2008


2008年11月

ちょっと奥多摩へ---鴨沢-雲取山-飛龍山-丹波天平-丹波




夕暮れ時の富士、今回のベストショット。オリジナル画像(商用利用不可)はこちら

「山より道具」の ウルちゃんと知り合いになった。東京に行ったついでに奥多摩を歩くことにした。行動開始が13時半という非常識な時間。暗くなるまで3時間少々。ウルちゃ んはハイペース。やむをえず、こちらも飛ばす。奥多摩小屋手前で日没。非常にすばらしいビバークができた。軽くしごかれたので、翌日はターミネーターモー ドに変身してしまった。雲取山まで軽く歩き、転進して飛龍山へ向かった。やや速めのペースでコンスタントに歩く。こうなると、12時間くらい何ともないん だよ。



初日-鴨沢から奥多摩小屋手前


最初は暗い杉林を行く。

奥多摩駅12時半のバスで鴨沢へ。バスはカーチェイスのように、高速でコーナーに突っ込む。シートベルトが欲しかった。鴨沢のトイレで水を補給。 13時20分頃出発。高度は600メーター程度。ウルちゃんがハイペース。止むをえず付いていく。最初は暗い杉林の中の道が続く。廃屋もあった。奥駆けの 風景と似ていた。尾根に出ると明るい。傾斜は緩め。


尾根に出ると明るい。


防火帯。ペースが速いので少し疲れた。

ペースは上げ気味で歩く。16時20分、七ッ岩の水場。高度は1600少々。3時間で1000メーターを登った。水はちょろちょろ。浄水器で吸い上 げた方が速い。3リッターを確保。傾斜がゆるくなったので、ペースを上げる。すでに薄暗くなってきた。一応、奥多摩小屋を目指すが、どこでも寝られるよう にした。


オープニングは、この後のショット。

奥多摩小屋手前に良さそうな場所があった。一番景色の良い所にアクトを張った。ウルちゃんは少し離れた所に800グラムの超軽量テントTerra Nova Photonを張る。


少し多めの炒めご飯。

テントの外で一緒に料理。ウルちゃんはアルコールストーブで湯を沸かすだけ。私はニンジンご飯を炊いて、乾燥野菜とウインナを追加して炒め物を作っ た。食べた後で足が痙攣した。急に強い運動をしたからだろう。寝ようとすると、ウルちゃんから軽い悲鳴。テントの床はつるつるのシリコン素材床。テントを 水平な場所に移動。これは思わぬ欠点だった。21時過ぎに就寝。ウルちゃんはイビキをかく。ちょっとお疲れのようだ。

二日目-奥多摩小屋から雲取山-飛龍山-丹波天平-丹波


雲海と朝焼けを堪能する。

朝、5時に起きる。真っ暗。パンを暖めて、コーヒー。ウルちゃんを起こす。朝焼けが始まったので、写真撮影を始める。富士が少しずつ見えてくる。数十枚写す。晴天になり、6時50分出発。


よく寝てすっきりしたウルちゃん

奥多摩小屋の下の水場で2リッター確保。7時15分出発。ほぼ水平の歩きやすい道。ルートはウルちゃんが歩いていない狼平を経て、丹波平から丹波に下りることとした。バスは遅くなるが良しとした。8時05分、雲取山の山頂、小休止、記念撮影。


ターミネーターモードになってしまった。

8時15分出発。急角度で下りるが、比較的良い道。下りると水平に近い遊歩道が続く。どこでも寝ようとすれば寝られる。8時36分、三条ダルミ。


三条ダルミ。


狼平。

9時25分狼平。ここだけ木が生えず、コケが生えていた。湿地帯だが、水はない。


大きめの岩。

三山付近は険しいが、巻き道。崖際は木道が整備されている。10時55分、三条の湯分岐。少々、風が出てきた。天気は下り坂。ニコチン切れのため、 ウルちゃんが少し失速気味。飛龍山の山陰に入ると寒い。11時40分、祠の場所で昼食。コーヒーを入れて、パンとチーズと干しマンゴー。ウルちゃんはホッ トレモンとアメリカ製のチョコレート入りのエナジーバーのような食べ物。12時出発、曇り、わずかに雨粒が落ちた。12時40分、前飛龍の手前。ウルちゃ んが前回宿泊した場所。


道は落ち葉で覆われて見えない。

13時30分、熊倉山。落ち葉が敷き詰められた素晴らしい道が続く。サオラ峠。中高年の集団とすれ違う。サオラ峠を教えた。落ち葉の尾根道を快適に進む。


丹波天平(たぱでんでえろ)

14時45分。丹波天平。かなり広い平らな尾根。ここから急角度でジグザグに丹波へ下る。ちょっとウルちゃんが疲れてきた。すでに行動時間は8時 間。こちらは大丈夫だが、柔らかインソール(シンフィット)が滑りがち。やはりこれはダメだった。帰りにさかいやで交換してゴミにした。


丹波(たぱ)の町

16時、丹波に到着。バスの時刻は18時半ではなく、16時半だった。待ち時間の間、ウルちゃんはパンを食べ、ビールを一杯。こちらは、超高速で温 泉に入った。帰りのバスの運転は優しかった。駅前食堂で夕食とした。ウルちゃんはイワナの乾物で一杯。こちらは、ヒレカツ定食に野菜炒めを追加。田舎の良 心的な食堂。18時に別れた。









2008年9月 

E-Smileでの歯列矯正が終了




主治医の有本さん

ちょっと見ると、普通の青年に見えるが、人を外見で判断してはいけない。その正体はこちら。


世話になった皆さんと卒業証書


左は昨年10月の状態(1本壊れている)、中央は完成予測、右は今年8月の模型

58歳としては、驚異的な移動速度だろう。たったの10ヶ月。まだ歯は安定していないので、後戻りを防ぐために、右の模型にあるリテーナーを装着す る。脱着自在で、しばらくすれば夜だけの装着になる。これからもメインテナンスはずっと無料。あきれる。一回の診察は1~2時間。20回くらいは通ったか な。金は最初に払っただけ。矯正医は、あんまり儲からない商売だ。

治療は第一ステップが終了しただけである。長年、乱れた歯列で、歯周病だったので、歯槽骨は、溶けて薄くなっている。上顎奥歯がないので、放置すると、歯列が乱れてくる。今後は(堂島ペリオインプラントセンター)のお世話になる。治療は三ステップで、まず歯槽骨の補填手術、次にインプラント基部の埋め込み、最後にインプラント上部の装着。インプラントは計4本程度打ち込む。費用は最大で200万円ほど。身から出たサビ。やむを得ない。良心的な価格設定である。

追記:再生医療が成功とのことで、インプラントは上顎2本でよいことになった。



このHPを見てしまった人へ


  • 歯列は矯正しておいた方がよい。血液の循環が良くなるし、ブラッシングが簡単になる。その結果、歯周病が防げる。歯周病になると、自覚のない間に ゆっくりと歯槽骨が溶けていき、ある時に抜け落ちる。インプラントはどうしても、費用がかかる。最初に矯正に投資しておけば、その必要がなくなるし、トー タルの費用が安くなる。
  • 歯周病なんか気にしないという手もあるが、ちょっと医学文献を検索してほしい。歯周病は全身の免疫系に悪影響を及ぼす。血管系や心臓疾患にも関係している。たぶん、寿命を縮めているはずである。
  • 歯が抜けたら、ブリッジ、入れ歯という方法もあるが、これは、もはや医学的に見るべき価値がない方法。ブリッジをすると、支える両方の歯に負担が くるし、欠けた部分の歯槽骨が溶けていく。最終的に両方の歯も抜ける。もちろん、入れ歯はどんどん歯槽骨が溶けていき、1~2年もすれば作り直しになる。 現状で、最善の方法はインプラントらしい。手術は腕の良い医者を選ぶこと。
  • 浦野さんから聞いたところでは、歯肉の再生医療はまだ事例報告しかなく、再現性が乏しいとのことだった。つまり、若くて再生能力の高い、うまく いったケースだけを報告しているようだ。アウトドアでも、歯はどんどん溶けるので、一日に一回、ちゃんとブラッシングをしないとダメだぞ。




