ホーム‎ > ‎

02・03-2 素直な清い心・かたくなな心

 

(聖マテオ福音書・第11章)(バルバロ神父訳・聖書参照)
 
 
 
 
(洗者の使い)(11.1-6)
 
イエズスは十二人の弟子への訓戒を終えてのち,*¹彼らの町々で教えたり説教したりするためにそこを去られた.
 
さて,牢獄でキリストの業を伝え聞いたヨハネは,自分の弟子たちを送り,「*²来るべきお方(キリスト(メシア))はあなたですか,それとも他の人を待たねばなりませんか」と尋(たず)ねさせた.
 
イエズスは答えられた,「自分の目で見聞きしたことをヨハネに伝えに行け.*³盲人は見え,足なえは歩き,らい病人は治り,耳の聞こえぬ者は聞え,死人はよみがえり,貧しい人には福音が告げられている.
私につまずかぬ者は幸せである」.
 
彼らが去ると,イエズスはヨハネについて人々に話された,「あなたたちは何をみようとして荒れ地に行ったのか.風にゆらぐあしか.何を見に行ったのか.柔らかい服を身に着けた人か.柔らかい服の人なら王の宮殿にいる.それなら,何をしようとして行ったのか.預言者を見にか.そうだ,私は言う,預言者よりもすぐれた人である.
 
 
(注釈)
 
*¹ユダヤ人らの町のこと.
 
*²ヨハネはヨルダン川でもイエズスがメシア(救世主)であることを宣言したのだから,今もそれを疑っているわけではない.
  洗者が弟子を送ったのは,自分が知りたいからではなく,イエズスの返事によって,弟子たちにイエズスがメシアであることを
  知らせるためであった.
 
*³奇跡を行うのは神のみである.何かの教えに奇跡が伴う場合,その奇跡はその教えに対して神から承認があるという証拠
  である.

 

 

 
 
(洗者ヨハネへの賞賛)(11.7-15)
 
*¹私(神)は使いを先に送る,あなた(キリスト)の道を整えさせるために〉と書かれているのはその人のことである.*²まことに私は言う,女から生まれた者のうちで,洗者ヨハネよりも偉大な人は出なかった.だが,天の国でいちばん小さな人も彼より偉大である.
 
洗者ヨハネのころから今に至るまで,天の国は暴力で攻められ,暴力の者がそれを奪う.すべての預言と律法はヨハネの時までのことを預言した.*³私の言うことを信じるなら,彼こそ来るべきエリアである.耳を持つ者は聞け

 

 

(注釈)

 

*¹預言者マラキアの書(旧約聖書の最後に収められている)3.1参照.
 

*²~*³の手前まで:

  旧約におけるもっとも尊い役(イエズスの先駆)さえも,洗礼によって与えられる恵みに劣る
  洗者が神の国の時は来たと宣言した以上,人間はその国の果実を受けるために全力を尽くすべきである.
  ヨハネの時をもって旧約の計画は終わった.
 
*³預言者マラキア(3.23)は,神なる審判者来臨に人間の心を準備させるためにエリアが再び来ると預言した.
  ヨハネはその精神,その役目上,待たれたエリアである.

 

 

 
 
(かたくなな心をとがめる)(11.16-24)
 
現代を何にたとえようか,ちょうど広場に座っている子どもたちが友だちに呼びかけ,〈*¹われわれはきみたちのために笛を吹いたが,きみたちは踊らず,悲しみの歌を歌ったのに,きみたちは胸を打たなかった〉と言うのに似ている.
 
ヨハネが来て飲み食いしないと,〈あの男は悪魔につかれている〉と言い,人の子(イエズス・キリスト)が来て飲み食いすれば,〈大食漢,酒飲み,税吏と罪人の仲間だ〉と言う.
*²けれども,知恵はその業によって正しいものと証明された」.
 
イエズスは多くの奇跡を見た町が悔い改めぬのを責められた

「のろわれよ,*³コロザイン.のろわれよ,ベトサイダ.おまえたちの中でした奇跡をティロやシドンでしていたら,彼らはずっと前から荒布を着,灰をかぶって悔い改めたことだろう.私は言う.審判の日には,ティロとシドンのほうがおまえたちよりもゆるい扱いを受けるだろう.カファルナウムよ,おまえは天にまで上げられると思ったのか.いや地獄まで落とされるだろう.おまえの中でした奇跡を*ソドマでしていたら,ソドマは今日まで姿をとどめていただろう.私は言う,審判の日には,ソドマの地のほうがおまえよりゆるい扱いを受けるだろう」.

