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アメリカ生活録 

 

イザベル

Isoko Durbinの著書

わかりやすいと、アメリカ人に好評!

英語で書いた日本語動詞テキスト

Speak Like Native Speakers Japanese Verb Conjugation I

 

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Isoko Durbinのブログ集

アメリカ人夫の一言

カンザスシティーの週末

私がまだ学生だった頃、3ヶ月ほど80才のおばあちゃんの家に住んだことがある。彼女は、スーパーマーケット2軒とケータリングのビジネスを亡き父親から受け継ぎ、大きな白い家に住んでいた。家は、向かいに住む家政婦のおかげで、いつもきちんと片付いており、私が引越した時期が7月だったせいか、広い庭には色とりどりの花が咲き乱れていた。スーパーは、元大学教授の息子が実際の経営をしていたので、何の不自由もなく、金曜日にはポーカー仲間が家を訪れ、土曜日には家政婦が掃除をし、週に一度は同じ町に住むお姉さんと一緒にレストランで食事をした。しかし、いくらお金持ちでも、彼女は80才である。一人で住むのは不安であったため、彼女はいつも近所の大学の女学生をただで家に住ませ、その代わりに彼女の世話をさせていた。こういったわけで、日本からアメリカに戻ったばかりで、安く住む場所を探していた日本人留学生の私が、彼女の家に住むことになった。

 私の仕事はと言えば、たいしてこれと言ったこともなく、ゴミの日にゴミを出し、ベッドシーツを取り替え、ポーカーパーティーの後片付けをし、夜彼女の枕元にコップ一杯の水を運ぶくらいのものだった。これで無料の部屋が手に入ったのだから、ラッキーと言えばラッキーである。

 「いそこ」という私の名は日本でも珍しい名前で、今まで一度も同じ名前の人に会ったことがない。しかし、別に発音するのに難しいことはなく、大抵のアメリカ人は発音できる。たまに最初の "I" を「アイ」と発音し、「アイソコ」と呼ばれることはあるが、「私の名前はいそこです」とさえ言えば、後は正しい発音で(とは言っても英語なまりの発音だが)呼んでもらえる。しかし、私のご主人様は、日本人の私の名前を覚えることができず、私を「イザベル」と呼んだ。家の中には、彼女と私しかいなかったので、当然私のことを呼んでいるのだとすぐ気付き、「はい」と返事をして彼女の部屋に行ったものである。おばあちゃんが私を必要としていることさえわかれば、どのような名前で呼ばれようと、私は気にしなかった。実を言うと、この「イザベル」という名を、私は結構気に入っている。英語で書けば "Isabel" で、私の名前 "Isoko" に近い。80才のおばあちゃんにしては、なかなかの命名だと思った。しかし、こんなおばあちゃんにも私の名前を正しく発音できる時があった。それは、私の友達から電話がかかってきた時で、「いそこさんいますか」と聞いた直後だけは、「Isoko、電話だよ!」と言うことができた。しかし電話を切った後、既に私の名前は「イザベル」に戻っていた。

 アメリカに長く暮らしていると、自分の名前を日本語で書くのは、なんだか変な感じがする。特にアメリカ人と結婚し、名前を変えた後は、なおさらだ。自分の苗字がカタカナで表記されれば、自分の名前とは思えないのである。戦後アメリカ人と結婚し渡米した「戦争花嫁」と呼ばれる日本人女性の中には、英語の名前を持っている人が多い。私も結婚し、ラストネームを変えた時、おばあちゃんに命名してもらった「イザベル」をミドルネームにしようかと思った。日本に住む両親のことを考え、結局やめたのだが、「イザベル」は、私の中で特別な名前として残っている。