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議会基本条例

 北海道の小さな町が面白そうな条例をつくった。そう聞いた法政大学教授の廣瀬(ひろせ)克哉(60)は早速、条文を取り寄せて驚いた。

 2006年5月、栗山町が日本で初めて制定した「議会基本条例」は、地方議会のめざすべき方向性と具体的な改革のメニューがふんだんに盛り込まれた、画期的な内容だったのだ。

 条例は議会の使命をこう規定していた。自由闊達(かったつ)な討議を通して政策の争点、論点を浮き彫りにし、町民の意思を反映させるために町長と競い合い、協力しながら最良の意思決定を導く。

 改革メニューも盛りだくさんだった。議員全員が参加して活動を報告し、住民と意見交換する「議会報告会」を開き、陳情・請願者の意見を聞く機会も設ける。議論を深めるために本会議の質疑は一問一答とし、町長らが逆質問する「反問権」も認める――。

 読み終えた廣瀬は確信した。この条例がモデルになって、きっと全国の議会改革の潮目が変わる!

行政学が専門の廣瀬はそのころ、市民と議員が手を携えて政策をつくる学外の勉強会にかかわっていた。しかし、当時の議会は市民の声を持ち寄って議論を戦わせる場にはほど遠かった。

 議会改革も、不祥事が起きた議会の政務調査費(現在の政務活動費)削減や定数削減など、「改革」の名に値しないものばかり。さじを投げそうになった時、基本条例を知った。だから条例の一文一文が心にしみたのだ。

 それにしても人口1万2千人ほどの町の議会がなぜ、こんな条例をつくったのか。議長として条例づくりを主導し、7年前に引退して農家に戻った橋場利勝(73)の自宅を私は訪ねた。

 「議会は変わらなきゃ駄目だと思ったんですよ」と橋場は話した。「議員が町政を語るのは選挙の時だけ」「議会が何をしてるかさっぱりわからん」。そんな町民の声がきっかけだったという。

 しかし、どうすればいいのかわからない。そんな時、議会事務局長だった中尾修(69)が東北の町で始まっていた議会報告会の情報を耳に入れた。早速、05年に12地区で開くと計370人も参加した。そうか、住民はこんな場を待っていたんだ。確信した橋場は継続する仕組みとして基本条例をつくったのだ。

 廣瀬の確信は現実になった。栗山町には各地から視察が押し寄せ、廣瀬が主宰する「自治体議会改革フォーラム」の調べでは、この12年間で800を超す自治体議会が基本条例を制定している。「基本条例は今や標準装備になりつつある。議会改革の扉を開いたのです」

 橋場は言う。「信頼がないと議会は立ちゆかない。必要に駆られてやったことですが、住民が議会を鍛え、育ててくれるんです」

 ほとんどの住民は自分のまちの議員が何をしているのか知らないし、議会が生活の役に立っている実感もない。だが、議会も捨てたもんじゃない。来春は統一地方選。改革の現場を訪ねる。=敬称略

 (神田誠司)

写真・図版知事退任後はマニフェストを提唱し、各地の地方議会改革を後押ししている北川正恭=東京都港区 北海道栗山町が2006年につくった議会基本条例が議会改革の扉を開いた、と前回書いたばかりだが、予兆は1990年代後半から2000年代初めに始まっていた。舞台は宮城、三重、鳥取、高知などの県議会。いずれも「改革派」と呼ばれた知事がいる県ばかりだった。

 「このままでは議会の存在意義がなくなる。会派を問わず、議員は危機感を共有していました」。三重県議6期目で議長も経験した三谷哲央(てつお)(71)は、95年4月に知事に就任した北川正恭(73)の2期8年をそう振り返る。

 実際、衆院議員から知事に転じ、次々と改革の矢を放つ北川の勢いはめざましかった。前知事時代のカラ出張でつくった裏金12億円を返還させ、「官官接待」は全廃。費用対効果に基づく事務事業評価システムを導入し、不要と判断した事業は廃止、補助金も見直した。

