2007



2007年11月 

石膏模型



左が現在の歯列、右が矯正後の予想歯列模型

実は、歯列矯正を始めた。上顎奥の親不知が寿命を迎え、このままでは咀嚼力が低下してしまう。並べ替えればマシになると考えた。優秀な矯正歯科と知 り合いだったのを思い出した。昔、歯列矯正に伴う精神状態の変化の研究をしていた。今も最新の矯正法を熱心に研究中。2001年にE-Smileを開業。院内にMacのネットを巡らすエンジニアタイプ。

左の石膏模型は現在の歯列。右は矯正後の予想。治療期間は1年半から2年。高齢、歯周病持ち、歯の位置がメチャクチャ、神経近くに埋没歯あ り、歯槽骨も退縮と、条件が悪い。アンカーとなる歯もない。ベストの方法を聞くと、アンカーとしてチタンの棒を上顎と下顎に打ち込み、同時に歯肉と歯槽骨 の再建手術をする方法だという。こうすると歯の移動速度が二倍になる。ベストを選択した。

E-Smileと堂島の浦野歯科はチーム医療をしていた。ここ10年程で、再生医療は格段の進歩をしている。手術はGBR法(骨誘導再生)の 改良版と骨補填材の併用だそうだ。成功すれば歯の状態が20~30年若返る。浦野歯科の腕が心配だが、聞くと日本のトップ。ブラックジャックの雰囲気が漂 う人だ。手術は6時間ばかりかかった。上顎の奥に、各1本、インプラントを打ち込めば歯列は完成する。入れ歯は顎の骨が萎縮してしまうので、時代遅れの方 法だった。



歯並びが良くなったら
  • 映画俳優になろう...と思ったが、どうせ役回りは、ダイハードとかターミネーター。忘却力の偏差値はトップだった。台詞は覚えられない。ダメ。
  • 笑顔を振りまいて、弁舌さわやかに...と思ったが、面白くないと笑えない。弁舌巧みに人をだますに決まっている。ダメ。
  • ...
  • 歯並びが良くなったら、野菜と肉をしっかり食って、ウェイトトレーニングとランニングをやって体力と気力を付けて、悪事に励むか。きれいな歯並びでニヤリと笑うと凄味がでるぞ。





    2007年9月 

    学会帰り



    牛の丸焼きを懸命に切り分ける料理人

    パーソナリティ心理学会の懇親会での一こま。メインメニューは牛の半身の丸焼き。朝9時頃から焼き始めたそうだ。山ほど食っても食いきれなかった。 残った肉を懸命に切り分ける孤独な料理人。この他、ホタテ、豚、イクラ、畜産大の生ハム、チーズ、トウモロコシ、十勝ワイン、十勝ビールなど、てんこ盛 り。若手でも食い過ぎ、飲み過ぎ、寝不足の三重苦だったらしい。

    帯広の糞田舎で学会などやって、誰が行くものかと、固く決意していたけど、講演とかコメンテーターのお声がかかり、仕方なしに行った。肉を食って急に気が変わった。毎年でも帯広で学会やってもいいね。懇親会だけ行くよ。

    「どこにテント張った?」と何人にも聞かれたが、まじめに極安のビジネス・ホテル(朝食付きで4200円!)。もちろん、野宿地は事前にしっかり検討した。河原に公園はあるが、風呂、買い物、畜産大への距離が2~3キロ。ちょっと不便なので今回は見合わせた。

    学会終了後



    豚丼なんです。


    帯広名産はともかく豚丼。食う予定はなかったが、つい食ってしまった。炭で焼いた豚で非常に旨い。しかし、塩辛いし、野菜が足りない。後で野菜サラダと果物を山盛り食べた。そういえば、講演の格好いい写真、一枚もないな。

    1日目



    黒岳石室


    学会終了後、奥様と待ち合わせて、帯広から層雲峡へ。高速バスが便利だ。黒岳石室は避難小屋で山小屋ではなかった。立派なバイオトイレがあった。北 大の連中が二、三週間テント泊。一人はイチローに似ていた。熊の観察のお仕事。夕方、遠くの雪渓の上に熊が出没、望遠鏡で見せてもらった。

    2日目



    北鎮岳2244メーター


    夕方は強風。ぐっすり寝て、3時半頃に起きて、5時出発。お鉢展望台6時、北大の熊観察隊がお仕事中。仕事は今日で終了でヘリコプターが迎えに来てくれるそうだ。さすが、北大はお金持ち。北鎮岳は7時。間宮岳8時15分、のっぺりした山だ。



    旭岳の裏、今回はマウンテンハードウェアのバックパック


    旭岳の裏は急傾斜で、道はない状態。まっすぐに登る。人や岩が落ちてきてもおかしくない。山頂は9時40分。奥様も恐かったようだ。10時5分、下 山開始。火山なので、山がぱっくり割れている。急勾配の下山で脚が痛い。避難小屋11時40分着、ゆっくりとコーヒーを湧かす。ケーブルで下りるとお終 い。昼食はキャンプ場の前のロッジでラーメンとした。特に旨くもない。



    旭岳青少年キャンプ場


    かなり広いキャンプ場で、空いていて貸し切り状態。キツネもいるそうだが、会わなかった。きれいな水洗トイレだった。静かでぐっすり寝た。

    エピローグ



    帰りはフェリー、奥様が一緒だったので一等室なのだ。


    今回の破壊活動

  • 旭岳青少年キャンプ場の男性用トイレの入り口。ドアをぎゅっと引くと、大きな取っ手を引きちぎってしまった。ネジが潰れた。たまたまトイレ掃除の おばさんいて、顔面蒼白、口を効いてくれなかった。ここのトイレ、最初の入り口は引いて開ける立派なドア、次が押して開ける男性用と女性用の立派なドア (これを引きちぎった)、その次が個室という順。設計が悪いのよ。ごめん。
  • 気に入っていたプリムスのP-131マイクロン・シングルバーナーのごとくをひねると、リベットともちぎってしまった。がっくり。仕方ないから、P-153ウルトラバーナーに買い換えました。7000円の損害。
  • カメラをぶら下げていたプラスチックの接続バックルが割れていた。きちんと接続していなかったからだろう。これは手元に代替品があった。




  • 2007年8月 

    層雲峡からトムラウシ山へ



    左前方の一番高い所がトムラウシ山

    JRが柿崎付近で不通。意地でも今年は北海道に行こうと、富山-新潟は高速バス、新潟-小樽はフェリー、連絡バスで札幌に行き、JRで上川、バスで 層雲峡、ケーブルを使うと黒岳の7合目となる。トムラウシ温泉まで、3日の行程。晴天に恵まれて素晴らしいバックパッキングができた。

    ところが、難治性の蛙野嫌田嫌田病が再発。一日、天気が崩れるので、倶知安に移動して、未知のルートを歩こうとした。日頃の行いが良すぎたため、台 風が直撃。やむなく三日寝たきりで、四日目に羊蹄山にアタックした。帰りは苫小牧東港から新潟へフェリー、新潟からは高速バス。フェリーはリッチな気分が 楽しめるが、バスは窮屈、値段も高い。

    アプローチ



    新潟からはカモメが見送ってくれた。


    富山-新潟の高速バスは、シートが4人がけ。しかも固いのでお尻が痛くなる。乗客は1/3程度。フェリーの出航時刻の関係で、新潟で一泊してから フェリーに乗った。おでこの広い、無口な登山家が一人。能登で仕事をしてきた人に写真を写してもらう。カメラのセミプロ。「旅人」と言われた。フェリーは 移動する温泉宿だった。残念ながら新潟-小樽は、食事が×。皿を一杯取ったが、腹が一杯にならない。



    一日中デッキで、文庫本を読んだ。


    フェイズ1---1日目

    3時に目が覚める。4時半に下船。店も何もない。連絡バスの5時半まで待つ。札幌駅で6時半から営業の店あり。豚汁とおにぎりのセット。ちょっと ビックリ。これで350円。意外に旨かった。キオスクでパンを買い、7時21分のオホーツク1号に乗る。おでこの広い登山家は旭川で下りた。上川9時41 分着。北海道の登山家、江守徹に似た人と一緒になる。層雲峡でまんじゅうとパンを買い、水2リッター持つ。これでバックパックは24キロ。リフトの駅で、 簡単な登山届をだし、11時20分出発。12時10分、黒岳の9合目。



    黒岳九合目付近


    12時40分、山頂。あんパンを三つ食う。晴天。モンベルの帽子をかぶった登山家に沢山写してくれと頼むと20枚くらい撮ってくれた。バックパックはウェストベルトをボルトナットで蝶番に直付けした。荷重が完全に腰の両サイドにかかり、素晴らしい背負い心地だった。



