天神様和歌御朱印

当神社のご祭神である菅原道真公は、そのご生涯の中で和歌を遺されております。
(お歌の数には諸説ございます。)
菅公の和歌を皆様にも知っていただきたいという想いから、見開きの和歌御朱印をご用意させていただいております。
季節限定ではございませんので、お好きな時にお好きな和歌御朱印をお受けくださいませ。


お初穂料(2頁) 500円



の和歌

東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
東からの風が吹いたら、匂いを私のもとまで寄越してくれ、梅の花よ。
主人がいないからといって、春を忘れるのではないよ。



京の家から大宰府に発つ時に、梅が大好きだった菅公が京都の紅梅殿の梅に向けて詠んだ歌です。 
現在も大宰府の天満宮には梅があり、飛梅伝説が残っています。






ふる雪に 色まどはせる梅の花 鶯のみや わきてしのばむ
(新古今和歌集1442)
降っている雪と色を見紛うばかりに咲いている白梅の花―――鶯だけは見分けて賞美するのだろう。


こちらの御歌は、雪がしんしんと降りしきる中、白い梅の花にそっと寄り添う鶯―――そんな1枚の絵を想像できるような、美しい御歌でございますね。
「八代集抄」という、北村季吟による江戸前期の注釈書では、「梅の花を君子、鶯を賢者に見立てている」と記述されており、そう教えていただくと、美しさだけではなく、また別の印象も加わって参ります。






陽光の和歌

天の原 茜さし出づる光には いづれの沼か さえのこるべき
(新古今和歌集1691)
大空を茜色に染めてさし始める春の陽光に当たれば、どの沼といえども氷ったまま残ってはいられないだろう。

【補記】
・春の光は天皇の御恵みを暗示
・「さし」は、「出づ」の接頭語と、「(茜色)さし(色づき)」との掛詞。さらに「茜(色)」は「光」「日」の枕詞・縁語。

春の光によって雪解けを思わせる、寒さの中にもあたたかな早春の風景を感じさせてくれるような御歌でございますね。
また、この御歌には「光」が天皇、「沼」が作者である菅公ご自身を擬しており、天皇への忠誠を詠んだ御歌であるともいわれております。
大宰府の地で、故郷である京の都へ戻りたいと訴えるお気持ちが、しみじみ伝わってくるようでもございます。




の和歌

桜花 主を忘れぬものならば 吹き来む風に 言伝てはせよ
桜の花よ、主人を忘れないでいてくれるなら、春風にのせて、私への伝言を届けておくれ。




上記した「東風吹かば~」のお歌と同様に、京の家から大宰府に発つ時の歌として伝承されています。
梅の方が有名なので忘れられがちですが、道真公は梅だけではなく、桜にも歌を詠んでいたのですね。







至誠の和歌

海ならず たたへる水の底までに 清き心は 月ぞ照らさむ
海のように深くたたえた水の底まで照らすように、私の清らかな心も月は照らし出してくれることだろう。




こちらの和歌は、大鏡(左大臣時平)、また新古今集雑歌下に「菅贈太政大臣」作として十二首採られているうちの一首として出ております。
無実であるにも関わらず大宰府に配流された菅公が、心の奥底までの潔白を月は明るかにご照覧くださることだろう、と天に恥じない自負を以て詠んだお歌でございます。





心だに 誠の道にかなひなば 祈らずとても 神や守らむ
何事も誠心誠意向き合い、道理にかなった行動をしていれば、殊更祈らなくても神様は守ってくださるだろう。







こちらの御歌を見ると、「誠の行いさえしていれば、神様は守ってくれるだろう」と手放しで神様からの守りを期待するもののようにも思えますが、この御歌は、祈願の不必要を述べたものではなく、「誠の道に叶わぬ悪い事をしながら神の守りを期待する不心得者に対する警告である」と伝えられております。
人間誰しも、常に「誠の道にかなう行い」を実行することは、大変難しゅうございます。ですから、「誠の道にかなわぬ悪いことをしながら、神の守りを期待してはいけませんよ。誠実さを欠いた時こそ真心をもって神様と向き合いましょう。」とお伝えするものなのです。やはり、神様より御神徳を受けようとする人は、その真心をもって神様に接することで、御神徳を受け得るのでございますね。






