1)土屋武士さんからの返信


 2010年4月18日、「RACING VIEWS」のブログ版である「日々是FN」のコメント欄に、読者のkoさんから次のような書き込みがありました。

《以前、土屋武士さんがモタスポ観戦塾という媒体のネトラジで「フォーミュラ・ニッポンは頼まれてももう出たくない。」って言っていました。それはパワステが無い過酷なレースでかなりの準備をしなければいけないのに無給な為、参加する意味があまり感じられない、といった感じでした。国内トップカテゴリーなのにそこで走りたくないと言われてしまうのが今のFポンの現状だと思います。主催者はどういったレースカテゴリーを目指していて、参加チームはそこに何を見いだしているのでしょうか? またドライバーの本音は? 独自のレースカテゴリーを目指すとJRP(編集部注釈:JRP=株式会社日本レースプロモーション。全日本選手権フォーミュラ・ニッポンの運営会社)は言っていますが全く「軸」が見えません。その辺の本音が知りたいのです。》

 この書き込みを受けて私たちは、全日本選手権フォーミュラ・ニッポン開幕戦が開催されている鈴鹿サーキットに仕事で顔を見せていた土屋武士さんに趣旨を説明し、返答をいただく協力を取り付けました。この場を借りて、あらためて土屋さんには御礼申し上げます。以下、土屋さんに執筆いただいた原稿を紹介します。(「RACING VIEWS」編集部)

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(質問内容をみて)こうして文字にするとトーンやニュアンスが伝わりにくく、本意が見えてこない危険性がありますね。少し長くなりますが、僕のフォーミュラ・ニッポン(FN)への想いをお話ししましょう。

 僕にとってFNは青春でした。前身のF2、F3000時代からサーキットで星野一義さんや高橋国光さんを観て、僕もここで勝ちたいと思い、レースを始めました。なかなかシートにありつけず、2000年に自費でスポット参戦した時は、「FNに出られないならレーサーやっている意味がない」と思って、子供の頃から目指していたFNに出て、先が開けないならレーサーを辞めて次のステージへ行こうと本気で思っていました。気持ちの区切りをつけたかったんですね。

 運良く、翌2001年からフル参戦のシートを獲得できたので、ここから僕の日本一への挑戦が始まりました。「FNで勝てば日本一だ!」と、とにかく自分の目標に対して、一回もブレることなく、引退する2008年の最終戦まで全力を出し切りました。非常に体力的に厳しく、FNに参戦していた期間は、何よりもトレーニング・体調管理にプライオリティを置いて、とにかく悔いの残らないように、全力を捧げてきました。

 引退を決意したのは、優勝するには、今の自分では足りない物があると悟ったからです。それは体力です。色んな競技を見ても分るように、持って生まれたモノというのは、変えることができません。僕は健康な身体ですが、筋力などの部分では子供の頃から人並み以下でした。腕相撲は全く弱いし、垂直跳び幅跳びは全国平均以下。走ることも苦手でした。

 しかし、人並み以上に頑張るという点で、努力で何とかなるということを中学時代に実感することができました。同時に、人並み以上に頑張らないと太刀打ちできないということも理解しました。そういった自分が日本一になるためには、やらなければならないことは明確で……しかし35歳にもなると、30歳前後にやっていたトレーニングがこなせなくなってきました。自分の中で、「これをこなせれば全周プッシュして走れる」というトレーニングについていけなくなったのです。

 基本、レースよりも辛いトレーニングをやっていたので、まだまだレースで体力が足りないといったことはなかったのですが、それでも自分の体力では、翌2009年は厳しいだろうということがありました。それが車両の変更です。翌2009年のFN09のスペックを見て、今以上に体力的にきつくなるのではないかと思いました。それまでのローラは、以前のレイナードに比べて高速コーナーでは限界が低く、ステアリングは重いのですがコーナーは楽でした。しかし、FN09はダウンフォースが増え、トレッドが広がり高速コーナーが速くなることは明白でした。それは体力的に更に厳しくなることを意味します。そして自分の年齢と体力のことを考えたとき、20歳台中盤から後半の選手に対して、明らかにビハインドを背負ってしまうという結論に達した時、自分のFNへの挑戦を辞める決意をしました。

 僕は日本一になるためにFNに参戦していたわけで、自分の努力で超えられない物があると感じた時点で、日本一には挑戦できません。茂木や富士といった、体力的・筋力的に楽なサーキットもあるのですが、菅生や鈴鹿といったサーキットでは厳しいと感じた時点で終了です。それにシート数が少なくなってきた昨今、沢山の若いドライバーがいる中で、「自分が乗ってもいいものなのか?」という疑問にぶち当たっていたこともあります。そしてFNに全てを捧げていたことで、沢山のことを犠牲にしていた部分もあり、これまでのように全てを注げる環境に自分がいないと感じたことも、引退を決意した理由の一つです。

