2006



2006年11月 

毛勝山登山



ブロッケン現象に遭遇

僧ヶ岳の隣、毛勝山に登ろうかと思ったのは春のこと。ぐずぐずと時期を逃し、雪が何時降ってもおかしくない時期になった。一週間前は登山予定日に天気が下り坂になるので中止。今回は、天気図やレーダー画像を何回も読み、初日に崩れて、二日目に天気が回復すると判断した。初日はアプローチ。二日目に登山。三日目に帰宅という、相変わらずのスローペース。



一日目

荷物は21キロと軽かったが、初日は、顔色、表情、バランスが悪い。半病人。


朝、JRで魚津へ行く。バスは8時36分。東蔵行き。乗客はたった一人。下りる時に初めて荷物料金を取られた。こんな事は初めて。GPSの調子が悪く受信しない。発電所10時半。遭難碑の周りを掃除していた人がいた。氷見の人で、遭難した人の父親だという。12月末に毛勝山に入り、一月初めに遭難という。30年経っても息子の事は忘れられないようだ。少し歩くと、地元の夫婦に声をかけられる。毛勝に行くというと、珍しく乗せてもらう。東俣を通り過ぎ、ずっと奥の800メーター地点までつれて行かれた。冬の雪渓コースと間違えているようだ。少し休憩して、700メーターの東俣まで戻っておろしてもらう。毛勝の入り口を確認した。看板も新品。



登山道入り口。ハイキングコースに見えるが・・・。


標高2000メーター地点に池があるので、水2リッターを確保、登ろうと思ってバックパックを持ち上げると気が変わった。重い。体調が悪い。止めにして、テントを張る。二日目に軽装でピストンが良いだろう。近所を散歩する。水、5リッター確保。13時50分、ココアを飲む。グリコのGABA。比較的旨い。天気予報は夕方一時雨だが、明日は晴。3時、寒くなってきた。曇ってきた。雲の湧き方は朝から変だが。気温は16度ある。風のせいか。 

素晴らしい場所。二日間、住み着いた。


4時半、毛勝の入り口に行くと、鈴の音がした。下りてきた人に聞くと6時間という。痩せ尾根があるという。5時に出た方がよいと聞く。4時40分、飯炊き開始。5時、本格的な雨。テントの入り口のチャックの縫い目からぽたぽたしずくが落ちる。目止めが必要。また、頭の位置のテントに二カ所、破れた所あり。雨は一時間半で止んだが、かなりひどかった。雷もごろごろ。登らなくてよかった。ウインナの炒め物の野菜ピラフ。カボチャスープ、お豆さん。時々雨。7時20分、寝られないのでパンとチーズを食べる。その後はぐっすり。明け方は変な夢を連続してみる。寝汗もかく。

二日目

5時に起きる。真っ暗、パン、チーズ、マンゴーの朝食。GPSは入らない。5時半、二杯目のコーヒー、5時50分、急に明るくなった。6時出発。7時、1055メーター地点。急勾配が終わる。晴天、小休止。道は僧ヶ岳よりも良い。7時50分、1270メーター、携帯はつながらない。1320メーター地点、携帯がつながる。8時20分、標高の誤差が30メーターになった。気圧が上昇。セットし直す。9時、小休止、1479メーターのピーク。9時半、1600メーター地点、杉はあるが、笹が増えてきた。10時、1710メーター。10時15分、小休止、パンを食べる。GPS受信せず。晴天。



笹が増えた尾根の様子。何処が痩せ尾根か分からない。




正面やや右手が駒ヶ岳


10時35分出発、急坂を下りた所に池、1810メーター地点。これを第一の池としよう。1975メーター地点にも池。単独の人が追いつく。スパイク付きの地下足袋。池のある所で道が分かれていた。少し迷う。地元の人に写真を撮ってもらう。



体調は回復。




第二の池




遠くに毛勝山頂が見える




隣の恐ろしげな岩山




山頂間近、12時。




山頂直下、第四の池、水は澄んでいる




頂上にて。


頂上直下100メーターほどが草があり、少し雪が付いていた。昨日の雪だろう。1時、頂上。地元の人も登ってくる。写真を写してもらう。



毛勝山頂




剱、今年も何人か死んだ。




中央左手が白馬岳。今年は稜線で三人、大雪渓でも二人は死んだ。


地元の人と話をした。25歳程度の青年。

「剱に少し行きたくなってきたんですが。」
「それが危ないんです。今年も何人か死にました。私は鎖場のある所には行かないようにしています。この間、白馬でも三人死にましたね。こちらでも、その時に雪が降ったんですが、一度、溶けたんです。よく雪がないと分かりましたね。」
「室堂と標高が同じでしょう。ライブカメラで見ました。まあ、念のためにアイゼンも持ってきました。そういえば、僧ヶ岳でも二人死にましたね。」
「三人です。死体も出てません。初めてなのに、よくこんな良い天気の日に来られましたね。」
「いや、天気予報を見て、天候待ちして登ってきました。車がないので、ベースキャンプ張ってます。下りてもバスがないからもう一泊します。」
「3時間半で下りるなら車に乗せてあげますが。」
「とんでもない。無理ですよ。ヘッドランプも予備バッテリーもありますから。ゆっくり下ります。一度通った道ですから、暗くなっても大丈夫です。」
「何でも持っているんですね。じゃあ、私は先に下りますから。」
毎週のように通っている人のようだ。地元の人はみるみる下っていく。スパイク地下足袋でないと、到底、歯が立たない。しかしね。剱は何万人も登っているんだが、毛勝山と僧ヶ岳は、数百人。死亡率は剱より圧倒的に高いと思うけどね。

13時15分、ゆっくりと下山開始。滑ると危ない。2時、頂上直下の池。水を2リッター確保。天気がよくて温かい。2時半、第三の池、2020メーター地点の地塘群。2時45分、2000メーター。ガスが出て、景色が見えなくなる。





2時55分、1940メーター地点。3時16分、第二の池、1910メーター。笹の根がすべってなかなか歩けない。3時26分、ブロ ッケン現象を観察、撮影、1775メーター地点。尾根の東に濃いガス、西が晴の状況。 