    黒岳山頂で。バックパックを中心に


    少し後に、岩にぶつけたのか、カメラのモニタにヒビが入っていた。パッドの手抜きをしていた部分。今後はカメラバッグを胃の左に固定するか。



    北海沢


    13時10分、黒岳を出発、13時25分北海岳分岐。雪渓が多く、水も豊富。



    北海沢の先のお花畑


    北海岳15時10分。野口健のような笑顔の青年と会う。天気は良いが、時刻が遅いので、先を急ぐ。16時40分、白雲岳のテント場着。



    白雲岳避難小屋とキャンプ指定地


    テントは隅に張る。江守徹さんも隣に張る。水は4リッター作成。彼は浄水器に興味津々。携帯は小屋の傍なら通じる。NHKの取材の人が来ていた。女がいるとうるさい。7時半過ぎまでぺちゃくちゃやっていた。注意する。8時頃に寝る。

    2日目

    3時15分、起きる。4時、コーヒー終了。トイレはバイオトイレ、紙は持ち帰り。5時出発、晴天。 

    遥か彼方のピークがトムラウシ山




    雲海は遥か下


    6時10分、高根ヶ原分岐。7時5分、平ヶ岳。平原にしか見えない。



    平ヶ岳山頂付近


    10時45分、忠別岳。忠別岳手前で気象衛星の画像や天気図を確保。自宅に連絡。江守徹さんが追いついてくる。夫婦1ペア。自転車のタイツをはいた若者、野口健さんなど。適当に前後して歩く。 

    忠別沼と忠別岳


    11時40分、五色岳。昼食。携帯は通じない。12時15分出発。



    キタキツネと会った




    神遊びの庭


    13時40分、化雲岳。岩があるだけだが、神遊びの庭が見下ろせる。14時40分、ひさご沼テント場。水はけの良い場所があったので、テント設営。



    ひさご沼キャンプ指定地




    ひさご沼避難小屋とバイオトイレ


    70歳のおばさん。バックパックに興味を示したので、20キロのバックパックを背負わせる。腰のベルトを締めると重量が抜ける。「私でも背負える」と感激していた。「重さが消えた訳ではないのよ」とは言っておいた。

    15時、身体を拭いて、水4リッターを取りに行く。おでこの広い登山家と再会、となりのサイト。気がつかないので、あえて声もかけない。

    ベテラン登山家、江守徹さんが訪問。彼は今日は山小屋泊まり。食事を作るのを見学にきた。遅く着いた人がいて、山小屋は混雑。トイレへの通り道だったが、7時前に、一斉にトイレラッシュがあり、すぐに靜かになった。7時頃に寝る。

    3日目

    2時半、トイレで目が覚める。2時50分、パンとチーズとコーヒーの朝食。4時半、そろそろと出発。アルミのアイゼンを持ってきたので、雪渓を直登する。しかし、途中で外れる。締め付けが甘かったようだ。また、調節しないといけない。

    トムラウシへの分岐、5時15分。天沼手前、5時45分。トムラウシの北側は素晴らしい庭園風の丘陵が続く。



    日本庭園




    ロックガーデン


    7時50分、トムラウシ山。360度が見渡せる。携帯も通じる。野口健風、江守徹風、サイクリスト風登山家と一緒。写真を撮ってもらう。



    十勝岳方面




    トムラウシ山頂




    山頂直下の変わった花


    ガイド二人と中高年のおばさん。ガイドの一人は筋肉量が私の数倍のプロレスラーのような人。パンを食っていた。自作のパンも余っているのであげた。 感激してくれた。おばさん達に「富山のパン屋さん」と呼ばれた。ポカリスエットの粉末をくれようとしたが、「水しか飲まない」と断る。代わりに甘酒の粉末 が出てきたので、ひったくるようにもらう。江守徹が「この人は甘党なんだ。大福も食べていた」と余計なことをいう。

    ガイドはフレームパックを見て感激。「そうだ、フレームが良いんだよな」と昔、山小屋で使っていた思い出話をした。しかし、天気は下り坂。みるみる内に黒い雲が湧く。この時、利尻では暴風雨。

    8時10分、下山開始。8時35分、南沼キャンプ指定地、トムラウシ公園もなかなかきれい。江守徹と前後して歩く。9時半頃、前トム平。若い二人が 先行、私、江守徹が続く。1395メーター、谷川から離れ、新道に入る。大雨で人が死んだので、道の付け替えをやったらしい。急な登り。途中、牛のような 獣くさい臭いが立ちこめる。クマちゃんです。その後、ハイキングコースとなった。

    11時50分、カムイ天上の数百メーター手前。ゆっくり腰を下ろして昼食。江守徹が追いつく。先ほどの臭いはクマとのこと。先に行ってもらう。13 時、温泉コースへの分岐。14時25分林道に合流、15時、トムラウシキャンプ場にテント設営。貴重品をもって温泉へ。10分かからない。まず自宅に電 話。隣に風呂上がりの江守徹がいた。まったくよく会う。こいつは金持ちだから温泉泊。

    風呂は500円。素晴らしかったが、バスは一日二本、2000円もする。7/14から8/12の限定運行。タクシーだと1万5千円という。厳しい場 所。風呂上がりにポカリを飲む。それを見た江守が「水しか飲まないと言ったじゃないか」という。「人の言った事を何時までも覚えてるんじゃないよ」と言い 返す。まったく記憶力の良い男だ。困る。いい女でもないし。

    あまりにも順調に歩いたので物足りない。せっかく苦心して北海道に来たのにと、蛙野嫌田嫌田病が発症。天気は一日、崩れるだけだし、羊蹄山に一登り してから帰ることにした。テント場に戻ると親子連れが傍に来た。迷わず遠くに引っ越す。水3リッターを作る。サラミソーセージと乾燥野菜のチャーハンも飽 きたので、中華煮物にするが、サラミの味はどうしようもない。その後、おでこの広い登山家が来てテントを傍に張った。相変わらず気づかない。19時頃から 寝る。家族連れは靜かだった。

    フェイズ2--移動と休養

    5時に起きる。トイレは最悪。5時50分、チョコパフェとチーズの朝食、二杯目のコーヒー。寝ころんで文庫本を読む。7時、景色も良くないし、飽き てきたし、テントを片付ける。バス停までぶらぶら。温泉の前で座って文庫本を読む。おでこの広い登山家が来る。初めて気づく。タクシーで沼の原から入り、 五色ヶ原、トムラウシと回ったとのこと。バスは8時45分発。江守徹も乗り込む。新得駅10時10分着。



    新得の駅


    札幌まで5250円。倶知安に行くバスは15時半しかない。今ならいくら食っても太らない。大丸のビュッフェに向かう。食い放題にコーヒーを付けて1650円。控えめに食べましたよ。

    倶知安、18時着、旭が丘公園の高台へ。真っ暗。東屋の中にテント設営。貴重品を持って東湯に出かける。番台をくぐった時、洗面用品を忘れた事に気 づく。おばさんがひとそろい貸してくれた。どうも以前に来た記憶がある。倶知安温泉に入り浸り、忘れていたようだ。帰りに生協に寄って、パイナップルとお にぎり一個、朝食用にフランスパンを1本を買う。雑貨品としてミニの蚊取り線香のセット。テントに20時40分に戻る。深い霧で何も見えない。

    2日目

    5時に起きる。公園を見ると、ここにテントを張るなと看板が出来ていた。テーブルとイスも撤去されていた。どうも、オレみたいな不心得者が一杯いた ようだ。下の古いトレイも閉鎖。仕方ないので、テントを片付けて、東屋で本を読んでゴロゴロする。町を一回り回ってから本を買ってくる。天気は良くない。 二日くらいは悪そうだ。京極に移動してみることにした。4日後には帰るので、フェリーと高速バスに予約を入れる。昼食に海鮮どんぶりとサラダ。非常に旨 い。いつもは生魚は食べないのだが。



    Aコープの海鮮丼とサラダ




    煉瓦と煉瓦の間にニードル・スティックを差し込んで設営


    京極のスリーユーキャンプ場に移動して、2時にテント設営。500円。きれいで広くて隅に張ると靜かだが、ゴミは持ち帰れとある。これは非常に困 る。それに京極のエーコープには新鮮な物がない。キャンプ場近くの京極温泉は500円だが、ロッカーが有料で100円。ローソンはあるが、どうも生活しず らい。湧水公園はにぎわっているが、中国人の団体客がいて、不気味な雰囲気。夕食は冷凍のチャーハンに餃子がメインメニュー、サラダとして、ジャガイモコ ロッケを買ってくる。これが非常に旨かった。3つで150円。天気予報が当たらない。台風は接近中。北海道南部を直撃らしい。19時に寝てしまう。

