掲示板【北海道内の教会及びクリスチャンの活動状況をお知らせします】

 
 

  このページは、北海道クリスチャン宣教ネットワーク(ホクミン)災害緊急支援本部のページです。
今回の地震に関するクリスチャン・教会向けの最新情報の整理が第一の目的です。

続けて情報中です。
最新情報がございましたら、ご連絡ください。

E-mail: info@hocmin.net
ホクミン災害支援: https://sites.google.com/site/godsavesjapan/

 
 
最新ニュース情報
 
 
2014年4月18日


第63便   震災から3年目に、1便だけの支援便を送りました。


3月16日(日) 第1日


現在、船に乗っています。車内は荷物がぎっしりで大変でしたが船内では皆、元気に過ごしています。

これから6時間、船の旅ですが、守られるようにお祈りください。



3月17日(月) 第2日


今日は田老町のお宅にお邪魔して交わりと家の掃除をしました。

そのあと、田老町の学童保育で子ども達と触れ合う時をもちました。





3月18日(火) 第3日


今日は赤前の仮設住宅に行かせていただきました。

カフェには約10人ほどの方が来てくださり、その中で賛美やサインダンスをさせていただきました。

仮設住宅の方々はとても優しくてこちらが癒されました。とても、良い時でした。





3月19日(水) 第4日


今日は午前と午後でふたつの仮設に伺いました。

午前は山田町のFB仮設にお邪魔しました。昨日と同じく歌を歌って、サインダンスをさせてもらいました。

どちらの仮設住宅でも来てくれた方のお話を聴きました。北海道の食べ物の話から、地震があった日の話。そして津波のことも話してくれました。

どこに行っても仮設住宅の方がすごく明るく迎えてくれたことが嬉しかったです。





3月20日(木) 第5日


木曜日は堅内の仮設住宅の集会所でカフェをしました。サインダンスをした後に感動した人もいました。

場所が狭かったのですが約15人の人が集まってくれて喜んでくださいました。午後はグリーンピアの仮設住宅に行きチラシ配りもしました。





3月21日(金) 第6日


6時に北海道について9時頃福音館に到着しました。みんな疲れていましたが、とても充実した顔をしていました。お祈り感謝します。





2012年12月14日

20121213

≪ホクミンからの御案内≫

北海道クリスチャン宣教ネットワーク(ホクミン)

世話人代表 鍛冶 勉(札幌福音自由教会牧師)

災害支援本部 三橋恵理哉(札幌キリスト福音館牧師)

 

ホクミンとホクミンによる被災地支援にご協力くださっている教会の皆様。あの東日本大震災以来、多くのお祈りと支援品及び支援金、そしてボランティアへの参加によって被災地支援にご参加くださり、心から感謝を申し上げます。

 

さて、主の御降誕を迎える素晴らしい季節を迎え、ホクミンから皆様にお願いと御案内があります。

 

1.『クリスマス献金(被災地支援金、ホクミン全般運用資金)』の受付を致します。

 

(被災地支援金)。復興が進まず、未だ先行き定まらぬまま仮設住宅で寒い二度目の冬を迎えております被災者の方々を覚えての支援金です。これはホクミンを通して続けられているボランティアによる支援活動費と来年8月まで岩手県宮古市で活動拠点・ボランティア宿泊所となるホクミンハウスの維持費にも充てられます。

 

(ホクミン全般運用資金)。ホクミンの働き(災害時緊急支援、無牧教会への支援、結婚への支援、キリスト教の集会情報の発信等の協力)を支えるものです。

ご入金のホクミン専用口座番号は災害支援と同じです。その際には、どちらへのものであるかをご連絡いただけると助かります。

 

              口座番号:ゆうちょ銀行 記号19000 番号101511 名義サッポロキリストフクインカン

                     ※ゆうちょ銀行以外からのお振込みは、ゆうちょ銀行 支店名908 普通0010151

                   連絡先: E-mail/info@hocmin.net  Tel/011-758-4937  Fax/011-758-4955

 

2.『ホクミンハウスの常駐者募集』致します。

これまでホクミンハウスに常駐していたスタッフの松井博子さんが12月で帰道します。引き続き現地スタッフを置いて支援活動を継続します。そのために20131月から8月まで、或は2ヶ月以上継続できる人(牧師推薦者・対人関係がうまくできる人)を募ります。

 

3.支援活動感謝報告会(201321()19:00-20:30札幌聖書キリスト教会)

  を行います。

 

被災地支援ボランティアに参加した皆様、またご支援くださった皆様、お集まり下さい。

感謝報告会では、現地でボランティア・コーディネーターを務めてきた松井博子さんの報告や、ボランティアに参加した神学生の証し、さらに、被災地の方々をお招きして生の声を聞かせていただく予定です。

 

どうぞ皆様、これからも続けてお祈りくださり、ご支援にご参加くださいますよう、よろしくお願い致します。

皆様にご降誕の主の御恵みが豊かにありますことを心からお祈り致します。

 
 
 
 
2012年9月5日

第61便

8月27日(月)

K仮設住宅でのカフェ!かき氷や飲み物をいただきながら一緒に奥野ひかるさんのコンサートを聴きました。


奥野さんが歌った後は少しお話してからみんなで写真を撮らせていただきました。



一日目は初日ということもあり一か所しか訪れることが出来ませんでした。 終ってから山田の「いっぽいっぽ」へ行きました。


第61便

8月28日(火)

まず午前中にグリーンピアにある仮設住宅を訪問しました。この日も同じくかき氷と飲み物を用意してオープンカフェ!昨日と同じく奥野ひかるさんによるコンサートも行われました。


この後は私達メンバーの作った昼食(中国の混ぜご飯とみそ汁)を皆さんに提供しました。 午前中の活動はこれで終わり、次に私達は赤前にある保育園を訪問しました。


私達の後は関東のボランティアチームの方による読み聞かせがありました。


読み聞かせ後は、みんなでハンカチ落としをして遊びました


子供たちと遊んだ後は園長先生から震災当時から今までの子供たちの変化について、大人の心の動きについてなど貴重なお話をしていただきました。


この日の主な活動はこれで終わりとなりました。


第61便

8月29日(水)

この日は実田仮設住宅を訪問しました。ここではキャサリンというボランティアの方と一緒に活動を行いました。この方はハープ奏者で被災地を巡り演奏を通して人々を癒している方です。

かき氷と飲み物を用意してオープンカフェ!



私達は絵本の読み聞かせと歌を一緒に歌いました。 その後、私達メンバーの作った昼食(韓国のちぢみとご飯)を皆さんに提供しました。


午後4時から田老地区の学童保育を訪問し、だるまさんが転んだなど子供たちと沢山遊んできました。かき氷は子供たちに好評で何回もお代わりする子がいました。




第61便

8月30日(木)

最終日は藤畑の仮設住宅を訪問しました。ここでは昨日と同じくキャサリンと一緒に活動しました。
かき氷と飲み物を用意してオープンカフェ!



こうして私達の活動は終わりとなりました。

今回私達は関東のボランティアチームと一緒にホクミンハウスで宿泊させていただきました。 食事も交代で作り、楽しい交わりを持ちました。

復興は確かに進んできていて、住民の方々も安定してきているように見えますが、いまだに震災の傷跡は色濃く残っているように感じました。それでも仮設住宅の方々には笑顔もあり人々の強さも同時に感じることが出来ました

今回のボランティアにおいて、各々目的や目標があったと思いますが、参加した全員にとって、ボランティアはとてもよい経験になったと同時に、震災の被害や現在の状況をリアルに知ることが出来ました。
私達は現地の人々を助けるために被災地に向かいましたが、あちらの方々を元気づけるそれ以上に現地の方々から色々なものを受け取って戻って来たような気待ちです。
今回のボランティアを通じてボランティアに対する考え方を変えた者、改めて神様の救いに感謝した者、被災地の人々など困っている人をもっと助けたいと思った者など、それぞれ得ることが多くありました。
実際に現地を見て心を痛めることは多々ありましたが、今回このようにボランティアに行けたことを感謝します。被災地の方が「祈ってくださいね!」と言われたように神様に祈り続け、忘れないようにしたいと思います


2012年9月4日

第59便

8月20日(月)


今回、札幌キリスト福音館から大人3名子ども3名の計6名の参加となりました。

出発前に被災地に持って行く衣類(段ボール箱5箱分)をワゴン車に積み込んで、午前5時45分札幌を出発。午前7時頃フェリー乗り場に到着。午前9時30分に一路青森県八戸へ向けて出港しました。

フェリーの中では、向かいの部屋で「帰りた~い!」と騒いでいた女の子と兄弟を連れだすと、すぐに仲良くなって帰り際までずっと一緒にいました。岩手の子どもたちと遊ぶためのレインコートにアメを張り付ける作業も喜んで手伝ってくれました。

 午後6時に八戸到着。そこから陸路で松井姉が滞在している宮古の「ホクミンハウス」に到着したのが午後9時45分頃。松井姉との久しぶりの再会を果たしました。すでに関西から来ていたボランティアのメンバー8名と共に祈り、その日は床につきました。



第59便

8月21日(火)



朝は関西のチームと松井姉と共に祈りと食事の時間をもちました。関西チームは男性の牧師4名と同行の女性4名のチームです。大阪の金子牧師が中心となってディボーションそして祈りの時間をもった後、皆で食事をとりました。

 朝から強い日差しと暑さを感じました。松井姉の車に先導されて午前10時頃に田老地区のグリンピア仮設住宅に到着。テントを設営し、その中でかき氷を作り被災者の方達にひと時の涼を味わっていただきました。一人でも多くの人達が集まるよう子どもたちは仮設住宅を一軒ずつ回って声を掛けていました。その甲斐あってか多くの人達が訪れて来てくれました。

 また、子どもたちは前回仲良くなった5年生のN君と再会。4月に行った後に手紙を送りましたが、今回の出発一週間前に返事が届いて主に感謝しました。N君は再会を驚き喜んでくれて、かき氷作りや配達を手伝ってくれました。集会所に集まっていた子どもたちには絵本をプレゼントしました。

 このグリンピアは規模が大きく、本当に多くの方と触れ合いの時間が持てたことに感謝しました。岩塚牧師、松井姉、永田兄たちが時間を掛けて信頼関係を築いてこられたことを感じます。Yさんは、今までクリスチャンだと一言も言わないで寄り添ってくれたことで、教会に行く気になったということを話して下さったそうです。





第59便

8月22日(水)

浄土ヶ浜仮設住宅

 朝は京都の高橋牧師が中心となってディボーションを行いました。今日も朝から強い日差しが照りつけています。

 浄土ヶ浜へ出発する前、三橋恵理哉・恵子牧師がホクミンハウスに立ち寄ってくださいました。午前10時頃に浄土ヶ浜の仮設住宅へ到着。テントを張りカフェの準備に入りました。カフェに来られた人達と三橋牧師が話をする時間があり、Sさんとは長い時間が与えられて感謝でした。Sさんは配達のお仕事で様々な人と関わり重荷を負っておられるようです。

 子どもたちは一軒一軒回ってカフェ来てもらうよう声掛けしたり、松井姉と車で坂の下の仮設までかき氷を届ける働きをしました。終了時間が過ぎても子どもたちが帰って来ないので探したところ、Kさんのお宅に上がり込んでいたこともありました。Kさんは、玄関でお別れしたあとも外に出て来て見送って下さいました。カフェが終わってから「積もる話があるのよ」と話をされていた方もおられました。今日も一日多くの方たちと触れ合う時間を持てたことに感謝です。


第59便

8月23日(木)



愛宕(あたご)仮設住宅カフェと、K仮設へチラシ配り

 今日がボランティア最終日。すでに廃校となった愛宕小学校に隣接している仮設住宅でカフェを開きました。この愛宕の仮設は隙間なく建てられていて少し窮屈さを感じました。

カフェに来られた70代の男性は、津波が押し寄せた時に奥さんと共に胸まで水に浸かり、消防の人に助けられおぶってもらって高台まで来たそうです。カフェに来られた人たちにかき氷や飲み物が行き渡ると、お話を聞きながら肩を揉んだり痛む体をマッサージをしたことも喜ばれ感謝でした。時折不安な目をされるこの方達が平安をいただけるよう祈るばかりです。

 その後かなんの仮設住宅に行き、一軒一軒にコンサートの案内チラシを配りました。

 今回は実質3日間のボランティア活動となりました。関西から来られたチームとの出会い、仮設での様々な方達との出会いを通して人とのつながりの大切さを知りました。仮設ではどうしても引きこもりになってしまう人もいる様ですが、一人ひとりが助け合い励まし合って希望の光に見い出される様願わずにはいられません。

 また、長期滞在でボランティア活動とコーディネイトをされている松井姉の健康が保たれる様続けて祈りたいと思います。



2012年8月23日

 第58便
 
8月10日(金)

第58便は、『札幌キリスト福音館ハンドベルリンガーズ』のメンバー9名で構成されたチームです。私たちは、カフェへの足が遠のき気味の被災者の皆さんが「何かめずらしい楽器の演奏が聴けるみたいだから、ちょっと行ってみるか!」と再び足を運んでくれたらいいなぁ…、そこでよい交わりがもてればいいなぁ…、ハンドベルの演奏が少しでも皆さんの心の慰めになればいいなぁ…そんな願いをもちながら札幌を出発しました。

 楽器、演奏台、手荷物…等々を軽自動車とワゴン車いっぱいに詰め込んで、午前10時に札幌キリスト福音館を出発。函館発午後4時25分の高速フェリー『ナッチャンWorld』に乗船し、午後7時過ぎに青森到着。青森から車を走らせ、宮古の『ホクミンハウス』に到着したのが深夜12時少し前。全員分の布団の用意をして出迎えてくれた松井姉との久しぶりの再会に、皆、嬉しさでいっぱいになりました。

 ここまでの道のりを守ってくださったこと、この地での松井姉の働きを導いてくださっていることを主に感謝し、明日からの働きを祝してくださるように皆で祈りながら、床につきました。
 
 
 
第58便
 
8月11日(土)


<本日の予定>

正午・・・・・「N仮設住宅」と「W仮設住宅」の合同自治会主催の『流しそうめん昼食会』への参加

午後5時・・・N館での演奏会  



◆『流しそうめん昼食会』への参加

 隣接する2つの仮設住宅でつくっている自治会の企画した『流しそうめん昼食会』のお手伝いをしました。

 自治会の役員さんが竹を切って手作りした全長5メートルの台を使った「そうめん流し」コーナーと、「たこ焼き」コーナーが既に用意されていた会場に、前日から松井姉が煮込んでくれていた大根・こんにゃく・ちくわに特製の味噌だれを添えた「みそおでん」、午前中にホクミンハウスでメンバーが下ごしらえした「ホタテのベーコン巻き」、6種類のシロップを用意した「かき氷」のコーナーをそれぞれ設置し、昼食会が始まりました。会にはスタッフを含めて30人ほどが参加し、太陽がじりじりと照りつける好天の下、流れてくるそうめん(だけではなく、何と!そばやゼリーも…)を、手をびっしょり濡らしながら必死にキャッチしようとしている方々は、笑顔でいっぱいでした。ボランティアの一人が美容師だったので、集会所内では希望する方の髪の毛のカットを行いました。皆さんすっきりしたヘアスタイルに変身し、とても喜んでくださいました。

 最後に、集会所内でハンドベルの演奏を聴いていただきました。暑い中でしたが、熱心に耳を傾けていただき、知っている曲に合わせて小声で口ずさんでいる方もいらっしゃいました。演奏後、希望する方にベルをお貸しし、音を出す体験をしていただきました。「重い~!」「なかなか音が出ない!」などと言いながら、楽しそうにベルを振っている姿が印象的でした。約2時間の昼食会でしたが、仮設住宅の住人の方々に喜んでいただくことができ本当に感謝なひとときでした。

 しかし、狭くて不自由な仮設住宅の生活環境。「『中学生になったら別の場所に引っ越すんだ…。』と言っていた小学6年生がとても淋しそうだった。」とのメンバーの話。外見は札幌の子どもたちと同じように笑いながら元気に走り回っている子どもたちでしたが、それぞれ心に大きな傷を負っていることを考えると、この地の復興の前進と、被災者の方々の心の癒しを祈ることの必要を改めて思わされました。

 この昼食会の様子は翌日の「岩手日報」に記事として掲載されました。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

◆N館での演奏会

 震災直後からホクミンの支援活動に大きな助け手となってくださっていた旅館のご主人Aさんご夫妻に、感謝の気持ちを込めてハンドベルの演奏を聴いていただこうと企画されました。N館一階広間には、Aさんのほかに、従業員のSさん、ご近所のNさん、Oさん、それに宮古コミュニティチャーチの岩塚先生も来てくださり、穏やかで温かな雰囲気の中、演奏をすることができました。

 N館の建物はきれいに改築されていましたが、津波で大きな被害を受けたそうです。また、Aさんご夫婦は、お二人とも津波に飲み込まれたのですが九死に一生を得る状況で助かったということでした。そのような状況の中で、この一年半の間、宮古の復興を願い前向きに尽力されてきたAさん。その人の良さそうな笑顔と豪快な笑い声に、私たちの方が励まされる思いでした。

 
 
 
 
 
 
第58便
 
8月12日(日)
 
<本日の予定>

午前・・・宮古コミュニティ・チャーチでの礼拝出席。礼拝での演奏。

午後・・・2グループに分かれて行動。

①田野畑地区の仮設住宅へ知人訪問(3名+松井姉)

②田老地区の見学(6名)



◆宮古コミュニティチャーチでの礼拝出席、ハンドベル演奏

 午前10時30分、宮古コミュニティ・チャーチでの礼拝に出席させていただきました。宮古の兄弟姉妹と共に、主を礼拝することができとても感謝でした。

 「主の御名を賛美するためにだけに演奏させてください。」と祈りつつ、ハンドベルで賛美歌を4曲演奏させていただきました。

 礼拝の後、コミュニティ・チャーチの方々との交わりの時を用意していただき、共に食事をいただきながらお話をすることができました。


 


 
 
 
◆田老地区の見学

 午後の時間は田老地区へ見学に出かけました。巨大な堤防が何メートルにも渡って破壊されている様子、その内側の土地に土台だけになった家々の跡、1・2階の鉄骨がむき出しになり3階も外壁の一部しか残っていない6階建てのホテル、塩水に浸かったために一定の高さのところまで立ち枯れている樹木…。一面に散乱していたであろう瓦礫は既に撤去されてましたが、実際にこれらを目の当たりにし、改めて災害の大きさを思い知らされました。

 帰りに宮古市の景勝地「浄土ヶ浜」に立ち寄りました。ここは津波で甚大な被害を受けた場所だそうですが、官民一体での瓦礫の撤去、施設の復旧作業、ボランティアによる清掃作業等を進め、最近、海水浴場を開設することができたそうです。海の青、岩肌の白、松の緑、そして透明な海の水のコントラストがとても美しい場所でした。自慢の場所がよみがえったことが地元の方々の大きな喜びになっているようでした。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
◆田野畑地区の仮設住宅への訪問

 ボランティアの知人がお住まいの部屋に伺い、ハンドベルの演奏を聴いていただきながら交わりの時間をもとうと出かけましたが、何と!集会場をお借りすることができ、仮設住宅に住むほかの方々にも演奏を聴いていただくことができました。皆さんとても喜んでくださいました。

 
 
第58便

8月13日(月)


2日間の活動を終え、札幌に帰る日となりました。お盆期間と重なってしまったためフェリーのチケットが5名分しか確保できず、3つの交通手段で帰札することになりました。
 午前8時45分八戸発・苫小牧行きフェリーの時間に合わせて、まだ暗い2時30分に起床し皆でデボーションの時をもちました。この3日間の主の導きを感謝し、帰りの道も主が守ってくださるよう

 

 

第57便 
 
8月6日(月)
 
今回、釧路からは私と息子(高3)の2名の参加となりました。8/5(日)~9日(木)の5日間の日程でしたが、2日半は移動日となり、実質被災者の方々と関わる活動は2日間となりました。
6日午後、雨の中、盛岡駅に大塚先生が迎えに来て下さり、まずは盛岡みなみ教会でオリエンテーションをしました。今回一緒に活動する同盟教団の4名の兄弟たちと合流。震災当初からいち早く支援活動にあたられ、労して来られた大塚先生が作られた動画やスライドを見ながら、被害の現状等の報告を受け、被災者の心の傷の癒し、魂の救いの必要を共に分かち合うことができました。
 今回は珍しくボランティア参加者6名が全て男性となりました。大塚先生の奥様が美味しいごちそうでもてなして下さり、共に食事をしながら交流を深めることができました。イエス様がそうされたように、共に食事をするということは一致して活動にあたる上でとても大切なことだと思います。
 この日は、宮古市のホクミンハウスに移動し、長期ボランティアの松井姉と再会。今回の活動の予定を確認して休みました。
 
 
 
 
 
 
第57便
 
8月7日(火)
 
心配していた暑さもなく、すがすがしい晴天の朝を迎えました。男性6人ということで一番の課題(?)が食事づくり。でもかえって協力しながら男の料理を楽しむことができたと思います。息子もフライパンをふって活躍してくれました。
 この日はH地区の仮設住宅に行き、テントを張ってカフェを開きました。ここは中学校のグラウンド
に仮設住宅が建てられており、同じ敷地でテニス部の生徒達が練習をしている状況でした。やはり徐々に暑くなり、かき氷が喜ばれました。住宅一軒一軒に声をかけて回ると多くのご婦人達が集まって来て、楽しいおしゃべりが始まります。以前は震災当時の状況を涙ぐみながら語り、不安な様子が多く見られましたが、震災から約一年半の時が経ち、全体的に少しずつ前向きになっているように感じました。
 しかし、現状は多くの仮設住宅で様々なトラブルがあることも聞かされました。同じ地区から移ってきた人同士は仲良くやっているが、他の所からポツンと来た人は中に入れず、関係がギクシャクして仮設から出て行かれる方も少なくないようです。また、元々一軒家で生活していた所から、床板がつながっている仮設住宅での生活は、隣近所に迷惑がかからないように、気を遣いながらの生活となり、ストレスも溜まって来ているようです。継続した心のケアの必要性を感じました。
 午後からはホクミンハウスに戻り、T地区のMさん宅にカレーライスを作って持っていくことになりました。長期ボランティアの永田兄、小林兄、そして高2の男子2名と合流。またしても男子ばかり、総勢10名の男子と紅一点の松井姉でMさん宅に向かいました。8ヶ月ぶりの再会、ハグして温かく迎えてくれました。ボランティアの方々をたくさん受け入れてくれて、被災者でありながら、ボランティアのためのボランティアとして活動して下さっているのですが、よりよい働きになることを願い、今後のことを相談してくださいました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第57便
 
8月8日(水)
 
午前中は、震災当時にボランティアの宿泊場所、支援活動の拠点となった旅館に向かいました。旅館のご主人Aさんと奥さんにお会いし、11日(土)にこの旅館で行われるハンドベルコンサートの内容をお伝えするとお二人ともとても喜んでおられました。そして、津波が押し寄せた時Aさんは、窓を突き破って入ってきた丸太がぶつかって流されたものの首から提げていたケイタイの紐が何かにひっかかって助かり、奥さんも地下に流されたものの偶然防火扉が閉ったおかげで水の浸入がふさがれ命が助かったこと、そしてある勘違いからこの旅館の片付けをしたことで活動拠点となり、今も良い関係で使わせていただいていることなどを知り、神様の御わざのすばらしさを覚える時となりました。
 その後、旅館の近所一軒一軒を訪ねコンサートのチラシ配りを行いました。私は一方的に説明をしコンサートの案内をしていたのですが、息子の様子を見ていると「○○館てご存じですか?」と伺いながら対話形式で案内しており、その姿からこちらの一方的な思いではなく、相手の心情をくみ取りながらお話をしていくことは、被災され傷つかれた方々への配慮としてとても大切であることを教えられました。
 また、チラシの中に何かで濡れて端の部分が滲んでいるのがあり、失礼かと思い配るか迷ったのですが、このチラシが用いられることを祈りつつ最後の1軒でお渡しすると、受け取ったご婦人が「わー、こういうの行きたかったんだ-、いつあるの?」と満面の笑みで行く約束をしてくれたのです。形ではない、体裁ではない、その人にとっての良き知らせ、福音を届けることの大切さを痛感しました。そして、取るに足りないこのような者をも主は用いて下さることも感謝しました。
 午後からはN地区の仮設住宅に向かい、前日同様にテントを張ってカフェを開きました。やはりかき氷が大盛況で、高齢のご婦人方、そして子ども達に笑顔が拡がりました。コーヒーやお菓子を食べながら、いろいろお話を伺っていたのですが、長期ボランティアの永田兄が、一人一人に優しく声をかけながら肩をもんでいる姿
が印象的でした。ご婦人方もとても喜んでおられ、体も心もほぐれているのがわかります。こうやって人々の心に入り込み、信頼関係を作りながら神の愛を伝えていること、そしてイエス様が弟子達の足を洗われたように互いに愛し合うことの実践としてされていることに感動しました。
 また、金田先生がギターで「ふるさと」や「北国の春」などを弾いて下さり、皆で歌ってフォーク喫茶さながらといった感じで、さらに和やかな雰囲気となりました。今は前述したように震災で傷ついた上に人間関係でも傷ついた心が癒されるためにも、信頼関係を築く支援を通して、神様の望んでおられる愛し合う姿に変えられていくことが求められているように思います。
 その後、私は岩塚先生がA地区の保育園、学童保育、仮設住宅を訪れるのに同行させていただきました。保育園の理事長先生は、キリスト教会の支援活動に理解があり非常に協力的な方です。この方を通して次のイベントの依頼をすることで、話しがスムーズに進み、新たな信頼関係を築いていく様子を目の当たりにしました。神様は様々な人を用いて下さること、そして神様からの知恵と工夫が必要であることがわかりました。
 仮設住宅にどうしても顔を出したい方がいるということでした。その方はお体が不自由で車いすのためカフェに出て来られないのです。そのため岩塚先生が必ずその方のお家に伺い、お声をかけていらっしゃるのです。先生が入ると満面の笑みで迎えました。そして「この人は神様だ。」と言うのです。「いや、私は神様でなく、イエス様だけが神様なんですよ。」とのやり取りに、深い信頼関係と必ずやこのご婦人も救われることを実感しました。そして、手を置いて祈るのでした。このような、地道な関わりの継続を通して、引きこもっていた方が外に出られるようになり、アルコールに依存していた方が解放されていっている様子も伺い、現地での長期で関わる支援は本当に尊い働きだと思います。
 私は釧路からタンチョウ鶴の写真を持って来たのですが、このご婦人も目を輝かせて喜んで下さいました。また、学童でも小学生に写真を見せたり、北海道のクイズを出したりして、一緒に楽しむことができました。
そして、去年10月にこの仮設を訪れた際に撮った写真を持って来たのですが、その方々に再会して写真をお渡しし、喜んでいただくことができました。その瞳の奥には、再び来てくれた喜び、忘れ去られていない安心感が表れているようにも感じました。
 今回は実質2日間のボランティアとなりましたが、中身の濃い支援活動になったと思います。現地に滞在し長期で関わるボランティアの方々の働きの大きさを実感すると同時に、この方々が疲れて倒れてしまわないためにも、また震災で傷つき人間関係で傷ついた被災者の方々が、忘れ去られていくという傷を負わないためにも、このホクミンの短期のボランティの継続はとても大切であると感じます。
 これからも多くの方々がボランティアとして参加し、支え合っていけるように祈っていきたいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2012年7月26日

お知らせ
 
東日本大震災から一年半、多くのお祈りと、ボランティアへの参加、支援品・支援金によって被災地支援にご参加くださり、誠にありがとうございます。
 
さて、北海道から毎週派遣してきたホクミン支援便の派遣を、2012年8月をもちまして終了いたします。
 
8月末までは、これまで同様にホクミン支援便を派遣してまいりますので、ぜひご参加ください。
 
なお、9月以降も、引き続きホクミンから現地スタッフを派遣して、ホクミンハウス(岩手県宮古市)を拠点に、支援活動を継続します。
 
また、北海道等から現地へ出向いてボランティア活動を行う方々のために、活動拠点・宿泊所としてホクミンハウスを提供します。
 
支援金の受付も継続してまいります。
 
これからも、お祈りくださり、支援にご参加くださいますようお願いいたします。
 

子供用衣類 募集
 
現地から、子供用の衣類、下着類の要望がありました。
子供は、どんどん成長し、体が大きくなるので、毎年体にあった衣類が必要です。
被災後に届けられた衣類は、もう合わなくなってきています。
 
支援物資は、災害支援本部で受け付けています。
新品かそれに準ずるものでお願いします。
 
 
 
2012年6月22日

ボランティア募集中
現在,7月15日(日)出発便以降を受け付けています。夏休みを利用してのボランティアをお考えの方、ぜひご参加ください。
 


第56便
 
6月21日(木)
 
本日の活動予定はJ地区仮設住宅でのカフェ開催、同地区仮設住宅全戸へのお米の配布などです。
J地区でカフェの準備をしていると3・11岩手宣教ネットワークからスイス人二名と大阪からのスタッフ一名が加わり計九名での奉仕となりました。
一件一件戸別に回って歩きカフェ開催のお知らせをしているとある男性から声をかけられ、しばらく立ち話をしました。「他の地区の仮設住宅は支援物資やボランティアは多数来るのにここは全然来ない。いつも支援物資をたくさんもらって米なんか買った事が無い、という地区もあるらしいがここはそうじゃない。テレビ局も芸能人も来ない。テレビに写る宮古は駅前なんかの整備が行き届いた場所だけ。あんたらもいつか来なくなるんじゃないかと思うと不安というより恐ろしい。」と苦笑気味に話してくださいました。
カフェ開きとともに数名の方がいらしてくださり、雑談をたくさんし、とてもリラックスした雰囲気です。
カフェには献品された聖書、絵本や文庫本など多数書籍を展示しますが一人の婦人が書籍の中からガーデニングの本を手に取り、いろいろな岩手に咲く花のお話しをして、ボランティアにも地元で咲く花を尋ねていました。スイス、英国、北海道、千葉、広島、大阪、と各方面から来たボランティアとお話しが出来てとても楽しい、と言ってくださってます。
今日も姉妹のすばらしいハープ演奏とイエス様の救いの短いメッセージでカフェも恵まれた空間となりました。
カフェが終わり、後片付けをしていると先程までいたカフェにいた婦人の一人が震災時の津波の話をしてくれました。
J地区の港はひょうたん型の湾状になっていて大津波がひょうたんの入口にぶつかり、さらに巨大な津波となり、村を襲った、との事。認知症の母親をなんとか知り合いの車に乗せ、高台に向かわせ自分は走って高台に逃げた、と。膝まで水に浸かり必死で逃げ、なぜ助かったかよく覚えていない、さっきまで「早く山に逃げよう。」と話していた近所の人が未だ見つかっていない、と話してくださいました。
今はこうして人に話せるようになったんだけどね、という言葉が印象的です。
夕飯は岩手宣教ネットワークととても関わりの深いT地区のMさん宅に九名で伺い、ともに夕食を食べました。元は旅館、という広い造りの家で九名でも充分くつろげます。
一階部がほとんど泥だらけで出す時の苦労話、電気が通るようになるとボランティアの基地的な役割になった話などを楽しそうに話しています。
ボランティアスタッフもワイワイと騒いでも気にしない、気にしない、と言ってくれます。
ボランティアスタッフもまるで我が家のようにくつろぎ、逆に励まされる風です。
スイス、英国からのスタッフになんとしてもおみやげを、と銅製のバランストンボ(背に十字架つき)を夕食後作成してくれました。
なぜ十字架?という問いに「教会の人がいたから…」と照れ臭そうにつぶやきました。

今回スタッフとして参加し、とても印象的だったのはある地区の婦人の言葉。
「震災からもう一年以上経ち、仮設の人はもう我慢するのに疲れ、我慢を放棄しはじめている。」という一言。
実際その地区でのカフェは非常に盛り上がり、和気あいあいとしていたが座る座席は出身村落ではっきり別れていて、互いに不満を抱えたまま、同じ空間にいて、ある人は大声で笑い、ある人は挙動不審にキョロキョロ周りを見渡し、ある人は泣き出す、という様子も伺えました。
それでもこういう催し物(カフェ)をしてくれるのはありがたい、と言ってくれています。
もしわだかまりが爆発しても皆で集まる理由があるのはとてもありがたい、と。
ただ平安を祈るばかりです。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
  
第56便 
 
 6月20日(水)

昨日から降っている雨は小降りにはなっていますが断続的に降っている状況。
活動の前に昨日カフェのお手伝いをしていただいたキリスト伝道団の皆様が宿泊しているN館に松井姉が伺い、そこの玄関先で伝道団の皆様と一緒に礼拝し恵みにあずかった、との事。その旅館は津波災害時、水害もさることながら、海にくくりつけていた大きな丸太が何本も一階部に流れ込んできて、それは現状復帰に当人方も支援する3・11岩手教会ネットワークも大変な労力・忍耐力を要求された、との事。
主に感謝です。
その後キリスト伝道団の皆様と別れました。キリスト伝道団の皆様は宮古コミュニティチャーチに夜間点灯する十字架を献品された、との事で今回初めてその十字架を見た、との事です。
その後K地区の仮設住宅・集会所でカフェを開きました。 3・11岩手教会ネットワークから兄弟姉妹三人加わり6人で奉仕です。
カフェ開きの予定時間より前に数名の方がいらしてくださり、仮設の方にこの活動が浸透している事を実感しました。
あっという間に10人以上集まり、よく声を出し、よく笑う方達で皆で風船をふくらましてバレーなどしてとても喜んでいただきました。
その後3・11岩手教会ネットワークのメンバーで英国から遣わされている姉妹のハープ演奏を行いました。
初めてハープ演奏を聞く人も多く、その澄んだ音は集会所内を瞬く間に癒しの空間に変えました。岩手ではお馴染みの「北国の春」も演奏、歌詞カードを用意し、皆で歌いました。
「花」という沖縄の曲を演奏する前に、「私には被災地の皆さんには花はあげられないかも知れないがイエス様ならそれが出来る。」と話してから「花」を皆でハープに合わせ歌っていると一人の婦人が突然感極まって泣き出しました。先程まで大きな事で笑っていた方です。
近寄った松井姉に今の心境を吐露し、いつ終わるとも知れない仮設住宅の生活の不安を訴えられました。「慈しみ深き」を演奏し、皆さん平安のうちにカフェ終了。
普段の笑顔に隠された不安や我慢がイエス様によって明らかにされ、不安が取り去られますように皆で祈りました。
ホクミンハウスに戻り飛騨高山教会から届けられた210 キロのもち米と250キロのうるち米を兄弟姉妹五人で袋に小分け  にしました。もち米は1キロ袋にうるち米は5キロ袋に。明日の仮設住宅50戸すべてに配布します。
 
 
 
 





 
 
 

第56便
 
6月19日(火)

今日の活動は田老地区の仮設住宅でカフェの予定。早朝より兄弟姉妹三人でみたらし団子の用意をし、出発。本日は超教派からなるキリスト伝道団の方達(老若男女5歳から75歳・牧師三名含む) 11名がカフェ奉仕に参加してくれます。

仮設住宅の集会所にカフェのセッティングの際、社協(社会福祉協議会)の職員の方とお話ししましたが、カフェについてとても理解を示してくれていて、今や必要な支援、日常のひとこまとなっていると感じられます。一軒一軒戸別訪問し、カフェ開催の告知をします。「宮古の教会から来ました。」という切り出しでお知らせしますが反応はさまざま。「教会」と聞くだけで拒否反応起こされる方もいましたし、またやっているんだね、と言われる方も。常連さんと言っていい、とても喜んで歓迎してくれる方達を見ると紆余曲折を経て少しずつこの働きが浸透してきたのだ、と感じられます。

カフェも大盛況で来られた皆様にはとても喜んでいただけました。元漁師の方いらしてポツリポツリ自身の状況を話してくださいました。

この津波で家族は無事だったがなによりつらいのは60年以上続けてきた漁師という仕事を奪われてしまった事だ、言われてます。今朝もその事で夫婦喧嘩をして家にいるのがつらくなりカフェに来た、との事です。

また、若い漁師の方は船も流され途方にくれている、とコーヒーを何杯も飲み話してくれました。

カフェが終わり、キリスト伝道団の方達と田老地区の被災区域を見ました。未だ撤去されていない沿岸部を目の当たりにして「必ずこの現状を自分の教会にもって帰り自分の言葉で伝えます。」と言ってくれる兄弟姉妹が多数いた事は感謝です。この日の夕食時、宣教ネットワークに初期から支援続けている兄弟が深く関わりのある被災者に「お前に本当の孤独がわかるのか。」と言われた、と少しへこんでいました。ただ、松井姉に「孤独なんだ、と吐き出すだけでその人は少し楽になったんだよ。」と言われ勇気づけられています。
その事を皆で祈りました。

台風4号の影響で落ちてきた雨がホクミンハウスに一晩中激しく降り注いでいます。

 


 


  
 
 
 
2012年6月19日 

第56便

6月18日(月)

ホクミンハウス12時00分到着。札幌と違い信号機に住所札がなくたどり着くのに手間取りました。
松井姉と大阪堺市から来ている姉妹が出迎えてくれる。しばし宮古の状況を聞き、交わりなどの後三人で被災地、仮設住宅をみて回りました。そして大槌町の「やはた」へも行きました。ここはホクミンの活動とは切っても切れない場所で滞在支援している松井姉もここでは心底リラックスしている様子。初対面の二人にもとても気さくに接してくれて、とても祝福されたひとときでした。そこでは、松井姉たちが「やはた」の人々が頭に巻いている手拭いにとても関心を示し、その巻き方(剣道巻き)を伝授してもらうことに。みんなで頭に剣道巻きをして盛り上がり、和気あいあいとなりました。三人とも手拭いを店の人からいただき感謝しました。カフェでは奉仕者皆でつけようか?という意見もあります。
理由として ・つけはずしが楽 ・衛生的などがありますが、つけていてなぜか楽しい、おしゃれ、というのが実のところです。






2012年6月12日

第55便
 
6月5日(火)

支援地区:鍬ヶ崎地区

今回は札幌西福音キリスト教会・札幌八軒キリスト教会の合同チームで13歳~70歳まで、8名のチームです。
昨日(6/4)は宮古に入り、田老・山田・大槌をまわってこれからの活動のために祈りました