高度を下げるとガスが晴れる。


4時、1540メーター、小休止。そろそろ薄暗くなり始める。5時、ヘッドランプを装着。しばらくは周囲が見えていたが、5時半、真っ暗となる。ちょうど、残り300メーターの急勾配に入る。虎ロープがよい目印になる。ヘッドランプだけではあまり見えないが、道の記憶がある。慎重にルート判断をして急勾配を下り続ける。傾斜が緩くなると、ぼんやりと青 い光が見えた。木に貼り付けた反射テープだ。行きには何故と思ったが、夜はよく見える。それでも貼り付け箇所が少ないので、ガイドにはならない。6時05分。登山口に到着。結局、行きが7時間、帰り5時間、計12時間のハードな山となった。写真も200枚以上撮ったので、時間がかかったのかもしれない。

テントに戻り、残りの水で米をふやかし、水3リッターを取りに行く。サラミと大根葉のチャーハン、お豆さん、カボチャスープ、デザートとして大福を一つ平らげる。8時にすべて終了、歯を磨く。森を見ると、数秒間、蛍のように光る点があった。反射テープかと何度も見るが、その後は見えなかった。誰か、森のヒトが覗いていたようだ。夜は晴天で温かく、ぐっすりと眠った。

三日目



ストレス病は完治


4時半に起きて、コーヒー、パン、チーズ、マンゴー。5時35分テントを撤収、トイレをすませて、5時40分、出発。少し明るい。昨日も5時半に出ればよかった。このコースを下るのは初めて。6時半、第4発電所、結局、東蔵、8時10分着。2時間半かかった。バスは9時15分だったので、川の傍に移動、ココアとコーヒーを飲む。テントは広げて乾かす。GPSは死んでいる。トラブル続きで、廃棄するしかない。バス570円、地元の人も乗り込んでくる。魚津の労災病院に行く人が多数。JRは10分で連絡し、富大10時半、コンビニで学生に目撃される。研究室でヒゲを剃り、午後から院と学部の授業。



2006年10月 

新人研修



今回の獲物

立山青少年自然の家で、新入生の合宿研修があった。会議で何度も通い、一山登って歩いて帰る習慣になった。どうせタダでは帰らない。ついでに、運動不足病の二人を連れ出すことにした。超初心者なので、米以外の食料と三人用テント(Nallo 3)と二人用タープ(Beta Light)を持った。初日は昼飯を食ってから来拝山に登り、記念撮影。軽い足慣らしなので表情も明るい。後は二時間ばかり歩いて大辻山の登り口の林道でテント設営。



水汲み

側溝から浄水器で水を作る


林道脇には土砂崩れの工事で車があったが、夕方にはいなくなるのでテント設営。初心者だから時間がかかる。次は水汲み。これは奴隷の仕事なので、命令だけする。MSRの浄水器は突然浄水不能になる。その時はうっすらと土が詰まっているので、分解してナイロンたわしで擦らないといけない。5リッター作るのに30分もかかってしまった。メシは5時頃から炊き始め、サラミとドライの野菜の炒め物。サラダ用煮豆、味噌汁。6時半に寝る。雨。Beta Lightだけで寝たのは2回目だが、蚊も小動物もいなかったので、快適だった。もちろん、二人とは可能な限り距離を置いた。



二日目

テントはNallo 3


夜中は時々星が見えたが、雨もそれなりに降った。5時前に起きて、二人をたたき起こす。雨は上がった。食料はカロリーメイトしか持ってこなかったという。そんなことは想定内。パン、チーズ、コーヒーの朝食を二人にも食べさせる。テントを二つたたみ、6時40分出発。さすがに雨で重くなった。

リーダーの勇姿


Outdoor ResearchのハットとMountain HardwareのSolitude、Tシャツとショーツにゲイターという異様な姿。クマも驚いたかも。



大辻山の中腹


まだ、二人とも元気。ウォーミングアップなので、登りはゆっくりとリードする。



大辻山山頂


剱、奥大日、立山が見える


山頂着8時50分、コーヒータイムとして、カロリー補給、9時20分下山開始。北尾根に入ると、登山道に蜘蛛の巣が張っている。つまり、誰も歩いていない。クマちゃんの気配もない。順調に気持ちよく下り、11時林道に合流。小休止の後、高峰山12時着。小休止、カロリー補給とする。久保田さんが少しバテてきたが、騙せる範囲。予定通りの時刻。釜池見学ができそう。



気持ちの良い登山道が続く




大きなカモシカがじっと見ていた。


上市側の斜面(標高800メータ)の杉林に下りる時、いつも誰かに見られている感じがする。今回は、見ていたヒトを見つけた。かなり体重のあるカモシカ。こちらが少し声を出すと、すぐに姿を消した。もちろん、超初心者の二人は言わないと気づかない。



釜池


林道に下りて、釜池に向かう。クマの生息地で、異様な雰囲気、注意して進む。明瞭ではなかったが、クマらしい足跡が二つあった。釜池は不気味に静まりかえっていた。山マニア以外は地元の人でも近づかない。下山ルートを一つ確認したが、枝が被さっていて、道が消えている可能性があった。もう一つのルートは行けそうだったが、体力の限界に近づいた初心者二人を連れている。13時50分、引き返すことを決断。



何が起こったか分かっていない佐藤さん(左)、恐怖で凍った久保田さん(右)


突然、数メータ左手前方で、「ドンドンドン」という地響きが起こり、枝がベキベキ折れる音が後方に走り去った。クマちゃんです。地響きからすると体重は100キロ以上。2年前にテントの周りをうろついたヤツかもしれない。「クマ」と教えると、久保田さんが恐怖で凍り付いた。激しい息づかいも聞こえたという。残念ながら、佐藤さんの脳内モジュールでは「クマ」と「ドンドンドン」の連合が成立しなかった。とりあえず、記念撮影。



お疲れ様


15時40分、西種バス停着。行動時間は9時間。タクシーを呼ぶ。荷車を押したおばさんが通りかかった。挨拶をして、言葉を交わした。

「大辻山を登って、尾根を歩いて、釜池を見学してきました。」

「クマ、いなかったっけ」

「いやあ、いましたよ。」

「そうけ、三人だから逃げたかも。一人だと襲ってくるらしい。大きな荷物だから、てっきり小熊を仕留めて担いできたのかと思って。ハッハッハ。また、来てくださいね。」とおばさんはにこやかに通り過ぎた。

