14-01-06 キリストの謙遜

 
(使徒聖パウロによるフィリッピ人の聖徒への手紙:第2章1-18節)(バルバロ神父訳・新約聖書参照)
 
 
 
 
 
あなたたちが,キリストにおける何かの慰め,愛による安らぎ,霊的な交わり,あわれみと同情を私(聖パウロ)に対してもっているのなら,思いを同じくして私の喜びを満たせ,同じ愛,同じ心,同じ思いをもって
 
あなたたちは*¹党派心や虚栄のためには何もせず,謙遜に他人が自分より優れていると考えよ.
おのおの自分の利益ではなく人の利益をも求めよ
 
 
 
たがいにイエズス・キリストの心を心とせよ.キリストは本性として神であったが,神と等しいことを固辞しようとはせず,かえって*²奴隷の形をとり,人間に似たものとなって,自分自身を無とされた.
 
その外貌は人間のように見え,死ぬまで,十字架上に死ぬまで,自分を卑しくして従われた.
 
そこで神はキリストを称揚し,すべての名にまさる名を与えられた.
 
*³それはイエズスのみ名の前に,天にあるものも,地にあるものも,地の下にあるものもみなひざをかがめ,すべての舌が父なる神の光栄をあがめ,「*⁴イエズス・キリストは主である」と宣言するためである
 
 
 
 
*⁵では愛する者よ,あなたたちはいつも従順であったが,私がいるときだけではなく今離れていても,なおさら恐れおののいて自分の救いをまっとうせよ
 
 
*あなたたちの中で,望ませ,行わせ,み旨のままになさるのは神である.
つぶやかず,いさかわずに,すべてを行え.
それは,あなたたちをとがのない単純な者,また迷ったよこしまな世の中で汚れのない神の子らとするためである.
その中にあってあなたたちは,世のともしびのように輝く
 
 
私がむだに走らずむだに働かなかったことをキリストの日(キリスト来臨の日)に誇れるように,あなたたちは命のことばを保て
もし私があなたたちの信仰の供え物と崇敬の上に*⁷注ぎのいけにえとされようとも,私はそれを幸せとし,あなたたちのために喜ぶ.あなたたちも同じく喜べ,私とともに喜べ
 
 
 
 
 

(注釈)

 
 
 
(キリストの謙遜)
 
*¹党派心と虚栄は愛の二つの大なる障害である.
 
*²キリストの模範を述べて謙遜を教える
キリストは神の本性を失わずに人となり,十字架上で死去されるほどへりくだられた
 ギリシア語のテキストには,神のかたち(モルフェ),奴隷の姿(スケマ)とある.モルフェは物の内面的本性を言い,スケマは
  その外部的な姿のことである.
 
*³イエズスという名の威厳の前に全宇宙がひざまずく.ヘブライ人の宇宙観によると,天と地と地の下に住むものとがそれらで
 ある.
キリストが行ったあがないが全宇宙に及ぶことを示している(使徒パウロによるコロサイ人(の聖徒)への手紙1・13-
 14参照.「神は私たちを*¹やみの権力から救い出し,愛する子の国に移さた.私たちは子において(*²御血によっ
 て)あがないと罪のゆるしを受ける.」*¹救われる前の人間は罪を犯す者,サタン(悪魔)の奴隷であった.*²後の書き入れ
 である.).
 
*⁴コロサイ人への手紙2・6参照「あなたたちは自分が受けたとおりのキリスト,主イエズスにおいて歩まねばならな
 い.」.
  このことばはキリスト教の信仰告白の中心
(聖パウロによるローマ人(の聖徒)への手紙10・9参照.「あなたが自分の口で,イエズスは主であると言い,心の中で
   神がイエズスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら,あなたは救われる.」
   (10・10―13…「人は心で信じて義とせられ,ことばで宣言して救いを受けるからである.…キリストは呼び求めるすべて
      の人に対して同じく豊かな万民の主だからである」.)
  であり,聖霊の特別な保護がなければ,こう告白しえない
(聖パウロによるコリント人(の聖徒)への手紙12・3参照.「私(聖パウロ)はあなたたちに宣言する.神の霊に感じて語る 
   者はだれも“イエズスにのろいあれ”とは言わぬ,また聖霊によらなければだれも“イエズスは主である”と言うことは
   できぬ.」).
 
 
 

(救霊のために働く)

 
*⁶よい望みを起こさせ,それを実行させるのも,神の恵みによる.と言っても人間が完全に受身なのではない.
*⁵(12節)にそのことが語られている.
 
*⁷荒野の書15・5参照.供え物の上に油かぶどう酒を注ぐ習慣だった.パウロは,新信者の信仰のためなら,自分の血をも流
   す覚悟である.