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地震シェルター

2016/04/22 18:05 に Osamu Ogasahara が投稿

熊本の地震は直下型なのでドスンと突然やってくるもので、地震警報とか警戒の余地はなかったのだろう。でもその後ずっと続く地震で、最初はちょっと傷んだだけの家屋も次第に崩壊していった。自分の家の傷み具合をみながら、ある時に別のところに避難する決断をしなければならない。そういう地域が次第に広がっていく。本来なら避難や支援の拠点になるべき隣接地域も被災地に変わっていったかなり特殊な状況であったように思う。

熊本も今までの記憶では大きな地震がなかった。日本中どこでも大地震が起こり得るのだが、殆どの場所は地震の記憶がなくなっていくから、いつでも一般の家屋の寿命は何十年くらいを想定して作られている。もっとも、あまり地震耐性を高めるとコスト高になって採用されにくい。でも工夫された工法であまりコストをかけずに耐性のある家屋もできている。
災害時の安全性や救出活動の容易さを考えると、民家にもある程度の耐性を義務付ける必要はあると思う。

家そのものを壊れないようにするのは大変だが、中に住む人が逃げ込んで助かる空間があればよいと思う。地震警報では机の下に潜れとか言っているが、この問題は外部から救出に向かう人が、その家のどこに机があるかわからない点である。これが例えばユニットバスのようなところに逃げ込む約束ならば、救出に向かう人はそこを第一番に探せばよい。とするとユニットバスのところだけ鋼鉄のフレームなどで覆って潰れないような構造にしておけば地震シェルターになる。マンションなどが崩壊しても、鋼鉄フレームがクレーンで吊り下げられる構造であれば、救出も容易になるだろう。

またユニットバスの中に防災用品や外部にHELPを伝える通信手段を埋め込んでおけば、そこに人が居るかどうかわかるし、そこに入りそびれた人の情報もわかるだろう。ユニットバスのありかはマンションなどでは決まった位置なので、それ以外の人の所在がわかれば、瓦礫の除去もある程度大胆にできて、作業の高速化になるのではないか。
一般民家の場合はユニットバスに若干の脱出用工具(ジャッキや梁)もセットしておけば、自力で屋外にでられるだろう。

地震シェルターは、火山に行くと噴石よけのシェルターが歩道のところどころに設置されているもののようだ。家の建築コストからすると大したことはないだろう。火山に噴火があるように、日本に地震がある以上、シェルター構造を義務化してもいいのではないか。

『備えよ、常に』

2016/04/21 17:34 に Osamu Ogasahara が投稿

熊本の地震は発生後一週間経ってもまだ揺れている。震源は地下10kmと浅いのに断層は延べ東西100km以上にわたっているので、避難されている方が多い。記事『物資の需給と労力の需給』では被災者や避難者に対する補給の困難さに関して書いているが、国や自治体が統制を取ることができないので、過不足とか道路渋滞などが起こって、モノはあっても届けられないような事態も発生しているようだ。こういう災害経験をひとつづつ積み重ねて、将来の災害に備える知恵や体制を産み出していかなければならない。

ネット販売なら受発注管理が見える化されるので、「オムツが足りない!」という声に対して日本中からオムツが送られて山となるようなことは防げるだろう。現時点での過不足が把握できる仕組みはポータルサイトなどがやっているが、こういうサービスを非常時にはオークション業者に義務付けて、出品者が被災者に送れるようにするとか、その費用の一部か全部を公的機関が補助するとか、支援金・義捐金もオークション業者が仲介するとかできるようにしておけばよいと思う。一部はすでにやっている。

こういうポータルの利用の良い点は必要な声とそれに反応する全体の動きが把握できるようになる点であって、個人が善意でバラバラにやっていた時のムダは相当排除できるはずだ。昔から災害支援物資は置き場に困るほど不要物が送られて、宅配業者の段階で配らずに廃棄していたこともあった。実際には善意が迷惑な場合もあったのだ。
それはボランティアがかけつけることで道路がマヒし、緊急を要する支援やインフラの復興の邪魔になることもあることもあって、交通もどこかで管制・規制される必要がある。