先頭を恐い顔で、大荷物を背負って歩いていたので、クマ撃ちのオーラが出ていたかもしれない。二年前に「うるさい」と怒鳴った餃子の好きなクマかも。脅すつもりはなかったが、悪いことしたな。





2006年8月 

白馬大雪渓から日本海へ



白馬大雪渓の末端にて

北海道行きのトワイライト・エクスプレスを確保していたが、羽越本線の土砂崩れが復旧しない。飛行機の予約もしたが、面白くない。飛行機は落ちるに決まっている。奥様も多忙のため北海道は中止。今回は近場で済ませることにした。昔から有名なコースを思い出した。一人なら少しきつめのコースでも大丈夫。





準備

今回の食料。


米1.2合×6、サラミ4本、無添加ソーセージ2パック、乾燥野菜6パック、高級インスタント味噌汁6パック、レギュラーコーヒーのパック沢山、お豆さん3パック。ごま油、コショウ、6Pチーズ3パック、ドライのイチジク1パック、ドライのマンゴー沢山。写真にはないが、ひじきと大豆の煮豆の自作ヒートパック2、クルミとカレンズの入った自作の特殊パン一斤(2Kgくらい、朝食、昼食用)---要するに6日分の食料。4泊で抜けられるが、2泊分は予備食料。バックパックの重量は水抜きで22Kg。



一日目

朝、各駅停車に乗り、糸魚川で乗り換えると、白馬には、昼過ぎに着いた。2210円。糸魚川からは、松本で家族と待ち合わせの高校生と同席。お父さんが山登りをやっていると言い、バックパックに興味を示す。もう一人は山を登ってきて静岡へ帰る高齢者。見たことがないリュックだ、どこのメーカーかと聞かれた。

白馬はもの凄く暑い。一時間あまり待って猿倉行きのバス、980円。猿倉に14時20分着、すでに標高1230メーター。トイレで水を補給して、ぶらぶら歩き。何故か他の人は上がってこない。一時間少しで白馬尻荘のテント場。500円、すごく狭い。山小屋の人に聞くと今シーズンで最大は三張りとのこと。テント派は少数。テントが一つあったが、不在。今日は上で山小屋泊まり。

16時20分、もの凄い雷と豪雨。しばらくすると晴れる。女子大学生が到着。奥にラテラのシングルウオールのテントを張った。珍しい。先輩のお古だという。ワンゲル。飯を炊き始め、トイレットペーパーを忘れたことに気づく。大失敗。山小屋の人に事情を話すと、売り物がないので、トイレの物を一つ持って行って良いと言われた。夕食はウインナと乾燥野菜のピラフ、ひじきと大豆の煮物、フリーズドドライの野菜入り味噌汁。

二日目

4時前に起きて。パン、チーズ、干しマンゴー。5時10分出発、ワンゲルの女子に続く。いつも使っている12本爪アイゼンで歩く。前日に落石で一人死んだという。前方を注意して歩く。雪渓の上部で小さな落石が継続中。6時20分、1800メーター地点、晴天。7時05分、アイゼンを外す。葱平(ねぶかっぴら)、植物が豊富。水あり。水を2リッター持ち上げて損した。白馬山頂近くのキャンプ場で寝る予定だったが、あまりにも時間が早い。グリーン・パトロールの人に聞くと雪倉岳の避難小屋の手前に水がある。計画外ということで寝て良いそうだ。行くことにする。





雪渓を突破、葱平


村営白馬岳頂上宿舎


村営白馬岳頂上宿舎は高度2700メーター。ちょっと高度が高すぎる。慣れない人は高山病になる。少し疲れたのか、頂上は10時半。水の補給を怠った。10時50分、出発。

白馬岳からの下り


タカネシオガマ


チングルマ


チシマギキョウ


ミヤママツムシソウ


ミヤママツムシソウが群生した素晴らしい場所


11時25分、白馬大池と雪倉岳の分岐。11時50分、右脚が痙攣した。ちょうど良いので、小休止してイチジクを食べた。

ハクサンコザクラ


クルマユリ


雪倉岳避難小屋前


12時25分、鉱山道との分岐、疲れてきた。雪渓で水を補給。14時、避難小屋着。荷物を置いて水4リッターを取りに1キロほどスイッチバック。74歳のかなり知的な高齢者。全国の山を回っているそうだ。千葉在住。GPS、マップケース、ドライリブに興味を示す。神戸からの男性二人組、一人は山の達人。明日は栂海山荘まで歩くという。もう一人、中年の女性。蓮華温泉へ降りる。暇だからながながと話す。小屋の前にテントを張っていたが、風が強い。トイレの傍だが、安全のため建物の影にテントを移す。

三日目

朝焼け


強風だったが、予想通り台風はそれた。4時に起きる。少し頭痛、軽い高山病。2400メーターくらいだから当然か。晴天、4時半、朝焼けを撮影。男二人は出発。5時15分、最後に出発。6時15分、雪倉岳山頂。

雪倉岳山頂、正面が白馬岳、右は旭岳


昨日は歩きすぎ。今日は休養日として朝日岳までとする。途中にはテント場がない。7時25分、燕岩の水場。顔を洗い、小休止。登ってくる人に聞くと、水平道は雪渓の踏み抜きに注意すればよいらしい。7時40分出発。水平道はアップダウンの連続、あまり整備されていない。所々に池塘、所々に花。

ウスユキソウ


ニッコウキスゲ


キヌガサソウ








11時半、朝日平。調子が悪くて疲れた。避難小屋から来たことをいうと叱られた。泊まってはだめだそうだ。朝日小屋の女主人は少し印象が悪かった。まあ、一万円の客と思ったら500円の客だったからむかついたのかも。何か飲み物でも買おうと思ったが、止めにした。小屋から一番離れた所にテント設営。

パンとチーズとドライのマンゴーで昼食。直射日光が強く、テントにいられない。白馬管理センターの建物の日陰で地図を読んで過ごす。そろそろと登山者が到着、朝日小屋の前のベンチではビールを飲みながら宴会が始まった。大きな声でしゃべっているのが聞こえてしまう。しかし、客は少なめ。テント場は空いていて、他に3名。5時から夕食の支度。サラミを細切れにしてドライのほうれん草を戻した物とご飯を炒める。味噌汁は野菜入り高級フリーズドドライ、サラダ豆のパック。7時半頃、寝てしまう。