今日は実際に仮設住宅を訪問し、活動しました。
<活動内容>
・宮古市の海側にある「鍬ヶ崎」という地区を中心に4か所の仮設をまわり支援物資の個配
・集会所でカフェ(茶菓とランチ)を行い、お話を伺う
・鍬ヶ崎小学校のキッズとサッカー
・トランペットの演奏
<ひとこと>
集会所でのカフェで、仮設住宅ではなく家を借りて生活している方とコンタクトを取ることができました。みなし仮設として支援を受けている
方ですが、みなし仮設の方はなかなか会う機会が少なく、口コミでしかコンタクトをとれなかったので出会いを与えられて顔見知りになることができ感謝でした。
また、予定にはなかったのですが小学校のキッズと2歳の男の子とサッカーをして遊びました。
仮設住宅の多くは公園などのスペースに建てられているので子ども(特に小さい子)の遊び場がなく、困っているとの話があり子どもたちと一緒に遊ぶのも支援の一環として
とても意味があることと思いました。

明日はまた別の仮設住宅でインドカレーを出す予定です。
祈りの支えをありがとうございます。






第55便
 
6月6日(水)

今日の宮古は天気予報とは打って変わって初夏の日差しで暑くなりました
岩手はリアス式海岸のためか天候が変わりやすく被災地でも体調管理に気を使うそうです。

今日の主な活動地区は宮古市の赤前地区の仮設住宅でした。

<活動内容>
・仮設住宅にてカフェとランチにインドカレー
・集会場で開くのと合わせて、各世帯に配達をしながらお話を伺う。
・カフェにてトランペット演奏
・夕方、宮古のためにチームで集中的な祈りの時間をもつ
・次の日の準備等

<ひとこと>
・カフェを開く前に、仮設住宅を1軒1軒まわって訪問する中で仮設にすむ方々と交流することができました。みなさん、プランターで
提供された野菜を育てたり、花を植えたりしておられました。
話をすると「少しでも明るくしたいから」とのこと。そういった姿にこちらが励まされるばかりです。
被災地では仮設住宅に住む50%の方は1年前と比べて元気を取り戻しているそうですが、15-20%の方々は逆に以前より落ち込みや体調が
悪くなっているそうです。そういった方々は私達が開くカフェなどには
出て来れない現状なので、こちらから祈りつつかかわっていく努力が必要です。
・カフェでは茶菓と共にランチとしてインドカレーを提供させていただき、大変好評をいただきました。しかしながら集会所にて行っているカフェに
なかなか来にくい、また来たくても来れないという方がいるのも現実で、手分けしながら配達にチャレンジしたところ、50人の想定に対して
70人以上の方がカフェやカレーを利用していただくことができました。
・この配達は食べ物だけではなく、トランペットの演奏にもリクエストがあり、91歳の車椅子で生活されているおばあちゃんのお宅にお邪魔して演奏を
行い、お話を伺い、ご本人の希望もあってお祈りする時間を持ちました。
このように仮設を訪問して、お宅にまで御邪魔できるまで関係ができてきていることも、これまでの活動あってのことと思って感謝です。このバトンを次の
チームにつなげていこうと切に思わされました。
・仮設くらす方々の中には、農業をされていた方々も多いです。そういった方々は土をさわり少しでも野菜を育てているとほっとすると話されていました。
しかしながら、ご自身の畑はほとんど波をかぶってしまっている状況です。
これからは、畑を使えるように手伝ったり、実際に農作業を一緒にするなどの活動も悲しみに寄り添う手段になるかもしれないなと思いました。












第55便

6月7日(木)

今日6/7は第55便の活動最終日となりました。 
田老地区にある仮設住宅でカフェとランチのボランティアをしました。
ここはホクミンのボランティアでも継続してボランティア活動を させていただいている地域です。

<活動内容>

・カフェを通しての傾聴、ランチ(オープンサンド)の提供と配達。

・集会場になかなか出て来られない方々を訪問し傾聴

・集会場にてトランペット演奏



<ひとこと>

・55便最終日となり、田老地区での活動終了後その足で八戸に向かい帰途につきました。今回の奉仕のなかでも神様がチームの関係を守ってくださり、あっという間の時間を支えて下さって感謝です。また各教会での祈りやレポートを見ながら気にかけて下さっているすべての皆様に心から感謝します。

・カフェを通しての活動は、集会所に来てくださる方々とともに、訪問や配達をしながらお話を伺うことにも重点をおいて活動しました。その中で、男性方や若いご夫妻などでカフェを開いていてもなかなか参加しづらい現状があるのに気がつきました。そういった方々もこちらからニーズを探して届いて行く必要を感じました。

・来週から漁業は再開するそうですが、仲間を失った方が多い田老地区のみなさんは複雑な気持ちも混ざっていると仰っていました。また一方では海に対して、1人になると恐れが出てきたり、逆に海に向かって全てを奪われた怒りを毎日ぶつけているというかたもいました。被災地での支援には継続性が必要です。実際、緊急支援の時期が一定のめどが見え始めていますが、それだけにもうボランティアがないのではという不安感もありました。これからは次のバトンをつなぎながら、より本質的な必要に届く知恵が必要だと感じました。







2012年5月25日

第54便
 
5月22日(火) 2日目
 
二日目は高校グラウンドにある仮設住宅の集会所でのカフェの開催
12時からコーヒーやココアなどを用意していると住民の方々も集まり始め自然とお話に花が咲くというとても和やかな雰囲気となりました。
また、昼過ぎに、長野県の教会から宣教師のナオミ先生と教会員の方々が合流されました。
ナオミ先生はほぼ月一で9時間かけてご自身で運転して宮古へ出向き活動されているとのことで、住民の方にもすでに顔なじみ、むしろ大人気といったかんじです。先生はクッキーやケーキを焼いて持ってきてくださいました。この美味しいお菓子にみなさんいっそう笑顔になられたように感じます。
また、この日はカナダの学生バンドがきてくれて演奏を披露してくれました。穏やかな賛美歌やからだをみんなで一緒に動かす曲など盛りだくさんで、こちらもカフェを大いにもりあげてくれました。
カフェ開催中に私と妻とで、前日フライヤーを配った際に気になった方のところへ再度お邪魔させていただきました。
なぜ気になっていたかというと、カフェの開催は知っているけどなかなか行けなくてとおっしゃったときに何かもっと話たいことがあるのではと感じたからでした。
実際に再度訪問させていただくと、とても重要なことに気づかされました。
ひとりの老婦人なんですが、ひざを痛めていて身体的につらいためあまり出歩かなくなっているとのことでした。また、割りと遠くからこの仮設住宅に入ったため元々のご近所付き合いがなく、なかなかコミュニケーションがとれないままになっていて今さら集会所に顔を出しづらいとのことでした。ご高齢のご主人との二人暮らしで、ご主人も体調がすぐれず二人で仮設住宅のなかにいることがほとんどだそうです。ご主人は趣味がない方で友達と遊ぶということもないそうです。
夫人の一言がとても切実に感じました。
「一日、いや一時間でも離れたい」
狭い仮設住宅のなかでほかに人付き合いがなく、いらいらするとついお互い相手に強くあたってしまうこともあるそうです。
ストレスがたまっているとはっきりおっしゃっていました。
たまの息抜きに温泉でもいきたいがバスの便が悪くなかなかかなわいともおっしゃっていました。
このようにカフェでコミュニケーションの場を設けつつ、カフェにすらこれず一人で苦しみや悲しみの中にいらっしゃる方にも接していく必要があると感じました。
 
 
 
二日目のカフェ終了後、翌日のカフェ開催先へフライヤー配りにお邪魔しました。
いつもご苦労様と声をかけてくださるかた、とくに無反応なかたなどいろいろですが、イエス様の御業の香りが伝わることを祈りながらお知らせをさせていただきました。
この夜は、明日のカフェの買い出しと夕食の買い出しとを済ませ、ホクミンハウスにてインドカレーを作り、皆さんと共に過ごしました。
ゆっくりと分かち合いができて最高のひとときとなりました。
 
 
5月23日(水) 3日目
三日目の活動は高台にある仮設住宅でのカフェの開催。
この日は長野からいらしたアメリカ人宣教師のナオミ先生がパスタを手作りしました。
朝からホクミンハウスのキッチンで大量の野菜をいため、これまた大量のパスタをゆでまぜまぜ。
一致団結の作業となりました。
お昼前に到着してカフェの準備をしているとまだ予定の時間まえにもかかわらず多くの方が集まりはじめました。
みなさんから楽しみにしていたとの声をいただきほんとうありがたい気持ちになりました。
また、集会所には来れない方には、パスタの出前をすることになりました。
パスタをお持ちした際にふたこと、みことでも、お話できたことに感謝です!
おかげさまででパスタも完売!
お鍋は空っぽ、でもわれわれのこころは充実感でいっぱいです。
ほんとうに主に感謝します。
この後、少しあいた時間に松井姉妹の運転で田老町の仮設住宅やスーパー堤防のあたりを案内いただきました。
 
三日目の活動が終わり、夜はホクミンハウスで鍋をつつきながら、活動して感じたことなどを分かち合ったり、証をしあったりととても充実した時間となりました。
今回、正直自分にできることなんてなにも無いのではないかと思いながら、宮古入りしました。
 
 
 
5月24日(木) 4日目
 
四日目最終日の活動は、野田村にある仮設住宅の集会所でのカフェの運営です。
野田村は村役場も波を被るほどで街の昨日は壊滅状態だったそうです。
10時と少し早めの開催に関わらず、20名を超えるかたにお集まりいただきました。
私がお話させていただいた女性から嬉しい言葉をいただきました。
元々小さな村なので顔はしっていたけども、仮設住宅にはいってからは、このようなカフェがなければなかなか話す機会はなかったとのことです。
定期的に開くカフェを楽しみにしていてくださったようです。
本当に感謝します。
このあと、盛岡から来ている永田兄弟の伴奏で、ふるさとやアメージンググレースなどを合唱させていただきとてもよい時間を持つことができました。
このあと長野に戻る姉妹たちとはここで別れ、午後の活動へ。
午後は、野田村に点在する仮設住宅をまわりお米を届けさせていただきました。
お米を配りながら、困ったことや不足は無いかなどお伺いしていきます。
なかなか、すぐに打ち解けれるものではありませんので次に訪問する兄弟姉妹にうまくつながっていってほしいと祈りながら一軒一軒お邪魔させていただきました。
これにて、最終日の活動は終了。
松井姉妹に見送っていただき帰路へつきました。
 
写真は野田村の田んぼ。津波により塩を被ったが復旧し始めている。
 
 
活動を終えて

第54便は釧路から夫婦二名でのチームとなり、牧師もいないチームで他との合流もなく自家用車での単独宮古入りというイレギュラーなものとなりました。
正直不安や役に立たないのではという思いもありましたが、本当に行って良かったと感じています。宮古へこのタイミングで二人を送ってくださったのにも主の計画があったのだと本当に感謝します。
私の被災地派遣の任務はまだ終わっていません。
この経験を一人でも多くのかたに伝え
次に宮古に導かれる兄弟姉妹のために祈っていきたいと思います。
このたびの派遣のために、尽力いただいたみなさん、祈っていただいたみなさんに心から感謝申し上げます。
最後にお祈りします。
 
ハレルヤ
天の愛するお父様、御名を心から賛美してお祈りします。
ホクミンの被災地派遣54便として現地への道をわれわれに開いていただきありがとうございます。
行き帰り、活動中の安全もあなたによってまもられたことを感謝いたします。
被災地でのボランティア活動は、瓦礫撤去などの目に見えるものはだいぶすすんできましたが、心に傷を負った方々の精神的な復興はこれからが本番です。今こそあなたの働きてとして、全世界の兄弟姉妹が心を合わせ祈り、奉仕できるようお願いします。
これからも現地にのこり活動される兄弟姉妹の事を霊的にも肉体的にもあなたが常にそばにいてくださり、お守りくださいますようおねがいいたします。
また、これから55便以降もあなたによって適切な人材を適正な時に遣わせていただきますようお願いいたします。
被災地の方々、全世界の兄弟姉妹のうえにあなたの祝福がありますように
唯一の救い主であるイエス様のお名前でお祈りします。
アーメン
 
 
 
2012年5月24日

第54便
 
5月21日(月)
 
初日の活動は翌日の仮設住宅でのカフェ開催のお知らせにまわらせていただきました。
今回お邪魔した仮設住宅ではすでに何度もカフェを開催しているので、宮古の教会からお邪魔した旨をお伝えすると、いつもご苦労様と声をかけていただくなどしました。
先発で活動された方々の働きの大きさや継続の力の大きさを感じます。
その後松井姉妹の計らいで、山田町など他の地域へ車で連れて行っていただき、被災状況や復旧の具合、仮設住宅の所在など細かな説明をいただきました。震災直後から活動されている松井姉妹だからこその説明だと実感しました。
その後ホクミンハウスに戻り、トラクトに宮古コミュニティチャーチのスタンプを押す作業や支援物資としていただいたもち米の仕分けなどをお手伝い。祈りをこめさせていただきました。
この日の夕食は、食材を買い出し野菜だらけの夕食をつくり、松井姉妹とわれわれ三人でとりました。
初日は運転のつかれもあり、速攻爆睡です。
 
 
2012年5月23日

第54便
 
5月20日日曜日快晴

釧路福音館での礼拝を終え、14時30分に出発!
池田インターチェンジから道東道へ
20時30分濃霧の苫小牧に到着、夕食後フェリーターミナルへ、窓口でなんだかんだありながら乗船手続きを終え待機。
23時乗船開始、二等室に寝床をつくり明日の運転に備え早々にねにはいる。
海は非常に穏やか。
 
21日7時30分八戸到着
こちらも濃霧のためあたりは全く見えず。
走り始めてしばらくすると霧がはれ、素晴らしい青空がでてきた。
天候にめぐまれ本当に主に感謝。
しばらく内陸側を走るため被災したかどうかもわからないような景色が続く。
 
岩手にはいり、報道などで聞き慣れた地名が看板にで始める。
われわれはまず久慈港へ立ち寄ることに。
久慈も死者、行方不明者を出した街である。
ネットで被災直後の画像を確認し見比べると、被災した建物も目に付くが瓦礫の多くは撤去され港の機能を復旧にむけているのうにみられる。
 
 
 
 
続いて野田港に
一見穏やかな砂浜に見えたが、防波堤はぐちゃぐちゃに破壊され、大きな力が加わったことがうかがえる。
港では、荷揚げ場が新築され地元の方が海藻の水揚げを行っていた。
 
 
 
その後国道45号線を南へ
天候にめぐまれ、三陸の海岸線の海と緑の美しさを体感
 
車はいよいよ田老町へ
カーブを曲がりきると突然田老町の姿が目に飛び込んできた。
なにもないというのがわかりやすいのかもしれない。
あたり一面コンクリの基礎のみをのこしてすべてが流されてしまったとのこと
田老町には過去の津波の経験からスーパー堤防なるものが築かれていたが、津波はこの堤防までも容易く破壊してしまったようす
この堤防の上からあたりが見渡せた
妻と二人まさに言葉を失ってしまった。
 
 
 

後に松井姉妹から聞かされたが、夏になると雑草が生い茂り元々野原であったように見えるため被災した状況がわかりづらくなってしまうとのこと。
その後堤防をこえて港をみにいきました。当然港としての機能はほぼ壊滅。
そのなかでも急ピッチで共同の海産物加工場の建設が進むなど復興にむけた勢いも感じられる。
 
再び宮古に向けて走り始めると、すこし斜面になった箇所では被害を受けなかった住宅も何軒かみられた。
本当にわずかな高さの差が大きな差を産んでいたことを目の当たりにする。
そして、いよいよ目的地である宮古へ到着。
 
正直感じたのは、被害を受けたのか一見わからないくらいにいつも通りな生活がスタートしているように見えること。こののち松井姉妹の説明で本当の問題がなにであるかを教えられた。
宮古にはいるとまっすぐホクミンハウスへむかう。
松井姉妹とお会いして直後、宮古コミュニティチャーチの岩塚牧師が、翌日の活動のためのフライヤーをもっていらっしゃいました。
このとき、牧師から大きな喜びをうけた旨を報告いただきました。
仮設住宅への訪問を続けるなか、一人の引きこもりがちになっているかたから見舞い(牧師は活動中に骨折)と感謝の旨を手書きの手紙でいただいたそうです。
活動が長期化するなか、松井姉妹や牧師のなかでも自分たちの活動がこれでいいのかという思いが浮かぶこともあるそうですが、これは本当に励みになったそうです。牧師は午前中いっぱい涙がでたとのこと。
現地のスタッフの働きが本当にイエス様によって支えられ、祝福されていることを身をもってかんじることができました。
 
 
 
2012年5月18日

第53便 5月17日(木) 
 
今日は泥の撤去!天気はうす雲かかった晴れ!直射日光にあたらずに作業が出来、非常に仕事が捗りました。

しかしこの雲は巻層雲と呼ばれる雲で、この雲が見られると天気が悪くなることが多いそうです。
今回も例外ではありませんでした。
午後に入ると、雷の咆哮が聞こえた次の瞬間大粒の雨がザーザー降り始めました。
そんな中作業に励みました所、なんとか泥の撤去作業を終えられました。

作業中、雨が余りにも強くなりすぎたために何度か作業を中断しましたが、その都度休憩場所を近所の方に提供してもらい、その時間に良い交わりの時を持つことが出来、感謝でした。

明日は塩水に浸かって、酸性になった土に石灰を撒く作業を行います。
 
 
 
 
2012年5月17日

第53便 5月16日(水)
 

今日も枯れた街路樹と泥の撤去!  天気は快晴!
撤去作業に勤しんでいると天気のおかげか、沢山の地域の方々が声をかけて下さり、とても良い交わりの時を持つことが出来ました。
そのなかで、地域の方々が色々とご要望を言って下さり、チームが地域の方々に受け入れられていると、強く感じられました。

最近になって大船渡ではボランティアの人間が減ってきているそうです。必要を叫ぶ声は大きいけれども、それに答える声はどんどん小さくなってきている。そんな現状を打破するためにも、ますます多くの祈りと働き手が必要だと強く感じられました。

明日は街路樹の撤去は終了したので主に泥の撤去を行います。
 
 
 
 
 
2012年5月16日
第53便 5月15日(火)
 

今日は枯れた街路樹と泥の撤去!しかし天候は昨日の快晴からうって変わって雨。しとしとと降る雨の中撤去作業に勤しみました。
雨足が強くなるころ、近所の商店街の方からのタオルの差し入れを頂き、良き交流の一時となりました。

その後泥だらけになった体を洗うために温泉施設に入りました。
そこでは津波の後発見された、持ち主不明の位牌や賞状、写真の数々が持ち主の帰りを待っていました。

復興は大分進んでいると思っていた大船渡。
しかし津波の傷跡はまだこの様な形で生々しく残っていて、改めて自分が今被災地居ることを強く感じさせられました。
この地にますます、主の慰めと癒しが増し加えられます様に、祈りに覚えていきたいです。明日は今日撤去しきれなかった街路樹の撤去と泥の撤去と作業を行います。
 
 

 

 

2012年5月15日

第53便 5月14日(月)


深夜0時から乗り込むこと7時間半。 船を降りて先ず目に飛び込んで来たのは真っ青な空。天気は雲一つ無い快晴!
麗らかな朝でした。

お昼頃いわて教会ネットワークの方々と合流し車を走らせること二時間、大船に入る。
災害時は1メートルを超す津波の被害により、汚泥と瓦礫に囲まれ、完全撤去までは、三ヶ月を要したというこの町も、今では瓦礫はすかっり無くなっており、町には穏やかな空気が流れていました。

しかし、そんな中でもまだ完全に津波の被害は拭い去られてはおらず、海水に浸かった街路樹や花たちは完全に枯れてしまっていました。

明日はその枯れた街路樹を撤去してその後海水に浸かった泥の撤去を行います。







 2012年5月6日

第52便 4月30日(月)
 
今日は、愛宕小学校でカフェをしました。自分の関わった人は皆明るく、吹っ切れているのかな?と思いました。
しかし、外に出てこれない人もいる。その人と話すことが必要。と気づかされた。明日からは、そういう人と関われるようにしたい。
その他に、鹿児島から来たチームの人々が新ジャガを持って来て下さり、早速配達していました。



第52便 5月1日(火)

今日はGPにある避難所でカフェをしました。GW中な事もあり、人が少なく、余り来て貰えませんでした。
しかし、GWに出掛ける事が出来るということは、素晴らしい事なので、良いことだったと思います。
又、田老や大槌に行き、未だに残る震災の爪痕を見て来ました。瓦礫は未だに残っており、住宅地だった場所は、家の土台しかない。
お供えのように置かれていた犬の人形を見たとき、一番に空しさを感じました。

大きな力で、問答無用に破壊され、流されていく・・・。しかし、そんな中でも頑張ってる人にも出会いました。
震災にあったから知り合って、ずっと繋がっている。
それも、素晴らしい神の導きなのだと思います。
悲しいこと、苦しいことだったことは間違いないですが、全てに感謝して、活動を続けて行きたいです。



第52便 5月2日(水)

今日は、さくら公園など3ヶ所の仮説住宅へ、お米の配布をしました。 直接手渡し出来た方には、喜んで頂き、大変に感謝でした。
又、偶々同じボランティアとして来ていた、岩手生協(coop)の方と色々な話が出来たり、 ホクミンハウスの物資の整理をしたりと、ボランティアをしているものどうしの関わりを持てたことも感謝でした。

因みに、生協の方々は、お花見を開くために来ていて、お昼をご一緒させて頂きました。 美味しかったです。



 第52便 5月3日(木)

今日は、樫内の仮説住宅へ、カフェを開くために行きました。 大雨の中、談話室が満帆になるほどの人が来て下さり、大変感謝でした。

又、自分と入れ違いで来た、合同教会の方とも、短い時間ながら交わりを持てたことも感謝でした。
自分は、今日で最終日ですが、被災者の方とも、ボランティアの仲間とも、沢山の関わりを持つこともでき、祝福に満ちた4日間でした。

しかし、被災地の状況は、未だに芳しくありません。 これからも支援し、祈っていく事の重要性を改めて感じました。
又、行きたいと思います。







2012年4月21日
第51便 4月18日(水)
 
朝、アメリカのニュージャージーから一名が加わり、9人のチームになりました。
 
この日はホクミンハウスから少し離れた赤前小学校に行きました。
仮設住宅はどこも似たような造りですが、場所によってインターホンや玄関フードのような物が後付けされており、
地区によって紹介されるもの、提供される物に差があるようです。
 
準備を終えて、そば打ちカフェのスタートです。
 
 
 
各宅に案内をした時、出前を希望された方の所にはできたての手打ちそばを届けました。
その中の一人で車椅子の生活をしている老婦人がいました。
おそばを部屋の中までお持ちすると、そこは本当に限られたスペースであることを実感しました。
車椅子で身動きするにはかなり慎重にならなくてはいけません。
その方は以前に転倒したことがあるだけに、今はずっと部屋から出ず、静かに暮らしているそうです。
震災時の経験を語りながら、泣かない日は無いと言います。
少しずつでも、本来の明るさを取り戻し、おばさんらしく生きれるようにと祈りました。
 
 
 
カフェには今日も30人程が訪れました。
中には、他の仮設住宅から来られ、自分達の地域でも開いてほしいと願う方もいました。
又、御自身も被災されながら仲間と支え合って手芸教室等を行い、集まることを促している方達の姿が印象的でした。
 
 
カフェを終え、宮古コミュニティーチャーチを訪ねました。
岩塚先生ご夫妻にお会いしてお話を伺いました。仮設住宅の規模によっては集会所が無く、
お互いを知る機会があまり無いのが現状だそうです。そのような交流を必要としている区域にも届いていけるようにと祈りました。
 
 
その後、田老地区にイベントの案内を配りに行きました。海の見える高台にある、大きな仮設住宅でした。
ホクミンと付き合いが長くなった御婦人から、りっぱなワカメをいただきました。
いつも、何かを差し出そうとする方達に出会い、教えられています。

 
第51便 4月19日(木)
 
この日は比較的大きなグリーンピア仮設住宅に行きました。
集会所に向かう途中、復興工事が進められている様子をたくさん目にしました。海風が吹く中、懸命に作業が進められていました。
 
 
 
準備を終えて、早速、各お宅に声をかけて回りました。
ある年配の御婦人は、ずっとずっと気を遣って過ごしておられるのでしょう…
膝をついて自分よりずっと若い私たちを、ねぎらってくださいました。
 
カフェに来られた方達は、おそばとお茶を楽しんでいました。珈琲とココアは大人気です。
朝風呂帰りのおじさんたち、手づくりの作品で盛り上がるおばさん達の緩やかな宮古言葉が飛び交っていました。
入口に置いてあった本も何冊か持ち帰られていました。
 
 
全ての行程が終わり、ホクミンハウスで感謝の時を持ちました。
宮古の方々が身近な存在になったことは大きな収穫でした。
又、今回一緒に活動できたチームとの出会いも大きな恵みでした。
 
 
 
 
2012年 4月18日

第51便 


海のうねりで到着が遅れると予想されていた船でしたが、無事、予定通りの時刻に八戸港に着くことができました。

青森の気温は10度。天気は良好!春の日差しがまぶしいくらいでした。車を走らせること2時間、野田村に入りました。

震災当時は道路もライフラインも遮断されて孤立していたこの村も、一部の瓦礫堆積場には瓦礫が何もなくなり、街並みも綺麗に整えられてきていました。

一時は水につかっていた地域一帯にも仮設店舗が建てられ、事務所やお店が入っています。少し味気なさは感じますが、復興の途上にある店舗の側には花の芽が出ていました。

野田村の仮設住宅にお住いの方へと預かっていたお花を届けに行きました。残念ながらお留守でしたが、日向ぼっこしているおばあさん達に出会い、平和な空気に包まれました。

近所にはこいのぼりが飾られています。



ホクミンハウスに到着。これから夕方には長野県のそば打ちチームが合流する予定です。
 
2012年 4月10日

第50便 4月4日


昨日、暴風雨がきて家の中にいても雨の音で会話がかき消されたりするほど大きかったりして大変でした。

比較的温度は暖かかったです。 今日の働きも守られました。感謝です。仮設住宅に行き、イースターエッグを配りました。

カフェでお年寄りの方がいらして、お話したり子供が沢山きて全力でおにごっこをして関係を深めていきました。

今回のホクミンの働きの中でチームの子供たちや大人も「また行きたい」とみんな口を揃えて言ってました。

本当によい時でした。 ホクミンの働きのためにみんなで祈っていきたいです。






第50便 4月3日


今日は仮説住宅に行き、カフェを開いて仮設住宅の方々と交わりを持ちました。 
チームに分けて仮設住宅の方々の家に一軒一軒訪問してイースターエッグを届けました。 仮設住宅の方々は若い人達が来ていてとても喜んでおられました。

その後学童保育の方に行き、子供達と力一杯遊んできました。 良い時になりました。





第49便 4月5日
 
今日は希望の丘教会と札幌から来たOMF事務所の方と共に山田町間木戸の仮設住宅へ行ってきました

数名の方がすでに私たちが来ることを待っていてくださりもちカフェーと岩手のご当地クイズ、ミニミニマッサージコーナーも盛況でした。
帰りに船越地区でトラクトを配布しその途中の大橋から望む山田湾の写真を撮影しました。ただ今フェリーの中です。隣人である祈りの友に出会わせてくださり感謝いたします。
 
 



第49便 4月4日
 
田町関口の仮設住宅でカフェを行いました。いももちカフェは大好評でした。また大相撲ふまねっとでは、みなさん土俵入りを楽しくパフォーマンスして大いに笑い、そんな中で被災の状況を語ってくれました。

イースターエッグを通して自然にイエス様のことを語る機会を与えてくれました。



 

第49便 4月3日


今日は山田町大浦漁村センターでカフェを行いました。最初に来たのは5日に小学校に入学する男の子でした。お姉ちゃんたち二人と入ってきて、大縄跳びで遊んでいると、一人二人と集まってくださって、お茶を飲んだり、マッサージをしたり打ち解けているところで、ふまねっとの運動にも参加してくれました。最近土いじりなどして少し体が疲れていたからちょうどよかったと言ってました。ハンドベルでみんなでふるさとを歌い、その後もみなさんゆったりとくつろぎ、いももちを食べてイースターエッグをもって帰宅されました。
 
 
 2012年 4月3日

第50便 4月1日

無事フェリー乗り場につきました。もうすぐ乗船します。
釧路キリスト福音館から高校生2名、札幌キリスト福音館から小学生3名、中学生1名、高校生1名、大人7名で行きます。
怪我や大きな事故がないように、被災地での方々と良い関係が築けるようにお祈りください


第50便 4月2日

ホクミンハウスにつきました。これからイースターエッグを配りに行きます。


今日はイースターエッグをホクミンハウスの周辺に配ることができました。保育園にも配ることが出来て感謝です。




ホクミンハウスに居らっしゃるMaribethさんとも友人になりました。




 第49便 4月2日

皆さんが通った国道45号線を感慨深く走って無事宮古につきました。松井さん、本間さんご夫妻、マギンティ先生ご夫妻から経過をお聞きし祈りの時を持ち、明日の活動に備えカフェのお菓子つくりとイースターエッグを作りました。



2012年 4月1日
 第48便 3月27日


朝食を終えホクミンハウスに向かい松井さん、札幌キリスト福音館のチーム、日本バプテスト連合のチームと合流しました。この日は松井さんと共にグリーンピアの仮設住宅でカフェを行う女性チームと宮古の全老人ホームとグループホーム21件に津軽の教会から送られて来たりんご一箱と被災から一年間のスタッフの労を労うケーキを各施設に3チームに別れてお届けしました。これは初めての試みで受け取ってくださるのかドキドキしましたが、どの施設でもとても快く受け取ってくださいました。帯広車が訪ねた各施設は高台に位置しており建物への津波の被害は殆どありませんでした。柿の木ホームというグループホームでは入所しているみなさんが懐かしい歌を歌ってくださったり、90才のおばあちゃんが宮古の昔の様子をお話ししてくれ、私達がお年寄りの方々に励ましを受けました。その上私達の昼食まで準備してくださり、一緒にいただきました。グリーンピアの仮設住宅の集会所で行ったカフェには春休み中の子ども達が集まり、一緒に遊ぶことができました。

あ、地震だ!突然、大きく揺れました。震度5です。棚から食器が落ちて割れ、破片が飛び散り皆が恐怖を感じました。外では消防車がサイレンが鳴り、少ししてから「津波の心配はありません」という放送が聞こえてきました。余震が来るのではと心配しながら、皆さんの気持ちを少しだけ感じる時間でした。
 

第48便 3月28日

帯広チームは、OMFの働きを協力するために来ていた札幌聖書キリスト教会の3名のチームと共に昨年11月にクリスマス会を行って知り合えた山田町の仮設住宅希望が丘でカフェを行い、帯広から持って来た小豆でおしるこを作り食べていただきました。また、ミニコンサートでは厚別福音キリスト教会の吉田牧師がリコーダーで赤とんぼを演奏し、ふるさと、君は愛されるために生まれた等数曲を一緒に歌いました。

皆さんととても親しくお話しすることができましたが、一年経つ今も毎晩目が覚め、薬を飲まなければ寝ることができない方が何人かおられ、癒えない傷の深さを感じさせられました。昨年お会いした方々が覚えていてくださり、住宅に招いてくださいました。救われて欲しいと心から願います。


帰る途中、ホクミンでとてもお世話になったAさんを訪問しました。Aさんの好きな言葉「質実剛健」の書をお渡ししてきました。とても喜んで下さいました。
 
 
 
イースター休暇のお知らせ
 
ホクミンの事務ワーク、派遣業務、現地業務を、4月8日(日)~14日(土)の1週間お休みします。
現地滞在ボランティアの松井姉も休暇をとります。
4月8日(日)出発のボランティアチームの派遣はありません。
4月15日(日)出発便より再開します。
よろしくお願いします。
 
2012年 3月30日

第48便 3月29日
 
今日は田老にある住宅一つ一つに野菜を届けに行きました。皆さんとても温かく迎えてくださり、少量の野菜を配り、喜んでいただけました。届けに行った私たちも本当に嬉しくて温かい気持ちになりました。
 
 
 
 
 
2012年 3月29日 
第48便 3月28日
 
今日は午前中に樫内という場所にある仮設住宅でカフェを行いました。そこでは数名のおばあちゃんが来てくれて、津波などの壮絶な経験の話をしてくださり、自分たちにとって貴重な時間になりました。
 
午後からは田老にある学童保育にお邪魔しました。こどもたちはすごい元気で活発で元気を与えるどころか、こちらが元気をもらいました。別れるときは少し名残惜しい感じもしました。
今日も充実した活動でした。
 
 
 
 
 
 
 


48便報告3月26日(月)今回は帯広車に帯広栄光キリスト教会5名、厚別福音キリスト教会1名の6名と一足早く出発している札幌キリスト福音館車7名が合流する合計13名のチームです。帯広車は苫小牧のフェリーターミナルで合流しミーティングを行ってから札幌聖書教会からOMFの協力に向かう3名の方々と共に9時15分発のフェリーに乗り込みました。フェリーは揺れが少なく18時15分定刻通りに八戸に到着し、23時に無事宮古に着きました。私達は3泊OMFのときわビルに宿泊します。明日は既に到着している札幌キリスト福音館の7名と一緒にご奉仕を行います。
 
 
 

 
 
2012年 3月28日
 


第48便 3月27日


今日は帯広組と合流しました。今日の活動は、二つのグループに分かれて、カフェを行うグループと宮古市の老人ホームに青森から届いたプレゼントを届けました。
老人ホームの方々も快く迎えてくださって、配ってる私たちもすごい嬉しかったです。 明日の活動も頑張ります。
 
 
 
【お知らせ】  4月9日から1週間、松井さんはイースター休暇に入ります。

2012年 3月27日

第48便 3月26日

少し道に迷ってしまい予定より1時間遅くですが、無事にホクミンハウスに着きました。
今日は午後から支援物資の仕分けをしました。多くの衣類を見て、どんな形でも支援したいという思いがすごい伝わってきました。
明日からの活動も頑張ります!