 
 

(注釈)

 
*¹子どもらは結婚式と葬式の遊びをしている.二組に分かれてするのに,一方が一方にこたえない.
  それと同じことで,ユダヤ人は神のあわれみを拒否して,ヨハネの苦行にもイエズスの寛容にも応じようとしなかった.
 
*²神の知恵の計画は,人間の悪意があっても実現された.こうして計画の正しさが示されるのであ
 
*³コロザインはゲネサレト平原北方の村,ベトサイダは湖岸の村で,イエズス宣教の中心地であるカファルナウムに近かった
  から,イエズスの奇跡を見て改心しなかった責任は重い.ティロとシドンはフェニキの商業都市であるが,堕落の町だっ
  た.
 
 
*ソドマの町の罪について(創世の書13章,18章16-33),19章1-29参照).
 

・ソドマとは,アブラハムの甥ロトとそ家族がその近くに幕屋を張って住みついた町.

 
「ソドマの滅び」ついての話の倫理的なねらいは,西洋で「ソドミア」といわれる男色(男性間の同性愛)を打つところ
  にある
  のちにヘブライ人の法律(レビの書)では男色者を死刑にすることとなったが,このころ近東では男色の罪が広まっていた.
  ハムラビ法典では,男色の罪を大してとがめていないどころか,氏子の男色を認めてさえいた.イスラエルでも,こういう悪は
  かなり広まっていた.
  19章4-9節では集合男色の著しい例が記され,ソドマ人の男色への好みがどれほどであったかをよく証明している.
 
ソドマとゴモラの罪は,自然にもとる罪で,神の罰を呼んだ
  自然の法則によって表現される神のおきにそむくことは,人間自身の損害としてはね返ってく
 
・ある日,神の天使がアブラハムのもとに遣わされた.
 「…主は仰せられた,〈ソドマとゴモラに対する叫びはあまりにはげしく,その罪はあまりに重い.
  私にまでとどいた叫びの,そういう悪をみな,ほんとうに彼らがやったかどうか,私は見たいから,下ってみよ
  う.…〉」(18章20節)
 
 「われわれは,この町を滅ぼそうとして来たのだ.この町の人々に対する叫びの声が,主のみ前にあまりに大きくなったの
  で,主はこの町を滅ぼすために,われわれをおつかわしになったのだ」.
 
  …2人の男の姿をとった神の天使はこのように言い,光を投げてソドマの住人の目をくらまし,正しく生きていたロトとその家
  族を離れた町へ逃した.その後で,神はソドマとゴモラの町に天から硫黄と火のを降らせて滅ぼし尽くした.
 
・天からの火と硫黄とは,大地震のことだと思ってよい.神は罪深い町を滅ぼすために,地震という方法用いた.大地は
  震え,アスファルトは燃えだし,あふれて雨のように降り,谷間は地の底となった.地学的に見ても,死海の南の地帯は時
  代として若く,現代もなお不安定である.
 
 
 
 

(小さな者の幸福)(11.25-30)

 

*¹そのとき,イエズスはこう話された,「天地の主なる父よ,あなたに感謝いたします.あなたはこれらのことを知恵ある人,賢い人に隠し,小さな人々に現されました.父よ,そうです.あなたはそう望まれました

 

*²すべてのものは,父から私にまかされました.子が何者かを知っているのは父のほかにはなく,父が何者かを知っているのは子と子が示しを与えた人のほかにはありません.

 

労苦する人,重荷を負う人は,すべて私のもとに来るがよい.私はあなたたちを休ませよう.私は心の柔和なへりくだった者であるから,くびきをとって私に習え.そうすれば霊魂は休む.私のくびきは快く,私の荷は軽い」.

 

 

(注釈)

 

*¹小さな人々とは,神を見るであろうと約束された素直な清い心の人である.

 

*²神を完全に知るには,神と同じ無限の知恵がいる.すなわち,イエズスは神のまことの子であると宣言ことになる.