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ある方のコメントへの返信。

2017/03/06 23:00 に 田中有史 が投稿

先輩がおっしゃっていることは一般的な法人論ですよね。たぶんイトイ事務所もずっと法人だったでしょうが、今回は上場です。ワシは記事の中にある「ひとが欲しい」という言葉に刺激を受けています。ゲームを開発しだした頃から「プロデュースあるいはプロジェクト」へ、モノづくりをシフトしてはると思うですよね。いまは、スタッフが書いたコピーもみないとどこかに書いてましたもんね。
話が逸れましたが、ブランドかわ言われだしてからのモノづくりは「クリエイティブ型(見え方作り志向)」と「プロジェクト型(ムーブメント志向)」に大きく分かれると思うのです。
社会や行政から受け入れられやすいとい点で趨勢としては「プロジェクト型」なんですよね。そこにインターネットという巨大な集音マイクとインターネッット的という視点を組み合わせた先進性というか、先見性が天才的だと思うんのです。ワシにはとうてい真似はできないけど「プロジェクト発想」していくために「ひと(仲間)が欲しい」と最近強く思っています。
最近じぶんがずーっと考えていることの整理ができた。
ありがとうございます。

いろんな人がいて、いいんだ。

2017/03/05 0:28 に 田中有史 が投稿

今日はなぜか、こんな言葉が浮かんだ。

先日メビック扇町で開催した「APA×JAGDA×OCC」のイベントは、各団体から3つの世代ごとにスピーカーが登壇して、それぞれの仕事観を話し合うものであった。
OCC(大阪コピーライターズクラブ)からも30代、40代、50代の方が登壇した。
30代の大手広告代理店の女性は、会社で「デジタルに強くなれ」と言われるけどひとりくらいデジタルに弱いひとがいてもいいかなあと思っているという。
40代のフリーの男性は、求人というところからスタートして中小企業の経営といところに興味を持ちそこに深く入り込んだクリエイティブを手がけているという。
50代の男性は編集中心に仕事をするかたわら、映画のプロデュースをしたり、本まで出版していまい、タジオ番組を持ち、1年の大半は旅の空だという。

そのイベントの少し前にメビック扇町であった「児島玲子さんのトーク」では、じぶんというフィルターを通した、彼女にしか書けない見事なコピーの数々に改めて感心した。
3団体のイベントでは、同業のコピーライターだけでなく、3世代のデザイナーやカメラマンの多彩なというか個性あふれる話が聞けた。

広告界(コピー界?)にはずーっと妙なスター主義みたいなのがあって、たしかにいまもいい広告(いいコピー)を作りたいというよりは、あんな人になりたいとか、
手がけた仕事が有名になることでじぶんも世にでることを望んでいるようなひとが多い。それは、業界だけでなく業界誌やセミナー主催者の姿勢もあるのだけど。
個人的にはそこがすごく嫌だ。(嫌だった)
でも、その風潮はずいぶん薄れたなあと、10人のひとの話を聞いて感じることができた。

じぶんが面白がれることがいちばん。いろんなクリエイターがいる方がおもしろい。いろんなひとがいるから、業界が面白くて。いろんなひとが集まる。

みんなが同じ方向(カテゴリー)や同じような立ち位置(スター性)を目ざさない方がおもしろい。そんな流れが来ているように思う。

そういうじぶんはどうだ?「ブランディングが得意」という作り手にカテゴライズされてしまっていないか?
そうなると、個性的(オリジナリティのある作り手)には見られていないということになる。
カテゴリーの中での上手い下手の競争に巻き込まれてしまい、けっきょくコモディティ化の波にのまれてしまうことになる。

潮目が変わってきた。そこは歓迎すべきことだ。
あとは、コモディティ化の波に飲み込まれないようにするには、どうするか。それはじぶんでじぶんを面白がること。あるいはじぶんがおもしろがれることしかしないことだろう。

