔道着の感触、相手を投げる 快感などを身にしみて実感することができ、今まで当たり前に行なっていた柔道という競 技の素晴らしさをもう一度感じることができた。試合は中止になったりしたが、日々の稽 古を部員一同で行うことができることに喜びを感じた。また自粛期間中に行ったミーティ ングによって他の部員からの自分の柔道の改善点を指導してもらうことができ、日々の稽 古でそこを改善し自分の柔道をさらに飛躍させることができたのではないかと感じた。普 段は時間もなくただがむしゃらに柔道することが多かった私であるが、柔道から少し離れることで逆に自分の柔道について真剣に考えることができたように感じる。このことは自 粛が終わった今でも生かされており、日々の稽古においてやはり考えながら取り組むこと ができるようになっている。 そうはいってもやはり、私達3年生直属の先輩である4年生の哲平先輩、達也先輩、ヒロ先 輩とインカレで戦うことができなかったのは仕方ないことだとはいえ悔しさを感じる。特に秋の体重別大会団体戦において尼崎に先輩たちと行くことができなかったのは非常に残念でやまない。この悔しさは来年度の大会で自分たちが最上級生として全国大会で活躍することで晴らしたいと思っている。 新型コロナウイルスはいまだ収束のめどが立ってないのが現状であるが、私達一人一人が 感染予防をおこなえば、きっとコロナ以前の生活に戻れると私は信じている。来年度私は 最上級生となり、虎太、誠剛と柔道を行うのはこれが最後の年である。来年のこの時期に 後悔なくいれるよう、日々柔道ができる喜びに感謝して過ごして行きたいと思う。

3年生 村井 誠剛

2020年新年、私は地元のお寺で誓いました。「進化をするぞ」と。新たに自分は身に着けるべきもの、成し遂げるべきことがたくさんありました。TOEICの結果やゼミの研究、大学院入試のための対策、そして柔道の結果です。

2月中旬、私はニュージーランドに研修へ行きました。全く違う、言語と人々の考え方は私に大きな衝撃を与えたことであることは言うまでもなかったです。それよりかは、人生を変えるぞと意気込んでいきましたから、当然のことかもしれません。それでも小さな世界で生きていた人生の21年間、固定観念を覆すものでした。

さあ日本で、弘前で変わろうと自分を鼓舞しようとした矢先、新型コロナウイルスが世界で猛威を振るいました。行動を起こすことができなくなりました。それは稽古でさえも同様でした。できませんでした。それでも弘大柔道部は負けませんでした。いつか来る大会へ向けてメンバー、それぞれができる最大の努力をしていたと思います。本当に素晴らしいチームだなといつも思います。

それぞれが希望を持ちだしていた夏の中、学生参加すべての大会が中止となりました。私が大学時代、叶えたかった夢の一つはひろさん、哲平さん、達也さんと虎太、智朗、私の6人がインカレで並んで戦うことでした。それは叶えることができず、久しぶりに涙が出ました。涙を流す自分に驚きました。本当に願っていたことだと分かったからです。

それでもいつか来る大会へ向けて私は柔道、特に背負投やトレーニングを見直してそれだけをとにかくこなしました。また、寝る時間も3時間に減らしました。それはTOEICやゼミ、インターンシップ、アルバイトなどを同時にこなさないといけなかったからです。忙しい自慢をしたいからではなく、ただ時間がなく焦っていました。自分が終わってしまうような恐怖、魔物が毎日何時でも追いかけてきました。どれも手を抜かず、すべてを本気でこなしました。周りの人は「無理しないで」といつも心配してくれていました。そんな優しい手を私は振り払って突き進みました。その結果TOEICの点数は散々なものでインターンシップでは、遠回しに使えないといわれました。ほかにも辛いことがたくさんありました。なぜ自分はダメなんだと悩んでいました。

