100の本質


 

ブランドとは、イメージの総体である。

2018/04/26 23:17 に 田中有史 が投稿

 ブランドとは、

イメージの総体である。



ブランドとはつまりブランドイメージのことである。確固たるブランドイメージができあがることをブランドになるという。ブランドとは同じカテゴリーの中で、あきらかに他の商品にはない差異化力をもっていることである。ひとは、いわば、そのイメージの差異で、好きになったり嫌いになったりしているのである。商品に格差がなくなり、コモディティ化すればするほど、ブランド力(ブランドイメージ)は、効力を発揮する。だから、いま、ブランドという言葉に注目が集まるのだ。

では、ブランドイメージがどうやってできていくかというと、あらゆるコンタクトポイントにおける見え方が積み重なって、ブランド力、つまりイメージの総体を作っていくと考えるとわかりやい。だから、あらゆるコンタクトポイントの見え方を戦略的に設計することが肝心になる。そして、広告的に機能していないコンタクトポイントを広告的に機能させることは、いまという時代にとても有効な戦術となる。

 

(コンタクトポイントとは:ブランドイメージになんらかの影響を与える生活者との接点)

ローマは1日にしてならず。ブランドも同じです。

2018/04/10 1:34 に 田中有史 が投稿   [ 2018/04/10 1:56 に更新しました ]

 

ローマは1日にしてならず。

ブランドも同じです。

イメージを切り替えるだけで、「ブランディング」というのは、勘違いも甚だしい。

それは単にイメージのリニューアルにすぎない。

名前をつけて、マークをつくるだけで、「ブランディング」というのは、勘違いも甚だしい。

それは単にブランドを立ち上げただけにすぎない。

 

ブランドを立ち上げる→ブランド力を構築する→ブランドイメージを醸成していく→ブランドになる→ブランドをマネージメントする→ブランドを拡張する

 

この一連の企業活動がブランディングである。それには、長い時間が必要である。

長い時間に耐えるだけのアイデア、メッセージ、キービジュアル、旗印、世界観が不可欠である。

それらを「コア・アイデア」としてイメージの総体をつくりあげることをブランディングと言う。

なぜ、長くやるのか。

2018/03/08 23:41 に 田中有史 が投稿

なぜ、長くやるか?

 

いちばんの理由は、短期間で結果が出せるような予算のある仕事が来ない。そこです。(笑)

 

いまは大手広告代理店でさえ、短期間で結果が出せるような予算を投下できる仕事は少ない。それならば、長くやれるアイデアを出すことで成果を積み上げていくことが、いちばん理にかなっていると思う。

なので、極力、そんなアイデアしか出していません。(そんなアイデアが好きだというのもあるが)

 

「長くやる」ということは、結果として、その商品のイメージをひとつに集約していくということになり、ブランド化につながります。いつの間にか「ブランド」という言葉が注目を集め、「ブランディング」という言葉がハヤリ言葉のようになっていますが、じぶんとしては、じぶんが関わる商品や企業のイメージがバラバラになること(その主な要因は複数の作り手が関わることだ)が嫌でそうならないためにやっていたことや、競合が嫌いなので競合にならない状態を作り出すためにやってきたことが、いつの間にか「ブランディング」という言葉で説明されるようになったと思っています。「ブランディング」は手法や戦術ではありません。「ブランディングは姿勢」です。じぶんは、こうだ、こうなる」と決めたことを変えずに守っていくことです。そこを広告主と共有しないと成功しません。

やりたいことは、どうすれば実現するか。

2018/03/08 0:06 に 田中有史 が投稿

やりたいことは、

どうすれば実現するか。

 

企む、仮説する、設計する。条件をよく整理して、考え方をうまく逆手にとる。

制約をいかに突破するかを考える。ものごとには必ず、抜け道がある。

考えて、考えたら、最適解にきっと突き当たる。

上記のような姿勢を常に忘れないことだ。これはこういうもの。こういうものはこうやればよい。

常識ぶった、そんな姿勢からはイノベーティブなアイデアは生まれない。

 

逆説的だけど、やりたい案しか出さないというのも、やりたいことを実現する手ではある。

 

クライアント受けしそうな案ばかりを考えていたら、自分自身が衰退する。枯れていく。

じぶんが面白いと思えないアイデアを第三者が面白いと思うはずはないのである。

常識を疑え。仕事をルーティンにするな。

2018/03/03 17:44 に 田中有史 が投稿

常識を疑え。

仕事をルーティンにするな。

田中さんは面白い仕事をされていますねえと、よく言われる。でも、それは、違うと思う。

はじめから面白い仕事なんかはない。けれど、工夫すればいくらでも面白くできる。

面白く出来ない仕事はないと、考えているかどうかだ。この仕事は、こうやる。あの仕事は、これでよい。

そんなふうに考えることを放棄して、仕事をルーティンにしてしまうことはもっとも嫌いなことだ。

効率は良いのかもしれないけど、イノベーションは生まれない。年をとってなんでも知っている顔を

しているひとに限って、仕事のやり方や、アイデアの枠を最初から決めてしまっている。

そして、若者に言う。「こんなことも知らないのか」「この仕事は、こうやってやればよいんだ」と。

 

最新のアドテクノロジーの知識や技術などでは若者にかなわない。でも、アイデアはどうだろう?