 僕の中で「もう出たくない」と言った理由としては、"やりきった"からです。どんな条件が提示されても、僕の中でFNは"日本一への挑戦"なんです。生半可な気持ちじゃ乗れません。非常に危険なことだし、覚悟がなければ乗れません。実際にほとんど対価はありませんでしたが、僕にとってそれは乗らないという理由にはなりませんでした。ここで勝つことの意味を知っているからこそ、FNに挑戦するのです。

 乗せてもらった7シーズンはどれも素晴らしい時間でした。自分のスタイルを貫くことができ、仲間も沢山できて、沢山のことを勉強させてもらったし、成長させてくれました。今僕にできることの一つとして、色んなメディアでFNのことを話させてもらっています。僕の視点からの解説ですが、こんな僕の価値観を理解していただければ嬉しいなと思います。特に、ドライバーがなぜFNに乗るのか? という観点に関しては、普通に考えたら理解に苦しむかもしれませんが、頭で考えることが全てではなく、心のままに行動してしまうことの一つとして捉えていただければいいかな、とも思います。

 今年のドライバーラインナップは非常に面白いと思っています。誰もが優勝しないと満足できないメンバーだからです。そして30歳台が井出有治の一人ということも、過去の日本のトップフォーミュラには無かったことです。しかし、必然的だとも思っています。

 個人的には、今年のメンバーなら問題ないと思いますが、これから"これが日本のトップフォーミュラだ!"というものを築いていくためにも、パワーステアリングの導入を検討していただきたいと思っています。というのは、現状は体力的にいい状況の選手が主でいるので問題になりにくいのですが、数年後には年齢的なピークを過ぎてしまうことは免れません。

 やはりF2時代、星野一義さん、中嶋悟さん、松本恵二さんのBS(ブリヂストン)三羽烏、高橋国光さん、和田孝夫さん、ジェフ・リースやステファン・ヨハンソンのADVAN勢、長谷見昌弘さんやロス・チーバー、F1を目指した鈴木亜久里さん、片山右京さんといった沢山の役者が揃ってこそ、色んなドラマや白熱したバトルが、観客にとってさらに面白い物になるということがあるように、小暮卓史を中心に、これからを背負って立つドライバーが30歳台前半でFNを降りることがないようにして欲しいのです。

 パワーステアリングは確実に選手生命を伸ばします。今のステアリングの重さは、息を止めて力を入れなければ切れないくらい重いのです。色んな競技に体重によって階級があるように、今のFNは持って生まれた体格が、成績に影響を及ぼしていると言わざるをえません。純粋に競技として考えると、この辺は改善すべきところではないかなと思って、昨年はFRDA(編集部注釈:フォーミュラ・レーシング・ドライバー・アソシエーション。関係団体と協調を図りながら、ドライバーの立場からモータースポーツの振興と安全に関して活動する任意団体)として動いていました。

 今年も裏方として動いていきますが、まずは今シーズン、ドライバーのプライドのぶつかり合いを楽しみたいと思っています。今の彼らはステアリングの重さ云々言っている場合ではありません。すでに始まっている戦いを制さなければ、未来は切り開かれないのですから。日本一を懸けた彼らの熱い戦いを、皆さんも楽しんでいただきたいと思います。(土屋武士)

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土屋武士(つちや たけし)
1972年11月4日生まれ、神奈川県出身。
 
 1989年にカートレース・デビュー、FJ1600レース参戦などを経て、1994年には全日本F3選手権へステップアップした。その後、全日本GT選手権へ参戦しながら、国内トップフォーミュラ参戦を狙った。2000年に念願が叶い、KONDO RACINGやノバ・エンジニアリングなどの協力を得て、全日本選手権フォーミュラ・ニッポンにスポット参戦を果たした。その走りが認められ、2001年にはARTAのレギュラー・ドライバーに迎えられた。2002年にはTeam Lemansでシリーズ4位に就けた。2007年はFN参戦を見送ったものの、2008年にはDoCoMo TEAM DAMNDELION RACINGでFNに復帰。同年限りでFNからの引退を決意した。
 
 現在は株式会社サムライ(www.t-samurai.com)で代表取締役社長を務めるほか、各種媒体でモータースポーツ振興のため解説を担当し、ファンだけでなく関係者からも好評を得ている。レーシングドライバーとしても現役で、2010年はスーパー耐久シリーズに参戦している。