そんな時なぜか急に、書籍「七つの習慣」を読みました。7つの習慣は「自分だけでなく、他の人を巻き込んで成功しよう。それこそが本当の成功だ」と教えてくれました。7つの習慣たちはまた私の人生を変えました。そして私の人生は「人を笑顔にする」それを中心において生きようと決めました。今思うと、あの優しく差し伸べされた手達は笑顔とはかなり遠いものでした。今では本当に申し訳なかったなと思います。

2021年は進化から結果を残します。すべては人を笑顔にするために。試合で勝ちます。監督や仲間、両親や身近な人に笑顔になってもらえるように。また大学院も合格します。野菜を研究して日本中の人においしいと言ってもらえるように。優しくしてくれた人たちのために頑張ります。応援してよかったと喜んでもらえるように。

たくさん挑戦していきます。感謝することを忘れずにこれからも大好きな仲間とともに精進していきます。

2年 小川翔 太郎

弘前大学に入学して早2年が経とうとしている。1年目に比べて2年目は異例の年であった。新型コロナウイルスによる稽古自粛から始まり、現在もいつ部活動停止になるか分からない状況下での稽古が続いている。当たり前のようにあった練習環境、4年生の4年間の集大成となる試合、自分自身の成長を確かめるための遠征や合宿など、コロナウイルスは私たちからたくさんの大切なものを奪った。しかし、満足に柔道ができない状況下の中で気づけたこともあった。それは、改めて私は柔道が好きだということだ。稽古再開の目処が立っていない時期も、みんなで切磋琢磨しながら柔道ができる日が必ず来ることを信じて自主練を続けることができた。また、私だけではなく部員全員がそれぞれの場所でいろいろな想いを背負い工夫しながら自主練を続けていた。試合で満足のいくような結果が出ず、自分が柔道を必死に頑張っている意味が分からなくなった時期が続いたが、そのような時期も稽古を続けてきた事により、努力し続ける力が身についたことは自分にとって一生の財産になると思う。そして、改めて弘前大学柔道部は努力するチームであると実感した。

コロナ禍での生活が当たり前になり、稽古が少しずつできるようになってからは1年生の頃に感じていた「やらされている」感覚が全くなくなった。やるのもやらないのも自分の責任であり、毎日柔道ができることが幸せなことであることを知ってからは、よりのびのびと集中して稽古に励むことができている。去年立てた目標は今年に持ち越すことにした。今年こそ、弘前大学が東北のタイトルを総ナメにすること、個人でも結果を残すことを目標とし、自分の置かれている状況に感謝しながら頑張っていきたい。欲を言うと、これから行われる全日本選手権東北予選を突破して全日本選手権に出場したい。

2年 高橋 寛人

私が弘前大学に入学してもうすぐで2年の月日が経とうとしています。入学当初はなれなかった大学生活にも慣れ今は粛々と生活しています。

今年度を振り返ると自粛の1年であったと思います。新型コロナウイルスの影響もあり昨年の4月から大学ではオンライン授業を開始、柔道部は遠征も試合もなく自主トレをする日々でした。1年生の時は日々の生活に慣れることや柔道部の朝練など適応するのに全力を注いでいましたが、今年はできる事も限られてしまい本来なら実技講義があった時間も全て無くなり、毎日の筋トレが精神的支柱となっていました。新入生が入学してきてからろくに顔合わせもしないまま時間が過ぎしばらくしてからオンラインミーティング上で顔合わせをしました。新しいメンバーと早く会いたいと思うとともに不慣れな一人暮らしに困惑していた1年生の時の自分と重ねて同情したのを覚えています。

夏になると大学での練習も少しずつ再開し、そこで初めて会う後輩達に会うのがとても楽しみでした。前期分のブランクから柔道をする体力はだいぶ落ちてしまっていましたが久しぶりに柔道ができる喜びを感じとても楽しかったです。