    3日目

    6時に起きる。11時間も寝た。朝はしっかり雨。フランスパン、ヨーグルトケーキ、コーヒー、バナナの朝食。本が残り少ない。やはり倶知安でないと 長期滞在できない。9時、雨が一時止んだ。しかし、台風は道南直撃コース。11時ぶらぶら歩いて湧水公園のレストランでジンギスカン定食。肉は旨いが、飯 と味噌汁がダメ。1200円もした。コンビニであんパンとスコーンを買って、12時半、テントでコーヒータイム。こんなに食うと豚になるが、しばらくは大 丈夫。

    羊蹄山は京極コースを登り、喜茂別コースで下りる予定だが、その後、京極に戻らないといけない。京極にタクシーはないかと観光センターに電話。「京 極ハイヤー」があった。電話で確認すると、3000円ほどだそうだ。台風は午後に直撃し、その後天気は回復する。4時半、エーコープに行き、豚肉、ター ツァイともやし、餃子、ジャガイモコロッケのお総菜を買う。5時半頃から飯を炊き、豚肉と野菜の中華炒め煮を作る。上手にできた。19時、食事終了。雨が 上がった。

    フェイズ3--羊蹄山アタック

    3時半に起きる。小雨。倶知安は曇りの予報。レーダーには濃い雨雲はない。3時50分、二杯目のコーヒー。水3リッター持つ。4時半出発。雨が上がる。まず、登山口まで1時間の歩き。5時35分、登山口、41メーター地点。隣はジャガイモ畑。 

    京極登山口




    京極コースの中腹


    しばらく歩くと松林の中。1合目525メーター、6時。2合目小雨、635メーター、6時20分。3合目、730メーター、6時35分。4合目、 895メーター、7時。暑くて上はびしょ濡れ。5合目、1085メーターも7時35分。1155メーター、やっと花が見える。クマの臭いもする。かなり以 前だが。いるようだ。6合目、1280メーター、8時13分。7合目、1460メーター、8時45分。8合目、1565メーター、9時7分。岩が出始め る。小雨。9合目、1755メーター、ガレ場のコースを左へ、9時53分。



    三角点にて


    三角点のピーク、10時12分、ガス。記念撮影。喜茂別ピークに行くと、男二人がいる。真狩コースから登ってきたという。東京からの人と話。膝が悪 いので、下りるのは遅いが、駐車場で待っていてくれれば、京極まで送ってくれるという。何か、お礼はというと、ラーメン一杯で妥結。しばらくして下山を開 始するが、方向が違う。私が下りるのは真狩ではなく、喜茂別だった。残念。それでも送ってくれるというが、迷惑になるから断る。10時50分下山開始。し ばらく草地が多く、花がきれい。その後、笹になり、白樺林に変化する。



    喜茂別ピーク直下のお花畑




    喜茂別コースの白樺林


    12時40分、840メーター地点。590メーター地点で林道を横切る。ピークハントの人には便利なのだろう。13時40分、97号線に合流。「京 極ハイヤー」に電話する。今日は貸し切りだからと断られる。喜茂別のハイヤー会社の電話も教えてくれない。すぐに電話を切断される。かき入れ時だから、雑 魚は相手にしてくれない。仕方ないから京極を目指して歩く。15時10分。京極温泉前のローソンに到着。ミルクを飲んで一息いれる。

    テントを片付けてパッキング。4時29分のバスで倶知安へ。倶知安はじゃが祭り。サラダとフランスパンと握り寿司14個入りを買う。テントを合法サ イトに設営。まず、寿司を食う。エーコープの寿司は旨い。その後、倶知安温泉に出かけて、洗濯もする。出ると、花火大会。ぐるりと町を歩く。丸ごとバナナ とミルク500ミリリッターを買ってしまい、テントに戻り、ぺろりと食ってしまう。蚊が多いので、蚊取り線香が活躍。8過ぎに寝る。

    エピローグ

    5時に起きる。チーズ3個、フランスパン1本、コーヒーの朝食。天気は曇り。昨日登って正解。9時29分、倶知安十字街からバスに乗る。札幌、昼 頃。ドトールで軽い昼食と思ったが、ふらふらと飯やに入り、ハンバーグと半熟卵を乗せた丼を食う。550円。コーヒーを付けて650円。コーヒーも実に旨 かったが、客は少ない。札幌としては値段が高すぎるのだろう。



    ハンバーグと半熟卵の丼


    荷物を預けて、紀伊国屋で文庫本を買い、その後はビックカメラで過ごす。苫小牧東港までの高速バスは16時50分発。乗船は19時から。船が一回り 大きい。二等寝台は8千円。一応、頭の横が棚になっていて、仕切られている。まず風呂に入る。気持ちがよい。夕食はバイキング。1600円。野菜が山ほど 食べられる。旨かったのはジャガイモのチーズとクリーム煮。コーヒーも飲み、ゆっくりと過ごす。9時過ぎ、隣のメタボおじさんがすごいイビキをかき出す。 止まらない。10時、堪らなくなり、乗員に相談。場所替えをしてもらった。10時過ぎ、ぐっすり眠る。新潟-富山の高速バスは混んでいて辛かったが。フェ リーは安くでリッチで良いぞ。



    フォアワードサロンでのんびりと本を読む


    羊蹄山十文字登山の提案

    羊蹄山には、倶知安コース、京極コース、真狩コース、喜茂別コースの4つの登山コースがあります。お鉢回りもできます。例えば、倶知安コースで登り、お鉢を半周して、京極コースから下り、喜茂別コースを登り、真狩コースで下りると、結構、充実しますね。

    さて、ルール。登山口から登山口へは車で移動しても可。また、お鉢回りは不完全でも可。でも、休みなしの連続登坂とします。遅くても20時間、速い 人は10時間少しでしょうか。万が一、馬鹿なことをしてしまった人は、大学宛の郵便で記録を連絡してください。余っている本があれば一冊贈呈します。賞金 はありません。





    2007年7月 

    林道プチ・バックパッキング



    改造カーソン90 腰のベルトに注目。四半世紀前のJanSportsのベルトに交換した。フレームは背中に沿うようにくの字に曲げた。この時は背 負いベルトの起点がやや低いが、現在は一番高い位置に変更した。テントは中に入れたが、昔のように一番上に水平に乗せた方がよいようだ。

    本を立て続けに出版したので、身体に来てしまった。先週は弱点の親不知が炎症を起こし、歯槽骨が溶けた。幸い、抜けなかったが、ウォーキングしない と死んでしまう。それに昨年購入したカーソン90も林道デビューさせないと可愛そうだ。台風も近いが、東蔵から僧ヶ岳の林道を歩き、いつもの峠で夜を過ご し、森林公園へと下るなら、いくら天候が悪くても大丈夫である。---大丈夫だと思った。

    写真を冷静に見ると、このベルトは失敗。フレームを背負う位置が5センチばかり下がっている。今、思いついたのは、このアルミの蝶番に元のベルトを低めにボルトナットで固定すること。そうすると5センチばかり高く背負える。改造はいずれ。



    一日目 林道ハイキング





    僧ヶ岳の林道入り口。


    いつものように、JR魚津で下りて、バスで東蔵。9時着。ゆっくりと林道バックパッキングを開始した。雰囲気の良い、寂しい林道。距離は非常に長い。ガスの中をグルグルと歩く。車は通らない。



    坂本弁護士一家の記念碑。


    11時15分、坂本弁護士一家の記念碑の場所。オーム真理教の狂信者に殺された奥さん(都子)が埋められていた所。花が生けられていて、まだ枯れて いない。腹が減ったので、パンとチーズとプルーンで昼食とした。缶コーラが記念碑の上にあったので頂いた。ゴミになるから、持って帰れと看板にも書いて あったし。

    12時前、道は通行止めだったが、いつものように無視する。もう一度、通行止めの標識がある。おかしいなと少し前進。道が垂直に落ちていた。標高760メーター地点。幅は10メーターくらいか。



    道が奇麗に落ちていた。


    あまりの事にびっくり。まるで橋が落ちたようだ。金網を伝えば行けないことはない。空身で少し行ってみる。足元がざらざらと崩れる。無理すれば渡れ るが危ない。引き返すことにした。体調が悪いと、運も悪い。無理はしない方がよい。ガスと小雨の中、ダラダラと歩いて、再び、東蔵14時25分着。捜索令 状が出るとまずいので、奥様の留守電に伝言を入れる。 

    「みんなの広場」にテント設営。


    テント場3時着。誰もいない。発電所が作った施設。珍しくトイレがある。一応、テントを張るなとは書いてある。一度寝たいと思っていた場所。テント 設営3時半、川に下りて水4リッター少しを確保。トイレットペーパーが見あたらないので、慌てて探す。しばらくしてバックパックのサイドポケットに入れた のを思い出す。携帯電話が通じた。植村直己の「青春を山にかけて」を読む。随分、無茶なことをした人。本を読むだけで充分。