2012年 3月27日

第46便 3月21日

46便は北海道聖書学院の学生5名とOMF宣教師の蔡先生夫妻、ヴィドマー先生、合計8名で岩手に向かいます。20:00から札幌キリスト福音館にて、三橋先生にオリエンテーションをしていただき、ともに祈って、札幌を出発しました。22:30には無事に苫小牧港に着き、八戸行のフェリーに乗り込みました。今日は、明日の活動に備えて、早めに休むことにしました。



第46便 3月22日

海が荒れていたためフェリーは少し揺れましたが、全員体調が守られて、朝7時半に無事に八戸に到着しました。野田村で松井姉、45便の方々と合流し、仮設住宅でのカフェの働きをしました。仮設住宅の方々にお米を配布しながら、カフェの案内をしました。集会所には40名ほどの方々が集まって下さり、お茶とお菓子と軽食を共にしながら、1年前の津波の時のお話などを伺いました。「教会の人は定期的に来て、カフェをして下さって、本当にありがとう。」と言って下さる方が何人もおられました。働きを継続して行ってきたことが、良い証しとなっていることを知りました。カフェが終わった後、宮古に移動して、ホクミンハウスで松井姉からその働きについて話を伺い、そのあと、OMF宣教師のマギンティ師ご夫妻、本間さんご夫妻より、オ リエン テーションをしていただき、あわせて明日からの働きの打合せと準備をしました。











第46便 3月23日

今日は2チームに分かれて、10時から山田町にある 2箇所 の仮設住宅でカフェの働きをさせていただきました。今回は、アロマオイルを使ってのハンドトリートメントもさせていただくことが出来ました。来て下さった方々はとても喜んで下さいました。私たちも、一対一で被災された方々と話をさせていただき、より深く話を伺う機会となりました。また、「アメイジンググレイス」「君は愛されるために生まれた」「春が来た」などを一緒に歌い、楽しく過ごすことが出来ました。賛美歌をきっかけに、若い頃、教会に行ったことがあるという方と出会ったり、どうしてクリスチャンになったのかと聞かれ証しする機会も与えられました。神様が私たちをそのように導いて下さったことを感謝します。午後は、山田町から釜石まで足をのばし、被災地の現在の状況を見ながら、今後の働きのために現地で祈りました。釜石では新生釜石教会の柳谷牧師にもお会いすることが出来ました 。
















第46便 3月24日

今日はとても寒い朝となりました。3月下旬だというのに、昨晩から雪が降り続き、10センチ以上の積雪となりました。今日も10時から山田町の仮設住宅でカフェの働きをしました。雪の寒い朝でしたが、30名弱ぐらいの方々が集会所に来て下さいました。ハンドトリートメントは相変わらず大好評で、私たちもトリートメントをさせていただきながら、お話をゆっくりお伺いする良い時となりました。多くの痛みを経験されてきた方々において、津波の時のこと、今の生活のこと、家族のこと等、お一人お一人がお話しされることに祈り心をもって耳を傾けさせていただきました。午後は、約200戸の仮設住宅にお米を配布する働きをしました。夕方、宮古に戻り、マギンティ師ご夫妻と本間さんご夫妻とともに、これからの働きのための祈りの時を持ちました。 






第46便 3月25日

今日も雪の朝となりました。朝7:30に宮古を出発し盛岡に向かい、盛岡聖書バプテスト教会にて礼拝をささげました。午後の交わりの時間の中では、今回のボランティア活動の報告をさせていただきました。また、近藤先生より被災地支援活動の現状と今後の課題について、お話しを伺うことが出来ました。今までの継続した活動が大きな力となっていることを知り、今後も継続した活動が必要であることを感じました。盛岡聖書バプテスト教会を後にして、八戸に向かい、フェリーにて北海道への帰途につきました。







第46便 3月26日

朝7:00に苫小牧に着き、9:00過ぎには無事に札幌まで戻って来ることが出来ました。今回の活動の全ての上に、神様の守りと導きがありました。みなさまのお祈りに心から感謝いたします。

用いて下さった主に感謝し、主に栄光がありますように。被災地の上に、神の国が実現していきますように、また、 ホクミンのお働きのために、引き続きお祈りいたします。


 2012年 3月27日

第45便 3月22日

野田村にてカフェをしました。この日が3回目となり、松井さんや道生君を待っていた人たちがたくさん集まってくださいました。
「キリストさんがきてるよ」と言って集まってくださいました。
この日は、野田村で第46便の蔡先生チームと女性の宣教師と合流し10数名でカフェで奉仕をさせていただきました。
午前10時からお昼まで、集会所を借りていたのでお茶やお菓子のあと、少し早めのランチにしました。(メニューはオープンサンドです) 




そこにこられた女性たちが「この辺は家族を震災で亡くした人は少ない地域。それでもあの日の海から聞こえる音や光景は脳裏に焼き付いていて、今でも海は見たくない。海の近くを通る時は、スピード上げて海の方は見ないで通るんだ。もう一生、海は見れないかもしれない」と言われてました。

岩塚先生、道生くん、第46便のみなさんとカフェ終了後に。


第45便 3月21日

震災後すぐにボランティアのために使われていた、場所の片付けにいきました。今月中には、そこを引き上げることになっているそうで、台所中心に片付けをしてきました。

廃墟のような外観に驚きを隠せず(すみません)中に入ると、さらなる驚きが待っていました。室内は、ねずみの糞が散乱し、そこにあるものすべてがネズミに荒らされていました。あまりの光景にびっくりしてしまいましたが、気を取り直し片付け開始。



夕方にはだいぶ片付きました。ふぅ~。


震災直後、この家が与えられ、この場所を拠点の一つにしてたくさんのボランティアが寝泊まりする場所を与えてくださった神様に感謝して、そこをあとにしました。



第45便 3月20日

午前中は、ホクミンハウスに送られてきた物資(衣類)の整理をしました。 夏物と冬物に分けて、午後からの浄土ケ浜の仮設カフェに持っていきました。 

午後から浄土ヶ浜のカフェにいきました。
浄土ケ浜は、とても景観のすばらしい場所で、高台に仮設がありました。ここはあまり人が集まらないところだと聞いていたのですが、神様がカフェに人を集めてくださいました。前日に岩塚先生がこちらの仮設、一軒一軒にカフェの案内のチラシを配ってくれていました。
祝日ということもあり、普段はあまりカフェでは見かけない小学生と中学生の姉妹の姿もありました。
この日も寒く、カフェの後半で配られたフリースや帽子が喜ばれました。




2012年 3月20日

第45便 3月19日
 
震災当初から大変お世話になってきたAさんに札幌から寄付された車を届けました。Aさん、奥様は笑顔で、私たちを迎えてくださいました。
Aさんは、とても喜んで「こんなによくしてもらって嬉しいよ」と、いってました。
 
 
 
2012年 3月16日
第44便 3月15日

今日は実質活動の最終日でした。皆さんのお祈りを感謝します!午前10時から1時頃まで水産高校の仮設住宅集会所でカフェとパン&スープの炊き出しをさせていただきました。午前中はカフェチームとホクミンハウスでスープをつくるチームに別れての活動でした。
住宅の方々へ呼び掛け、午前中から多くの人が来てくださり、お菓子を囲んで、いろいろなおしゃべりを楽しみました。3才の男の子と女の子も一人ずついて、積み木や雪で遊んだり、男の子の持ってきた本を2人で持ってきて「僕が(私が)読んであげる!」と楽しそうに話してくれました。
お昼にはホクミンで調理をしていたチームも集会所で合流し、パンとスープの炊き出しを行いました。
炊き出しもカフェと同様住宅にいる方々にも呼び掛けると、集会所には行かないけれどお話がしたいと招いてくださった方もいて、2人のメンバーがその方のところへ行き、よい交わりの時となったそうです。
2時ごろに皆でホクミンハウスにもどり、今回の活動について分かち合い、感謝の時を持ちました。
3時半すぎにホクミンハウスを出発し、これから八戸港からのフェリーで苫小牧に向かいます。最後まで皆の体調が守られ、無事帰ることができるようにお祈りください。


 2012年3月15日

第44便 3月14日

今日は朝10時から田老グリーンピアの仮設住宅でカフェをさせて頂きました。おばあちゃん方が6名程来てくださり、とても良い時を過ごすことが出来ました。同行した台湾チームがみことばが書かれたポストカードを持ってきていたので皆さんに見せると喜んで受け取って下さいました。そのポストカードの裏にはそれぞれ別のみことばの一節が日本語で書かれており、デザインよりもそのことばを皆さん気に入って下さったようです。台湾チームの一人が、神様が一人一人に用意されたことばだと伝えると、より特別に受け取って下さいました。

その中にみことばの意味が良く分からないで首を傾げているおばあさんがいました。そこにはヨハネ3:16が書かれていたのですが「ひとり子」というのが何なのか分からなかったそうです。そこでその箇所の意味をメンバーの一人が簡単に説明すると、急に泣き出してしまいました。そして震災での辛い出来事を涙ながらに語って下さり、そのおばあさんのために祈りました。さらにそのおばあさんだけでなく、他の方も自分の体験を涙ながらに語って下さったので、他のメンバーがハグをし、祈りました。
2時間という短い時間でしたが、皆さんがかわるがわる「今日は来れて本当に良かった」と言って下さり、神様の御業を思わずにはいられませんでした。

そこでのカフェの後、2チームに分かれ、片方は別のカフェへ、片方は支援物資である米の仕分けと夕食の準備をしました。

*写真は田老グリーンピアの仮設住宅でのカフェ。祈りの後、皆で肩もみをしています。お返しにと肩もみをしてくださるおばあさんもいました。




2012年3月14日

第44便 3月13日

 

9時にホクミンハウスを出発して午前中は田老で物資の整理をしました。タオルや衣類など支援物資として届けられるものと、使用済みなどで廃棄するものとに分けて、段ボールにつめました。特におもちゃ類は使い古したものが多くあり、ほとんどが廃棄行きとなってしまいました。又、ねずみが物資をかじっていた跡があったのでその清掃をした後、午後に配るトイレットペーパーを車に積み、豊間根に向かいました。
午後1時から4時までは豊間根の仮設住宅の集会所でカフェをさせていただきました。集会所ではお菓子をたべながらおしゃべりをしたり、百人一首や坊主めくりをしたり、風船バレーをしてとても盛り上がっていました。台湾から来ているメンバーのマッサージも好評でした。また、同じ時間に車で仮設住宅をまわり、トイレットペーパーの配布も行うことができました。出会った方の中には被災された時のことを涙ながらに話してくださった方もいて、様々な方との出会いが与えられた1日となりました。皆さんのお祈りを感謝します。

 


2012年3月13日


第44便 3月12日

44便はグレースコミュニティの4名に台湾から5名を加えた9名で札幌を出発しました。当初は午後に宮古に到着して作業に入る予定でしたが、天候の悪化により八戸港に入れず青森港から宮古へ移動することになりました。
9:30着岸し、14:30に盛岡聖書バプテスト教会で松井さんと合流、17:30に宮古に到着しました。時間が遅くなったので今日は特に作業をせず、休んで明日に備えることになりました。


2012年3月11日











第43便 3月9日

  43便で唯一宮古に残っていた西福音チームは、午前3時50分ホクミンハウスを出発しました。宮古コミュニティーチャーチの岩塚先生が早起きして、わざわざ祈りとお見送りのために来て下さいました。私たちは、松井姉と岩塚先生に見送られて、八戸に向かいました。辺りはまだ暗く、道路もほぼ貸し切り状態でした。昨日訪問したグリンピア仮設住宅は、帰り道の途中にありましたが、宮古市街地からずいぶん離れていることが改めて分かりました。かなりの山道と思える所でも「津波浸水推定区域」の大きな看板があちこちに出ていました。明るくなった頃、八戸に着き、8時45分苫小牧に向けて出航し、4時に無事苫小牧に着きました。駐車場で感謝の祈りをし、それぞれの自宅に帰りました。皆さんの尊いお祈りを感謝します。



3月7日の続き。43便は別行動が多かったので、最後の夜、ホクミンハウスで夕食を全員でということになりました。西福音チームが奮闘して混ぜご飯、豚汁、鶏の唐揚げを作り、手作りの夕食をみんなで楽しくいただきました。食後は、一人一人が奉仕をした感想や教えられたことを分かち合いました。グレースの姉妹は無事ホクミンハウスに着きました。(^_^) 3月8日 宮古市は晴れていました。今日は田老町のグリンピア仮設住宅でカフェを行いました。そこは全部で400戸あまりの仮設住宅があります。関東チーム、スノー先生チーム、石井先生チームは、一軒一軒お訪ねしてカフェの案内をし、必要があれば、コーヒーの出前をさせていただきました。子どもたちも喜んで奉仕していました。西福音とグレースの姉妹たちはカフェ準備と来られた方の聞き役にまわりました。時間が経つにつれて人も多くなり、各チームごとに楽器演奏や歌の披露をし、北国の春や故郷などを一緒に歌ったりしました。ある婦人の方は、「こんな(震災から)1年も経つのに沢山来ていただいて…。」とおっしゃっていたのが印象に残りました。グリンピアの駐車場でスノー先生と石井先生の車をお見送りして、ホクミンハウスに戻り、西福音チームは、湯ったり館で葬儀奉仕を終えて無事岩手に飛行機で戻って来た沈師と合流しました。(^_^) 


第43便 3月6日~7日

6日~7日の活動報告

スノー先生チーム(美幌&見晴台チャペル)チームは、2日に渡り、2つのチームに分かれて交代で、山田町の仮設でカフェや、メッセージ付音楽CD配布(午後は宮古市と田老町の学童保育訪問)と、大船渡・陸前高田にある保育所を訪ねました。 大船渡・陸前高田では、3.11いわて教会ネットワークを通して来ている大阪からのボランティアも加わり、バイオリン演奏や英語を使った体操、ちょっと変わった体を使ったゲームなど、子供達も先生方も一緒に楽しく時間を過ごしました。
陸前高田で訪ねた保育園の一つでは、最後に子供達からチームに対して感謝の歌のプレゼントをもらいました。

被災地がすぐ目の前に広がっている保育園もある中、小さいお友達が力いっぱい感謝を込めて歌ってくれた歌声はとても心に残るものでした。
この働きを祈り支えて下さっている皆さんに対しての感謝として、ここに心からお伝えしたいと思います。そして続けてお祈りください。

7日の学童保育訪問は、スノー先生の娘さんのチームと西福音から子供のワーカーとして参加してくれている数名と一緒に、田老の小学校を訪問し色々なゲームや遊びをしながら、とても楽しい時間を持ちました。

田老の踊りをみんなから教えてもらいました。

今回、スノー先生&美幌チームは西福音チームと帰りの時間が別になりましが、途中から応援に来てくださったグレースコミュニティーのN姉と一緒に、帰途につきました。

9日の帰り道すがら、来る道で物資を届けさせていただいた田野畑地域の仮設にもう一度立ち寄る時間が与えられ、今回高校生で参加したY君が物資をお届けした時に親しくなった方ともう一度お会いしました。
さらに続いて、もう一か所、久慈市のすぐ下の野田村で一つの家族にご挨拶をして帰りました。
ここは、震災後すぐの昨年3月にスノー先生が沿岸部を第2便として南下される道中、まだ道が瓦礫で塞がれ開いていた野田村で瓦礫を片付ける作業をしましたが、その時の家族の方が村にかけ合い、翌日に来るホクミン第3便の炊き出しをさせていただく事が出来るように尽力をして下さった方でした。去年1歳だったお孫さんが、2歳になって成長され、ちょっとわんぱくになった!?姿で元気いっぱいに迎えてくれました。
そして、帰途につきました。

お祈りを感謝いたします。

 



2012年3月9日

第43便 3月7日 
 
宮古は晴天でした。今日は、愛宕(あたご)団地の集会所でカフェを行いました。男性陣は仮設住宅一軒一軒にプレゼントを届けながらカフェの案内をし、姉妹たちはカフェの準備をしました。当初どなたもお見えにならず、ボランティアだけでお茶をいただいていたところ、60代の婦人が一人で来られました。私たちが持参したプレゼントのストラップやティッシュケースを早速使って下さってて、こちらがびっくりしました。もう一人小柄の男性と自治会長さんも来ていろいろな話をして下さいました。会長さんは、震災時の宮古の写真が載っている広報誌をわざわざ持って来て、私たちに見せて当時の生々しいお話をして下さいました。そして実際の津波は、写真やテレビで見るのと全然違うのだと言われました。写真には、私たちが通って来た道や見えていた橋、歩道橋が映っており、当時その場におられた方々はどれほどの恐怖を味わったのだろうと思いました。また、今回お話出来た方々は仮設住宅で引きこもっている人たちのことをとても心配しておられました。
石井先生チームは、本日大船渡の保育園で奉仕されました。スノー先生チームは、大槌町の仮設住宅で小冊子の配布を行いました。
 
2012年3月8日           


43便の、今日の田老でのカフェの為に、またそれぞれの帰り道そして、まかれた種のため、継続されたフォローの為にお祈りください。







 

 


ホクミンハウスでの分かち合い.
 

 



 

 

カフェ中里


田野畑仮説





行きのフェリーでオリエンテーション


2012年3月7日



 3月6日10時から2時まで、中里団地の集会所にて、カフェをしました。6日早朝に関東から二人の兄弟と牧師先生が到着し一緒にご奉仕しました。主婦の多い西福音チームは昼食用のビビンバ&わかめスープを用意するグループと仮設住宅でカフェの案内をするグループに分かれました。小さなプレゼントとして手荒れなどに効果のあるワセリンを包装してお届けしながら案内しました。集会所では、主に婦人の方々編み物とおしゃべりを楽しみながら参加しておられました。昼食時に合わせて来られた方もおられ、ビビンバは初めてでどうやって食べるのか?と聞かれたりしました。概ね好評でした。中里団地に到着してすぐ、西福音の高齢の姉妹が召されたという知らせが入り、沈師は急遽飛行機で札幌に戻り、葬儀を終えてから木曜日宮古市に戻ることになりました。どうぞ、沈師のためにもお祈り下さい。夕方は、石井師ほか数名で学童保育(学校で行われていました。)を訪問し、遊び隊として子どもたちと触れ合いの時を持ちました。石井先生は娘さんとギターとバイオリンで演奏しました。クラシックの他に「君は愛されるため生まれた人」を賛美しました。そこにも子ども用の小さなプレゼントを持参しました。スノー師のチームは大船渡で奉仕しました。

 
2012年3月6日

第43便 3月5日

3月5日、朝8時に無事八戸港に着きました。フェリーの中がやや暑かったこともあり、寝付けなかった人が多かったようです。八戸は雪。途切れることなく降っていました。私たちはしんしんと雪が降り積もる田野畑村で松井姉と合流し、3箇所の仮設住宅にトイレットペーパーを配布させていただきました。平日の午前、お留守のお宅もありましたが、喜んで受け取っていただき、感謝でした。ある仮設住宅では、集会所に招かれ、お茶と手作りケーキ、お漬け物のもてなしを受けました。そこでは、以前来られたボランティアチームの名刺や記録を大切に保存しておられ、「ホクミンさんは以前も来て下さってました」と話して下さいました。 その後、宮古市に着き、それぞれの宿舎に到着しました。私たち西福音チームは、南下して山田町、大槌町、釜石市を視察し、土台だけ残った場所でお祈りの時を持たせていただきました



第43便 3月4日

無事、苫小牧港に到着しました。苫小牧も3月らしからぬかなりの冷え込みです。43便は、見晴台チャペルキリスト教会から9名、美幌キリスト教会から3名、札幌西福音キリスト教会から8名、水曜日に仙台から合流するグレースコミュニティーの1名、合計21名で奉仕します。 11時半頃、スノー先生のリードで簡単な自己紹介とミーティングを行いました。おやすみなさい。

2012年3月2日


第42便 2月23日
 
20時40分 北栄教会出発
 

第42便 2月24日(金)現地 第1日目

9時45分  波うねり強く遠回りして別埠頭に約3時間半遅れで着岸。
10時35分 下船  45号線へ。午後1時にカフェを予定している山田町へ急ぐ。途中どこにも立ち寄れなかったが、車窓から見える風景は
昨年11月に訪れたときから変わっていないように見えた。

国道45号線
 

 
14時40分 山田町の仮設到着。 小さな集会所、9人の方が待っていてくださった。それまでに2曲の讃美歌「主が私の手を」「主がついてれば(主我を愛す)」
を練習して、ゆっーくりお話できた、神さまはすべて備えてくださいます。感謝。
「野ばら」「椰子の実」弾き語り、続いて「愛を持ってて生きて行こう」 「一緒に」 「永遠にあなたと」を歌った。 歌い終わると皆さんがとても喜んでくださっているのが伝わってきた。 
そのあとハーモニカ演奏「ふるさと」他日本の歌3曲。曲の背景や曲への想いを語りながらの演奏に、懐かしそうに皆さん聴いてくださった。 
最後に「主我を愛す」全員で歌う。 事前の練習の成果もあり、大声で歌う皆さんの姿に感動。
帰り際に70代くらいの方が「今日聴いた歌も歌った歌も全然知らないけど今までで一番心にしみた。私はみんな流されて一人ぼっちになってしまった。 
何で生き残ったのかと思いながら暮らしている。やっと最近こう言うところに出て来れるようになった」と涙ながらに語ってくださった。


第42便 2月25日(土)現地 第2日目
 
10時半  山田町の仮設住宅 到着.
土日は盛岡に出掛けることが多いとのこと11時からのカフェだが、私たちの到着と同時に次々来てくださる。11月に来た時にはなかった床の冷たさを感じた。
仮設住宅の床も同じくらい冷たいのだろう。スリッパなしではいられない。 
コーヒー、お茶、クッキー、ケーキをお出しし、11時過ぎにコーンスープとパン(バター・ジャム添え)をお出しした。前回お会いした方々のお顔も。
11時45分  音楽タイム。ハーモニカによるなつかしい童謡他数曲。皆さんの顔がほころび鼻歌が聞こえてくる。
その他、昨日と同じ流れで弾き語り、みなさんで「主我を愛す」を歌って終わる。11月に歌ったのを覚えていてくださったようだ。

19時~ 宮古市の
仮設住宅集会所にて若い人対象のカフェ

 

ポップコーンは大好物と女の子たち



札幌から持って来たゲームに熱中



みんなでゴスペル熱唱中。小2男子はカードゲーム続行中。 

 



「今度はみんなも何か歌って」とリクエストすると、次回までに中2の女の子たちが「宮古の歌」を練習して聴かせてくれると約束してくれた。楽しみ!
今回の夜カフェで、同じところに継続して訪問できたからこその恵みをとても強く感じた。与えられた信頼関係を主に祈りつつ大切に育んで行きたい。
 


第42便 2月26日(日)現地 第3日目

 
7時15分 出発 盛岡聖書バプテスト教会へ 
積雪の少ない宮古に前夜から春の雪。 
北海道の雪景色とは一味違う。
岩手県沿岸部の宮古市から内陸部盛岡までは3時間ほどの山深い道のり。震災以来、ボランティアの方々が幾度となく往復した
道のり。
 
 

水墨画のような雪景色
 
 
 
盛岡聖書バプテスト教会をあとに。

一路青森へ(悪天候のため八戸港から青森へ変更となる。)

16時 盛岡インターへ 青森まで177km

 

吹雪の中、青森県青柳(堤埠頭)無事到着。

 

                                                                   

プレハブの受付案内所。トイレ・電話なし。
 
 

受付無事終了。ほっと一息、夕食へ。

 

2200分 出航 


 

 
2012年2月15日

第38便レポートをアップしました。下の方へスクロールしてください!



2012年2月14日

41便 2 11

今日は、愛宕小学校グラウンドに建てられた仮設住宅でカフェを開きました。祝日のためか、こちらでは男性の姿を多く見うけました。
ただ、岩塚先生の印象として (どこの仮設住宅においても) 以前はカフェに来ていたが、最近は足が遠のいている方が増えているそうです。大震災から今日でちょうど11ヶ月目となりますが、長引く不安定な生活により気持ちが沈み、人と交わるのが億劫になり、笑い声を聞くのが辛くなるなど、来られない方々へのフォローも欠かせない課題となっているようです。

この日は、盛岡バプテスト教会のメンバーがご奉仕にきてくださり、思いがけず久しぶりの再会に、とても励まされました。

 





41便 2 10

今日は可南地区(水産高校グラウンド)の仮設カフェに行ってきました。
今朝は冷え込みが強く、仮設の住民の方が朝早くから集会所の暖房を入れて準備してくださっていました。こちらの仮設場所も、以前物資を持って出掛けた所で、あるご婦人が私のことを覚えてくださって感謝でした。
写真の携帯ストラップは、昨年11月に帯広のチームが持っていったものです。(指の形は、手話でI Love You を表しています。)


夜は、田老にお住まいのご家族がホクミンハウスに来られ、夕食を一緒に食べながら楽しいひとときを過ごしました。震災当日、間一髪で津波の被害から免れ、命が守られたお話を伺いました。



 
第41便 2月9日

今日は中里団地の仮設住宅でカフェを開きました。中里仮設は、かつて鍬ヶ崎の地域で生活されていた方々が集まっている特徴があり、大抵誰もが顔見知りで家族的な交わりがあります。今日はお昼時にテーブルを囲んでオープンサンドを皆で戴きました。お喋りしながら編み物をするご婦人の方々など思い思いにゆっくりとした時間を過ごし、リラックスしたカフェタイムでした。

以前、中里団地を訪ねたときにお会いしたUさんと再会することも出来ました。Uさんは、突然の訪問に驚きながらも喜んで歓迎してくださり、今回はUさんのお宅に、岩塚牧師と共にお邪魔させて頂きました。あっという間の一時間でした。お話を伺いながら、被災されてからこの約一年、本当に忍耐強く頑張ってこられたと思いました。Uさんが「がんばっていくから、心配しないでな。ありがとう」とおっしゃられ、別れ際に「弱い人を助けてやってな」と心に響くエールを頂きました。本当に今日は感謝に溢れた日でした。

夕方からは、こちらのスタッフと顔馴染みのMさんのお宅で一緒に夕食を共にし、楽しい時間を過ごしました。Mさんの温かいおもてなしにも感謝でした。





第41便 2月8日

午後に宮古に入りました。今日は午前中からグリーンピア(田老)にある仮設住宅でカフェを開き、30名弱の方々が訪れたそうです。

田老に向かう道中、4ヶ月ぶりに訪れた田老の町並みは殆ど何も変わっていないという印象でした。

同じくボランティアに来てくださっていた聖契教団の方々(シカゴから来日)とお会いし、皆さんと一緒に感想を分かち合いました。また、岩塚牧師・松井姉・永田兄から現在の働きの現状と課題についてお話を伺いました。関わりを継続することによって信頼関係が深まり、目には見えない絆が安心感につながり、心の復興に大きな役割を果たされていることを感じました。また、人手の足りなさは切実でした。





2012年1月31日

第40便 1月28日
 
ホクミンハウスがとても寒かったので、断熱の工事をしました。
 
 

2






2012年1月27日

第40便 1月27日

26  今日で若い三人の兄弟たちは帰られました。



 

ときわビルの宿泊施設です。



 


 
2012年1月26日

第40便 1月26日

25  赤前でカフェ


 

赤前で




 

26 田老仮設住宅の周りです。






 


田老でのカフェです。





 


2012年1月25日

第40便 1月25日  

25日朝 です。デポーション






仮設住宅が建つ中にあった石碑です。





宮古の希望




2012年1月24日


第40便  1月23日

出発前 駐車場からのフェリーです。

1月24日

東京からのボランティア。カフェを一緒にしました。

カフェのお客様達
たくさん集まってくださいました。

 
 
 
2012年1月14日


チャリティコンサートと祈り会のご案内

主の御名を賛美申し上げます。
あの日以来、早10ヶ月、岩手県、宮城県、福島県は今朝も寒い日を迎えています。
しかし、皆さんのあつい祈りは届き、ホクミンとして39回延べ220名のボランティアを送り、
いくばくか被災者の方々の傍らに立つことができました。
皆さんのご支援を心から感謝申し上げます。
つきましては、いかの要領にてチャリティコンサートと祈り会を催します。
スカイプによる現地牧師のお話(予定)や、現地派遣コーディネーターの報告を伺い、
祈り合いたいと願っています。
どうぞご参集くださいますようご案内申し上げます。

日 時:1月20日(金)午後7:00〜

会 場:札幌キリスト福音館
        札幌市北区北27条西15-1-28 TEL011-758-4937

演奏者:遠藤稔(東栄福音キリスト教会牧師)
    遠藤光希望(東栄福音キリスト教会)
    益田結(グレースコミュニティ牧師)

祈り会:スカイプによる現地牧師のお話(交渉中)
    現地コーティネーターの報告
    2011年度の展望、報告など

席上献金をいたします。被災地支援と今後の取り組みを覚えて献げましょう。




第39便 12月21日 岩手県にいる最後の日
 

仮設住宅にカフェをしました。最初に来てくれました若い母さんと震災後に生まれた子供です。可愛いですね。

 
三人娘は同じ服装で賛美しながら、簡単のダンスをしました。


おばさんたちと一緒にダンスしている写真です。一緒にダンスをしてくれた婆ちゃんたちから励ましと勇気をもらいました。
 

現地の人に福音を伝える方法がいろいろあります。まさださんの絵本読み聞かせは本当にいい方法だと思っています。

最初は本当に迷いながら来たことですが、自分が何かできるかと分からなかったですが、神様がご用意してくださっている計画を聞きながら、ビジョンを見されたことができました。この一週間の恵みをいただいて、私の信仰を日々強め、増し加えていていたと感じられました。本当に心から感謝をいたします。



北海道に戻る時間になってきました。ここのためにできることは祈りしかありません。私たちのベース「ホクミンホウス」の前に集合写真を撮る時間もありませんでした。ただ一週間ですが、ホクミンホウスは感情を持つような家、私たちの一部分だと思っています。宮古市にベースがないとこのように毎日時間を無駄せずに活動することができません。そして、ホクミンホウスの松井さんに心から感謝いたします。


北海道に帰ってから何日後、北海道からの新年の挨拶を田老のおばちゃんたちに送ります。この絆を続けていこうと思っています。
 


12月22日

第39便 12月20日

1、田老の近くのグリンピアの仮設住宅の集会場でクリスマス会が開かれました。(集会場にクリスマス会準備前=写真左上、準備後=写真左下)クリスマスの雰囲気がますます濃くなりました。
第37便の子供たちが書いたメーセジもコップに付けました。(写真右)


2、準備完了後に一軒一軒訪ねてみんなを誘います。大きな住宅地ですから、タンビとソン スヒはできるだけ多くの住民に伝えようと思って二人は勇気を出して別々に行動しました。秋田先生は丁寧に優しく当地の方々と交流しました。お越しくださった方はおでんを召し上がった後、12時にクリスマス会がジングルベルで始まりました。その歌をみんなに教えてあげてみんな一緒に歌いました。その後の秋田先生のクリスマスメセージはすごく理解やすく、お年寄と子供たちに合います。全員で故郷という歌を歌ったときは神様の臨在が感じられました。


3.Mさんに司会と絵本の読み聞かせをしていただきました。大切なお交わりの時間もいただきました、おばさんたちといろいろな話をできてよかったです。一緒に写真を撮りました、また写真を送っていくと約束しました。これから祈りと絆を続けていきたいです。餅とCDなどを来てくれた方に配りました。片づけ後にみんな一緒に集合写真を撮りました。


4、宮古に戻りました後に、OMFのHさんがいらっしゃるところを訪ねました。明日は一緒に作業する予定です。また、宮古と近くの地域の状況を聞きました。そして、女性たちと秋田先生が明日の炊き出しのおでんの材料を買いにいきました松井さんに手伝いにいきました。また、夜にいろいろ話し合いながら、おでんをつくりました。
 

一日、神様の臨在を感じながら、作業をしました。本当に感謝します。夜のミーテイングで一日のいいところと不足と感じたところをまとめました。「私は光として世にきました。私を信じるものが、誰も闇の中にとどまることのないためです。誰かが、わたしの言うことを聞いてそれをまもらなくても、わたしはその人をさばきません。わたしは世をさばくためにきたのではなく、世を救うためにきたらかです。」ヨハネの福音書12:46-47
津波か残した傷跡が身に焼付く「津波太郎」とまでの異名を持つ田老地域が復興を向けえるように祈ります。お年寄のお婆ばんたちの心の痛みもどうか癒されますように祈ります。





12月21日


年末年始は支援便をお休みします。

ホクミン支援便は、現地の受入ができないため、12月25日(日)~1月14日(土)の期間お休みします。
1月15日(日)以降の支援ボランティアを受付けています。


支援金募集のお願い

現在のホクミン残高は、およそ3ヵ月分の活動費です。ホクミンとしては来年8月までの活動を願っています。
継続した支援ボランティア派遣のために、ご協力ください。よろしくお願いいたします。



第39便 報告 第1日

12月18日(日)夜9時出発


第39便は鍛冶牧師他の5人のチームです。夕拝を終えて夜9時ぐらいに出発しました。天気が寒いけど、みんなが元気いっぱいです。クリスマスのメッセージと賛美などを岩手県の人々に伝えますように、頑張ります!また、千歳のボランティアの心がこもった千羽鶴とヌッカポットなどを届けてきます。
 

苫小牧からフェリーで11時にフェリー搭乗。夜天気がよかったので、よく寝られました、感謝です。


19日朝6時30半にデボーションして7時30ぐらいに青森県の八戸着。日の光が眩しくていい天気でした。海岸線に沿って、久慈市、野田村、田野畑村、田老、大槌町、釜石市に寄って行きました。祈りながら、神様が相応しい道を導いてくださりました。


最初にお世話になったアレン教会に挨拶をしに伺いましたが、留守みたいで会えませんでした。


野田村のボランティアセンターから仮設住宅の場所を教えてもらいました。


野田村の集会場に心をこもった千羽鶴を代表に渡しました。




野田村の一つの仮設住宅
一軒一軒を訪ねてヌッカポットと首巻を配りました。ここでお時間をいただき、住民たちとお話しができました。



雪がちらっと降いているけど、玄関でNさんとお話ができました。


田野畑村の一つ仮設住宅


ここで千羽鶴を代表に渡しました。また、当地の方々とお交わりの時間をいただきました。本当によかったです。ここの方々が25日のクリスマスを準備していると聞きましたから、子供用の玩具と白い恋人を渡しました。おばさんたちは本当に楽しそうにクリスマスまた年末の準備をしていました。ここでの生活を慣れているそうです。

冬の夜は長いですが、道路以外のとこらが真っ暗になってきました、ちょっと道に迷いましたが、大槌町桜木町ので再開したYさんに最後の千羽鶴と白い恋人を渡しました。栄養たっぷり超おいしい夕ご飯をいただきました。
 


Yさんは「悪いことばかりじゃなかった、震災でいろいろな人と出会って絆ができたことはよかったです」と言いました。私は心から感動しました。
田老と整理に時間のかかった釜石市の様子を見ながら、何とか震災地への援助を続けていくべきだと思いました。来年にもホクミンの活動が続いていくと聞きました。本当によかったです。

夜の9時ぐらいに宮古のホクミンホウスにつきました。ホクミンホウスの37便チームと分かれた後、松井姉と私は、クリスマスプレゼントと食料や生活用品を持って一組の姉妹にお会いしに行きました。

 この姉妹のお二人は被災後、別々の場所から、宮古市内のアパートに引っ越し、一緒に暮らしておられます。
お姉さんのIさんは、「今日は夕方誰かが来るような気がして、かぼちゃを炊いた。」とおっしゃり、早速私たちに、できたてアツアツのおいしい宮古かぼちゃの煮物をご馳走してくださいました。
 心のこもった丁寧な味付けに、切なくなり、泣きそうになりました。
かぼちゃをいただきながら、Iさんの幼少のころからの生い立ちをお聞きしました。
「この年になって、まさかこんな目に遭うとは思わなかった。」と、何度か話の途中でおっしゃっていました。 

お二人の生活が、守られますように心から祈るばかりです。母さんと呼ばれた松井さんと出会いました。いろいろな話を聞き、また報告しあい、5人のミーテイングをし、祈りあいしました。

丸一日、私たちの安全と健康を守っていただきました神様に感謝いたます。



第38便

12月8日(木)

37便チームと分かれた後、松井姉と私は、クリスマスプレゼントと食料や生活用品を持って一組の姉妹にお会いしに行きました。
 この姉妹のお二人は被災後、別々の場所から、宮古市内のアパートに引っ越し、一緒に暮らしておられます。
お姉さんのIさんは、「今日は夕方誰かが来るような気がして、かぼちゃを炊いた。」とおっしゃり、早速私たちに、できたてアツアツのおいしい宮古かぼちゃの煮物をご馳走してくださいました。
 心のこもった丁寧な味付けに、切なくなり、泣きそうになりました。
かぼちゃをいただきながら、Iさんの幼少のころからの生い立ちをお聞きしました。
「この年になって、まさかこんな目に遭うとは思わなかった。」と、何度か話の途中でおっしゃっていました。 
お二人の生活が、守られますように心から祈るばかりです。

第38便

12月7日(水)

午前10時から、磯鶏の河南仮設でカフェをさせていただきました。
この日のカフェのご案内も、お友だちが一軒一軒手分けして訪ねました。
すると、続々とあちらこちらから皆さんが集まってくださり、ここでもクリスマス会をさせていただきました。
比較的暖かく、ひなたぼっこもできたほどです。



クリスマス会が終わったら、新聞でできるエコバッグの作り方を教えていただきました。
同じ仮設に住んでいる方が社会福祉協議会のお世話役として、折り紙や工作教室などを企画しているそうです。






ここの仮設はいつも行くとこうして多くの方々が家から出て来てくださいます。

そして、帰りにはわざわざ見送りもしてくださいます。車が見えなくなるまで、手を振って、ずっと振って…。
心がズキンと寂しくなります。
また会いたいです。

第38便

12月6日(火)

37便の皆さんと共に、田老の仮設にてクリスマスカフェをしました。主に、お友だちが一軒一軒を訪ね、カフェのお誘いをしてくれました。
「子どもたちの誘いが嬉しく、来ました」という方が何人もおられました。お友だちが訪ねると、干し柿や飲み物をくださる方もいました。


カフェでは、お友だちに囲まれて、皆さんのお顔も嬉しそうでした。また、田老仮設では何度もカフェをしたそうですが、「初めて来た」という方が何人も。繰り返しカフェを開くことの大切さを思いました。
この日はクリスマス会でしたので、イエス様のお誕生や、その意味を、ペープサートを使って、M姉がおはなししてくれました。


皆さんは熱心に耳を傾けてくださり、うなずいたり、音楽に合わせて手拍子してくださいました。聖書について質問する方もいたり、一人暮らしのおばあさんのためにお祈りする機会も与えられました。 最後に、手作りのツリーやクッキー、石けんなどのクリスマスプレゼントを お友だちが、皆さんに渡しました。



一方、別の部屋で、草履のコインケースを作っている方々にお会いしました。みんなで作ることで、被災者同士の交流や、販売して、少しでも暮らしの足しにできればと言うことです。
写真は、そのコインケースです。色合いやデザインがとてもかわいく、丁寧に仕上げています。これは試作だそうです。
他にも、色々な小物を考え、作っていきたいと言っておられました。 

午後4時からは、田老の学童保育で、クリスマス会です。子供同士はすぐに友達になり、とっても盛り上がりました!
帰りは、玄関まで見送りに来てくれる子もいて、とてもほほえましいひとこまです。この後は、KさんやMさん宅にサプライズのキャロリング、そして近くの家々を歌いながら周り、プレゼントを渡しました。
 Mさん宅では、子どもたちにとステキなプレゼントをいただきました。
どのお宅も、最初は驚き、最後はにっこり!
 小さなお子さんのいるご家庭もあって、その健やかな成長を祈りつつ歌いました。

この日は、朝の9時半にホクミンハウスを出て、皆での夕食は夜7時半。マックです。
疲れたけれど、何だか心は温かい。そんな夜でした。 



第38便 

12月5日(月)

Nさんが400個あまりの、アイラブユーストラップを、今回のために縫い上げてくださり、地元十勝の学童や聾学校、野球少年団のお友達がメッセージを書いてくれました。
盛岡に着き、その足で矢幡にある盛岡聴覚支援学校に行き、早速 ストラップを児童生徒の皆さんにと、校長先生に渡しました。
その後、宮古に向かいました。
宮古では、37便のチームと合流し、共に活動させていただきます。




第37便 報告(続き)

12月7日(水) 違う仮設住宅で、カフェをしました。



岩塚先生と会いました。




12月7日

第37便 報告(続き)

12月6日(火) 児童保育所の写真です(^^)







12月6日

第37便 報告(続き)

12月6日(火) カフェに行きました(^^)


 
 
 
 
 
 
 



12月5日


第37便 報告

第37便は、札幌の小学生が被災地の子供達にクリスマスを届けよう! とのコンセプトで企画されました。
5組みの親子が参加しています。被災地では仮設住宅や児童保育所などを訪問する予定です。


12月4日(日)

 22時30分にフェリー乗り場につきました(^^)



24時に苫小牧港を出港しました。(^^)




12月5日(月)

青森つきました(^^)



田老ベースに行きました。物資がまだたくさんありました。心配していた天気も良くて快調なドライブです(^^)


クリスマスキャロリングに行って来ました(^^)






12月4日



第36便 報告


11月21日(火)13時、36便ホクミンハウス到着


11月21日(火)赤前地区集会所でカフェを開き来られた方々とお話ししました。


11月23日(水)コニーさんのクラフト教室


11月23日(水)飛騨から送られたラーメン150食の炊き出しを行いました。


11月23日(水)東京、千葉から来た方々と協力したカフェと炊き出し。


11月23日(水)ホクミン初期にお世話になった旅館のAさんを訪問。
この部屋が壊滅し、命が助かった時の様子やホクミンとの出会いをお聞きしました。





第35便 報告

11月7日(月)

今日、私たちは朝に八戸に到着し、宮古に向けて出発し、その途中に田老町などに寄りながら、宮古に到着しました。

↑ 最近出来たというローソン。

そこで、松井姉を含めて、今回の働きについてや今のニーズなどについてのミーティングをしました。
今は、被災者が落ち着きや時間のゆとりが生まれたために、考える時間が増えてきており、これが一人だと3.11の瞬間を思い出したり、様々なネガティブな思考に走ってしまうので、何より被災者を一人にさせないというのが、一つのテーマだという話などを聞かせていただきました。
それから、さっそく仮設住宅へ物資の支給のために野菜などの袋詰めをみんなで行い、いざ出発!!
今回は、規模としては小さい仮設住宅を4カ所回りました。 
田神と上鼻と小山田第二仮設団地と宮古市宮町第2仮設団地にいきました。

そんな中でも、上鼻の仮設住宅の方と話した事が特に印象的でした。
その人は、僕たちが伺ったときは休まれてたみたいでした。夜寝れないから昼間にちょっと休んでるんだ、とのことでした。また、その人は盛岡のほうから避難してきたみたいなんですが、盛岡まで行けないと言いました。それは、何もないところを通れない。あの、津波の被害にあった場所の姿を見れないということでした。
どこかで僕らは、時間も経過して多少なりとも落ち着いてきたし、支援物資も配られつつあるし、少しずつ目に見えるところが改善されているからと、安心しているところがありました。むしろ、少なからずそう思っていた方もいるのではないでしょうか。
しかし、回復されるべきは見えないところであり、まだまだ私たちは求めなければいけないのだと思いました。神様を。

そしてその人が、最後に言いました。
「欲しいもの何もないの。与えられた物を受け取るだけ。」そういいながらその表情は、翳り、希望のないものに感じられました。

改めて、今必要だと思わされたのは
神様にあっての希望なのだと、その心の傷を癒すのは、唯一神様の愛なんだということでした。


11月8日(火)

本日は、中里の仮設団地の集会所にてカフェを開かせて頂きました。
↑ 中里の仮設団地外観。

僕たちホクミンチームはたこ焼きを提供させて頂くべく準備をし、同盟キリスト教団のメンバーや、個人で来ていた方も含めて、最終的には10名以上でカフェをやらせて頂きました。お菓子やケーキ、コーヒーにココアなどの飲み物などちょっとしたものをテーブルにセッティングしていき、僕らはたこ焼きを焼き続けました。
もう準備している時にも、ゾロゾロとおじいちゃんおばあちゃんが現れ、いつの間にか超満員に!!

