説教の要旨

2018年10月7日 聖霊降臨節第21主日礼拝説教要旨
【世界聖餐日・世界宣教の日 讃美礼拝】
「歌い続ける歌」 桝田翔希伝道師  聖餐式:横田法子牧師
詩篇 40:1~7節 マタイによる福音書 26:26~30節
 チャペルコンサートに引き続き、讃美礼拝を守ることが出来感謝であります。私たちは教会で讃美歌をはじめ様々な音楽を通して聖書や神と触れ合います。一方聖書の中には詩篇と呼ばれる部分があります。詩編に関してはわからないことも多いのですが伴奏をつける歌であったことが想定さていれます。このことから音楽を通して神に触れるということはとても昔から続けられてきました。今日の礼拝では、説教を通して聖書に聴く場面が強調される傾向があるかもしれません。説教と言うと、言葉ではっきり語りますから「客観的なもの」と言えるかもしれません。一方、音楽を通して神に触れるということは「感性的なもの」ということが出来るのではないでしょうか。
 11月7日は教団により「世界聖餐日・世界宣教の日」と定められています。世界聖餐日が定められたのは1940年代、様々なキリスト教の教派の連合により呼びかけが始まりました。1940年代ですから世界中で戦争が起こり、平和を願いながらも恐怖や嫌悪、悲しみが渦巻いていた時代であったことが想像されます。そんな時代にあって、平和を願いキリスト教の様々な教派を越えてイエスの食卓・聖餐式を共に行い祈るためにこの日が定められたのです。
 平和を願いながら、讃美礼拝を守るこの日にあって、聖書は私たちに何を問いかけているのでしょうか。当時イエスと敵対していた人たちに対して、イエスの語り方は非常に含みを持ったものと言えるかもしれません。断罪するでもなく、質問に質問で答える。客観的と言うよりも、感性的なものとも言えるかもしれません。私たちは平和を願いつつも泥沼に足を突っ込んだように、もがきながらも、他人を言葉で客観的にさばいているかもしれません。しかし、イエスは危機的な時に讃美歌を歌いました(マタイ26:30)。客観的な破れのない言葉ではなく、感性を共にするような新しい歌を口ずさみながら平和を願う者でありたい。

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