6)スウィフトからの手紙--ウィングカーの安全性(6/25更新)

■前文

RACING VIEWS」において、読者と我々発起人のコミュニケーションツールとして導入しているブログ「日々是FN」で以前、「ウィングカーの空力特性としてスピンなどにより車両が後ろ向きになってしまった際に浮き上がってしまうという構造的問題がある」「現在のウィングカーには浮き上がらないようどのような対策が施されているのでしょうか?」という質問が読者からあり、私はスウィフト・エンジニアリングのモータースポーツ部門責任者であるキャスパー・ヴァン・ダー・シュート氏のコメントを引用して返答した。しかし、「そこには誤解がある」との指摘をスウィフト・エンンジニアリングの技術者である小川直人氏から頂戴した。以下、小川氏の原稿でスウィフト・エンジニアリングの考え方を明確にしていただいた。(石井功次郎)

 

宙に浮き上がりやすいという誤解

 

 スウィフト・エンジニアリングとしては、空気力学的検討、及び歴史的記録から次のように考えている。

●前向きに進んでいるときに宙に浮く可能性:

フラットボトムカーよりもウィングカーの方が安全

●スピンなどで後ろ向きに進むときに宙に浮く可能性:

フラットボトムカーとウィングカーは少なくとも同等

 以下、理由を説明させていただこう。

 

 いわゆるウィングカーはF1では1983年から、F2や日本のグランチャン(GC)では1984年から禁止され、フラットボトムカーへ移行した。日本ではその理由を「ウィングカーの構造的危険性」としてとらえる向きがある。いわく、「スピンした際に宙に浮き上がりやすい」というものであるが、そもそもこの認識は日本特有のものである。欧米ではあくまでも、「ダウンフォースの量を調整し、スピードを落とす」ことが目的であるという認識だ。もし、「ウィングカーは構造的に危険である」と国際自動車連盟(FIA)が認識しているなら、F11983年から禁止されたウィングカーがF2では1984年まで許されたり、GP2でウィングカーが復活したりするはずはない。

 

 それではなぜ、日本では「ウィングカーはスピンした際に宙に浮き上がりやすい」という認識が生まれたのだろうか? おそらくは1983年のGC最終戦で起こった高橋徹選手の事故によるところが大きいと思われる。これはF1へ行くことが期待されていた有望な日本人若手ドライバーが事故死し、観客の命さえ失われたという点において、日本のレースファンの記憶に刻み込まれた事件であった。この事故において車はスピンし、その後、宙に浮き上がっている(読者は次のキーワードを使い、某巨大動画サイトで検索されたし。以下同様。キーワード:toru takahashi crash)。

 

過去の事故を検証してみる

 

 インターネットを検索すると、このほかにも同年に発生した佐藤文康選手の事故、松本恵二選手の事故などがウィングカー廃止のきっかけとなったとする論調も見つかった。このうち松本恵二選手の事故も某巨大動画サイトで検索できるが、スピンしているもののガードレールに当たるまで宙に浮いた様子はない(キーワード:1983 keiji matsumoto crash)。

 

 佐藤文康選手の事故は記録がはっきりしないが、左フロントからコースアウトしたようで、宙に浮いたという記述は見当たらない。ちなみに松本恵二選手は1981年のGCでもストレートで宙を浮く事故を起こしているが、このときの車はウィングカーではないし、スピンもしていない(キーワード:1981 keiji matsumoto crash)。

 

 松本恵二選手は1983年の世界耐久選手権「WEC-JAPAN」でも、トムス83Cを駆ってストレートで宙を舞う事故を起こしている。この車はグラウンドエフェクトカーだったと思われるが、スピンの結果ではない。

 

 こうして見ていくと、「スピンして車が宙に浮き上がった」のは高橋徹選手の事故のみだったことがわかる。おそらく一部メディアがこの事故をとらえ、「ウィングカーはスピンした際に車が宙に浮き上がりやすい」と報じたため、そうした認識が日本で広まったのではないだろうか。

 