じぶんの潮目もこの歳にして(この歳だからこそ)変えていかないと、毎日は面白くならないと思う今日このごろである。


矜持

2016/10/08 19:16 に 田中有史 が投稿   [ 2016/10/26 16:54 に更新しました ]

「矜持をなくした時点でプロではなくなる。」

今朝、そんなフレーズが浮かんだ。
矜持を持ち続けていられる間はいくつになってもプロだとす仮定るならば、けっきょく、手とアタマを動かすことではないかと思う。
手とアタマを動かさずに、指示や判断だけをクリエイティブディレクションとは称さない。
クリエイティブディレクションの仕事が増えているが、手とアタマを動かすために、そこもやっていると考えようと思う。

あと何年、矜持を持ち続けられるか。それは意志の問題ではなく、結果の問題だろう。
今日、大切なプレゼンがある。ことがうまく運べば、また、新しい事例が生まれるだろう。「新しい事例」を生み続ける限り、矜持は持ち続けることができる。
矜持ありきではなく、結果が矜持となる。逆もまた真なり。

5月19日(木)

2016/05/19 5:04 に Yohta Tanaka が投稿   [ 2016/05/19 5:05 に更新しました ]

今日、TガーTガークリエイティブを訪問させてもらった。

N脇さん、O林さんと、有意義な話しができた。


その中で互いが納得しあった言葉。

「ど真ん中を考える。」

「ど真ん中のない表現は脆弱だ。」

「ど真ん中で考えた言葉は繰り返し使ってもすり減らない。」


ブランディング、ブランディングと、流行り言葉のようになっているけど。

湯水のように広告を垂れ流せる企業以外は(って、もう、そんな時代では遠になくなっているけれど)、

その企業や商品にとっての、ど真ん中の考え方を続けることが、ものを売るとか、効果を出すとか、

イメージを作るとかの、いちばんの道だということで、意見は一致した。


いま、それだけ、ど真ん中でやれていない企業や商品(広告と言うべきかもしれないけど)が、多いということだろうか?


うちなんか、ブランディングが叫ばれる以前から小さな企業ばかりがクライアントだから、繰り返し使い続けられる考え方をまず発見し、

そこから表現を開発し、世界観を構築することをやってきた。

それしか、方法論はなかったし、それしか、効果を出せない予算規模のクライアントばかりだった。


だからだろうか。

ブランディングが得意ですと標榜しているデザイナーや、

広告表現を変えただけでブランディングしているという言い方には、納得できないし、違和感がある。


すり減らない考え方を発見し、そこから導き出した表現を使い続ける。

それが、結果としてブランディングになる。

じつに、シンプル。


本日は実りの多い1時間であった。

感謝多々!

4月5日(火) 「じぶんのブランディング」

2016/04/04 23:07 に Yohta Tanaka が投稿   [ 2016/04/04 23:07 に更新しました ]

仕事でブランディング、ブランディングと言っているわりに、じぶんのブランディングはしっかりとできているだろうか?
ホームページのトーン&マナーしかり。フェイスブックでの発言しかり。
まして、やった仕事ほどブランディングに影響するものはない。
仕事を選んで発表するほど仕事があれば良いが、さもなくば、仕事を選ぶということは大切だ。
仕事をあからさまに選ぶことはビジネスに差し支えるケースも多い。
ならば付き合うひとを選ぶ。
仕事は自分でやっているつもりでも、けっきょくはひとがやらせてくれるものだと思う。
ひととは、仕事をくれるひとと、仕事を一緒にやってくれるひとである。
ワシはどちらが大切かと言えば後者だと思う。
たとえば、あなた。仕事を組んでいるパートナーを代えてくれとクライアントから言われたとき、仕事とパートナーと、どちらを選びますか?
ワシは間違いなくパートナーを選ぶ。
仕事の取っ替えはいくらでもあるけど、大切な友人の取っ替えはできないです。パートナーは友人です。
ワシが競合を嫌いな理由に、競合はパートナー選びであるはずなのに、ディテールで選ぶクライアントが多すぎるというのがある。
大切なパートナー、友人をディテールなんかで選べるわけがない。
そのひとの人格で選ぶべきものだ。
人格とはつまり、そのひと自身の本質と見え方の総体だ。
ブランドイメージということだ。だから、自分ブランディングは大切だ。