 1期生だった三谷もそのスピード感に目を見張った。「県民はみんな知事の方を向いていた。自己改革しなければ、議会は県民から見捨てられるムードがあった」

 せき立てられるように改革が始まる。本会議や委員会だけでなく、全員協議会も公開し、本会議はテレビ中継した。県民が直接議会に政策提案できる制度も導入した。行政監視を強化し、何度も決算の承認を拒んだ。

 政策をつくる議会をめざして、リサイクル製品の利用を促進する条例などを議員提案で次々と成立させた。北川退任後だが、06年には都道府県で初めてとなる議会基本条例を制定した。

 そんな議会を北川はどう見ていたのだろう。知事をやめた後、早稲田大学の教授に転じ、今は名誉教授になった北川に東京で会った。「利益誘導に明け暮れていた議会が変わった背景には、危機感もあるけど、地方分権への高揚感もあったと思いますよ」

 知事就任の95年、地方分権推進法が国会で成立。国から地方に権限や財源を移す地方分権が進めば、これまで以上に自治体の力量と責任が問われる。議会もそれを感じ、自ら改革に動いたと北川はいうのだ。

 当時を思い返すと、地方分権が今にも実現しそうな高揚感がたしかにあった。それを一番意識していたのが、改革派知事たちだったろう。

 99年に鳥取県知事になった片山善博(67)は県議会での就任あいさつで、「21世紀は地方分権の時代であります」と宣言し、県議たちにこう呼びかけている。

 提出する議案がおかしければためらわず修正していただきたい。議員提案で条例を制定することを望みます。それが議会本来の姿です。県政に県民の思いとのずれが生じれば、執行部はもとより議会の責任でもある――。

 まるで挑発だが、総務大臣を経て、早大教授をしている片山は違うと言う。「挑発というよりエールを送ったんです。この際、一緒に変わりましょう、と」。00年には地方分権一括法が施行。議会改革は、そんな時代の必然だったのかもしれない。=敬称略(神田誠司)


群馬)県議が高校生と政治の「ガチ」意見交換

県議の問いに対し、マルとバツの札をあげる生徒ら=2018年10月30日午後、群馬県渋川市渋川の県立渋川高校

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 選挙権年齢が18歳以上に引き下げられて2年。来年は統一地方選と知事選、参院選を控え、若者たちに政治や議会を身近に感じてもらおうと、群馬県内の高校で主権者教育が採り入れられている。その一環で、県議が高校で出張授業する試みが今年初めから続けられている。

 授業は、「GACHi(ガチ)高校生×(かける)県議会議員~政治を知らなきゃソンをする!」と題し、県議らの提案で今年1月から始まった。2月までに県内8高校で開き、今年度も10月30日の県立渋川高校を皮切りに、年末まで8高校で開く予定だ。

 渋川高校での授業には8人の県議が参加し、1年生185人が出席した。県議会の橋爪洋介議長(51)があいさつし、「政治は皆さんがお母さんのおなかにいる時から関わりがある。県立高校の予算も県議会で審議していて、一つ一つが政治に直結している」などと紹介した。

議会基本条例推進副委員長の川野辺達也県議(53)が県議会の仕組みや政治の役割などについてクイズを交えながら解説。「選挙で得票数が同じだったときはくじ引きで当選者を決める。マルかバツか?」の質問に対し、生徒たちの答えはバツがやや多かった。「正解はマル。実際にくじ引きで決めた例があります」と説明すると、驚いた表情が広がった。

 「政治に関心を持たなければ、投票率は低くなる。税金の使い道に意見が反映されなくなり、損をすることになる」と話した。

 県議との意見交換で生徒らは「消費増税に対する県の対策はあるのか」「人口減少の進む県で少子化対策はどのようなことをやっているのか」などの質問を投げかけた。なかには「群馬は災害が少なく、物価も安いことをPRして移住者を呼び込むべきではないか」との提案をする生徒もいた。

 最後に角倉邦良県議(58)は「社会に出れば、政治から逃げられない現実がある。他人と違っても自分の意見を言うことが新しい価値を見いだすことになるのでは」と語りかけた。授業を受けた宮本翔平君(15)は「政治家というと堅苦しい印象があったが、誠実に向き合ってくれて接しやすかった」と話した。(上田学)