年をとって経験を積んで、いつも企むことを忘れないベテランほど手強いものはない。

そう思って仕事に取り組んでいる。そして、工夫が大好きなら、いつまでも進歩できると、思っている。

ど真ん中が見えると、振れ幅が決まる。

2018/03/01 2:39 に 田中有史 が投稿   [ 2018/03/03 17:42 に更新しました ]

ど真ん中が見えると、

振れ幅が決まる。

 

本質の中の本質=ど真ん中で考えて、それが面白ければ(興味を引くという意味での面白さ)、

それがいちばん強いのです。広告表現でいちばん強いのはファクトと言われる所以です。

 

表層的な面白さを求めすぎて。「奇を衒う」「ケレンが強すぎる」ものを目にすることが多々あります。

瞬間芸でそのときは面白いかもしれませんが、長続きしないと思います。

そういう切り口は、ブランドイメージとしては上質なところへ行けないと思います。

話題になって瞬間風速をあげればよいようなビジネスならいいのですが、「長くやる」には適しません。

 

コンセプトを決めれば表現の振れ幅(どこまでってもいいか)も決まります。

広告や表現だけでなく、商品開発、お店のデザインにも言えると思います。

 

振れ幅を超えてしまうと、本質を逸脱しているということです。

つまり、コンセプトがブレてしまっているということになります。

 

王様は、ほんとうに傘が欲しいのだろうか?

2018/02/27 20:31 に 田中有史 が投稿   [ 2018/02/27 20:33 に更新しました ]

 

王様は、ほんとうに

傘が欲しいのだろうか?

王様が「余は傘が欲しい」と言ったとき、あなたなら、どんな行動をとりますか?

(いちばん立派な傘をさがそうとするひとが大半です。でも、王様は雨に濡れたたくないのだと気づけば、町中にトンネルを掘るアイデアも生まれます。王様はきっと、それをいちばん喜ぶでしょう。)

 

常に提示されたミッションが本当に正しいのだろうかと、疑ってみることは大切です。

それは「ミッションの再定義」と呼んで良いと思います。

もっとこうした方がよい、この方法の方がさらによい結果につながる。

最適解を見つけ出すためには、ミッションを吟味してみる姿勢は大切です。

それを続けていることで、本質が見えるようになるし、結果がだせるようになります。

仕事をルーティンでやっている限り、新しいものはできません。ひとを唸らすことはできません。

「これはこういうもんだ」と決め付けた瞬間に、可能性に蓋をすることになってしまいます。

全体を貫くもの、全体を支配するもの。

2018/02/24 0:32 に 田中有史 が投稿

全体を貫くもの、

全体を支配するもの。


考えや表現を進めていくあいだに、ついつい、この「コンセプトが持つ役割」を忘れていませんか?

 

コンセプトはスタート地点である。

コンセプトは仮説のゴールでもある。

コンセプトは途中のチェックポイントでもある。

たどり着いたゴールは仮説したゴールか?

道に迷ったときは、コンセプトに還る。

 

これが理解できていたら、「ロジカルシンキング」ができます。(全体を貫く思考回路)

「コンセプト」があるから、判断できる。つまり、客観判断ができます。(全体を支配する判断)

コンセプチャルに考えて、 表現はジャンプする。

2018/02/16 14:30 に 田中有史 が投稿

コンセプチャルに考えて、

表現はジャンプする。

 

まず、コンセプトとはスタート地点であり、仮説のゴールであると、覚えてください。

 

面白いコンセプトを考えないと面白いゴールにはいけません。

面白いとは「気になる、興味がある」という意味です。アテンションとインタレストということです。

でも勘違いしないでください。コンセプト自体が面白い言葉である必要はありません。

面白いコンセプトを見つけようとリキンでしまって、言葉遊びにならないこと、

ニッチな切り口にならないこと、マニアックにならないことが大切です。

そこへ行くと、ターゲットがあまりいなかったりします。マーケットが小さくなってしまうものです。

 

面白い表現を導くコンセプトと面白い表現へ行けないコンセプトがあることも知ってください。

表現がジャンプできるコンセプトをチョイスするチカラとセンスを養いましょう。

コンセプトに忠実に考えること、ブレないこと、困ったらコンセプトに還ること。

レンガと瓦のエピソード。

2018/02/16 14:29 に 田中有史 が投稿

レンガと瓦のエピソード。

若いときに出会ったできごとで、いまだに大切にしているアイデア発想法をご紹介します。

 

30年ほど前、MAQ時代にニューヨーク研修という制度があり、はじめてニューヨークへ行った。

制作会社やマーケティング会社を巡るツアーで、アメリカマーケティング協会を訪問した。

全米のDMコンテストで1位になった作品として見せてもらったのは、本物のレンガだった。

なんと、レンガをそのままDMとして発送したものだった。

そのレンガには、「あなたもオーナーになりませんか」という文字が彫られていた。

住宅会社のDMであり、アメリカではレンガは戸建オーナーのシンボルだと説明された。

DMといえばハガキか封書しか思いつかない自分の発想のチープさを思い知らされた。

 

もうひとつも、MAQ時代のことだ。松下電器のソーラー事業部からの依頼は、工事店への感謝状だった。

わたしと相棒のデザイナーは“太陽”からイメージを広げることばかりに終始していた。

それを見た社長に言われた。「お前らアホちゃうか!松下さんは、命がけで屋根に登って工事をしてくれる工務店さんに感謝の気持ちを表すんや。紙ではあかんやろ。なんで瓦に刷らへんのや。」

またもやアタマを殴られた。でも、レンガの話しと併せて見えたものがある。

 

それが、本質(コンセプチャル)で考えて表現に鮮度があることが広告にいちばん大切だということだ。

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