4004 Dr.Shima

2006/10/06 初稿 BaySky記
2007/11/04 改訂


パソコンの心臓と一人の日本人


BaySky ePAGE BaySky logo


2年後の2008年にマイクロソフトのビル・ゲイツが巨万の富と共に引退する。
 

パソコン世界標準機 「IBM 5150」がアメリカで登場したのが 1981年8月12日。
今年で25周年を迎えた。

この関連で、日本の「嶋正利」のことが忘れられない。「嶋正利の4004」が無ければ、現在のマイクロソフトの隆盛も、パソコンの普及も、インターネットの隆盛も生まれはしなかったろうと思います。 

嶋正利の貢献はそれほどに偉大です。


 「4004」のころ、私は30代半ばで、大手事務機会社に勤務し、激しい電卓販売競争の渦中にいました。

パソコンの登場も、その前進のマイコン時代から推移を追い続けていました。日本で登場した IBM5550 は業務で使用し、エクセルの前進のマルチプランを駆使しました。また、取扱いもしました。

4004を身近に感じるゆえんでしょう。


なお、パソコンの進化を振り返るとき、
「@関西人」さんの WEBサイト 超高層ビルとパソコンの歴史 が大変参考になると思います。

 

(2006/10/06  BaySky 記)

 

 

「4004」は 現代文明に
一大革命もたらした記念碑的産物です。

現在パソコンのマイクロプロセッサ(MPU)はIntel社のPentiumシリーズが有名です。更には Core 2 Duo プロセッサーが主役になりつつあります。これらのプロセッサーの源流は、1971年3月に開発成功したMPU「4004」です。「4004」は、電卓の開発競争の渦中で、ビジコン㈱の嶋正利氏の着想が根底となって、インテル社とおよそ2年がかりで製品化されました。

世界初のマイクロプロセッサ「4004」を始め、「8080」、「Z80」、「Z8000」などの開発を手掛けた嶋正利氏が「4004 Dr.嶋ブログ」で、手記「マイクロプロセッサの誕生、発展、未来」を発表されています。まだ未完です。

嶋正利氏の前書きによれば:
  ・第1部ではマイクロプロセッサと創造的開発を、
  ・第2部ではマイクロプロセッサの誕生を、
  ・第3部ではマイクロプロセッサの発展を、
  ・第4部ではマイクロプロセッサの性能競争を、
  ・第5部ではマイクロプロセッサの未来
について述べるとのこと。また、マイクロプロセッサの開発時における逸話を「私とマイクロプロセッサ」と題して述べるとのこと。

なお、嶋正利氏は現在ビジュアルテクノロジー株式会社の取締役・技術担当取締役です。 「4004 Dr.嶋ブログ」は、ビジュアルテクノロジー株式会社のホームページの「サポート」関連の中で公開されています。

 

 [関連リンク]

 



インテル社の公式ページからの引用です。

インテルは、4004の意匠権と販売権を Busicom から $60,000で買い取りました。この後しばらくして Busicom は倒産することになります。10年もしないうちにマイクロプロセッサは、電球、電話、飛行機の発明と肩を並べるアメリカ技術史上最高の発明の1つとして賞賛されるようになりました。・・・」

4004開発に関するインテル側からの見解や評価が「インテルミュージアム」および「インタラクティブヒストリー」に掲載されています。

  ⇒ インテルミュージアム

  ⇒ インタラクティブヒストリー


日本側(ビジコン)とアメリカ側(インテル)で、主張に差異があり、興味深いです。

 


マイクロプロセッサ 4004 図鑑