バウビオロギーQ&A


Q1. 『バウビオロギーとは,どういう意味で、何を目指しているのですか?』

バウビオロギー(Baubiologie)は、「建築(バウ)」と「生命(ビオ)」と「学問(ロゴス)」からなるドイツの造語であり、日本語では建築生物学・生態学と訳しています。
ドイツのパイオニア的存在アントン・シュナイダー氏は、バウビオロギーを「住環境と人間との全体的諸関係についての学」と定義しており、バウビオロギーは人間本性と気候風土を科学するなかで、健康や環境に配慮した、人間味あふれた、「巣」としての住まいづくりを目指します。ですから、建築のデザイン、美学的な視点のみならず、生物学的な視点を重視しています。つまり、バウビオロギーは肉体と魂と精神をもった人間という生物が、いかに元気に暮らせるか、住環境や地域環境(コミュニティー)といった外界が、どれほど人間の健康に重要な役割を演じているかということに関して、目指すべき指針を表しています。

バウ(Bau):空間、巣、館、ふるさとの意
ビオ(Bio):生命の意
ロゴス(Logos):論理、即ち自然の秩序=調和の意

すなわちバウビオロギーとは「私たちの生活空間は、自然な秩序のうちにありますか?調和がとれていますか?」という問いかけを意味しているとも言えるのであり、もしNOの答えが返ってきた場合には、この秩序を再び見出すために、何ができるか真摯に考えなければなりません。リスク要因をできるだけ減少させ、自然の規範にできるだけ近づくことが目標です。より少ないエレクトリック・スモッグ、より少ない放射能、より少ない騒音、より少ないアレルゲン、より少ないカビ・ダニ、そのほうが居心地は良いに違いありません。病んだ住まいを元気にすること。健康な住まい健康な地域環境をつくること。これがバウビオロギーの課題です。


Q2. 『もともとどこで始まったのですか? 
  その考え方の背景に何があるのですか?』


戦後のあわただしい大量住宅供給や、近代建築への批判が高まるにつれ、1960年代に入って、ドイツにおいて、まずは自然に適した住まいとその工法の検討が始まりました。このパイオニアの時代は、特に医者のパーム博士と獣医のビーレンベルク博士によって促進されました。1968年に「健康な住まいづくり研究会」が生まれ、1973年に最初のバウビオロギー研究所が誕生しています。研究所は、情報公開(講演企画、セミナー、出版)、教育、相談、家屋調査、研究、建材の開発及び評価試験に重点をおいています。西ドイツにおける発展と並行して、バウビオロギーは70年代にスイス、オーストリア、オランダにも広まり、その後、1980年代半ばにイタリア、そしてアメリカ、イギリス、ニュージーランド、オーストラリアに広がりました。日本では、90年代に入って、住環境、室内環境の諸問題が顕在化してきましたが、上記の国際的ネットワークの中で、2005年3月に「日本バウビオロギー研究会」が設立されました。
21 世紀に生きる現代人の課題は、、自身の肉体と同様に、地球という有機体を健やかに、かつ美しく保つことにありますが、20世紀は、文明の進歩、産業の進歩の旗印の下に自然を絶え間なく破壊し続けました。自然を支配したと勘違いしたその代償として、ここ数年の自然災害が指摘されねばならないでしょう。私たちの都市や人口密集地域は、生けるものと敵対する人工の風景と化しています。それが増大する環境破壊、環境病というかたちで、顕在化しているのです。自然を規範とする建築への希求には、儲けとか技術ではなく、まず人間がその中心にあるべきです。意識改革を伴う教育と住環境の再建のために、バウビオロギーは不可欠です。


Q3. 『バウビオロギーの考え方で住宅を作るときのポイントは何ですか?』

健康な住まいづくりには、様々な要素のバランスのとれたデザインが大切です。デザインとは、本来目に見えない部分にいかなる配慮をするかということですが、健康な住まいづくりには、様々な要素のバランスが大切です。バリアフリー、防犯性、防火性なども大切であることは言うまでもありませんが、健康な住まいのための設計デザインポイントは、例えば次のような”ほどほど”の視点が大事なのではないでしょうか。そして、調和がとれているということは、自然と結ばれているということであり、人間味があるということなのです。

① 地域の自然風土(風の強さ・方向、土地の湿気、積雪量、雨量、方位など)とのバランス
② 地域風土になじんだ建材の選択・使用
③ 健康を阻害しない建材の選択と、資源を痛めない建材の選択のバランス
④ 空気温度と周壁面温度とのバランス(感覚を麻痺させる一本調子を避けるために)
⑤ 断熱と蓄熱のバランス
⑥ 適切な(太陽)熱摂取と最小限の熱損失のバランス
⑦ 色彩、照明、自然採光(透過と遮音)のバランス
⑧居室における木質系素材と左官系素材とのバランス
⑨調和的なプロポーション、フォルム
⑩コスト・バランス(初期投資と運転・維持管理費のバランス)


