一体改革の第2工程=政府・与党が掲げる 新年金制度が直面するこれだけの大障害

2012/01/16 17:34 に 小林哲也 が投稿   [ 2012/01/16 17:34 に更新しました ]

今回の社会保障・税一体改革は年金制度改革に関し、2段階の工程が想定されている。第2段階は、全く新たな年金制度の創設である。政府・与党の念頭にあるのはスウェーデン型の年金制度と見えるが、そのまま日本に移入するには大きな障害が立ちはだかっている。

政府・与党が提唱する
新年金制度の2つの問題

 今回の社会保障・税一体改革は年金制度改革に関し、2段階の工程が想定されている。第1段階は「現行制度の改善」(但し改善とはいえないことは既に指摘した)であり、具体的には、低所得者への年金加算、パートタイム労働者の厚生年金への適用拡大、および、マクロ経済スライドの見直しなどである。これらは、本連載第5回までで採りあげた。

 第2段階は、現行制度に代わる全く新たな年金制度の創設である。政府・与党は、新年金制度創設のための法案を2013年度中に国会に提出するという従来からの方針を崩していない。もっとも、行方は極めて不透明である。今回は、この新年金制度を検討するとともに、より現実的な改革の視点を提示してみたい。

 民主党が提唱してきたのは、所得比例年金と最低保障年金の組み合わせによる全国民共通の年金制度である(図表1)。政府の説明を借りれば、所得比例年金は、収入に応じて支払われた保険料に基づき給付される。最低保障年金は、所得比例年金が一定額に達するまで、月額7万円が給付され、所得比例年金がそれを超えると、段階的に減少していく。こうした共通の年金制度に、全ての国民が加入する。所得比例年金、最低保障年金の財源は、それぞれ社会保険料、税である。

 政府・与党の新年金制度は、スウェーデンの年金制度が念頭に置かれていると目されている。しかし、大きく2つの難点がある。第1に、新年金制度の最低保障年金は、後にみるスウェーデンの保証年金ともわが国の基礎年金とも異なっており、一体どのような理念に基づくのか不明である。

 第2に、仮に、政府・与党が、スウェーデンの年金制度に忠実に、わが国の年金制度を再構築することを意図しているのだとしても、実際には所得比例年金を主体とするスウェーデンの年金制度を、わが国に導入することは極めてハードルが高く、かつ、そもそも意味が乏しい。以降、この第1と第2の点について掘り下げていこう。

スウェーデンの保証年金は
所得比例年金の「補完」に過ぎない

 そもそも、スウェーデンの年金制度とは一体どのようなものだろうか。スウェーデンの年金制度は、所得比例年金(income-related pension)と保証年金(guaranteed pension)の組み合わせによる、全国民共通の制度である(図表2)。

 所得比例年金は、銀行口座に例えられる。支払われた保険料は、政府に置かれる国民1人ひとりの口座に記録され、そこには、賃金上昇率を利回りとし、利息が付される。その口座残高を平均余命で割ることで、毎年の年金給付額が決定される。明快な仕組みだ。所得比例年金が定額にとどまる人には、一般財源すなわち税を原資とした保証年金が給付される。

 具体的な給付体系は、次の通りである。所得比例年金が、一定額になるまでは、所得比例年金と保証年金の合計額が2.13ba(baは物価に連動した単価、2010年は月7526クローナ)となるよう保証年金が給付される。所得比例年金が定められた上限額に達するまで、保証年金は段階的に削減されつつ給付される。保証年金の給付額は、所得比例年金の額のみによって決定され、他の所得があったとしても、それは勘案されない。

 このように、保証年金は所得比例年金の「補完給付」である点に充分な認識が必要である。実際、スウェーデンの年金給付総額に占める保証年金の割合はたかだか8.0%に過ぎず(図表3)、保証年金を受け取っている人の割合も、年金受給者の4割程度にとどまる。

 他方、わが国の基礎年金が年金給付総額に占める割合は47.9%に達し、もちろん全年金受給者が基礎年金を受給している。すなわち、基礎年金は、給付規模からみても、受給者全員に給付される対象範囲の広さからみても「普遍的給付」なのである。

 このように、スウェーデンの保証年金とわが国の基礎年金は、根本的な理念が異なるのだが、ここで改めて図表1の政府・与党案の最低保障年金をみると、どちらにも似ていそうで似ていない。どのような理念に基づく制度であるのか不明である。そのため、政府・与党案は、詳細な制度設計に入る以前の段階にあり、例えば、最低保障年金が、一体どのような人を対象とするのかすらも定まらない。

所得比例年金成立のためには
いくつもの条件が必要

 スウェーデンの年金制度の主体はあくまで所得比例年金であり、保証年金はその補完に過ぎない。こうした所得比例年金を主体とする年金制度をわが国に導入することは、極めてハードルが高く、かつ、そもそも導入する意味が乏しい。