四日目

テントの2名は2時頃から起きていた。目をしっかりつぶって4時まで寝る。パン、チーズ、マンゴーの朝食。5時10分出発。晴天。十分に休養したので、体調は回復。ターミネーター・モードはいつでもONにできる。6時20分、朝日岳。6時25分出発、頂上直下で水を補給しなかった。先に池があるし。6時50分、吹き上げのコル。蓮華温泉への分岐。

朝日岳山頂。背景は剣。




朝日岳を振り返る


長栂山の直下に照葉の池があり、浄水器で水を確保、7時25分。浄水器は1リッターごとに分解して掃除するのがコツのようだ。直ぐにゴミで詰まる。強引にポンピングすると疲れるし、壊すだけ。誰も本に書いていないからな。なかなか気がつかない。

シナノキンバイ




黒岩平


8時25分、アヤメ平。確かにアヤメがある。9時45分、有名な黒岩平。顔を洗ってパンとチーズを食べる。昔のテント場あり。今はキャンプ禁止だが、天国のような場所。

素晴らしいトレールが延々と続く。


10時5分出発。10時45分、黒岩山分岐。地図にない道が数本ある。GPSはジャストミート。山頂からは歩いてきた道が見える。ここから植生が変わった。低木が増えた。11時25分、文子の池。浄水器があればテント場にできる。延々とアップダウンを繰り返す。12時30分、サワガニ山、1612メーター。小休止。12時40分出発。13時30分、北俣の水場への分岐。避難小屋での女性の話では小屋のすぐ手前に水場があるという。水を補給せず、通過。14時20分、犬ヶ岳。疲れた。14時30分、栂海山荘。

水がない。雨水のタンクの傍に水の溜まったドラム缶があった。少し緑色をしていたが、浄水器で水を4リッター確保。飲んでみると旨い。見ていた女性二人組がビックリ仰天。

「小屋の雨水をもらったら良いのに。」
「雨水はほこりっぽい味がするし、どうせ濾さないと飲めないんですよ。この水はこなれていて美味しいよ。ドラム缶に落ちたムシも生きていたし、毒はないよ。」と答えた。とんでもないという顔をされた。

栂海山荘から。右上の丸い山が朝日岳。


暇だから、この女性たちと山小屋の外で話をした。親不知観光ホテルが風呂に入れて親不知の駅まで送るサービスを1500円でやっているという。さて、私の方は、疲れた顔も見せないし、浄水器を使って緑色の水を美味しいと言って飲むし、アメリカの巨大特殊バックパック、スウェーデン製の見慣れないテント、GPS装備と、諜報活動に従事する、非常に怪しげな人物に見えたようだ。「尋常ではない」という評価で一致。まあ、正体は明かさなかった。夢があった方が面白いだろ。

山小屋の中には老人一名と中年2名の男性グループ。女性たちは水戸黄門ご一行と呼んでいた。歩くペースが速すぎるのか、倒れ込んでいた。また、その他に若い男女3名。こちらは登っていくグループ。5時から飯炊き、メニューは同じでサラミの細切れ、乾燥大根の葉をごま油で炒めたピラフ。サラダ豆のパック、最終日だから2パック食った。後は高級野菜入り味噌汁。

五日目

夜中くらいからあまり眠れない。標高が低くなったので気圧が高いからかも。ネズミも一匹テントを訪問。後で聞くと、山小屋の中はネズミの運動会だったようだ。3時20分、起きて、パン、チーズ、マンゴー、コーヒーの朝食。4時10分、猫式トイレで済ます。ここのトイレは落としっぱなしのひどいトイレ。まだ暗いので、ゆっくりコーヒーを飲む。

犬ヶ岳を振り返る


4時50分、出発。5時45分、黄蓮山。白ひげの立派な風貌の人が休憩中。汗が出ない体質で、昨日は熱射病になり、黄蓮の水場で寝たという。この先、シキ割りの水場もOKと聞く。黄蓮の水場は往復10分ではなく、往復2分。川の水。3リッター確保する。6時16分出発。重いのでしばらくして1リッターを捨てる。

高齢の山岳会の女性が先行。私、中年の女性二人、水戸黄門御一行という順で歩く。7時6分、下駒ヶ岳。木の根と露岩をつかみながらの急登とあるが、大したことはない。8時20分、白鳥山、1287メーター。山岳会の女性に追いつく。中年の女性二人に追いつかれる。川の水を浄水器を使わずに汲んだので、見るとゴミが一杯。浄水器で濾し直す。

山岳会の女性は先行。8時30分出発。ここから低山歩きとなる。展望はほとんどなく、気温は上昇。シキ割りの水場、GPSでは通過してしまった。小さな谷に降りる道があったので、浄水器をもって降りて2リッター確保。5分ほど下ったら本当の水場があった。

坂田峠まで300メーターの急な下り。問題なく通過。女性二人は大荷物で速く降りるので驚いていた。一、二、三と三歩先まで足場を見てリズムを付けて降りるのがコツ。10時40分、坂田峠。小休止。道はハイキングコースとなる。日陰が多くてありがたい。しかし、汗で全身ずぶ濡れ。

尻高山


11時半、尻高山、677メーター。昼食とする。11時36分出発。先行した山岳会の女性、二本松峠で困惑して座り込んでいる。道がおかしいという。入道山までいったが引き返した、分かれ道に入ったが行き止まりだったという。疲労困憊のようす。後続の女性二人も追いついた。諜報活動開始。GPSを起動。位置はOKだが、古い5万分の一だから栂海新道の最後は入ってない。先に進み道の様子を見ることにした。12時40分、入道山。地図によると数百メーターで左に曲がり、400メーターのピークを二つ越える。地図通りだった。山岳会の女性に教えて先行する。彼女は熱中症で倒れる寸前。13時40分、予定終了。彼女は、氷見まで魚を食べに行くと言っていたが、ばてたので親不知のホテルに泊まるという。女性二人には日本海まで行かないといけないと言われ、海におりて、もう一度ゴールのやり直し。