最近では自分の柔道の幅を広げるために足技を多用するようにしていることと柔道を始めてから自分には無理だと決めつけていた担ぎ技にも手を出し始め左右の一本背負いを習得しようと勉強中です。来年度は試合が開催されるのかまだ未定ですがもし開催された時には来年こそ全国の舞台で試合に出場したいと思います。また、3年生の先輩達と団体にでられる最後のチャンスでもあるので今年試合をすることができなかった4年生の先輩達の思いを受け継ぎ、自分が先輩達を支えて良い結果を残せるよう精進したいと思います。東北学生優勝大会まで残り100日を過ぎたところなので今自分にできることを精一杯頑張るとともにコロナウイルスの収束を願います。

2年 永澤 柊生

大学生活2年目はこれからの人生であまり体験できない異例の年であったと感じる。理由はもちろん流行りのコロナウイルスというやつのせいである。2020年の3月頃には自衛隊合宿にもいけなくなり大学での授業もオンラインになるなど大きな影響をもたらした。今年の柔道部の活動も前期はほとんどが自粛となったため1人か地元で少人数で集まって走るやトレーニングするくらいしかできなかった。さらに去年までは毎年行われていた大会も中止になるという影響は計り知れないものであった。去年から次の試合では成長してさらに上の成績を収められるようにすることを目標としていただけにとても残念であった。また、今年の4年生の先輩方と最後の試合に出られなかったことが一番の悔いである。先輩方と一緒に練習する時間も少なくなってしまったためコロナウイルスの影響を恨むことしかできなく感じる。夏休み頃から本格的に始まった練習も一時的に中断されるなどこれまで上げてきた今年のコロナウイルスの影響は大変なものであった。しかし3年目となる次の年は今年できなかった分の思いをぶつけて頑張っていきたいと思う。現状の課題として自分にはまだ足りないパワーとスタミナを増やしていかなければいけない。技を連続でかけ続けるスタミナが足りないため技が単発になってしまうのを直していかなければいけないと感じる。また、ミーティングでも指摘された前襟を掴んでからの技がまだ不十分である点をなしていきたいと思う。1年生になってから練習している背負いが不十分であるのでもっと確認して精度を高めていきたいと思う。課題はまだまだあるが次の試合には怪我している場所をしっかり治して試合に出られないことがないようにして万全の状態で負けず上を目指して頑張っていきたいと思う。

今年を振り返って

2年 加藤 裕次郎

今年を振り返ると出てくる言葉は「不完全燃焼」である。事実合宿における練習は無くなり、また唯一の試合である全日本予選も自分は腰痛が原因で出場できなかった。そのため自分の現在の実力の立ち位置が理解できなく、しばらく中途半端な練習となってしまった。しかしこの点に関しては以前に開催した、ミーティングにより解消することができた。そのとき改めて自身の弱点を知ることまたこれからの練習で注意するべき内容そのことを意識することで自分の中の新たな指針となることができた。そのため以前より、より良くより強い選手になることを意識して今後の練習に励んでいきたい。

しかし三年生に上がることにより私の中で二つ心配していることがある。一つはこの意識が最後まで続けることが可能かどうかということである。事実今年度の練習では試合がないとわかると今までの中で集中力が欠けているような場面が多々あった。そのため私がこれからの練習では、一回の稽古から前回の稽古より良くなることを意識して活動していきたい。

二つ目はゼミ活動や就職活動により稽古の時間が明らかに減るということである。現在私は予備自衛官補に所属している。そのためそのことによる訓練招集やインターンシップの参加により一週間ほど練習に参加できない日程となることがあるであろう。また資格や教員の勉強やゼミの実験などにより、二年生のころより一層時間が削られるであろう。そのため一つごとの稽古に集中しなければならない。そのため私が意識するのは一気に目指す大きな目標だけでなく、それに至るためのちいさな段階を形成していきたい。そのように限られた時間を有効に用いて全国に出るという目標を成し遂げたい。