つまり災害時にも統制のとれた行動ができるように普段から準備することなのだが、それを一般の人々みなに求めるのは無理で、訓練が可能な組織がなければならない。それはネットではポータルサイトのようなものであろうし、リアルワールドでは消防団のようなところが近い。今回の地震でも倒壊家屋から消防団の人が救出に当たっているニュースがあったが、地元ならではの知恵を活かして、道案内(交通規制)や集落への補給(兵站)などでも活躍が期待できそうである。つまり日本各地の消防団を災害全般を予想して機能拡充しておくのがいいのではないかと思う。

前記事でも、自治体は非常時に職員のマンパワーが不足することを書いたが、それを補うには、今は地方公務員の4分の1くらいしか居ない消防団を倍増し、特に現代的な諸機能を(場合によっては地方公務員以上に)強めておくのがいいかもしれない。昔ボーイスカウトに居た時の標語は『備えよ、常に』だった。

印刷のようで、印刷ではない

2016/04/19 16:53 に Osamu Ogasahara が投稿

デジタル印刷とかプロダクションプリンティングに合わせて、バリアブル印刷の新しいビジネスモデルをつくりあげるという努力はPDFが生まれた1990年くらいからあったと思うが、多くの人が導入できるようなモデルはできなかった。これにはバリアブル印刷のパラドックスのようなものがあるからだ。
結論からすると、フレキシブルな生産方式になるバリアブル印刷は、そのビジネスが安定しないものになるということだ。

それまでの版を作成しなければならない印刷方式では、かつての総合雑誌がオフセットとグラビアと凸版のハイブリッドで出来上がっていたように、印刷方式がビジネスモデルを左右することはなかったが、バリアブル印刷となるとその印刷物を使うところのビジネスのプロセスと密接にかかわって、バリアブルの機能次第でビジネスのやり方も変わるようになる。同時にビジネスのやり方を変えるとバリアブル印刷のやり方も連動して変える必要が生じる。

だからバリアブル印刷のソリューションは寿命が短いかもしれない。いやそういう覚悟で取り組むべきだろう。つまり顧客と共に常に改善を繰り返していくような関係を作らなければならず、他社のサクセスストーリーから学べるところはそれほどないということになろう。つまり3年契約のビジネスモデルというようにはならないかもしれない。事実、大手通信教育では1年契約しかしてくれなくて、印刷側はそれでも大型のデジタル印刷を設備せざるを得ないとうようなことがあった。

こうなると先に設備投資をしておいて、あとから仕事をかき集めるような従来の印刷のビジネスの仕方は通用しない。むしろプリント業務はアウトソーシングするくらいのソリューション部分を中心にした事業体である必要がある。プリント部分はデリバリ業者が設置するのが最適であろう。つまるところデジタル印刷は印刷業務のようで印刷ではないのだ。デジタル印刷の成長鈍化というのはソリューションの未発達ということでしかないと思う。

この先はバリアブル印刷を捨てて、単に無版印刷としてのデジタル高速印刷という道も出てくるが、それにどれだけの付加価値が生まれるかは疑問である。

物資の需給と労力の需給

2016/04/17 17:36 に Osamu Ogasahara が投稿

熊本・大分の地震はまだ続いてはいるものの、震度は少しづつ下がってるようにも思える。また震源が浅い割には東西に長い地震帯になっているのは、地下が中央構造線でつながっているからだろう。こうして地震のエネルギーが広域に伝搬することで、特定地域に大きな力が加わることは抑えられているのだろうが、逆に浅いことで断層の地表部分には亀裂が入るなど局部的な破壊がみられる。不幸なことにその上に住んでいた人だけが犠牲になったようだ。
ただ地震が続いていて、次はどこの場所で局部的な破壊が起こるのかわからず、かなり広い地域の方々が避難所生活を余儀なくされている。犠牲者が少ないようでも被災者とか不安に暮らす人々が多いようにみられる。

また避難所となっている学校や公共施設に対する支援とか物流がスムースでないようだ。避難所は点在するので、外部からの支援物資などは自治体などに届られ、それらは量的にはかなりにのぼるのだが、それぞれの避難者に何が必要かという情報が集約されていないために、避難所への分配が滞っているという。
一部の避難所ではfacebookなどSNSで必要なものを訴えて、民間人が必要物を集めて届けることも起こっている。
また住民同士が食材を持ち寄って自分たちで炊き出しをするなどの共同生活をしている様子も報道されている。

日常から地域行事などを共同で運営しているようなところでは、住民同士の意思疎通が良く、支え合いとか炊き出しなどはスムースにいくのだろう。またSNSを使い慣れている人も、必要な物資を集計したり、ヘルプを頼んだり、また支援する側も金銭・物資・労力などの調達調整といった連絡をSNS上でリアルタイムに行えるので、その時に動ける人が避難所に届けるようなことができたのだろう。