ターミネーター・モードだから無問題


ホテルの風呂は改修中で入れなかった。親不知交流会館の風呂まで乗せていってもらい、1500円。水戸黄門ご一行も同乗。話しかけても誰も口を利いてくれない。疲れ果てたようだ。蓮華温泉に車を置いてきたというが、風呂から上がっても交流会館から誰も出てこない。一人で親不知の駅に行き、各駅停車に乗り、自宅へ。キャンプ料金と交通費を合わせても7000円程度。白馬は予想以上に近い。ただ、ちょっと暑い。完全に一皮むけた。



2006年6月 

残雪期の僧ヶ岳



山頂にて

今年は残雪が多く、躊躇したが、この機会を逃すと何時になるか分からない。一日目は片貝川からアプローチ、二日目に縦走して森林公園へ下りた。三日目は林道をそぞろ歩きで下立へ。



一日目

雲の塊は南に逸れ、曇りの予報。遅めの出発、JRで魚津駅、11時前。コンビニが出来ていた。山崎のまんじゅうを二つ追加。11時8分発の東蔵行きのバスに乗る。東蔵着は11時40分。ぶらぶら歩き。食料満載のため、バックパックの重量は22キロ。

初日はゆっくりと馴らし運転。


まあ、どうでも良い雪渓


よくある土砂崩れ


クマも人もいない。


地元の山菜採りの人と会い、明日は雨だから片貝山荘に泊まった方がよいと言われた。その可能性もあったので山荘を覗く。電気はあるが、水がない。幽霊屋敷。気持ちが悪いので、上流まで歩いて、いつもの場所で野宿とした。三時半テント設営、水4リッター確保。MSRの浄水器は意外にポンピングしにくい。5時過ぎメシを炊き始める。ウインナと乾燥高菜のピラフ、今回は高級インスタント味噌汁を買ってみた。フリーズドドライのキャベツとネギがたくさん。何と一回分100円、旨かったけど。6時過ぎからうとうとする。寝間着は持ってきたが、何とTシャツの替えを忘れた。小雨がぱらついたが、夜中から天気が回復。

二日目

4時に起きる。天気は良さそうだ。外は明るい。鼻づまりで、少し風邪気味。5時35分、出発。水は3リッター持った。ゆっくりと高度を稼ぐ。1250メーター地点で地元の登山家に追い抜かれる。宇奈月側は平和の塔までしか除雪されていないとのこと。1330メーター、7時45分、雪渓が現れる。雪田状態。

登ってきた尾根を振り返る。左手は毛勝山。


夏道が露出した所はかたくりの群生地。




1540メーター、8時45分。アイゼンを付ける。急勾配も現れる。しかし、登山家の人たちはピッケルは持っているけど、アイゼンは履かないらしい。たまに左右がキレ落ちたナイフエッジがある。てっぺんを歩くと、スタッフが宙を漂う。50センチばかり傾斜の緩い方に下りて片方のスタッフを突いて歩く。少し怖いよ。

1855メーターの頂上。超重量級オスプレイを愛用。


10時15分、頂上。登山家の人は下りていった。4時間半かかった。20キロ以上の荷物を背負っているし、雪だし、まあ許されるペース。休憩して記念撮影。宇奈月側には足跡なし。一週間前に一人くらいは登っただろうが。10時25分、下山開始。10時40分、仏ヶ原、雪もないし、晴天だし、座り込んでパンとチーズをたっぷりと食べる。GPSは地図の入れ方が難しい。今回はつねに西に300メーターずれた。現地で直せない。不便。

背後を振り返る。怖くないが恐そうな景色。


11時15分、本当の下山開始。遠くの雲が少し厚い。北東尾根のため、積雪は異常に多い。よく知っているし、晴天だから不安はないが、ガスに巻かれるとやばい。12本爪アイゼンでざくざくと大股で下りる。たまに夏道が現れても、重戦車のように穴だらけにして、そのまま歩く。安全第一。林道着、12時55分。林道は完全に雪の下。溶けて少し水が流れていたので浄水器で水を一リッター作る。寝ても良いが、明日は確実に雨。天候の良い間に下山した方が賢い。山崎の大福を食べて、13時半、下山続行。

烏帽子山、14時25分。雪は切れ切れ。アイゼンは付けたり外したり。しかし、下山途中にキレ落ちた尖った雪渓あり。アイゼンがないと危ないと思うが。下っていくと雪田状態。熟知している場所で、テープもあり、歩きやすい。さらに下ると地元の登山家に会う。邪魔な枝をのこぎりで切っていた。「なんだ、ピッケル持っていないのか。宇奈月側は急傾斜の所があってピッケルがないといけない。片貝側はなだらかだからな。」と馬鹿にしたような感じ。総重量100キロで、12本爪のアイゼンを履いてるんだけど、ぜんぜん尊敬してくれない。身の軽い人で、アイゼンも履かず、雪の上をとんとんと下っていく。こちらは重戦車のように、ガスン、ガスンと下りる。4時40分、森林公園着。テントを張り、傍の杉の幹を見ると、クマちゃんの爪研ぎの跡だらけ。奥様に連絡すると、避難せよとのご指示。雨は必須だし、傍の物置小屋に潜り込んだ。可愛い、小さなネズミちゃんとお知り合いになった。挨拶する。好奇心で二度見学に来た。たらふく食って、安眠。

三日目

夜中三時頃、もの凄い雷鳴と豪雨。予定終了なので、6時半に起きて、ゆっくり出発準備。レーダー画像によると数時間は雨。8時過ぎに出発、一時間ほどで小雨になる。折立駅、11時着。富山駅でベーグルサンドとコーヒーとリッチな気分を味わい、予定終了。日頃の行いが良いと天気も良い。



2006年4月 

沖縄バックパッキング



辺戸岬

20キロを背負って100キロくらい歩くと、身体が自動的にターミネーター・モードになる。



沖縄へのアプローチ

普通は小松から飛行機だが、朝8時半に飛び立つには小松に前泊が必要。しかもガスカートリッヂは持ち込めない。面倒なので大阪からフェリーにした。午前0時50分発。夜中過ぎまでアナウンスがあって眠れない。フェリーは立派だったが、食堂はひどかった。食券制で、前もって購入する。食い足りなくても追加は効かない。結局、お豆さんを二種類持って行った。二日目は夕方7時過ぎからぐっすり寝てしまった。那覇まで31時間。