 ヨーロッパに目を移すと、いちばん先に思い浮かぶのはマンフレッド・ウインケルホック選手のニュルブルクリンクでの事故である(キーワード:manfred winkelhock crash)。一般のニュースで取り上げられたのでかなり有名だが、これは路面の凹凸によって起こった背面飛びであって、スピンではない。そのほか、1982年のジル・ビルヌーブ選手の事故やディディエ・ピローニ選手の事故がF1での1983年からのフラットボトム化につながったと考えられるが、これらはいずれもタイヤ同士の接触によって宙に舞った、いわばフォーミュラカーの特性によるもので、ウィングカーかどうかとは関係ない。

 

 アメリカではインディ500におけるゴードン・スマイリー選手の事故が「ウィングカーによるもの」として挙げられがちだが、この事故でも車が宙に浮き上がる兆候は見られない(キーワード:gordon smiley crash)。

 

 つまり1983年からのF1のフラットボトム化につながった事故の中でマンフレッド・ウインケルホック選手の事故以外に、「宙に浮いた」例は見当たらず、欧米におけるウィングカーからフラットボトムカーへの移行は、「構造的な問題」ではなく単に「上がりすぎたスピードを下げるための方策」だったと考えられる。

 

グラウンドエフェクトカーとは?

 

 なお、ここまでは“ウィングカー”や“フラットボトムカー”という用語を用いてきたが、これらは厳密に定義されたものではない。しかし本稿では、“フラットボトムカー”はF1のようにボディ底面の前車輪の後端から後車輪の前端までが平らである車のことを指し、“ウィングカー”はボディ底面のディフューザーの立ち上がりがリアタイヤ前端より前方へ延びているものを指すことにする。

 

 また、ウィングカーとフラットボトムカーを合わせて“グラウンドエフェクトカー”という用語をここでは採用する。これに対する用語は“ノン・グラウンドエフェクトカー”で、それは一部のツーリングカーであったり、NASCARであったり、ロータス78登場以前のフォーミュラカーだったりする。これらはボディ底面にメカニカル機器がむき出しで、車の下側で積極的にダウンフォースを発生していないと考えられる車を指すことにする。

 

■ウィングカー、フラットボトムカー、グラウンドエフェクトカーの定義

  この定義に基づいて論ずると、「ウィングカーは宙に浮きやすい」という認識は、「グラウンドエフェクトカーは宙に浮きやすい」と言い換えられるべきだと思われる。ウィングカー、フラットボトムカーを問わずグラウンドエフェクトカーにおいては、ボディ底面が覆われているため車の下側に入った空気は車の前後以外に抜け道がない。その空気をうまく抜いてやればダウンフォースが発生するが、空気が入るばかりでうまく抜くことができなければ車の下側の圧力は高まり、揚力つまり車を浮かせる力となってしまう。

 

 それに対してノン・グラウンドエフェクトカーの場合、車の下側に空気が入り込んでもエンジンルームその他から空気は抜けるから、揚力は発生しにくい。これがため、グラウンドエフェクトカーの黎明期であった1980年代初頭、これまでに比べて車が宙を舞う事故がクローズアップされた。しかし、これは対ノン・グラウンドエフェクトカーでの評価であって、ウィングカーかフラットボトムカーかの違いによるものではない。

 

 ここでルマン・プロトタイプ(LMP)の進化過程を追うと面白いことがわかる。1982年から1992年まで続いたグループCではボディ底面に1000mm800mmの長方形のフラット部があるものの、それ以降は自由で、大きなトンネルを備えたここで言う“ウィングカー”であった。それからLMPへ移行した際にレギュレーションが改められ、F1なみに前車輪の後端から後車輪の前端までフラットでないといけないものとなった。しかし、これが1999年ル・マンでのメルセデスの事故などにつながったと考えられたため、2004年からまたディフューザー部を前方に延長することが許されるようになった。すなわち、ここではいわゆるフラットボトムカーの方が危険であるという判断がなされているのだ。

 

空力バランスの変化に着目する

 

 スウィフト・エンジニアリングがウィングカーにこだわってきた理由は、基本的にこれと同様のものだ。フラットボトムカーの場合、ピッチ運動をした場合、地面との最小隙間がすぐに変化してしまい、空力バランスが変わりやすい。これに対してボディ底面が湾曲しているウィングカーの場合、最小隙間が変わりにくいため空力バランスは変わりにくい。これを極端にしたのが先に挙げたル・マンでのメルセデスの例である。

 