逆に考えると、地方自治体などは地域の基本情報は抑えているものの、そこで働ける職員は有限であるから、短期間に多くの避難所の面倒をみることができないのだろう。つまり緊急事態での物資の需給というのと、労力の需給をあわせるには、職員だけで対処するのは無理で、そういった時に民間企業とか、住民の中かとかでも、歩調を合わせて動けるような仕組みを作っておくことが必要なのだろう。
ホームセンターのコメリは自社の各地域拠点倉庫に防災用品を備蓄して、自社の輸送網で届けるようなことをしていて、地元密着のビジネスをしていたために、過去の水害では自衛隊よりも早く物資を届けたこともあった。

おそらく消防団というのも緊急時の訓練はされていると思うが、もっと民間で動ける人を広く日常の訓練に参加できるようにしておいた方がいのだろう。昔の社会の話では世界あちこち民兵組織のようなものがあったのだが、例えばボーイスカウトなどはその延長上にあって、子供の頃に遊び半分でいろんな訓練を受けた経験がある。民間スポーツの組織と連携するようなことも考えられるだろう。

今はSNSが使えるので、今すぐ動員できる働き手とか自動車・燃料などを勘案して、緊急の時にどれだけのことが可能であるのかを、非常に狭い地域ごとに考え・行動することがやりやすくなっている。立ち入ってはいけない危険個所も GoogleMap に表示出来て、情報インフラは発達しているので、ちょっと訓練を受けていれば緊急時の協調行動はできそうに思える。

日本列島はどこでも地震のリスクを抱えているのだから、災害経験を通して、すでにここまで発達したコミュニケーション手段を有効に活かした問題対処力を、日常の生活やビジネスの中で養えるようにする必要があると思う。

日本列島とはどのようなものか

2016/04/15 17:28 に Osamu Ogasahara が投稿   [ 2016/04/15 18:46 に更新しました ]

熊本で地震が続いているが、地元の断層群に起因するもので、ローカルな災害のようにも見えるが、そもそもなぜ熊本に断層群があるのかというと、そこは日本列島の成り立ちに関る中央構造線の上にあるからだ。地震観測が各地でされなかった頃には、こういうテクトニクスと地震の関係はわからなかったのだが、2016年4月16日の「本震」といわれる揺れの震度を日本列島にマッピングしたものをみると、阿蘇から関西に続く震度④③の列、さらに②の列が愛知から長野(黄矢印)に続くのを見ると、中央構造線に沿って大きな揺れも伝わっていることがわかる。

中央構造線にもっとも近い原発は四国の伊方原発だろうが、そのあたりは⑤ほどの震度になっている。よくもまあこんなところに原発を作ったものだと思う。要するに原発立地はテクトニクスは考慮していなかったのかもしれない。
上の震度のマッピングを見ると、北九州から中国・近畿にかけての日本海沿いにも④③の列がある。これも構造的な何かがあるのだろう。過去の地震における震度マッピングというのを重ね合わせると、日本列島の地下の岩盤の構造を知る手掛かりになるのだろう。ちょうど人体内をエコーで診断するようなものだからだ。

日本は断層や断層群のデータをなかなか公開しない傾向があるが、それは不動産売買に影響がでるからで、不動産で大きな金が動く経済構造になっていることが理由だろう。そのように地盤・岩盤情報を隠していては、脆弱な地形に重要な施設や原発のような危険物を作ることを容認しやすくなってしまう。

先の東関東大震災の際には太平洋でのプレートの沈み込みが詳細に報道されたが、そういう災害のたびの断片的な情報だけでなく、日本の学校教育でちゃんと日本列島の成立ちを教えておくべきではないかと思う。

黒いジミヘン

2016/04/13 17:34 に Osamu Ogasahara が投稿

Jimi Hendrix は黒人なので、「黒いジミヘン」というタイトルは間違っているんじゃないかと思われるかもしれないが、音楽の影響という点では、どうしてもハードロックの神様的な扱いが多くて、ジミヘン・フォロワ―とかコピー・カバーというと白人の兄ちゃんバンドの話になってしまうが、実は黒人にもジミヘンの影響を受けたfunkのレコードは、1970年前後にはかなり出ていたのである。