  • 2008年8月 

    蓮華温泉-雪倉岳-朝日岳ー黒岩山-小滝駅



    内面から滲み出る人相の悪さだな(雪倉岳にて)

    奥様がストレスで倒れる寸前。治療のため、連れ出して半殺しにする必要がある。二泊三日しかダメと言われたが、ルートがとれない。アプローチの関係 で前泊の許可をもらった。ゼロ泊目は蓮華温泉。バスで標高1400メーターまで行けるし、温泉もキャンプ場もある。一泊目は鉱山道をまっすぐに上がり、雪 倉避難小屋まで。標高差が少ないし、楽勝のはず。二泊目は朝日小屋などに寄らず、まっすぐに北上し、黒岩平で水を補給し、寝床は黒岩山か、その周辺。最終 日は、奥様の体力次第。中俣新道から小滝駅が原案だが、そのまま日本海に抜けてもよい。ちなみに、奥様の荷重は水抜きで7.5キロ。私の方は水抜きで24 キロ(四日×二人分)。

    初日-温泉とキャンプ


    バックパックは超気。蝶番とアルミプレートを一回り大きな物に変更した。

    10時前のJRで平岩に行った。バスを待つ。昼食はコーヒーとパンとチーズ。下りてきた登山者に聞くと、落雷と風雨で大雪渓で4名が行方不明。ま た、ツアー登山でリーダーが急死したという話もあった。登山道は川だったそうだ。今年は白馬でバタバタと人が死んでいた。ただ、天候は回復して問題はな い。12時半のバスで蓮華温泉へ。13時半着。


    蓮華の森キャンプ場

    500メーターばかり歩くと靜かなキャンプ場。水洗トイレは比較的きれい。テントは一つあった。離れた所にテントを設営、14時半。温泉に入りに行 く。片方が全面ガラスの風呂。素晴らしい眺望。800円は少し高いが、キャンプ料は一人300円と安い。16時、テント場に戻る。生水は飲むなとあるの で、浄水器で6リッターを確保。4時半に飯炊き開始、5時半頃から食事。 

    歯に注目。矯正はもうすぐ終了。

    メニューは相変わらず、ウインナと高菜の炒めご飯とパックのお豆さんとフリーズド・ドライの中華スープ。この後、ウインナがサラミに変わるだけ。何か、新メニューを考えないといけない。

    キャンプ場に4~5人来た。テントを張るのを見るとド素人。何度も張り直している。やばい。食事も終わったし、テントをキャンプ場の入り口に移動した。まったく音が聞こえなくなった。19時前からぐっすりと11時間程寝た。

    二日目-鉱山道

    4時半に起きる。晴天。パン、チーズ、マンゴー、コーヒーの朝食。6時出発。一時間少々は良い道。川の上流に向かうとガレ場、かなりの急勾配。


    遊歩道の鉱山道への分岐


    川に出ると、いきなりのガレ。道が消える。


    丸太橋はあった。

    昭文社の地図は丸木橋がないとあるが、ボロボロだがあった。川を渡って少し行くと道が地図から外れて上流に行く。しかも腰までの草でずぶ濡れ。道は 不明瞭。GPSでログを取っているので、食い違いが分かる。古い道から150メーター程度上流に外れていて、T字路になった。当然、上流への道は違う。下 流へ向かう。




    しなのなでしこ


    みやまきんぽうげ

    しばらくすると良い道になり、古い地図と一致してきた。花も多い。時々、腰までの草を掻き分ける。川跡のような所を登り、鉱山事務所跡、9時45分着。コースタイムからかなり遅れている。9時55分出発。少し歩くと、池塘群。記念撮影。


    池塘


    おれ


    白山こざくら


    急勾配の雪渓。奥様は右の赤い点。


    小蓮華山の稜線

    11時、2000メーター地点で昼食。少し歩くと、急で幅の広い雪渓。危ないので12本爪のジュラルミン・アイゼンを出して突破。奥様も乗り切っ た。その後も急な雪渓が3つ続いた。そのたびにアイゼンを着ける。結構、危ないルート。しかも誰も通っていない。13時、塩谷精錬所跡で小休止。


    鉢ヶ岳

    ゆっくりとした登り。黒いザクをへてやっと稜線の分岐に出る。14時半。予定より2時間ばかり遅い。すこしガスが出てきたが、ルートはなだらかで問題なし。日本海まで向かう女性一人。


    雪渓は前回よりも大きい。傾斜が緩いのでアイゼンは使わない。


    うるっぷ草


    やった!

    15時半、雪倉避難小屋の横にテント設営。ペグを軽量化して少ししか持ってこなかった。これは失敗。サイドの細引きは岩で固定。かなりの強風でテントがゆがむ。水は小屋の上の雪渓で得られた。6リッターを確保。浄水器の音を聞いて雷鳥の子供が3羽近づいてきた。

    避難小屋は男2名、女2名。飯炊き開始5時。ニンジンご飯を炊いて、サラミと乾燥ほうれん草と炒める。6時40分、食事終了。一時ガスが出て風が強かったが、天候が回復して、風がとまった。7時過ぎに寝た。夜は天ノ川が見えた。

    三日目-雪倉岳から栂海(ツガミ)新道

    3時半から目が覚める。4時に起きる。晴天。パン、チーズ、コーヒー、マンゴーの朝食。奥様は明け方少しか眠れないという。こちらも少し頭痛がする。高所障害か。標高は2400メーター。


    雪倉岳の雷鳥のお母さん(子供5人連れ)

    6時前に出発。雷鳥の親子がすぐ傍にいて逃げない。何枚も写させてもらった。


    雪倉岳から朝日岳を見る

    雪倉岳、6時45分。雲が出ていて完全に晴天ではなく、下り坂。6時50分出発。


    まつむし草


    雪倉岳下部の岩稜


    水芭蕉


    白山こざくら(?)

    大町まで抜けるという女性とすれ違う。山小屋泊まり。12本爪アイゼンを見てびっくりしていた。ジュラルミンで、390グラムしかないと分かればもっとびっくりしただろう。技術の無さは器財でカバーする。安全第一。

    朝日岳への分岐9時45分。幸いに登山道に雪がない。まっすぐ登り、朝日岳、11時15分。登りはコースタイム通りだった。コーヒーを作ってパンとチーズで昼食。11時50分出発。雲が湧いてきた。12時半、栂海新道入り口。


    朝日岳直下の雪渓で水を補給


    長栂山の近く


    あやめ平の入り口

    13時10分、小雨がぱらつく。雨具の上のみを着る。しばらくすると止む。14時アヤメ平。実際はアヤメ平の標識はまだ先。標識の所にあやめはない。 
    黒岩平の手前