 なぜなら、第1に、年金制度を抜本的に作り変える大作業となるためだ。そもそもスウェーデンとわが国の制度は根本的に異なる。わが国は、厚生、共済、国民各制度の分立を原則とし、各制度から基礎年金拠出金を拠出することで、フィクションとしての基礎年金を維持する構造である(第1回参照)。これをスウェーデン型に改めるとなれば、わが国の年金制度の歴史のなかで最大の改革である1985年改革(基礎年金が導入された)を、遥かに上回るものとなる。

 第2に、所得比例年金を主体とする年金制度は、①低い高齢化率、②公平な労働市場、③現役世代向けの所得保障、および、④包括的かつ正確な所得捕捉など、かなり厳しい諸条件を満たして初めて機能するものであり、スウェーデンでこれらを満たしているとしても、わが国は必ずしもそうではないためだ。それぞれ検証してみよう。

①低い高齢化率

 第1に低い高齢化率である。スウェーデンもわが国も、年金財政は現役世代が高齢者を養う賦課方式を基本に運営されている。現役世代の支払った保険料は、そのまま当年度の年金受給者に給付されており、高齢化率の上昇、すなわち、現役世代に対する年金受給者の比率が高まると、生涯の負担に見合う年金給付を受け取ることはもはやできない(注1)。端的にいえば、払い損が生じる。所得比例年金などといっても、看板倒れとなるのだ。

(注1)負担は、支払った保険料元本のみならず、年金受給開始時点までの利息を含めて考えている。厚生労働省は、若い世代も生涯に負担した保険料の2.3倍の給付を生涯に受け取れるというが、実態は0.5倍から0.8倍である。 それでも、スウェーデンが所得比例年金の体面を何とか保てているとすれば、高齢化率が低位で推移するおかげである。スウェーデンの高齢化率は、現在17.9%、2050年でも24.1%にとどまる見通しである(図表4)。そのため、賦課方式であっても、支払われた保険料に対し、金融資産の収益率とまでいかずとも、賃金上昇率を利回りとして採用できている(金融資産の収益率>賃金上昇率が想定されている)。スウェーデンの高齢化率が低位で推移するのは、1.94人と人口置換水準に近い出生率と、高水準の移民流入の結果である(注2)。

 それに対し、わが国の高齢化率は、現在既に22.7%と先進諸国中最も高く、2050年になると39.6%にも達する見通しである。そのため、わが国の既裁定年金(既にもらい始めている年金)は、物価上昇率での改定しか許されず(スウェーデンは賃金上昇率で改定)、しかも、それでも足りず、2004年の年金改正ではマクロ経済スライドが導入された(第4回参照)。

 さらには、支給開始年齢の引き上げまで取り沙汰されている。このように深刻な払い損のもとでは、所得比例年金などといっても、看板に偽りありとなる。図表1を正確に描き直せば、所得比例年金は、あのようなボリュームのある三角形とはならず、平べったくなるはずだ。

 若い世代にとっては、そのような所得比例年金はむしろ極力縮小し、それによって浮いたお金を自ら、あるいは、自らの属する世代全体で積み立てた方がリターンは大きいのである。

(注2)金融資産の収益率>賃金上昇率を想定すれば、賃金上昇率でしか付利されない年金を「所得」比例年金というのも、正確にいえば誇大表記である。

②公平な労働市場

 第2に公平な労働市場である。所得比例年金は、支払った保険料に基づいて給付がなされる大変クリアな仕組みであるがゆえに、雇用機会が全ての国民に平等に提供され、労働に対して正当に賃金が支払われることが大前提である。すなわち、労働市場において、男女間で就労条件に格差があったり、正規や非正規といったいわば身分格差があったりすると、それがそのまま年金給付にも反映されてしまうことになる。

 この点に関し、スウェーデンは、先進諸国のなかでも、最も格差の少ない労働市場を持つ国の1つと評価される。例えば、スウェーデンの労働力率は女性76.4%、男性81.3%とその差は4.9%にとどまる。わが国は、それぞれ62.9%、84.8%、その差は21.9%にも及ぶ。また、男女間賃金格差に関し、男性を100とした場合の女性の水準は、スウェーデンが89.0であるのに対し、日本は69.3である。

 さらに、労働組合組織率の高さを、正規と非正規の身分格差がないことの代替指標ととらえると、日本は、18.4%と一部の正社員を代表した組織でしかないのに対し、スウェーデンは、近年低下傾向にあるとはいえ69.3%と7割近くを確保している。このように、スウェーデンとわが国では、労働市場における公平性の程度が異なっており、わが国は、所得比例年金を主体とする年金制度を成り立たせるに足る労働市場とは、恐らくなっていない。

③現役世代向けの所得保障

 第3に、現役世代向けの所得保障である。労働市場において男女間格差が小さいとしても、女性は出産・育児などにおいて、男性よりも長期の休業を余儀なくされる。あるいは、長い現役生活のなかでは、男性も女性も職を失う場合がある。そうした際、保険料の支払いがストップしてしまえば、所得比例年金は負担と受給のリンクがクリアなだけに、過酷なものとなってしまう。