七夕の和歌

彦星の ゆきあひを待つ鵲の 門わたる橋を 我にかさなむ
彦星が織姫との逢瀬を待つという、鵲《かささぎ》の渡す橋を私にかしてほしい。それを渡って都の妻に会いたい。
(新古今和歌集)

説明するのも野暮なことではございますが、こちらの御歌は、道真公が遠く離れた都に残した奥様を想ってお詠みになられた御歌でございます。
七夕の夜に、鵲が翼を並べて天の川に橋をかけて織女を渡すという伝説を踏まえたものでございましょう。
一見、幻想的でロマンチックな雰囲気ではございますが、会いたくても会えない寂しさや切なさがしみじみ伝わってくる御歌ですね。




の和歌

天つ星 道も宿りもありながら 空に浮きても 思ほゆるかな
天を渡って行く星のように、道も宿もあるとは言え、空に浮かんでいるかのような思いがすることだなぁ。
(拾遺和歌集479)

こちらの御歌は拾遺和歌集におさめられており、大宰府への旅の夜道でお詠みになられたものであると伝わっております。空に浮かんでいるような心持ちであると歌われておりますが、やはり今後を憂う気持ちもあるのでしょう、夜の星空に包まれて、少しばかりの不安感や寂寥感をも覚えます。
しかしながら、旅路で道真公が見上げた星空はきっと美しいものであり、そんな星空に自身の冤罪が晴れるよう願いを込めたのではないか、とも感じます。
また、菅原道真公が山頂で天を仰いで拝んだと言う伝説が残っている天拝山という山があり、そこでは1合目から10合目まで1合ごとに道真公が詠んだ歌の歌碑が11基立っているそうですが、こちらの御歌は山頂に立っているようです。




の和歌

秋風の 吹上にたてる白菊は 花かあらぬか 浪のよするか
秋風が吹く「吹上の浜」に立っている白菊は、花なのだろうか、それとも白波が寄せているのだろうか。
(古今集272)
【補記】
・秋風の「吹」と地名の「吹上」を掛けています。
・「吹上の浜」は紀伊国(現在の和歌山市付近)の歌枕、紀ノ川河口付近。

こちらの御歌は、宇多天皇の御代(887-897)、菊の花の優劣を競った遊び「菊合(きくあわせ)」において、お詠みになられたものです。現代でいうところの、「菊コンクール」のような場で、当時の菊合とは、左右に分かれて菊の優劣を競うと共に歌を詠んで遊んだようです。
そこで、人工的に「吹上の浜」をかたどって植えられた白菊を白波と見立て、「とても花には見えない、まるで波が寄せているようだ」と、その美しさを褒め称える御歌でございます。




紅葉の和歌




このたびは 幣もとりあへず手向山 紅葉の錦 神のまにまに
このたびの旅は急なお出掛けのため、お供えの幣帛の用意もできていません。
とりあえず、この手向山の美しい紅葉の錦を幣帛として、神よ、御心のままにお受け取りください。
(古今和歌集420)
【補記】
・「このたびは」の「たび」は「旅」と「度」の掛詞
・「幣(ぬさ)」とは、布や紙で作った神への捧げ物。道祖神に道中の安全を祈るため用いました。
・手向(たむけ)山とは、山城国(現在の京都府)から大和国(現在の奈良)へと行く時に越す山の峠。

この御歌は898年の秋、道真公の才能をかって右大臣にまで取り立てた宇多上皇(朱雀院)の宮滝御幸の際に詠まれた御歌です。宮滝というのは、現在の奈良県吉野郡吉野町にあり、この御幸はとても盛大なもので、道真公をはじめ多くの歌人もお供をされたようです。その際、一行が道祖神へのお供え物を忘れてきたことに気づき、気を利かせた道真公が「急な旅立ちで持ってこられませんでしたが、この美しい紅葉を幣に見立てましょう」と詠んだ御歌であると伝えられています。