     ◇

 〈18歳選挙権〉 2015年に公職選挙法が改正され、投票できる年齢が「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げられた。文部科学省は高校生向けに総務省と副教材をつくり、高校生の政治活動を一部認める通知を出した。

群馬県内の16年参院選の投票率は18歳が48・12%、19歳は36・99%。昨年の衆院選は18歳が47・71%、19歳は31・01%で、いずれも全体の平均を下回った。


(議会改革をたどって:3)夕張ショックで目覚めた

写真・図版「ZAIKEN」メンバー。左から待寺真司、横山すみ子、金崎ひさ=神奈川県葉山町

  • 分厚い予算書や決算書をめくるうち、頭が真っ白になった。経常収支比率、標準財政規模、基準財政需要額……。聞いたこともない財政用語が次々と出てきて、何が書いてあるのか、さっぱりわからない。これで議員をやっていけるのか。

    神奈川県葉山町の町議会議員、横山すみ子(76)は1985年に初当選した時、不安に襲われた。レクチャーを頼むと、収入役が懇切に教えてくれて、最後にこう言われた。「議員さんはあれやって、これやってと言うけど、財政もわか写真・図版らずに提案する議員活動は駄目です」

     ひとりでコツコツ勉強を続けたが、やはり仲間がほしいと思い始めた頃、起きたのが「夕張ショック」。2006年6月、北海道夕張市が約290億円の赤字を隠していたことが発覚し、翌年には国に運営を管理される財政再建団体に転落したのだ。

     自治体だって破綻(はたん)するんだ。いっしょに勉強しようよ。声をかけて少しずつ輪を広げ、13年に有志6人で「ZAIKEN」という財政研究会を立ち上げた。まずは手分けして、自治体の決算状況がわかる「決算カード」の数値をグラフ化し、大きな変化のある年の原因を追跡していくことから始めた。

     すると町の課題が見えてきた。児童・生徒数が増えているのに全体の教育費が減っていた。ごみ処理にかかる1トンあたりの費用は県内ワースト1。高額な下水道施設整備費の返済負担が深刻なこともわかった。

     1年かけて報告書にまとめ、住民らに配った。教育・子育て施策の充実、ごみ処理基本計画の策定などを求める5項目の政策を町長に提言した。現在活動は休止しているが、それぞれが財政チェックを続けている。

     メンバーの一人、副議長の待寺(まちでら)真司(54)は変化を口にする。「質問しても、財政的な裏付けがあるから執行部が口先だけの『検討します』で逃げられなくなった」

     議員や市民を対象に財政分析講座を開いているNPO法人「多摩住民自治研究所」理事の大和田一紘(いっこう)(75)は「夕張ショックを機に、財政を学ぶ議員や議会は画期的に増えた」と言う。議会や議員有志に招かれ、大和田が訪ねた自治体は全国で300を超す。ほとんどが夕張市の破綻以降の依頼だ。

     大和田によると、夕張市が隠し続けていた巨額の借金も決算カードを丹念にチェックすれば、すぐに気がつくものだという。私も説明を受けたが、たしかに、いくつかの数値が異常に過大で、ある程度の財政知識があればわかるものだと納得できた。

    夕張市の巨額赤字が発覚した12年前の夏、私は夕張で取材にあたっていた。市議会議員に「どうしてチェックできなかったのか」と質問をぶつけると、数人が言った。「財政はわかりません」

     議会改革、チェック機能と言ったところで、財政がわからなければ始まらない。夕張以降、各地に財政通の議員は着実に増えている。そう信じたい。=敬称略(神田誠司)


(議会改革をたどって:4)「政策サイクル」を回す

写真・図版住民と話す目黒章三郎

  • 写真・図版

 議会改革に関心を持つ住民は多くない。しょせん運営を改善する内部の話だと思っているからだ。

 たしかに議会報告会は民意をくむ仕掛け。質疑を「一問一答」にするのも議論の質を高めるための工夫だ。民意をくみ、議論の質を高めるのはいい。だが、その先が大事なのではないか。