 そこで、スウェーデンでは、現役世代向けの所得保障が行われる。例えば、出産・育児休業中は、政府から手当を受け取り、そこから年金保険料の自己負担分を支払う。そして、事業主負担分は、政府の一般会計が負担する。失業中なども同様だ。そうした結果も受け、スウェーデンの現役世代向け社会保障給付は、対GDP比で10.5%に及ぶ。それに対し、わが国は同2.2%に過ぎない。

④包括的かつ正確な所得捕捉

 第4に、包括的かつ正確な所得情報である。所得比例年金というからには、所得が税務当局によって包括的かつ正確に捕捉されていなければならない。スウェーデンでは、個人識別番号が1947年に導入され、税務をはじめあらゆる行政分野で活用されているのに対し、わが国では納税者番号制はこれから法案が出されようかというところだ。

 しかも、番号は導入されただけでは十分ではなく、それを活用して金融機関や雇用主などから税務当局に対し、オンラインで金融資産所得や給与所得などの情報が提出されなければならない。それらは膨大な量だ。わが国では、そうしたシステムの構築にまでまだ議論が至っていない。

 加えて、わが国が複雑なのは、税務行政が国税庁と市町村とに分立しており、所得情報も、市町村と国税庁とに分散していることだ。低所得層の所得情報を持っているのは、国税庁ではなく市町村である。税務行政のレベルは、市町村ごとにバラツキもあろう。所得情報を正確かつ一元的に管理するためには、国税庁と市町村の税務行政を統合するのが最も効率的と考えられるが、国と地方横断的な行政組織の統合は、必要ではあっても、一筋縄ではいかないだろう。

新制度創設は必要だが
スウェーデン型へのこだわりを捨てよ

 政府・与党が、現行制度に代わる新制度創設を掲げていること自体は評価される。現行制度の微修正に終始した自公政権との大きな違いだ。最低保障機能の強化、パートタイム労働者の厚生年金適用拡大、および、第3号被保険者問題などといった諸課題に根本的に対処するには、現行制度のままでは限界がある。また、基礎年金拠出金によって支えられるフィクションとして基礎年金はリアルなものへ改められるべきだ。

 問題は、政府・与党が、新制度の候補としての所得比例年金を主体とするスウェーデンの年金制度を念頭に置いていることである(もっとも、野党時代から今日に至るまで、何ら目ぼしい議論もなされておらず、政府・与党は本当にこだわっているのかどうか怪しい)。スウェーデン型でなくとも、上に掲げたような諸課題に対処することは可能である。

 例えば、カナダの年金制度がある。カナダの年金制度は、税を原資に、普遍的給付として月5万円程度のOAS(老齢保障年金)が給付される。それに上乗せして、年金保険料を原資に、CPP(カナダ年金プラン)という2階部分が給付される。2階部分がないか低額にとどまる人には、税を原資に、前年所得に応じてGIS(補足的保証所得)が補完的に給付される。カナダ型の方がスウェーデン型よりもハードルは低いだろう。

 実は、こうしたカナダ型の年金制度を参照した年金改革案は、「いまこそ、年金制度の抜本改革を。」と題し、2008年12月、自民党と民主党の有志議員7名によって提案されている。7名は、野田毅、岡田克也、枝野幸男、河野太郎、古川元久、大串博志、亀井善太郎各氏だ。昨今、与野党対立のムードが強まっているが、与野党協議の蓄積はあり、それが活かされることが期待される。

 最後に、今回の議論をまとめよう。

1.政府・与党は、2013年度中に、新年金制度創設のための法案を国会に提出するという従来の方針を崩していない。もっとも、行方は極めて不透明である。

2.政府・与党の掲げる新年金制度、すなわち、最低保障年金と所得比例年金の組合せによる全国民共通の年金制度は、スウェーデンの制度が念頭に置かれている。

3.政府・与党案をスウェーデンの年金制度に照らして検証すると、大きく2つの難点がある。1つは、政府・与党案の最低保障年金の理念が不明なことである。所得比例年金の「補完給付」、わが国の基礎年金のような「普遍的給付」のいずれでもない。

4.もう1つは、スウェーデンのような所得比例年金を主体とする制度が成立するためには、①低い高齢化率、②公平な労働市場、③現役世代向けの所得保障、および、④包括的かつ正確な所得捕捉など、かなり厳しい諸条件が満たされる必要があるが、それらがわが国では必ずしも満たされていない。所得比例年金を主体とする年金制度導入は、わが国にとってハードルが高く、かつ、そもそも意味が乏しい。

5.政府・与党は、スウェーデンの年金制度に対し単に憧れを抱くだけではなく、導入可能か否か、そもそも意味があるのか否かといった観点から地道に議論し、国民に結論を示さなければならない。

6.その際、スウェーデン型への固執を捨てることが必要である。政府・与党の目指すところは、例えば、カナダ型の年金制度などによって、より低いハードルで実現可能であろう。

2012/1/17 ダイヤモンドオンライン

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