    黒岩平に建物が見えた。避難小屋だろうか。行ってみると、木道工事の作業小屋。天国のような場所で地獄の様な労働か。奥様は限界が近づいている。し かし、有名なキャンプ禁止地区。水を6リッター確保。5リッターをパッキングする。その時に工事の人が背負子にロープを背負って登ってきた。少し話す。サ ワガニ山岳会の連中が勝手に道を造ったので、その補修に二千万とか三千万、国の予算をつぎ込んでいるんだと文句たらたら。この辺だってあいつらがテント 張って裸地にしたんだ。そうだよな。あいつらがみんな悪い。あいつらが道を造ったために、こんな所にたこ部屋造って、放り込まれるんだから。

    下の方に沢があるし、オレの見えない所ならテント張って良いよという。黒岩山で植生が変わるから、そこなら良いだろうと答える。残り4名、歩道整備をしていた。あちこちに歩道の板を投下して、植生に相当のダメージを与えている。酷いものだ。


    最後のおおきな池塘


    黒岩山山頂付近

    中俣新道との合流点には蚊が多く、水平な場所があまりない。17時、山頂近くの平な所にテント設営。奥様はバテて切れる寸前。しかし、今回はしぶと い。食事の用意を手伝ってくれた。夕食は再び、サラミと乾燥野菜のピラフ。お豆のパック。中華スープ。10年、サラミは食いたくないと言ったが、止むをえ ない。蚊は多かったが、風があったし、比較的マシだった。19時半過ぎに寝る。ガスの中。

    四日目-中俣新道を経て小滝駅まで


    中俣山へ向かう

    4時に起きる。ガスの中。パン、チーズ、コーヒー、マンゴーの朝食。蚊は多い。6 時少し前に出発。樹林帯を抜けると草原状になる。下り勾配はきつめ。7時10分。道が川になっていた。水を2リッター確保。1055メーター地点。急角度 で下りて中俣山に向かうが、道は付け変わっていて碁盤平へは向かわない。南側の尾根を行く。GPSの2万5千分の1も、昭文社の地図も間違い。ログですぐ に分かる。

    水平な場所を進むと、いつの間にか中俣山。8時10分。標識はない。小休止。ここから急な下り。慎重に進む。最後の高度差100メーターの所、やはり、尾根筋に道が付け替えられていた。これもGPSのログで分かった。


    鎖が三本続く一番急な場所


    中俣小屋

    しかし、僧ヶ岳の片貝からの登りよりは全体的に道がよい。9時45分、中俣小屋。小休止。水を2リッター確保。ブユ多い。10時出発。林道に下りて 木陰てコーヒーとお菓子。ここからまだまだ遠い。10時40分出発。小さな滝が多く、景色は良いが、時々ブユの集団に取り囲まれる。奥様はスピードアッ プ。


    小さな滝


    ヒスイ峡の岩山

    コースタイムは3時間だが非常に遠い。しかも非常に暑い。ヒスイ峡を通り越す。延々と歩いてやっと人家が見えた。自販機の場所でポカリを一つ飲む。 小滝駅着は14時半くらい。温泉はない。身体を拭く。15時2分のJRに乗り、糸魚川で乗り換えて、富山まで戻る。観音湯に入り、17時半、大和のビッ フェに向かう。品物は少ないし、昼と変わらないが、ローストビーフは旨かった。満腹するまで食べて、バスで帰宅。

    今回の優れもの

  • ジュラルミンの12本爪アイゼン。鉱山道は、よく見ると経験者向きと書いてあった。ド素人には危ないぜ。点線で描いてくれよ。
  • map60 Csx。やはりGPSの威力は絶大。地図の間違いまで分かる。
  • 注意点。中俣小屋から小滝駅まで20キロ近い。栂海新道で日本海まで歩いた方が楽。タクシーも呼べない。栂海新道のエスケープルートとあるが、車が用意できないとダメ。
  • 注意点。蓮華の森キャンプ場は、蚊とブユが多い。蚊取り線香を持って行った方がよい。


  • 2008年7月 

    体細胞のリセット



    宇奈月ルートの白根葵

    日経サイエンスに、抗がん剤を投与する前に48時間の絶食をすると、体細胞が生き残りモードになって、抗がん剤がよく効くという記事があった。薬を 継続的に投与する場合は、いつ食べれば良いのか、心配になった。ともかく、強い負荷をかけると、体細胞が生き残りモードになって、リセットされることくら い、30年前から知っているし、実行している。

    ストレスで疲労がたまり、奥様が不在、しかも週末。三つの条件が揃ったので僧ヶ岳を軽く歩くことにした。二泊三日分の食料は持ったが、奥様がお戻り になるので、二日の予定。水抜きで17キロと私としては軽め。二日目には雨になるが、良いだろう。宇奈月ルートで上り、北駒ルートでトチの湯に戻りたい。 さて、どうなったかというと。

    一日目


    毎日、昼はサラダだけ食べている。昼の弁当は久しぶりで、幸せなのだ。

    5時に起きて7時のJR、富山から北越に乗り換え、魚津で地鉄、宇奈月からタクシーで第一登山口までいく。一応、これで最速のアプローチ。第一登山 口は標高600メーター地点、9時出発、むちゃくちゃ暑い。10時20分、1040メーター地点。荷物(本体17キロ、水2キロ)が軽い(?)ので、速 い。標高1200メーターくらいの小屋跡でコンビニ弁当を食う。割といけた。朝早く登って下りてきた人に聞くと、駒ヶ岳方面は雪が無かった。こちらから登 る所に一ヵ所急勾配があり、アイゼンを出そうかと思ったといった。


    雪渓のどす黒い水だが、濾すと旨い。


    1リッターでこれだけ汚れがたまる。

    11時10分出発、しばらくすると単独の青年が追いついてくる。宇奈月駅から歩いてきたという。なかなかの健脚。ただ、雨具を持っていないという。 ちょっと心配。こちらはペースが遅いので先に行ってもらう。白根葵があちこちに咲いていた。写真を撮りながら歩く。宇奈月ルートもなかなか良い。池の所で 手持ちの水を4リッターにする。


    良い雰囲気だろう。

    山登りのプロらしい女性が登ってきた。ハイペース。北駒ルートを聞くと、雨になると、川があり、徒渉できないという。テープは着いているが、道も整 備していないという。明日は雨だ。ダメっぽい。この女性2時まで行動して、引き返すと言う。この人とは前僧ヶ岳の少し前でもう一度会った。前僧ヶ岳頂上で 引き返したという。さすがプロ。無理はしない。


    頂上手前の丘で

    14時10分、前僧ヶ岳。ガスが少し出ている。頂上の直前の急な丘で、立派なヒゲを蓄えたおじさんと話しをする。若い時は僧ヶ岳を自分の庭にしてい た、山桜を写しに来たという。もちろん、こちらも山桜が一本あったのを知っている。ただ、このおじさん、サクランボができる時に来て、いただいて帰るとい う。さすが。歯がきれいで、さわやかな笑顔のおじさん。うらやましい限り。歯並びは矯正できても、山が好きでないと、こんなきれいな笑顔にはならない。俺 はだめだな。写真を写してもらった。しばらく立ち話をしていたら、朝、会った青年が下りてきた。時刻は14時半に近かったので、ちょっと心配になった。後 でメールをもらうと、5時半に宇奈月駅に着いたという。相当の体力の持ち主だった。 

    僧ヶ岳山頂の木陰の別荘

    こちらはのんびりと最後の丘を詰める。雪渓があり、水が流れていて汲める場所があった。頂上は3時過ぎに着き、テント設営、水の確保にいき、水の在 庫を4リッターにした。身体から臭い汗が出たので、すっきりした。薄い靴下を履いていたので、右足のかかとの上の皮膚がめくれてしまった。暇なので、湯を 沸かし、ココアを飲む。4時半過ぎから飯炊き、夕食はウインナと乾燥高菜の炒め物、お豆のパック、インスタント味噌汁をダブル。18時過ぎ、少しラジオを 聞いて寝る。ガスにはなったが、雨は夜中くらいから。10時間以上、うとうとと寝た。