早いもので大学のうちに練習できる時間は残り二年を切っている。そのためより一つずつの稽古を集中しながら楽しんでいくことで日々精進する。それがどのような試合日程となっても最善の行動へ向かう近道となるであろう。

今年度を振り返って

2年 今村 真夕

柔道部に入部してから2年が過ぎようとしています。今年度が始まってすぐに、新型コロナウイルスの感染拡大による影響で、部活動や大学の授業までもできないような状況になりました。私は寮に住んでいるのですが、いきなり同室の1年生の後輩と一ヶ月間、部屋で自粛生活を送ることになり、とても不安を感じていました。感染が都市部から徐々に青森県内にも広がり、自分もいつか感染してしまうのか、家族にはこれからずっと会いに行けないのか、寮で感染が広まってしまったらどうしようなど、先のことを考えては不安になるばかりの一か月でした。

5月に入ってやっとオンラインでの授業が始まり、また授業を受けられることに嬉しさを感じたと同時に、慣れない授業形態に戸惑うことが多かったです。大学の友達には会うことができませんでしたが、連絡を取り合ったり、なにより隣の部屋の田之岡が話し相手となってくれて、友達がいてくれるありがたさをとても感じました。

その後、部活でオンラインミーティングが行われました。選手の皆さんは個人で工夫しながらトレーニングをしていて、自粛期間中もしっかりと努力していてすごいなと思いました。私は授業の課題をこなすことくらいしかできていなかったので、ミーティングで皆さんの様子を知って、私も何かできることをしなければと思いました。選手の皆さんにはいつも刺激をもらっていることを再確認しました。

後期は対面で授業が再開され、部活にも顔を出すことができました。残念ながら大会にはマネージャーは行くことができなかったのですが、しっかり結果を残してきてくれた選手の皆さんを見て、制限のある状況でも工夫して努力することが大切だと気付かされました。

コロナ禍でできないことが多かった1年に感じますが、これまでの日常がどれだけありがたかったのか気づかされ、周りの人に感謝する気持ちを改めて持つことができました。来年度からは新しい生活様式の中で、工夫しながら自分にできることを探していきたいと思います。

今年度を振り返って

2年 田之岡 美奈

柔道部2年目の時間は、あっという間に過ぎ去ってしまいました。新型コロナウイルスの影響で新年度早々部活動の活動制限がかかってしまい、選手は初めての経験に試行錯誤の毎日でした。私も先が見えない生活の中で不安を感じることが多かったですが、そんな状況でも限られた人数でできることや、自主トレーニングを日々継続している選手の姿を見てたくさん元気をもらいました。前期はオンライン授業だったこともあり、人とのかかわりが薄くなってしまう中で、オンラインミーティングを通して部員の皆さんとつながりを持てていたのはとても心強かったです。特にうれしかったのは、一年生のマネージャーが二人も入ってくれたことです。勧誘の段階から対面での活動が制限され、マネージャー希望の方を探すのは難しいかと思っていましたが、勧誘面でもオンラインの活用ができてよかったです。頼もしい先輩マネージャーの姿を見て活動していた私にとって、後輩マネージャーができるのは初めての経験でしたし、初対面したオンラインミーティングの際に二人がとても頼もしかったので先輩としてしっかりやれるのか不安はありましたが、一緒に活動できる仲間が増えたことが何より嬉しかったです。

今年はコロナの影響もあり、部員のみなさんとゆっくり話したり集まったりする機会があまりありませんでした。一緒に稽古をしない私たちにとって、部活の合間やオフの日に選手と集まったりすることは楽しみの一つでしたが、それができない状況になって改めてその時間の重要さを感じました。状況次第ではありますが、来年度はもっとコミュニケーションをとり、選手ともマネージャー同士でも、より関係を深めていきたいと思っています。また、これからは部活動の運営にもかかわる立場になります。まだまだ不慣れなこともありますが、周りの皆さんの力もお借りしながら成長していければいいなと思っています。これからも部活動を楽しみながら、自分にできることを精一杯やっていけたらなと思います。