 そんなことを考えている時、東京で開かれたシンポジウムで「議会改革の目的は制度づくりではありません」と話す男に会った。福島県会津若松市議会の議長、目黒章三郎(66)だ。

 9月中旬、会津若松を訪ねると、目黒は言った。「改革の目的はあくまで市民福祉の向上です。だから10年前から、市民の声をもとに政策を練り上げる『政策サイクル』を回しています」

 政策サイクル? 聞くと、起点は30人の全議員が参加して年2回、市内15地区で開く市民との意見交換会だという。毎回、寄せられる200を超す市民の意見を分類・整理し、議会として取り組むべき課題を設定し、委員会に振り分ける。

 委員会は先進地視察や有識者の意見を聞いて調査・研究を進め、質疑や決議などを通して市に政策提言する。さらに提言が予算などにいかされているかチェックし、市民に報告する流れだ。

 土台になっているのは、なにを優先し、どんな提言をまとめるのか、それぞれの段階で行う議員同士の徹底した議論だ。だが、最初からこうではなかった。

 1995年、議員になった目黒は驚いた。議員は執行部に質問するだけで、議員同士の議論が全くなかった。「学級会だって生徒同士がやりとりするのに、議会がこれでいいのか、って。素朴な疑問でした」

 そんな議会が、議員同士が議論し、政策をつくる場に変わる。きっかけは、07年10月に議会が招いた北海学園大学教授(当時)、神原勝(75)の講演だった。

 議員はただ質問するだけ。そんな議会は駄目です。議員同士が政策を議論して議会としての意見をまとめ、執行部に対抗しないと行政監視、政策立案という本来の機能は発揮できません――。

 「まさに目からウロコ。あれから『チーム議会』にカジを切り、政策サイクルにつながりました」

 その成果はあがっているようだ。猪苗代湖畔にある湊地区は、一部の集落が上水道未整備で渇水になると飲み水にも困っていた。

 意見交換会で声を上げると、議会は現地調査や先進地視察を重ね、13年に未整備地区の早期解消を求める決議を全会一致で可決した。

 結果、市は今年度までに全地区で解消させると約束。すでに9割以上の集落で配水が始まっている。「議決が後押ししてくれたおかげです」。湊区区長会会長の小桧山(こびやま)昭一(66)の言葉に、議会への信頼を感じた。

 「チーム議会」で議論を重ね、政策をつくって成果を出す。改革の「第2ステージ」が始まっている。=敬称略(神田誠司)


名古屋市から電車で25分ほど。愛知県犬山市の市議会は、市民が議場で発言できる「市民フリースピーチ制度」を今年から始めた。

 第1回の2月に続き、6月、9月に開催。これまでに計20人が5分の持ち時間で意見を述べた。宮田尚人(なおひと)(53)もその一人だ。

 目が見えない宮田が6月に訴えたのは、災害時の避難行動要支援者名簿に障害者が載るには、家族以外で2人の支援者が必要という、市が設けた条件の見直しだった。

 その条件が足かせになって登録を申請しない仲間も多い。なのに市の窓口で何度かけあっても門前払い。それならと、フリースピーチに応募したのだ。

 宮田のスピーチを受けて市議会は7月、20人の議員の総意で改善を市長に申し入れた。すると市は「支援者1人でも登録可能」に方針転換した。宮田は「小さな声を拾いあげてくれる制度があってよかった」と話す。

 制度を発案したのは昨年5月に議長に就任したビアンキ・アンソニー(60)。生粋のニューヨーカーだが、禅や武道の国にあこがれて29歳で初来日。1996年からは犬山で市立中学の英語講師になり、日本国籍を取得。2003年に初当選した。

 ビアンキにとって、市民が市民を代表する議員全員に意見を言う権利があるのは当然のことだ。「アメリカの地方議会でも議場で市民が発言するのは普通です」。20人の市民からは観光施策への提言や高齢者の防犯対策などさまざまな意見が出た。「議員が気づかない鋭い意見も多い。制度を定着させ、政策に生かしていきたい」

