「嫁なき時代」に激増する“介護失業” 独り身息子たちが悲鳴を上げる「親の老後問題」

2011/07/14 23:30 に 小林哲也 が投稿

 仮にあなたが独身で、親と同居しているビジネスパーソンだとしよう。いつものようにめまぐるしい1日が終わり、疲れて帰宅してみると、なんと玄関には倒れている親の姿が――。

 さて、親に万が一のことがあったとき、あなたは仕事を取りますか、それとも介護を取りますか。

 というわけで、今回のテーマは「シングル介護」。今、介護の担い手は、従来の主婦層からビジネスパーソンへと急速に変わりつつある。「“嫁”なき 時代」における介護の厳しすぎる実情を、NPO法人介護者サポートネットワークセンター・アラジンの事務局長中島由利子さんに伺った。

<今回のお題>
「親が倒れたら、仕事と介護どちらを取る?」中島由利子さんの話

親の介護で退職する人が激増中!
直面する「同時多発介護」の恐怖

 親の介護で仕事を辞める人はどのくらいいるのだろう。少し前にさかのぼるが、総務省の就業構造基本調査によると、2006年10月~翌年9月まで に介護で離職、転職した人は約14万4800人。「寿退職」の17万8000人に迫る数だ。男性でも増えており、約2万5600人と、その9年前の約2倍 に急増している。

 なぜ今、介護失業者が増えているのだろうか。

 もちろん、高齢化の影響は大きい。厚生労働省の介護保険事業状況報告によると、今年1月の要介護認定者数は502万人。2000年4月の調査スタート時に比べおよそ300万人増えた。

NPO介護者サポートネットワークセンター・アラジンで は、毎週木曜  AM10:30~PM3:00に、介護の悩み相談【心のオアシス電話】をオープンしている。Tel 03-5368-0747 また、シングル男性介護者 の集い、シングル女性介護者の集いも開催。詳細はHPを参照。

 一方、介護する側にも変化が起きている。

 NPO法人介護者サポートネットワークセンター・アラジンの事務局長中島由利子さんは次のように明かす。

 「昔は介護といえば嫁の仕事だったのですが、今は娘や息子が担い手になっていることが多い。それも独身の人が目立ちます。とくにもともと親と同居していたというケースが圧倒的ですね」

 高齢の親を独力で支えなければならないビジネスパーソンが次々に職場を去っていく。このまま晩婚化、非婚化が進めば、介護退職者は今後さらに増えるにちがいない。

 実際、親元で暮らす未婚者は増加傾向にある。2005年の国勢調査によると配偶者のいない子どもと高齢者の世帯の数は20.6%。5世帯に1世帯の割合だ。とくに埼玉、千葉、東京、神奈川、大阪など、職場に通える大都市近郊で多い。

 「学卒後もなお親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している未婚者」が「パラサイト・シングル」と呼ばれ始めたのは1997年頃だ。おかげで若 者バッシングの風潮が煽られる結果となってしまったが、当時、なかなか職に恵まれず、自活できるだけの収入がない未婚者は相当数いたはずである。正社員に なれなかったため、結婚しづらくなってしまった人もいた。「若者不遇の時代」「世代間格差の時代」の始まりが、ちょうどこの頃だったのかもしれない。

 だが、それから10年余りが経ち、親も子もともに年をとった。子どもは職場でそれなりの責任を持つ年齢に達しているが、親の方は心身ともに弱くなってくる時期だ。

 怖いのは、両親が相次いで倒れる「同時多発介護」である。

 高齢化した親は、連れ合いが倒れたことで心労や疲労が重なると、自分も寝込んだり、認知症を発症してしまったり、ということがよくある。そうなれば身近な息子、娘がダブル介護せざるを得なくなる。