今年一年を振り返って

1年 大宮 秀太

私が弘前大学柔道部に入部して一年が経とうとしている。中学校時代の顧問が弘大柔道部のOBであった。他にも私の周りには弘大柔道部の関係者が何人かいた。いろいろな話を聞くこともあったし、練習にも参加させていただいた。入学前のイメージとしては、「弘大の柔道部は練習しすぎ」である。いざ入学してみるとまさにその通りだった。

まずは朝練である。私が高校時代に所属していた柔道部では朝練というものがなかった。それに加え、四月から一人暮らしが始まり、自炊をする必要が出てきた。もともと料理は苦手ではないのだが朝早く起きてご飯を食べて朝練に向かうのは辛かった。一度朝練中吐きそうになったがなんとか耐えきった。しかし、今まで苦手だったことが当たり前のようにできている。たまに寝坊してしまう時もあるが、なんとかやれている。そのお陰でオフの日でも昼過ぎまで寝ることもなくなり、一日を有意義に使えている気がする。朝に練習をするということは苦手だったが、こうして私生活に良い変化が現れたことが朝に稽古をする目的なのだとわかった。

次に長期休業期間中の三部練である。今までは二部練までしか経験がなかった。当然、今までのような生活ではついていけるはずもない。そこで練習の間の食事や睡眠について考えて行動できるようになった。柔道でも私生活でも考えて行動するという意識が確立できたと思う。まだ大学で柔道をやり始めて一年程度しか経っていないが、高校の三年間よりも練習している気がする。練習量が多いことは強さには直結しないと思うが、自信には繋がると思う。

今年一年間、私は自分自身がかなり成長したと思う。それと同時にまだまだ成長できる、もっとやれることがある、と思う。柔道部の先輩方や同級生と一緒にいると自分も頑張ろうと思えるし、疲れを感じていても面白い先輩や同級生から元気をもらえる。こういった環境の中で柔道ができていることを非常に嬉しく思っている。私は高校2年生の時に膝の手術をしたが、未だにそれ以前の輝きを取り戻せていないと感じる。2021年はきっと当たり前のように試合や練習ができるようになることだろう。更に2年生になり、後輩が入部してくるはずだ。その中で今までのような意識では満足いくような結果は出せないと思う。あの時の輝きを取り戻すべく、日々の練習に励んでいきたい。

アブノーマルだった今年度

1年 佐々木 そら

昨年の4月、私が思い描いていた「普通」とは何もかもが違う、普通ではない形から私の大学生活が始まった事はまだ記憶に新しい。その原因としては言わずもがな新型コロナウィルスが関与している。そこからもう早1年が経とうとしている。

4月、弘前大学柔道部へ入部した矢先、私を待ち受けていたのは活動自粛である。そこから、自主トレ、制限付きでの稽古、さらには試合が無くなってしまうという事態にまで発展してしまった。このような経験というのはもちろん初めてのことで自分自身の体は健康で元気なのに大好きな柔道が出来ないというのは言葉に出来ないもどかしさがあった。制限が解け、自由に柔道が出来るようになったときは久々ということもあり、体力的に厳しい面もあったが、それ以上にこれまでの柔道人生で稽古が1番楽しいと思えた瞬間であった。

稽古が通常通りに戻ってきた時次に私を待っていたのは稽古の内容と質の濃さ・高さである。毎日の稽古に頭の整理が追いつかず、夏場などは体力的にも厳しい時期が続いた。しかし、先輩方に分からないところは優しく教えて頂いたり、切磋琢磨できる同期の仲間がいた事で乗り越えることができたと思う。