一日目

下りると那覇新港。20分ばかり適当に歩くが、那覇のどこだか分からない。那覇の地図を忘れた。聞くと那覇のバスターミナルまでまだ5キロはありそうだ。バスを探してターミナルに行く。高速バスに乗り換え、名護に向かい、世冨慶(せらがき)で降りた。

野菜チャンプル定食(950円)


定食に感激、スーパーは隣にあった。食料を補充し、12時40分出発。二見の分かれ道、14時40分。二見15時12分。足の裏が痛い。大浦15時25分、背嵩16時10分、トイレと水あり。海岸は絶景、砂丘の上にテントを張る。米軍基地の移転候補地で、大浦湾の一部は埋め立ての予定。ジュゴンも住んでいるきれいな海に基地はやめて欲しいな。

大浦湾近くの背嵩


最近の主食

最近、炒めご飯に凝っている。材料は吉良食品の乾燥野菜(高菜、小松菜、ほうれん草、大根葉)、ウインナ(なければサラミか卵)。まず、ご飯を炊き、乾燥野菜の袋に水を入れて戻す。ウインナはコマ切れ。ごま油でウインナ、乾燥野菜を炒めて、炊きたてのご飯をぶち込んで、こしょうを多め、塩を少し加えてできあがり。キャンプでは美味しいよ。



二日目

7時前出発。9時、非常にきれいな海岸線が続いた。嘉陽(かよう)、食事どころもあり、トイレ、水あり。10時、疲れたのでクッキーを食べる。天仁屋(てにや)10時46分、トイレ、水、ゲートボール場あり、道路工事中。有津11時半。慶在次(げさし)大橋1時。人家が非常に少ない。食堂「あいうえお」あり。チキン定食にケーキとコーヒーをつけて1000円。非常に旨かった。13時半、出発。ヒルギを見学。東村の平良(たいら)、共同店舗が一つ、小さい店が一つ。買いたい物がない。卵一パックを買う。

東村の平良(たいら)


丘の上でツツジ祭りをやっていた。キャンプ場もあるので見学した。立派すぎるオートキャンプ場、値段は一泊2000円。馬鹿馬鹿しいのでやめた。海に下りる途中で水を補給し、2.5リッターを確保。下る前に役場の反対を見ると慰霊碑があり、広い公園になっていた。人気がないし、道からも見えない。宿泊所に決定。

野菜チャンプルピラフ


夕食メニューは、乾燥ゴーヤと乾燥玉葱と卵のチャンプルとカボチャスープ。卵は6個使った。ナントゥ(タオピカと紫芋を混ぜて揚げたお菓子)も食べた。結構食えた。夜中過ぎから雨。

三日目

7時出発。海岸に降りると水道があった。少し行くと寝場所もあり、売店もあった。缶詰とクッキーを買う。川田7時37分、売店あり、港、トイレあり。宮城8時15分、いのがま、9時5分。まるで北海道の田舎。人家はまばら、トイレは村ご とにあり、水道あり、石けんもきちんとおいてある。感心する。雨が本降り。魚泊で、パンとミルクを買い、ブルーシートのハウスに避難。大休止。山羊を飼っているおじさん、公民館に泊まれると言ってくれるが、まだ、早すぎる。ハブは温かいと昼でも出るという。水2リッター持つ。10時15分出発。福地ダム上流11時8分、雨具を着ないで突っ走るロードレーサーが10台ほど通った。高江12時40分。焼いたアジのつまみを買った。一時、小雨になったが、再び、雨がひどくなった。

新川ダムのテントサイト


新川ダム、14時半。許可を取るとキャンプOKとある。次のダムまでは3時間以上かかるので、泊まることにした。15時テント設営。15時半、コーヒーを入れる。リッチな気分。しかし小さなブユがいて、顔と足を食われ、血が流れた。本を読む。16時過ぎ、雨が上がった。卵が割れている。メニューは卵の炒め物となった。ハブよけの目の細かい金網が地面から一メートルぐらいの高さで公園を取り囲んでいる。ハブが出そうな感じ。雨で寒いし、まあ、大丈夫だろう。

四日目

小雨。6時55分出発、風が冷たい。国頭(くにがみ)村に入る。8時20分、小雨。道はなだらか。標高は235メータが最高。小休止、ナントゥを食ってしまう。

やんばるの樹海


9時50分、もう少しでダムの入り口。大規模なパイナップル畑がある。青空が見えてきた。阿波(あわ)11時5分、共同店は休み。サンピン茶を飲み、クラッカーを食べる。11時半、出発、風が強い。村営バスの運転手が止まる。営業用の名詞をもらった。13時、安田(あだ)への分かれ道。14時、伊部(いべ)への分かれ道。15時40分、蘇州。共同店は休み、月曜は休みだそうだ。おじさんに水をもらう。伊江の川の水は飲める。河原なら理想的なキャンプができるといった。川の水が美味しいようだ。



河原には車が入っていて子供が遊んでいる。海も見えない。それでトイレの反対側の海岸の砂の上にテント設営。絶景。面倒だから水はトイレからくんだ。16時50分、雨になった。100円の缶詰、ポークのソーセージと大根葉のピラフにシーチキンを追加。カボチャスープ。太陽電池リナは充電に失敗。これはダメ。

五日目

夜の間、かなりひどい雨。7時5分、出発準備完了。快調に歩き、9時頃、奥の手前1キロ。小さな小屋がいくつもある家。奇妙に思い、見ているとコーヒーでも飲んでいけと呼び止められた。これが良くなかった。

伊江から奥へ向かう


ハブの皮を張り付けたライター


本格的なコーヒー。これは旨かった。サクランボをつけた泡盛も飲まされた。ぼんやりしていると、昼飯を食っていけという。ついでに食ってしまった。勉強したこと。

  • ハブの皮はベニアに貼り付けて油をとる作業を何度も繰り返し、次はガラスに貼り付ける作業を何度も繰り返し、最終的に腐らない表皮だけにする。それをボンドで貼り付ける。
  • ハブは海岸にも出る。腹を割いたら魚が出たことがあった。
  • トイレでもどこでも、まずハブがいないことを確認してから入ること。
  • ハブは襲ってこない。間違って接近した場合に自衛のために噛みつく。だからまず先に見つけること。(もちろん、テントの出入りの時は、ライトでハブがいないことを常に確認していました。)
  • トルコ風呂(現在は呼称変更でソープなんとか)は儲かる。給料を払う必要がない。場所を提供するだけだから。
  • お前は口の利き方が悪い。そんなことでは出世できない。(これ以上の出世すると厳しい世界になるんだよ。)
  • この辺りの土地を一万坪持っているお金持ちのようだ。ただ、アル中で、人間不足、話相手がいないようだ。山羊をペットにしていた。池の水を抜き、湯を入れると露天風呂になると、イモリを追い出し掃除をしてくれた。しかし、天気は崩れて強風、寒気の流れ込み。湯を注ぐが池はいくら待っても温かくならない。風呂は中止。夕食は質素に親子丼、なんと鳥の皮だけ。少なすぎ。早く寝ようとしたら、自分勝手だと責められた。喋りたくて止まらない。やっと9時過ぎに寝せてもらった。