    夕方になるとガスが湧き、良い雰囲気。


    17時、飯炊き開始。久し振りにステーキをダブルで食べる。旨い。乾燥野菜をスープで煮た物とお豆さん。



    久し振りにステーキをダブルで食べる。


    19時から40分ほどうとうとする。小雨になる。眠れなくなって、チョコパフェとパンとチーズを食う。21時、寝る。

    二日目

    6時に起きる。雨は大して降っていないが、台風が接近中。歯の根も少しうずく。体調と天気が良ければ、片貝川を遡って山登りもできるが、無理はいけ ない。中止にする。コーヒー、パン、チーズ、マンゴーの朝食の後、植村直己の文庫を寝て読む。9時前に薄いココアを飲んで、出発の用意。



    東蔵の集落は左手で見えない。


    バスは9時15分にあるが、魚津まで歩いてみようと思った。9時20分出発、小雨の中、ぶらぶら歩き。魚津はなかなか遠い。景色は良いが、段々と足 が痛くなってきた。横枕11時40分着。バスが56分にある。魚津駅まではまだ1時間以上かかるので、乗ることにした。12時10分、魚津駅。富山駅のド トールで昼食。今回のプチ・バックパックキングは終了。少しだけ体調は良くなった。









    2007年5月 

    奥駆け(順峰)バックパッキング





    山上ガ岳では本物の行者に会った。ぼんぼりの色が地位を表す。赤は最高位だそうだ。一番偉い人だからHPに載せるなと言うはずない。肖像権無視の無断掲載。


    大峯奥駆道を知ったは何年も前の事だ。「山と渓谷」の特集は保存していたし、本も買った。行く機会がなかった。昨年末の小辺路ルートは易しすぎた。 この機会に少し難しいルートに挑戦することにした。熊野本宮から吉野へ参るのは順峰、吉野から熊野本宮へは逆峰と呼ぶ。熊野本宮から吉野へ道が開かれたか らである。地形的には逆峰が楽であるが、大した違いはないと考えて順峰とした。

    一日目は、夕方5時、熊野本宮着、1時間歩いて七越峰でテント泊。二日目は、玉置山を経て、かつえ坂展望台、テント泊、行動時間は11時間弱。三日 目は暴風雨、香精山から地蔵岳の巻き道を経て、行仙宿でテント泊、行動時間は10時間。四日目は、倶利伽羅岳、天狗山を経て、深仙宿でテント泊、行動時間 は12時間20分。五日目は、釈迦ヶ岳、弥山を経て、行者環避難小屋でテント泊。行動時間12時間半。六日目は、大普賢岳から山上が岳を経て五番関でテン ト泊、行動時間は10時間。七日目は、四寸岩山を経て吉野へ。行動時間は7時間。距離は100キロ以上ある。水場が限られているので、最速の人でも4泊5 日は必要。



    一日目 アプローチ



    七越峰の公園。良い所だが、水が非常に不味い。


    バックパックは水抜きで23キロ。7泊分の食料。JRの紀伊田辺からJRバスと龍神バスを乗り継ぎ、熊野本宮へ向かう。道が混んでいてバスは遅れ勝 ち。龍神バスの運ちゃんは、オウム真理教の上裕に似た人。よくしゃべり、観光案内もしてくれた。中辺路の旧道をグルグルと走る。乗客は川湯温泉ですべて降 りた。一人だけになった。

    17時4分、本宮手前の熊野古道入り口の橋で下ろしてもらった。車道と古道を歩き、6時過ぎ、七越峰の公園でテント設営。トイレと水があった。浄水 器の調子不調。浄水してもしなくても水がもの凄くまずい。後に、浄水器はシリコンチューブの付け根が破れていたことが判明。カットして再接続。メニューは 鰻どんぶり、サラダの豆パック、ほうれん草のフリーズドドライのスープ、柏餅。久し振りの鰻どんぶりは不味かった。晴天。



    二日目 かつえ坂展望台へ

    4時前に起きる。パン、チーズ、コーヒー、ドライのマンゴーの朝食。4時半頃から明るくなる。公園を見学すると、キャンプ禁止の看板を発見、手遅れ。水3リッター確保。5時15出発。6時45分山在峠。7時、小休止、杉が伐採され、熊野川が見下ろせる。



    本宮を見下ろす。昨年、テントを張った河原が見える。


    7時半、大黒弁天岳。8時半、登山者とすれ違う。吉野からの人。玉置神社でビールはないかと聞くと、そんな物はないと叱られたそうだ。御神酒ならあ るという。1合700円。少し険しい所を通過、馬の背か。手がかりは一杯あって問題なし。シャクナゲが自生。10時、五大尊岳、小休止。10時半出発。 12時5分、大森山、昼食とする。水がまずいのでココアをわかす。一人、速い人が来た。前鬼から来たという。意味分からず。12時46分出発、水は後1 リッター。14時7分、本宮辻、玉置神社入り口。14時45分、玉置神社。水が旨いので、1リッター程飲む。水3リッター確保。玉置山をまわる道が通行止 めになっていた。玉置山山頂15時40分、1076メーター。木がないので、見晴らしがよい。登山者ともすれ違う。



    玉置山山頂、木立がないので見晴らしが良い。


    16時10分、舗装道路に合流し、少し先に展望台があった。トイレと雨水あり。バイクの兄チャンと話す。旅館の人は山菜採り。テント設営は4時半頃。吾妻 屋の中。下は砂利。水は浄水器で5リッター作る。5時半、飯炊き開始、ニンジンご飯とウインナ大根菜の炒め物、白豆、クノールのスープ。なかなか旨かっ た。天気は下り坂で、明日は雨。眠れないのでストレッチ、風が強い。



    かつえ坂展望台。立派なトイレと雨水あり。


    三日目 行仙宿まで

    3時半に起きる。小雨。気圧は急上昇。パン、チーズ、コーヒー、マンゴー。4時45分出発。ガスと雨。水は2リッター。5時10分、花折塚、小休 止。6時20、稚児森。6時40分トンネルの上。ここから登りになる。6時50分、如意宝珠岳736メーター。21世紀の森が見える。キャンプ可能かもし れない。8時、バックパックをおろして小休止。雨は大したことないが、風が強くなってきた。貝吹金剛。狭い場所、すぐしたの鞍部やその前の丘陵地の方が キャンプ適地。

    雨風が強くなってきた。1000メーター地点、岩陰で雨具の下を着る。9時半、香精山、1122メーター。小休止。強風。誰とも会わない。i- modeで衛星画像を捕捉。現在、前線が通過中。4時間程すれば抜けるだろう。稜線は厳しいので地蔵岳の巻き道を行く。入り口が2万5千分の一の地形図と 違う。少し北よりに付け変わっている。かなり道が悪く荒れている。水場近くまでの道がガレガレ。赤テープでかろうじて道と分かる程度。水は2リッター確 保。

    12時、葛川辻の手前でパンとチーズの昼食。12時17分出発、気温10度。かなりの登りが続く。13時半、傘捨山、1352メーター。風雨強い。 行仙宿の手前で道を間違える。GPSで元に戻る。3時過ぎに到着。山小屋の建築主もいた。82歳。この先の道が荒れているという。もう少し進みたい所だ が、止めた。テント設営後、たき火で暖まらせてもらう。雨具も乾いた。登山客は10名程度、車座になって酒を飲んでいる。小屋の主人の振る舞い酒。宿泊の お布施は千円。実に立派な山小屋。水を汲みに行くのが面倒だったので、雨水から水5リッターを作り、おしゃべりに付き合った。飯炊きは17時40分に開 始、ウィンナと小松菜とニンジンご飯の炒め物。丹波の黒豆、フリーズドドライのスープをタップリ。19時20分、小屋の発電機が止まった。そろそろ寝る。



    行仙宿の傍にテントを張った。


    四日目 深仙宿まで

    曇り、3時半に起きる。パン、コーヒー、チーズ、マンゴー。ガスが心配になってパンを暖めるのを止めた。今日は深仙宿まで行きたいが、かなり遠い。 4時45分出発、小屋の叔父さんはお見送りで表に出ていた。5時15分、行仙岳。大きな電波塔が建っている。下りが荒れていた。5時半、怒田宿。良さそう なテント場だった。クマザサの急な登り。クマの足跡もあった。6時50分、倶利伽羅岳、1252メーター、小休止。



    遠くに見えるのは、悪天候のため巻き道を通った槍ガ岳と地蔵岳(たぶん)。


    スピードを上げたいので、平な所で飛ばし、登り下りはスローで行く。一応、コースタイム程度で歩く。一人とすれ違う。水場を聞かれる。7時半、転法 輪岳、1281メーター。バックパックをおろして小休止。7時50分、平治宿の山小屋、一人が出発準備中。雨で避難したとのこと。8時半、くっきりしたク マの足跡、写真撮影、1145メーター地点。8時50分、持経宿の山小屋、ポリタンはあったが、雨水から3リッター確保。重いので2.5リッターで出発。 この水は失敗。たき火を猛烈にしたらしく、薪の味が強烈だった。

