ギランバレーを乗り越えて活躍している女性のニュース

2018/10/24 4:17 に ギラン・バレー症候群患者の会 が投稿   [ 2018/10/24 4:18 に更新しました ]
福島民友ニュース 2018年09月29日 08時55分

体は『不自由』心は『自由』 山本さん、難病抱え国連機関で活躍

 途上国の発展を支援する国連開発計画(UNDP)の米ニューヨーク本部で福島市出身の山本智子さん(39)が9月までの半年間、人事コンサルタントとして勤務した。山本さんは難病のギラン・バレー症候群により両手の指にまひが残る障害を抱えながら、人事制度に精通した特技を生かし国際社会で活躍した。10月から英ロンドンに渡り、障害者の雇用促進策を学ぶ。「障害の有無にかかわらず、生き生きと働ける社会の実現に貢献したい」と新たな夢に向かって羽ばたこうとしている。
 
 35歳で両手まひ

 「なぜ私なのか」。山本さんは、全身がまひして人工呼吸器を付けたまま約3カ月間、寝たきりで過ごした。

 山本さんは須賀川市生まれ。幼少期に福島市へ引っ越し、桜の聖母学院高から上智大文学部に進んだ。就職先で関心を持ったのが人事だった。「会社の経営を良くするには人づくりに大きな役割がある」。転職先の楽天では国内外のグループを統括する人事部門で仕事に打ち込んだ。35歳だった2015(平成27)年1月。病は襲ってきた。

 インフルエンザで39度近い発熱から突然、手が動かなくなった。3日後は呼吸もままならなくなり、集中治療室で命をつないだ。「命までは奪われなかった。助かった命で何をすべきか」。生きる意味を探そうと闘病生活が始まった。夫(39)ら家族の支えでリハビリ。両手の指にまひが残って激しい運動はできないままだが、1年間の努力で日常生活やパソコンの操作ができるまで回復した。

 障害者の雇用促進

 職場を退き、障害者のリーダーを育成する「ダスキン愛の輪基金」の支援事業に志願した。これに基づき、派遣されたのがUNDPだった。本部では世界中から優秀な人材を採用するため、人事戦略作りに奔走。職場で障害の有無は関係ない。知識と技能が国際社会から求められたことにやりがいを感じた。

 発症から約3年。山本さんは「体は不自由になったが心は自由になった」と言い切る。妊娠や出産、仕事のキャリアアップという悩みから離れ「障害があるからこそ、見える世界がある」と生き方を見つめ直した。

 英国では障害者支援団体で雇用情勢を学ぶ。来年1月に帰国した後は障害者の雇用促進を掲げて起業するつもりだ。「病は与えられた恵み。障害のある人、人事という両方の視点が分かる自分にしかできないことがある」。それが今を生きる意味だと思う。