 一般論として、ウィングカーはフラットボトムカーより、空力バランスが崩れにくいのである。また、なんらかの原因でノーズが持ち上がる挙動となった場合でも、ウィングカーで大きなディフューザー・トンネルを有している場合、空気の抜けが確保されているため、車の下側の圧力は溜まりにくくなっている。

 

■ウィングカーとフラットボトムカーの挙動比較

(画像提供:スウィフト・エンジニアリング)

ウィングカーの方がピッチ挙動においても空力バランスが崩れにくい

 

 

ウィングカーの方が車の下面の空気の逃げ道をより多く確保できる
 

 また、マンフレッド・ウインケルホック選手のニュルブルクリンクでの事故を除き、車が宙に浮いた事故はすべてフルボディを持ったスポーツカー・タイプであったことにも注目したい。フォーミュラカーに比べてスポーツカーの場合、ボディ底面の面積が大きいため揚力を稼ぎやすく、従って宙を舞う危険性も高いと言える。

 

 では、スピンして後ろから空気が入ってきた場合はどうか? スウィフト・エンジニアリングでコンピュテーショナル・フルード・ダイナミクス(CFD)を用い、現在のフォーミュラ・ニッポンで採用されているスウィフト017.nが後ろ向きに240km/hで進行したケースをシミュレートしてみた。

 

 フロント・ライドハイト19.6mm、リア・ライドハイト40mmという比較的に前のめりの(=後車軸が浮き上がりやすい)姿勢でのシミュレーションで、後車軸には313kgfの揚力、前車軸には80kgfのダウンフォースが掛かるという結果が出た。後車軸は浮きやすくなっているわけだが、静的後輪荷重435kg(車重725kg、後輪荷重60%を想定)に比べると小さく、車を持ち上げるには足りないことがわかる。

 

 揚力は車速の2乗に比例して大きくなることを考えて計算すると、スウィフト017.nの最終速度に近い283km/hでやっと揚力が車重に釣り合うことになる。つまりこの現象(車が後ろ向きに283km/hで走る!)はほとんど不可能なシナリオで、従ってスピンの際でもスウィフト017.nが空力だけで宙に浮き上がる可能性はほとんどないと考えられる。

 

■車が後ろ向きに進行した状態でのCFDイメージ

(画像提供:スウィフト・エンジニアリング)

 

リアウィングやアンダーウィングの下面の圧力が高まっていることがわかる(赤色部分)

 

 後輪が縁石や破片を拾った場合は、迎角がついて車が宙に浮き上がりやすくなることはありえる。しかし、その危険性はフラットボトムカーと同じであるし、またその場合の挙動はスピード、初期迎角などの要素に大きく依存し、“フラットボトムカーの方が安全”とか“ウィングカーの方が安全”といった一般化した議論はあまり意味がないと思われる。

 

また、実際問題としてスピンして車が後ろ向きに一定速で進行するケースは稀で、その点からも先述のような議論はあまり意味をなさないと思われる。インディカー、チャンプカーのオーバルでのアクシデントで車がスピンして後ろ向きに進行するケースも散見され、これらの車はここで言うウィングカーに属するが、そこでは車が宙に浮き上がるような挙動は特には見せていない(キーワード:Al unser jr crash 1989 indyKevin cogan crash 1989 indyOriol Servia crash 2008 texas)。

 

経験に基づくスウィフトの認識

 

 加えてスウィフトは、007.i008.c009.c010.c011.cといった一連のチャンプカー、そして008.a014.a016.aといった一連のフォーミュラ・アトランティックカーを作ってきた。これらはすべてウィングカーであるが、これまで車がスピンして宙に浮くような事故は起こっていない。つまり、「ウィングカーがフラットボトムカーより危険性が高いとは考えない」というのがスウィフト・エンジニアリングの立場である。

 

 しかしながら、責任のあるレーシングカー・コンストラクターとしてスウィフト・エンジニアリングでは常に、車をより安全にする方策を考え続けており、その努力を絶やすことは決してない。

 

 なお、本稿の執筆にあたって、過去の事故の記録を漏らさずチェックしたつもりである。しかし、もしも本稿の論に寄与するような事故の例がほかにもあれば、ぜひともご教示いただきたい。安全性追求の資料に喜んで加えたいと考える。(スウィフト・エンジニアリング:小川直人/20106月)