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アメリカ生活録

 

犬の権利

Isoko Durbinの著書

外国人に日本語を教えている方、

必読書です!

Speak Like Native Speakers Japanese Verb Conjugation I

 

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Isoko Durbin のブログ集

アメリカ人夫の一言

カンザスシティーの週末

 

 私たちには、ボジョという犬がいる。チャウチャウとラブラドールの雑種で、短い黒毛の雄犬だ。夫が9年前、その当時まだ子犬だった彼をペットショップで購入したのだが、今では私が毎日散歩をし、餌を与えている。私たち人間は、犬は動物であり、人間よりも知能が劣っていると思いがちかもしれない。しかし、うちのボジョは、人間の考えていることが良く分かる、なかなか頭の良い犬なのである。

 我が家には塀で囲まれた裏庭があり、ボジョは自由に走り回ることができる。ある朝、彼はいつも出入り口として使っているドアをノックし、(ボジョは人間のようにドアをノックし、中に入りたいことを私たちに知らせることができる)家の中に入って来た。私は仕事に出かける準備をしていた時だったが、ボジョがまた外に出たそうな顔をしているのに気付いた。さっき入って来たばかりだから、また外に出たいはずがないとは思ったが、一応ドアを開けてあげると、やはり外に出て行くのである。彼はそんなことを、朝何度も繰り返す。初めはこの行動を不思議に思っていたのだが、私の様子を伺うように見ている彼の顔を見ているうちに、その理由がわかった。私が仕事に出かけてしまえば、家の中に入ることができず、それが良くないことを理解している彼は、私がまだ家にいるかどうかを、確認しているのである。またこんな事もあった。ある日、私は大変疲れて家に帰ってきた。あまりにも疲れていたので、ボジョの世話をすることなく、ソファーに寝転んでいると、私の行動がいつもと違うことを理解し、ボジョはその日、私に散歩のおねだりをしなかったのである。犬は人間の行動をよく理解できるだけではなく、思いやる気持ちまであるのである。

 

 

 こんなに賢く、愛されるべき善良なボジョであるが、家から一歩外に出ると、人間からひどい仕打ちを受けることが多い。ある日、私たちは公園に散歩に行った。少しでもボジョを喜ばせようと、夫はひもを外し、ボジョを自由に走らせることにした。ボジョが大喜びで走り出すと運悪く、そこには犬撃退用スプレーを持った女性が待ち構えていたのである。ボジョは、決して人間に噛み付いたりしない。しかしその女性は、ボジョを追いかけてまで、スプレーをかけようとするのである。また、ボジョにスプレーをかけようとした郵便配達人が、スプレー缶をボジョに投げつけたこともある。本来、犬から身を守るためのスプレーなのだが、これでは、人間が犬を攻撃するために使用していると言っても過言ではない。

 さらにもっとひどいこともあった。きっとこれは、ボジョの人生で最悪の日であったに違いない。ある日曜日の夕方、オレンジ色の空と、外の空気を楽しませてあげようと思い、私は玄関前にボジョをひもでつなげた。なぜこの日が日曜日であったと断言できるかというと、この後、「Extream Makeover Home Edition」という、日曜日の夜放送されるテレビ番組を見ていたからである。コマーシャルになって、ふとボジョの様子が気になり、窓から前庭を見ると、綱の先に首輪があるだけで、ボジョの姿が見えない!あわてて玄関のドアを開けると、ボジョは花壇の影に、震えながら隠れていた。いったい何が起こったのかと驚いた時、「やっと出てきた!」と、後ろから声がする。振り返ると、血相を変えた2軒向こうの住人が、子分のような女性数人と共に、我が家の玄関先まで走り寄り、「この犬が私の娘に噛み付いた」というのである。「噛み付いた」という言葉に疑問が湧いた。前にも言った通り、ボジョは決して人間に噛み付かない。しかしその住人は、私を罵倒しながら、娘は今病院にいて、このことを警察に通報すると、食って掛からん勢いなのである。その罵声を聞いた近所の主婦が、「もうそれくらいにしておいたら」と、彼女の肩を叩きその場を救ってくれたが、どうやら彼女の声は、近所一帯に響き渡っていたらしい。

 翌日、玄関のベルが鳴った。警察がボジョの出頭を要求するのかと思いきや、そこには罵声住人の隣に住む女性が立っていた。

「昨日のことが気の毒で、ちょっと立ち寄らせてもらったわ。私の息子が一部始終見ていたけど、あなたの犬は誰にも噛み付いたりしなかったわよ。あのクレイジーな女が、棒であなたの犬を叩いたっていうのが、本当に起こったこと。」

と言うのである。ということは、本当の犠牲者は、ボジョなのだ。道理で、ボジョがこの事件の後しばらく、人間を怖がるようになったのも納得できる。散歩をしていても、数人が道端で立ち話をしていれば、怖がって私の足元にうずくまるのである。

 実はこの親切な主婦が私たちの家に来る前、夫はこのクレイジー女の家に謝りに行っていた。彼女が私たちの家でわめいていた時は確か、「娘が噛み付かれ、今病院に行っている」はずだったのに、この時彼女が私の夫に言ったことは、「私は糖尿病で、色々な病気になる恐れがあるから、昨日は取り乱した」になっていた。つまり、娘ではなく、彼女自身が噛み付かれたと、話がすり替えられていたのである。この点だけを見ても、彼女が嘘をついていたことが分かるというものだ。

 犬が人間に噛み付き怪我をさせた場合、薬によって眠らされる、つまり「死刑」に処せられる可能性もある。それも人間のように裁判があったり、弁護士がつくわけではない。人間の言葉が話せないというだけで、無実の罪に訴えられても、自分を弁護することもできないわけだ。しかし物が言えない犬にも、生きていく権利があるはずである。人間の一方的な言い分だけで、簡単に犬を殺してもいいのだろうか。犬の権利がもっと守られるべきだと、私は思う。