↑ 席が全て埋まりました。

会話も弾み、集会所内はとても明るい空気になりました。
そんな中、途中で後藤 従明師がギターを弾き、みんなで「ふるさと」や「赤とんぼ」、「川の流れのように」や「知床慕情」、さらに「いつくしみ深き」や色んな賛美などなど、様々な曲をリクエストを交えながらみんなで合唱!!

↑ リクエストの声も積極的に飛び出しました。

みんな笑顔が絶えず、どんどん空気が暖かくなっていくのを感じました。
それぞれが各テーブルに座り、コミュニケーションを取れました。
1時間以上、その人とじっくり話をする事が出来ました。
初めて来たというおばあちゃんは、
「初めて来たんだよ。また来るよ。」と言って頂きました。
そんなこんなで、4時間なんていうのはあっという間に終了!!
最後に物資を持って帰ってもらいました。


11月9日(水)

今日は、昨日と同じく仮設団地にてカフェを開き、その中でたこ焼きを提供させていただきました。
まず午前中は、愛宕小学校のグラウンドにある仮設団地の談話室(集会所より小規模)にて、カフェをやらせて頂きました。
手作りのケーキ類にコーヒー、そしてたこ焼き!!
↑ カフェの様子

最初の1時間というか、もともと2時間の予定だったので、実質半分の時間は人がいない状態でしたが、徐々に人が増え、賑やかに!!
会話も弾み、とてもいい時間が過ごせたかと思います!!

そしてそのあとは、別のチームがすでにカフェを開いていたさくら公園の仮設団地に向かい、急遽たこ焼きをすることになりました。
ここでも、たこ焼きは好評で、お子さんのいる家族などにも喜んでいただきました。
↑ 今回初めて外で焼きました。

そしてたこ焼きが終わったと思いきや、自然な流れでリクエストミュージックタイムへ!!
「上を向いて歩こう」や「島唄」、「涙そうそう」などをみんなで合唱♪
そこにいる人の表情がとても明るく笑顔で溢れていたのが印象的でした!!

仮設団地という新しいコミュニティーでの新たな人間関係、そして、そこから派生してくる助け合いの構図。
しかし、必ずある不仲も垣間見えました。
この仮設住宅というのは、すごく様々な感情の入り乱れる場所で、心の困窮や孤独感、なにより今回受け取ったのは、ここから出られないのではないのか、という希望なき明日という空気でした。
恐ろしい当時の光景が脳裏に焼き付き、片時も忘れることはなく、むしろ、その3.11という記憶の重荷が心を締め付け、閉ざし、体を地に伏さし、振り返ればすぐ真後ろに3.11が常に付いてまわる状態で、一日一日を消費していく。
極端な言い方かもしれませんが、過大ではないとは思います。
むしろ、多数に埋もれ、笑顔に隠されたものなのではないかと。
だからこそ、神様の愛が、希望が必要なんだ!!と強く思わされました。


11月10日(木)

今日は、ホクミンチーム第35便の活動最終日となりました。
昨日までと同じ、仮設でのカフェ&たこ焼きをさせていただきました。
今回は、田老町の樫内(かしない)という地区の仮設団地の談話室にて、10:00〜13:30の時間でお邪魔させて頂きました。
樫内は60世帯ほどの方々が入居されているところで、ご年配の方も多々見受けられました。
また、ホクミンチームのほかに、同盟キリスト教団のメンバーの方々も合流し、共にこの働きをすることが出来ました。
そして、開始早々にゾロゾロとたこ焼きの匂いに誘われて、多くの方に来て頂きました。

また、談話室まで来られない方々には、たこ焼きや飲み物をお持ちしました。
また、物資のスペースもつくり、今必要とされている冬物衣料等々の防寒アイテムを並べました。
↑ 物資スペースの様子

カフェスペースは徐々に会話が弾み、盛り上がりをみせたところで、歌の時間になりました。
そこでは、「ふるさと」や「いつくしみ深き」、「アメージンググレース」や「スマイル」といった賛美や民謡をギターとカホーンを楽器に、みなさんと一緒に歌い、とても笑顔の溢れるひとときとなりました。

そんな、長いようであっという間の時間は過ぎ、樫内での時間は終わり、ホクミンチーム第35便の最後は、宮古市の熊野町鍬ヶ崎児童遊園仮設団地にて、お米を各家庭に配らせて頂きました。

これで今回の活動は終わりましたが、活動を通して様々なものが見えてきました。
震災から8ヶ月経った中で、復興は進み、被災者の心は少しずつ前を向き始めていました。それをすごく感じましたが、見えないところで苦しみ、まだ震災から立ち上がれていない人がたくさんいるという事実も知らなければいけないと思いました。どうしても、活動し、支援する中でも、大多数にまとめての方が効率が良かったり、より多くの人に対応出来るとは思うんですが、時間の経過と共に、より少数の方々は取り残され、置き去りにされていくのだとも感じました。
効率化などを求めた先に起こされた惨事の上にさらに効率化を重ねてはいけないのだと思いました。

本当に今回の働きを通して、様々な仮設にお伺いしましたが、まだまだ仮設は多くあり、まだ手の行き届いていない場所も多くあることを知り、仮設によっても物資の分配の違いや集会所の大きさやそこにある備品の差など、多くの問題やニーズを知りました。
↑ 活動をともにしたメンバーとの一枚



第34便 報告


10月31日(月) 第1日

 今回、釧路キリスト福音館から私と高校3年生の2人の3人で参加しました。JR,フェリー、新幹線、バスなどを乗り継ぎ、約20時間かけてお昼過ぎに宮古市に入りました。駅に松井姉が迎えにきてくださり、ホクミンハウスへ。前回8月に参加した時はホクミンハウスはなかったので、松井姉が安心して活動できる拠点が与えられ本当に感謝でした。
 一休みして早速、田老ベースへ向かい、支援物資の仕分け作業をしました。衣類を男性用、女性用、子供用に分け、雑貨や食料品も分けケースに入れていきます。

 衣類は新品の下着や靴下などきっと喜ばれるだろう物がたくさんあったのですが、中にはダンボールを開けた瞬間かび臭い物や、汚れや傷みがひどく処分しなければならない物もあり残念でした。また食料品で賞味期限の切れた物もありました。やはり自分がもらって嬉しい物を心を込めて送って欲しいと思います。中にはダンボールに中身をきちんと明記して下さったり、応援のメッセージを書いて下さったりする物もあり、私自身も励まされました。
 仕分け作業と同時に、この日泊まる韓国チームのためのスペースを作ったり、ストーブに灯油を入れたりして、安心して泊まれる準備もさせていただきました。 
 外はすっかり暗くなり、星空がものすごくきれいでした。だいぶ遅くなったので、急いで田老の在宅のMさん宅に食事を作りに駆けつけました。久々の再会を共に喜びました。Mさんは被災者でありながらたくさんのボランティアを受け入れて下さっている方ですが、ボランティアの人たちにと銅版で赤とんぼを作ってくださっていました。そして「神の愛 のせて運びし 赤とんぼ」という歌まで書いてプレゼントしてくださいました。
 カレーを作ろうと材料を買っておきながらルーを買い忘れるというアクシデント。でもインスタントカレーで煮込み、具だくさんのおいしいカレーで楽しく交わることができました。食事を共にし交わることを通しての関係作りの大切さを実感しました。


11月1日(火) 第2日
 韓国チームが来てくださり3ヶ所を回る中身の濃い一日となりました。岩塚先生、OMFのマギンティ宣教師ご夫妻、2年間の長期ボランティアの本間さんご夫妻とともに活動しました。そして肺炎で10日間入院されていた永田兄も退院され、元気な姿を見せてくれました。現地で長期で働いて下さる方々の働きと健康のために祈り続けてまいりたいと思います。

 赤前地区(赤前小G)と河南地区(水産高校G)の仮設住宅では、一軒一軒に毛布を届けながら集会所でのカフェの案内をして回りました。カフェでは私の勤務する鶴居村の小学生、保護者、地域の方々からの応援メッセージ「きぼう」を掲げさせていただき、タンチョウ鶴の写真をお見せすると目に涙を浮かべて喜んでくださいました。
 調味料や衣類などの物資も喜ばれますが、あったか3点セット(湯たんぽ、入浴剤、ホッカイロ)は大好評でした。寒くなる前に配ることで安心できますし、見ただけで心も温まる感じです。
 少し高台にあり海がきれいに見える所ですが、「海は見たくない」という心境であることを聞かされ、まだまだ心の傷の癒しが必要であることを感じました。


 韓国チームが徹夜で準備して下さったチヂミと海苔巻き、キムチも大好評で皆さん喜んでいました。
 そして、アメリカから来られた韓国人の牧師夫人キム・マリアさんが角笛を7回吹き鳴らし、「一匹の迷子の子羊」という絵本を使いながらメッセージをして下さいました。そして、ハグして祈ったり、手を置いて祈ったりする姿も見られました。
 あるご婦人は「自分のような者が教会に行ってもいいんだろうか?いつでも開いているの?気持ちのアップダウンが激しいから、心の安定が欲しい。教会で心静めたい。」とおっしゃっておられました。継続した取り組みで徐々に人々の心が開かれているのがわかります。
 田老地区の学童では、高校生2名が大活躍。子どもたちにカードマジックを披露したり、全身を使って汗だくになりながら関わり、笑顔が広がりました。韓国チームが仮設住宅同様チヂミなどをご馳走し、マリヤさんが質問しながらメッセージを語りました。

 この日は、松井姉のハッピーバースデー。永田兄からステキなプレゼントが渡され、ケーキを持って駆けつけてくださった大塚先生が祝福の祈りをして下さいました。私たちも一緒にお祝いしながら、このスタッフの信頼関係、主を中心としたきずなの強さがよい働きにつながり実を結んでいることを確信し、心から感謝しました。







11月2日(水) 第3日

 このグループとしては初めて入った山田町織笠地区の仮設住宅。他とは違いマチュピチュのような坂のある仮設で上り下りが大変でした。ここでは洗剤を配布しながらカフェの案内をして回りました。天気も守られ外でテントを張ってのカフェにたくさんの方が集まってきました。そして、コート、セーター、子供服などの物資を広げて必要な物を持っていっていただき、毛布の配布もさせていただきました。「毛布が一番いい。あの時も毛布が何より助かった。」「他の仮設には色々来るが、ここにはなかなか来てくれない。だから来てくれてとても嬉しい。また来て欲しい。」との言葉が印象的でした。これから寒くなる中で、身体の温かさと心の温かさを求めておられるのがわかりました。




昼過ぎ、田老地区に向かう途中、これまでの労をねぎらい「ねぎラーメンの店」で食べることに。この2人の長期ボランティアに感謝するひとときとなりました。











11月3日(木) 第4日

 最終日は田老地区グリーンピアに広がる仮設住宅。高校生2人は岩塚先生と社協から座布団を運んで来ました。新品ではないのですが、ブルーシー
トに広げるとたくさんの人たちがもらいに来られました。「床が冷たくてじいさんと1枚の座布団に座っていたから、本当にありがたい。」と目に涙を浮かべて喜ぶおばあさん。「いただいていいんですか?ありがとうございます。」と皆丁寧に頭を下げて嬉しそうに持っていかれる姿が印象的でした。





 午後には、秋田の土崎グロリアチャペルからゴスペル&フラダンスのチームが来てコンサートを開いてくださり、たくさんの人たちが集まって歌声とダンスを楽しみ、そして福音に耳を傾けておられました。
 今回参加した高校生2人は、最初クリスチャンの中で少し緊張していましたが、毎朝のディボーションや祈り、交わりの中で心が開かれてきています。彼らが救われ教会生活を送ることができるようお祈りいただけたら幸いです。





10月24日

 
第33便 報告 第3日
 
10月21日
 
午前中は、津軽石の仮設住宅を以前うかがった時にお米が足りないと聞いていたので、一軒一軒まわって配りました。
そして、そこで出会った子供達とすぐ近くにある公園で一時間あまり遊びました。

午後は豊間根の仮設住宅の集会場に冷蔵庫を運び入れ、住人の方と少し話をしました。
帰りに、第二中学校の仮設住宅を2日前にうかがった時、必要だと頼まれていた服を配達しました。
 
 

10月21日


第33便 報告 第2日

10月20日

 午前中、河南地区(水産高校のグラウンド)の仮設住宅に行きカフェを行いました。そのなかで東京から来た先生がギターを弾き民謡や古い歌謡曲を全体で歌いました。そのなかに故郷を思い出す曲もあり、それを歌いながら涙する方もいました。最後には民謡にあわせて踊りを踊る方も大勢いてとても盛り上がりました。歌と踊りで心が開かれ、震災の当時のことやこれから不安なことを話してくださる方がたくさんいました。不安なことの中には国の方針が決まるまで何を悩んでいいのかさえわからないという声もありました。選ばれた国の指導者のために祈りが必要だと改めて思わされました。
 午後は田老町のMさんの家に行きました。札幌から持って行ったカーテンの取り付けのお手伝いをし、夕食を作り一緒に食べました。Mさんは私たちをこころよく迎えてくださり震災の話を含め様々な話して下さいました。まわりの家の人が仮設住宅などに行きほとんどいなくなってしまったと言われていました。
 仮設住宅の方、家が浸水したが残っていてそこでの生活を余儀なくされている方、それぞれに痛みがあることを感じました。




10月20日


第33便 報告 第1日

10月19日

 グレースコミュニティから3名でボランティアに参加しました。午前11時頃に宮古に到着し、宮古市の第二中グラウンドの仮設住宅でカフェをされていたチームと合流しました。私たちが到着した時には、集会所に10名程の方々が来られていて、歌を歌ったり談笑したりと楽しい時を過ごさせて頂きました。その後支援物資のお米を一軒一軒周って配り、ホクミンハウスへ戻った後、明日のカフェの準備をしました。
 夜7時半から宮古コミュニティチャーチで持たれた震災祈り会に参加しました。
 現地でコーディネーターとして仕えている永田兄が体調を崩して入院しました。回復のためにお祈り下さい。




10月14日


第31便 報告 第3日

10月13日

今朝も他団体の外国の方々とディボーションを持ちました。
その後、ときわハウスで低い椅子を作りました。低い椅子は老人の方々にとても喜んでもらえるそうです。田老市で一軒一軒回り、物資の配布を行いました。「いつもありがとう」と喜んでもらえました。車が無い家庭、老人だけの家庭が多いので、物資の配布はとても歓迎されます。




第30便 報告

10月9日 (日)晴れ

30便は私一人の参加でした。仕事の都合上、定期のスケジュールより1日繰り上げて出発しました。早朝八戸に到着後、新幹線で盛岡へ移動し盛岡聖書バプテスト教会にて礼拝をささげました。ホクミンの現地受け入れ窓口をして下さっている近藤先生にお会いしました。
礼拝後、宮古に向かい、夕方ホクミンハウスに到着しました。ボランティアの方々で快適な住環境を整えて下さったことに感謝です。この日は、宮古コミュニティチャーチの姉妹(明日のボランティアお手伝いのため)と一緒に宿泊しました。



10月10日 (月)晴れ

今日は中里地区(通称,愛宕)の仮設住宅に住んでいる方々に、集会所において物資の配布やマッサージのサービス、ゴスペルシンガー神山みささんのミニライブ、カフェの場を提供しながら、色々な方と交わりをさせて頂きました。
そのなかで、岩塚先生にマッサージを勧められて集会所に足を運んで来られた60代のUさんと出会いました。一見、カラ元気なおじさんといった感じでした。しかし、昨晩も今朝もアルコールを飲んでいたようで、Uさんをよく知る婦人の方が、お酒が入らないと無口な人なんだよ…と教えて下さいました。Uさんは、私をからかいながら冗談交じりに言葉を交わしていくうちに、不思議と親しくなり、そのうちにUさんのほうから胸の内を色々と話して下さいました。淋しさ、喪失感、不幸感、先行きの見えない不安定な生活。アルコールを飲まずにはいられないUさんの気持ちを察することしか私には出来ませんでしたが、同時にUさんのために祈る役割が与えられたと思いました。


夕方には、田老ベース(ボランティアの宿泊場所であり、支援物資の保管場所でもあります)へ行き、明日の物資配布(布団)を取りに向かいました。


10月11日 (火)晴れ

今日は震災があってから7ヶ月目です。朝8時頃、市長が市民の皆さんに向けて、街頭放送をとおして労いと励ましのメッセージが流れました。
午前中は河南地区(水産高校のグラウンド)の仮設住宅に、先週配り切れなかった毛布を届けに行きましたがそれでも足りず、また不在のお宅も多く、また日を改めて配ることになりました。これから寒くなるため、暖を取ることは必須です。あるご婦人から、「配った所には分かるように何か控えているの?少しでも多く…と思うから、貰っていても貰ってないと言う人がいるからさ…。」と尋ねられました。
過不足なく平等に配分される事が勿論ベストですが、物資の状況にも限りがあり、また働き手の足りなさからも、受け取る方々のニードに合わせた支援の難しさを感じました。
ここの仮設地域では、週に2回地元のお豆腐屋さんが出張販売に来られていました。Oさんが、「ここの豆腐うまいよ。いつも世話になってるからご馳走するわ。」と寄せ豆腐を私たちに買ってくれました。なんと…感謝。


午後からは、田老地区の社協をお借りして、カフェをしました。社協でのカフェは初めてとのことで、近隣の家々を訪問しながら呼び掛けて、10数名の方(子どもたちも)が来て下さいました。今後も毎週水曜日に開く予定だそうです。


10月12日 (水)晴れ

今日は午前中、樫内(宮古から田老に向かう途中)の仮設住宅へ向かいました。いつものカフェに加えて、大阪のボランティアの方によるたこ焼き、長野からのボランティアの方による出前そばが振る舞われ、いい匂いが立ち込め、来られた皆さんが美味しいと喜んで食べて下さり感謝でした。数名のご婦人の方とお話しすることが出来ました。二度の津波被害を受けている田老では、高さ10メートルにも及ぶ防潮堤を作り、誰もが口を揃えて、こんなことになるとは誰もが予想していなかったと話されていました。ある方は、ご主人と田老で唯一の写真店を営んでおり、今回の津波によって跡形もなく全てが流されてしまったそうです。また、あるご婦人は、もうこの年になってどうしようもない…仮設住宅を出たら市営住宅に入ろうと考えているとのことでしたが、行政がまだ動いていない状況に歯がゆさを覚えておられました。
午後からは、山田町の豊間根地区の仮設住宅に移動し、同じくカフェとたこ焼き・そばの出張を開きました。あるご婦人の方が、「いつも良くして下さってるから」と大根と人参の酢漬けを差し入れして下さいました。私は初めての訪問でしたが、すでにここでも良い関係が築かれていることを実感し、とても嬉しい気持ちになりました。
 

今回、宮古に来る機会が与えられて感謝でした。被災された方にしか分からない痛みや悲しみ、喪失感は測り知れません。しかし、7ヶ月経った今、被災された方にしか経験できない神様からの特別な力と希望が注がれていることも感じました。宮古コミュニティチャーチの岩塚先生や長期ボランティアの永田兄、松井さんの終日の働きのおかげで、出向く仮設住宅の先々で、すでに顔見知りになって関係が築き上げられていることも、継続した活動の大切さを教えられました。毎晩の松井さんとの交わりも本当に恵まれ、「居るべき所に居る」と話して下さった松井さんの言葉が心に留まりました。




10月13日


第31便 報告 第2日

10月12日(水)

昨日から、ときわハウスで北海道の日本語学校に通っている外国人のボランティア団体と一緒に泊まりました。アメリカ、イギリス、カナダ、ドイツ、中国と様々な国の方と、食事とディボーションをしました。大変、良い経験をしました。

そして、樫内町に行き、カフェを開きました。今日は室内で手打ち蕎麦、野外でたこ焼きを作りました。そのため、多くの方が集まり、外にテーブルを出して対応するほどでした。

午後からは、豊間根の仮設住宅でカフェを開きました。こちらでも蕎麦とたこ焼きが大人気でした。蕎麦の手打ち体験をされた被災者の方もいて、良い交わりを持ちました。多くの方に訪れていただき、嬉しかったです。

被災者の方々は震災の時、一瞬ですべてを失い、まだショックから立ち直れない方がほとんどです。しかし、仮設住宅に住んでから、近所の人やボランティアの方と出会い、交流をもてることに喜びを見いだす方もいました。震災を前向きにとらえるようになったのも、神様の導きです。


10月11日


第31便 報告 第1日

10月11日(火)

 今日は、お昼に宮古市に到着しました。その後、休む間もなく、松井姉と共に田老市へカフェに行きました。カフェでは、宮古コミュニティー・チャーチの方々と準備をしました。近所を一軒一軒回ってカフェ開店のお知らせをしましたが、みんなにこやかで、ボランティアを歓迎しているとの印象を受けました。
 カフェには11名の方々と子供4人が来て、良い交わりをもてました。みんな、明るくて良い方々でした。しかし、震災の話になると涙ぐんでおられて、震災によってすべてを無くしたショックの大きさとまだまだ癒しが必要であると感じました。子供たちは元気いっぱいで安心し、とても感謝させられました。




10月7日


第29便 報告 第3~4日

10月5日(水)

 本日は、9時に集合、まず午前中は赤前地区の仮設住宅で毛布の戸別配付と、カフェ。その後、赤前に残るチーム(毛布以外の支援物資の配付)と、山田町豊間根(とよまね)地区の仮設住宅に行くチームに別れ、私は豊間根に行き、集会所でのカフェに参加しました。支援物資の配付がなくても、来ている方と、ゆっくり2時間近くお話しました。
 岩塚師は、震災当初は、外から来た人には警戒心を持っていたけれど、今は遠くからも忘れずに来てくれることがうれしいと感じているので、今回のチームに、岡山や北海道から来たとぜひ言ってくださいとのことでした。
 豊間根の集会所には、月の予定表が貼ってありますが、今日の部分は「教会カフェ」と書かれていました。
夜は、田老ベースで、60歳台の被災男性二人をお招きして、御殿場チームの中の元中華料理長が腕をふるった夕食を共にしました。お二人はボランティアとの交わりを楽しみにしておられ、今回もとても喜んでいただいたようです。


10月6日(木)

 本日は、9時半に集合、宮古市磯鶏(そけい)の、宮古水産水産高校第2グランド仮設住宅にて、カフェ&物資の配付を行いました。朝からの雨が止まず、毛布の戸別配付は小降りになってから行いました。比較的ボランティアの人数も足りていたため、足が悪くてカフェに来ることが難しい男性のお宅を訪ね、仮設住宅内で約一時間お話をすることが出来ました。
 震災当時は、宮古市の金浜という所にお住まいで、警報が出てからお孫さんの車で避難しましたが、忘れ物をしたために、避難先からお孫さんが取りに戻り、間一髪津波には巻き込まれなかったと言っていました。同様にして家族をなくした方ともこの3日間でお話をしていたので、本当に間に合って良かったぁ!と、頷くことができました。




10月5日


第29便 報告 第1~2日

10月3日(月)

 今回のホクミンからは、グレースコミュニティ(札幌市)から1名で参加しました。八戸にフェリーで到着し、宮古のホクミンハウスには昼の12時頃に着きました。
 福音館で載せた支援物資をおろした後は今日は特に予定がなく、ホクミンハウスのパソコンの調整(無線LANが繋がらなかったので、色々やってみるも失敗)と、ちょっとぐらついていたトイレのノブを交換しました。




10月4日(火)

 本日は、9時半に集合し、岩手ネットワークに届いた支援物資に加え、社会福祉協議会の物資を田老地区のグリーンピア奥の仮設住宅で、戸別配付とカフェを実施しました。一月振りの開催だったそうですが、お出でになった多くの人が、喜んで帰られました。次回はいつなの?との質問も多く、2週間に1回は来る予定ですと、宮古コミュニティチャーチの岩塚牧師は答えていました。
 家族をなくし、一人だけで仮設住宅に入居している婦人は、笑うことがめっきりなくなって、と話しておられましたが、お帰りになるころには笑顔を見せてくださったのが心に残りました。同じ方が、これから自殺する人が増えるそうですよ、と言っていましたが、孤独感に加え、外に出なくなりがちな冬を迎えるこれからの季節に、一人じゃなく、イエス様がいつも一緒にいてくださることをこの働きを通して伝えて行けるようにと祈りました。
 ホクミンハウスのパソコンの無線LANは、なんとか接続することができるようになりました。








第28便 報告 9月25日(日)~30日(金)

9月25日(日)~26日(月)

深夜、東栄福音キリスト教会より6名が出発しました。
26日昼頃無事宮古市に到着しました。明日以降のミーティングを行い、田老地区、山田町、大槌町を案内していただきました。依然として解体されていない建物やがれきの山は多く、また地域によってもかなり差があることに驚かさせられました。大槌ではファミリーショップやはたさんを訪問し、これまでのお話や現状のことをお聞きし、明日以降の奉仕のためにとても良い交わりの時となり感謝しました。地域の方々の会話ややり取りを聞き、亡くなった方々、未だに見つかっていない方々のお話も多く、心の傷を垣間見ました。
 夜はJECA派遣チームとの夕食、交わりと、祈りの時を持つことができました。


9月27日(火)

 田老地区の仮設住宅にお邪魔し、カフェとサックス(遠藤師)・ピアノ(益田師)・ギター(近藤師)によるコンサートを開催しました。またお米や生活用品の物資をお配りし、沢山の方々と楽しく交わりができ、感謝しました。童謡を演奏した際は、口ずさむ方、涙ぐむ方がいらっしゃり、和んだ雰囲気で良いひとときが持てました。こちらの仮設住宅には子供が三才の一人しかいなく、高齢者の方々が中心でしたが、沢山笑えて良かった、悲しいことばかりじゃね、とおっしゃっていました。
 その後、田老地区沿岸部の被災された男性を訪ね、遠藤師の演奏や、交わりを持ちました。震災当初よりボランティアを自宅に宿泊させてくださっている方で、交わりの中で聖書の話もたくさん出来ました。一緒に夕食をいただき、とても楽しい交わりの時となり感謝でした。


9月28日(水)

 他チームと共に田老地区の仮設住宅にてカフェと演奏会、物質配布を行いました。400戸以上の大きな仮設住宅ということもあり、大勢の方々に来ていただき、カフェも間に合わないほどの忙しさでした。皆さんで楽しく童謡の演奏で声を会わせている方々、ボランティアスタッフと深く交わりをしている方々など様々でした。こちらの仮設住宅は、久しぶりに訪れたということもあってか、とても喜んでくださって、私たちの名前をおぼえてくださったり、次はいつ来るのかという方々が多くいらっしゃりと、繋がりを求める姿が感じられました。皆さん仮設住宅生活が長くなり、ストレスや不安の中にある方々も多く、このような奉仕の重要性が増しているようです。
 午後からは4つのチームに分かれ、田老地区デイサービスでの演奏会、同じく田老地区での物資配布、田老ベースの掃除、午前に配布して大好評だった木製イス作りをそれぞれ行い、特にデイサービスでの演奏は30名ほどの参加があり大好評でした。集まられた皆さんからは、とても熱いもてなしを受け、宮古弁のクイズ大会などをしてくださったり、美味しいリンゴジュースをご馳走してくださったり、とても良い交わりの時に感謝しました。
夕方から田老地区の小学校の学童保育に伺わせていただき、ゲームや「たいせつな君」読み聞かせ、演奏などを行い、子ども達と交わりを持ちました。子ども達、先生方にはとても喜んでいただき、恵みにあふれた喜びの時に感謝しました。


 夜は宮古コミュニティチャーチの祈祷会に参加させていただき、遠藤牧師はメッセージをさせていただきました。交わりでは、震災時のお話、復興についてのお話を沢山聞かせていただき、大変なご苦労と、またその中での主の御わざを知りました。
 宮古のように復興が進むにつれ仮設住宅生活などでの心のケアという奉仕が大切な一方で、南の地域では未だ復興が進んでいない所もあり、そちらへの働きかけも今後並行して行って行かなければならないという現在の状況を知りました。


9月29日(木)

 山田町の仮設住宅にてカフェと演奏会、物資配布を行いました。午前は50戸ほどの小さな仮設住宅で、10名ほどの方がいらしてくださいました。午後は二手に別れ、歩いて3分ほどの所、80戸ほどの仮設住宅で、20名ほどの方がいらしてくださいました。こちらの地域は、他の仮設住宅より部屋が狭そうで、家族4人がなんとか暮らしているという声も聞かれ、とてもストレスがたまっている、新しく家を建てる目処のつかない暮らしに不安を感じるといった方がいらっしゃいました。こちらの仮設住宅では、初めてカフェや演奏会を行ったこともあり、とても心がなごんだと感謝の言葉をいただきました。午後からの所は、集会場で映画上映やワークショップなどを企画しておられるご婦人がとても元氣で、集まった方々もやはり明るく前向きな印象がありました。みなさん、これから寒くなり冬を迎えるにあたっての不安や足りない物への声が多く、ご要望に対し、これからの奉仕も変えていく必要性を感じました。
 夕方には宮古を出発し、帰路につき、30日には無事北海道へ戻りました。



第27便 報告 9月23日(金)~26日(月)

9月23日(金)

 10時過ぎに着くと、この日は夕方から雨になりとても冷えていました。ホクミンハウスの中も冷え冷えしていました。私たちが少し迷ったので、松井姉が外に出て迎えてくださったのですが、風邪気味のように鼻をぐすぐすさせておられました。出発前から暖房機の必要を伝えられていましたので、北海道の家屋とは違って底冷えすることを体験できました。


9月24日(土)

 台湾からのクレープ店の計画がチャンセルになり、急遽札幌の家族にインターネットで「クレープのレシピ」を調べてもらい準備しました。松井さんいわく「計画があってもいつどうなるかわかりません。臨機応変に進めなければ」とのこと。
 朝食後、マギンティ宣教師夫妻のところに行き、支援物資用のお米を頂きに行きました。そこで、反射式のストーブを2台いただけることになり、神さまの備えを感じました。マギンティ宣教師夫妻はまだ住み始めて1週間と言われましたが、新しい住居や駐車場の契約で困難な状態をお聞きしました。


 毎週土曜日は、盛岡の「あそびたい」の方々が来られて、近くの学童保育所で子どもたちと遊ぶ日です。盛岡チームは、出発が遅れ11時着の連絡があり、必要な材料を生協で購入し、果物を切って用意し、粉とホットプレートは盛岡チームが用意しました。
 その準備の間に、ホクミンハウスにはインターネットの設備はあっても、設定がされていませんでした。それでまず有線でインターネットが出来るように設定しました。夕方に無線ランに挑戦することにしました。
 学童保育のところに行くと、もうすでに盛岡のチームの方々もおられて、10数名の子どもたちと遊んでいました。早速準備をし始めるも、ブレーカーが落ち、部屋を移し、ようやく開始。盛岡チームの持ってきた粉はすでにココアが混じったものでしたが、学童の先生に足りない道具を借りつつ、子どもたちもクレープ作りに参加し、自分のクレープを作りトッピングし12時にはみんなで食べることが出来ました。その後、残って子どもたちと遊ぶチームと小規模の仮設住宅に物資を届けるチームに分かれて活動。


 小規模の仮設住宅にはほとんど支援物資が届かないそうで、今まで言っていない初めての場所に向かいました。単に物資を届けることが目的ではなく、関係を作ることが目的なので、話しかけられたり、お茶を出されたら、断らずにいただくように教えられました。2ヶ所の仮設住宅に行きましたが、2ヶ所とも快くお米と果物を受け取ってくれました。断られることはありませんでした。だた、まだ転居の途中の方もいて、留守のお宅もありました。
その後、松井姉が田老町に向かうことを示され、果物とお米を補充して、田老町に向かいました。津波の被害に余りあっていない住宅街に向かいましたが、立派な建物も何件もありましたが、港が津波で破壊され、仕事を失い、近くには店もまだ再開されていなく、車で宮古まで出なければ、買い物も出来ない方々のことである。その集落の入り口の邪魔にならないところに車を止め、お米と果物を持って25~6軒の家に6人で配布しました。5kのお米を3袋ずつ持って、その集落の中を何往復もしました。
 ある家庭では、「お米を持ってくるといっていたので待っていた。」と。また、この家にも行ってほしいと迎えに来られたり、小さな男の子が付いてきて先導してくれもしました。
 帰り際、集落の入り口の家で網を直していたおじいさんやおばあさんが見送ってくれました。
その後、田老町の港に行きました。瓦礫はほとんどありませんが、まだ、港の施設は壊れたままで、土台しか残っていないところに花が添えてあったり、たたずんでいる方もおられた。復旧復興はまだまだこれからという感じでした。


 夕方5時ごろ盛岡チームの3人を学童保育のところに送り、子どもたちと盛岡チームを見送り、仕事終了。
その後、ホームセンターにいき、暖房機の購入と絨毯、ポリタンクの購入。3人ともよく働いた1日でした。外食を取ることにし、ゆっくり食事をしました。


9月25日(日)

 10時30分宮古コミュニティ・チャ-チの礼拝に参加する。クラッシュ・ジャパンのスタッフの方も参加され、マギンティ先生がメッセージでした。牧師の岩塚先生は1週間休暇を取られていたそうですが、盛岡でチャリティに参加され、司会を急に頼まれたとか。また、夏の時期には、1週間で100人以上の方がボランティアで訪れたとか、松井さんがいなかった2週間は大変だったが、松井さんがいてくれるので本当に助かるとお聞きしました。礼拝後1時間ほど交わり帰宅。途中、コンビでお弁当を購入し昼食。
 その後、ケーズ電器でLANケーブルを購入に行き、ケーブルの設置を完了。最後に3人でお祈りして、ホクミンハウスを出発しました。




第26便 報告 9月18日(日)~22日(木)


9月19日(月)

今日は移動が大きな時間を占めましたが、スケジュール通りに行う事ができました。13時前には松井姉、第25便ボランティアと合流し、継続的な関わりのある現地の方の住宅で、障子の張替えを行いました。また、水曜日にある“お琴のコンサート”のチラシを配布して歩きました。
 チラシを配布しながら様々な方とお話をする中で、継続的な働きをする事に大きな意味を感じました。そのまま夕食も一緒に食べさせていただき、とても良い時となりました。
 必要は刻々と変化してはいるものの、目の前の隣人を愛する事に変わりはなく、主の心を受け取り、できる事を誠実に行いたいと改めて思いました。明日はより祈る事を実践し、神様の心を受け取り、愛を行動できるようにしたいと思います。


9月20日(火)

今日は、宮古市の仮設住宅が集まる場所にある集会所で、CAFEの働きに加えさせていただきました。CAFEは仮設住宅に移られた方々へ、交流する“場”を提供するために行っている働きです。コーヒー、紅茶、クッキーを用意し、話しをしたり、裁縫をしたりしました。スタッフの中に、美容師さんがいたため、急遽美容室にもなりました。話しをする中で、涙を流される方、髪を切ってもらって涙を流される方がいました。実際にこの場に来て、必要に応える喜びを感じました。
 共に働いた3.11ネットワークの方と昼食をとったあと、夕方にはホクミンハウスにて物資の仕分けを行いました。
 今日も、長期スタッフの段階的な働きを目にして、感謝するとともに、祈り続ける必要も感じました。松井姉の“祈りは最前線である”という言葉を覚えて、現地にいても、北海道でも祈り続ける者でありたいと思いました。明日も午前中に別な場所にてCAFEの働きを行います。午後からはお琴のコンサートを手伝わせていただきます。


9月21日(水)

今日は午前中に赤前小学校の仮設住宅にてCAFE、琴のコンサートを行いました。そこの場所でも今まで継続的な関わりをしてこられた現地のスタッフ、特に岩塚先生の人間関係に感謝するばかりでした。
 午後からは田老町にてお琴のコンサートを行い、急遽台湾から来ている方々と合流して、彼らが焼いてくれたクレープをみんなで食べました。
 現地では突発的な働きが多くあり、特に長期的に働かれているスタッフのために祈りをしていく必要を感じました。ボランティアを動かす働きに、苦労されている事を知るとともに、現地での長期スタッフがより必要であるとも感じました。
 夜は宮古コミュニティーチャーチの祈祷会に参加させていただき、宮古のため、日本のために祈りました。

 



第25便 報告 9月16日(金)~21日(水)


9月17日(土)