    10時、阿須迦羅岳、1252メーター。登りなのでペースが落ちた。二人とすれ違う。鎖場(トサカ尾)あり、膝を少しすりむく。10時46分、証誠 無漏岳、1301メーター。11時16分、涅槃岳、1376メーター。名前の通り、のっぺりとした山。寒いので、少し降りてから昼食にする。 

    涅槃岳あたりの道。


    11時50分、乾光門、1200メーター地点。宿のあった所。下れば水がありそう。人が通ったので写真を写してもらう。12時出発、寒い。12時 35分、滝川辻。強風。上着を着る。少し滑って、杖で歯を軽く打つ。問題はないが、疲労した模様。13時半、すれ違う人に聞く。深仙宿から水平道を経て千 丈平は水があり、抜群のテン場とのこと。そこまで行けるか不明。13時45分、地蔵岳、1464メーター。



    天狗の稽古場。


    無口な男が一人、地図を見ている。強風。少し高度を下げると小さな水たまりがあった。天狗の稽古場。テント泊は可能だが、先に進む。13時55分、 嫁越峠、バックパックをおろして小休止。14時10分、もう9時間歩いている。15時20分、天狗山、1537メーター。二人組と会う。水を持っていて、 この先で野宿とのこと。深仙宿はたまり水で飲む気になれない、山小屋はひどいという。16時20分、仙人の舞台石。17時、深仙宿着。トイレなどない山小 屋、小屋は満杯。お堂に寝る夫婦もいた。



    深仙宿の一番隅。夜は強風。


    テントは3張り。テントは一番隅に張る。隣に外人の女性が一人。浄水器を持って水場に行き5リッター確保。美味しい良い水だった。本日の行動時間 12時間20分。夕食のメニューはサラミと高菜とニンジンご飯のピラフ、フリーズドドライのフカヒレスープ、お多福豆のパック。夜は強風が吹き荒れたが、 テントを山陰に張ったので影響が無かった。

    五日目 行者環岳避難小屋まで

    スリーシーズンのシュラフで、テントマットを省略していたので、夜、寒くて、ベストと雨具の上を着た。気温は10度。疲労のためかもしれない。4時 に起きて、パン、チーズ、マンゴー、コーヒーの朝食。薄暗い内にネコ式トイレで済ます。今日は弥山あたりまでか。4時50分、ガスの残量が心配になってき た。5時半、出発、雨具の下に長袖シャツを着た。強風で寒い。6時40分、釈迦ガ岳1800メーター。意外に早く着いた。



    釈迦ガ岳からの眺め。


    7時、鎖場あり。切れ落ちている。数百メーター下が見える。用心して通過。7時13分、下った所で小休止。長袖下着を脱ぐ。空鉢岳の下。大学のワンゲルとすれ違う。鎖場のことを聞かれたので「落ちなきゃ大丈夫」と答える。



    鎖場を通過。背後は釈迦ガ岳


    8時40分、鳥の水、流れていた。少し行くとテントが張れそうな場所があった。9時35分、仏生ガ岳、下の道を通過してしまった。10時、1700 メーター地点、小さな池あり。10時半、楊子避難小屋、水を2リッターにする。低血糖になったためか、どこから下りたか記憶がない。GPSで確認、尾根道 に戻る。11時半、船の峠で昼食。釈迦ガ岳で会った人と会う。前日に避難小屋に泊り、ピストンとのこと。11時50分出発、険しい道が続く。バテバテにな るが、八経ガ岳の手前で、なだらかな丘陵になり、元気回復。14時20分、八経ガ岳、1915メーター。人がいたので写真を撮ってもらう。



    八経ガ岳手前。ブナが倒れて枯れている。




    八経ガ岳山頂


    15時、弥山小屋着。人が多い。評判の悪い所なので、後3時間歩くことにした。16時35分、やっと出合。途中に貯まり水もあったが、人が沢山通 る。17時、一ノ峠。崩れかかった小屋とたまり水があった。ここも通過。野宿予定の若者数人とすれ違う。水は持っているという。18時5分、行者環小屋 着。あまりにも立派な小屋。外で食事中の中高年4名。中をのぞくと人がびっしり。シュラフにくるまり、お休み中。外にテントを張り、雨水から水5リッター 作成。ここの雨水は旨かった。本日の行動時間12時間半。疲労感はない。飯炊きは18時40分から。ニンジンご飯とほうれん草とサラミの炒め物、クノール のフリーズドドライのスープ、黒豆のパック。さすがに運動のし過ぎで寝られない。テントで、ストレッチ。寝たのは21時近かった。

    六日目 五番関まで

    3時20分に起きて、パン、チーズ、マンゴー、コーヒーの朝食。暗いのでゆっくりする。4時50分出発。昨日の人達が朝食中。熊野本宮から来たとい うと若いと言われた。若くないと言い返す。5時45分1485メーターのピークをを過ぎた鞍部。これからやせ尾根と鎖場が始まる。6時20分、やせ尾根に なり、階段もある。前夜、足がつってビバークした人と会う。「生きている時」の写真を撮ってもらう。鎖場が続く。全然恐くない。長いだけ。一応、落ちると 大けがはする。7時45分、国見岳。鎖場は終了。8時20分、中高年の団体とすれ違う。8時50分、大普賢岳、1780メーター。頂上は人だらけ。女の人 も多い。



    大普賢岳山頂


    吉野から来た人に水場を聞く。この先は小篠の宿が最終らしい。その次は遠い。道は良くなるので、ここで水を持つことにする。五番関がキャンプ適地と のこと。9時出発。11時、小篠の宿。ゆっくりと昼食。水は3リッター持つ。これでは明日の朝まで足りない。天気は下り坂。11時半出発、12時半、山上 ガ岳。



    大峰山寺本堂(山上ガ岳山頂)




    奉納すると言い、ホラ貝を吹く。この人に色々教わる。


    立派な寺がある。ゴールデン・ウィークなので人だらけ。宿坊を見学して、山伏を撮影。作務衣の人と一緒になった。山伏の位はぼんぼりの色で分かるそ うだ。立派な山伏と遭遇。写真を写す。写真を撮るなら、じっとするのにと言われたので、何枚も写させてもらう。最高位の人。洞辻茶屋で別れる。タダでお茶 もご馳走になった。茶屋は宿の主人が出張して客のもてなしをやっているとのこと。作務衣の人は100回通っている。もちろん、お布施は毎回渡しているとの こと。

    鞍掛の岩場、長いが緩い。ロープ有り。降りると三人の登山者。一人は30年前のJanSportsのフレームパックを使っていた。ビックリして、つ い話し込んでしまった。銅鍋行者の祠の所にポリタンがあり、たまり水があった。浄水器で水を追加。3リッター少しにする。行動中に1リッターは飲んでい た。15時半、五番関(女人結界)にテント設営。ガスは大丈夫だろうが。まだ天気は良いし、たき火で飯炊きをした。



    ガス節約のため、焚き火で飯を炊き、スープを作った。


    4時半頃、高菜とサラミとニンジンご飯の炒め物。食べていると、男3人が下ってくる。小屋はないかという。有るわけない。テントを張ろうか迷ってい る。後続の3人も到着。議論をして、二蔵小屋まで行くことになった。天気が下り坂なので、雨が降るとテントが重くなるので嫌だそうだ。3人用テントに3人 寝るとのこと。悲惨。こちらは濡れても重くならないシリコンコーティッドのナイロンテント。お陰様で、一人でゆっくりとキャンプできた。18時、食事終 了。19時前に寝てしまった。

    七日目 吉野へ

    曇り、風は吹いたが、雨にならなかった。4時に目が覚めた。9時間半寝たので、睡眠不足は解消。今日は半日歩けば吉野なので、ゆっくりする。パン、 チーズ、マンゴー、コーヒーの朝食。ガスはまだまだあった。今回のガス・ストーブは小さい火にできるのでガスが節約できるようだ。6時5分出発。水もあま りないし、疲れたので大天井ガ岳の巻き道を通る。30分で水があった。顔を洗ってヒゲを剃る。水は2リッター確保。7時出発。しばらく歩くと尾根になり、 テント適地が現れる。さらにもう一ヵ所、水場。さらに進むと、尾根になり、ここも素晴らしいテント場。ここまで来れば良かったが、分からないから仕方がな い。スミレの花が多い。親に電話。

    7時55分、二蔵宿。実に立派な宿。トイレもある。8時出発。9時、足摺小屋。ここは土間で、祭壇がある。9時20分、四寸岩山、1236メー ター。岩なんか、少ししかない。ハイキングコースとなる。10時、ヒルトンのビュッフェに予約を入れる。11時20分、金峯神社着。舗装道路になり、ス パッツを外す。吉野に到着。散歩モード。