3月8日(火) 「思いついたアイデアは、 すぐに企画書にする。」

2016/03/07 23:11 に Yohta Tanaka が投稿   [ 2016/03/07 23:12 に更新しました ]

アイデアと出費はいつも、突然にやってくるんだから。笑
思いついたアイデアはノートに書きとめたりしないし、携帯にメモしたりしもしない。
PCを開き、ワードを立ち上げて、そこでも、メモ書きにしないで、いきなり企画書にする。
書いてみれば、それがよいアイデアかどうかも、だいたい判断できる。
企画の詰めの甘さを発見できるし、細部も構築できる。よいアイデアなら、すぐにでも、聞いて欲しい。
それが、人情というものだ。

アイデアが思いついても、ワンクッション入っているような、直でないクライアントだと、なかなか提案できない。
物申すのにも直接話せないからだ。
うちの場合は中小の直のクライアントが多いので、社長に電話かメールして、時間をもらうことにして、プレゼンする。
決定者に物申すので、実行までも早い。
ダメな場合も、早いけど。競合プレゼンが苦手なぶん、そうやらないと仕事が広がらないし、
すでにスタートしているブランド構築なんかだと新しいコンタクトポイントを増やさないと効果も出ないから、
アイデアの提案は大切になる。
われわれの仕事の中で、コンピュータが幅をきかせるようになって、
状況が悪くなったこと(ひとによってはメリットなんだろうけど)はいっぱいあるけど、
道具としての優秀さ、よい意味での効率化、スピードアップは大いなるメリットだろう。
同じくインターネットというのも、オウンドメディアが持てたり、思いついたことはすぐにアップしても、
ダメだったら、消してしまえばよいという見方もできる。
そんなことを肯定できれば、オッさんにもコンピュータやインターネットのメリットは活かせるように思うのです。

3月7日(月) 「異論と反論。」

2016/03/06 20:14 に Yohta Tanaka が投稿   [ 2016/03/06 21:13 に更新しました ]

じぶんと同じ意見のひとばかりだと、会議、とくにブレストはツマラナイ。

異論があるから、互いの脳が嵐のように(ブレーンのストーミング)になり、
アイデアがぐるぐると渦巻いて、大きくふくらんでいく。
ところが、世の中には異論が反論にしか聞こえないひとがいる。
異論は貴重な意見のはずなのに、異論を自分への批判と受け取ってしまい、
聞き入れないばかりか、極端な場合、異論をいった人間を排除してしまったりする。
(あのひと、担当を外して、という、アレ。じつは、意外にある。)
そこは、ちがうんじゃないのかしら。
真摯に考えているからこそ、言いにくいことも言ってくれているんだと、好意的にとらえて欲しい。

失言の多いじぶんへの言い訳みたいになっちゃったけど。
いいたいのは、相互の意見の交換がちゃんとできて、結果として互いが良い判断と選択ができれば
、大概の場合、仕事はうまくいく。
その逆は、いくら予算があっても、いくら魅力的な商品であっても、あまりうまくいかない。
仕事は相性によるところが大きい。けっきょく、仕事は、ひととひとがするものだから。

意見を聞き入れてくれるからって、良い結果になるわけではない。
本質を理解していないから、意見をいわないまま、聞き入れてしまっているという場合はけっこう多い。
大切なのは意見の交換。その積み重ねが、理解を深めていく。
喧嘩のあとの仲直りではないけれど、意見の交換のあとの、こころの距離の縮まり具合とでも言ったら良いのかしらね。

うちでいうと、お米屋さんと女子大かな。
相性のいいクライアントと出会えると、クリエイターはシアワセだなあ。
ボクは死ぬまでキミを離さないよってカンジ。

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