    六日目

    5時に起きる。朝食をつきあうと何時間も遅れる。6時にそっと抜け出す。辺戸岬8時半、誰もいない。店もやっていない。食料もない。水を補給し、チョコパイを一箱食べる。身体をターミネーター・モードに切り替える。エンジン全開。9時50分、トンネルを抜ける。11時13分、字嘉。11時34分、辺野喜(べのき)。謝敷でおじいさんに呼び止められ、お茶を呼ばれる。写真を写させてもらい5分で失礼する。辺土名バスターミナル2時着。平均時速4キロで歩いた。

    謝敷の民家


    牛肉そば(前田食堂600円)


    辺土名にキャンプ場はあるが、2時5分のバスにのり、前田食堂に行く。名物とあったので牛肉そばを注文。もやし山盛り、だしは濃い。客は一杯、15時5分、旨かった。一キロくらい散歩して。4時のバスに乗り、市役所前下車。サンルート名護に行く。まず、シャワーを浴びて一息つく。ともかく、沖縄には温泉も風呂もない。

    大漁屋の定食


    大漁屋の野菜チャンプル


    飯は近くに食堂あり。豚の骨付きの肉の味噌煮、非常にうまかった。野菜チャンプル(少し塩辛かった)を追加して合計1500円。沖縄ではきっと高いのだろう。どの店も客はまばら。

    七日目

    8時11分のバスで本部港へ。8時45分、到着、往復切符を買い、伊江島着9時半。アメリカの軍人が数人、観光か、乗っていた。

    伊江島港と城山(ぐすく)


    10時10分、青少年旅行村。見学するだけで100円取られた。木陰が多く、快適なキャンプができそう。10時25分出発。11時25分、リリーフィールド公園、百合はごくわずかしか咲いていない。トイレもあり、キャンプは可能だが、日差しからは逃げられない。カメラのバッテリーがなくなった。12時、湧水(ワジー)。サンピン茶を飲んで昼飯にする。朝、ホテルのバイキングで食いだめをした。カメラは少し動作。12時15分出発。ワジーから海岸に降りる。13時40分。岩陰に寝られそうな場所があり。石灰岩が多い。たいしたわき水はない。

    伊江島北部の湧水(ワジー)


    城山(ぐすく)の下13時半。ちょっとした岩で、登る気にならない。中腹まで道路がある。階段が続き、10分程度で、山頂。小さい島。下りても帰りのフェリーがないので、大休止。土産物屋によると、しつこく何か買えと迫ってくる。沖縄の嫌な所。何も買わず、14時50分、公園。降りると港。出航まで一時間。ゆっくりと土産物を見学。16時にフェリーに乗り込み、コーヒーを飲む。200円。これは旨い。16時半、本部港着。明日の鹿児島行きの切符を買っておく。名護に戻ると消防署ではまた野球をしていた。消防署に勤めると、毎日、野球をしないといけない。ホテルで二泊目。今度は換気扇から入ってくる音が気になり、寝られない。

    エピローグ

    7時前にチェックアウト。朝食バイキングを倍量たべて、7時31分のバスで本部港へ。9時前、たんかんを買って乗り込む。狭いが優美な船。ただ、サッカー部員とか客は多め。

    CORAL QUEEN 8


    12時過ぎ、与論島、小学校の先生のお見送り。15時沖永良部島、中国風のダンスでお見送り。5時半徳之島、蛇皮線の演奏でお見送り。30分の間、挨拶と出し物が延々と続く。離島の教員も面白いかもね。飽きて寝てしまった。

    ここは中国か


    やっぱり船はこれだよね。


    奄美で、9時過ぎ、「ひろし、鹿児島にいっても頑張っね。」という女の子の大きな声援が30分も続く。恋人だろうか。目が覚めてしまった。そのひろし君、我が船室に入ってきた。鹿児島の高校に進学するという。ハンサムな男の子。奄美で、すごい人が乗り込み、食堂、ラウンジも潰して、絨毯をひき、二等室の雑魚部屋に変身。船室は暑くてたまらない。貴婦人のような船が奴隷船に変わった。ちょっと詰め込みすぎ。ともかく、鹿児島に無事たどり着いた。

    愛姫ちゃんとのツーショット


    着いたのは、鹿児島新港。適当に歩き、途中で市電に乗って鹿児島駅へ。10時57分発の宮崎行きしかなかった。宮崎着13時。宮崎の従兄弟とは久しぶり。御池のキャンプ場に直行。立派なコテージ。冷蔵庫、ファンヒータなどもあった。まず酒だとつまみを出す。煮干し、きいなご、缶詰の佃煮少々。食料はそれっきりだった。冗談じゃないよ。調理器具もない。持っていたフライパンと非常食の缶詰が大活躍。その上、酒が入ると、俳句を作れと無理難題(宮崎の従兄弟は医者で俳句の達人)。題は春の夜だと譲らない。仕方ないから二つ作った。9時過ぎに眠くなった。先に寝ると、起きてこいとうるさい。結局、寝たのは10時半。世の中は厳しい。

    次の日、朝食は昨日と同じ。えびの高原へ。ところが、大雨。車に酔って頭痛。文明の利器には非常に弱い。転進し、都城のもちお桜祭りを見学。ジャンカン馬踊りがあった。馬がステップを踏むだけだが。しかし、愛姫ちゃんは可愛かったな。宮崎の自宅に戻り、フェリー待ち。奥さんが夕食を作ってくれた。サラダ付きのトンカツ定食。昨日が昨日だからものすごいごちそうだった。フェリーターミナル6時。マリンエキスプレスの二等寝台は久し振り。少しサイズにゆとりがある。しかし、食堂のバイキングがなくなり、500~600円の定食と200円程度の一品料理となった。フェリーの乗客の所得水準はずいぶん下がった。なんとか、富山に戻ったが、緯度ぼけがひどく、仕事ができない。沖縄は転地療法には少し遠いようだ。