    吉野水分神社。


    金峯山本堂を見学。ぶらぶら歩いていたら店の人にどこからと聞かれる。奥駆けというと草まんじゅうを2つくれた。食べたら店に入る必要がなくなっ た。ケーブルに乗り、近鉄に乗り、阿部野へ。阿部野橋と天王寺が同じ場所とは知らなかった。ジュースをのみ、ドトールでコーヒー。その後、親の金で、ヒル トンのビュッフェで食い放題。種類は少ないが、料理は旨かった。満腹になり、予定はすべて終了。結局、交通費以外、使わなかった。お布施は払わなかった が、賽銭泥棒もしなかった。偉いだろう。

    今回の優れ物
  • Map60CSx英語版とUpUpDownの地図。登山道は正確。10メーター移動すると、位置の変化が分かる。木立の中でも衛星はロスしない。測位も非常に速い。地図を取り出す程度の時間。
  • プリムス P-131・マイクロン・シングルバーナー ご飯を炊くときに弱火にできる。弱火が安定していて、温まっても火は大きくならない。結果的にガスの消費量が減った。
  • この他、MountainHardwearのSolitudeも素晴らしい。重い荷物が楽に持てる。i-modeの防水携帯も、通話可 能であれば、日本上空のレーダー画像が手に入る。GPSや携帯電話で、言わば神の力が手に入る。身体能力や知的能力をカバーするため、ハイテク武装は必 要。






  • 2007年4月 

    屋久島・口永良部島・開聞岳バックパッキング



    スタートは永田集落から

    何年か前、可愛いワンゲル部員と宮之浦歩道で会った。おじさま扱いされて「永田岳のルートはお勧めできません」と言われた。確かに、他のメンバーは よれよれで、歩くのは私の方が速かった。ただ、天の邪鬼だから、きつめの永田ルートを登ってみたくなった。長い間、屋久島に通っているのに、隣の口永良部 島にも渡りたいし、開聞岳にも登ってみたい。今回はちょっと欲張りな計画を立てた。



    一日目





    永田歩道入り口。水もあるし、なかなか良い場所だ。


    マリン・エキスプレスの二等寝台は空いていて4人しかいなかった。早めに電気を消して20時くらいから10時間は寝た。中年の奇麗どころの女の人にどこに行くのかと聞かれた。

    「屋久島、10年近く通っています」
    「そんなに女の人より山が好きなんですか」
    「そんなことないですけど。女は後ろから刺したり、毒を盛ったりと危ないでしょう。山は危なくないです」

    たっぷり睡眠をとったので体調が良いようだ。8時半に下船、バスとJRを乗り継ぎ、鹿児島の北埠頭からロケット(水中翼船)に12時10分に乗り込 む。宮之浦でバス待ちをする。女子大学生7名が待っていた。私の巨大バックパックを見て、スゴイと後は声が出なかった。皆さん、パッキングがへたくそで、 マットを落としそうだった。今回は水抜きで23キロ。食料6日分、予備のガス・カートリッジまで持った。ちょっと持ちすぎ。

    女子学生たちはいなか浜のキャンプ場で下車。永田には、4時半ごろに到着。ぶらぶら歩き、横河渓谷、16時50分。駐車場とトイレがあり、キャンプ可能。気持ちよい遊歩道があり、進むが途中で道が完全に消えた。GPSは正確。少しヤブを漕いで林道に戻った。

    17時半、登り口でテント設営。水4リッター確保。メニューは牛肉ともやしと高菜の中華炒め。なかなか旨かった。クノールのフリーズドドライのスープも旨い。煮豆も一つ食った。



    二日目

    晴天で星がよく見えた。少し頭痛。風邪かもしれない。4時半に起きる。パン、チーズ、マンゴー、コーヒー。5時20分、のんびりした。出発は6時少 し前。やっと少し明るくなった。しばらく行くと、道が無くなる。分からない。GPSで歩く。6時14分、170メーター地点。6時25分、道が何本もあ る。赤いテープもある。280メーター地点、小休止。6時50分出発。400メーター地点、道がおかしくなる。GPSで元に戻る。



    最初の水場、たぶん第一休憩所近く。


    450メーター地点、水あり。小休止。リスのような動物が走る。カメラで写す。しばらくするとGPSを落としたことに気づく。50メーター程引き返す。水場の傍に落ちていた。専用ケースに入れて、ヒモで接続しないといけない。

    水鳥沢780メーター、9時20分、水を補給。現在1.5リッター。9時半出発、少し頭痛、830メーター地点、道が100メーターくらい東にずれ ている。付け替えたのだろう。9時45分935メーター地点、後7.7キロの標識。10時10分、鹿が一匹。疲れたので小休止。960メーター地点。

    男女二人と会う。鹿の沢小屋からとのこと。975メーター地点。小屋の標高は1550メーターとのこと。1130メーター地点、小休止。やはり、 コースタイム程度はかかる。1190メーター、岳の辻手前、水あり、昼食とする。11時半。ほとんどコースタイム通り。チェダーチーズも旨い。パン一枚、 チーズ3個。11時50分出発、水0.5リッター追加、現在1.3リッター。岳の辻12時。竹の辻12時34分。1230メーター地点、7本杉。12時 半。後6.2キロ。 

    7本杉、台杉状態の杉が何本もある。




    ほとんど展望のないコース


    1300メーター地点、水有り、12時40分、テント可。鞍部、12時50分、素晴らしい水場、ヒゲを剃って顔を洗い、身体を拭く。水は1リッター のみ。1320メーター、後4キロの標識。やっと姥ヶ岩屋、たき火の後あり、寝られる岩屋、14時6分。遅れたが、後3時間程度。

    桃平、15時7分、水は無いが、下ればある。テント泊可。15時42分、なめた沢があり、渡るとテント場あり。後30分程度なので通過。16時半、鹿の沢小屋着。



    鹿の沢小屋、10時間半かかった。


    黒味岳往復の人がいた。単独だと、どうしても食料は多めになってしまうという。写真を写してもらう。明日、花山歩道を下り、栗生まで歩きバスに乗って飛行機に乗るという。開聞岳に行くとのこと。川を渡った所に良いところがあると聞き、17時、テント設営。



    永田岳近くの山が少し見える。完全な不法キャンプ


    夕食は米をカップ一杯と多めに使い、サラミとゴーヤと高菜の炒めご飯、中華スープ、お豆。18時過ぎ、5から6人の団体が小屋に入る。テントで良かった。夜は晴天、20時半、目が覚めて、少しパンをかじる。風が出てきて下り坂。

    三日目

    0時、杉花粉症のため、苦しい。体操をする。3時、星が見える。風が強い。4時半、目が覚める。強風、曇り。パン、チーズ、マンゴー、コーヒーの朝食。6時出発。強風、ガスであまり見通しはない。



    永田岳の岩頭


    7時22分、永田岳直下、強風、岩には登らず、ガスの切れ目に写真を写す。永田岳の登り口、7時43分。三叉路、8時16分、強風、向かい風、ガス。宮浦岳へのコースは中止。ルート変更、宮之浦歩道で下山開始。



    第二展望台あたりの山。雲が渦巻いている。




    ビャクシン岩(坊主岩)


    平石、8時35分。平石岩屋、8時52分。天気は下り坂だが、時々雲が切れる。いわゆる偽の晴れ間。坊主岩9時半、9時45分、小休止。

    第一展望台10時6分、新高塚小屋、誰もいない。大休止。ココアを飲む。淀川小屋から来た大阪の人、風で吹き飛ばれそうだったという。しばらく一緒に下山。



    新高塚小屋を下った所




    さすがに縄文杉はでかい


    縄文杉12時半、永田で会った人と再会。地元の人らしくなかった。ガイドだった。ウイルソン株、13時50分。大勢の人と前後して歩く。水1リッターとする。ツアー客に追いつかれた。先に出発、三代杉、15時35分。再びツアーに追いつく。

    楠川分岐より少し入った所の小屋跡にテント設営、16時。水は川に汲みに戻る。3リッター確保。4時20分、雨 が本降りになる。テントの中で水を濾す。ニュースによると明日は雨。上は大荒れ。大根菜とサラミのピラフ、クノールのスープ、カネハツの黒豆はまずい。 18時、食事終了。雨が時々ひどい。トイレに出て行けない。すぐに寝てしまう。20時半、バケツをぶちまけるようなすごい雨。テントは2センチばかりの水 たまりに浸かっていた。

    四日目

    朝には水が引いていた。雨は小降り。シュラフが少し濡れた。4時半に起きる。パン、チーズ、コーヒー。5時半ゆっくり二杯目のコーヒー。6時頃、出 発、小雨。7時4分、辻の岩屋。下に水がたまっている。こんな所では寝られない。辻峠7時10分。白谷小屋7時40分。学生2グループとすれ違う。皆さ ん、あまりバックパックが様になっていない。初心者が見え見え。