Q4. 『日本の伝統建築(民家)にはバウビオロギーと共通する考え方はありますか?』

日本の伝統建築=民家は、南北に長い日本のその土地の気候や風土にあうように、長年にわたって培われてきた住まいづくりの技術の総合です。その美しさは、その地で産する材料への対応の結果として生み出されたものにほかなりません。戦後の住宅大量生産は時代の必然はあったにせよ、すべてが統一されてしまった、いわゆるオール・ジャパン的な発想が、地域の特性を失わせたことは否定できません。そして、工業化にともなって、職人の手仕事が失われていき、民家も急速に失われていきました。しかし、京都議定書の発効に伴う二酸化炭素排出規制に取り組む必要に迫られた現在、単なる高断熱・高気密化による省エネだけでは十分とは言えません。
例えば、群馬の高山長五郎によって伝えられた養蚕農家における「清温育」では、養蚕に適した建物について、具体的に五つの要項をまとめています。

1 土地高燥にして排水良好なこと
2 蚕室は南に面して建築すること
3 必ず南北両面に3尺以上の廊下を付けること
4 奥行き深らざること
5 構造設備の厳密窮屈ならざること

これらの意味することは、自然のシステムを無駄なく利用するということです。民家や農家に蓄積された仕掛け、例えば、風を防ぐ工夫、逆に風を導く工夫、高湿から室内を守る工夫、暗さを補う天窓の工夫といった仕掛けは、スロー・ライフの暮らし方を見直すことを教えてくれます。これは、過去への回帰を意味するのではなく、未来の住宅のために、伝統技術を見直し、継承し、新しい知恵を加えるということなのです。
日本の伝統的な住まいと街並みは、その地域の自然風土によって、多種多様に個性的です。


Q5. 『このような住まいは「高くつくのではないか」と思われがちですが。』

根本を考えると、家を建てるようとする人の、住まいに対する価値観の問題なので、そこに投資する価値があると思えば、それなりの出資金額が提示されることでしょう。しかし、バウビオロギーを踏まえてトータルに考えると、住まいづくりは決して高くつくものではなく、今までの因習的な建築方法では、社会的負担(税金、医療保険、年金、排気ガス、廃棄処分など)や、自然(=環境破壊)に押し付けてしまっているコストを含んでいると考えるべきでしょう。自然は回復に要する時間とエネルギーを請求してはこないのです。アレルギーや病気になれば、単に医療費の問題では片づけられません。
生活の価値は、経済性、効率性を越えたところにあるのではないでしょうか。その価値は、自分のことだけではなく、次世代に社会を継承していくという責任を全うする価値もあります。
また、「巣」づくりへの意識を向上してゆけば、セルフ・ビルドによるコスト・ダウンは可能です。「あらいキンダークリニック」(前橋工科大学・石川研究室設計、高崎市、2001年)では、屋根緑化を施しましたが、セダムの育成から植える作業までを、施主の方々を含めてすべての関係者で行いました。茅葺きの葺き替えに変わる、現代の「結い」のような共同体形成にとって、きわめて有意義であると考えるからです。「共に」つくることによる建物への愛情は、お金には代えられないものでしょう。


Q6. 『今後、こうした考え方が広まるための課題は何でしょうか?』


健康を害する住宅はもう許されません。化学物質漬けの住宅から、自然住宅へ転換しましょう。建材の選択には、食品の選択と同じような注意深さが必要です。

地球環境に負荷をかける住宅はもう許されません。結局、自らの安全や健康を脅かすことになるからです。

短命な、使い捨て住宅はもう許されません。住まいづくりは100年の計で。

エネルギーを浪費する住宅はもう許されません。必要な住宅設備は、再生可能なエネルギーによって稼動するものへ。安易な人工的な快適性は、不健康の元です。

日本全国画一的な、大量生産住宅はもう許されません。気候風土にあった、住む人に合った住まいづくりを工夫しましょう。多様な知覚体験を可能とする空間をつくりましょう。

これらの課題を意識し、配慮し、具体的な手法を模索しながら、これからの住まいをともに考えていきましょう。無意識的だった、既成の常識を吟味し、人間存在に信頼をおいて、住まいづくりを「温故知新」の原則でとらえなおしましょう。

「巣」をつくること、そしてそこに住まうことは、生きていくうえで必要なことです。それは、栄養を摂取すること、衣服をまとうことと共に、生命の基本的欲求なのです。

住まいは身体の一部であり、自然の一部です。

日常の非常な忙しさやストレスは、日々の生活の大きな負担となっています。それゆえ人は、休息と心身解放の場を求めるのであり、住環境こそ、その場を提供するものでありたいのです。