長崎県五島列島北部にある人口約2500人の小値賀(おぢか)町も3年前から、議場で傍聴者の意見を聴く「模擬公聴会」を続けている。

 きっかけは、議長の立石隆教(りゅうきょう)(67)が、カナダに留学経験がある議会事務局職員から「カナダ地方議会では傍聴者が自由に発言できる」と聞いたことだ。

 「議会は傍聴に行ってもつまらない」「傍聴していると、じれったくなって自分の意見を言いたくなる」。そんな声を聞くたび、どうしたらいいのかを考えあぐねてきた立石は、職員の話にひざを打つ思いだった。

 そうか。議場で言いたいことを言ってもらえば、自分たちの議会だという意識が生まれるかもしれない。そもそも議会は町民のものなんだから、町民を拒む理由はないじゃないか。

 あらかじめ応募してもらう犬山と違い、小値賀では議員の一般質問が終わるたびに傍聴者に「質問や意見がある方はいますか?」と聞くやり方をとっている。今年3月、町内の観光地のトイレ整備について質問した池田良子(りょうこ)(58)は「言いたいことが言えて、議会が身近になったのはたしかです」。

 議場は住民にとってどんな場所だろう。傍聴席はあっても、意見も言えず、ただ見ているだけ。よそよそしい空間を住民に開く。そんな取り組みが広がればいい。=敬称略

 (神田誠司)


(議会改革をたどって:6)有権者育てた模擬投票


 議会報告会や議場での市民フリースピーチ制度などを通して住民の多様な意見をくみ取り、それを政策に練り上げて成果を出している議会を紹介してきた。連載の折り返しを過ぎた今回は、そんな頑張っている議会のなかでもユニークな成果をあげた岐阜県可児(かに)市議会を取り上げたい。

 地元の高校で本番さながらの模擬投票をバックアップし、18歳選挙権が初めて導入された2016年参議院選挙で、高校生の投票率アップにひと役買ったのだ。

 その投票率がすごい。全国の18歳の投票率51・3%に対し、その高校は90・8%。でも、どうして地方議会が高校生の「主権者教育」にそこまで入れ込むのか。

 議会と高校との連携を仕掛けた川上文浩(57)に聞くと、「人口減少への危機感です」。山間へき地でもなく、人口は約10万2千人。しかし、いずこも同じ15歳から64歳までの「生産年齢人口」は減る一方。特に若者の流出が課題なのだという。

名古屋市までは電車で約1時間と近いが、多くの若者は高校卒業と同時に進学や就職でまちを離れ、戻ってこない。13年に議長になり、議会も何かできないかと考えた川上が着目したのが、地元の県立可児高校で取り組まれていた「地域課題解決型キャリア教育」だった。

 地域を担う人材を育てる第一歩は、魅力的で多様な大人が地域にいると知ってもらうことだ。高校生と大人が出会い、一緒に考える場をつくりたい。議会が間に入れば商工会議所や医師会だって協力してくれる。川上の提案は高校のめざす方向性と合致。14年夏、議会主催という世にも珍しい、高校生との地域課題懇談会が始まった。

 そして18歳選挙権導入を控えた15年12月の懇談会のテーマは「どうしたら選挙に行くのか」。会が終わった後、生徒会長の田口裕斗(ゆうと)(20)がこう言った。「模擬選挙をやってみたい」

 川上が応じた。「本気の大人が関わって、本気の模擬投票をやるぞ」。市長選を想定して、候補者役の生徒3人が医療やにぎわいづくりなどをテーマにマニフェストをつくり、議員はその政策づくりを手伝った。

 立会演説会を開いた際には、川上が何を基準に選ぶのかをレクチャーした。投票箱や投票用紙は選挙管理委員会にたのんで本物を使った。結果、4カ月後の参院選で可児高校の18歳有権者87人中79人が投票したのだ。

 いま、立命館大学に通う田口は将来、故郷で市長をめざそうかとも考えている。「政治や選挙を身近に感じるようになった、あの模擬投票がきっかけです」

可児市議会は委員会に代表質問を採り入れるなど、数々の先進的な議会改革で全国に知られる存在だ。しかし、なかでも高校との連携を川上は大事にしている。「一人でも多くの若者が地域に残ってほしいので。それに、いい地域をつくるために、いい有権者を育てるのも議会の仕事だと思っています」=敬称略(神田誠司)