今回のボランティアは私達夫婦二人での出発になり、いつもの日程とは違って、16日金曜深夜~21日火曜深夜帰りの変則的 でした。
まず出発には盛岡から来られた大塚牧師と共に八戸に向かい、短い時間の道中でしたが良い交わりをさせて頂きました。今回から新たに用意され今後の活動拠点になる仮称ホクミンハウスに着いた後は松井姉に従い、妻は美容の奉仕へ、年配のご婦人と4歳の子供の二人でしたが喜んで頂き、特に子供はニコニコしていました。感謝です。
私は先に来られてた松浦兄姉ご夫婦とカフェ準備、開店のお知らせをして待っていました。あいにくの雨降りの中でしたが9人も来られてそれぞれ良い交わりが出来ました。終わった後は雨の中、後片付け迄手伝ってもらい感謝でした。会話の中に被災者の方々のまだ癒す事の出来ない心の痛みがあることを知らされました。その中に主の守り、癒しがありますように祈る事を改めて思わされました。

  


9月18日(日)

ボランティア2日目、今日は主日礼拝、来たそうそう感謝です。ただ妻は昨日、カフェに来られたご婦人3人から美容パーマを要望され礼拝後午後から奉仕に入ります。用いられ感謝です。礼拝では岩塚牧師の『イエス様から愛を頂いた我々もまた周りの人々に愛を持って仕えよう』とのメッセージを頂きました。又今後2年間の奉仕でマギンティ宣教師夫妻、七飯から本間兄姉夫妻も2年間のボランティア奉仕、香港からもと大勢の人々が来られました。力強い主の守りがあり、又主の導きを思わされました。明日は田老地区の方の家の清掃、交わりの予定です。


9月19日(月)

今日は、朝から雨。岩塚牧師一行は10:00から夕方迄愛宕地区中里団地公民館でカフェオープン。松井姉と我々は田老地区のMさん宅での奉仕。感謝なことにMさん宅に着く頃には雨はやみ、奉仕が終わったあと又雨が降ってきました。主の守りです。挨拶して少し交わった頃新たに札幌からの若者2名が加わり、更に賑やかな雰囲気になり、Mさんは私達夫婦も又彼らも初対面にもかかわらず歓迎して下さり、皆さんの今までのホクミンの働きによるところの大きかった事を、今更ながら覚えました。奉仕は箏コンサートをするの二階会場の部屋の掃除、各部屋の障子貼り、これはMさん指導で若者担当でした。後はチラシ約100件配る事が出来、Mさんとの食事や交わりは本当に主の守りの中、感謝です。


9月20日(火)

今日は、ボランティア最終日、午前中カフェでの奉仕です。若い兄弟二人が加わり、朝ディボーションで御言葉をわかちあった後、皆で朝食作り、恵みに感謝して頂きました。新名称『ホクミンハウス』のカンバンの前で記念撮影、雨が降ってましたが喜びがあふれる思いでした。豊間根地区でのカフェオープンですが、その前に一日目に髪をカットした二人の家庭に行き、帰りの挨拶がてら『大切な君』の絵本を渡す事が出来、感謝です。尚この仮設住宅は近くですけど初めての場所であり、松井姉も今後も続けて交わって行きたいと願っています。お祈り下さい。岩塚牧師、マギンテイ宣教師夫妻一行とで出発、到着後すぐカフェ準備、被災者の方々へのオープン案内と、松井姉の指示により全員が手際よく出来ました。少ししてから私達が帰る迄には10人位、雨降りにもかかわらず来てくださいました。特に私達は75才とは思えない若々しいご主人と交わる事が出来ました。今回の津波により色々とツラい所を通らされた話しを聞かせて頂き、更に被災者の方々への回復等の為に祈っていく思いを覚えさせられました。この交わりは主の導きに感謝と共に再度来て交わりをしたいと思い祈り捧げました。今回のホクミンでのボランティア奉仕は私達夫婦にとってクリスチャンとして主の大きな恵みを覚えるときとなった事に感謝したいです。

 



9月27日


ホクミン第24便 報告  9月11日(日)~16日(金)

第24便は、ホクミンの宮古拠点となる家の賃貸契約を結ぶこと、生活できるように整えることを目的として行ってきました。
すでに送られてきていた契約書に署名捺印したものを持参し、9月12日(月)現地の不動産屋でスムーズに契約を結ぶことができました。この不動産のの方は大変親切で、神様が備えてくださった恵みに感謝しました。借りた家の大家さんも近所から大変評判の良い方で、「ここの大家さんはいい人ですよ」と声をかけられました。

北海道からは洗濯機、掃除機を持参し、現地では電気冷蔵庫、食器棚、テーブルなどを購入しました。台所用品も買いそろえ、約3日間をフルに使って生活できる状態を作り上げて帰ってきました。

新しい家を早速訪問くださった方々が、この家に素敵な名前をつけてくれました。「ホクミンハウス」。
予定していた名前ではないのですが、とても気に入って、この家を「ホクミンハウス」と呼ぶことにしました。
住宅街にあり、すぐ向かいにはデイケアセンターもあります。
「ホクミンハウス」の隣近所の方々の祝福のために、ぜひお祈りください。



9月15日

【ご案内】 ホクミン東日本大震災支援 報告と祈り会


日時:9月16日(金) 午後7時~8時30分
場所:北海道クリスチャンセンター (札幌市北区北7条西6丁目 ℡:011-736-3388)

内容:賛美&礼拝
○現地牧師のお話:大塚史明牧師(盛岡みなみ教会)※このために来てくださいます。
○被災者からのメッセージ(ビデオ)
○ボランティア参加の証し:三宅真嗣牧師(リビングホープバプテスト教会)
○ホクミンハウスの紹介:宮古に設置したホクミンの拠点です。
○祈り合い等

参加無料ですが、自由献金の時をもちます。
駐車スペースに限りがありますので、公共交通をご利用くださると感謝です。

主催:ホクミン



9月1日


釧路キリスト福音館チャリティーライブ

8月28日(日)午後2時から、釧路キリスト福音館(山形浩之牧師)が教会堂で東日本大震災チャリティーゴスペルライブを開き、集められた義援金12万3157円を送ってくださいました。ライブでは、被災地でボランティア活動を行った3名が現地の様子を報告し、支援を呼びかけました。被災地から最も遠い地域から、熱い祈りと支援が届けられましたことを、感謝をもってご報告いたします。





長期ボランティア再び被災地入り


ホクミン派遣の長期ボランティア松井博子姉が、8月28日(日)夜に札幌を出発して、29日(月)再び滞在先の岩手県宮古市に入りしました。約1年間の予定で支援活動を展開します。被災者の隣人として仕えることができるよう、お祈りください。



野田村長より、ホクミン宛に感謝の手紙が届きました。

拝啓
3月11日に発生した東日本大震災大津波に際し、全国各地から寄せられた多くの救援物資や励ましに対しまして、心より感謝申し上げます。
今回の被災により、多くの村民が住居等を失いましたが、現在は避難所生活から仮設住宅や民間賃貸住宅などに入居し、日常の生活を取り戻しつつあります。
今後は、関係機関の皆様のご協力の下、村民一丸となり復旧・復興に向けた取り組みを進めて参ります。今後とも引き続き皆様からの温かいご支援ご協力を賜りますようお願い申し上げます。
敬具
平成23年8月18日
岩手県野田村長 小田祐士




8月26日


第23便報告


8月22日(月)

今回のホクミンからのチームはリビングホープ教会牧師の三宅だけの参加となりました。
午前7時30分に、盛岡聖書バプテスト教会に到着しました。「3・11いわて教会ネットワーク」(青森の牧師3名参加)に合流し、釜石に向かって出発しました。さらに釜石でクラッシュジャパンスタッフと合流し、今は閉校している釜石商業高校のグランドに建てられている仮設住宅敷地内に、テントを設営し、無料カフェを行いました。約200世帯が住む大きな仮設住宅ですが、あいにく雨で肌寒く感じました。それでも、三名の被災者とお話をすることができました。漁師の方ですが、船が流されたため、仕事ができず、連日、パチンコで時間を過ごしているそうです。また船と家の購入返済の二重のローンを抱えているので、弁護士と相談するそうです。夕方、宮古市にあるベースキャンプとして使っている家に到着しました。


8月23日(火)



ベースキャンプからOMF宣教団体が借りているときわビル4階に移動しました。(車で30分)盛岡聖書教会から派遣されたパティシエの方の指導のもとクッキーを作りました。クッキーはカフェで提供するためのものです。夕方、「3・11いわて教会ネットワーク」の三名の牧師は帰還しましたが、田老ベースで長岡教会のチーム(5名)と台湾チーム(9名)と台湾人宣教師ポー先生と合流しました。


8月24日(水)


合同チームで早天祈祷礼拝をし、朝食を食べました。その後、つくば市から来られた大工の方と3人のボランティアで、甚大な被害があった田老町に行き、被災者宅で棚を製作する作業をしました。この大工さんは今回で5回目の被災地入りだそうです。田老町でカラス対策のために路上ゴミ箱を作っている時に、一人暮らしの男性(65歳ぐらい)被災者と出会い、そこから復旧の手伝いをするようになったそうです。人との出会いの中で、ボランティア活動が広がっています。被災者のお話によると、「一緒に時間を過ごすことが、何よりの喜びだ」ということです。


8月25日(木)



前日は、大工チーム、クッキー作りチーム、モバイルカフェチームと3チームに分かれ、活動しましたが、この日は、全員でモバイルカフェの活動をしました。比較的小規模な仮設である豊間根地区に到着し、カフェを始めました。さっそく2名のおばあちゃんが来て、お話をしてくれました。このモバイルカフェの開催を、いつも心待ちにしているそうです。健康で、元気そうに見えますが、お二人とも、身内の方を亡くされ、心の傷を負っているように感じました。その後、来られたご婦人は、在宅中、津波にのみ込まれ、命からがら避難できたそうです。海を見ると恐怖感を抱き、ご自分で、うつの状態が続いているとお話されていました。話を聞くことで、少しでも心に癒しに繋がってゆくことができるなら幸いです。夕方、現地スタッフ永田兄に、宮古駅まで送迎して頂き、バス、新幹線、夜行列車などを乗り継ぎ、金曜日午前6時に札幌に帰ってきました。




8月26日


第22便報告


8月14日(日)
20:00、札幌キリスト福音館にて集合しオリエンテーションとミーティングの時を持ち、その後、苫小牧港より24:00時フェリーにて出航しました。


8月15日(月)
7:30に青森県八戸港に到着、朝食をコンビニで買いつつ、岩手県宮古市へ。岩手に入り、少しずつ震災の、津波の被害が実際に見えてきました。




お昼に宿泊予定地に到着!!と思ったら、そこは空き家で、実際にはその下にある民家が宿泊場所でした。私たちが今回宿泊した場所は、つい1週間ほど前から、ボランティアの活動拠点として使い始めたようです。
早速着いてすぐに午後からのボランティア活動の為に荷物を積み込み、お昼を食べた後に仮設住宅への出張カフェと物資を配る活動へと出発。すぐ近くの仮設住宅へ。
カフェの準備をしながら、仮設住宅の一軒一軒を訪ね、カフェと生活物資がある事をお知らせします。その時に、必要なものや入居者の状況を訪ねながら確認していきます。
その日行ったところには、122戸の仮設住宅があり、子供からお年寄りまで多くの人がおられました。この仮設住宅には、出張カフェやボランティアが今までも来ていたようで、人々の反応も、ボランティアが来ることに慣れている様でした。


8月15日(火)
午前中は、宿泊箇所の物資の整理をするチームと、食材の買い出しをするチームに分かれ、買い出しに行くチームは宮古まで片道30分ほどかけて周囲の探索含め、食事できる所なども探しながら、確認しながら買い出しへ行きました。
お昼からは昨日と同じように仮設住宅へ。この仮設住宅はまだ新しい様で、私たちがお世話になっている、「3.11いわて教会ネットワーク」でも初めて行くとの事でした。実際に着いて戸別に訪ねてみると、3分の1以上は未だ入居しておらず、なんでも、お盆を避けて入居するのではないかと、既に入居されている方たちが話していました。
ここでのボランティアは、昨日の出張カフェと物資配布、それに昨夜合流した、関東から来た美容師の方が、ヘア・カットのボランティアなども行いました。



帰りには浄土ヶ浜と田老地区の防潮堤へ寄り、そこでも津波の被害を実際に目で見る事が出来ました。浄土ヶ浜近くの蛸の浜、そして田老地区は津波にのまれ、防潮堤の決壊した部分や、ほとんど津波で破壊された故にきれいに整地された地区、また瓦礫や廃車がきれいに積み上げられていました。


夜には、他の教会からのボランティアとも合流し、30人近くの大所帯で食事や交わりの時を持つ事が出来ました。


8月16日(水)
初日から怪しかった雲行きが、本格的な雨と変わり、とりあえず現地に行ってみてから様子を見ようということになり、現地へ。今日行く場所も、初めてのことで少し迷いつつも到着。しかし、やはり雨がひどく、しばらく待機してさらに様子を見ることに。
暫く車の中で待機していると、この仮設住宅の地区には集会所が併設されていることが分かりました。丁度、別のボランティア団体がその集会所を使っており、私たちも使用できないか、社会福祉協議会に問い合わせしてみることに。しかし、回答は時間が遅いということもあり、即日すぐには貸せないとの事でした。
皆、少し途方に暮れながらも、どうするかを祈って決めることに。祈っている間に、「人々の所へ出て行きなさい」という言葉が与えられ、皆がここでカフェと物資の配布をすることに。
初め、この仮設住宅は未入居の個所もあり、あまり人数もいないと思っていましたが、すぐ下にも仮設住宅の棟があり、そこへも戸別訪問をして、カフェと物資配布所に来て頂くことができ、また天気も守られ感謝でした。


8月17日(木)
今日も雨がひどく、準備をしていましたが、先発した別のチームがボランティア活動を断念したということを聞いて、私たちも今日帰途に着くという事もあり、この日のボランティアは断念することに。代わりに、宿泊箇所の清掃と整理、またゴミが溜まっていたので、宮古市の清掃センターへゴミを処分しに行く事にしました。清掃センターでは、ボランティアのゴミは50㎏までは無料で処分してくれるようでした。また、リサイクル品の分別に関しては少し細かいようです。
お昼を取り、帰途へ。行きの時にはフェリーに乗る時間に間に合うか少し焦りましたが、帰りは時間通りに到着することができ、またフェリーの中でも、往路よりは多少混雑が緩和されていました。

まだまだ、現地では多くの必要がある事を見ました。その必要も、即応的なものから、長期的に必要なものへと需要が変わってきているものもありました。私たちが出来ることもまだまだあり、被災地の人々とつながって必要を満たすことができると思います。





8月13日


 
 第21便報告(続き)


8月9日(火)
今日は宮古駅の近くにある新しい仮設住宅でオープンカフェをしました。初めてこの所でやると聞いて、皆も不安がありました。しかし、すべての活動がうまく運んで、すこしでもそこの住民たちの癒しになれれば、良かったと思いました。


こちらは、ほかのチームのボランティアが作って、仮設住宅の住民たちに贈る小さな椅子とテーブルです。お年寄りや子供がけっこうこういうものがほしいのだそうです。私達が椅子34個テーブル17個を車に積んで、仮設住宅へ届けました。


朝、オープンカフェの準備をしました。


聖書を読み、祈り、分かち合う時間をいつも持っています。


荷物を積んで、仮設住宅へ向かってきました。お米は、一軒一軒に届けました。


ここにテントを張ってオープンカフェを始めました。今日は昨日より来られる人数が少なかったですが、一人一人とじっくり話して、さらにボランティアの意味を皆で、味わうことができました。オープンカフェには最初から最後までおられる方もいて、本当にいい交わりの時間を持ちました。


8月10日(水)
今日は、宮古の仮設住宅へ行って、オープンカフェをやりました。来られた方々と話して、本当に自分が神様に使われ、人々の心を癒してるんだなぁと思いました。
オープンカフェに最後までいた3人のおばあさんがいました。その中のお一人はすごく毎日楽しそうな感じをしましたが、実は家には一人しかいないだそうです。「自分でどんな料理をしますか?」と聞きましたが、「一人だから、なんでもいいです。すごしだけでいいから。」と答えていました。今一人で住んでるお年寄りの方が多くて、本当にこれからもしボランティアが来ないと、一人での生活はどうなるかなぁと心配しています。やはり、仲間で互いに支えあう事が大事だと思いました。ボランティアは作業だけではなく、人の心を支えることは大事です。また、時間は今だけではなく、本当に長くて続くべきなことだと思います。前より、今の被災地は、穏やかの情況だけれども、人の心を癒すのは、長い時間を経たないとできないことだと思います。だからこれからのボランティアは、自分の手を通して、神様の愛を伝えるように祈らなければなりません。

今日はまた祈祷会があって、鍛冶先生がメッセージをしてくださいました。テーマは「人間は神様を褒め称えるため作られた」でした。後は交わりの時や祈りの時もいつも忘れずに持っています。




8月10日


 
 
第21便報告

8月7日(日)
札幌福音自由教会から八名出発して、苫小牧へ向かいました。
 
 
 
無事にフェリーを乗って、皆でこのボランティアについて、お互いに考えていることを話し合いました。
 
 
 

8月8日(月)
八戸に到着して、宮古へ向かって出発です。
 
 
 
 

途中、野田村を通しました。初めて被災地を生で見て強く印象付けられました。
 
 
 
 野田村生涯学習センターは、津波でつぶれて、今は写真保存館になりました。こういうものを見て、本当に災害の前に人間はどのような小さなものかなぁと思いました。
 
 
 
田老は全体的に被災しましたたが、瓦礫のなかには花がありました。
この写真と同じく、絶望の中にも必ず希望があるんだと感じました。
 
 
 
 もうだいぶ前よりきれいになりましたが、被災地の復興はまだまだ時間かかると思います。
 
 
 
昼12時ごろようやくボランティアの活動を始めました。
まずは、仮設住宅の人とオープンカフェをやりました。このとき、韓国の宣教ティームに会って、住民たちとお茶を飲みながら話しました。暑い天気でしたが、皆さんの元気な顔を見て、本当に不思議な力だと思いました。韓国のチームは宣教のプログラムのスキットや賛美をやっていて、すばらしい時間を過ごしました。
3時に終わる予定でしたが、5時までやりました。そこの住民の方々と話しながら、お年寄りの方たちにマッサージをしてあげました。ただのマッサージではなく、心までも癒されるなら私達にとって、幸いなことだと思います。

 
 
 
 
 
 

8月6日



3.11いわて教会ネットワークのお引越し

8月4日(木)は、 3.11いわて教会ネットワークの引越しをしました。
1代目はN館。N館の再開工事のため引越し、どこに行くのかわからないまま荷物をまとめ、リミットの日を迎え、神様はギリギリのところでときわビルへ!
2代目はときわビル。OMFのご好意で、ときわビル4階を与えてくださいました。そして、
3代目はさらに大きな家を用意していてくださいました。
よい天候に恵まれ 働き人も充分あたえられ、 神様のなされる業をほめたたえずにはいられません。









8月5日



第20便 報告

8月1日(月)  今回のホクミンチームは森と釧路から公共交通機関を使ってそれぞれ宮古に着きました。たくさんの荷物を抱えての移動は大変なのに、イエスさまの愛に押出されやって来た二人でした。pmときわビルに着いて、休む間もなく豊間根(宮古市)仮設住宅でアメリカのバプテスト教会の方々が開いてたモバイルカフェに合流して、入居している方々にお米をお届けしました。

山田町仮設住宅で韓国オンヌリ教会の若者たちによるカフェとパフォーマンスを岩塚先生と永田さんと長期ボランティアが見学して来ました。小さな子も全身を動かし楽しんでいました…


アメリカらのパプテスト教会のマイケルくんと仲良しになりました。


ボランティアの一人は永田さんと宮古小学校で  先に遊んでいた三沢基地の若者たちに合流し、水鉄砲などして遊んできました。

2・3日の2晩は 田老でかたずけを何度かさせて頂いたMさんの2階で泊めてもらい一緒に食事を何度かしました。
とてもよい交わりができ 私たちも楽しく過ごしました。


8月3日(水) Mさんのガード下の駐車場の瓦礫撤去作業を男性が、海水で汚れた食器類の洗いとたくさんの賞状のあらい整理を女性が行ない、お昼をMさんとMさんのお友達と一緒にそうめんをいただきました。
PMは明日予定の「3・11いわて教会ネットワーク」引越しの準備をしました。ときわビル4階の荷物を1階駐車場に下ろす作業ですが、ときわビルに宿泊していた三沢米軍基地から来ていたボランティアの若者達(13~14才)が階段にならんで手渡しで運んで下さったので助かりました。まさに“主の山に備えあり”です。

夜、ホクミンチームは宮古コミュ二ティチャーチの祈り会に参加させて頂き、特に被災地のために祈りました。

岩塚けいすけくん(岩塚先生の三男)はこの日バースデー!14歳になりました。左

4日(木)  7:30には私達と一緒に奉仕をしてきたカンバーランド教会の方と永田さんは引越し作業の為宮古へ出発。ホクミンチームは8:00にMさん宅を出発し帰路に着きました。途中今日の引越し先の家に寄り、祝福と引越しの安全を祈りました。

各々にMさん宅を出発

岩手の紫陽花   色が鮮やかです




7月30日



第20便 明日出発

第20便は、釧路と森から出発します。
釧路からは31日(日)夕方出発、森からは8月1日(月)朝に出発し、
それぞれ、電車、フェリー、バスを乗り継いで、宮古に午後1時頃到着の予定です。
宮古では長期ボランティア松井さんと合流して、活動を開始しします。
お祈りください。





第19便と長期ボランティア松井さんの一週間レポート

725日(月)

ホクミンの4人無事宮古に到着。フェリーは大変揺れて酔った人もいたとか・・・。

ときわビルにて昼食・休憩をとり、PM3:00より赤前地区の仮設住宅に先週届いた野菜を届けました。岩塚先生・神奈川からきた川口さんと一緒に奉仕しました.

 

726日(火)

AM山田町の仮説住宅に野菜と果物を、岩塚先生とホー先生と一緒に届けました。いつもは入り口に近いところに物資を置くのですが、一番奥のところに置いてみたところ、いつも遅くなっていた奥のほうの方に好評でした。

お昼をとって釜石へ向かう途中、第3便で炊き出しをさせていただいた大槌町大ケ口多目的集会所を訪ねました。避難されてた方全員仮設住宅や他の所に移られて今日で閉鎖の為、ボランティアの方がお掃除をしていました。炊き出しの際大変お世話になった調理の岩間さん(右)里館さんに()お会いでき自ら被災された中でのご奉仕をねぎらい、また感謝を申し上げました。


釜石の新生釜石教会へ着くと柳谷雄介先生のお父様がにこやかに迎えてくださいました。お父様は教会駐車場で開いているオープンカフェ「赤テント」のため毎週こられています。雄介先生ご一家はこの日仮設住宅に引越でした。オープンカフェには道ゆく方や近所の方や避難所にいた方など沢山の方の憩いの場になっています。


夕食後、大槌町桜木町のYショップを訪問。奥さまと話し、被災当時の事などをお聞きし改めて津波の恐ろしさを感じました。


727日(水)

留萌からボランティアにきている三浦元気くんをリーダーに教会近くの洋品店の瓦礫の除去作業をしました。元気くんが何日もかかってもなかなか進まなかったのが、総勢7名で作業してお昼前に終わり、“やっぱり人数がいると早いよな!”一人で頑張ってた元気くんに拍手!!


7
28日(木)

AMは、教会近くの喫茶店の泥出し作業と「赤テント」カフェのお手伝い。
PM
はフリー 。パナマの船が津波で岩壁に打ち上げられているというので港に見に行ってきました。

7
29日(金)

AM8:00  ホクミンチーム4人は釜石を離れ一路仙台へ。長期ボランティアはAM「赤テント」カフェのお手伝いをしてお昼前に宮古へと予定してましたが、急きょ柳谷雄介先生や夜に教会で講演をされる山中先生の昼食を作り一緒にいただきました。

PM4:00ごろ宮古に着き、久しぶりにN館に泊めていただきました。


新生釜石教会の全体です


新生釜石教会の玄関先にある標語です。

新生釜石教会の柳谷雄介先生です
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新生釜石教会出発 前右端~山中先生   後左2人目~元気くん




 
7月28日
 

 
 
東日本大震災復興支援講演会のご案内
福島で被災した佐藤彰氏(福島第一聖書バプテスト教会牧師)の講演会があります。
この教会は、福島第一原発に近く、現在も立ち入り禁止のため、教会に行くこともできません。
その佐藤氏がこの度、『流浪の教会-地震・津波・原発事故』を著しました。
原発に一番近い教会の牧師が何を見て、何を苦しみ、そして何を思ったのか。
ぜひ直接お聞きください。
 
東日本大震災復興支援講演会
講師 佐藤彰氏
日時 8月3日(水)午前10:30~12:00、午後7:30~9:00
会場 札幌キリスト福音館(札幌市北区北27条西15丁目1-28 Tel.011-758-4937)
入場無料、席上献金・自由献金があります。
※「流浪の教会」の即売会もあります。1冊900円ですが、そのうち100円は復興支援献金となります。
※どなたでも入場できます。
  
 
 
 

7月28日
 


第19便報告
 
25日(月)
長期滞在ボランティア松井さんと合流し、宮古市のときわ荘に到着しました。
宮古コミュニティチャーチの岩塚先生と一緒に、赤前地区の仮設住宅を訪問し、野菜を届けました。
 

26日(火)
山田町の仮設住宅を訪問し、野菜を届けました。
その後、大槌町、そして、釜石へ移動。
今日から新生釜石教会に宿泊します。
 
 
27日(水)新生釜石教会で朝のミーティング

27日(水)~28日(木)
釜石市内で、店舗だった建物のヘドロ除去作業をしました。
すでに解体が決まっている建物ですが、においが近所からの苦情になっているため、ヘドロ除去作業が必要とのことでした。釜石は全体的に復旧のペースがゆっくりしていて、まだまだ片付いていないところが多くありました。

新生釜石教会は、敷地内に赤テントを2張り用意していました。
飲み物が無料で振る舞われ、誰でも来て自由におしゃべりできる場所で、慰めと癒しの場所になっています。仮設住宅ができるまでは多くの方々が訪れて利用していました。仮設住宅ができると人が減ったので、利用する方の数も少なくなりました。

 

7月24日


19便 今晩出発

第19便は、7月24日(日)夜出発し、30日(土)北海道に戻る予定です。
今回は、札幌キリスト福音館から4名が1台の車で被災地に向かいます。
25日(月)田老地区で片付けの手伝いの予定。
26日(火)~28日(木)
は久しぶりに釜石新生教会の関わりでボランティアをする予定です。
29日(金)帰途につきます。

<祈りのお願いい>
宮古市に長期滞在するボランティアをすでに派遣していますが、活動拠点となる家はまだ見つかっていません。
適当なところが与えられるようにお祈りください。




第18便報告



18   午後より 山田町・大槌町・桜木町などの 被災地を見ました。桜木町ではYショップの奥さんとお話しができました。 奥さんは疲れています。自分の事より近所の方々への心づかいを第一に考えてるかたです。祈ってください。

19    群馬 ・前橋キリスト教会の10人と収穫したばかりのジャガイモと玉ねぎとお米を田老地区の仮設住宅に届けました。また支援物資をビニールシートにひろげてお喋りをしながら楽しくお渡しをする事ができました。


20  小雨模様でしたが雨具を着てゴボウを田老地区の在宅の方々にお届けしました。コーディネーターの永田さんはAさん宅で聖書のお話ができすばらしい時を持てたとのこと   感謝です。

21
      クラッシュジャパンスタッフのマイカくんが開いている   モバイルカフェのお手伝いをしました。
釜石市の仮設住宅の敷地内にテントを張って   コーヒー・りんごジュース・アップルパイなどを提供して仮設住宅に住んでいる方々とゆっくりお交りをしました。  6ヶ月の赤ちゃんから96歳で車の運転をされてる元気なおじいちゃんまで   たくさんの人とお会いしました。
ボランティアの方々は  カナダ・オーストラリアなど国際的でした。
釜石市はがれきがまだ多く 3月末に行った時とあまり変わりがないように思いました。
復興にも地域差があり  まだまだと思わされました。

21  モバイルカフェの仮設住宅で出会った6ヶ月の赤ちゃんです。
抱いてるのは 永田さんです。






7月17日


第17便報告

7月11日(月) : 八戸から田老地区に移動し、午後1時頃到着、ホクミンが田老地区での働きで、すでに関わりを持ってお手伝いしている前澤さんの依頼で前澤さん宅の向かい側の中島さん宅で、午後1時から4時30分まで海水に浸かってしまった家の1階の内壁を取り払う作業をしました。(1階全体の2/3ぐらいが終了)

7月12日(火) : 中島さん宅で前日の作業の続きをし、(内壁を取り払う作業)一階部分の内壁をほぼ全部除去し、午後4時30分過ぎにこの日の作業はすべて終わりました。この日は、昼食を前澤さん、中島さんとホクミンチームがともにし、休みの時間に前澤さん、中島さんと話す時間をたくさん取ることができました。この二日間で中島さんの心にあるいろんな話も聴くことができ、中島さん、前澤さんとの信頼関係もさらに深まったように感じました。この日、チームの内、1名は大槌町でのモバイルカフェの働きに協力し、残りの10名が中島さん宅の作業でした。

7月13日(水):この日は二つのチームに分かれ、9名が山田町災害支援ボランティアセンターで午前は写真の整理、修復作業、午後は国際開発救援財団が提供した支援物資(扇風機、暖房器具、掃除機、洗剤)を山田中学校に隣接した仮設住宅に入居された被災者の方々に配布する作業をホクミン、三重県、静岡県、日本体育大学などのチームと協力して行いました。仮設住宅に入居されている方々と少し、話し合う時間も与えられました。

仮設住宅での物品配布のとき、入居されている被災者の方から、労いの言葉と冷たい水をいただきましたが、ボランティアをしている私たちとしては、被災者の方々を思う心で、遠慮して受け取らないことも多いと思いますが、むしろ、彼らの好意を心から感謝し、それを受け取ることも必要だと思います。被災者のみなさんはいつも、もらうことが多い状況なので、こちらが彼らの小さなもてなしであっても、心から感謝して受け取るとき、被災者のみなさんは心に喜びを感じると思われます。

7月14日(木):午前11時にときわビルを出て、海岸地域経由しながら、南下し、仙台港から到着帰途につきました。

★山田町災害支援ボランティアセンターからもらうボランティア活動証明書について
 ボランティア活動証明書は山田町災害支援ボランティアセンターで申込みをし、指定された活動をしたときのみ証明書をもらうことができます。田老地区やその他のホクミン独自の支援活動ではもらうことはできません。
 今回は作業当日の朝8時過ぎに電話で申込みをし、ボランティア活動をすることができましたが、山田町災害支援ボランティアセンターで活動するためには少なくとも活動希望日の前日の早い時間(午前中)に申込みが必要です。
 (電話でも可) 当日の申込みではできる活動がない可能性があり、できるだけ、1日以上前に申し込むようにとセンターから言われました。

★仙台港からの帰北について
 海岸地域を通りながら、仙台港を目指す場合、多くの被災地域において、交通渋滞や片側通行があり、予想以上に時間がかかることが考えられます。できるだけ早い時間にときわビル(宿所)から出発した方が良いと思います。
 (10時頃には出た方が良い)
 また、45号線の所々にある三陸自動車道の無料区間をできるだけ利用した方が良いと思います。その日その日の道路状況によって違うと思いますが、宮古市から仙台港までの所要時間は7時間程度と考えた方が良いと思います。
 仙台港のフェリーターミナルでの乗船手続きの時間ですが、少なくとも19時までにする必要があります。出港は19時40分。

★田老地区のボランティアセンターについて
 田老地区のボランティアセンター閉鎖されることとなりました。
 ホクミンとして、これからも、関わり続けることの重要性がさらに確認された形となりました。

★実際的な作業や物品の配布から、現地の人々の心の声に耳を傾けることに重点を置き換えていく必要があるように感じました。多くの被災地において、大きな傷跡は痛々しく残っていますが、きれいに片付けられている状況です。 しかし、それと同時に被災地域の方々の心はさらなる戦いを経験しているように思います。今回の活動でも田老地区の中島さんは、作業より、話をしたいような雰囲気でした。むしろ全部きれいに片付けてほしくないのだと感じました。ボランティア活動に参加している私たちは何とかして、一つでも多く、きれいにしてあげたい気持ちで、一生懸命働きますが、むしろ、話を聴いてあげる必要の方が大きいように感じました。被災者の方々が、痛んだ心を少しずつ表現できるようになってきているように思いますが、このような時に、被災者の方々の心のケアがもっとも必要であると思いました。



7月14日

第17便報告

仮設住宅で支援活動をしています。










7月10日

被災地滞在ボランティアを派遣

7月5日(火)に行われたホクミン世話人会は、1年間被災地に滞
在して支援活動を行うボランティアを1名派遣することを決定しました。
岩手県宮古市に拠点を置く見込です。明日7月10日(日)に出発する第17便に同行し、一緒にボランティア活動を行った後、現地で拠点となる場所を探します。
適当な住居・拠点が与えられるように、また、暑い時期に北海道から行きますので健康が守られ働きが祝福されるようにお祈りください。



7月9日

第16便8日金曜日の報告

帰路に付くこの朝、私達は山田町ボランティアセンター体育館の連日の宿泊で知り合いとなり
証しさせていただいた方々とメールアドレスの交換や挨拶などの忙し時となりました。
ボランティアの皆さんは、アメリカから被災地支援のために遥々来られた我がチ-ムメンバーの姿に感動を覚えられていたようでした。
その後、フェリー乗り場となる仙台に向け国道45号を釜石、大船渡、陸前高田、気仙沼、南三陸…と走りましたが、
大方片付いたと思われる田老、大槌、山田よりも、広大な範囲でまだまだ多大な瓦礫や車が積み上がったままのそれら被災地を目の当たりにして、
自分のわかってたつもりを恥て、改めて被災の甚大さを思い知らされ、
またその甚大さの分だけその陰で尚も苦しむ被災者がおられる事の事実に圧倒される思いがしました。
しかし確かに今や状況は復興へと、その苦しみ悲しみからの救いへと、主が全てを導いてくださっております。荒
野に祝福の道を、荒地に潤いの川を設ける主が、全てを導き事を確かに成してくださっているわけです。

ですから私達は、誠に小さな一歩でも、取りに足らないと思える行為でも、信仰によってかの地に仕えていきたいのです。
主が復興を救いを完成してくださるからです。ピリピ1:6




7月8日


第16便7日木曜日の報告

本日は我がチ-ムの女性陣が山田町ボランティアセンターの屋内での写真洗浄作業となり、男性陣がボランティアセンター前での土砂袋の集積作業となるも、
作業には殊の外多くのボランティアが集う事となりました。
そこで、昨日から私達のチ-ムとなぜか活動を共にされる茨城からのチ-ムの3人と、町内に支援作業ができる所を探しに行く事になり、
結局そのメンバーの一人が以前作業された事がある、避難所も含む山田町立織笠保育園での作業をする事になりました。
そこでは草むしりと草刈り、そして我がチ-ムの二人のアンドリュ-(名前同じ)が魚に水を得たかのように子供達とサッカー等で遊び回り、
宣教師の先生達は持って来たチェンソ-で駐車場にせり出た多くの太い木々を切り払い、その本領を発揮されました。
また園児達はメンバーが外国人なので喜んで触れ合ってくれました。
その園では暖かな心込められたおもてなしを受け、中でも流し素麺まで私達のためにご用意してくてくださった事には感動せざるを得ず、
園長先生のご好意と園の皆様に感謝に堪えませんでした。
また、感謝故の私達の祈りにある先生は「ありがたくて、涙が出た」とまで言われていました。

園長先生はじめ先生方、またそこに避難され住まわれている皆様には、それぞれの被災体験を背景にしながらも明るく前に向かって歩まれていました。
そこに尚も主が祝福の御手を置いてくださる事を祈るばかりです。
その後、私達は前回の便の際に知り合いになり、北海道にまで訪ねて来てくださった山田町に住む方のご自宅を訪問しました。








第16便6日水曜日の報告

午前は昨日の山田町大浦の被災宅跡の土砂撤去を継続し、昼までで作業完成。
午後は宮古コミュニティ-チャ-チの岩塚先生にご一緒させていただき、山田中学の敷地に並ぶ仮説住宅に物資をお届けしました。空き地にブルシ-トを広げ、オ-プンマ-ケット形式で並べた物資をお持ちいただきました。そうした中で、一人のご婦人が冷たい麦茶をもってこられ、炎天下で蒸し上がっていた私達の渇いた喉を潤してくれました。この方のご主人も被災に合われ遺体もまだ見つかってはいないとお聞きしました。
その後、大槌町の「ショップやはた」の八幡さんにお会いしに行き、繁盛されてるそのお店に主の復興の力を見させていただき、八幡さんとは再会を喜び合い、スノー先生のお祈りをもって共に主に感謝を捧げる事ができました。帰り際には「元気けつぁ!大槌町」のTシャツまでチ-ム全員にいただきました。私達はお元気そうで快活にお働きになられる八幡さんにかえって励ましをいただきました。
その後は、前回スノー先生が活動された重茂地域を視察してから宮古市に入り、OMFのビルを訪問しました。



7月6日


第16便4日月曜の報告

この度の便は11人の米国人と英国人、一人の日本人で構成されたチ-ムです。
青森上陸後、久慈市経由で被災地沿岸を走り、今回の宿泊先である山田町ボランティアセンターに18時過ぎに到着。
途中、田老町と山田町大沢地区に立ち寄り、以前の便の際に知り合いになった方宅を訪問しました。
センターでは、先に宿泊されているボランティアの方々との楽しい自己紹介の時がありました。




第16便5日火曜の報告

朝から山田町大浦の被災宅の土砂撤去の活動をしました。
昼食時には向かいに住むご夫婦が私達を家にあげてくださり、
そこで昼食をとらせていただき、幸いな交わりを持たせていただきました。
その家も被災した一階部分を修復途中でした。
夜は関東から宣教師ご家族4人が合流されました。被災地に仕える働きの中で、
その地に住む多くの方々やまた同じボランティアの方々との出会いと交わりをお与えくださる主に感謝すると共に、
御救い知る私達の証しが用いられますことを祈るばかりです。