 就職氷河期で職探しに苦しんだロスジェネ世代は、今度は「介護失業」の危機に瀕しているのだ。

介護で結婚が遠のく――
「恩返し介護」中の息子たちの悲鳴

 もちろんこうした事情は別居している子どもも同じだが、親に家事などの面倒を見てもらっていた場合、心身の負担はいっぺんに増えることになる。

 パートナーのいない同居シングルの場合、母親が主婦役を引き受けてくれたことで、仕事に専念できていた面もあるだろう。ところが親が倒れれば、突然「仕事」「介護」「家事」の3つが同時に降りかかってくる。

 また、同居シングルは愚痴を言えるパートナーがいないことから、精神的に孤立しやすい。とくに男性は、周囲にも介護していることをひた隠しにしていたりする。「介護しているなどと知られたらキャリアに響く」と考える人も少なくないからだ。

 その一方、介護しているために結婚がしづらくなってしまうというジレンマも生じている。

 「もう一つの問題は、親子間で密着しすぎる『カプセル状態』に陥りやすいことですね」と中島さん。

 「親子は嫁姑などに比べて精神的に近い存在。娘の場合はなおのこと、『お母さんは私がいなきゃダメだから……』などと思いこみがちです。看病する ことに自分の存在意義を見出してしまうんですね。『施設に預けたら』『デイサービスを使ってもっと楽に介護をしたら』などと周りが助言しても、そばを離れ るわけにはいかない、と耳を貸そうとしません。挙句、心身ともに疲れ果ててしまうのです」

 母親と一心同体化してしまう「一卵性親子」の娘は、子どもの頃から母親の期待に応えようと頑張ってきた。このため、母親が要介護状態になっても「いい娘」を演じ続け、過剰に頑張ってしまうのだそうだ。

 一方、息子にありがちなのが「恩返し介護」。生意気盛りの反抗期の頃も、受験や就職で心配をかけたときも、つねに温かい愛情を注いでくれた親。その親に今度は自分がお返しをしてあげたい、とじつに熱心に世話をする息子が多い。

 「もちろん素晴らしいことなのですが、知らないうちにストレスを溜めこんでいることも。高齢者虐待事件の加害者のトップは実の息子ですが、聞くと『ふだんは優しい息子さんだった』ということが多いそうです」

「介護失業」で
生活保護受給者になる人々も

 そして、シングル介護の最大の壁が「仕事との両立」である。

 ほかに家族がいればいいのだが、2人暮らしの場合、仕事に出ている間、親が日中独居になってしまう。といって、そうそう気軽に介護休暇を取れないのが実情のようだ。

 育児・介護休業法では、対象家族1人につき、要介護状態に至ったごとに1回、最大93日間の休暇が取得できることになっている。また、昨年から施行された改正法により、1人の要介護者につき年に5日(2人の場合は10日)の短期休暇も取れるようになった。

 だが、実際に介護休暇を活用する人はほんのわずか。労働政策研究・研究機構の調査によると、取得者率はじつに1.5%だ。「そもそも職場に介護休業制度がなかった」「ほかに介護休暇を取った人がいなかったので、情報がなかった」などの理由が目立っている。

 休暇を取ること自体への不安も大きい。第一に経済的な不安。休業期間中の賃金・賞与の取り扱いは、労使の自由な取り決めにゆだねられているため、 完全に無給状態になってしまうこともありうる。その場合は、休業する前の賃金月額の最大40%が介護休業給付金として支給されるが、社会保険料の免除はな い。

 しかたなく年次休暇や病欠でなんとかやりくりしようとする人が多いが、それも限度がある。

 「そもそも、93日間休んだところでどうにもならない」という声も。脳溢血で倒れた場合は3ヵ月ほどで回復するケースもあるが、認知症やその他の 病気ではその間に事態が収まるどころか悪化することもありうる。「最終的に介護休暇を取ったとしても、親の状態はよくならないので、職場に復帰しにくく なってしまうようです」(中島さん)

 最悪、仕事を失えば退職金を食いつぶしながら介護することになる。それも底をつけば、親の年金で生活することに――。中島さんによると、中には生 活保護を受けながら介護を続けるケースも見られるそうだ。そうこうするうち、アルコールに依存する人、うつに陥ってしまう人もいる。

 世間ではまだまだ「親の介護は嫁の仕事」が大前提。そんな“嫁”が希少な存在となりつつある今、「シングル介護」をする人々は働くに働けない状態だ。だがこのままでは、そう遠くない将来、企業は相当数の貴重な人材を失ってしまうことになる。

「ただ今介護中」
カミングアウトして応援団を作れ!