(議会改革をたどって:7)「TTP」徹して全国1位

写真・図版視察の予定が書き込まれたホワイトボードの前に立つ広瀬重雄は今も議長をしている

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  議会改革をめざす議員からよく聞く言葉に「TTP」がある。意味は「徹底的にぱくる」。TPP(環太平洋経済連携協定)に引っかけた語呂合わせだ。

 こんな風に使われる。「TTPで改革を進めよう!」。イコール、よその議会のいいとこどりをして改革を進めよう! TTPは、そんな合言葉なのだ。

 北海道にTTPを実践して議会改革度全国ナンバー1になった議会がある。帯広市の西に隣接する、人口約1万9千人の芽室(めむろ)町だ。

 市街地を一歩出ると、肥沃(ひよく)な畑が広がる農業の町。そんな町で議会改革のアクセルを踏んだのは、2011年5月に議長に就任した広瀬重雄(60)だった。

 背景には議会不要論の高まりがあった。平成の合併を議論していた15年ほど前、広瀬たち議員は町民の声を聞こうと町に出た。思いがけず待っていたのは「議員を減らせ」「報酬を少なくしろ」の大合唱だった。そんな声に押されて、議会はズルズルと定数を22から段階的に16まで減らしていった。

 このままじゃ駄目だ。そんな広瀬の危機感に共鳴したのが、議会事務局長になったばかりの西科(にしな)純(55)。2人は青年会議所時代から十数年来の知り合いで気心も知れた仲だった。改革を1期4年でやり切ろう! 2人が合意して改革が始まった。

 当時、北海道栗山町が全国初の議会基本条例をつくって議会改革の扉を開けて5年が経ち、各地の先進的な改革事例がすでに蓄積されていた。西科は情報誌を丹念にチェックし、それらの情報を次々と広瀬にあげた。

 「TTPなんて言葉はありませんでしたけど、まさにそれ。一番手っ取り早いですから」。西科は言うが、単にぱくっただけではない。

 たとえば道内の福島町が始めた「議員通信簿」を導入する際は、福島町は議員活動の実績を選挙公約と比較して評価していたが、議会基本条例の条文との比較にアレンジした。「政策形成サイクル」をつくる時は、長野県飯田市福島県会津若松市の二つの議会のいいとこどりをして組み合わせている。

 TTPはこれだけにとどまらない。議会報告と町民と意見交換をする「議会フォーラム」、議会だよりを読んだり、議会を傍聴したりして、住民が議会に物申す「議会モニター制度」、有識者にアドバイスをもらう「議会サポーター制度」……。

 情報公開から住民参加、政策立案まで多岐にわたる芽室の改革は、その総合力が評価され、早稲田大学マニフェスト研究所の全国議会改革度ランキングで、14年度から4年連続1位に選ばれた。

 長く地方議会の取材にかかわってきたが、5、6年前から私は思うようになった。改革のノウハウは出尽くした。あとはやるか、やらないかだけだ、と。今回、広瀬から印象的な言葉を聞いた。「視察の時、うちは絶対に導入する覚悟で行っています」。議員の皆さん、TTPで議会を変えませんか?=敬称略

 (神田誠司)



議会が改革を進めようとする時、強い味方になるのが議会事務局だ。

 この連載でも北海道栗山町の中尾修(69)、芽室(めむろ)町の西科(にしな)純(55)という議会事務局長に登場していただいた。先進的な議会には必ず、志をともにする事務局職員がいる。

大津市議会局次長の清水克士(55)もそんな職員の一人だ。しかし9年前、企業誘致担当から異動してきて感じたのは落胆だった。主な仕事は議員の「お世話係」。自分の判断でコトを進める職場ではなかったからだ。

 転機は2年目に訪れる。政務活動費の不適正と思われる支出があった会派に、疑義を申し立てたが聞いてくれない。議長に相談し、議会運営委員会で「皆さんの意見を求めたい」と発言させてもらったら紛糾。改善に反対する議員を相手に一歩もひかず、論戦を挑んだ。

 物議は醸したが、この件をきっかけに政務活動費の適正使用に向けた条例改正が実現。面白い職員だと応援してくれる議員もできた。清水は活路を見つけた気がした。議員に言われたことをやるだけじゃなく、市民のため、議会のためにこんなことをしたらどうですかと自分から発意する職員になろう!