7月5日

デンマークからホクミンヘ義援金


デンマークのインターナショナル・クリスチャン・コミュニティから
ホクミンへ義援金が届けられました。
写真はデンマークの教会の皆さんです。





7月1日


第15便レポート 

お祈りありがとうございました。第15便は神様の守りと、皆さんの祈りによって無事に北海道に戻ってきました。

いつもホクミンチームが使っている青森を夜中に出発するフェリーが今日は出ないということで、夕方発のフェリーに乗るために、9時に宮古市を出発しました。

ともに活動し、今日も奉仕する同盟チームと香港チームの祝福、これから北海道から来るチームの祝福、宮古市や周辺地域の復興と人々の救いを祈り出発しました。

途中12時前に盛岡聖書バプテスト教会に行き、30分ほどの短い時間でしたが、近藤先生とお話をして、今後の支援体制についてお聞きしました。
①これまで物質を届けることを中心にしてきたが、心の必要、霊的な必要を感じてきていること、
②各地から送られてくるチームがばらばらに活動するのではなく、連携協力していく必要があること、
③被災地域の方自身が復興のための働きができるように支援していく必要を感じ、覚えているとお話ししてくださいました。


12時30分すぎに盛岡を出発し、16時に間に合うように青森へ向かいました。途中激しい雨でした。

フェリーに乗船する前に、コンビニの本で震災の写真を見ました。今朝までこの写真にある場所にいたんだと、この道を通ったと、実際行ってきたことによって、より身近に感じました。

フェリーの中でも震災関係のニュースをテレビでみました。体よりも、心が疲れ悲しんでいることを感じました。少しいただけでもこうなのに、そこに住んでいる方々はどれほど心に深い傷を負っているのだろうかと思わされました。この働きは一人ですることではなく、チームで続けていくことが、最もふさわしい在り方だと思いました。

ただ神様だけが霊的な回復を与えてくださいます。そしてこの働きを通して、神様のお名前がほめたたえられますように。



6月30日


第15便レポート 6月29日(水)  天気 晴れ   気温30度

 

午前中は田老地区に行きました。14便が訪ね、物資の希望を聞いた方へ届けました。

岩塚先生ご夫妻と昼食をともにし、今後の支援の在り方についてお聞きしました。

午後は宮古市から南に下り、大槌や釜石まで行き、現状を視察しました。

夜は同盟チームと香港チームと一緒に今日の一日を分かち合い、祈り、神様に賛美を捧げました。


8時30分から袋詰めをしました。キャベツ、大根、にんじん、オレンジ、たまねぎを詰めました。田老の仮設住宅や、一軒一軒のおうちを回り、お話を聞きました。香港チームの一組は午前中2軒だけ配りました。それは一軒で一時間お話をしたからです。寄り添いお話を聞くのは、これから大切なことと夜の分かち合いでも確認しました。

皆さんが袋詰めをしているときに、ホクミンチームは先に田老に行き、14便から引き継いだ方々へ、物資を届けました。田老から宮古まで買い物に行くには車で30分ほど走らなければいけなく、高齢の方はとても行けません。そのような中で田老では、野菜や自分で作ったドーナツを直売するおばあちゃんがいます。小さなお店ですが、地域にとって大きな光です。


田老地区はがれきの片付けが進んできました。写真の奥に見えるのが「つなみたろう」と呼ばれる防波堤です。その手前が漁協です。漁協も活動を再開していました。


これからの支援の在り方、仕方を考えていくために、宮古から釜石までの現状を視察しました。宮古の北側にある田老地区は片付けが進んでいますが、南側に行くとまだがれきが道路際にあり、がれき撤去が進んでいませんでした。


今日は香港チーム7名、同盟チーム5名、ホクミン3名で活動しました。海外からも支援に来てくださり、またそのような方々と一緒に奉仕させていただけることも感謝でした。キリストの教会として協力できることを感謝しました。

田老は玄関に神社やお寺のお札が貼ってあるような地域ですが、ホクミンの各チームが毎週のように訪問を積み重ねてきたことによって、心が開かれ、尋ねると笑顔で迎えてくださいます。しかしお話を聞くと、顔を歪めながら大変だったこと、まだ辛いこと、どのような状況だったかを話してくださいます。何と答えたらよいかわかりません。心のケアの必要を覚えます。そして長くかかることだと思います。ただ神様だけが心の回復を与えてくださいます。

最後になりましたが、今日もお祈りくださりありがとうございました。宣教師の先生が「皆さんの祈りが最前線なんです」と言っていたことを思い出しました。こちらに来たくても来れなくて、もどかしさを感じている方もいるかと思いますが、本当に祈りなくしてはここに来ること、いることはできないと感じました。宮古に来て物資を届けたり、お話を聞くのは、この働きの大切な部分ですが、また一部でもあります。背後の祈りどころか、祈りによって出会いが開かれたり、どのような働きが必要か見えてきたりします。祈ってくださっているの、ここにも神様がいてくださり、支えてくださっていることを覚えることができます。祈り支えてくださる皆さんこそ、たしかに最前線のお働きです。お祈りありがとうございます。



6月29日


第15便レポート 6月28日     天気 晴れ   最高気温 28度

朝9時から野菜やくだものを袋に仕分けする作業をしました。150袋にキャベツ1玉、大根半分、長ネギ2・3本、にんじん大1本、玉ねぎ小5つ、チンゲン菜1袋、なめこ、オレンジ2つ、トマト、バナナ3本を入れました。途中11時ころに同盟基督教団の5名の方が加わり、午前中の内に作業が終わりました。 

現在のときわ館の様子です。一階の倉庫で野菜の仕分け作業をしている間に、鍛冶先生が積んである段ボールの仕分けをしてくださいました。


午後、ふくろに詰めた野菜を三台の車に乗せ、あたご地区と赤前地区の仮設住宅に届けました。


蚊取り線香は大変喜ばれました。

あたご地区は山の上、赤前地区は市街地から車で20分のところにあり、どちらも簡単には買い物に行けない地域です。

 

何回かの訪問によって積み重ねられた信頼関係によって、喜んで受取ってくださいました。

「教会さんは個別に袋に分けて、家まで持ってきてくれて、こんなにしてくれるのは教会さんだけなのよ」と言ってくださった方がいました。

コーディネータの永田さんが言っていました。「持ってきました。と言って、取りに来てもらうのは届ける方としては楽ですが、お話しすることができません。」一軒一軒、一人ひとりに届ける、まさにイエス様の方法だと夜のミーティングでも確認しました。


赤前の仮設住宅は小学校のグラウンドに建てられていました。写真奥が小学校です。以前は体育館が避難所だったそうです。


写真の中央上には信号機があります。宮古市内の商店街の信号機はまだ復旧していません。市内の一つの交差点には北海道からの警察が立っていました。夕方真駒内からきている自衛隊の方と少しお話することができ、お互い励まされました。


夜はその日に感じたことを分かち合いました。同盟基督教団のチームのみなさんは関東や関西からこられました。「実際来てみないと、震災がなかったようにすら感じてくる」

「これまでの積み重ねがあって感謝、これからの継続の必要性を感じた」

「一人や一つの教会ではできないことも、教団を超えて、ささげる人、祈る人、支える人、届ける人などの協力の在り方が、まさに教会の姿だと思った」

「これからも継続して、現地のことを知り、伝え続ける必要を感じた」

などの分かち合いがなされました。


印象的だったことは、鍛冶先生は車から見える景色を見ながら「だいぶ片付いてきた」と何回も言っていました。復旧は着実に進んでいます。

 

今日は宮古コミュニティーチャーチの高校生のひかる君が一緒に奉仕してくださいました。地震があった日は授業中で、ものすごい揺れがあって、川が逆流しているのが見えたそうです。その日は家に帰ることができなく、学校に泊まり、学芸会用の暗幕が毛布代わりに配られたそうです。

 

みなさんの祈りの支えによって今日も守られました。お祈りありがとうございます。




6月28日


第15便レポート 6月27日

6月27日は朝から雨でした。大粒の雨で、宮古市では大雨警報が出ていました。気温は一日中18度でした。
物資を積んだ車に今回は三人で宮古市に向かいました。リーダー鍛冶勉先生、食事担当佐藤和弥さん、会計とレポート担当中村大輔です。
9時30分に青森港で下船し、途中盛岡で昼食を食べ、15時30分に宮古市につきました。
ときわ館に荷物を下ろし、次の日に物資を届ける田老町に車で行ってきました。
田老町の瓦礫はほぼ片付いていましたが、住宅があったところには、ローラーブレードが埋まっていたり、サッカーボールがあったりしました。そこに生活があったことを思うと悲しくなりました。
ときわ館に戻ると、先週の土曜日からときわ館に来てくださっていた星野さんという女性の方に出会いました。夕食は四人で楽しく頂きました。
20時ころから大根を切りました。星野さんは土曜日から一人でゴスペルを歌いながら270本ほどの大根を切り、箱詰めしていました。そこに加わり、星野さんからゴスペル指導を頂き、神様を賛美しながら、残り130本ほどの大根を切り、箱詰めしました。20時45分、今日の奉仕を終了しました。



6月26日

第15便の予定

第15便の参加者は、札幌福音自由教会牧師の鍛冶勉先生、平岡福
音キリスト教会牧師の中村大輔先生、それともう1人の男性3人です。
6月26日(日)20:30札幌福音自由教会に集合し、車で向かいます。
帰りは7月1日(金)未明に北海道に戻ります。

今回、福音館からの出発がありませんので、出発前の支援品募集はありません。




6月23日


ホクミンチーム第14便の第四日目活動報告

今日は、午前中に宮古市の赤前という地区にある小学校グラウンドにある避難所に物資を持っていきました。
中身は、お米、野菜、下着、茶碗、子供服、その他諸々でした。
やり方としては、ブルーシートに広げて自由にとって頂く形でした。
そこでは、食料品の需要は勿論なんですが、肌着の需要は季節が変わり、これから必要なものとして、求めが多かったです。
需要に対して、供給出来なかった物としては、短パンやTシャツなどの夏物衣料でした。
季節が変わったことによるニーズの変化も出てきているのを感じました。

ニーズに関して言えば、今現在は生活消耗品(ティッシュ、トイレットペーパー、洗剤など)がメインになっていると感じました。
避難所で、僕は震災後に足を痛めたおばあちゃんと出会いました。
物資を広げてフリマのようにやってるので是非!と、声掛けに行った時でした。
僕が、「どうですか〜?」と言うと、中から、「いいわぁ。」という声がして、そっかぁと思い、立ち去ろうとしたとき、
近くの人が、「そこのおばあちゃん足悪いんだよ。」と。その後すぐに、まずは食料を持ってきました。
戸を開けて中に入ると、杖をつきびっこを引いているおばあちゃんが一人近付いて来ました。
とてもじゃないけど、50m先にある物資のところに、砂利を踏んで行くのは無理、玄関まで来るのも大変な様子でした。

その後は、こっちが持ってきた物を伝え、おばあちゃんから必要を聞き出し、50m出張フリマをしました。
肌着や茶碗、歯ブラシなどをお渡ししました。歯ブラシもなく、食器も使い捨てのプラスチック皿を繰り返し使っている状態でした。
大変な状態です。店も車で15分のところで、バスの本数も少ないという中でです。
おばあちゃんが笑顔なんです。そこには、遠慮も繕いもなく、心からの笑顔なんだと思えました。
特にそこは地域がまとまって移ってきたため、近所が知った顔というのも、大きかったと思います。
そんな感じで、午前中は終了。

午後からは、田老町の各地区(荒谷の沢、堀丁、小林沢)にリクエストの品を届けに行ったり、
リクエストを聞きに行ったり、物資を配りに行ったりしました。
その全ての地区でまたしても、継続の重要性を思わされました。心が解かれ開かれている、と。
僕らは今回の一週間だけだか、ホクミンも絶えずチームを送り、また、現地で休まず、ボランティアをコーディネートしている人たち。
この、繋がれた思いの枝が徐々に、まだ葉かもしれないが、確実に成長しているのだと思いました。
この地区の人たちは、家が残ってる人たちでした。とある方の話を聞いた際、おっしゃってたのが、「仕事がほしい。」

その人の家族は、旦那さんが田老町のあの防波堤の近くのホテルで働いていたが、解雇になり、今現在は失業保険で生活しているのだと。
当面はなんとか、でも、子供が...と。仕事さえあれば。
今の大きなニーズはここなんだ、被災者の心にある一番の求めはここなのだ、と思いました。
ぼくらは、これに対して、何も出来ない。しかし、今までそうしてきたように、ニーズを聞き、提供していく。
むしろ、その合間に交わされる何気ない会話をしにいくのが、僕らに出来ることなのではないか、と思いました。

この働きをもっと色んな人に知ってもらいたい。行ける人がいるのなら行って欲しい。絶やさないでほしい。
枝の成長を、みんなで、神様と一緒に、実をつけるまで。
僕自身も、また来る必要性を感じました。
それがもしかしたら一年先かもしれない、五年先かもしれない。でも、また来たい。
これは、一瞬の感情で動くものではなく、この事実に真摯に真っ正面からぶつかっていく気持ち、
そして、地道な小さなものの積み重ねなのだと思いました。
最後に、お祈り感謝です。終わりまで、よろしくお願いします。
僕らの動力は祈りであり、その先にいてくださるに!ハレルヤ!



6月22日


ホクミンチーム第14便の第三日目活動報告

今日は、盛岡聖書バプテスト教会の近藤牧師と盛岡を拠点として活動を続けてる永田兄弟、
そして、大阪から岡田先生、神奈川から玉井先生、と計8人での活動となりました!
早速、午前中は三つのグループに分かれての作業に。
前回からの引き継ぎで、各家庭を訪問し、物資を持って行った中で受けたリクエストの品々の買い出しに行くグループ、
物質の整理をするグループ、そして、この後配るお米を細かく分けて袋詰めするグループ。

それぞれが地道な地味な作業でしたが、小さなことに忠実に。
この意味が、午後からの動きの中で一人一人の経験として目に焼き付けられたんです。
といった感じで、それらの作業も一段落し、昼食を摂り、午後の動きとなりました。
午後もまた、リクエストの品を届けに行ったり、お米などを届けに行くなど、4グループに分かれての動きになりました。

今回、僕は食材を持って配りながら、話を聞いて、リクエストを聞くというグループで活動をしました。
まず、各家庭を訪問して驚いたのは、そこで出会う人たち全員が、「宮古の教会から来ました。」という第一声に対して、
とても日本では見ることの出来ない反応をしてくることでした。
「あぁ、お疲れ様。」「いつもいつもどうもねぇ。」その全てに笑顔が付随しているんです。
心が解かれ開かれている。そんな印象を受けました。そして、それと同時に、継続の重要性が頭をよぎりました。

最初からこうだったわけじゃない。
最初は、震災からも時間が経っておらず、被災者は不安恐れ不信絶望の中で、訪問したとしても応答は得られなかったんじゃないのかなぁと思いました。
しかし、そんな中でも、自分たちの自己満ではなく、本当にニーズを考え、
小さな微々たることに忠実に真摯に対応したスタッフ、また、震災当初から働かれてる人たちの種まきの結果が、
三ヶ月後にこうして見える形で実を結び始めているんだなぁと思いました。

また今回、実際に出会った方から話を聞く中で様々なものが見えてきました。
ただ、その大半は目では見えないものでした。それは、単に三ヶ月が経った中で一つの転換期を迎えつつあることを意味していました。
その方は、「今、やっと話が冷静に出来るようになったんだよ。」と。
震災直後は、何も考えられず、整理が付かなかったみたいです。
でも、一人でいると、悪い方向に物事を考えてしまい、一人でいるのが怖かった、ともおっしゃっていました。
友達と会い、気を紛らわし、他愛もない話をすることで、意識を悪い方向から逸らす、これらが多くの避難所で行なわれていたんだなぁと思いました。

そんな中で、周りの人が頑張ってるのに、私たちだけくよくよしてらんない!と自らを奮い立たせ、ここまできた、ともおっしゃっていました。
しかし、現実は仮設住宅への移動が始まり、食料や電気代は自分たちで得なければいけなくなる。
しかし、全ては流された。それは、家であり、車であり、仕事であり、生きてきた全てでした。
元の生活を取り戻す。それが、今の被災者の心境なのかなぁと思いました。

先程も述べたように、今確実に被災地に、そして、被災者に一つの転換期がきました。
それは、心の変化であり、その心への対応だと思わされました。
被災者の気持ちを受け止め、共有する。そして、何より、この三ヶ月で撒かれた種を育み、実を結ばなければいけないのだと思いました。
私たちの力では、人の心に作用し、変化を来らせることは出来ない。
ただ、主の御手が被災者に臨み、主の回復の技が為されるために、私たちは祈り、小さなことに忠実でなくてはならないのだと思いました。
私たちは、小さいからこそ、小さなことに忠実に、最小単位の視点を見ていくこてが出来るのだと、
それらが今まで積み重なってきて、またこれから、それらが積まれていくのだと思いました。

私たちの希望は、その只中に主が共にいてくださる。これだ!と、改めて思わされた、今日一日でした。



6月21日

第14便報告2


ホクミンチーム第14便の第二日目の活動報告です!
この日は、9:15に船が青森に到着し、9:30に船から車で出発!
車の中でミーティングと朝食を済ませ、高速で宮古コミュニティーチャーチに向かいました。
しかし、メンバー4人のうち3人は被災地に来るのが初めてで、そのうち2人は海外で生活しているため、
今回得たものを海外に持っていき、伝えることが出来ることや、しっかりと現状を目に焼き付けておくためにも、
経由地として陸前高田市や気仙沼へ向かいました。
そこには、地震発生当初のような混沌としたものはありませんでした。
必要最低限の道は整備され、瓦礫も部分的にまとめられ、仮設住宅での生活も徐々に始まり、
一見した状況としては、復興の只中にあると思いました。
小さな一つの積み重ねがここまでになったのだと思いました。

高校生が下校する姿、おじいちゃんと孫が歩いてる姿だけを見れば、どこにでもある風景ですが、
周りを見れば、瓦礫、ぺしゃんこになった車、海面から数メートル上のガードレールに引っかかった船など、
改めて復興は10年20年規模のものなのだと思わされました。

そんな中、チームは17:30に宮古コミュニティーチャーチに到着し、岩塚先生と合流!
今回、メンバーが宿泊するときわビルに案内してくださり、また、明日のことや現状のことを色々と教えていただきました。
3ヶ月たった今、問題点、課題は瓦礫の撤去や物質的な支援といった目に見える部分よりかは、
被災者自身の心のケア、見えない部分なんだ、と言われました。
仮設住宅への移動が始まり、少しずつ生活が改善されている兆しには見えますが、
現状は、お金もない仕事もない中で、避難所にいれば支援物資が届くし、受け取れる
しかし、仮設住宅への移動が促され、いざ入ると、あるのは必要最低限の家具家電のみ。
食料などは自分たちで得なければいけなくなる。なぜなら、仮設住宅には支給がまわってこないらしい。
そのためか、仮設住宅への入居を3割の人たちが拒否している。
これが、今の現状なんだよ、と言われた。
それと同時に、明日は、実際に仮設住宅をまわって話を聞いたりすると思うよ、と言われました。
いよいよ明日からは実際にメンバーが現場に赴きます。
それは、被災にあった人たちの元であり、痛みや苦しみを抱え、希望を見出せずにいる人たちのところへです。
その中で、如何に私たち一人一人が愛すること、そして、祝福することの実践が出来るのか、
どれだけ受け止め、思いを共有することが出来るのか。引き続き、祈りのサポートをお願いします!





6月20日

第14便報告



ホクミンチーム第14便の第一日目の活動報告です!
6/19(日)に旭川よろこびの教会の3人
(今回の便のリーダーであるよろこびの教会牧師の後藤従明師、今回の便のレポーターをさせていただく矢田正光、
今回の便の会計担当になった鈴木沙耶香姉妹)は20:15に旭川を車にて出発し、
時を同じくして森町を特急電車で出発した森福音キリスト教会の中村兄(今回は賛美担当)と、苫小牧にて22:30ごろ合流しました。
その後、23:00にフェリーに乗船し、改めて自己紹介をし、早速ミーティング。
前回からの引き継ぎやスケジュール、要望などを確認し、明日からに備え、就寝しました。

まずは、行きの道のりが守られました!みなさんのお祈りのサポート感謝します!引き続き、よろしくお願いします!
第一日目の報告は以上です



6月18日

第14便明日出発


第14便は6月19日(日)~24日(金)の予定で、出発します。
イエス・キリストよろこびの教会(旭川)から3名、森福音キリスト教会グリーンヒルチャペルから1名です。
イエス・キリストよろこびの教会の後藤従明牧師が、リーダーを務めます。
今回は、4人のうち3人までが20代前半という、大変若いチームです!
神様によって被災者によく仕えることができるように、お祈りください。

今回は札幌からの出発者がいないため、支援品募集のお知らせはありません。




ボランティア募集案内


第15便 6月26日(日)出発 7月1日(金)帰着
第16便 7月3日(日)出発 7月9日(土)帰着 ※1日長いです。
 ※第16便は申込者が多く、人数調整をする可能性があります。
第17便 7月10日(日)出発 7月15日(金)帰着
第18便 7月17日(日)出発 7月22日(金)帰着
第19便 7月24日(日)出発 7月29日(金)帰着

日曜日は午後または夜の出発です。
上記以外の日程でも行ける場合があります。ご相談ください。
ボランティア希望の方は、申込書をお送りください。


ガスバーナーによる切断を伴う解体作業ができる方
釜石から要望がありました。
ボランティアで行ってくださる方、ご連絡ください。





6月17日

第13便報告(6月16日)


背後でのお祈り感謝致します。

ボランティア活動最終日の今日も、
神様の守りの中で終える事が出来ました。

本日は、1日目と同じように日昇館の汚れた瀬戸物を洗うという作業を行いました。
日昇館のご夫妻は今まで本当に多くのクリスチャンの方々と関わりを持ってきておられるので、
1日でも早く救いに導かれるようお祈りし、またお祈りいただきたいと思います。

さらに、今日も新しい出会いがありました。日本福音同盟JEAの中台先生や品川先生、またworldreliefの方々とお会いする事が出来ました。

短い期間ではありましたが、このような小さな私達を用い、尊い時間を過ごさせて下さった神様に感謝です。
この地の方々の救いのために、また、活動を続けるクリスチャン、そしてこれから行こうとされているクリスチャンの皆様のためにも祈り続けてゆこうと思います。



第13便報告(6月15日)

お祈り感謝致します!
6月15日の報告を致します。

また新たなメンバーも加わり、
その方々が持ってきて下さった生活用品などを一緒に袋詰めしました。
そしてそれを田老などの家々に配りに行きました。
また、それぞれの家から受けたリクエスト品や野菜を配りましたが、ある被災者の女性達は家に招き、
お茶や美味しいお昼ご飯をご馳走して下さいました。 色々なお話も聞かせて下さり、
仮設住宅などで生活する方々とはまた異なった大変さがあるということも知りました。

家が残ったところはどうしてもボランティアなどが優先順位の低いところに属されてしまうという状況だそうです。
そんな中での野菜の配給は大変喜んでおられました。

そして配れる限り皆さんに野菜を配り、また子供達にはぬいぐるみをプレゼントしながら今日の奉仕を終えました。

明日は最終日ですが、昼過ぎまで再び日昇館で汚れた瀬戸物を洗う予定です。

どうぞお祈りをよろしくお願いいたします。





6月14日


第12便報告


宮古コミュニティチャーチの岩塚先生と。


  
長くお世話になった旅館です。
この後、営業再開のための改装工事が始まります。本当にお世話になりました。ありがとうございます。
ここに置いてあった支援物資は、次の写真のところへ移しました。


  
ここが、引越し先のビル4Fフロアです。荷物が入っています。
 
 

仮設住宅に一軒一軒回ってお米を差し上げました。仮設住宅は、高い山にある学校のグランドの一部にあったりします。
近くにスーパーはないので、車がなければ食べ物を調達することができません。それで、お年寄りは入居することを躊躇することになります。
仮設住宅を回る移動販売車もあるとは聞きましたが、場所によりけりで、まだ整備されていないようでした。


  
ついにオープンしました! このお店で炊出しをさせていただいたり、支援物資を配布させていただいたりしました。
営業が再開すると、地域住民は日用食品・雑貨での基盤を得たことになりますので、日常生活が戻ってきます! 感激!
ボランティアの1人がポーズ。奥の方は本当のお客様です。


 
 ホクミンから、開店祝いに花かごとエプロンをプレゼントしました。


  
ホクミンは、世界中から来るボランティアチームと協力して活動しています。凸凹凸凹なボランティアのみなさん。この中にホクミンチームは5人入っています。
 


第12便を終えて、被災地の様子が大きく変化していることに気づきました。
被災者へ国からの助成金支給が始まり、避難所での物資の支給も順次打ち切りになり、自立を強く促されています。
仮設住宅への引越しもどんどん進んでいます。
その一方で、仮設住宅では生活が難しいお年寄りが、行き場所を探しています。
 
日常が戻ってくると、心の悲しみが吹きでてきます。
電話で「すぐ迎えに迎えに行くから、待ってて」と言ったが間に合わず、津波に家族が流されてしまった人は、
  どうして、すぐ逃げなさい、と言わなかったのか、と自分を責めていました。
地震の後、子供を海辺で車に乗せ、走っている最中に津波にのまれた人は、
  自分はかろうじて助かったのに、子供を助けられなくて、自分はどうして生きているんだと
  生きている自分にいたたまれなくなっていました。
 
人には誰も解決できない悩み苦しみ、ただそばにいて黙って聞いてあげる、そんな人が必要です。





6月14日
第13便は釧路から
ホクミン第13便が、釧路から出発しました。
釧路キリスト福音館の山形浩之牧師と教会員2名の計3名が、釧路から車で被災地へ向かいました。
6月12日(日)午後3時に釧路を出発、盛岡でオリエンテーションを受けたあと、宮古へ向かいます。
片道24時間以上という長旅ですが。喜んで出発しました。
今回は野菜を購入し、一軒一軒回って話しを聞いたりする予定です。
全ての行程が守られるようにお祈りください。
6月16日(木)14:30頃現地を出発して帰途につきます。
 
 
 
第11便 報告
 
岸壁に乗り上げた船。津波が10メートル以上もあったことが分かる現場です。
まだ、そのままになっていました。いったいどうやって海に戻すのでしょうか・・・。


 
 片付けが進んでない地域は、車がひっくり返ったままになっていました。


  
片付けがまだ済んでいない家もありました。


  
つぶれた車ばかり集めた集積所(宮古市)


 
田老地区でチヂミの炊出しをしている所です。新札幌聖書教会の皆さんです。
田老地区では作った料理を持って、家を回ります。


  
大槌町にあるこのお店は、炊出しをさせていただいたり、大変お世話になりました。
いよいよ営業再開秒読みです! 支援し、支援していただいたお店がオープンするのは感慨ひとしおです。


 
宮古市で長い間宿泊場所、支援物資置き場として使わせて頂いた旅館が、営業再開に向けた改装工事に入りました! 感謝です!
そこで、ホクミンも引越しです。宮古駅に近いビルの4階です。以前はミシンがずらりと並んだ作業場だったそうです。
ここに支援物資を運び込みます。この引越しは大変でした。4Fまで階段で物資を持って上がるのは・・・。


  
支援物資を持って行っても、なかなか受け取ってもらえない場面がありました。
「うちは家があるから、もらえません・・・」
「困っている人には、分け隔てしないで差し上げていますので、受け取ってください・・・」
 
家が残されたばかりに、避難所へ行っても支援物資はもらえません。
お店に行こうと思っても、お店は流されてありません。
車で一山越えて隣の町まで行かなければお店はないのに、車もありません・・・
「いっそのこと、家が流されていれば良かった・・・」
 
被災地の人は皆助け合っているとばかり思っていました。
やり場のない怒り、悲しみを、どこにもぶつけられない、
そんな苦しさの中で人に怒りをぶつけたとしたら、誰がそれを責められるのか・・・
 
今はだまって話しを聞いてあげる人が必要だと、そう思いました。
 
 
 
 


6月13日


6月13日の活動を報告致します。

フェリーは無事に青森に着き、
そしてレンタカーにて盛岡に到着し昼食をとりました。
そこの食堂ではボランティアの方々のためにご飯大盛りサービスというものをして下さっているようです。

そして聖書バプテスト教会に到着し、今回共に活動させていただく皆さんと合流しました。


今回私達の拠点となる宮古のときわビルはとても快適で驚きました。
様々な物資が段ボール詰めされ、積まれています。
京都府の方々が靴下で作られたぬいぐるみも届いていて、素晴らしいアイディアに大変感動致しました。

本日の活動のメインは、必要な物資の調達と仕分けでした。
夕方頃被災者の人々からリクエストがあった物資を調達し、それをを仕分けました。


来週からのボランティアの個人携行品リストには、雨具を追加する必要があると思います。
今日は突然雨が降りだしたりしました。気温はとても上がっており昼頃は27度にまでなっていました。

背後でお祈り下さっている皆様、本当に感謝致します。
今日1日の活動や新しい出会いが守られ、また明日もチームで一致し、活動をさせていただきたいと思います。
よろしくお願い致します!


6月7日

 
ホクミン6月ボランティア募集案内
 
第13便 6月12日(日)出発 17日(金)帰着
第14便 6月19日(日)出発 24日(金)帰着
第15便 6月26日(日)出発 7月1日(金)帰着
 
日曜日は午後または夜の出発です。
上記以外の日程でも行ける場合があります。ご相談ください。
 
 
ガスバーナーによる切断を伴う解体作業ができる方
 
釜石から要望がありました。
ボランティアで行ってくださる方、ご連絡ください。









6月7日


第12便活動中
 
第12便は6月5日(日)午後に、室蘭の港南教会牧師鴇田典子先生と、函館シオン教会の女性3名の計4名が電車で岩手県へ向かいました。
10日(金)に戻る予定です。
第10便から被災地に滞在しているボランティア(札幌キリスト福音館)と合流し、5名で活動を展開します。
他のボランティアチームの炊出し協力、長期支援活動のために現地に入るOMF宣教師の引っ越しの手伝いなどが予定されています。
また、ホクミンが協力し、また協力していただいてきた大槌町のお店が6月7日(火)に営業を再開します! 
このお店が長く繁栄しますように、地域の復興の足がかりとなりますように、神様の祝福をお祈りください。
引続きボランティアの体力が支えられるように、お祈りください。


 
6月5日

6/10(金) 8:00pm~ 第8回ホクミン東日本大震災祈り会     
 会場 札幌キリスト福音館(札幌市北区北27条西15丁目1-28 電話011-758-4937)
              *席上献金は、ホクミンを通して支援活動に用いられます。
 
 

5月31日

 
第12便ボランティア募集

第12便ボランティア募集受付中
6月5日(日)夜出発、10日(金)朝戻るスケジュールで、
ボランティアを募集しています。
6月2日(木)までにお申込みください。





5月26日

第4日目(最終日)の報告です。

今日は朝から大槌での活動のために準備を始め、
9時半に宿泊場所を出発。
前日の午後は雨のため作業が中断したこともあり、天候に不安がありましたが、快晴になり主の守りを感じました。

ホクミンチームは大槌に向かい、炊き出しの準備を開始。同時に持って来た支援物資の整理整頓を行い、被災された方々を迎える準備をしました。
12時半より炊き出しを開始。今回は設備の問題等がありましたが串カツとちくわの磯部揚げを各200食提供することができました。

1時間もたたない内に持って行った物資もすべて無くなり、まだまだ必要なものがあると思われます。

現地では八幡さんとそのお友達とゆっくりお話ができました。

2時に2名が現地を離れ青森に向けて出発。松井さんは少し不安そうでした。全てが守られるようにお祈りください。





5月25日

今日は4班に分かれて活動しました。
田老地区への物資配達班が昨日リクエストされたものを配達、作業班は大槌でボランティア登録して泥撤去作業、
宿泊地居残り班はアベさんのお話を聞いたり昨日リクエストされた近所の側溝の砂利排出作業、
そしてホクミンチームは重茂に掃除機とトースター3台を届け、大槌に行き、作業班の手伝いをしました。

写真は今日の重茂の状態です。





5月24日

第10便第2日目報告です。

朝大塚先生が他のチームを引率して盛岡バプテスト教会に集合し、宮古まで移動。
10時過ぎに宿泊所に到着しましたが、他チームが給油や道順に手間取り、遅れて到着。午前中は持参した物質を移動するだけになりました。
午後は田老地区への物質配達班と物質仕分け班とで活動し、仕分け班はチームが帰ってくるまでに夕食の準備をしました。

作業終了後、報告会と翌日のスケジュールの打ち合わせをして、食事、風呂。早めに翌日のため休ませました。





5月24日

第1日目、月曜日の動きの報告です。

予定通り午後1時に盛岡バプテスト教会に到着。
他のチームの到着を待っている時間があったので、教会の掃除、雑巾がけやガラス拭きをしました。
たくさんのチーム等が毎週のように寝泊まりしている為かだいぶ汚れていたので、なるべく隅々まで掃除したつもりです。

近藤先生の奥様は聞いていたより体調はいい様子でした。一緒にお茶をいただいて、お話することができました。

岡山からのチーム到着が遅く、掃除以外の活動はできず、少し時間がもったいないと感じましたが「待つのもボランティア」と思い、全員が揃ってからオリエンテーションをしました。





5月22日


第10便支援物資を募集します。
 
第9便で大槌町桜木町からの以下のリクエストがありました。
・トイレットペーパー
・虫よけ(夏場に向けて)
・まな板
・カーペット(いまだ板の上で寝てるとのこと)
・目覚まし時計
 
引続き以下の物資も募集します。
<台所用品>
・包丁・台所用洗剤(ママレモンなど)
<清掃用品>
・清掃用洗剤(マイペット、など)、マジックリン、クレンザー、たわし、ブラシ
・トイレマジックリン、トイレ用掃除ブラシ
<食品>
・無洗米・インスタントみそ汁・カップスープ・レトルト食品・焼き海苔、
・ジャガイモ、玉葱、ニンニク、にんじんなど(腐りにくい野菜)
・調味料類・ケチャップ・ソース・マヨネーズ
・乾物類・漬け物・ジュース類・缶コーヒー
・お菓子(大人用、子供用)、ミルキー、和菓子など
 
5月22日(日)午後7時まで
受付場所:札幌キリスト福音館(札幌市北区北27条西15丁目1-28、Tel.011-758-4937)
 

第10便は、5月22日(日)夜出発し、26日(金)朝戻ります。
函館シオン教会、札幌八軒キリスト教会(庄司牧師)、札幌キリスト福音館から参加し3名で出発します。内1名は現地に3週間滞在して支援活動を展開します。
 
第11便以降もボランティア募集中です。




5月20日


第9便活動写真





5月17日

第9便活動しています


5月17日 第9便 ホクミンが初めて山田町に入ります。山田町は被災地のなかで、
支援が取り残された地域です。
これから旧山田高校に山積みされた 支援物資を アイテム別に仕分けします。





5月15日

第9便無事出発しました





5月14日

第9便支援物資を募集します。

・洗剤類
・無洗米
・おもちゃ(新品)
・お菓子類
・水などの飲料

5月15日(日)午後7時まで、札幌キリスト福音館(北27西15-1-28,Tel.011-758-4937)
で受付けています。


第9便は、5月15日(日)~20日(金)で行ってきます。
釧路キリスト福音館、札幌福音自由教会(秋田康雄伝道師参加)、
北広島チャペルキリスト教会(木村恵一牧師参加)、札幌キリスト福音館から、9名で向かいます。お祈りお願いします。





5月13日

木曜日午前のデボーションの時に神学生チームの特別賛美


おもえ町にある一つの避難所前。おもちゃとお菓子をわたして、
そして小学生4人と遊びました。





5月12日


第10便ボランティア募集

第10便ボランティア募集受付中
5月22日(日)夜出発、27日(金)朝戻るスケジュールで、
ボランティアを募集しています。
5月19日(木)までにお申込みください。
※お申込みに当たっては、牧師の推薦を必ず受けてください。
※申込用紙をダウンロードして、ご記入の上送信してください。
※お申込みされても、運営の都合上参加出来ない場合がありますことをご了承ください。



6月にボランティア参加したい方は、5月中のお申込みをお願いします。
第11便 5月29日(日)~6月3日(金)
第12便 6月5日(日)~6月10日(金)
第13便 6月12日(日)~6月17日(金)
第14便 6月19日(日)~6月24日(金)
第15便 6月26日(日)~7月1日(金)
※長期ボランティアを併せて募集します。上記の複数便を続けて参加を希望する方、その旨ご連絡ください。
例えば 第11~12便参加の場合は、5月29日(日)~6月10日(金)となります。





5月12日


左からースノー宣教師、スノー・メグ、近所の二人、
神学生のカンさん、ファミリーショップやはたの八幡さん


老人施設での触れ合い


火曜日の夕食後、水曜日の炊き出し準備です。(カレーライスの200食とハワイ・コナコーヒー)



大槌町桜木町でファミリーショップやはと言うお店でまた炊き出しをしました。



近所の方々とのお話し



盛岡聖書バプテスト教会で物質を加えて出発するところ。(火曜日)






5月10日

5月9日0:00苫小牧発のフェリーに乗っているホクミン第8便のメンバー




よく片付けられている田老町の大通





よく片付けられている田老町の大通



盛岡聖書バプテスト教会で聖書宣教会の神学生チームと合流して一緒に夕食を





今後の支援活動のオリエンテーション





5月5日


第8便準備中です。

5月8日(日)夜出発し、13日(金)朝帰ります。
見晴台チャペルキリスト教会 スノー・ネイスン先生、他
釧路キリスト教会 山形浩之先生、他
札幌西福音キリスト教会
札幌キリスト福音館
以上4つの教会からボランティアが送り出されます。
 
 
第8便で持って行く支援物資を募集します。
 
募集品目は前回と同じですが、新たに次のものをお願いします。

バケツ(プラスチック)
ほうき・ちりとり(屋外用)
ガラスマジックリン
長靴・各サイズ
新品下着・男用女用・各サイズ
単一電池
湿布薬
 
前回と同じ募集品目
<台所用品、清掃用品>
包丁、まな板
台所用洗剤(ママレモンなど)、清掃用洗剤(マイペット、など)
、マジックリン、クレンザー、たわし、ブラシ
トイレマジックリン、トイレ用掃除ブラシ