 高齢化や晩婚化・非婚化が進む今の日本。一人っ子も多い。前述したように、近い将来、「シングル介護」はごく当たり前の現象になるだろう。だが、その現実に社会はまだ対応することができずにいるようだ。

 では、親にもしものことがあれば、私たちはどうすればいいのだろう。

 思い出されるのが、今回の震災で被災地が発信した「SOS」。病院の屋上に取り残された職員たちが上空を飛ぶヘリコプターにメッセージを送り、尊 い人命が救われた。SNSを使って救援物資を募った医師もいた。自分から救いを求めれば道は開ける。シングル介護では周囲に介護していることを言えず、孤 立してしまう息子や娘が多いが、積極的に地域や職場に助けを求めるべきだ、と中島さんは話す。「介護していることを周りにどんどんカミングアウトすることで、気持ちも楽になるし、いい情報も入ってくる。ケアマネージャー以外にも地域に相談相手を見つけておくといいでしょう。

 地域の貴重な情報資源が 、経験豊かな“おばちゃん”。居酒屋や定食屋で働く年配女性などを見つけ、話し相手になってもらっては。姑の介護経験などがある場合は、いい情報をたくさ ん持っているはず。あるいは、地域包括支援センター、社会福祉協議会、民生委員などに相談を持ちかけるのも手です」(中島さん)

 同じように介護をしている人と話し合うのもいい。NPO法人介護者サポートネットワークセンター・アラジンでは、シングル介護をしている人々が集 うサロンを開いている。また、自治体で開催する介護セミナーや介護教室に出かけたりすると、「介護仲間」との出会いがあるはずだ。「つらいのは自分だけ じゃないんだ」「そんな介護の方法があったのか」など発見も多いはず。

 「ちょっと勇気がいるかもしれませんが、職場の同僚や上司にも話をしてはどうでしょう。メーカーに勤務していたある男性は、思い切って介護してい ることをみんなに明かし、『これからは5時に退社するけれど許してほしい』と持ちかけたそうです。介護疲れからミスが続発しており、このままでは周囲に迷 惑をかけてしまう――と思い悩んだうえでの決断でした。今、男性は在宅勤務をしながら介護をしています」

 腹を割って話せば、理解してくれる人はいるはずだ。オープンにすることで、介護休暇も少しは取りやすくなるだろう。その場合、いきなり3ヵ月休む のではなく、細切れに取る方法もある。親が倒れた当初は少し長めに休ませてもらって対策を練り、その後は状況に応じて少しずつ取得していく、などだ。

 「親の介護は自分の仕事と思い込んでいる人が多いが、そうではない。息子や娘の仕事は介護のマネジメントをすることだ」と中島さんは話す。他人任 せにするのは無責任だ、などと考えずにどんどんプロの手を借りよう。地域包括支援センター、ヘルパー、デイサービス、ショートステイ、あるいは民間や NPOの配食サービス、そして施設。息子、娘はとかく介護に前のめりになりがちだが、どこかで「自分は自分」と冷静に事態を見つめる必要があるのではない か。

 親を捨てて仕事を取れば悔いが残るだろう。かといって、仕事を捨てて親を取れば自分が立ち直れなくなってしまう。では、どう両者のバランスを取り、どんなスタンスで介護ライフに臨むのか。それは自分次第だ。

 さて、親が倒れた時、あなたはどうしますか?

2011.07.01 ダイヤモンドオンライン

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