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アメリカ生活録

 

モーテル

Isoko Durbinの著書

わかりやすいと、アメリカ人に好評!

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Isoko Durbin のブログ集

アメリカ人夫の一言

カンザスシティーの週末

 

 

 

 夫と私が旅行する時は、ドライブ旅行者用に全米各地に広がった「モーテル」と呼ばれる安ホテルに泊まることが多い。アメリカ中西部のモーテルであれば、40ドルくらいで朝食付きの部屋が得られる。朝食は大抵「コンティネンタル・ブレックファースト」で、マフィン、べーグル、シリアルなどの他に、果物が出る場合がある。私が学生時代に住んでいたネブラスカ州のオマハには、焼きたてのワッフルに新鮮な牛乳とマッシュドポテトが出るモーテルがあり、私の夫のお気に入りだった。

 私がこれまで泊まったモーテルの中で一番思い出があるのが、シカゴ旅行で最後に泊まったモーテルである。シカゴの物価の高さに驚き、1泊100ドル以上もするのに朝食も付いていない前日のホテルのサービスの悪さを、カンザスシティーにいる母親に電話で長々とぶちまけた後、夫は60ドルで朝食つきのモーテルをインターネットで見つけた。渡りに船とばかりに電話をかけると、今夜一部屋空いているという。早速予約を入れた夫は、

「どうも、ありがとう。助かりました。なにしろ、昨夜のホテルは高い上に、朝食も付いていないときたからね。それに比べたら、あなたの所は安い上に、コンティネンタル・ブレックファーストも付いている。それにあなたは、ずいぶん親切な対応をしてくれた。とてもいいホテルだとお見受けしました。」

と電話口で、そのモーテルの受付係をやけに誉めそやしていた。クーポン付きの広告で見つけた前日のホテルが、クーポンの割引を受け付けなかったことが、よほど腹立たしかったらしい。それに、朝行った1階のレストランで、「ホテルのメンバー以外の方は、朝食に10ドルかかります」と軽くあしらわれたのも、彼の怒りに拍車をかけた。その後、救世主のように現れたこのモーテルの受付係が、特別親切に感じられたのも、納得がいくというものだ。その夜の宿が決まり、私たちは安心してダウンタウンに繰り出した。

 シカゴの高い駐車料金に驚く一日を過ごし、日もとっぷりと暮れた頃、いよいよそのモーテルに到着する。大きな道のすぐ横にある駐車場の入り口に、モーテルの名前と「無料コンチネンタル・ブレックファースト付き」と書かれた看板が出ていた。「無料」と言う言葉に、夫が喜んだのは言うまでもない。

 部屋は、駐車場から直接つながっていた。つまり、部屋のドアのすぐ前に駐車をし、ドアを開ければすぐにベッドがある。中から見れば、ドアを開ければすぐ駐車場があり、その向こうには、車と人の行き来が激しい道路があるのである。部屋の中にいると、他の客が私たちの部屋の窓のすぐ前を歩いているのが聞こえてくる。隙間から中をのぞかれるかもしれないと、私はあわててカーテンを閉め直した。道路を行き交うトラックの振動もたまに響いてくる。狭い部屋に置かれたベッドの上の天井には、大きな鏡が付いていた。こういうモーテルを見た日本人が、後にラブホテルのことをモーテルと呼んだんだろうかと考えた。いつか見た映画のように、「FBI!」と叫ぶ警官が、ドアを蹴倒して部屋になだれ込んでくる情景を、少し想像してみたりする。なんだか、その安っぽさと、都会の少し危険な雰囲気が、妙におかしかった。もちろん、自分一人でこんな所に泊まるのは不安で仕方がないであろうが、夫と一緒であればその雰囲気を楽しむ余裕もあった。

 翌朝、シャワーを浴びにバスルームに入る。もちろん浴槽などという物はなく、シャンプーをするのにうつむけば、湯気が充満するシャワーが付いた囲いは、息をするのも難しいほど狭かった。

 昨夜、私は受付に行かず、車から直接部屋に入ってきたため、例の「コンティネンタル・ブレックファースト」がどこにあるか知らなかった。まだベッドで寝ている夫に聞くと、「受付事務所にある」と言う。そこで、前日以来、初めてドアを開け、駐車場横の通路を通って事務所に行くと、狭い受付のカウンターの向こうに、インド人らしきオーナーが立っていた。日本語のインターネットで読んだ「アメリカのモーテル経営者には、なぜかインド人が多い」という記事を思い出しながら、「朝食はどこにありますか?」と聞くと、「すぐ後ろにあります」と言う。振り返ると、小さなテーブルの上に、干乾びたコーヒーが底に残っているコーヒーポットと、空の皿がのっていた。「これは空ですが」と言うと、オーナーはあわてて、「ハニーバンズ」というドーナツのようなお菓子の箱を持ち出し、中身を皿の上に置いた。それも、たった2個だけである。コーヒーまで催促する気もせず、透明の袋に個別に包まれたハニーバンズをつかみ、私は部屋に戻った。

 「ハニーバンズだけ?オレンジジュースもないの?」

身軽に帰ってきた私に、ベッドの中にいた夫は言った。

「コーヒーポットがあったけど、空だった。」

と、私は答える。

「これをコンティネンタル・ブレックファーストと呼ぶのか?」

夫は、完全にあきれ返っていた。どうもシカゴでは、私たちのホテル運は良くなかったようだ。ことに朝食に関しては、このハニーバンズ以外に得た物はなく、チェックアウトをした後、ガソリンスタンドに寄って、ドーナツとジュースを買った。しかし、私は妙にこのモーテルが気に入っている。そして、その日食べたハニーバンズがお気に入りのお菓子になり、蜂蜜の味がする甘いバンズをかみ締めるたび、あのモーテルがいかに面白かったかを思い出すのである。