それはバンドとしてのコピーではなく、あくまでレパートリーとしてジミヘン的な演奏を取り入れたモノなので、1980年代になるとあまりなくなってしまう。もっとdiscoよりの演奏が多くなるのである。記事『日本人が多様性を求めているかどうかはしらないが』では、city blues / jazz blues 時代の楽曲がR&Bのスタイルになりsoulのスタイルになっていったように、様式は時代と共に変わったことを書いたが、アメリカの黒人大衆音楽としてみると、ジミヘンのワーワーチャカポコギターもある時代を示すものであったといえるのだろう。

こういうジミヘン風funkはほとんどLPとかCDにはなっていないと思う。それは前述のようにそういうスタイルのバンドが活動していたわけではなく、たまたまそういう録音を残したということで、点在するだけだからである。その証拠に、「あっ!これは相当ジミヘン的だな!」と思っても、45回転盤の反対側は全然違う曲調であったりする。またそれなりに有名なsoul/funkの人もたまにこういった曲調を手掛ける場合があり、例えば Gino Washington のFoxy Walk はジミヘンのFoxy Lady をインストにしたものである。

また一般のsoulファンはジミヘン風の曲調を好まないので話題にならなかったのではないかとも思う。しかし1970年前後には無名の黒人ギタリストが広範にブルースのフレーズをワーワーチャカポコをしてっとやっている。もともとfunkのギターはブルースのコードなので、ブルースのリフをイフェクターを通して演奏すればジミヘン風になってしまうのである。
こういった音楽を聴くと、申し訳ないが Jimi Hendrix のボーカルの力量は大したことは無く、無名のfunkの方が私には魅力的に思えてしまう。
しかし黒いジミヘンの45回転盤ではギターを弾いている時間が短いので、Jimi Hendrix のレコードの価値は別の意味であるのだが…

要するに黒いジミヘンは非常にたくさん居たはずである。ただマイナーなfunkの45回転盤は超ローカルなレコードなので、白人に知られることも無かったし、たとえジミヘンを凌ぐギターの名手が居たとしてもロックに影響を与えることはなかったであろう。それほど人種の壁は1970年頃にはまだ大きなものであったのだ。

Amazon恐るに足らず 点・線・面

2016/04/11 18:09 に Osamu Ogasahara が投稿

ネット通販の広がりはまだまだ続くと思うが、おそらく様相は変わらざるを得ないだろう。広告や検索などで買ってもらうのは地域の制約がないのでビジネスの広がりがありそうでいて、1回限りかもしれず、メールで追跡しても嫌がられるだけかもしれない。一部の儲かっているサイト以外は殆どがそれほどのビジネスにはならないままである。事実スマホシフト以外にはあまり変化が感じられない今日のECである。このままではネット通販は巨人が闊歩するだけの世界になってしまうのか?

しかし広告や検索で買ってもらうだけが商売の方法ではないし、ネット直販だけがネットの利用方法でもない。いわばネットの広告や検索によってどこの誰だかわからない分散した顧客とビジネスをする方が難しいわけで、これは広大な国土を持つアメリカのように人々が分散して暮らしていた国にはフィットする方法ではあっても、究極的なビジネスなわけではない。ただ今はインターネットで国境が低くなったことで、アメリカの通販モデルが世界的に通用するようになったので、Amazonなどは大きく伸びている。しかしこれは日本国内ビジネスにはあてはまらない。

広く分散した『点』としての顧客を相手にするのは物流という点では効率が悪い。少量であったり商品単価が下がると特に運送や管理コストがかさんでしまい、集中的な物流をした方がよいことがある。農産物や特産品のように供給能力が限られる場合は、分散した点に分配するよりも、旬の時に集中的に流通した方がよい。鮮度という価値があるならば、トレタテを朝市に供給して売り切るようなものである。都市の近郊農家がそういうことをしているが、生産者側から近いうちにどんなものをどこに出すという出荷予測がネットでされるようになるとよいように思う。

朝市のようなものは生産者と消費者を定期的に結びつける『線』のビジネスになる。消費者としても出荷予告があれば期待感を抱くようになるだろうし、レシピの心つもりができれば献立に悩むことも減る。こういう情報もネットならリンクできる。朝市でなくても昼市でも夕市でもいいが、都市部のリアル店舗の販促イベント的なタイアップにもなるから、都市部での宣伝してもらえる可能性はある。生産者からすると販促タイアップで直販・売り切りというビジネスである。