    8時半白谷雲水峡、バスは9時、疲れたので乗ることにする。しばらくすると、大阪の人が降りてきた。原生歩道を回ってきたという。真面目に協力金を払っていた。

    バスで田代別館でおろしてもらったが、風呂は16時からだった。ぶらぶら歩き。レストラン寺田屋は定休日、名残の松公園で身体を拭き、顔を洗う。屋久島ふるさと市場で日替わり定食。コーヒーは旨かったが、エビが小さかった。パイナップルと豚の三枚肉のパックを買う。



    村営フェリー太陽、別名けっこう丸


    フェリー太陽で口永良部島に渡る。弁当とか買い込んだ若い島の人に聞く。寝待温泉が一番良いとのこと。車で35分、歩くとどれだけか分からない。フェリーはもの凄く揺れて死ぬ思いをした。脂汗が出て吐く寸前。14時40分、下船、助かった。



    道はコンクリート舗装。火山島で、アスファルトは危険。




    立派な雄鹿


    寝待温泉まで歩くことにする。水2リッター確保。東京からの家族、先に車で出発。GPSを使いフルスピードで歩くが、遠い。16時、立派な鹿と遭遇。民宿くちのえらぶ、16時26分。東京の家族の人が車で追いこす。川あり、野宿可能。ペースを上げて歩く。



    寝待温泉ちかくの岩頭


    17時半、寝待温泉に到着。車で追い抜いた二家族が迎えてくれた。広島から来て1年になる人、松本さん。イカ刺しを食えといただく。テントも張ってよいというが、長屋を借りても800円だという。借りてみた。みすぼらしい部屋。風呂は乳白色のぬるめ。なかなか良い。

    松本さんの息子はITSの有名な研究者らしい。松本さんは絵を描く。釣りも上手になった。こちらが大学に勤めていることを一度で言い当てた。硫黄島 の県営住宅に応募中、3DKで家賃は月1万円だという。もう一人、長屋の海側の人は来て4ヶ月。何も無い島なので釣りが趣味でないといられない。夕食は チャーシューと野菜の炒め物、プロパンガスのキッチンを使う。

    隣から物音とかテレビの音がする。外は強風だが、風の当たらない場所がある。星がきれい。20時半、避難壕の隣にテント設営。気圧があがり寝苦しく、一時間ごとに起きたが、結局、6時まで寝る。テントはすぐに撤収。

    五日目

    コーヒー、パン、チーズの朝食。明日雨の予報。今日、宮之浦に戻り、テント泊して鹿児島に渡り、開聞まで行くことにした。8時40分、車に便乗、 アップダウンの激しい海岸沿いの道をグルグル走る。気分が悪くなってしまった。荷物の発送後、岩屋泊まで見学に連れて行ってくれる。記念撮影。景色はよい が、牧場になっていて、有刺鉄線を張ってある。



    岩屋泊にて


    竹を苅っている人、お見送りと港へ急ぐ。こちらも港へ。車でも酔いそうだった。10時、港。若くてきれいな 先生のお見送り。松本さんによると、離島手当8万円。金を使うところはなく、島の人が野菜とか魚を持ってきてくれるそうだ。希望者殺到とのこと。島の人口 は160名。天気が良かったので、揺れなかったが、地元では欠航丸と呼ばれる。500トン、一週間程欠航するのは珍しくないらしい。



    レストラン寺田屋の日替わり定食、700円


    宮之浦、12時10分着。レストラン寺田屋で日替わり定食。ここは実質本意で美味しい。



    宮之浦の徳州会病院近く。近くにスーパーがあるので便利。


    テント設営14時、オーナーは代替わり、改築中。一番隅に張る。バックパックの調整ヒモが切れてトップがバラバラになりかけていた。調整機構は接着剤で固めてしまった。トップの分解と組み立てで40分もかかった。15時、散歩に出かける。田代別館で一番風呂。

    テント場の傍のスーパーで買い物。牛ステーキ2枚、菜の花の和え物、餃子、巻き寿司と稲荷のパック、小さい蒸しパン6つ、オレンジ2個、ピザパン2 枚。みんな食った。足りなかったので、もう一度スーパーに行き、ミルク500ミリリッターとあんパン5つ買い、すべて食べる。やっと落ち着いた。口永良部 島でくたくたになった。19時、歯を磨いて寝た。

    六日目

    4時45分に起きる。ピザパン2枚、オレンジ2個、コーヒー。5時20分、歯を磨く。6時前からぶらぶらと宮之浦港へ。松原の公園でテントを畳んでいた自転車の男がいた。まだ、初心者。ロケット7時10分に乗り込む。

    天気は悪く、空が真っ暗。10時5分、鹿児島、北埠頭着。山で一緒になった大阪の人、種子島を回っていたという。鹿児島駅近くの市場で買い物。ミンチコロッケ、3つ。サラダ2種類、もやし、餃子、それと、お昼の弁当に880円のにぎり寿司。

    従兄弟に電話するが、携帯に出ない。具合が悪いのだろうか。12時18分のJRでとりあえず指宿に行く。ひどい雨。町を見学して時間を潰そうとする と、鹿児島交通のバス停があった。14時のバス。乗客は一人。キャンプ場、16時半頃に到着。食事の後、従兄弟に電話。二回目に娘が出て、亡くなったとい う。絶句。しばらくして気を取り直し、奥さんに電話。明日か明後日に顔を出すことにした。バンガローにうるさい客がいて、子供が長い間騒ぐ。キャンプ場の 一番隅に引っ越す。10時20分、時々「ギャッハッハ」と聞こえる。最低。

    七日目

    5時に起きる。パン、チーズ、マンゴー、コーヒーの朝食。6時出発。迷ったがオスプレイのsoloで行く。水2リッターを持つ。3合目、6時27 分、樹林帯で見えず。4合目6時40分、5合目6時55分、6合目7時10分、7合目7時25分、8合目7時40分、9合目7時57分、最後にはしごがあ る。登山道は2万5千分の1と食い違う。水1リッターを捨てる。8時15分頂上。黄砂のために霞んでいる。



    開聞岳山頂から。高度感は抜群。黄砂で霞んでいる。




    従兄弟の死を知って、さすがに表情が悪い。




    開聞ふれあい公園のキャンプ場から


    8時半、下山開始、高齢の登山者が多い。時々、すれ違う。ヘルメットをした人が登ってきた。道の工事という。所々、救助ポイントがあるのは、ヘリコ プターでつり上げるため。高齢者だとどうにもならないらしい。10時12分、テント場、着。すべて予定終了。11時、片付け終了。バス停に急ぐ。



    日替わり定食、824円、魚の一口フライ。なかなか旨かった。


    開聞で香典袋を買う。バスはすぐにきた。山川桟橋で下車、つなぎのフェリーがないので、ひさごという店に入って昼食。船は2時。根占、15時着。バ スは15時19分。猛烈なスピードで走り、16時15分、鹿屋で志布志行きに乗り換え、串良着16時40分。従兄弟の家、16時50分。奥さんが一気に老 け込んでいる。長女は倒れて点滴を受けている。次女にホテルまで送ってもらう。

    ホテルの風呂に入ると、髪の毛がたくさん抜けてしまった(単なる加齢かもしれないが)。さらに、一日後、ヒゲが三日分くらい伸びた。身体の 変調がある。従兄弟とはいえ、パートタイムの兄弟だったので、ショックは大きい。もう、野之湯温泉に連れて行ってもらえないし、美味しい蒸し料理も味わえ なくなった。ちなみに従兄弟の死因はタバコの吸いすぎによるガン。このHPを見た人は禁煙してください。毒物です。



    2007年1月 

    熊野古道・小辺路ルート



    熊野本宮大社。正月の少し前

    奥様がご一緒とのことで暖かいルートを探した。熊野古道が世界遺産とかでうるさい。調べてみると、伊勢路ルートが暖かいが、古道は少ししか残ってい ない。よく考えてみれば、10年ばかり前に自転車で走って、新宮から奈良へぬけたことがある。高野山から本宮までの小辺路(こへち)ルートが良さそうだ。 距離は長いが、十津川温泉まで出ればエスケープもできる。標高差800メーターを毎日クリアしないといけないが、これは黙っていた。二人4日分の食料を持 つと26キロもあった。これは無問題。



    一日目



    朝、早くJRで出発。難波で昼食。南海電鉄で極楽橋。ケーブルに乗り換えて、バスで千手院橋で降りる。午後2時。寺に興味はない。GPSは正常作 動。しかし、頭がぼけて、自信がない。宅配の人に道を聞くと、正反対の方向を教えられる。再び、頭が混乱した。道に迷い、寺の人に道を聞いて、引き返す。 最初の方向感覚が正しい。正門院横から小辺路ルートに入った。世界遺産なのに、観光案内板に表示もない。普通の林道を歩き、3時40分、薄(すすき)峠、 4時40分、御殿川。険しい場所で、テント場なし。川を渡り、坂を上がると廃屋あり、その前にテント設営、5時。水は引き返して、川に降りて浄水器で7 リッターを確保。5時半。飯炊き開始。乾燥にんじんを入れたご飯にウインナと高菜を入れてピラフにした。カボチャスープ、ユリ根の卵とじ、お菓子パン。7 時半に寝る。