次が自分の中で今年度最も大きかった出来事だ。それは、昨年11月にした右肩の怪我である。検査の結果手術が決まり、それを聞いた時は先生の話が入ってこないほどショックであった。手術が無事終わった現在、私は前向きにリハビリに励んでいる。まだ可動域がとても狭くやれることは少ないが、できる範囲の事を一生懸命に取り組み、1日も早く復帰できるよう頑張っている最中である。

最後に、私は軽量級の選手である。自身の階級はもちろんのこと、上の階級との対戦においても体重差を感じさせないような柔道を目指し頑張っていきたい。復帰した暁には弘前大学柔道部にとっていなくてはいけない選手になるべく、現在はリハビリという形ではあるが精進していきたい。

一年間を振り返って

1年 杉之内暁

弘前大学柔道部に入部して約1年が経った。反省点もあるが、大きく成長できた1年となった。

私の今年度の目標は、体型にあった柔道スタイルの構築だった。高校時代から2階級落とした私は、今までの柔道スタイルではそのうち行き詰まるという気持ちが強くあったからだ。がっぷり組み合って体重と力に任せるスタイルであった私の技は、体重を落とした途端にキレが落ちていった。得意技であった内股も入学当初は誰にも通用しなかった。そんな自分には弘前大学の練習はとても合っていたように思う。担ぎ技が必修であり、打ち込み中心の練習体系は自分の柔道スタイルを見つめ直し、再構築するにはうってつけであった。そのおかげかこの1年間でだんだんと自分が目指すべき柔道に近づけている気がしている。

しかし、反省点もある。東北選手権の青森県予選のときのことだ。練習で意識してきたはずの崩しや相手の力を利用する工夫、全てが抜け落ちてしまい、以前の柔道に完全に戻っていた。1回戦、2回戦共に不甲斐ない試合をしてしまった。1回戦は、力任せな柔道でなんとか勝利、2回戦は組み手以外なにもせずに負けた。練習で培ったはずの技術を使うことができなかった。もし、練習でいくら改善できたとしても試合で使えなければそれは、身についたとはいえない。

来年度は、今年度作り上げた柔道スタイルの定着と実践レベルの担ぎ技習得を目標としたい。そのために、乱取りを重要視して練習に取り組みたいと思う。そして、必ず東北大会で結果を残し全国の舞台にたちたい。

今年度を振り返って

1年 村上 昂藍

弘前大学柔道部に入部し、もうすぐ1年が経とうとしている。今年度を振り返ってみると思うようにいかない1年だったと感じる。その背景には私自身の怪我と新型コロナウイルスの感染拡大があった。

まず、私は高校時代に弘前大学柔道部の稽古に何度か参加させていただく機会があった。その中で柔道部の雰囲気の良さと、主体的に柔道に取り組み楽しんでいる先輩方の姿を見て感じ、私も柔道部の一員なりたいと思った。それから柔道部に入部し、自分の理想の柔道スタイルに近づけるために頑張っていこうと思ったが、そう簡単にはいかなかった。私は高校3年生の時に怪我をしたため、入部してすぐに柔道をやることができなかった。柔道をしたいという感情を抑えてリハビリや体力トレーニングに励んでいた真っ只中、新型コロナウイルスが日本全国に感染拡大していった。初めの頃は、コロナの影響で試合がなくなったとしてもどうせ怪我で柔道ができなかったので丁度良いと思っていた。しかし、いざ柔道ができる状態まで復活してもコロナは収束していなく、各自のトレーニングや条件がある稽古であった。徐々に規制が緩くなり、伸び伸びと練習ができたときには、厳しさの上に柔道できる楽しさも感じることができた。私自身これほど柔道の練習をしなかったことはこれまでになかったため、何をすればよいのか、どのように過ごせばよいのか戸惑うことが多くあった。けれども柔道部には、わからないことを教えてくれる先輩や努力しあえる仲間がいた。その影響もあって、思うようにいかない1年であったがやれることは頑張ることができたと思う。