    二日目


    山頂近く。一応、暴風雨です。

    4時半に起きる。雨は本降り。風も強い。テントは木陰なので、問題なし。食料は十分あるし、1日寝ていたい所だが、奥様が帰宅。動かざるをえない。 朝食はパン、チーズ、コーヒー。パンはダブルで食う。昼飯がいらない程度。片貝へ下りようと思ったが、天気が悪すぎる。安全を見て烏帽子尾根から森林公園 にくだることにした。6時15分出発、暴風雨。特に仏ヶ原はひどい。登山道は川になっていた。7時20分、宇奈月ルートと烏帽子ルートの分岐、8時30 分、林道に合流した。 

    烏帽子尾根から宇奈月方面。大荒れです。

    烏帽子山、9時20分、小休止。11時30分、森林公園の管理事務所、ここは鍵がかかっていないので、入って服を着替える。シャツまでびしょ濡れになっていた。昼飯としてコーヒー、チーズ、お豆のパックを食べる。

    12時15分出発、新しい林道がやっと開通していた。思っていた場所に合流。下立口、2時30分、ちょうど電車が出た所。公衆電話は何処にもない。3時13分まで待って、魚津で乗り換え、自宅は5時過ぎ。ピザ職人の仕事が待っていて、なかなか厳しい。まあ旨かったよ。


    杉が伐採されて、巨大な送電塔がむき出しになっていた。

    体細胞の方はきちんとリセットできましたよ。せっかく良い生活をしていたのに、しごかれて殺されると思ったんでしょう。



    2008年5月 

    ツール・ド・莊川



    清見村のしだれ桜

    「ウォンウォンウォーン!春だぞう。走りたいようと、雄ネコと同じ神経メカが台頭。ゴールデンウィークは何処にも行かない予定だったが、落ち着かな い。お蔵入りのクロカン・スペシャルのクモの巣を払った。もうダメだ。奥様に特別許可をもらって疾走した。ルートはワンパタンだが、庄川を遡り、莊川村を 抜け、下小鳥ダム経由で、角川、猪谷、富山と抜ける巡回コース。とりあえず、どこかを走りさえすればよい。三日を予定していたが。

    一日目


    庄川町へのアプローチ

    朝、4時頃に目が覚めてしまった。6時出発。黒河集落、10年ぶりで、ほとんど忘れていた。6時半、昔住んでいた太閤山。旧道を走り、庄川町手前から川沿いの農道に入る。8時10分、庄川町。自転車が非常に重く感じる。荷物のバランスもとれない。


    庄川上流、大牧温泉手前


    祖山近くの休憩所


    脇道で下梨へ


    小原ダムの脇道、正面はくろば温泉

    9時20分、祖山近くのトイレで写真を写してもらう。10時、下梨着。トチモチを3つ食う。うまい。315円と値段は高め。10時15分出発、まだ50キロしか走っていない。右足がだるい。10時50分、菅沼合掌集落。観光客が一杯。左足内側の股が痙攣。小休止。


    味噌カツどんぶり750円

    11時10分、上平、道の駅で味噌カツどんぶりを食う。量は少ないが、トチモチを食った後だし。鮎の握りなんか、食いたくないし。

    足が疲れている。ブランクが長いからか。白川の合掌集落の手前のトンネルから渋滞。トンネルの中を1キロほど歩く。車だらけ。13時40分、鳩谷ダ ム。帰雲城入り口、水あり、キャンプはできるがしたことはない。2時半、平瀬。バイパスができて、村の中は車なし、しらみずの湯に入る。600円、15時 10分、出発。みぼろダムの登りで、左股の内側が再び痙攣。引き足が使えない。少し歩いた。


    みぼろダム


    莊川桜

    16時20分、莊川桜、かなり散って青葉になっていた。車の列がひどい。レストハウスは満杯で見る気になれず、キャンプ場は二ヵ所満杯、バンガローもできていた。10年ぶりだから変化が激しい。水をいただいて逃げる。


    行き止まりの道に入り、ちょっと上を探すこと。簡単だよ。

    橋を渡って、行き止まりの道に入り、道の上にテント設営、小川もあって水を1リッター補充した。ツナ缶と高菜の炒め物、お豆さん、味噌汁。7時前に寝た。

    二日目


    白川街道の家、久し振りなので懐かしい。

    5時に起きた。昨日は110キロ走っていた。ペダルは靴に合わない。サドルは固すぎる。チーズ、高級クルミパン、マンゴーとコーヒーの朝食。6時半出発。小雨、8時15分、むまや。雨は気にならない程度。雨がひどくなる。松の木峠は高速道路で切り開かれていた。


    しだれ桜


    これも桜

    人家の傍の桜も綺麗だ。9時、清見村、豆腐屋さんは大きくなっていた。豆腐はまずいが。


    下小鳥ダムへ向かう


    下小鳥ダム

    しばらくして雨が降ってきた。寒い。10時20分、下小鳥ダム。相変わらず綺麗な所。何度か寝たこともある。

    11時10分、角川。食堂がない。もう少し走る。宮川村もJAが休みで、店もない。杉原の酒屋さんでパンとレモン飲料を買い、チーズと合わせて昼食。


    打保駅

    打保駅はすっかり変わっていた。昔の駅舎は古かったが、掃除が行き届き、広くてマンガの本も置いてあった。新しい駅舎は、5人程しか座れない。何も置いていない。駅前の人家の庭も荒れていた。10年以上前は、綺麗な花が植えてあったが。


    楡原からの神通川、いつも脇道を走る

    蟹寺まで、3キロくらいの長いトンネルがあった。30分は短縮できた。13時半、41号線と合流。細入村の道の駅で、栗あん入りの回転焼きとトチモ チを食べ、コーヒーを飲む。15時、笹津駅、駅舎が立派になっていた。雨、雨具は上だけ。ゆるい下りなので、時速30キロ以上で走る。最高速度54キロ。 少し道に迷うが適当に走り、16時10分、自宅到着。計242キロ走った。

    二日目は自転車を完全にコントロールできたし、脚も痛まない。非常に気持ちがよかった。このコース、松の木峠は標高1085メーター。アップダウンもあるし、きつめのコース。二日で走ったのは初めて。









    2008年4月 

    交通事故に遭遇



    写真はイメージです。

    視力が衰えていたのか、道を横断する時に車にはねられた。たまたま、20キロ近いバックパックを担いでいて、本格的な中華鍋をバックパックに仕込ん でいた。車の被害だが、たぶん、バックミラー基部の破損は間違いない所。何しろ、中華鍋がモロにぶつかった。ボンネットも多少凹んだかな。私の体重とバッ クパックで100キロだし。可哀想なことをした。

    被害状況

    脹ら脛上部に強度の打撲傷。臀部右側に軽い打撲傷。事故直後、仰向けにひっくり返ったのですが、メガネの位置ずれなし。立ち上がって脚を点検して も、骨折なし。それで、車の人とはすぐバイバイしてしまいました。これは良くないようですが、かといって、結果は同じだったようです。

    筋繊維に損傷があるので、一日後に軽い挫滅症候群を予測しました。その夜、寝汗をかいて、これはクリア。自然治癒で、脚の力が1割アップ、痛みは一割減少。3日後に屋久島行きなので、たぶんOKという結論をくだしました。