『面』的なビジネスは地産地消とかバリューチェーンである。生産者が学校給食の年間予定にあわせて生産するとか、外食産業からの生産委託を受けるなどで、ネットの役割としてはビジネスマッチングとかオークションのようなものになるだろう。つまり個々の出来た作物を売りに出すのではなく、畑と期間と労賃に値付けをするようなものである。
外食産業からすると独自のスペシャルな素材の調達ということになる。

以上、ネットでのBtoB、BtoCなどいろいろ組み合わせたECの連携が本来の問題解決になっていくのだろうと思う。

Steve Jobs のいらだち

2016/04/10 17:38 に Osamu Ogasahara が投稿

パソコンのモニターは色及び階調が信用できないものだったので、少しでもマシなものを!という気持ちから、CRT時代よりEIZOのものを使ってきたが、notePCを使うようになると機種ごとに液晶が異なるので困ったものである。結局色味が問題になる用途にはDesktopパソコンが離せない状態である。あまたあるWindows向けnoteの設計・製造者の感覚を疑ってしまう。
これはパソコン以外の情報家電でも同様で、安物の中華PadがカーナビのワイドVGA液晶を使っていたように、カーナビというのも液晶が綺麗にならない。後から開発されたタブレットやスマホの方がよっぽどきれいになっている。カーナビ製造者の気持として「地図だからこれでいいのだ、というのが丸見えで、カーナビを良くしようとも拡張しようとも思っていないのだなと感じる。

どうも電気屋さんの感覚で作られたものには何か居心地の悪さが感じられるものがあるのだが、Steve Jobs はそういうのを嫌っていて、設計・試作の段階で時々爆発していたのだろうと思う。Jobsの末期の商品にRetinaDisplayという高精細液晶があったが、名前の通り従来の液晶のセルを見えなくしてアナログ的表示を可能にしたものだった。こういう感性をエンジニアが理解していないと、Jobsはいらだったのだろう。

パソコンの背面にはいろいろなケーブルをつなぐところがあって、パソコンは正面からみたデザインはよくても、裏から見るとタコ足配線のぐちゃぐちゃしてものになりがちで、Jobsはこれも追放したがっていた。Nextを設計する際にはプリンタのデジタル信号線とAC電源線を一体にして、1本の線でパソコンとプリンタをつなぐようなこともしていた。これはエンジニアからすると何の意味もないように思えただろう。ナイーブさの違いである。

最初の発案者の中にある製品イメージをエンジニアに伝える難しさとか意識ギャップというのはいつの時代にもあるのだろうが、Jobsのように最初のイメージを強く描いている人ほど、スタッフにそのイメージが伝わっていないことに苛立ちが高まってしまったのだろう。ナイーブなデザイナといえばそれだけだが、そこが電気屋に不足していた点であるともいえる。

パソコンがノートになってケーブルは無くせたものの、きっとJobsにとっては今度はいろんなコネクタの穴が開いているのが気に障ったことだろう。それの回答は後のタブレットの開発で現実のものになり、さらにインタフェースとしてはスマホ・タブレットのLightningで一段落したのではないかと思う。つまりLightningはJobsの遺志を実現したものといえよう。

日本人が多様性を求めているかどうかはしらないが

2016/04/08 18:11 に Osamu Ogasahara が投稿   [ 2016/04/10 20:12 に更新しました ]

bluesを聞き出した時に最も馴染みにくかったのがcity blues で、レコードを買うのも後回しになって、10年~20年後にぼつぼつ買うようになった。アメリカの黒人音楽で1940年代から50年頃までは中心的な役割をしていた city blues は jazz vocal とも大いにカブるものだが、その後はだんだん録音されなくなっていって(jazz分野は別として大衆音楽としては…)、R&Bの45回転盤の世界では一レパートリーとして細々と残ったに過ぎない。これはダウンホームブルースの状況と似ている。

しかしシティブルースもダウンホームブルースも録音が減るとブルース史を書く人には「衰退」とされてしまうのだが、歌っている方にとってはそんなことは関係なく自分のレパートリーとしては受け継がれている。歌手の側からすると、持ち歌の表現様式が city blues から R&B になったり Soul になったりしているだけで、歌いっぷりもちょっとは違うかもしれないが、その時々にあわせて現代的にやってきただけのことなのだ。