確かにこれまでに経験したことのない1年であったが、様々な場面で自分の成長に繋がったと思う。良い練習ができるこの環境で、また、まだまだ未熟な私はのびしろがたっぷりあると思うので、チームに欠かせない選手になれるように頑張りたい。

1年 坂本 奈津美

弘前大学の柔道部のマネージャーとして入部して、早くも1年が経とうとしています。

私は今まで柔道に一度も関わったこともなく、大学で柔道部に入るとは思ってもいませんでした。入学したてで先輩や同級生との交流もほとんどなく、右も左もわからず不安だったとき、柔道部のオンライン勧誘会があるということでなんとなく参加してみました。そこで同じ学科の先輩がいるということで、頼れる先輩を見つけた!と思い、入部を決めました。

前期はオンライン授業のため実家で過ごしていたので、部活に参加することはほとんどできませんでした。後期から部活に参加し始めたのですが、最初はタイマーのセットの仕方も分からず、失敗ばかりで監督や選手の皆さんに迷惑をかけていました。しかし、先輩方に教えてもらったり自分でメモをとって練習したりして、なんとかマネージャーの仕事を最低限こなせるようになってき気がします。後期に入って、実際に稽古に行って選手の皆さんの真剣に部活に取り組む姿勢を見て、柔道部をサポートしていきたいという気持ちが大きくなりました。今年はコロナのせいで大会も参加できなかったので、私はまだ実際に柔道の試合を見たことがありません。未だに柔道のルールをあまりわかっていないので、来年はもっと柔道について勉強して、大会で生の試合を見る日が来ることを楽しみにしたいと思います。

自分ができることが何かを考えて柔道部に貢献し、選手の皆さんに信頼されるようなマネージャーになれるよう努力していきます。

「道」

1年 野田 彩也香

弘前大学柔道部にマネージャーとして入部してから早くも一年が経とうとしています。この一年はなかなか部活に行けず、皆さんと過ごした時間は短かったですが、とても充実したものでした。

私が柔道部に入部したのは、高校生の時に後悔をしたからです。私は高校時代、柔道部で選手として活動していました。とは言っても、強豪というわけではなく、技も先生に教わったことはほとんどなく、練習も厳しくない緩い部活でした。3年生のときに顧問が代わり、そこで初めて本格的に柔道を学びました。日々の稽古や技研究を通して柔道が楽しいと思えるようになりました。しかし、高総体の一週間前、友人との乱取りで肩から落ち、挫傷捻挫打撲と診断され、最後の大会を棄権しました。私の学校から出場した女子は私と友人しかいなかったため、私の分まで頑張ってほしいと思っていたのですが、友人も諸事情があり棄権しました。そのときの事がとても悔しくて、大学でも続けようと思っていた柔道を辞めようと思っていました。しかし、自分の中でどこか諦めきれないところがあり、マネージャーとして入部することを決めました。一時は選手に復帰して4年間頑張ろうとも思いましたが、稽古をしている選手や監督を見ていると、真剣さやレベルの差に圧倒されて、マネージャーとして陰ながら応援することに決めました。マネージャーとして練習風景を見るのも楽しいと思えるようになりました。最近は部活に顔を出せないことが多くなってきましたが、これからもできる限り活動に参加し、選手のサポートをしていきたいです。未だタイマーを使いこなせず格闘中ですが、いつか勝って見せます。

今年度は新型コロナウイルスの影響もあって稽古のできないことも、大会も参加することができなかったため、来年は選手の皆さんの大会での活躍ぶりを見たいと願っています。

最後に監督を始め、先輩方、OBの皆さん、同期にはこんな私を部員の一員として認めていただいたことに深く感謝しています。これからもよろしくお願いいたします。

試合結果

12/13 全日本選手権青森県予選

藤本 優勝

小川 第3位

杉ノ内 2回戦敗退

村上 1回戦敗退

高橋 2回戦敗退

白川 1回戦敗退

村井 1回戦敗退

本間 2回戦敗退