    屋久島に行く途中、大阪のE-Smileに寄って歯列矯正のワイヤー交換。今回は強烈な極太ワイヤー。歯槽骨が融けてます、また、出来ますと、有り 難いお言葉。ワイヤー交換すると、ストレスがあり、二、三日、身体が浮腫むんです。多少の弊害くらいありますよね。気にしないで、屋久島病院へ直行しまし た。

    屋久島病院にて


    海楽園キャンプ場。私のテントはガジュマルの木の下。

    とりあえず、キャンプ場へ。ここはすぐ傍に「わいわいランド」という宮之浦で一番品物が揃っているスーパーがある。食い放題モードに突入。天気予報によると、二日後に前線が来て、大雨となる。登山はその後。

    白谷雲水峡リハビリハイキング

    くたくたに疲れて、6時まで寝た。ヨーグルトとバナナ、パン半ダースの朝食。バックパックの中身には手を付けない。市役所前のバス停で待つ。マツバ ンダ交通のバスが来た。乗るとすし詰め状態。8時半に到着。珍しく協力金を払い原生歩道に入った。入ると人がぱたっといなくなる。久しぶりなので、ゆっく りと撮影しながら散歩する。右脹ら脛は、引っ張られると痛いが、歩くには支障がなかった。


    三本足杉


    三本槍杉


    奉行杉

    9時半、白谷広場、白谷小屋への道と合流。人が多くなったので、すぐに下る。11時15分、一回りが終了。バスは出た後。歩いて帰ろうかと思った が、少し足が不安なので、楠川前岳への登り口を探索。道が崩れていて、以前とまったく違っていた。今度は登り口にははっきりとテープがあった。いずれ登る ことにして、飯を食ってバス待ちをする。矯正ワイヤーの締め付けから頭が少し痛い。ロキソニンを一錠飲む。

    栗生へ移動

    9時半、テントを畳んで出発。9時47分、バスで島の南に行くと、雨が本降りになった。時間もあるし、途中、尾之間で降りて風呂に入る。やはりここ は最高だった。土砂降りの中、慌てて生協で買い物をして、バスに乗り込む。終点の栗生橋で降りた。運ちゃんは小太り、刈り上げ。鹿児島交通だが、栗生出身 なので回されたという。


    トイレ野宿に近いな。下がコンクリートで設営しにくかった。

    12時半、栗生橋。シャクナゲ園は4月から開園というが人がいない。トイレがあり、屋根があってベンチもある。鮭弁のおかずのみを食べて、シャクナ ゲ園を見学。咲いているのは西洋シャクナゲだけ。川沿いの立派な所。ただし、アップダウンがかなりあり、敷石が滑るので危険。抜けると普通の道、立派な水 洗トイレもあり。地図に載っていない楊子橋があり、ぐるぐると林道が続いた。地図も持って行かなかったので、迷うといけないので、中止して引き返した。

    午後2時トイレの場所に戻った。3時、テント設営、寝転んで本を読む。ロキソニンを一錠飲んだのでだるい。ヤン坊マー坊の天気予報が更新されていな い。なぜだろう。4時、少し眠くなってきた。鳥がうるさい。巣にしているようだ。飯を早めに炊いてウインナと高菜の炒め物を食べた。18時半、寝てしま う。

    一日目(旧栗生歩道)

    5時15分に目が覚めた。ピザパン2枚とマンゴーの朝食。風が強い。6時45分出発。7時、栗生小学校。7時46分、90メーター地点、水有り。8 時、左手に滝。9時、315メーター地点、水有り、分岐はまだ。しかし紛らわしい分岐も二つあった。オタマジャクシのいる水たまりから水を失敬。2リッ ターとする。最後の分岐、9時17分。立派な林道が右に続く。420メーター地点。入り口が見つからない。少し道が付け変わっているようだ。やっと古い地 図より50メーターほど先にテープが見つかった。


    登山道入り口は、4キロの標識の100メーター先くらい

    9時55分、侵入を開始。旧栗生歩道は、点線でしか表示されていない上級向きコース。危ないので緊張する。11時、650メーター地点。テープは いっぱいある。道もまずまず。ただし、荷物が重い。体調が悪いためか。11時半、風が冷たいので、日だまり、710メーター地点で、昼食とする。気温は 10度。11時40分、出発。920メーター、道が分からなくなったので戻る。テープを一つ見落としていた。


    ちょっと面白い杉

    12時46分、強風、冷たい。再び、赤テープがいっぱいある。13時半、水場あり、985メーター地点。広場風の所あり。強風、1020メーター、 赤テープはなだらかな道から左に逸れて藪の中に入る。テープに従う。一時テープを見失うが、戻って見直すといきなり頭上に変化していた。

    テープに従うとほとんど道ではない。崖に近い急勾配をジクザクに登ると木の根があり、テープが喪失。二回登り直してやっとテープを発見。木の株の向 こうに平坦な道があった。しばらくして水があり、GPSでマーク、1085メーター地点。旧道と合流した。たぶん、旧道の一部が落ちたのだろう。ひどい迂 回路だった。


    穴の空いた杉

    14時44分、水有り。道の先が分からないので、バックパックを置いて、探検する。しばらくすると巨木群。ガラスビンがあったので、これが山林官舎 跡。横倒しの巨大なほら杉あり。水もある。テープにしたがって進むと10分くらいで林道に出た。林道と言ってもど真ん中に木が生えているので、車は走れな い。


    素晴らしいテント場

    3時40分、引き返して、山林官舎跡の手前の日当たりの良い道にテントを設営。なかなか雰囲気の良い場所。水は4リッター確保。きついコースだった。道らしい所を行くと迷う。赤テープは真上とか真下にあることがあり、難コース。あまいものこさんの記述と違うのは道が崩れたためだろう。17時半、夕食。ラジオは入る。

    二日目(栗生歩道)


    栗生歩道は傾斜も緩く、歩きやすい。

    パンとチーズとマンゴーの朝食。今日は4時間半コース。半日かければ楽勝。水場があるので1リッターにする。6時45分出発。今日は風がない。林道 6時55分。上着を雨具だけにする。7時10分出発、7時40分、Tシャツだけになる。道ははっきりしている。傾斜も緩い。9時5分、勢いよく流れている 川があった、1370メーター地点。とりあえず水を補充。テント場に出来そうな良い場所。9時20分出発。9時37分水場を横切る。GPSでマークする。 9時55分、花之江河まで3キロの標識、やっと半分だった。1460メーター地点。電話はつながらない。10時40分、花之江河まで2キロの標識、 1530メーター地点。少し腹が減ってきた。11時、日だまりで昼食。後1キロ程度。11時25分出発、露岩あり。12時7分、遠くに前線の雲が見える。 一週間晴れの予報はやっぱりウソか。花之江河、12時半着。人間は立ち入り禁止なのに、鹿が縦横無尽。なんだこれは。


    花之江河、鹿がめちゃめちゃにしていた。

    天気が良いので先に進む。黒味岳にカメラを片手に登る。これは良くなかった。ロープが何本もあった。登ると絶景。永田岳まで、ほとんどの山が見える。穴場だった。


    黒味岳から宮之浦岳、永田岳などを俯瞰する。

    先に進もうと思ったが、1時半なので、花之江河の秘密の場所まで引き返してテント設営。2時。2時半、水4リッター確保。明日は雨でもいいやと、コーヒータイムにしてどら焼きを食べて寝転んで本を読む。たまにはこんな山登りもいいや。