ひぐらしの 山路をくらみ小夜ふけて 木の末ごとに 紅葉てらせる
日が暮れるまで歩き続けたひぐらしの山は、木が生い茂って路が暗いので、夜が更けて月が出てからは、月の光を受けて梢ごとに紅葉が輝いている。
(後撰和歌集1357)
【補記】
「ひぐらしの山」は所在未詳。「日暮らし」と「暗し」は掛詞。

「ひぐらしの山」の所在はあまりよく分かっておりませんが、一日中山中を歩き回って疲れた心身に、月に照らされて輝く紅葉の美しさやその景色に心癒される想いが、しみじみと伝わってくるような御歌でございます。






の和歌

花とちり 玉とみえつつあざむけば 雪ふる里ぞ 夢にみえける
筑紫でも雪は花のように舞い散り、玉石のように庭に敷く――そうして私の目をあざむくので、雪の降る故郷が心にかかり、夢にまで見てしまった。
(新古今和歌集1695)
【補記】
「ふる里」は故郷である京を指す。「ふるさと(故郷)」と「降る里」を掛けている。

こちらの御歌は、大宰府で、故郷を想って詠まれた御歌だといわれております。
かつて暮らしていた故郷と同じように降る雪が、花が散るようで大変美しく、積もった雪は輝いてまるで宝石のよう―――そんな美しい雪景色を見て、道真公は故郷の夢を見たのですね。
雪景色の美しさと故郷を懐かしむ道真公のお気持ちがしみじみと伝わってくる御歌でございます。





濡衣の和歌


あめの下 のがるる人のなければや 着てし濡衣 ひるよしもなき
雨が降り続けて逃れる術もないせいだろうか、濡れた着物も乾くことがない。
(私が着せられた濡れ衣―無実の罪―が晴れることもないのだろうか)
(拾遺和歌集1216)
【補記】
・「あめの下」に「雨の下」を掛ける。
・「濡衣(ぬれぎぬ)」で無実の罪を暗示。

無実の罪で太宰府に配流された際にお詠みになられた御歌ですので、道真公の悲しい想いが伝わって参りますね。
自身の身を嘆く切ない御歌ですが、ただそれだけにはしたくなかったので、道真公の涙雨を鮮やかな花々が受け止めるデザインにしました。人間誰しも、生きていれば理不尽な境遇に身をおくこともあるでしょうが、そんな時でも誠の心で生きることの大切さを道真公は教えてくださります。




妻を想う和歌


君がすむ 宿の梢のゆくゆくと 隠るるまでに かへり見しやは
あなたが住んでいる家の木々の梢を、都を離れて遠ざかって行きながら、次第に隠れて見えなくなるまで、何度も振り返って見たことだ。
(拾遺和歌集351)

こちらの御歌は『大鏡』によれば、道真公が「大宰権帥(だざいのごんのそち)」として大宰府へ配流される折に、都に残してきた奥様を想って詠んだ歌だそうでございます。
会いたくても会えない寂しさや切なさがしみじみ伝わってくる御歌ですから、せめて御朱印の中では、青い鳥に姿を変え、木々の梢を越えて奥様に会いに行けるようにし、また、御朱印をお受けになられる皆様が、夏の暑さにも負けずに輝いて健やかにお過ごしになれるよう祈りを込めまして、向日葵の花を添えました。





の和歌

松の色は 西ふく風やそめつらむ 海のみどりを 初入にして
浜辺の松の青々とした色は、西から吹く風が染めたのだろうか。海の紺碧を初入(はつしお)の染料として。
(続古今和歌集690)
【補記】
・「初入(はつしほ)」は、染色にあたって、染め物を初めて染め液に浸すこと。
・続古今集巻七の神祇歌に「北野の御歌」として載せる。

皆様もご存知の通り「松」は、冬でも枯れずに長く生きることから、長寿の象徴とされるなど、大変縁起の良い木ですね。どんなに瘦せた土地、また岩の割れ目でさえ芽を出し生長する生命力の強さには目を見張るものがございますし、千年もの寿命があるとされ、四季を通して葉の色が変わらないことから「常盤木(ときわぎ)」と呼ばれて吉祥のシンボルにされてきました。
松の立つ古き良き日本の浜辺の風景を想っていただき、松のお目出たい縁起にあやかっていただければ、神職としては何よりでございます。






※今後、季節の移り変わりと共に種類を追加していく予定です。