それを図示すると以下のようになるのではないか。
City blues の録音が減っていった1950年代では、そのテーマはR&Bとしてリメイクされていく。また公民権運動の頃のSoulが隆盛の時代になるとSoulとしてリメイクされる。
しかしひるがえって見ると1940年代からの city blues の隆盛期には、それまでのスタンダード曲やカントリーまでが jazz vocal とか city blues に取り込まれていったのである。つまりある音楽形式の隆盛期というのは、人々の歌う歌を呑み込むというか、その音楽様式に引き込む活力があるということだ。音楽のトレンドというのは曲目とは別の次元の何かである。

そして古くからある Cry me a river とか Funny how time slips away はjazz(city blues)-R&B-soul と受け継がれているが、現代的な様式での音楽解釈にもクリエイティビティはあるし、またR&Bの時代の録音、city blues の録音もそれぞれ味がある。アメリカ黒人大衆音楽のアーカイブ化は特にヨーロッパでは進んでいて、過去に一定以上の人気を博した音源はCD化されているともいえる。
実は自分の持っているレコードでそのような比較はしてはいなかったのだが、YouTubeで見ると、こういったスタンダード化した曲については古今東西の録音が並んで出てくるので、どうしても聞き比べてしまう。八代亜紀や青江美奈まで出てくる。

日本はレコードレーベルは少ないし音楽番組も少なく、どうしても音楽産業はマスマーケティングに支配されているように思えるが、ヨーロッパのCDによるアーカイブとかYouTubeは音楽の多様性をかいまみせてくれて、ロングテールに寄与していると思う。

四角いグラフィックデザインからの脱皮

2016/04/07 17:50 に Osamu Ogasahara が投稿

ちょっと前に情報デザインという言葉が時々使われたことがある。これはちょうどWebの時代になって、印刷物など矩形の中におさめる静的なグラフィックデザインだけでは不足で、マンマシン・インタフェースのデザインが優れていないと、見た目が立派でも使ってもらえないからだ。だから限られた画面表示を有効に使って、情報をどのように区分けして、どのように見る人を誘導するか、を設計することが重要になった。これはスマホのように画面がさらに小さくなった今でも大きな課題である。 

 しかし考えてみると印刷物を作っていた昔から、情報の区分けとか、誘導というテーマはあって、むしろ画面とか映像のような動的な情報伝達が印刷では行えないがために、それを平面構成するグラフィックデザインが生まれたのだ。つまり表現の動的デザインというのは紙などの記録メディアが無い時代からあったコミュニケーション・デザインが、大量生産する紙メディアとか制約の多い電子メディアを使うようになって、何とか人間の自然な表現形態を様式化せざるを得なくて局部的に発達したのがグラフィックデザインであるともいえる。

デザインを独立した生業としておられる方は、webやケータイ・スマホになってデザイン領域を広げられたケースが多くあるのだが、印刷を生業としている方が電子メディアのデザインにどんどん進出していったイメージは無い。やはりデザイン専業の方が情報デザイン的な要素であるコミュニケーション・デザインにも馴染みやすかったのだろう。
とはいっても、実際のデザインの仕事が発注されるのは、発注者側で情報デザインが終わった後の段階からということは多く、デザイナが情報メディアの選択や使い方を決めることを任されることは少なく、デザイナが情報デザインをウリにすることには難しさがある。

では誰が情報デザインを手掛けるのがよいのかということになるが、基本は対人コミュニケーションをどうするかという課題であるとすると、セールストークと似たようなものとなる。それは今ではオフィスでもパワーポイントでプレゼンを作っていたりするが、そこらへんにネタはありそうだ。営業活動のようにフェースtoフェースでやっていることを、いかにWebやスマホやビデオなどの動的メディアを駆使して再現できるようにするかが今の情報デザインでもある。
プレゼンのパワーポイントを制作する際には、マーケティングデータとか製品・サービスの訴求ポイントなどの資料が用意されているはずなので、そこに関ってメディア戦略・戦術のお手伝いをするという立ち位置に誰が立てるのかということになる。

テレビコマーシャルなどをする大きい会社では広告代理店がメディアの選択や制作も任されているだろうが、大手代理店を経ないような仕事では、なかなか発注者のマーケティングや製品開発まで立ち入って企画提案をすることは少ないかもしれない。しかし紙メディアの四角いグラフィックデザインから脱して、動的メディアも設計できるコミュニケーションデザインを指向するには、顧客の懐に入って行くことは必須である。

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