 まずは議会の政策立案をサポートする体制づくりに取り組んだ。法規に詳しい人材配置を提案すると、政策法制係ができた。専門的知見を得るために大学と連携を始めた。結果、議員提案条例が次々と成立し、予算案や条例案の修正が増えた。

 改革が軌道に乗ると、任期4年間で議会が取り組むことをあらかじめ決める「ミッションロードマップ」策定を持ちかけ、2015年から始動させた。清水に議会運営委員会での発言を認めた当時の議長、竹内照夫(62)は言う。「おかげで間違いなく改革は加速した。彼を批判する議員の声もあったが、改革が進むにつれ聞かなくなりました」

 ちなみに大津市では、15年に議会事務局の名称を議会局に変更した。「事務」を除いたのは、受け身なお世話係のイメージを払拭(ふっしょく)したかったからだが、文字通り、実際の世話に明け暮れる事務局は今も存在する。

 昨年4月、関東の5万人規模の市の議会事務局長に就任した職員は、女性の事務局員が一日中、議員の「お世話」に追われているのを見てあぜんとした。

 飲み物を出し、昼食の出前を注文し、その皿を洗う。コーヒーに砂糖を入れるかどうかにも気を使う。議会事務局以外ではとっくにそんなことはやめている。早速、議長にかけ合って改善したが、「ここだけ、時計の針が20年、30年間、止まっているのかと思いました」。

 清水の話に戻る。滋賀県市議会議長会は2年前、13市の事務局で「軍師ネットワーク」をつくった。中心に清水がいる。合言葉は「職員は議会の軍師たれ!」だ。

 お世話係から軍師へ――。うれしいことに、脱「お世話係」をめざすネットワークづくりが全国のあちこちで始まっている。=敬称略

 (神田誠司)


  この連載では議会改革に真摯(しんし)に向き合う議員たちを紹介している。だが「議員なんて」と思う住民も多い。

 マイナスイメージの源をたどると、一つに「政治とカネ」をめぐる議員の不祥事がある。あの「号泣会見」がそうだった。

 「城崎(きのさき)、佐用など日帰り195回 野々村氏目的示さず300万円 西宮の県議 政務活動費で支出」

 2014年6月30日、兵庫県議の丸尾牧(54)は地元紙の1面に躍る見出しを見て驚き、そして悔いた。本当にチェックすべき相手は目の前にいたのに、自分は気づかなかったんだ!

 記事に出てくる野々村竜太郎とは無所属控室で机を並べ、議会会期中は毎日のように顔をあわせていた。丸尾は行政監視グループ「市民オンブズ尼崎」世話人の肩書も持っている。

 有機野菜の青果店を尼崎市で営んでいた丸尾が議員になるきっかけは、1992年に尼崎市議会で発覚した、全議員がかかわるカラ出張だった。議会解散を求める市民運動に加わり、出直し市議選に立候補して当選した。

 07年に県議に転じてからも同僚議員の政務活動費などをチェックしていた。でも、主なターゲットは古参議員。当時47歳で1期目の野々村はノーマークだった。

 翌日、号泣する野々村の映像がテレビで流れると、議会事務局には抗議の電話が殺到。その後、3年間に切手代として約250万円を支出していた事実も明らかになる。だが発覚から1週間後、十分な実態解明もないまま、議長は辞職を勧告した。

 ほかの議員に飛び火させないように幕引きを急ぐつもりだな――。丸尾は早速動く。その2日後、以前から調べていた政務活動費のデータ公表に踏み切った。

 切手代として200万円を超す出費をした議員、トイレの修繕費や選挙のノウハウ本購入にあてていた議員もいた。メディアが報じ、問題は議会全体、政務活動費制度自体に広がった。