    花之江河の秘密基地

    3時15分、空気が冷たくなってきた。Tシャツは3枚全部着る。まったく人が通らない。どうしたのだろう。石塚小屋の利用者はゼロか。4時半、寒く なってきたので飯を炊き始める。文庫本を読む。相変わらず、高菜とサラミの炒めご飯。お豆のパックとスープ。18時、食事終了、上手かった。明日の天気は 午前中は保つと言う予測。弱い前線。写真は写したし、まあ良いか。7時40分、眠れない。運動不足か、パンとチーズを少し食べる。気温はテント前室で零 度。あまり寒くない。

    三日目(宮之浦歩道から永田歩道)

    5時40分まで寝てしまう。曇り。6時10分、食事終了。6時50分出発。幸い、雲はかかってこない。見通しはよい。7時半、投石岳直下のテントサ イト。ここでも良かったかな。気温2度、ショーツで歩く。宮之浦岳まで2キロ。最後の水場で、水を補給、1リッター満タンにする。後1キロ。資材置き場が あり、ここでもテントは張れるが、風が吹くとひとたまりもない。投石岳直下が良いだろう。8時50分、翁岳直下の人間風モニュメントを写す。 

    翁岳直下のモニュメント1


    翁岳直下のモニュメント2


    栗生岳頂上付近から、翁岳、安房岳、投石岳、黒味岳


    宮之浦岳で記念撮影。

    9時15分、栗生岳。9時45分、宮之浦岳。風が強くなってきた。天気は後2~3時間保つか。今回はまったく人がいない。


    永田岳。


    永田岳から見た宮之浦岳。

    10時6分、三叉路。10時20分、無口な登山者とすれ違う。三叉路に荷物を置いて永田ピストンの人。表情にゆとりがない。天気は曇り。永田岳頂上 の岩場に登り撮影。永田がよく見える。そろそろ雨が近づいてきた。12時20分、鹿の沢小屋。開け放し、無人。外で昼食とする。

    12時55分出発。八井の鼻の水場まで行くことにした。鹿の沢小屋の水は旨い。水場 は途中にあるので、水は1リッターとする。歩いて10分で良いテント場あり。ガスが下っ てきた。13時半、川を渡る。14時、桃平展望台。14時25分、桃平。手前には雪はあっても 水はなかった。良い場所だが先に進む。

    14時50分、雨になる。雨具を着る。姥が岩屋。良い場所だが水はない。16時、やっと水場に到達し、テント設営。テント場は川を渡り、道を登った 所。一張りしかできないが水はけもよいし、ベストの場所。雨が一時上がる。水を4リッター確保してくつろぐ。夕食は例のメニューだが、最終になるので、お 豆のパックはダブルで食った。


    八井の鼻の水場近く

    四日目(永田歩道)

    夜の間、結構、雨が降った。一週間晴れの予報はやはり外れた。7時20分出発、7時45分、竹の辻。長袖下着を脱ぐ、水は1リッターにする。8時20分7つ杉、8時20分、竹の辻の標識。9時15分、水あり、バックパックを下ろして小休止、第三休憩所の辺り。


    雨もまた良い。

    道が付け変わっていた。10時、登りの登山者と会う。旧道との分岐の件を注意する。10時18分、水鳥沢、小休止。10時25分出発、水は補給せ ず。10時50分、昼食とする。700メーター地点。11時15分出発。テープがなくなり、道もなくなる。漁師沢に下りる道に半端にテープが付いていた。 引き返すのも面白くないので、GPSを頼りに尾根筋に出る。テープがあった。やはり分岐していたようだ。今度は迷わずに13時26分、永田歩道入り口に到 着。小休止。少し歩けば横側渓谷の公園があるので、そこまで歩いて、コーヒータイムとする。バスは3時10分しかない。ゆっくりする。

    2時半、バス停まで歩くと、休憩所から「お帰りなさい。ご苦労様でした。」の声。「???」とよく見ると、栗生橋まで乗せてもらった運チャンだっ た。まったくビックリした。記念写真を写してもらう。嫌がる運チャンの写真もぱちり。客はいないし、おしゃべりしながらバスに乗る。バスが田代別館の前を 通ると分かっ たので、下ろしてもらう。その時、固く握手をして再会を誓った。熱いぜ。

    田代別館に着いたのは4時過ぎ。風呂は沸かしている所で少しぬるいかもと言われた。固いこと言わな いで入らせてもらう。一年に一回500円の客だが、田代別館の人は親切だ。来年の再会を誓って別れる。まったく屋久島は良い所だぜ。海楽園のテント場にテ ントを設営。誰一人いない。近所のわいわいランドで買い物。唐揚げ弁当、餃子20個、トビウオの開き、ほうれん草など。食ってくって食いまくる。


    永田バス停にて

    食い放題モードの食事

    宿泊代はせいぜい500円。食事はいくら食っても2000円を超えない。宮崎の従兄弟は我が奥様に「安い趣味だ」と吐き捨てるように言ったとか。その従兄弟、オレの脚を見て、打ち所が良かったねと一言。みんな全然心配してくれない。冷たすぎるぜ。

    下のメニューはこれでワンセット。毎日、これだけ食ってました。交通事故の直後だし、歯もダメージがあるし、栄養をとって治療優先ということで。しかし、トビウオは馬鹿にしてたけど、旨かったぜ。とろりと喉に融けてしまう。キャンプ場では毎日食ったよ。


    飯を炊くのが面倒なので。米はコッヘルに入れて少量の水で温める。とんかつはフライパンで蒸し焼きにして温める。


    野菜の中華風炒め煮


    必殺安物餃子のこんがり焼き


    トビウオのムニエル。塩こしょうして、かたくりをまぶすだけ。これは超旨かった。

    注意点

  • 永田歩道の不完全なテープについては、観光協会に緯度経度を報告し、善処してもらうように頼んだ。間違って漁師沢に下りて行方不明者でも出たら大変だからな。
  • 今回はGPSでログを取った。バッテリーは太陽電池で補充した。一応OKだった。旧道から付け変わっている場所がはっきりと分かった。
  • 旧栗生歩道のように、昭文社の地図で破線で示されている道は、上級者向きで、危険である。それなりに覚悟して望むこと。GPSで現在地は分かるし、旧道を辿ることも理論的には可能だが、垂直に落ちている場合もある。原則として、赤テープを辿ること。








  • 2008年3月 

    渥美半島プチ・バックパッキング



    渥美半島、恋路浦。

    大学の雑務が忙しい。奥様とスケジュールも合わない。渥美半島に脱出してプチ・バックパッキングで憂さを晴らした。初日は晴天だが強風。二日目は晴 天で景色も良く、バックパッキングが楽しめた。三日目には早くも帰宅。海亀も上陸する奇麗な砂浜だった。渥美半島付け根の無人地帯はいずれ単独で歩きた い。

    一日目

    豊鉄で、三河田原12時半着、13時前から歩き始める。町を離れると殺風景で、鉱山まである。車が多く、強風で冷えて頭が痛くなる。コミニュニ ティ・バスで、白谷から馬草までショートカット。しばらく歩くと、奇麗なコーヒーハウスがある。ブーゲンビリアが咲き誇り、天国のような場所だった。


    caffee bistro muse

    15時半出発。1キロばかりで宇津江。パス停があった。保美までのバスを待っていると、伊良湖行きのバスが来た。国民休暇村で降りた。キャンプ場 は、土日のみの営業。8000円からの宿泊プランがあると言う。もちろん、水を3リッターもらって逃げた。2キロばかり歩いて、伊良湖手前の松林にテント 設営。5時頃。飯炊きの間にサークルKまで買い出しに出かけた。夕食はウインナとご飯の炒め物とスープとお豆さん。7時過ぎから、ぐっすりと10時間ほど 寝た。