    2006年3月 

    春の大辻山



    ライオンズの森の入り口付近

    立山少年自然の家で最後の評価委員会があった。消化試合のような沈滞ムード。来年度から新法人へ移行、同時に激しい予算の削減があるようだ。来年度は真夏のチャレンジのような贅沢企画は消滅。委員会も見直しで全員クビ。唯一、続いたバイトだったが、まあ、勤務態度も問題だったし、赤字も嵩むし、仕方ないか。

    会議の後、MSRのスノーシューを見ると、付け根が割れていた。右側も割れそう。使い方が乱暴で、雪に蹴りを入れていたからかも。ダメなので捨てて立山少年自然の家のスノーシューを借りた。4時20分、水を3リッター持って出発。小雨。ただし、崩れるのが遅く、ライオンズの森への入り口のところでテント設営。6時。その後、雨がひどくなった。飯を炊き、大根葉とウインナのピラフ。餃子、カボチャスープ。ぐっすり寝るが、21時40分、目が覚めて、バナナチップ、プルーンを食べた。

    二日目

    大辻山山頂


    5時に起きる。晴天。コーヒー、チーズ、パン、6時15分出発。長尾峠6時40分、小休止。まっすぐ尾根をたどることにした。奥長尾山7時25分。北尾根との合流点手前に腐った雪田あった。唯一の危険箇所。 スキーの址がある。9時山頂、疲れた。水がなくなったので雪を溶かす。なかなか湯にならない。ココアを二杯飲む。旨い。元気が出る。オールレーズンとチーズは食ってしまった。

    山頂からは剱と大日岳が見える


    9時50分、下山開始。登山の人、ペアが二組、単独二名、11時林道に到着、下山終了。下山直前にナイスイーグルという人に写真を写してもらった。富大体育研の卒業生、有名人のようだ。世間は狭い。立山少年自然の家の目沢さんとも会う。テント片づけ11時42分、城前峠12時5分、立山少年自然の家12時40分頃到着。1時20分にバスが出るので便乗した。ところが、誰も乗らず、ワゴン車に一人。千垣発1時48分の地鉄に乗れた。明日は入試。

    下山途中、服装は夏と同じ








    2006年2月 

    冬の冒険王



    立山少年自然の家のガキ用企画

    9時前に千垣に到着。トイレは雪の中で使用不可。迎えに来てもらって、雪だるま大王のガキどもと合流、きつつき広場にテント設営。冒険と称して森の中を少し散歩しただけ。拍子抜け。気温-4度。弁当をもらい、テントで本を読み、2時過ぎに合流。ガキどもは雪の上で砂場遊びの雰囲気。夜に発表会があった。雪だるま大王のお城なのだそうだ。さすが、人間、口先だけは達者。夕食は不動棟で1000円のバイキングと超贅沢キャンプ。ぜんざいもあった。



    二日目

    来拝山の少し下


    山頂、20年振りの大雪


    8時半過ぎから朝6時半までぐっすり。放射冷却で、テントの中は-8度、外は-15度くらい。コーヒーを飲み、ゆっくりと出勤。ガキどものテントの撤収は遅れ、8時半過ぎからゆっくり朝食。ガキどもは感想文を書くそうだ。天気も良いし、落ち着かない。9時半頃、暇なのでスノーシューで来拝山に出かけた。登っている人はいたが、ほとんどトップでラッセルをする。11時前に頂上、おにぎりとお茶をもらった。駆け下りて、11時半、立山少年自然の家。姿を消したのはばれていた。ガキの発表を少し聞き、昼飯をたっぷり食う。14時頃、すべて終了。ガキどもは帰る。テントに戻りコーヒーを飲み、本を読む。うとうとと少し寝てしまった。5時頃から夕食。ウインナと大根葉のピラフ、昨日の昼飯の残りのおにぎりで作る。98円の肉餃子、カボチャスープ。

    三日目

    前長尾山頂上


    パン、コーヒー、チーズで朝食、8時10分、軽く散歩に出かけた。携帯を忘れたので取りに行って遅くなった。城前峠8時55分、峠の手前の林道の雪が少し怖い。先の林道は非常に恐ろしい。山に入るとトレースがあった。前長尾山頂上手前にuozuと書いた雪洞。高さが低く、幅がやたらある。建築工学のセンスがない。怖くて入れず。10時10分、頂上で休憩し、コーヒーを入れた。ツェルトを持ってくるべきと反省。寒い。積雪も異常だし、11時、引き返すことにした。11時55分、城前峠。ここから山を突っ切る。スゴイ雪。大汗をかいて大日平に合流。午後1時、立山少年自然の家着。身体を拭いてトイレ。14時半、テントで本を読む。16時近くにラウンジに行き、加藤さんを待つ。手違いで立山少年自然の家の人が迎えの時間を間違えたようだ。5時前に合流。見晴らし広場に連れて行き、テントを設営。場所は雪を固めておいた。それからシュラフとマットのかり出し。銀マットは3枚使用した。夕食は5時半から。作り置きの定食もおでんがあり、なかなか立派。食べながらインタビューを受けた。7時頃テントへ。気温は下がらないが、雪がどんどん降る。加藤さんに換気の注意を促す。夜中にテントの周りをスコップで除雪。

    四日目

    6時に起きて、テントの片づけ。6時40分頃終了。加藤さんもテントをたたんでいたので、シュラフとマットを不動棟に返す。7時半朝食。8時半頃、加藤さん用にわかんを借りて散歩。少し林道を散歩の予定が大辻登山の三人に追いつく。尾根道を行くように注意する。ついでだから来拝山へ。時間の関係で尾根に出たところで引き返した。研修生の送りが10時にあったので便乗して千垣まで送ってもらった。雪が多くて立山少年自然の家の職員も疲弊気味。加藤さんとはドトールでコーヒーを飲んでから別れた。実は、加藤さんは野宿野郎という超マイナー雑誌の編集者、しかも、かわいい女性だったんだよ。



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