 
<食品>
インスタントみそ汁、カップスープ、レトルト食品、焼き海苔、
調味料類、ケチャップ、ソース、マヨネーズ
乾物類、漬け物、ジュース類、缶コーヒー
お菓子(大人用、子供用)、ミルキー、和菓子など
ジャガイモ、玉葱、ニンニク、にんじんなど(腐りにくい野菜)

 
受付:5月8日(日)午後7時まで、札幌キリスト福音館(北27西15-1-28)

よろしくお願いします。
 





5月5日


第7便報告4


4日目木曜日の報告をさせていただきます。

今日は午前中、宿泊させてもらっていたアレン記念教会の掃除をしました。
お昼には、函館組のフェリーの時間のためにお別れをし、札幌組は野田村にて作業をお昼から行い、3時まで作業を行いました。
今回は全壊して流された家屋の跡地に残っていた瓦礫を集めて片付ける作業にあたりました。
無事怪我なく、作業を終えその後青森まで向かい無事みんなでフェリーに乗ることができました。

各チームの帰路が守られるようにお祈りくだされば感謝です。






5月4日


第7便報告3


3日目水曜日の報告をさせていただきます。
今日は朝の7時に出て、3時間程南下し、上閉伊郡にある大槌町へ向かいました。
そこでは予定通りに炊き出しとお家の片付けなどの作業をすることができました。
大槌町の多くの地域は津波による被害で家を流されてしまったり、全壊していました。
今日、作業を行った地域は大槌町の桜木という地域で、その地域は1階から2階まで浸水してしまった地域でした。

今回は桜木にあるボランティアセンターにて、そこに集められたボランティアの依頼に応えていく作業チームと地域の商店を借りて行う炊き出しチームの二手に分かれ、ボランティアを行いました。

依頼に応えるチームは一軒家の家具の撤去や泥はきを行いました。依頼主に会うことは出来ませんでしたが、その家の片付け作業を無事に怪我や事故なく終えることができました。
しかしその後、悪天候に見回れ、次の依頼の作業に移ることは出来ませんでした。
一方炊き出しチームでは、130人分のコロッケ弁当をつくり、お借りした商店から炊き出しをし、桜木の地域の方々に食べていただくことができました。
その後雨のため、予定を変更しみんなで炊き出しをした商店に集まり、その商店の片付け及び掃除を行いました。
そしてその後、その商店の店主の方の腰の痛みのためにみなで心を合わせて祈りました。

今日の一日の作業は天候に左右されて予想しないことが起きましたが、すべての作業が無事に進み終えられたことはとても感謝でした。


明日は帰路につく日ですが、函館班は午前中、札幌班はお昼すぎまで野田村のほうでボランティアセンター経由の作業をさせていただく予定です。
最後まで神様の愛に満たされて、神様の愛のうちに被災された方々の助けとなり慰めとなるよう用いられるよう、またこの報告で紹介されている被災された地域の方々のために覚えてお祈りください。






5月3日


第7便報告

5月3日、2日目火曜日の報告をさせていただきます。

今日は宮古市田老町にて作業をするため、
朝に出発し一日田老にて町の支援をさせていただきました。

炊き出し班、作業班、配給調査班に分かれ、それぞれの作業を行いました。

炊き出し班では岩手の教会のチームの元でともに田老町に食事を提供しました。
また作業班では津波によって流されたゴミを回収したり、泥で詰まってしまった側溝を掃除したりしました。
配給調査班では昨日つめたフルーツや野菜などの物資を地域の方々に一軒づつ回りながら配給し、またそのところで必要な物資について調査しつつ回りました。

また午後3時すぎにはアレン記念教会のほうへの帰り道につき、その後翌日のコロッケ弁当の炊き出しの準備の作業を行いました。

今日の作業が一日すべて無事に終えられたこと感謝でした。

明日は上閉伊郡大槌町へ向かい、炊き出しとお家の片付けなどの作業をする予定でいます。

明日は今日とは違う地域にまた向かいます。
明日も私たちが神様の愛をもって、本当に何よりも被災された方々の助けとなり、慰めとなることができるように神様が用いて下さるようにお祈りください。







5月2日

第7便報告
5月2日、1日目月曜日の活動報告をさせていただきます。
朝10時に無事青森IC前のエネオスにて札幌チームと函館チーム
が合流し、
東北自動車道を走りました。
花輪SAにて予定通り休憩と昼食をとり久慈を目指し出発。
その後無事、久慈にあるアレン記念教会に到着しました。
そしてその後、明日配達する予定の物資を調達し、そして一人づつに手渡ししていけるよう、個別の袋に分け明日に備えました。
またチーム全体でのミーティングをもちこれからの流れを確認し備えるときを持ちました。

アレン記念教会は電気も水もあり、暖かく泊まることのできる環境が与えられていて感謝です。
また今日の道中や、作業がひとつひとつ無事進められ、メンバーの体調も守られ感謝でした。

明日から、炊き出しや配達側溝掃除などの本格的な作業がはじまります。
被災された方々の手となり、足となり助け、私たちの作業を通して少しでも彼らの慰めとなることができるようにお祈りください。






4月29日

お知らせ
 
ホクミン第7便、物資募集のお知らせ
 
ホクミン第6便チームが調査した、被災地からのリクエストです。
5月1日(日)午後7時まで、札幌キリスト福音館(北27西15-1-28)で受付けています。よろしくお願いします。
 
<台所用品、清掃用品>
包丁、まな板
台所用洗剤(ママレモンなど)、清掃用洗剤(マイペットなど)、マジックリン、クレンザー、たわし、ブラシ
トイレマジックリン、トイレ用掃除ブラシ
 
<食品>
インスタントみそ汁、カップスープ、レトルト食品、焼き海苔、
調味料類、ケチャップ、ソース、マヨネーズ
乾物類、漬け物、ジュース類、缶コーヒー
お菓子(大人用、子供用)、ミルキー、和菓子など
ジャガイモ、タマネギ
 
<その他>
反射式ストーブ
 
 
 
ホクミン第7便は募集を終了しました。第8便ボランティア募集中
 
第7便は、5月1日(日)夜出発し、5月6日(金)朝に帰ります。
函館シオン教会、ノアコミュニティチャーチ(沖縄)、札幌福音自由教会、札幌聖書キリスト教会、札幌キリスト福音館の5教会から20名で参ります。
 
第8便は、5月8日(日)夜出発、5月13日(金)朝帰る予定です。
ボランティア申込書をダウンロードして、牧師の推薦を得てお申込み下さい。
ファックスの場合は、011-758-4955 へお願いします。
※現地の都合等により申込者の全員が行けない場合がありますので、ご了承ください。
 



4月28日

今日は宿舎の清掃と、一階の物質の整理を行っています。






4月27日

第6便報告

今回のボランティアチームには、元ラーメン屋店主がいたので、
今日は地元の人たちにラーメンを200食つくり、提供しました。
ラーメンを求める人たちで長蛇の列が出来ました。




4月27日

第6便報告


二日目、火曜日の活動報告を送ります。

朝、7時半からディボーションを行い、今回は近藤先生がリードしてくださいました。
岩手県の中でも被災地と被災しなかった地域との温度差があり、複雑な緊張感の中で生活されているとお話ししてくださいました。
同じ岩手県でも、盛岡やほかの地域から被災地に行く人たちは少なく、被災地に対して何をしたらいいのかわからない、
自分たちは助かったが、なにもできない無力感を感じ、実際の被災地に入ることに罪悪感を感じているとのことです。


朝の10時から100世帯分の野菜、豚肉、豆腐、納豆、缶詰め、フルーツを一軒分のパックに仕分けをして、田老地区を徒歩で配って回りました。

その後、作業班はSさんと言う老夫婦が住む家の前にある側溝に溜まったがれきや泥の撤去作業をしました。

皆さんが本当に頑張ってくれたおかげで、側溝の3分の2は開通することが出来ました!

来週もホクミンのチームが来ることをお話ししたところ、ぜひお願いしますと頼まれた撤去作業がいくつかあります。

自分個人も手助けしてあげたいと感じた田老地区の作業はぜひ継続してやっていただきたいです。

夕方5時、田老から宿舎に戻り、大塚先生、近藤先生とお別れをしました。


その後、風呂、夕食をとり各部屋で就寝。

明日はいよいよラーメンの炊き出しです。
全行程が守られるようお祈り下さい。






4月26日

第6便報告

25日、1日目月曜日の活動報告をさせていただきます。

朝10時に無事青森IC前のエネオスにて札幌チームと函館チームが合流し、
東北自動車道を走りました。
花輪SAにて予定通り休憩と昼食をとり久慈を目指し出発。
久慈の道の駅で買い出しでしたが、場所が判らず少し時間をロスしてしまいました。
その後、一気に宮古を目指し、午後5時45分に到着しました。

積んできた荷物を宿泊所一階に運び込んで、3階は宿泊専用にしました。
一階だけが停電中の為、持ち込んだライト等を使って夕食の準備をしてもらい、近藤先生を交えて食事をしました。


月曜日はほぼ移動だけで終わってしまいましたが、今日の作業等での注意事項を話すミーティングを持ち終了しました。

ちなみに岩手県の銭湯は月曜日が定休日らしく、営業していなかった為、早めに寝てもらいました。


道の安全も守られ、体調不良の人も今のところ出ていません。感謝です。

今日(26日)は実際の作業に入ります。食料、日用品を被災者に届ける為の道が神様によって開かれるようにお祈り下さい。



宿舎前で



私たちが宿泊場所としてお借りしている旅館の大掛かりな清掃からスタートしました。
この旅館も被災しました。
今日の天候は晴れです。明日の予報は雨です。天候に恵まれます様にお祈り頂ければ感謝です。




4月24日

第6便出発

第6便が先ほど24日21時過ぎに出発しました。
 
ホクミンのページを見て応援してくださっている方々が、
ご自分のブログにホクミンの活動を書いてくれています。
そのブログを見て、物資を届けてくださる方々がいます。
今日もお米などの食品物資を届けてくださいました。
ありがとうございます。
 




4月23日

ホクミン第6便詳細


4月24日(日)~29日(金)札幌、
函館から10名で向かいます。
ラーメン、コーヒーの炊き出し、片付け等のボランティア活動を行います。
お祈り下さい。

物資を募集します。
 腐りにくい野菜(根菜類)、パックの漬け物、レトルト食品(ご飯、カレーなど)、無洗米

募集時間
 4月24日(日)15:00~19:00
 札幌キリスト福音館までお持ち下さい。





4月15日

ホクミンボランティア第6便募集

第6便の日程が決まりました。

4/24(日)夜から4/29(金)朝

までです。
参加ご希望の方は、info@hocmin.net までご連絡ください。





4月15日

すばらしい悲しみ

被災された方、また被災地に行って人々のケアをなさりたい方々のために、ということで
地引網出版様から、「すばらしい悲しみ」という本をホクミンに10部贈呈していただきました。

こちらからご購入いただけます:

http://www.jibikiami-book.jp/?pid=5440261






4月15日

ホクミン第5便

 

 四日目は、前日の夜に到着した聖契キリスト教会のチームと12日から引き続き一緒に宿泊している

同盟教団のチームと3チーム合同で朝のデボーションを行い、賛美と祈りを持って働きに出かける備えをしました。

 

この日は大槌町への物資の配給、今後どんな物資、支援が必要かなどの調査、作業全般の手伝いなどの働きを目的とし出発しました。



 聖契キリスト教会のチームと同盟教団のチームとホクミンでの集合写真。

 


まず最初に訪れたのは介護施設の城山の杜です。

 

介護のボランティアの必要や、実際に滞在型で来てくれているボランティアの方がいること、

震災から現在までの様子や必要物資のことなどお話してくださいました。

 

ホクミンからは大人用のオムツなどの物資を届けさせていただきました。

 


続いて訪れたのはおさなご幼稚園という幼稚園です。

 

近隣の沢山の住民の方達が出入りしていて、物資の保管場所になっていたり、ボランティアの方の拠点にもなっていました。

 


ここでも食料から生活用品、薬に至るまで、多種多様な物資を配達させていただきました。

 


園内の様子です。2階が支援物資の保管場所になっていました。

僕らのほかにも、電気工事のボランティアの方、瓦礫撤去の作業の方、子供と遊ぶボランティアなどさまざまな方が活動されていました。


物資の様子です。

 

その後、第3便、第4便でも奉仕させていただいていた、やはたショップさんへ。


ここでは、数人で分かれて、やはたショップさんの店内をお借りして近隣の住民の方への物資の配給、

近隣の住宅を一軒一軒まわっての支援物資を配達、

近隣住宅のフェンスが倒れていたため簡易的な復旧のお手伝い、

その他今後必要な物資や働きを聞いてまわるなどの活動をさせていただきました。

 


物資の配給の様子。


仕分けの様子。

 

今回の実質的な活動はこのやはたショップさんでの働きが最後でした。

 

 

後日報告と引継ぎがあると思いますが、働きに関してはありとあらゆる働きが必要だということがわかりました。

 

物資を運ぶこと。肉体作業。介護。看護。

子供から大人までのコミュニケーション、僕達が北海道で暮らしているそれぞれの街と同じように、

街が機能するために必要な人材、活動は全て必要なんだと思いました。

 

もちろん教会もです。

 

そして現地ではそのほとんどが機能していない状態でした。

 

このやはたショップさんも、近隣に店がないため車がないと買い物ができない住民の方も多いということで、

一日も早く店舗を復旧させて、住民の方達の助けになりたいと話されていました。

 

物資としてはやはり衣食住に関わるものが第一に必要であると聞きました。

 

ふとんなどの寝具や、毎日の作業で使う作業服や長靴なども必要とのことでした。

 

そして長期的に滞在できる人材や一箇所で重点的に活動していくことの必要もあると感じました。

 

 

この日の夜、フェリーにて今回のチームでの働きの感想や今後の活動へ向けての

分かち合いを行い祈りをもって第五便のチームでの働きを終了ました。

 

 

個人的な感想ですが、三日目に津波の被害を受けたお宅の作業をお手伝いした際に、

そこのご主人さんが、家をリフォームして今後もその場所に住み続けるつもりだという話を聞いて、正直とても心配になりました。

またいつ地震や津波があるかもわからない地域だからです。

 

私達一人一人が常に祈り続けること、時間が経つにつれて忘れてしまっていくのではなく、

被災地のことを覚えて関心を持ち続けること、その必要性を強く感じました。

 

さまざまな教団、教派を超え、たくさんの活動をさせていただけたこと、

全ての働きの上に主のまもりと恵み、祝福が豊かにあったことを感謝します。

 

今回の活動や被災地の様子、神様の癒しと回復、そして一致の御業を教会内外で強く証していきたいと思います。

 

 

以上第5便チームの報告とさせていただきます。

 

ハレルヤ!!





4月13日


ホクミン第5便活動報告

 

3日目 412日(火)

 

この日の活動は、宮古市の避難場所にて子供達を対象としたボランティアと、

田老町での炊き出し、支援物資の配達、避難所への訪問、情報収集、被災地域の視察などでした。

 

被災地で人手が必要な場所があれば何でもしますというスタンスでお宅の訪問なども行い、

被災家屋の後片付けや清掃、泥や瓦礫の撤去なども行いました。

 

この日は宮古コミュニティーチャーチ、同盟教団のチーム、盛岡聖書バプテスト教会、

室蘭グロリアチャペルの高橋さんなど、教団、教派、教会を超えて沢山の方達と協力して活動することができました。


(写真1) 支援物資を詰めた車輌の様子です。


(写真2) 出発前に今回のホクミンメンバーでの集合写真です。

(写真3) 協力教会の宮古コミュニティーチャーチです。

ここで炊き出しの準備と同盟教団のチーム、盛岡聖書バプテスト教会のチームなどと合流しました。

 


(写真5)宮古コミュニティーチャーチにて出発前に賛美と祈りの時間をもち出発しました。

 

(写真6) 目的地へ向かう道中。復興作業が続いています。


 (写真7) 自衛隊の方の姿も沢山見かけました。


(写真8) 仮役場である田老町総合事務所を炊き出しと支援物資配達の拠点とさせていただきました

 

(写真9) このような掲示板が仮役場の前に設置されていました。

 


(写真
10)被災地から出てきた写真のアルバムなども保管されていました。

 

(写真11) 仮役場から見た沿岸の堤防前の風景です。震災直後は道路も何もかもが瓦礫に埋もれていたそうです。

 

(写真12) この日の炊き出しはおでんでした。

 

(写真13) 住宅の清掃中です。

 

(写真14) 住宅内の瓦礫の撤去作業中です。

 

(写真15) 住宅内の泥の撤去作業中です。

 

(写真16) 瓦礫撤去後の住宅内の一部です。

 


(写真17)住宅の周りには瓦礫が山になっていて、まだ中に瓦礫が溜まっていても、

道路が塞がってしまうため、行政が撤去しに来るまでこれ以上は外に出せないという住民の方の声を聞きました。

 

(写真18)どこの家の前も瓦礫の山です。これでもかなり綺麗になったと聞きました。

 


(写真19) 一軒一軒、炊き出しのおでんと支援物資を持ってお宅を訪問しました。



(写真22) これからの必要物資など、後日報告があります。

 


(写真23) 宮古小学校での、子供達との関わりのボランティアの様子。



(写真25)子供達はとても喜んでいました。



(写真28) そして子供達だけではなく、コミュニケーションが必要な被災者の方が大勢いました。あわせてお祈りください。

 

(写真30) 今回協力させていただいている宮古コミュニティーチャーチ、同盟教団のチーム、盛岡聖書バプテスト教会の方達。

 


(写真31) 視察と今後の日程を確認しに避難所のグリーンピアへ。


(写真32) この地域で津波の被災の最も強かった沿岸部のガソリンスタンド。

 

(写真34) これはローソンです。見る影もありません。


今回の震災の被害を目の当たりにしました。

 特に堤防の内側の住宅街は何もかもが流されていて、震災以前の景色をまったく想像できませんでした。

 この視察の後、宿泊先へ戻り、ホクミンチームと同盟教団チームで一緒に夕食の時間を過ごしました。

 参加メンバーの自己紹介と、今回の活動に参加した経緯や感想、証などを分かちあい、とても恵まれた時となりました。

 皆さんのお祈りと支援、協力がありこの働きは祝福されているということを深く感じます。

 そして、主の御名を賛美します。ハレルヤ!!

 

本日は以上です

 




4月12日12:52

ホクミン第5便活動報告

 

1日目410日(日)

 

2000     札幌キリスト福音館にて、今回の札幌キリスト福音館からのメンバーと札幌新生キリスト教会のメンバー、

       旭川イエスキリストよろこびの教会のメンバー計8名が合流しました。

              その後、荷物の積み込みをし21:00苫小牧の港へ向けて出発。

 

22:00     苫小牧到着。ここで伊達福音教会と千歳アドナイ国際キリスト教会からの今回のメンバーが合流しました。

              今回は計10名のメンバーです。深夜0:00出発のフェリーへ乗り込み青森へ向けて出発しました。


フェリー内でのデボーションとミーティング風景。チームがまず心を合わせて祈るところからスタートしました。

 

2日目  4月11日(月)

 

10:00  青森を出発し久慈アレン教会へ立ち寄りました。

 

久慈アレン教会

 



久慈も被災した地域でしたがこのあたりは無事だった地域でした


その後、野田村に被災された方への届け物をしに立ち寄りました。

 

津波による震災の痕が建物に残っています。


中のチェックと片づけが終わっており解体待ちのようでした

 

このお寺の奥も避難所になっています

 

避難所近辺には仮設トイレも設置されていました

 

この日の目的地は岩手県の宮古だったので、沿岸を視察しながら向かいました。

 

津波の被害で無事だった場所と被災地は車でほんの数分の紙一重の場所でした。

 


沿岸沿いの被災した地域。

 


がれきの中に車や船なども混ざっています。

 

ここは跡形もなく流されていました。

 

 被災しながらも営業を再開しているスタンドなどもありました


 船が凄い状態で道路下に突っ込んでいました。


被害や停電により信号が機能していない場所も所々ありました


(写真20) 作業中

 

海沿いは津波の被害のため街灯も何もなく、電気がほとんどないため日が落ちるとあたりは真っ暗でした。

 

夕食時に、今回お世話になっている盛岡聖書バプテスト教会の牧師先生たちが来てい主の恵みの証を聞かせていただきました


(写真21) 夕食の様子

 

祈りをもって、この日の日程は終了しました。




4月9日20:52

ホクミン第6便募集

4月17日(日)からの週は、イースターブレイク(休み)とします。
第6便は、4月24日(日)夜~28日(木)または29日(金) で募集します。

ボランティアご希望の方は、
info@hocomin.netまでご連絡ください




4月9日16:16

第5便ボランティアメンバー

イエス・キリスト喜びの教会(旭川ナザレン教会) 後藤従明牧師 他1名
伊達福音教会(同盟) 三浦称牧師
札幌キリスト福音館 三橋恵理哉牧師 他3名
千歳アドナイ国際キリスト教会(福音自由)
札幌新生キリスト教会

以上、現在のところ9名で、4月10日夜から向かいます。
お祈りください。




4月9日15:19

ホクミン東日本大震災祈り会(*月2回)のご案内



4/15(金) 8:00pm~ 第4回ホクミン東日本大震災祈り会

会場 OMFセンター(札幌市東区北36条東17丁目1-35 電話011-784-4400)

(*駐車場は20台程度です。皆さんできるだけ乗り合わせておいで下さい。*地下鉄東豊線「新道東」駅から徒歩5分)

前半 賛美:OMF 御言葉、祈りのリード:鍛冶師(札幌福音自由)         
後半 ホクミン・その他の働きの報告 祈りのリード:西森師(グッドアワー)&益田師(グレースコミュニティ)

◆4/29(金) 8:00pm~

会場
前半 賛美:グッドアワー 御言葉、祈りのリード:西森師(グッドアワー)       
後半 ホクミン・その他の働きの報告 祈りのリード:西森師(グッドアワー)&益田師(グレースコミュニティ)

◆5/13(金) 8:00pm~ 第6回ホクミン東日本大震災祈り会 *予定

会場
前半 賛美:札幌福音館
御言葉、祈りのリード:三橋師(札幌福音館) 
後半 ホクミン・その他の働きの報告 祈りのリード:西森師(グッドアワー)&益田師(グレースコミュニティ) 

◆5/27(金) 8:00pm~ 第7回ホクミン東日本大震災祈り会

会場
前半 賛美:グレースコミュニティ 御言葉、祈りのリード:益田師(グレースコミュニティ) 
後半

*席上献金は、ホクミンを通して支援活動に用いられます。


ホクミン牧師の祈り会(*月1回朝)のご案内

◆4/14(木)7:00am~
◆5/19(木)7:00am~




4月8日19:27

ホクミンの働きが、4月4日の朝日新聞
「自力志向の岩手 支援模索」という記事で取り上げられました。




4月8日11:22

第5便の車とボランティアを募集します。


4月10日(日)夜~14日(木)予定


※旭川からも出発いたします




ーボランティアの心構えー

目的はキリストの心で人に仕えることです。奉仕内容よりも、
まず被災地の人を愛する心を神様に祈り求めましょう。

1. 祈る。            キリストの愛で奉仕できるように祈ります。
2. 仕える。         イエス様が人に仕えてくださったように、私達も人に仕えます。
3. 従う。            リーダーシップに従うことがチームワークの要です。
4. 仲良く。         基本的なことですが、チームが仲良くすることが大事です。
5. 禁酒、禁煙。    ボランティア活動中は、禁酒禁煙をお願いします。

※ 参加には牧師の推薦が必要です。
※ ボランティア活動費用は、個人の持ち物以外はホクミンが用意します。
※ 希望されても運営上行けない場合があることをご了承ください。




4月8日12:47

ホクミン第4便函館到着


7日夜、函館チームは無事函館に到着しました。
お祈りありがとうございました。

7日は札幌、美幌、北広島チームは宮古市田老町の避難所でボランティア活動をしました。田老町では避難所が一箇所に合同になり、その施設には700名の方が避難されています。
活動の一つは届けられた物資の仕分け作業。もう一つは、避難されている方々から避難所生活での不便な点、改善点などを聞き、市の担当者に伝えるボランティアをしました。どちらも市の担当者に依頼された活動でした。多くの方が市の担当者の方に感謝を伝えておられました。その他に不便な点などをお話ししてくださいました。また地震、津波の時の体験を話された方もおられ、その方のためにお祈りをする時が与えられたメンバーもいました。

宿泊は盛岡聖書バプテスト教会が受け入れてくださいました。近藤先生ご家族との交わりをさせていただき、そろそろ就寝という時に小刻みな大きな揺れを感じ、電気が消えました。盛岡は震度5強の揺れでした。みんなで今週お会いした被災者の方々のためにお祈りをしました。

今朝も停電が続いていますが、どうにか青森に到着し、13時のフェリーで札幌に向かいます。帰りの道が守られるようお祈りください。




4月7日22:04

ホクミン第4便 ボランティアメンバー


今回のメンバーは以下のとおりです:

函館ベテルチャーチ(アッセンブリー) 布施宣義牧師
七飯福音キリスト教会(JECA) ティム・ウォーカー宣教師
グレースコミュニティ(JECA) 益田結牧師 他3名
北広島チャペルキリスト教会(福音バプテスト) 木村恵一牧師 他1名
美幌キリスト教会(福音バプテスト) 石井義一牧師
函館シオン教会(フォースクエア) 4名

合計13名で北海道から向かいました。




4月7日11:29

第4便レポート5

今朝、総括のミーティングの時を持ち、それぞれが感謝なこと、
学んだこと、これからの課題などを話し合いました。
函館チームは今日15時のフェリーで函館に帰ります。帰り道が守られるようお祈りください。

その他のチームは2班に分かれ活動します。宮古市田老町の避難所でのボランティア活動、
もう一班は宮古市でのボランティア活動です。ふさわしく仕えるかとができるようお祈りください。





4月6日21:30

第四便レポート4

本日の3つの班での働きはそれぞれ祝福の中で無事終えることができました。
大槌町でのボランティア活動は、ボランティアセンターより指定されたお宅に伺いキッチンのドロ除去、ゴミの除去などの作業をしました。
とても喜んでいただけました。

キリスト教葬儀の必要の調査で判明したのは、身元不明の遺体の多さです。
3箇所の遺体安置所、2箇所の市役所を回りましたが、その場にいる時にも10分に一度新たな身元不明の遺体が運び込まれてくるほどでした。
キリスト教葬儀の必要も大きいのですが、今は遺体の身元が判明することが遺族の皆様の願いの一つであるようです。

宮古市での子どもと遊ぶボランティアでは、子どもたちと体力の限り思い切り遊びました。
また、色々なことも話しました。
中には家が流されたという子もたくさんいました。


槌町での作業の写真です。


その後、100食のおしるこの炊き出しと、
物資の配布をしました。地域の方々にとても喜ばれました。


大槌町での物資配布の写真です!




4月6日11:15


第4便レポート3

今日は3班に分かれての活動となりました。
大槌町でのボランティア活動、宮古小学校での子どもたちと遊ぶ、キリスト教葬儀の必要の調査と実行、です。
それぞれの働きが守られ祝福されるようお祈りください。




4月5日18:37

第4便レポート2

無事、宮古市田老村での物資配布を終えました。トイレットペーパーや下着、洗剤などを配布しました。特に喜ばれたのは漬物でした。
最後に皆で感謝の祈りをしました.


宮古市での奉仕を終えたあと、今晩宿泊させていただく宮古市にある日昇館という旅館に到着しました。
一階が浸水し営業できない状態です。

近藤先生が一階部分を片付け作業しておられ、オーナーの方のご厚意で泊めていただけることになりました。
この地区はまだ電気が使えません。懐中電灯の灯りを頼りに夕食準備をしています。


今晩の夕食のメニューはハヤシライスです!電気のない中、
ヘッドライトの灯りのみで作ってくださいました!
みんなでおいしくいただいています!
もちろん部屋の中も電気がないのでライトをつけてみんなで夕食後です。




4月5日18:16

岩手の地元紙に新生釜石教会の記事!

岩手日報(岩手の地元紙)のWebサイトに、
新生釜石教会の記事が掲載されました。

そこに教会があり、主にある兄弟姉妹の交わりがあることの
ひとつの証しが載せられていること、感謝です。
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110404_12




4月5日18:06


ホクミン第4便レポート

今日は午前中2班に分かれて活動します。
一つは野田村で家の片付けのお手伝い、もう一つは炊き出しと片付けのため宮古市に向かいます。
午後からは合流して宮古市での活動を予定しています。

メンバー一人一人の体調が守られイエス様の愛で仕えることができるようお祈り下さい。


お昼から宮古市田老村で豚汁とおにぎりとフルーツなどの炊き出し
をしました。一軒一軒お宅を訪問し配りました。

午後からは大塚先生が運んで来られる物質をお宅を訪問し配る予定です。



午後からは宮古市田老町で物質の配布をします。
大塚先生が4トントラックいっぱいに物資を運んできてくださいました。
これから各家庭を回って配布します。




4月2日17:11

ホクミンチーム第4便始動

函館、北広島、美幌、札幌から、
3台13名で出発します。
4月4日(月)~8日(金)の予定です。
岩手県久慈市から野田村、宮古市、大槌町の間で、
ボランティア活動を行います。





4月2日0:27

ホクミン第3弾チーム、無事に帰着


3月28日(月)に出発したホクミン第3弾チームは、
岩手県三陸地方(野田村・大槌町ほか)でのボランティア活動を終えて、4月1日(金)夜に無事帰着しました。

ほとんどのメンバーにとって初めてのボランティア経験であり、予定通りに作業が進まないことも多々ありました。すべてのうちに主が力強く働き、導き、守ってくださいました。20人のメンバー全員、事故もなく、途中で体調を崩すこともなく、最終日まで支えられました。

多くの方々が、この働きのために祈り支えてくださったことを、心から感謝申し上げます。
これからの第4弾以降の働きのために、そして震災の痛みとともに、明日も被災地で暮らす方々のために、私たちも祈りをあわせていきたいと思います。





4月1日18:40

ホクミン第3弾チーム、それぞれが感じたこと


岩手県三陸地方(野田村・大槌町ほか)
でのボランティア活動を終えたホクミン第3弾チームは、翌4月1日、北海道への帰途につきました。

今回、チームに加わったのは、福音自由・札幌福音自由教会より3名、兄弟団・札幌栄光教会より1名、
札幌キリスト福音館より3名、同盟・登別中央福音教会より2名、フォースクエア・函館シオン教会から4名、
北海道聖書学院から6名、そしてインマヌエル・青森キリスト教会からの1名をあわせ、全20名のメンバーでした。

また現地では、第2弾としてすでに活動を行っていた、ネイサン・スノー宣教師(福音バプテスト宣教団)ら5名ともに活動できました。

それぞれの目に映った被災地の姿は、このような形で行うことができた活動は、
ひとりひとりにとってどのようなものだったのか、このことを通して何を思い、どのようなことを教えられたのか、
何人かのメンバーに、今回感じたことについて聞きました。

A兄
「釜石の繁華街を襲った津波の惨状にショックを受けた。
繁華街の店舗に、軒並み×印が記されていて、このところで多くの人々が亡くなったのだと気付かされた。
これからの復興には、時間のある、自分のような60歳を超えた男性でも女性でも、役に立つことがたくさんあるのだと感じた。
例えば、被災地には老人が多く住んでいるので、家の掃除などの必要もこれから続く。
宿泊施設さえ確保すれば、そこを拠点として、体力に合わせて、婦人方でも家の掃除や炊き出しなど、なすべきことがたくさんあるように思う。
いろいろな機会をとらえて、できるだけ多くの人々が、今回の被災地の惨状を見て、ボランティアに参加することは、とても有意義なことだと思う。」

B姉
「海岸線の被害を見て、電信柱や線路や、人の力では動かせないものが軽くなぎ倒されていることに、改めて被害の大きさを感じた。
そういう中でも、野田村では水も電気も9割がた復旧していると聞いた。
自分は第三者の立場でしかないが、必ず復旧する、ということを感じた。
今回関わった最大のことは炊き出し。大量に作るのは初めてだし、その場でうまくいかないことはたくさんあった。
現地で火と水と電気が使えたのがよかった。それなしにはできなかった。
ひとつひとつの言葉が、とても印象に残った。被災者の方の心理状況はわからないけれど、私たちの何気ない会話で傷つけてしまうのかもしれない。
神様を信じている者として、恵みにとどまっていなければ、傷つける言葉を発してしまうのかもしれない。
自分のためにも、相手のためにも、神様の愛に満たされていたい。
被災者の方々が、喜んで受け入れてくれたことが、本当に嬉しかった。」

C兄
「地震が起きてから、何か自分がアクションを起こしたいと思っていた。
ホクミンのWebサイトなどネットで情報収集したり、何ができるだろうかと祈りながらずっと過ごしていた。
母教会の牧師に相談している過程で、自分にとって然るべきルートから連絡が来た。
神様のタイミングだと思った。自分が行くことに関して、送り出してくれている教会が祈ってくれたことが感謝だった。
被災地のあまりにすさまじい状況に圧倒されている。でも、力強く生きている人たちがそこにいて、一生懸命汚れた家を片付けている人たちがいる。
その人たちのお手伝いが少しでもできて、よかった。
個人的には、リーダーシップについて考えさせられる機会ともなった。
実際にリーダーシップをとった先生方の姿から教えられた。
トラブルが発生して、自分で納得できなかったときに『リーダーに従いましょう』と声をかけられた。
そして、従って行った時に道が開かれた。みんなが祈って、準備してきたことに、神様は道を開いてくださった。
自分の計画をはるかに超えた神の導きを感じた。」

D兄
「被災地側の事情もあり、予定の変更は当たり前で、わからないことだらけ。
せっかく北海道からボランティアに行ったのに…という気持ちが強くて、勝手に自分の中で不安を覚えていた。
釜石での炊き出しができなくなったとき、準備した炊き出しが無駄になってしまうのではないか、無駄に一日を過ごしてしまった、
でもそういう思いを持つのはいやだ…など、複雑な思いを持った。
そこに神様の完璧な導きがあって、働くことができた。不安だったとしても、神様が導いてくださるのだ、ということを体験できた。それが感謝だった。
今はまだ、立ち上げていく段階、手探りの段階なのだと思う。いろいろと課題が見えてきた。
今回は神様が導いてくださり、全日程で良い働きができたが、それをより確実にできるよう、
みんなが必要以上に不安がらず、計画的に働けるように調整する専任者が必要だと思う。」


E師
「今まで海外の被災状況などのニュースを見て、かわいそうだな…と思ったり、教会で募金をしたりしていたけど、
いざこういうことが起きて、今まで震災を他人事として見ていたことに気付かされた。
その中で自分で何か取り組みたいと思った時に、今回の話が来て、二つ返事で引き受けた。
現地で悲惨な状況を見ていく中で、自分たちにできることは、本当に小さなことだと気付かされた。
炊き出しを一食出したり、泥を出したり、がれきを出したり…日本を襲った大災害の中で、自分たちがしたことは本当に小さなことだと受けとめている。
しかし確かなことは、現地の人たちが受けるはずの汚れを、私たちが汚れたこと。そのことで、自分の中で、
神様に対するひとつの回答を出せたような、そんな気がしている。
どれだけ作業したか、どれだけの成果を出したかではなく、私たちが作業をすることで、被災者の苦しみ・悲しみの傍らにいたことを、はっきりと教えられた。
クリスチャンにできることは、汚れたりして傍らにいることだったり、
アピールしなくても、忘れられても、神様は覚えておられることを信じて、黙々と働くことだったり、そのようなことではないだろうか。
また、今回のボランティアに、外国籍の方がいたことに感銘を受けた。
家族に心配され、行かなくてもいい立場の人が、進んでそこに行ったということは、すごいことだと思うし、感謝したい。」

それぞれに感じたことが、次に続く支援に活かされることを願います。
そして今回、多くのメンバーが集められ、協力してこのわざにあずかることができたことを、主に感謝します。





4月1日18:35

大槌町炊き出しリポート(続)~地域の実情を見極めての活動を~


3月31日(木)、ホクミン第3弾チームは、
大槌町の2箇所の避難所に分かれて、ボランティア活動を行いました。
既報の大ヶ口・多目的集会所にあわせ、桜木町・保健福祉会館での活動について報告します。

桜木町・保健福祉会館がある地域は、津波が人の肩ほどの高さにまでなったそうです。
家の中にあるすべての物が海水に浸かり、使えなくなってしまいました。
そのため、ここで必要とされていることは、家の中にある物を外に搬出する作業でした。
12人のメンバーは3チームに分かれ、指示された家での作業にあたりました。
地域にはご高齢の方が多く、この作業を住民だけで行うことは困難です。
大人数でこのような作業を行うことで、地域の必要に応えることができました。


(写真タテ:家の玄関のこの高さまで、津波が押し寄せてきた)

実際に行ってみると、この地域にも炊き出しの必要があることがわかりました。
そのため急遽、手持ちの食材でカレーの炊き出しを行い、多くの方々に喜ばれました。
また、地域住民に対して、生活物資等の配布を行いました。
大槌町ではほとんどの商店が被災し、地域での買い物ができない状況にあるため、これらの物資は非常に喜ばれました。


(写真:地元の商店。中の物がすべて被災し、営業より復旧が先決な状態)

今回の大槌町の2箇所で行った支援から考えさせられることは、地域の実情を見極めたうえで、活動を行う必要がある、ということです。

先に向かった野田村の場合、町全体が壊滅的な被害を受けた地域と、家での生活がまだ可能な地域とが近接していました。
また村役場が中心的な機能を果たしていたため、情報の収集や活動が容易な状況でした。
これに対して大槌町の場合、壊滅的な被害が広範囲に広がり、町役場もその中に巻き込まれていました。
そのため、野田村のような形での中心的な機能を求めることは、現状では難しいのでしょう。
地域の必要について具体的に把握することができたのは、避難所を直接訪れた後のことでした。

炊き出しが断られたケースでは、「避難所が人や物資で混雑しているため、炊き出しの受け入れ態勢が取れない」というのが、その理由であったようです。
しかし、レポートの通り、受け入れが可能な他の避難所も存在しており、また既報の大ヶ口・多目的集会所のように、
同様の事情で炊き出しを野外で行ったために、避難所にいる人たちにとどまらず、周辺の方々の必要にも応えることができました。
当然のことながら、自治体ごとに、ボランティア受け入れの方針・方法が異なることも、忘れてはなりません。