    伊良湖手前の松林

    二日目


    背景は伊良湖ガーデンホテル

    晴天、無風。6時頃起きて、バナナとヨーグルトとパンの朝食、ゆっくりとして8時10分出発。伊良湖灯台を見学、歩道をぶらぶら歩き、10時、伊良湖ビューホテルを見上げつつ、海を眺めながら、ヤマザキのまんじゅうでコーヒータイム。晴天、暖かく、リッチな気分。


    海を眺めながらコーヒータイム

    10時半出発、恋路海岸がなかなか綺麗。サイクリングロードが続く。


    恋路浦を見下ろす


    奇麗な海岸線が続く

    12時25分、小塩津着、日替わりランチを食べる。しばらく道路を歩く。戸田、14時40分。池尻、16時過ぎ。トイレは工事用の臨時トイレだっ た。結局、赤羽根のサークルKまで歩く。夕食のおかずを追加。水5リッターを背負う。海に出ようとするが、絶壁で降りられない。止むをえず引き返して北 上、海に降りるバイパスを下り、サイクリングロードの横にテント設営。6時半。夕食はウインナと野菜の炒め物、キムチ、ニシンの酢の物、スープなど。ぐっ すりと10時間寝る。靜かで暖かかった。









    2008年1月 

    大洗→上総一宮バックパッキング



    明けましておめでとうございます。

    歯列矯正で弱い炎症が継続中で、体力の2割程度は奪われている。年末のバックパッキングは軽めにした。googleの航空写真で見ると銚子から大洗 まできれいな砂浜が続いている。歩くほかないだろう。計画は大洗から九十九里浜を経て大原だったが、時間の関係で上総一宮で止めた。それでも、8泊もし た。体調もあるが、距離が長いので、結構、きつめになった。惨めで、素晴らしいバックパッキングだった。

    一日目

    米と乾燥野菜を6日分、ミューズリ、粉ミルク、チーズ、ドライのマンゴー数キロ、コーヒーのパックと無神経にバックパックに放り込む。出発時のバックパックの重量は23キロ。

    JRは信号機の故障で遅れ、大洗着は3時半。エコスというスーパーで、ステーキ、冷凍餃子、ポテトサラダ、ウインナのパック、チーズケーキなどを買い、水3リッターを持つ。4時5分、出発。荷物が重い。風が強い。


    大洗フェリーターミナル

    フェリーが見えた。きれいな海浜公園がある。綺麗な店もあるので、食料満載で野宿場所を探すのは、惨めな雰囲気。海浜公園はキャンプ禁止。砂浜へ進む。

    暗くなってきたので、5時過ぎテント設営。標高1メーターで、高波が来るとひとたまりもないが、調子が悪く、疲れた。強風だが、砂地にブリザード・ ステイクがよく効く。テントはびくともしない。ヤマザキのチーズケーキが旨い。ステーキも旨い。餃子の焼き加減も素晴らしかった。新しいフライパンのお陰 だ。惨めな野宿が素晴らしいキャンプに変わる。

    気温は2度。夜、ひどく寒さを感じる。ダウンマットと冬用シュラフなのに、寒くてガタガタふるえる。その内にびっしりと寝汗をかく。風邪を引いたようだ。そのまま寝ていると乾いた。気温はマイナス2度。今度は寒くない。治ったようだ。

    二日目

    4時半に起きる。テントを締め切って寝たので、結露がひどい。朝食はミューズリと粉ミルクと水を混ぜて暖めた物。それにチーズとコーヒー。結構、旨 い。5時半、二杯目のコーヒー。ウォーキング・スタッフを一脚にして大洗フェリーターミナルを撮影。露出時間0.4秒で、一応写っている。さすがE-3。



    明け方の大洗フェリーターミナル


    6時10分出発。まだ暗い。海水浴場には水がない。砂浜もなくなり道を歩いていると、レストランひたちのが見える。砂丘を上がり、水を1リッターいただく。 

    砂浜がなくなる。


    7時、気温マイナス2度、ショーツで歩く。8時13分、気温0度。海岸線は工事中が続く。立ち入り禁止を無視して進入。10時25分、滝浜。素晴らしい砂浜が続く。11時、岡堀米海浜公園。きれいなトイレもある。ベンチでしばらく休憩。



    広い砂浜が延々と続く。




    人相が悪くなったが、これで正常。


    ドライブインまで歩いて昼食とする。12時半、ドライブイン51号。入るのを止めようと思う雰囲気。トラックの運チャン風の人が入ってくる。水3リッターを確保。重いが持ち歩くことにする。13時半出発。



    肉炒め定食、800円。意外に旨い。


    14時、砂浜に出る。15時、高釜。海辺の別荘はボロボロになって廃墟が多い。やっと自販機があったので、クーを購入。若いアンちゃんが「この辺、 治安、悪いんですが、大丈夫ですか」と言う。「砂浜には誰もいないよ」と答える。「大洗から歩いてきた」というと「まじすか」とビックリされた。いくら治 安が悪くても、でかいバックパックを担いだ恐いおじさんに寄ってくるヤツはいないわな。15時半、堺釜。ハマナス自生南限地帯。



    山の中腹を切り開いた場所。砂地なのでブリザード・ステイクでテント設営。


    山を切り開いた場所が見えたので内陸に入る。標高20メーターくらいで、山を切った平地があった。4時20分テント設営。夕食は乾燥野菜の炊き込みご飯とウインナの炒め物。お豆のパック、スープ。

    三日目



    明け方の砂浜。蛤の貝殻が散らばっている。


    4時半に起きる。ミューズリとミルクとチーズとマンゴーとコーヒー。6時10分出発。7時20分、荒井。9時15分、清水。10時、下津。鹿島工業団地があるので、内陸へ。



    鹿島の北海浜工業団地。


    10時45分、セブンイレブンでパンとミルクコーヒーを買い、空き地で食べる。11時出発。宇宙通信センターあり。12時半、住友金属の正門前を通 過。まるで高速道路のゲート。バスは東京行きの高速バスばかり。13時35分、港公園。狭いがずっと道路沿いに続く。公園の道を歩く。14時16分、国道 124号に合流。郊外道路風となる。

    14時40分、市役所前。男二人、話しかけてくる。「趣味ですか。大変ですね」と言われる。まったく大変な趣味だ。足にまめが出来て、潰れた。歩き 始めが痛いが、後は麻痺するので、まあ歩ける。南浜の海浜公園の水場を聞くと、テニスコートがあり、水はあるという。4時、最後のセブンイレブンでおかず を補充。

    5時、海浜公園。余りにもきれいな場所。合宿しているのか、人も多い。トイレで水3リッターを確保。人のいない運動場の吾妻屋にテント設営。夕食は乾燥高菜ご飯とウインナの炒め物、ポテトサラダ、チーズ。



    今度はニードル・ステイクをタイルの間に差し込んで設営。


    四日目

    6時までぐっすりと寝る。お菓子パンとケーキは夜に食ってしまった。朝食は水で戻したマンゴー、ミューズリ、粉ミルク、コーヒー、チーズ。7時半、ノンビリしたので片付ける。トイレに行くと人だらけ。何か試合があるようだ。8時10分出発。9時、砂浜に出る。



    鹿島工業団地を迂回して砂浜に出る。




    今回は、マウンテンハードウェアのsolitudeを使用。万能バックパックだ。




    風が冷たいので、マウンテンハードウェアのジャケットを着用。脇の下のチャックを開放して体温調整ができる。ショーツもマウンテンハードウェア。


    10時温かくなったので、Tシャツになる。10時半、須田浜。再び、風力発電の風車が並ぶ。波崎の老人ホームの所で陸に向かう。セブンイレブンでパンとミルクを買って再び砂浜へ。12時半、昼食。13時出発。釣りの人と珍しく口を利く。カレーがとれるそうだ。