    二日目



    大滝集落。道標はしっかりしている。


    晴天でものすごく冷えた。前室で4度くらい。しかし、フライは凍っていたので氷点下は確実。6時に起きて、パン、コーヒー、チーズ、乾燥マンゴー。 ここの水はもの凄く美味しく、コーヒーの味が違った。もたもたして8時出発。大滝に休憩所とトイレがあった。山に入ると、きれいな杉林が続く、GPSは ジャストミート。地図に誤差がない。9時5分、900メーター地点、小休止。9時25分、スカイラインに合流。10時、横浜から歩いてきたという男と会 う。12月1日に出発したとのこと。あきれた。軽快に歩いていた。10時5分、分岐。古道に入る。水ヶ峰集落跡、しばらくして林道に合流。



    水ヶ峰林道、ここは舗装されている。


    11時15分、あづまやに到着。昼食。晴天。11時45分、出発。12時半、平辻。10時10分、分岐で小休止。GPSの精度は素晴らしい。1時 45分、大股バス停。きれいなトイレと水があるが、平らな所がない。5分ほど歩くと、対岸に畑と道があり、道ばたに張れる。しかし、農作業の人も帰った。 2時半、古道がスイッチバックしている平らな所にテント設営。4時半、ご飯を炊き始める。にんじんご飯にサラミ、高菜、小松菜を入れたピラフ。カボチャ スープ、煮豆パックなど。6時過ぎに寝る。天気は下り坂。下ってしまう前に山に登りたい。

    三日目



    伯母子岳山小屋、トイレは閉鎖されていた。


    4時40分に目が覚める。風があるが、雨は降っていない。曇り。パン、チーズ、マンゴー、コーヒー。6時にテントを片付ける。トイレに行って、6時 15分出発、急な登りだが、快適な杉林が続く。7時20分、畳小屋跡。8時35分、水平の尾根に出る。山頂への分岐手前500メーターに水があった。 8時55分、山頂への分岐。天気が悪いので、峠に向かう。9時15分、伯母子峠の山小屋着。水は5分先にもある。トイレは閉鎖されていた。ココアを飲む。



    伯母子岳の南側山道が一番険しいが、この程度。




    山が低いので大した景色ではない。


    9時45分出発。10時40分、上西家跡。水平に行く道は新道。古道は道が悪い。一度、尾根に出る。しばらく行くと、高度を下げて暗い杉林の中。 11時45分、ついに雨が降り出す。小休止。石畳の道でかなり疲れた。1時40分、三田谷。きれいなトイレはあるが、何もなし。水を7リッター確保。反対 側の川原に降りてテント設営。2時半、かなり激しい雨になった。

    突然、車がテントの前に現れる。キャンプに興味のあるおじさん。四方山話。奥様はばてて吐き気、食欲もゼロ、熱が少しある。帰るという。冗談じゃな い。バスは一本あったが、十津川村行きは日祭日のみ運行。携帯電話はつながらない。公衆電話で十津川村観光課にかけるが、話の途中で切れてしまい、その 後、つながらない。故障。一度、テントに帰るが、再度、公衆電話を試みる。つながらない。車が来たので止めると先程のおじさん。バス停の傍の家の人だっ た。川沿いに下ると、十津川温泉はあるが、車で40分。とても歩けない。朝、7時半、上野地(うえのち)へのバスは確かに運行する。接続して、奈良の五条 までいけるという。助かった。テントに半分くらい戻ると、車の移動販売の音楽。引き返し、みかんとアンパンを買って戻る。夕食はニシンの甘露煮をにんじん ご飯に載せた。味噌汁、お豆さん。6時、雨は土砂降り。雷も響く。結露でシュラフが濡れた。

    四日目



    吉村家跡の巨大杉。


    5時に起きる。雨は収まった。テントはびしょびしょ。6時10分、テントの片付け。奥様は先にトイレへ。6時50分出発、合流。心配なので、バスが 来るまで待つ。7時半、確かにバスが来る。運転手に「お先に失礼します」と挨拶された。見届けて歩き始める。小さな店があった。吊り橋を渡り、登り始め る。標高400メーターの三浦集落は消滅。9時30分、30丁の水、旨い。10時5分、水が流れていたので、1リッター追加。計2リッターとする。10時 35分、三浦峠、1070メーター。トイレと休憩所はあるが、林道が走り、つまらない。10時55分、古矢倉跡。道は良い。水もある。新道と旧道の分岐で 休憩。あんパンとチーズで昼食。シュラフを干す。



    大勢が歩いたので、尾根がすり減っている。


    11時45分、出発。12時15分、四つ辻。四本の山道の合流地点。12時50分、観音堂。1時10分、舗装道路に合流。1時40分、西中バス停。 1時54分に十津川温泉行きのバスがあった。停留所を一つ歩いたが、舗装道路を歩くのが嫌になった。バスに乗り、十津川温泉にいく。同乗のおばさんからス タミナドリンクを一つもらう。運転手には公営の風呂を教えてもらった。川を渡った所。素晴らしい風呂で400円。3時、2リッター程度を持って風呂を出 る。店でもの凄い重さの固いアップルケーキとサンマ寿司を買う。小辺路ルートの入り口で寝場所を調べる。水は林道の側溝に流れていた。小辺路ルートを少し 戻り、下った所に杉を切り開いた広い場所があった。4時半テント設営。水は3リッター確保。5時、サンマ寿司を食う。もの凄く酸っぱい。まあ、旨いけど。 食い残しのにんじんご飯と高菜でピラフを造り、お豆さんやカボチャスープを追加。6時過ぎに寝る。



    背景はつまらないが、朝靄に煙る十津川温泉はなかなか良かった。


    五日目

    5時半に起きる。パン、チーズ、アップルケーキ、チョコレート・ドリンク。明日から寒気が南下。今日、昼までは大丈夫の予定。6時40分、気温7度。7時10分出発。8時、果無(はてなし)集落あり。トイレがあった。天水田、620メーター、朝日が温かい。



    時々、こんな観音様が祭ってある。




    天水田。昔は雨水を上手に利用した水田だった。


    9時13分、山口茶屋跡。9時50分、観音堂、855メーター、水とトイレあり。大休止。アップルケーキをすべて食ってしまう。気温7度、風が強く て冷たい。シュラフを干す。10時25分、出発。水1リッターとする。果無峠、11時10分着。気温4度。強風で冷たい。上は長袖シャツ一枚に雨具、下は ショーツ。くだりは良い道。2時5分、矢木屋バス停。舗装道路だが、歩くことにする。2時35分、道の駅本宮。水を1リッター。しばらくは舗装道路だった が林道に入り、それから古道に入る。熊野本宮大社着、3時50分。宝物殿を見学。何にもないのに驚いた。通りがかりのおばさんに聞くと、屋根のあるバス停 があるという。結構、親切な人が多い。野宿のプロだからバス停などでは寝ない。店は一つだけ。迷った挙げ句、牛肉とだし巻きを買う。水2.5リッターをも らい、川原に向かう。大鳥居の下に水場もあった。堤防の上に張ろうと思ったが、強風。川原に降りてテント設営、5時。



    熊野川、河川敷。広々として気持ちがよい。冬は渇水期で、増水の恐れはない。


    夕食は牛肉とドライのほうれん草で中華風に煮込んで、中華どんぶりにした。 6時30分、食事終了。雪がちらついている。気温は7度なのに非常に寒く感じる。7時過ぎに寝た。寝汗をかく。夜中には寒気が消える。服を脱いで、ぐっすり寝る。

    六日目

    5時に目が覚める。雪がちらついている。テントの前室は5度。パン、コーヒー、マンゴーの朝食、6時のニュースを聞いてから片付ける。7時前にテントを畳 み、バス停へ。雪が本格的に降り始める。これから奥駆けにでかける若者と会う。立派な靴を履いているし、ジャケット、パンツも本格的。吉野までバスで行く のが速いらしい。7時24分のバス、少し遅れてくる。8時半、新宮着。洗面所で洗顔、ひげそり。JRはがら空き。GPSはもの凄い。JR中でもローケー ションする。カーナビのよう。松坂で牛肉弁当を買った。塩辛くてまずかった。名古屋で途中下車。ドンクでパンとコーヒー。おみやげを少し買い、自宅は7時 前。小辺路ルートは素晴らしいバックパッキング・コースだった。しかし、富山の山道に慣れているせいか、物足りなかった。


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