 事件を機に、兵庫県議会は、使い切りの意識を生む前払いをやめ、使った分は会派から後払いする方式に変えた。領収書の添付を徹底したうえ、収支報告書や領収書をネットで公開し、誰でも閲覧できるようにした。調査のための第三者機関を設けた。

 解決策はどれも単純で、すぐにできるものだった。

 16年7月、詐欺罪などに問われた野々村に対し懲役3年執行猶予4年の有罪判決が確定した。号泣会見に臨む直前の控室での野々村の様子が丸尾は忘れられない。

 立ったまま小声で記者会見の応答の練習をし、「落ち着いて、冷静に」と自分に言い聞かせる言葉が時折聞こえてきた。「孤独な姿でした。でも皮肉なことに、彼のおかげで改革が始まったと言えるかもしれません」

 政務活動費の不正使用が後を絶たない。「改革」のとばぐちにさえ立とうとしない議会や議員がまだまだ多いからだ。聞いてみたい。なにを守りたいのですか?=敬称略(神田誠司)


議会改革をたどって:10)なり手不足は怖くない

写真・図版育てた真っ赤なリンゴを手にする寺島渉。議員をやめても政策塾や地域活動で忙しい日々を送る

  • 写真・図版

   この連載の最終回のテーマは、議員のなり手不足だ。3年前の統一地方選挙では、定数に占める無投票当選者の割合が町村で21・8%、市でも3・6%にのぼった。

 なぜ、なり手が少ないのか。理由によくあがるのが、人口減少や小さな自治体の議員報酬の少なさだが、「最大の要因は議会の魅力の無さだ」と言う男がいる。

長野市の市街地から車で約30分。一面にリンゴ畑が広がる長野県飯綱(いいづな)町の人口は約1万1千人。男は、この町で議会改革の先頭に立ってきた前議長の寺島渉(わたる)(69)。発言の趣旨を聞くと、「議会が変われば、なり手不足は解消します」と言って、寺島はこんな話を始めた。

 12年前、町内のスキー場を運営する第三セクターが破綻(はたん)し、町は4億3600万円(後に8億円に増額)の負担を抱えこむ。町民説明会では、チェック機能を果たさなかった議会にも町民の怒りの矛先が向かった。それが改革のきっかけだった。

 2008年から様々な改革に取り組んだ。寺島が議長になった翌年の10年には、「政策サポーター制度」が始まる。十数人の住民に、議員と共に町の課題を考え、政策をつくるサポーターになってもらう試みだ。

 議会活動への町民参加を広げ、町民の知恵を借りて政策をつくる狙いだが、14年に「議会広報モニター」を8人から57人に増やしたのも同じ発想だ。議会だよりを毎号読んで、その感想だけでなく、議会や町への要望を寄せてもらった。

 この二つの改革が予想外の効果をあげた。

 昨年10月の町議会議員選挙で当選した15人のうち、5人がサポーターやモニターの経験者だ。3回募集したサポーター経験者は計43人、モニターは延べ177人。「二つの制度が、議員のなり手を育む孵卵(ふらん)器の役割を果たしています」と寺島は言う。

 初当選した滝野良枝(43)はサポーターをしていた時に子育て支援の充実を求め、延長保育の一部無料化が実現した。「住民の声を実現する議会に魅力を感じて立候補しました」

 昨年の選挙に出ずに議員を引退し、専業農家になった寺島は昨年11月末、まちづくりを住民らと共に考える「地域政策塾21」を立ち上げた。住民自治のすそ野を広げ、議員のなり手も育てたいと思ったからだ。1月と7月に開いた勉強会には計140人が詰めかけたという。

 すごい数ですね。私がそう言うと、寺島はこう答えた。「実は、参加した2、3人が『次の町議選に出てもいい』と言っているんですよ」。満面の笑みだった。

 連載では先駆的に改革に取り組む議会を紹介してきた。だが、話を聞いてみると、いずれも最初からそうではなかった。住民の厳しい視線を意識して改革へと踏み出したのだ。あなたのまちの議会はどうだろう。背中を押すのは、私たち住民だ。=敬称略

 (神田誠司)


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