    14時20分、バテてきた。浜新田の海水浴場にはトイレと水あり。ただし、銚子はすぐそこ。銚子大橋は一車線、歩道もなし。トラックが通るとゆらゆ らと揺れる。緊張した。銚子の駅の近くの食料品スーパーに行き、にぎり寿司、餃子、豆のパック、サラダなどを購入。銚子電鉄は出た所。5時7分発で君ヶ浜 へ。

    辺りは真っ暗。5時半、いつもの場所にテント設営。休憩所は空いていてトイレも水もある。誰も野宿していない。なっとらん。こんなに便利なのに。オリジナルのにぎり寿司は非常に旨かった。冷凍餃子もフライパンが良いので楽勝。

    五日目

    3時半に目が覚めたので、ヤマザキのあんまんと肉まんを食ってしまう。テントの雨よけのヒサシの針金が布をやぶって飛び出した。抜いてしまう。シリコンチューブを埋め込む予定。7時、そろそろと片付ける。久し振りにヒゲを剃った。7時半、出発。



    君ヶ浜、遠くの灯台は犬吠埼。


    外川を経て、セブンイレブンでパンとミルクを買う。10時20分、Tシャツになる。有料道路を歩くが、今日はゴーゴーと車が通る。一時、屏風ヶ浦に降りる。



    屏風ヶ浦、通り抜けは止めた。


    通行止めあり。通り抜けは可能か不明。10時50分、国道に合流するとアルペンがある。ガスカートリッジを一つ買っておく。コーヒーハウスがあったのでカレーピラフとコーヒーで昼食。量が少ない。味はまずまず。

    11時40分、出発。脇道にはいるが、舗装道路が続く。13時、飯岡町の手前、小休止、ミルクを飲む。飯岡町からは砂浜に出る。



    非常に広い砂浜が続く。


    14時50分、矢指ヶ浜、トイレ、水あり。かんぽの宿まで1.6キロなので歩く。かんぽの宿で風呂、800円だが、明日からは1000円という。少 し先にセブンイレブンがあるので、水を補給せず、4時、出発。セブンイレブンは潰れていた。ガソリンスタンドで水を3リッターもらい、砂浜に向かう。

    すぐに古びた吾妻屋があった。テントは奥の松林に張った。飯を炊いている間にコロッケパン、卵サンドイッチ、お豆さんを食ってしまう。その後、夕食 は乾燥ほうれん草いりのご飯にシーチキンをぶっかけた物。これで非常に旨い。ひどい雨になる予定なので気になり、引っ越し開始。7時20分、吾妻屋のベン チをまたぐ形でテント設営。ふかふかダウンマットなので、下はコンクリートでも関係なし。

    六日目

    夜中過ぎから風雨が激しい。6時半にようやく起きる。朝食はミューズリ、ミルク、マンゴー、チーズ。ミューズリの在庫がなくなった。



    低いベンチをまたぐ形でテント設営


    8時出発、小雨。10時、西浜近くの国民宿舎、望洋莊の所で内陸に入り、セブンイレブンでアジご飯を買う。遊歩道に入り込み、ベンチで食う。ネコ飯風だが、旨かった。水は1リッター。10時半、出発。雨が上がったのでショーツになる。





    川があるので、中川岸で内陸に入る。成田山上陸地点と表示があり、水、トイレ、記念碑あり。再び砂浜に出る。13時半、屋形に上陸。前回は通らなかった。

    遊歩道が延々と続き、13時50分、蓮沼海浜公園。以前、2泊したテニスコートの所のトイレは閉鎖され、水道の蛇口は壊されていた。参った。浄水器 を持ってくれば良かった。さらに、コンビニの場所に行くと、潰れていて閉鎖。20分ほど歩いてガソリンスタンドで水をもらう。やむをえず次のセブンイレブ ンまで道路を歩く。15時半、宿の下、セブンイレブンあり。夕食の買い物。水を3リッター確保。砂浜に出る。 

    最初に張った砂丘の上。


    大きな砂丘の上にテント設営。高波が来ると、ひとたまりもない。4時50分、内側の砂丘の上にテントを移動。夕食は乾燥野菜入りご飯とウインナの炒め物、煮豆、パン、スープ。

    七日目

    6時に起きる。マンゴー、ケーキ、パンとコーヒーの朝食。自作のパンやミューズリと比べると食べ応えがない。7時半、出発。



    いよいよ九十九里町が近づく。


    8時半、内陸に入る。やっと九十九里町の中心部。ローソンが潰れていて、セブンイレブンができている。以前、入った「マリン」という店あり。砂浜に向かう。 

    九十九里浜は海鳥が少ない。遠くに見えるのは国民宿舎、九十九里莊




    強風。砂嵐状態


    しばらく歩くが、強風。膝下が砂嵐状態となる。9時40分、サイクリングロードに上がる。しばらく内陸を歩く。ヤマザキショップであんまんを買う。10時20分、国民宿舎九十九里莊。10時40分、以前野宿した広場であんまんを食べる。10時55分出発。



    松前定食、1000円。ほっけの切り身に注目。


    13時、白子町、「北海」という店で松前定食1000円を食べる。ほっけが1/3しかない。ご飯も少ない。世間の風が冷たいことをしみじみと感じる。



    遠くに見えるのは大東崎。九十九里浜は手前で終わる。


    昼食中に風が治まったので砂浜に出る。15時50分、国民宿舎一宮莊。空き部屋あり、食事付きで5900円。お金はあるのだが、わずらわしい。セブ ンイレブンに行き、晩飯を考える。結局、乾燥スパゲティの麺とトマトソース2パック、アジの水煮の缶詰、コーンスープを買う。甘いパンには飽きたので、大 きなレーズンパンとピーナツバターパン。まあ、どら焼きは一つ買った。テント場は少し離れた松林の遊歩道脇。夕食はアジをのっけたパスタ。非常に旨かっ た。



    暗いので、カメラを木に押しつけて写す。何とシャッタースピードは2秒。さすがE-3。


    八日目

    5時に起きてブドウパンとピーナツバターパンとチーズとコーヒーの朝食。6時15分出発。上総一ノ宮駅7時17分発の快速があった。JRは猛烈に混んでいたが、午後1時過ぎに自宅着。一応、帰ってからも無事でした。

    今回の優れ物

  • 吉良食品の乾燥野菜
  • 実は毎回の優れ物。非常に軽いし、1日一袋(200円)を食べれば、絶対に野菜不足にならない。現在、歯を移動中で、噛み合わせがメチャクチャで噛めな い。今回は米に乾燥野菜(高菜、ほうれん草、大根葉など)を入れ、中華だしを少し入れて煮てしまった。それを細かくきざんだウィンナと一緒に炒めたり、 シーチキンをぶっかけたりして食った。非常に旨い。
  • MSRブリザート・ステイク
  • Aktoは非自立式だが、砂地でも申し分なく設置可能。ちなみにニードル・ステイクもタイルの隙間に差し込んで活躍した。
  • Map60Csx
  •  砂浜を歩いていると、現在位置は分からない。GPSがあると、上陸地点が正確に分かる。同時に持ち歩いたのは、カシミールで印刷した5万分の一地形図。予め、google mapで、セブンイレブンなどの場所を記入しておいた。

    今回の費用

    費用は交通費と食料程度。交通費は往復で26000円、食費は13000円程度。1日2000円の壁は越えられなかった。



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