被災地を愛し、仕えるために、私たちが備えるべきものは、主への信頼と祈りとあわせて、
「現地の状況はこうであるはずだ」という予見を置いて、被災地の姿を見つめることかもしれません。
そのような視点が与えられるよう、主に願います。




3月31日23:59

大槌町炊き出しリポート~支援の難しさと、導きの確かさ~


被災地での最終日にあたる3月31日(木)、ホクミン第3弾チームは、釜石市での炊き出しを予定していました。
前日より用意した200人分の豚汁とおにぎりを積み込み、朝7時に久慈市を出発。
道中、津波によって壊滅的な被害を受けた町々の姿を、自分の目で目撃することとなりました。

山間の道を抜けると、集落があったはずの場所が、一面がれきの原となっており、
その中で自衛隊が救援活動を展開している光景は、本当に衝撃的なものでした。

10時半、先行して釜石入りし、地元との調整に当たっていたスノー師と合流しました。
しかし、調整が不調に終わり、この日釜石での炊き出しはできないという結論に至りました。
そのため、関係各方面と調整のうえ、私たちは急遽、隣の大槌町へと向かいました。

緊急車両扱いで、大槌町の中心部に入る道を走りました。そこに広がっていたのは、一面の焼け野原でした。
地震と津波だけにとどまらず、火災にまでうちのめされた町の姿は、今回訪れた被災地の中でも、最も衝撃的なものでした。


(写真:被災した大槌町の姿に、言葉を失う)

しかしここでも、炊き出しの許可は降りませんでした。
指示された公民館に向かったものの、そこには多くの車が詰めかけており、車で建物に近寄ることさえ不可能。
地元の車や自衛隊の救援車両にまで迷惑をかける可能性さえ考えなければならない状況でした。
なんとか被災地の方々に対して炊き出しを行いたい、
しかし、現地の調整を無視して支援活動を行うことは、混乱をもたらし、被災地の方々に迷惑をかける結果となってしまいます。
ここ大槌町の置かれている状況は、明らかに昨日までの野田村のものとは異なっていました。
そして、必要な支援の段階や内容も、やはり異なっています。

私たちは、「炊き出しはできない」という条件のもと、2つの避難所を指示されました。
用意した食材が無駄なってしまうことを申し訳なく思いながら、それでも、今私たちにさせていただけることに取り組もうと、
気持ちを切り替え、二手に分かれて現地に向かいました。

ところが、指示された場所のひとつである、大ヶ口町の多目的集会所に着いて、担当の方と話したところ、
夕食として炊き出しを行ってもよいとの返答をいただきました。
急遽、他の避難所に向かったグループと連絡をとり、準備にとりかかりました。

夕方になると、避難所に暮らす人たちだけではなく、近くの住民の方も、炊き出しの列に並びました。


(写真:炊き出しの列)

家族のためにと鍋を持って豚汁を受け取る人も多くいました。
中には、家族6人で暮らしているのに、おにぎりを「(子どもたちの分だけ)4個ください」と遠慮して言う男性もおり
(そばにいた高橋敏夫師が気付いて、家族全員分、6個のおにぎりを無事さしあげることができました)、
被災地に暮らす人たちの、切ないまでの心遣いを感じました。
炊き出しの最中、避難所を震度4の余震が襲い、ドドドドという地鳴りのような音と大きな揺れを、避難所の方々とともに感じました。
今もこのような恐怖の中に、人々が暮らしていることを実感する一幕でした。

炊き出しに来た近隣の方と話をしたところ、ガソリンがまったくなくなってしまい、身内の葬儀に行くこともできないという方がおられました。
急ぎ、予備として積み込んでいた移動用のガソリンを提供し、大変喜ばれました。
現在、大槌町内のガソリンスタンドがすべて被災し、営業できない状態にあります。
大槌町の方々は、ガソリンを求めて、近隣の釜石市・遠野市などに行く必要があるとのことで、そこまで行っても品切れで店じまいしていた、
という話も聞くことができました。

夕方の炊き出しが始まるまでの間、避難所に寄せられている衣類など物資の仕分け作業を行いました。
あるメンバーは、実際に送られている物を手にとり、その状態を見て、「自分たちが物資を送るときのことを考えさせられた」と言います。


(写真:物資の仕分けを行うメンバーたち)


今回寄せられた食材のうち、炊き出しに使用し切れなかったものは、すべて避難所の方々にお渡しすることができました。
本当にどうもありがとうございました。

今日の活動は、予想しない事柄の連続でした。
ボランティア活動の難しさと、主の導きの確かさを強く感じさせるものでした。
これほどまでに大きな災害に直面するのは、私たちすべてにとって初めての経験です。
私たちの予想通りに事が運ぶことはありませんでしたが、そこに主の備えがあり、炊き出しを行い、地域の方々に喜んでいただけたことは、本当に感謝でした。
実際に現地に行ってみないとわからないことが、いくつも見えてきました。
夜のミーティングでも、さまざまな意見が出されました。
今回の経験が、第4弾・第5弾以降の支援活動に活かされ、よりよい形で、この主の働きが進められることを、
そして今回の大震災で傷を受けた、被災地の方々の必要に届くようにと、切に願います。

大槌町での活動終了後、全員無事に盛岡市(盛岡聖書バプテスト教会・盛岡みなみ教会)に到着いたしました。
明日、北海道に戻ります。
私たちの帰りの道のりの守りもそうですが、それ以上に、私たちが今回出会った、
この大震災で家族や家を失い、未だ不自由な生活を送っている方々に、主の慰めがありますように、
そしてこの働きがよりよい形で進められることができるよう、お祈りください。

今回の私たちの活動をすべて導き、その中に働いてくださった主の御名を、心からほめたたえます。



3月30日23:14

田野畑村~宮古市の被災状況


ホクミン第3弾チームのうち、鍛冶勉師(札幌福音自由教会)
ら9名は、今日(3月30日)、今後の支援活動の検討も視野に入れ、宮古方面に向かいました。

現地から戻った直後の鍛冶師から、被災状況について聞きました。

-先生方は今日、どのあたりまで回ることができましたか?

鍛冶師:今日は、昨日(3月29日)の夕方に訪れた田野畑村からスタートして、
宮古市の田老地区・中心部、そしてもう少し南にある磯鶏地区まで足を伸ばしました。


-それぞれの地域の状況について、伺いたいと思います。まず、田野畑村はどのような状況でしたか?

鍛冶師:田野畑村では、札幌から運んだ物資をお渡しすることができました。
また、津波に家を流された人たちが体育館に避難しているところも見ることも許されました。
今回は、物資としての支援を行いました。
田野畑村では、人手としての支援は、まだ受け入れ態勢ができていないので、来週あるいは再来週に再度支援できればと考えています。

-次に、田老地区はどうでしたか?

鍛冶師:田老地区には、自衛隊が入っていて、私たちの手伝える余地は、今のところまったくない状況でした。
ここには、45年かかって築いた、有名な堤防(津波太郎)があるのですが、それでも村全体が潰れている、本当にひどい被害状況でした。
私たちが手伝うことができたら…と思いますが、今の時点では何もできない状況です。私たちボランティアが入れる時期がきたら、支援の手を送りたいと考えます。


(写真:田老地区・「津波太郎」のすぐ近くも、一面がれきの山と化している)

-宮古市の中心部はどうでしたか?

鍛冶師:宮古コミュニティ・チャーチに行きました。
牧師はちょうど商店街にボランティアに行かれたところで、すれ違いだったのですが、牧師夫人からお話を聞くことができました。
「商店街の店主たちは、今回の震災被害で、みんな店を閉じようと考えていた。
しかし、ボランティアの姿を見て励ましを受け、もう一度立ち上がろうとしている」のだそうです。


(写真:被災地の中に立つ、宮古コミュニティ・チャーチ)

-磯鶏地区はどうでしたか?地震直後に孤立した地域だと聞きましたが?

鍛冶師:磯鶏では、現地の対策本部の方に会い、「お手伝いをさせていただきたい」と申し出ました。
そして、道の斜面にあるがれきを、重機の扱える場所まで人力で落とす作業を、計9人で行いました。
人数が多かったので、いっぺんに作業を行うことができ、現地の方々に喜んでいただくことができ、感謝でした。

避難所になった小学校の2階にまで水が来て、小学生も4~5人が亡くなったと、地元の方から聞きました。
またこの地区には、海上自衛隊が炊き出しに来てくれたことはあるのですが、まだまだボランティアの必要がある状況です。

-最後に、それぞれの場所を実際にご覧になって、どのように感じられたか、お聞かせください。

鍛冶師:思った以上に、自然災害の恐ろしさを感じました。
人間が自分たちが完璧だと思った備え以上のことが起こった、ということを思うとき、
私たちは自然の中で無力だと思うと同時に、共に立ち上がるための協力体制作りの必要を感じます。
これからまだまだ、ボランティアの活動の必要があると思います。




3月3023:11


被災地の状況について知る~野田村の人々との触れ合いから~


ホクミン第3弾チームの男性メンバー約10人は、今日(3月30日)野田村での汚泥・がれきの撤去作業を引き続き行いました。
多くの人手を集中して投入することで、家2軒分の敷地内にいっぱいに積もった汚泥・がれきを、一気に片付けることができました。


(写真:重い汚泥を取り除く男性メンバーたち)

作業の合い間に、現地の方々から、いろいろとお話を聞くことができました。
それを通して、今、野田村の方々が置かれている状況について知ることができました。

国道45号からのかなりの地域で、建物がほぼなぎ倒されています。
海岸線沿いの松並木を超えて、津波が押し寄せてきたと聞きました。
商店街そばを流れる川からも、津波の水が押し寄せてきたそうです。
この商店街でも、通りを挟んで、片側は建物がまったくない状態になっています。
がれきが急ピッチで排出されています。生き残った人々が、自分たちの家や街の復旧に向けて、前向きに取り組んでいる様子がうかがえました。

私たちが現地入りした日の前日にあたる、今週の月曜日まで、各地からの消防団の方々が入り、救出作業(そして、遺体の確認作業)を続けていたそうです。
その時期ではまだ、私たちが現地入りしても、お手伝いできることはおそらくなかったのだろうと考えさせられました。
今回の働きのうちに、主が時を確かに備えてくださったことを思います。

水道と電気は、場所によって使えるところもあるそうです(この日も、電気工事の方々が来ていました)。
ガソリン・灯油の状況は改善されつつあります。またプロパンガスを使えるようになったところもあると聞きました。

現時点でまったく復旧していないのは、固定電話と下水道だそうです。
後者の影響は深刻で、「水があっても流すことができないから、洗濯ができない。汚水を流すことができないから、近くの川で洗濯をしている」というご婦人がいました。

商店街の方々にとっては、入っていた保険の対応で、明暗が分かれていると聞きました(JAと商工会、それぞれの保険で、条件が異なっているそうです)。
漁業などの地場産業も被害を受けているため、その影響が今後出てくることが考えられます(例:魚屋さんに地元の港から魚が入ってこない)。

私たちの想像を絶する被害に遭いながら、自分たちの家に戻って片付けを行う人々の姿から、前向きに生きようとする明るさが感じられたのが、非常に印象的でした。
この地を襲った大きな地震が、主の御手の中にあったのだとすれば、生き残った人々のうちに、前向きに生きる力を与えるのも、
また主の御手によることなのだ…と思わせられます。

作業を終了し、ボランティア本部のある村役場に向かう途中、
ホクミンの男性メンバーたちは、津波で傷んだ理容室の電動椅子を運び出そうとしている場面に出くわしました。
大勢の人数で搬出を手伝うことで、大きな電動椅子3脚が、スムーズに軽トラックに運び込まれました。
これも、「この地に仕える」ことの、ひとつの形でした。


(写真:理容室の椅子を運び出す)

「これからが大変だ。でも、みんな気丈だよ。避難所でもみんな励まし合っていたよ。
まだまだ何ヶ月かかるかわからないけど、前のままに戻りはしないけど、普通の生活になればね」
と、津波のときに店の2階に取り残されたという商店主の方が、明るい表情で話してくださいました。

私たちが今回仕えることが許されたこの街は、今、復旧に向けて前向きに立ち上がろうとしています。
そして、この中心街が復旧することが、この地にあるコミュニティ全体が立ち上がるために必要なことだと、肌で感じました。

今回私たちが出会うことができた、被災した人々すべてうえに、主の癒し・慰め・励ましが豊かに与えられるよう、祈ります。




3月30日14:52

野田村での炊き出し、人々の必要へと届け


野田村での作業を続けるホクミン第3弾チームは、
野田村役場入口を会場として
炊き出しを行い、カレーライスとりんごジュースを提供しました。

当初100食分を予定していたところ、多くの食材が集められた結果、
今日は約250食分の提供が可能となりました。
このため炊き出しの担当メンバーは、前日も夜遅くまで準備にあたりました。

準備段階では、炊き出しを必要としている避難所の人々は実際どれくらい
いるのだろうか、多く用意しても余ってしまうのではないか…と懸念する声も
ありました。しかし、昼12時に始まった炊き出しには人々の列が絶えず、
準備したカレーライスは、ほぼ30分でなくなりました。
現地で活動している各地からのボランティアの方々へも提供を行いましたが、
9割方は地元の方々で、「暖かいご飯がうれしい」という声が聞かれました。


(写真:並ぶ人々)


会場には「本日お昼、カレー炊き出し行います!北海道から来ました」と貼り紙が出され、
地域の方々にも暖かく迎え入れられたことを感じました。
弱って動けずにいる他の方のところへも運んでくださった方が、複数名いました。


(写真:入り口の貼り紙+地元の方々)

今回、予想よりはるかに多くの方々に対して炊き出しを行うことができたのは、
被災地で物資提供等の拠点となっている村役場を会場としたことの効果が大きかったと思われます。

同時に、支援を必要としている方々が、私たちの予想よりはるかに多くいるということにも気付かされました。
避難所にいる方々だけが、支援を待っているのではありません。
家が残っている人々も、電気・ガスなどのライフラインが寸断され、
支援物資が行き届くようになったとはいえ、
暖かいものを口にする生活はまだ取り戻せていないのだと、来てくださった方々からうかがいました。

今回の炊き出しは、私たちにとって「受けるよりも与えるほうが幸いである」という、
主イエスの御言葉の意味を実感させていただける恵みの機会でした。
そして同時に、「受ける人々」がまだ大勢待っていることを痛感しています。

私たちは明日、釜石市に移動して、もう一回炊き出しを行う予定です。そこでも、
ひとりでも多くの方々の必要に届くことができれば…と、心から願います。

どうか引き続き、皆さまのお祈りを、ともにあわせてください。



3月30日12:55

ホクミンの働きが、CGNTVのプレイズレポートで紹介されました。

http://japan.cgntv.net/newsub.asp?pid=2437



3月30日9:40


野田村での働き、2日目を迎えました


ホクミン第3弾チームは、宿泊先の久慈市・アレン記念教会で、ともに祈りをあわせた後、朝9時過ぎに野田村に入りました。
現地の村役場と調整のうえ、昨日同様、汚泥・がれきの撤去作業を行います。

現地には、私たちホクミンのチーム以外にも、各所からのボランティアが来ています。
私たちが到着した直後にも、沖縄駐留のアメリカ海軍+三沢基地駐留のアメリカ空軍、総勢40名ほどが現地入りしています。


米軍チームと同行している、フィネックス大・ダンカン・ブレント教授(心理学)は、
日頃から休暇日を活用して、このようなボランティア活動を行っています。今回の大震災に際しても、被災した各地域を訪問しています。

多くの方々との協力のもと、作業が進められていきます。
今日はこれから、昼12時に、野田村役場での炊き出し(200人分を予定)を行います。
鍛冶師・スノー師ら一行は、宮古方面に向かう予定です。

すべての働きが、主の導きと祝福のうちに進められるよう、お祈りください。




3月29日23:50

ホクミンからの第3便、野田村に入る

朝8時、青森市を出発し、いよいよ現地に向かいます。
青森ジョイフルチャペル・青森バプテスト教会の皆さんの温かいおもてなしとお祈りに、心から感謝します。

12時半、今回の拠点となる久慈市・アレン記念教会に到着。

ここで、第2便として先に現地入りしている、ネイサン・スノー宣教師と合流。
その10分後には、さっそく隣の野田村に向かいます。
目的地への道中、それほど変わりなく見える風景の中に、突然現れたがれきの山。


そして13時過ぎ、野田村の中心部に入ると、そこには津波の直撃を受けて大破した家々や車、
そして復興に向けて動き出している住民の方々の姿がありました。

「私たちは、この地に仕えます」

高橋敏夫師(同盟・登別中央福音教会)の祈りに「アーメン」と応え、野田村での働きを始めます。

ひとりひとり、スコップを手に、押し寄せた津波が残していった汚泥の片付けに
とりかかります。


私たちのほとんどは、今回のような被災地支援に慣れているわけではありません。
専門的な知識を持っているわけでもなく、大量のがれきを重機のように一気に撤去できるわけでもありません。
できることは、不器用であってもまず、目の前の汚泥やがれきを、手作業でひとつひとつ片付けていくこと。
不慣れではあっても、少しずつ工夫してやってみる。
ひとりではできなくても、主にあって協力して、できたことがありました。


初日の作業は、夕方16:00頃まで続きました。
作業終了後、今回のチームのリーダーである鍛冶勉師(札幌福音自由教会)ら一部メンバーは、
日没まで、明日以降の支援を行うべき被災地がどこであるか見定めるために、さらに南の、海岸沿いの集落を、ひとつひとつ回りました。

メンバーの目に映ったものは、今は静かな海と、あまりにも大きな津波の爪跡。
小さな集落がほとんど丸ごと壊滅した姿を目の当たりにして、言葉を失いました。

その村の役場を訪問し、私たちにできることはないか尋ねたところ
「重機でのがれきの撤去作業にやっととりかかった直後なので、まだ手作業での支援をお願いできる状況ではないのです…」
との返答をいただきました。


明日(3月30日)も、引き続き野田村での働きを続けます。
今日と同じ、がれきや汚泥の撤去作業のほか、200人分の炊き出しを行う予定です。
また一部のメンバーは、私たちにもさせていただける支援の場がないか、祈りつつさらに南下します。

私たちの手でできることは、小さなことに過ぎないかもしれないけれど、
主がさせてくださることを、精一杯させていただきたい、震災から2週間余り経過したこの地に仕えたい、そう願っています。

皆様の祈りに支えられ、導かれ、働きが進められています。
引き続き、皆様のお祈りをよろしくお願いいたします。





3月29日15:40


ホクミン第三団チームから中途報告です。

昨晩は青森ジョイフルチャペルに泊まり、
教会の皆さんに大変よくしていただきました。

今日は久慈教会に来ました。
この教会は、アレン宣教師を記念して建てられた教会で、
教会堂を建てる時に町も出資して建てられた素敵な会堂です。

久慈教会から野田に移動し、家と家の間の土砂の排除作業を行いました。
これから、別の所へ移動します。

皆様のお祈り本当に感謝いたします。




3月28日23:31

ホクミンから第3便が、久慈・宮古・釜石方面へ出発!

3月28日(月)、各教会の厚い祈りに支えられ、
ホクミン第3便が札幌・函館の各地から支援物資を満載して出発しました。

北海道聖書学院からの6人は、途中立ち寄った七飯福音キリスト教会で、被災地から戻ってきたばかりのOMFのみなさんと出会いました。
そこでともに祈りをあわせ、協力のバトンを、確かに受け継ぎました。



函館では各地からのメンバーが集合、フェリーの客室内で、さっそく最初のミーティングを行い、今回のスケジュールを確認し、心をひとつにあわせます。



21時過ぎには、青森に無事到着。明日は午前9時に青森を出発して現地入りします。

今回は、以下のスケジュールで、岩手県沿岸部の被災地を回る予定です。
  • 3月29日(火)~30日(水):久慈市旧山形村を拠点とし、三陸北部の被災地(久慈・野田・田野畑・田老・宮古)に向かいます。
  • 3月31日(木):釜石方面の被災地を訪問後、遠野経由で盛岡まで戻ります。
札幌・函館の各地に戻るのは、4月1日(金)を予定しています。

今回は、総勢20人のチームで現地入りします。
泥・がれきなどの排除・撤去、炊き出し、支援物資の分配を行うほか、
「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣く(ローマ12:15)」という思いをもって、被災地の方々とお会いしたいと願っています。

今回もできる限り、随時情報をお届けしたいと願っています。
引き続き、皆様のお祈りをよろしくお願いいたします。




3月28日10:01

ホクミンから第三便が出発いたしました。
スケジュールは以下の通りです:


11.03.28
(月) 10:00 札幌出発=各車


16:30 函館フェリーターミナル集合 担当:笠見先生


17:30 函館発:津軽海峡フェリー TEL.0138-43-4545








※フェリーの中にシャワー有り、男女別。































21:10 青森着



宿泊:青森ジョイフルチャペル、青森バプテスト教会





11.03.29 (火) 9:00 青森出発→目的時:久慈市 山形村集会所  朝食=出発前


10:30 東北自動車道 花輪サービスステーションで再集合。 昼食=拠点(山形村)



 ※ここで、ガソリンを満タンにする。数リットルでも必ず入れる! 夕食=


12:30頃 山形村集会所(拠点)着 予定



被災地:久慈市、野田村、田老など



宿泊:山形村集会所





11.03.30 (水) 被災地で奉仕:久慈~宮古の間のどこか








宿泊:山形村集会所





11.03.31 (木) 海岸線南下、釜石を目指す。



釜石で昼から奉仕



釜石→遠野市→釜石自動車道(東和)→花巻JC東北自動車道→盛岡:約3時間



宿泊:盛岡聖書バプテスト教会、盛岡みなみ教会










11.04.01 (金) 9:00 盛岡出発


12:00 青森フェリーターミナル


13:00 青森発:川崎近海汽船株式会社 TEL.011-241-8268







22:00 苫小牧着


0:00 札幌着










関係教会 青森ジョイフルチャペル 渋谷先生


〒038-0001青森県青森市新田1-12-13TEL/FAX 017-766-8840

青森バプテスト教会 佐々木昭正先生


〒030-0811青森市青柳2丁目2-10 TEL.017-734-3712

盛岡仙北町キリスト教会山形村集会所


〒028-8604 岩田県久慈市山形町日野沢第3地割31-62 TEL.0194-72-2822

盛岡聖書バプテスト教会 近藤先生


〒020-0066岩手県盛岡市上田3-6-36 TEL.019-654-5929

盛岡みなみ教会 大塚先生


〒020-0866 岩手県盛岡市本宮4-25-16 TEL&FAX.019-636-4137

新生釜石教会 柳谷先生


〒026-0024 岩手県釜石市大町3丁目2-18 TEL.0193-22-4556















付記

※現地では、先に行っている江別のスノー先生チームと合流します。



20名が出発いたしました。
お祈りどうぞよろしくお願いします。




3月27日 12:48


ホクミンから第3便が、支援物資を積んで明日3月28日(月)午前10時に出発いたします。

4月1日(金)までの予定で被災地へ向かいます。
釜石方面で炊き出しや片付け作業を行います。

札幌福音自由教会の鍛冶勉先生、
札幌栄光教会の笠見旅人先生、
登別中央福音教会の高橋敏夫先生、
北海道聖書学院院長の八尋勝先生、
函館シオン教会の増井義明先生
を含む計20名(札幌から3台15名、函館から1台4名、青森から1名)で向かいます。

お祈りください。


3月26日 19:22



<緊急お願い>

3月28日(月)に出発するホクミンボランティアチームよりのお願い

被災地での炊き出し具材の献品をお願いします。

募集具材内容
豚汁用~みそ、だし、根菜類、こんにゃく、豆腐
カレーライス用~ルー、野菜


下記にまでお届けください。

受付時間 26日(土)午後9時まで。
     27日(日)午後3~8時まで。

受付場所 ホクミン災害支援本部(札幌キリスト福音館)
札幌市北区北27条西15丁目1-28(新陽小隣り)Tel.011-758-4937




3月25日 22:54


ホクミンから第三弾として3月28日月曜日に出発出来るボランティアを募集いたします。

月曜日スケジュール:

10:00ー札幌を出発
16:30ー函館フェリーターミナル集合
17:30ー津軽海峡フェリー函館港出発
21:10ー青森着 ジョイフルチャペル宿泊


金曜日札幌着の予定です。
釜石方面の教会の片付け、子供たちの世話などを主に出来る方で、20歳以上の男女を10名ほど募集いたします。

ホクミン窓口:info@hocmin.net までご連絡ください。

※配車、フェリーの関係上今回申し込まれても行けない場合があるかもしれません。ご了承ください。





3月25日 22:54

ホクミンから第2弾として、スノー先生のチームが現地に今晩向かいました。
お祈りください。




3月24日23:33

先ほど無事札幌に帰ってきました。
お祈り本当にありがとうございました。

たくさんの物資が届いております。


支援物資に関しましては、一旦募集を締め切らせていただきます。

今までお持ちいただいた便に関しては、第2便、第3便で確実にお届けいたします。
本当にご協力ありがとうございました。




3月24日12:33

無事に青森に到着いたしました。
北海道組は14時半のフェリーで函館に戻ります。

たくさんの物資が続々と道内各地の教会に届いているという情報が入ってきています。
皆様のご協力本当にありがとうございます。

支援物資に関しましては、一旦募集を締め切らせていただきます。

今までお持ちいただいた便に関しては、第2便、第3便で確実にお届けいたします。
本当にご協力ありがとうございました。


緊急的な支援は一度終わり、これからは中期長期を見越した支援になっていきます。
継続して必要な支援をしていきたいと思います。
このページで随時情報をアップしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。




3月23日23:58

今日は、朝9時に盛岡聖書バプテスト教会を出発し、物資を持って海岸沿いの被災地に向かいました。
今日の一日を振り返り、写真付きでレポートいたします。


まず到着したのは、釜石にある日本キリスト教団 新生釜石教会。
街全体ひどい被害で、教会の目の前にはぐちゃぐちゃになった車が列をなしています。


教会の内部もめちゃくちゃな状態でしたが、OMFの8人の宣教師の助けにより一日ですごく綺麗になりました。
今後はここがボランティアの人たちが泊まり、働く拠点となりそうです。
夜には青森からりんご400キロとジュース、米などが届いていました。

写真レポートの一部がこちらからも御覧いただけます→http://blog.goo.ne.jp/necocanfruit3

新生釜石教会の柳谷牧師先生が、落ち着いて教会の前で訪れる人々に対応されている様子を見て励まされました。

「被災地に教会が入っていって新しいものをドカンと建てるのじゃなくて、
教会自体が被災しているのだから、被災した人たちと一緒になって、ゼロから町を立ち上げていく。
その中心にいれることが大きな恵み。大きな機会。」


とおっしゃっていたのが心に響きました。
町の復興を教会も一緒になって行っていく。そこで教会が本当の意味で地域に根ざしていく。
その覚悟が先生のうちから熱く燃えたっていました。


その後、避難所を訪れ、北海道からの支援物資を届けました。
まずは、もっとも被害の大きかった大槌町の避難所になっている安渡小学校に向かいました。


ここである程度物資を届けた後、この後は小さな避難所を重点的に回ります。


小学校を出た後は、安渡地区の集落(まだ一般車が入れない地域です)に向かい直接町民の方に物資を届けました。


灯油や下着、ガスコンロなど大変喜ばれました


金沢地区の避難所になっている生活改善センターには、物資がある程度行き届いていたので、
子供たち向けのお菓子などを中心に届けました。


その後は、大槌町役場金沢支所に行き、物資を届けました。
60人ほどの方が現在おられて、自分たちで炊き出しもしているので、インスタントのものではなくて調味料や食材が喜ばれました。
あと小さな子どもがいたので、ミルクやおむつ、子供用食品、靴下なども喜ばれました。


その後たまたま通りかかった特別養護老人ホーム「城山ノ杜」に車を止めました。
トイレットペーパー、大人用おむつ、石鹸などが大変喜ばれました。
電話しても物資が届かない状況だったそうです。


物資を届け終えた後、一度新生釜石教会に戻り、青森から届いた物資の運搬を手伝いました。
OMFの8人の宣教師の方々は今晩釜石教会の2階に泊まります。

その後3時間ほど運転し、盛岡聖書バプテスト教会に戻ってきました。
明日の朝青森に向かい、午後2時のフェリーに乗って北海道に戻ります。


今回の旅は要所要所で神様のタイムリーな導きを感じました。
拠点となる教会ともつながり、牧師先生とのネットワークも出来、今後の支援ルートが出来ました。

物資は、だいぶ足りてきている状況ですので、北海道からは物資よりもヒトを送れたらと思います。
特に釜石の教会周辺の地域の後片付けや炊き出し、子供たちと遊んで上げられる方のボランティアを募集する予定です。
早ければ来週早々10人ほどで向かえたら、と思います。
5日間くらいを考えています。詳細は追ってHP上でご案内いたします。

2年、3年と見据えた長期的な支援が必要になってきます。
北海道からも長い目で関わっていけたら、と願います。


今の時点で一番喜ばれる物資必は、生鮮もの食材、調味料(油、マヨネーズなど)、乳製品などです。
スーパーではなかなか食材がかえないのが現状です。
もう少しで改善すると思いますが、相変わらず、燃料(ガソリン、軽油)は一番のネックです。
ガソリンスタンドの前の道路には、何キロにも渡って、車が列をなしています。

義援金は続けてよろしくお願いいたします。
ホクミンの皆様からの義援金は、現地で窓口となって支援している教会(盛岡聖書バプテスト教会、盛岡みなみ教会)に一部託しました。
その他は現地で必要な物資の調達に充てております。


ホクミンとしては、江別のスノー先生チームが今週中に岩手の同じところに向かいます。
皆さんのお祈り本当に感謝いたします。


3月22日22:09

一日目無事に終わり、帰ってきました。

今日は、朝9時に青森ジョイフルチャペルを出ました。
途中青森で、青森バプテスト教会と青森福音キリスト教会に寄り、
北海道からの3名と、青森のユース3名で向かいました。

「緊急車両許可書」を取得できなかったので、下道を通って行く覚悟だったのですが、
なんと今朝10時から高速道路が一般解放され、3時間で盛岡まで到着することが出来ました。
ベストタイミングで神様の導きを感じます。

盛岡聖書バプテスト教会に到着すると、丁度台湾からのチームとシンガポールからのチームも到着し、
盛岡の牧師先生を囲んで情報交換がなされました。

そして2台に別れ、すぐ被災の一番厳しい「大槌町」に向かい車を走らせましたが、
私たちのチームは、燃料を途中で取得することができず、途中でプランを変更し、
遠野市へ向かいました。
遠野では、青森のジェント先生とエリオット先生と合流し、今後の拠点となる家を見に行きました。
一戸建てを5万円で見つけ、仮契約をしました。
丁度その大家さんがガソリンスタンドも経営しており、ガソリンもいれてもらうことができて無事に帰ってくることが出来ました。
ここにも神様の絶妙な摂理を感じました。

盛岡に戻ると、北海道からのOMF宣教師マギンティ先生はじめ6名が到着いたしました。


盛岡聖書バプテスト教会にてOMF宣教師の方々と、青森チーム、北海道チーム


明日の朝、北海道からの物資を持って、大槌町に届けに行きます。
まだまだ支援が行き届いていない地域の人たちです。
お祈りよろしくお願い致します。


現地の先生方と長期になると思われる支援体制づくりをしております。
北海道からも近いうちにボランティアを送ることができたらと願っています。
随時このページで情報をアップしていきます。
お問い合わせ等は、メール:info@hocmin.net までご連絡ください。


3月22日8:51AM

東北道の大型車制限を解除 きょう午前、一関以北は全車両

今朝出発する前に確認したニュースで、10時から高速道路が開通されたという情報でした。
警察署に電話したところ間違い無い情報です。
下道を通る覚悟でしたが、高速を通って大幅に時間を短縮し盛岡にはいれそうです。

必要な場所に必要なものを迅速に運ぶことができるようにお祈りください。



3月21日

本日(月曜日)午後11時55分、
札幌から3名(三橋、田中、松本)が無事物資を積んで青森に入りました。
22日(火)の朝8時、岩手県盛岡市を目指します。
軽油108リットル、灯油56リットル、その他多くの物資を積んで、現地の情報を見極めながら届けてきます。

出来る限りこのページで随時状況アップすることを目指します。
お祈りよろしくお願い致します。



被災地で何が起きているのか ジャーナリストの佐々木俊尚さんの記事が参考になります。




3月18日

【道内牧師、有志による第一回東北大震災緊急合同祈り会のご案内】3月18日午後16:27

本日午後8時より、札幌グッドアワー教会で祈り会が行われます。
支援物資も続々と各教会に届いてきております。

月曜日には、
①北海道からの支援チームを今後継続して送るための拠点を模索しに行くこと
②緊急必要物資を届けること
の2つの目的のために、小回りの効くバン一台で3人で向かいます。

現地で実際に協力体制を築き、必要ニーズを見極めた上で、今後第二、第三チームをホクミンから派遣いたします。


【道路の復旧状況:国土交通省がHPで公開】3月18日午後12:20

国土交通省は被災地で支援にあたっている関係機関や住民の車での移動を円滑にするため、
岩手、宮城、福島の3県の国道や県道、高速道路の復旧状況を1つにまとめてHPで公表しています。
現地に物資を運ぶ計画を立てている方はご確認ください。
www.thr.mlit.go.jp



3月17日

【ホクミンから緊急祈り課題とお知らせ】17日15:09

ホクミンから、ルートが確立できましたので、
3名が3月21日(月)夜に、函館港を出発し、青森のジョイフルチャペルへ行き、
3月22日(火)朝に岩手県、盛岡聖書バプテスト教会に行きます。
そこを拠点に必要な物資を運びます。
24日(木)の夜に戻る予定です。

かさばらないもので今の時点で有益だと思うものは、各窓口教会にお持ちください。
現地からの希望項目は、ガソリンタンク、灯油、軽油、紙おむつ、トイレットペーパー、生理用品、消毒用品です。
(その他の項目は、左の赤色バナーからご確認ください)

そして、各教会の代表者は日曜日16:00時までに、【ホクミン災害支援窓口】:札幌キリスト福音館にお持ちください。
函館方面の方は、月曜日に若者の集会スラストがございますので、そこに物資をお持ちください。
まとめて一緒にお持ちいたします。


【同行できる方募集】

物資を積んで車を出せる方(出来れば緊急通行車両の許可書を警察に申請出来る方)を募集しています。
月曜日夜まで、青森ジョイフルチャペル集合

関東地方の教会からも現地に続々と入っていますが、宮城近辺までしか行けていない現状です。
青森、岩手など北部に助けの手を伸ばすのが、北海道の教会の使命だと考えています。
ホクミンとしては、岩手県をターゲットにします。今後の必要を見極めながら盛岡を拠点に動いていきます。
今後の予定に関しては、随時このHP上でアップしていく予定です。


【私たちが行く理由】15:53

今回の被害は、阪神大震災の時とは全く規模が違います。
阪神大震災では、兵庫県や神戸市、芦屋市といった各自治体の機能は生きていました。
したがって政府と日本赤十字社からの物資や義援金は、自治体経由で被災地に送り込むことができたのです。
この結果、阪神大震災の教訓として「物資ではなく義援金で」「救援は赤十字社に一本化」という考え方が広く定着しています。 

ところが、今回の震災では救援の受け皿となる自治体そのものが各地で消滅しているのです。
この結果、赤十字や自衛隊や消防隊の救援は、全体をカバー仕切れていないのが現状です。
どこかの避難所に集団で避難している人たちが、誰からも発見されず、水も食糧も燃料も電気も電話もなにもなく、
完全に孤立してしまっているという酷い状況が生まれてしまっている
のです。
(※参照:被災地に救援物資を


ホクミンでは、現地の教会とネットワークをしっかり築き、赤十字、自衛隊、消防隊の入り込んでいない地域への支援を行います。

今回は、
①北海道からの支援チームを今後継続して送るための拠点を模索しに行くこと
②緊急必要物資を届けること
の2つの目的のために、小回りの効くバン一台で向かいます。

今後第二、第三チームをホクミンから派遣いたします。


現地からの情報ページを作りました。

左のメニューの一番上現地からの情報に各クリスチャン・教会からの最新アップデートを掲載いたします。






今この瞬間にも、東北を中心に被害は拡大し、関東でも気が休めない状態が続いています。
5分おきに新しいニュースが入ってきて、情報がめまぐるしく左右する中、
私たち北海道のクリスチャンが、いまひとつとなって出来ることはなんでしょうか。


①正しい情報を把握することです。


ホクミンでは、被災状況、現地の教会情報の収集に励み、随時サイト上で情報をアップしていきます。
まずは、左側のメニューにあります「被災地教会情報」に、各教団やクリスチャンによる被災情報ページのURLを掲載いたしましたので、
そちらから最新情報をご確認ください。


②物資を提供する準備をすることです。

宮城県や福島県の教会から物資を願う声が続々と届いてきています。
自衛隊や赤十字などの働きの邪魔をせず、しっかり現地の教会と連携をとりながら動いていくために、
物資の確保、ルートの確保、拠点となる教会の確保、教会から必要な場所へ届けるため手段の確保、人員の確保が必要になります。
今、この段階で始められることは、物資の確保だと考えます。
左側のメニューに「現地で必要物資」のリストアップをいたしました。
窓口となる教会のリストは、随時アップしていきますので、各教会で集めはじめてください。
タイミングを見て、最良な時に必要な場所へ届けます。
これは長期戦になることを覚悟しています。


③献金することです。


クリスチャンの各支援団体と連携をとりながら、必要な働きに素早く捧げる事ができるように、
ホクミンでも義援金の募集をはじめます。

このお金は、①現地の教会に直接捧げる。
      ②クリスチャンの支援団体に捧げられる。
      ③ホクミンとして現地に物資を届けたり、ボランティア活動を行うための費用とする。


のいずれかの方法で用いられます。
義援金の振込先は、


各金融機関からのお振込みは、

ゆうちょ銀行 
サッポロキリストフクインカン
908-0010151


ゆうちょからのお振込みは、

19000-101511
サッポロキリストフクインカン

ゆうちょ銀行のSWIFT CODEは、JPPSJPJ1 です。


まで。
お振込みされた際は、info@hocmin.net までご連絡ください。





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